軍議
ブリジットの陣小屋の中には、数十人からなる諸侯と部隊長がずらりと勢揃いしており、息苦しかった。
皇帝である彼女を野宿させるわけにもいかず、また軍議のためにも必要だったので、急ごしらえで作られた仮設小屋だが、これだけ人が集まると流石に手狭であった。
リディアに居ると忘れてしまうが、この世界はろくに電気も通っていないから、小屋の中の光源はランプの灯りで薄暗く、ただでさえ長いだけでロクに結論の出ない退屈な会議を続けていると、その灯りがまるで催眠術のように眠気を誘った。
アスタクス方伯軍の砦を睨み、このヴェリアの地に布陣してから10日。戦線は完全に膠着し、お互いに攻め手が無いままにらみ合いが続いていた。損害が無いのが唯一の救いであったが、軍隊が駐留しているだけでも金がかかるので、全く無いとは言い切れなかった。
こんなことをいつまでも続けるくらいなら、停戦したほうがマシなのは頭ではわかっているのだが、もはやそんなことは言うだけ無駄だろう。アスタクス方伯は虎の尾を踏んだのである。
その虎であるところのブリジットは但馬が入ってくるのを見ると、居並ぶ諸侯に向けて軍議の開始を宣言した。ここ数日、毎日同じことを続けているので手慣れた物である。
但馬は宰相であるが後方担当であるので、大抵、軍議を行うと一番最後にやってきた。そのため、前線で戦う諸侯たちはわざわざ彼を待たなくても良いだろうと、本心では思っているようだったが、皇帝ブリジットが一番信頼しているのが他ならぬ但馬だったので、面と向かって言うことは無かった。
だがまあ、空気は分かる。
年も若いから舐められているのもあった。但馬は肩をすくめて末席につくと、そろそろその点を改めさせる必要があるかなと考えていた。彼の隣にはすっかり求心力を失ったウルフが不貞腐れたように座っており、その彼の復権を期待するミラー男爵がチラチラと期待の視線を送ってくるのも面倒くさかった。
そのためには、スカッとアスタクス軍に勝って、彼らの失望を取り除いてやればいいのだが、現在、帝国軍は苦戦を強いられているのである。
具体的に戦場を見てみよう。
現在、帝国軍はヴェリア湖畔南に布陣し、街道沿いに北へ回りこみ、北側の山(以下、北山)に作られた敵軍の砦を目指そうとしているが、その手前にある南山に作られた砲兵陣地からの砲撃により、進軍を止められている状況にある。
敵本陣から突出した、たった1000人程度の別働隊の前に、何故、数でも装備の面でも勝る帝国軍が足止めされているのかと言えば、敵軍の跳弾砲撃と反斜面陣地による強固な防御戦術が原因であった。
さて、まずは何から説明すべきか、前提として帝国軍と方伯軍の野戦砲には大きな差があることを知っておいて欲しい。
帝国軍の兵器廠で作られる野戦砲は、蒸気動力を用いたドリルによって砲口を削り出すという、精密な行程によって作られており、砲身に一切の歪みがないので、その有効射程は1キロを超えている。
対して方伯軍の野戦砲は形だけ真似た青銅製の鋳造品であり、威力も射程もバラバラ、どれも帝国製の半分程度であり、最も質の良いものでもせいぜい700メートルが限界だった。方伯軍はカンディアの兵站部から横流しを受けていたわけだが、流石に数トンもの重量のある野戦砲までとはいかなかったのであろう。
そんなわけで、帝国軍と方伯軍が平地で向かい合ったら、こちらが一方的に相手を攻撃出来るというわけであるが……当然、そうなっては堪らないので、方伯軍はこの地に防衛線を張るにあたって、高所に陣取ることでその射程を補った。
しかし、北山と南山は距離が1キロ程度しか離れておらず、北山に砦を作り撃ち下ろそうにも、南山に布陣されてしまうとやはり野戦砲の差で撃ち負けてしまう。そのため方伯は戦力が分散するにも関わらず、南山にも砲兵陣地を作ったのであるが、当初は大した障害にもならないと思われたこれが上手いことハマってしまった。
方伯軍をこの地まで追い詰めたウルフは、まず真っ先に、突出する南山の砲兵陣地が邪魔であると感じて、砲兵による集中砲火を浴びせた。
