第二次フリジア戦役
そんなこんなで、増援に駆けつけたは良いものの、但馬たちの見たイオニアの街は、どうしようもなく暗いものだった。みんな、初めての敗戦が堪えていたのであろう。火砲が主力となった戦場は甘いものではなく、戦死者だって相当数出していた。次は自分がそうならないとは限らないのだ。
それでも、アナトリア皇帝自らがイオニアに入城したと知れ渡ると、帝国が本気でこの街の救援に来たことを実感したらしく、元通りとまではいかないが、それなりの士気高揚が感じられるくらいには回復したようだった。
そして先に出て行ったはずの大将マーセルがいつまでも戻らなかったのは、カンディアが占拠されていたからだと知ると、連合諸侯たちはようやく事情を察し溜飲を下げたようであった。
しかし残念ながら、それでもウルフに対する評価は据え置かれていたらしく、ブリジットが歓迎される代わりに、彼の周囲は寂しいものであった。同情と動揺の入り混じった表情をして遠巻きに見ているだけで、誰も彼に近づこうとするものは居なかった。
仕方なかったとは言え、総大将が逃げてしまうということは、そういうことなのだろう。
それに彼は勇敢な猛将タイプではなく、卒のない官僚タイプなのも彼らには不満だったのかも知れない。
こうしてウルフは求心力を失い、拙いことに口さがない諸侯からは連合脱退を示唆するような言動までもが、ちらほら見受けられるようになった。彼らは、帝国についていけば装備面で優位に立てると思っていたのが、蓋を開けてみればいきなりあてが外れた恰好なのだから、それも無理からぬ事だったかも知れない。
「宰相閣下、お時間少しよろしいでしょうか?」
そんなわけで、連合の盟主であるミラー男爵は、諸侯たちの変心を危惧しているようだった。初めこそ娘の安否を心配していたが、その日の夜にもなるとこのままじゃまずいと言って、但馬に泣きついてきた。
「宰相閣下もお気づきでしょうが、我が婿殿が留守の間、イオニア連合の諸侯は士気が著しく低下し、非常にまずい状況なんです」
「なんかそんな感じですね」
「このままだといけません。早急に婿殿の求心力を回復せねば、諸侯たちがバラバラになってしまいます。もしも一国でも造反する者が出たとしたら、連合はもちませんよ。なし崩しに離反者が続出するでしょう」
やたら危機感を煽る男爵に、但馬は尋ねた。
「具体的に何か策でも?」
「カンディアを攻めるのはいかがでしょうか。アスタクス方伯が撤退した今、リディア本土からの増援を待たずとも、ここに結集した戦力だけでも、クーデター勢力など物の数にもなりますまい。そしてカンディアを平定した後、改めてアスタクスと決戦に挑めば良いかと」
「そんなことしたら、娘さんの命が危ないですよ?」
「娘なんかはまた作れば良いのです。それよりも今は、連合の維持が第一。カンディアという帝国の兵站基地を、すぐにでも奪い返すべきです」
その物言いに唖然とした但馬であったが、実際、そのくらいイオニア連合は危うい状況にあったのだろう。海を挟んだ別大陸の住人である但馬は実感が沸かなかったが、独立したは良いものの、彼らは常に大国と国境を接しており、その脅威に日々怯えているのである。
そして、その大国は元の宗主国であり、裏切ったところで元の鞘に戻るだけである。あの謀略に長けた方伯が連合の切り崩しの策を仕掛けてないわけがないので、もしかしたら、以前より良い条件で戻れるなどと囁かれて、密かに靡きかけてる者も居るのでは無かろうか。
但馬はこの点にも対処せねばならぬ羽目になったと悟ると、はぁ~……っと溜息を吐きつつ男爵に返答した。カンディアを攻めるにしろなんにしろ、当面の課題はやはりアスタクス軍の動向なのである。
「一考には値すると思いますが、でも、無理だと思いますよ」
「どうしてです?」
「方伯がこのままビテュニアに戻ると思いますか? 多分、艦砲射撃の届かない内陸部で、また陣を張ってこちらを牽制してくるはずです。今、連合がこうして集まっているのは、そもそもイオニアの街を守るためでしょう? その街を奪われたら、そっちの方が連合にとって痛手になる。もちろん、帝国にとってもです」
「むむむ……」