当初、小高い丘の頂上に布陣していた敵砲兵は、地の利をもってしても帝国軍の集中砲火の前に敵わず、結局、丘に隠れるように後退を余儀なくされた。この時点で方伯軍に為す術はなく、撤退も時間の問題であると思われたのであるが、しかし、この後退が思わぬ効果を生み出した。
帝国軍の射撃は、相手が隠れた丘が邪魔をしていくら撃っても当たらないのに対し、方伯軍の砲兵がせめて相手を近づけまいとダメ元で撃った弾が、丘の斜面を転がるようにして、帝国歩兵の隊列に飛び込んだのである。
これにより、思わぬ被害を受けた帝国軍は南山の攻略を停止し後退。
これを見た方伯は、砲撃は直撃しなくても敵に被害を与えることが出来ると気付き、それ以降、直撃は狙わず帝国軍の前で跳ねるような砲撃を繰り返した。
跳弾砲撃とは文字通り、撃った弾が地面をバウンドし跳びはねるような砲撃のことを言う。元々は壁の向こう側に隠れた敵兵を何とか狙えないかと、その手前に山なりに撃ちこんで、砲弾を跳ねさせてみたのが始まりだったそうだが、こうして威力を抑えて撃った弾でも、人に当たれば怪我をするだろうし、砲車の車輪くらいは壊せるだろう。
砲撃戦が盛んだったころの欧州では、直撃させる必要が無いと判明して以降、敵歩兵の前でバウンドするように散弾を打ち込むのが、野戦砲の主流戦術となった。方伯は偶然、これに気づいたわけである。
おまけに方伯軍の砲兵が後退して出来た反斜面陣地は、砲撃戦の防御陣形として非常に理に適った陣だった。
反斜面陣地とは、文字通り、突き出た丘や坂道の反対の斜面に布陣する防御陣形のことである。丘の影に隠れることによって、相手に狙いを絞らせないことが出来る上に、高所の利点はそのままで、更に丘の上に陣取った歩兵と連携すれば、防御側から一方的に攻撃が可能という陣形である。
ワーテルローの戦いで、ウェリントン公爵が積極的に丘の斜面に隠れるように、砲兵を配置したのはこれを意識してのことであり、それ以降も、南北戦争や太平洋戦争時の日本軍に多用された。特に、沖縄戦では、反射面陣地を構築した日本軍が、10倍以上の米軍を相手に半月に渡る頑強な抵抗を見せたと言われている。
偶然とは言え、こうして跳弾砲撃と反斜面陣地を駆使した防衛拠点を南山に得た方伯軍は、北山の本隊の支援砲撃と合わせて一方的に砲撃を食らわせることが可能となり、装備の質で圧倒的に勝る帝国軍を前に優位に防衛戦を続けていたのである。
そして前回、ウルフは攻略を諦め、持久戦に持ち込んだわけだが、相手の奸計により敗北。皇帝親征による二度目の攻略が今、開始されたわけであるが……
この地でにらみ合いを始めてから10日間、相変わらず南山の砲兵陣地は強力な抵抗を続けており、双方に動きがないまま、いたずらに時間だけが過ぎていた。
「皇帝陛下におかれては、我に一番槍の栄誉を与えていただきたい」
そんなわけで、ただ毎日のように軍議だけを続けていたイオニア連合諸侯は焦れていた。前回、半年近くも続いた持久戦の末に敗れ、撤退戦では損害を出し、領地を留守にしたまま、この地にずっと釘付けにさせられているのだから、焦るなというのも無理であろう。兵農分離が進んでないのは方伯だけではなく、連合もまた同じなのである。
そんな厭戦気分が蔓延する中、発足当初は蜜月状態だった連合諸侯の関係がギクシャクし始めていた。カンディアで謀反が起こったと言う話が、始めのうちは同情を買うだけで済んでいたが、もしかして自分たちの中にも裏切り者がいるのではないかという疑心暗鬼を産み始めたのである。
ぶっちゃけ、但馬自身もその可能性を考え、イオニアに到着してまず真っ先に調査を開始したくらいである。但馬に依頼されたシロッコは陣中を伝令将校としてうろつきまわり、諸侯の動向を逐一但馬に報告してきた。
そんな諸侯たちも同じように裏切り者を探し始め、そしてとある人物に白羽の矢を立てたようである。
軍議を開始して暫くすると、遅々として進まない話し合いに業を煮やしたかのように、一人の老将が立ち上がり、ブリジットに向かって声高に宣言した。連合の最年長諸侯で、なおかつ一番最後に連合に加わったと言われている、ブレイズ将軍である。
「将軍、その時がくればあなたにお願いするかも知れませんが、今のところ、無謀な突撃はさせるわけにはいきませんよ」
「しかしながら陛下。このまま、いつまでも話し合いを続けたところで、何も始まりますまい」
ブレイズ将軍は軍議の度にバンザイ突撃を主張してはブリジットにたしなめられていた。彼が何故、頑なに、このような無謀な突撃を主張するのかと言えば、シロッコを使って連合諸侯を調査した結果、一番疑わしかったのが、この将軍であったことが関係しているだろう。
将軍は爵位で言えば男爵であるが誰もそうは呼ばない、将軍の二つ名で呼び親しまれている。かつての勇者戦争の際には、アスタクスの将として、幾度と無く勇者と戦ったことが知られている歴戦の勇将だったのだ。
そんなアスタクスの宿老とも呼べる人物がイオニア連合に加わったのは、第一に地理的な要因もあったが、第一次フリジア戦役の時に方伯と意見が食い違ったのが大きかったようだ。
まあ、他にも色々あったようだが、とにもかくにも連合に参加した将軍は、当初は連合諸侯の中心人物として頼りにされていたが、こうして裏切り者探しが始まると真っ先に疑われたのである。失礼な話であるが、実際にカンディアが落とされてしまったのだから仕方あるまい。
シロッコの調査でも、このヴェリア湖畔の陣中にあって、将軍には不審な動きが見受けられた。その腹の中はどうか知れないが、少なくとも方伯から、なんらかのアプローチを受けているのは、確実なようだった。
そして将軍も、自分に疑いの目が向けられていることに気がついているのだろう。
彼は身の潔白を示すためか、それとも本当に裏切るつもりかは分からないが、自分が突撃して活路を開くと主張して止まなかったのである。
「死中に活路を求めるのもまた戦。敵側面を突くことが出来れば、戦況はこちらに優位に傾きます。前回のように、何もしないまま退却するくらいなら、無謀でも一度試してみるのが得策ではありませんか」
「将軍はカンディア公爵を侮辱しているのか」「死中に活路を見つけるどころか、本当に死んでしまったら元も子もないでしょう」「いたずらに兵を減らすのは得策ではない」
喧々諤々と野次が飛ぶ。自分に累が及んだウルフが不機嫌そうな顔で椅子に深く腰掛け、肩身が狭そうにしていた。
「だが、敵と一合もせず、我らが敗れ去ったのは事実だ!」
将軍が居並ぶ諸侯をジロリと睨みつけながら言うと、彼らは何も言い返すことが出来ず押し黙った。ウルフはますます肩身が狭そうであり、それを見たミラー男爵がオロオロしながら但馬に目配せをしてくる。そんな期待されても困るのだが……
まあ、実際のところ、将軍の案も悪くはない……
彼の案は、現在、南山を取り囲むように布陣する帝国軍の最右翼が、敵本陣からの支援砲撃が届かない丘の影を通って、崖をよじ登り、南山の敵砲兵陣地を急襲すると言う案である。
この際、敵兵を打ち破る必要はなく、砲兵陣地に乱入し、一時的に砲撃を止めることが出来れば良く、その間に南山手前まで砲兵を前進させ、敵砦前の砲兵に集中砲火を浴びせようと言う案である。
うまく決まれば敵は本陣からの支援砲撃が出来なくなるから、芋づる式に南山の砲兵陣地の維持が難しくなり、晴れて帝国軍による南山の奪取が可能と言う寸法だ。そして南山に陣取る事さえできれば、あとは一方的な展開になる。そう、うまく決まれば……であるが。
しかし、やはりそれは難しいだろう。
まず、砲兵陣地を無力化するには、そこに居るおよそ1000人の守備兵と戦わねばならないが、完全に奇襲ならばともかく、馬鹿正直に攻めるのであれば最低でも同数の1000人を突入させねばならないだろう。
そして、それだけの人数が崖を登り近づいてくるのだから、敵が気付かないわけがなく、まず間違いなく砲撃を受けるし、崖の上からマスケット銃による集中砲火も浴びるだろう。
その時点でどれだけ犠牲が出るか分からず、辛うじて生き残った者が敵陣に突っ込んだところで、当初の目的である砲撃を止めるための働きが出来るとは思えない。どっかの肉弾三勇士みたいに爆弾を持って突っ込めば可能かも知れないが……