「だから、カンディアを攻めるにしても、まずは方伯が完全に撤退したと分かってからじゃないと、リスクが大きくて無理ですよ」
「こちらの軍事行動の全てが相手次第なのですか。まったく……ここまで戦闘以外で良いようにやられてしまうとは。方伯のことを謀将と罵る者もおりますが、馬鹿には出来ませんな」
「……カンディアがやられたのも方伯の奸計みたいですからね。一応、内通者がいないか諸侯の方も見張ってみます。男爵も何か気付かれましたら、俺に報告してもらえませんかね」
「わかりました」
そんなわけで、但馬はフリジアに待機させていたシロッコを呼び寄せると、自分の配下に加えた。
ウルフがやられたのは兵站を疎かにしたからである。そのため、諸侯が集まる軍議で但馬は後方任務を担当することにしたのだが、その一員として、諸侯との伝令を司る将校に彼を任命し、方伯と接触がありそうな諸侯が居たら、逐一報告してくれと頼んだのである。
伝令将校は情報の集まる司令部の中核で、エリート中のエリートである。軍師などと呼ばれているが、山本勘助が務めていたのは本来これであり、そこに抜擢したのは但馬の期待の現れだったが……残念ながら、今のところこの役職が重要であることを知るものはこの世界には居らず、当の本人もいつも通りの薄い反応で粛々と仕事をこなしていた。
もう一人、但馬が期待しているものに銃士隊長クロノアがいるが、そんな彼は元部下を引き抜いたのが但馬だったと知ると興味を示し、根掘り葉掘り尋ねてきた。もちろん、リディアの暗部を調べる情報部のようなものを作ろうとしてるなど、おいそれと言えるわけもなく、面倒くさいので適当に煙に巻いておいたが……
うるさい彼には斥候にいかせることにした。ハリチからピストン輸送で運んでいるのであるが、まだまだ馬の数が少なく、リーゼロッテと数人の亜人にしか行き渡っていなかった。その貴重な一頭を預けると言うと、クロノアはソワソワしながらも亜人たちと共に出かけていった。
銃士隊で一緒だから亜人嫌いと言うことはないだろうが、妙によそよそしい素振りを見せたのは何故だろうか……怪訝に思いつつそれを見送ると、但馬は街の人を集めて、最後に地図作りを始めた。
なにはともあれ、実際問題、方伯軍の行き先は気になった。国境を出るのか、それともまだイオニアに留まるのか。留まるとしたらどこになるのか……
軍議を開く度にブリジットは、まだ撤退して間もないアスタクス軍の追撃を主張した。
しかし但馬は、兵站面で問題を抱えている現在、増援が全て到着するまでは動くべきでないと断固主張し、前線に立ちたがるブリジットを諌めた。
その上で、ウルフにリベンジのチャンスを与える策を練り、増援の兵士が到着するのをひたすら待った。
そして、リディアからの予備兵力が全て揃ったおよそ1か月後。ようやく方伯軍の動向が知れる。
やはり方伯はイオニアを出てはおらず、国境付近の要所に砦を築き、それを大陸南西部を睨む要塞としていたのである。
それはウルフが敗北した場所と同じ、ヴェリア湖と呼ばれる峠の出口に面した湖であり、天然の要害に囲まれて守るには適し、攻めるには難しい土地だった。
アナトリア軍はその知らせを受け前進。砦を臨むヴェリア湖畔に布陣する。
こうして、大陸全土を駆け巡る戦いの火蓋が切って落とされることとなる。
但馬波瑠の初陣、第二次フリジア戦役の開戦である。
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第二次フリジア戦役・シャーマンコースト再上陸戦・ヴェリア砦攻略戦
戦闘序列
エトルリア軍
総大将:アスタクス方伯・ビテュニア選帝侯ミダース
総兵力:約30,000 砲100門
アナトリア帝国軍・イオニア連合軍
総兵力:25,000 砲200門
帝国軍20,000
総大将:アナトリア皇帝ブリジット・ゲーリック
副将:カンディア公爵ウルフ・ゲーリック
後方支援軍司令官:帝国宰相・但馬波瑠
第一軍:ブリジット・ゲーリック 12,000 砲40門 騎兵2000 魔法兵200
第二軍:ウルフ・ゲーリック 6,500 砲160門
後方支援軍:但馬波瑠 1,500
騎兵500(エリザベス・シャーロット)
猟兵200(クロノア大尉)
イオニア連合軍5,000