そんな“死ね”なんて命令を下した時点で、ブレイズ将軍の裏切りが確定するだろう。他の諸侯だって気持ちが離れる。彼らは同盟国であり、帝国民ではないのだ。
但馬はそんなことを考えつつ、いつものように様々な意見が飛び出すが、ちっともまとまらない軍議をぼんやりと眺めていた。
基本的に、後方支援の但馬は意見を言わずに、黙って見ているのがいつものスタイルだった。実際にはコソコソと動いてはいたのであるが……裏切り者がいるかも知れない中で、おいそれと自分のアイディアを口にするわけにもいかなかったのだ。
それに、他人の意見も中々参考になるのだ。将軍の案以外にも、いろいろ案はあった。将軍の案に近いものだと、少数で南山を夜襲するというものも、かなり初期から考えられていた。だがこれは、警戒をしている敵陣に近づくためには、真っ暗闇の山中に案内もなく足を踏み入れねばならず、なおかつ相当人数が絞られるということで却下された。
他には南山を迂回し、敵本陣東の緩やかな丘陵地帯に本陣を移すと言う案もあった。しかし、これも25000人が狭い峠道をのろのろと進まなければならないという、移動中を狙ってくださいといってるような現実的ではないものだった。
更には、南山攻略を諦め湖の西を迂回すると言うもの。これは言うまでもなく、敵陣に肉薄するには渡河の危険をおかさねばならず、北山山頂の砲兵陣地から、狙い撃ちにされるのが落ちだろう。
西から攻撃する案は他にも考えられ、例えば北西にある丘陵地帯に砲兵陣地を構築すれば、撃ち合いで負けることはないだろう。だが、こんなところに砲兵を置いても、そもそも敵本陣である砦に砲撃が届かない。山頂の砲兵を後退させることは出来るが、そうしたところで相変わらず渡河の危険はつきまとうし、狭い湖の北岸に25000人が密集するのは、リスクが大きくメリットが感じられなかった。何しろ背水の陣だ。
そんなわけで、嘘みたいな話だが、様々な意見が出る中でも一番まともなのは将軍の案であり、どうしても早く敵を攻略しようとするなら、この無謀な賭けに打って出るしか無いという空気が醸成されていた。
それもこれも、連合軍が一度負けたという焦りから出てるのだが……
「……宰相、いかがでしょうか。様々な意見が出ていますが、あなたには何か意見がありませんか」
そんな具合に、他人事のようにぼんやりと軍議を眺めていると、ブリジットがしびれを切らして但馬に意見を求めてきた。
諸侯が一斉に但馬の方を振り向く。
求心力を失ったウルフと共に、ずっと後ろの方で黙って意見を聞いていた但馬であったが、実を言えば皇帝を除けば最高位の階級者である。だから彼の意見は何よりも優先されるのであるが、
「うーん……特には。ただ、少なくとも、将軍のバンザイ突撃は許可できませんね。死ににいくようなものだし」
「宰相殿。これは戦争なのだ。死を恐れては何も生み出せないだろう」
但馬が彼の案を却下すると、将軍が苛立たしげに食い下がってきた。彼の頭の中ではもう突撃案が支配的になっているのだろう。武士道とは死ぬことと見つけてしまったのだろうか。もしかしたら、裏切り者の謗りを受けるくらいなら、その方がいいくらいに思ってるのかも知れない。
但馬は首を振り振り言った。
「何も突撃するなとは言ってないですよ、将軍。あなたの案は一考の価値がある。けど、右翼から突撃しても、崖があるせいで上手く行かないと思いますよ。そんなことするくらいなら、まだ左翼から緩やかな丘陵を駆け上がって行った方が、マシなんじゃないでしょうか」
但馬がそう言うと、諸侯たちから非難轟々のどよめきが起こった。
将軍がかんらかんらと景気よく笑った。
「これは愉快な……宰相閣下は戦場が良く見えてないようだ。真正面から突撃できるのであれば、初めからそうしている。我々が何故いつまでもこうして釘付けになっているのか。左翼から近づこうにも、敵本陣からの砲撃があって、二方向から狙い撃ちにされては突撃隊が無事で済むわけがあるまい」
ムスッとした顔で但馬が言った。
「崖をよじ登るのも似たようなものだと思うけどね。もたもたしているうちに、みんなやられてしまうでしょ」
「……ならば宰相閣下は本気で我々に、砲弾の飛び交う真正面から突撃しろと言っているのか?」
「もちろん、そんなわけないですよ。単に、右翼突撃は無謀だから、やめたほうが良いと言ってるだけです」
「やめろと言うのは簡単だ。私だってもっと良い案があるなら、こんなことは主張しない。その代案がないのであれば、素人にはすっこんでいてもらいたい」
将軍が傲岸不遜にそう言い放つと、陣小屋は荒れに荒れた。
将軍にしてみれば、但馬はただのガキにしか見えないだろうが、言うまでもなく、アナトリア帝国の宰相で、ブリジットに次ぐナンバー2なのである。その彼に対し、侮辱するような物言いは普通に考えれば不敬であり、絶対にやってはいけないことであったが、
「ちょちょちょ、みんな喧嘩しないでよ! ここで俺達が喧嘩しても、何も生み出さないし、相手が喜ぶだけなんだから」
その但馬が普通で無かったから、特に何事も無く事態はあっという間に沈静化された。
恐らく挑発のつもりで言ったのだろうが、まったく効き目がなく、ケロリとしている但馬を見て、将軍は憮然とした表情を浮かべて押し黙ると、ドスンと不機嫌そうに椅子に腰を下ろした。
但馬はボリボリと後頭部をかきむしると、
「いやまあ、そうね。それじゃあ素人の意見だけど、一つ……要は多方向から砲撃を受けなければ良いって話でしょう? どうせバンザイ突撃するんなら、本陣に向かって突撃したらどうですかね」
居並ぶ諸侯がみんな、首を傾げて困惑の表情を浮かべた。但馬が何を言ってるのか、彼らはわからないようだった。
「だから……例えば将軍。あなたの策は、南山の砲兵陣地に突撃することによって南山の砲撃を無力化し、その隙に敵本陣前にある砲兵陣地を落とそうという案でしょう?」
「ああ、そうだが」
「俺はその逆を言っているんです。敵本陣に肉薄し、支援砲撃を食い止めることが出来れば、南山の砲兵陣地を奪取するのも容易いはずだ。だったらそうした方がいいじゃない」
軍議の出席者たちは、みんな互いに目配せしあって、しきりに首を捻っている。但馬が戦況を全く把握しきれずにいるのか、もしくは冗談で言ってるのだと思ってか、薄笑いを浮かべてる者までいる始末だった。
だがもちろん、但馬は冗談で言ってるつもりは全く無かった。
ブレイズ将軍が困惑気味に言った。
「それはそうだが……そんなことが出来るなら、初めから誰も苦労をしていないではないか」
「出来るできないはともかくとして、本陣を奇襲する方法って、誰か考えたんですか?」
「……いや、まだそういう意見は出ていないはずだ」
「じゃあ、考えよう。無謀な突撃をして死ぬくらいなら、死ぬ気で考えろ。どうすれば、より効率良く敵陣深く切り込めるのか。犠牲を出して、一時的に勝ったところで仕方ないんだぞ。言いたかないけど、相手は強大だ。広大な穀倉地帯を背景に、帝国の10倍以上の人口を抱えた国なんだ。毎年毎年、子供がポコポコ生まれ、それを養う国土がある。あっちは兵隊が死んでもいくらでも換えが効くが、こっちは死んだらそれまでなんだ」
但馬がそう言い放つと連合諸侯は、正にぐうの音も出ないと言った感じに、しんと静まり返った。ただの後方支援のガキンチョか、もしくは皇帝のお気に入りくらいにしか思っていなかったのだろう。思わぬ反撃を受けて、実に悔しそうである。
「しかし先……じゃない、宰相。自信満々に仰られてますが、具体的な策はあるんでしょうか? 我々は今、本陣どころか南山にすら近づけないのですよ?」
静まり返った陣小屋の中に、ブリジットの声が響いた。
もちろん、策は無いわけではない。だが、今はまだ手札が揃っていない状況だった。取り敢えず、どう説明しようかと考えていると、
「失礼致します! たった今、前衛斥候に出ておられたエリザベス・シャーロット様がお戻りになられました。宰相閣下にご報告があるとのことです」
どうやら、その策を持って斥候が戻ってきたらしい。但馬は伝令に彼女を連れてくるように言うと、その彼女のもたらした情報を踏まえて、とある一案を示した。