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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第七章
210/398

シャーマンコースト再上陸戦

 見渡すかぎりの大洋のど真ん中、朝もやに煙る水平線の向こうから、黒煙が上がっていた。


 常夏のリディアと比べると12月のエトルリア大陸は寒く、それは初め、冬に近い大陸の気候が織りなす自然現象かと思われた。だが、すぐにイオニアの街から上がる火の手であると分かると、船員(クルー)たちは慌ただしく動き始めるのであった。


 ハリチを出港した皇帝ブリジット率いるアナトリア軍は、エトルリア西岸シャーマンコースト沖合へと到達した。


 アナトリア軍がアスタクス軍に敗れ、大将であるウルフが逃げ帰ってから6日が経とうとしていた。彼がイオニアの街を出発してからなら、都合10日が過ぎたことになる。


 イオニアの街がどうなったかは、なんの情報も入ってきていない。そもそも、電話のような便利なものはエトルリアにはなく、情報の伝達速度は、人の移動手段に左右されてしまうのであるから仕方ないことだろう。


 現在、エトルリア大陸とガッリア大陸を往復する船で最速なのは、ロードス改め、戦艦ハンスゲーリックであり、その船でイオニアとハリチを往復したのがウルフなのだから、彼の持っている情報以上のことは、誰も何も知りようもなかった。


 その彼がいうには、アナトリア軍は籠城戦を展開しているはずだが、これが10日のうちにどうなったかは神のみぞ知るである。そんな中、目的地から盛大な黒煙が上がっているのを見て、帝国軍は浮足立った。


 彼自身も一軍を率いる幕僚として帝国旗艦ハンスゲーリックに便乗した但馬は、さっき横になったばかりのハンモックからしぶしぶ起き上がると、簡素なテーブルにつき、この6日間の船旅ですっかり硬くなってしまったパンを頬張った。廊下をパタパタと歩きまわる船員の足音がうるさくて、とても寝ていられなかった。


 コンコンコンと船室のドアがノックされる。


「宰相閣下! 陸地です! イオニアに到着いたしました!」

「知ってるよ。これだけうるさきゃ、いやでも分かる」


 伝令にやってきた船員は、まだ寝ぼけ眼で不機嫌そうな但馬を見て困惑の表情を浮かべたが、自分の領分を思い出してかそれ以上は何も言わず、さっと敬礼をすると来た道を戻っていった。


 伝令を送ってきたのは幕僚の誰かか、それともブリジットか。今、艦橋(ブリッジ)で指揮を取ってるのは誰だったか思い出しながら、もぐもぐとパンをコーヒーで流し込んだ。自分もさっさと艦橋へ向かったほうがいいのだろうが、腹が減ってはなんとやらである。


 顔を洗いたいが船の上で水は貴重である。蒸しタオルを顔に当ててダラダラやっていると、いつまでもやってこない但馬にしびれを切らしたのか、船室の扉が再度開かれ、


「先生! 陸地が見えました! イオニアの街が攻撃を受けてる模様です!!」


 イライラした顔をしたブリジットが飛び込んできた。ああ、艦橋で指揮を取っていたのはこいつか……但馬はため息を吐いた。


「何やってんですか、こんなところで! 艦橋に皆さんもう集まってますよ。早く来てください!」

「いや、行くけどね。飯くらいゆっくり食わせてくれよ」

「どうしてこんな時に悠長にやってられるんですかっ!」

「そりゃあ、おまえ。急いだところで陸地がまだ遠いからだよ」


 船員たちが黒煙を発見し、それがイオニアの街だと判明したのはついさっき。確認したのは、恐らく僚艦ヴィクトリアのメインマストに立つ歩哨だろうが、約50メートルほどの高さがあるマストから見える水平線までの距離は、およそ25キロメートルといったことろで、まだ陸地とはそれだけ離れているわけである。


 艦橋から肉眼で陸地をとらえられるようになるには1時間はかかるだろう。今、慌てて上に行ったところでやることはない。


「友軍がやられてるかも知れないんですよ!? もっと緊迫感を持ってくださいよ」

「と言ってもなあ……船が急加速出来るわけでもないし。上陸するまで俺たちにやれることなんて限られてるよ。大体、本隊がやられてるわけがないだろう?」


 現在、イオニアの街は方伯軍に囲まれてるはずであるが、巨大な兵力を誇るアスタクス方伯軍であっても、これだけの僻地に動員出来る兵数には限りが有るから、帝国軍とそう大差は無いはずだった。兵站面では似たようなものなのだ。


 おまけに、攻城戦においては防衛側が圧倒的に有利であり、装備の質もこちらが上となれば、よほどのことが無い限り、たった10日足らずで都市が陥落するとは考えられない。逆に、功を焦ったイオニア連合の誰かが、馬鹿なことをやってないかと心配なくらいだ。


「黒煙が上がってるのは、砲弾の代わりに可燃物でも無差別に放り込まれてるか、もしくは相手の火薬の質が悪いんだろう……後者だったら、それこそ何の心配もない」

「見てきたようなことを言いますねえ。違ったらどうするんです?」

「違わないと思うけどねえ……わかったよ」


 まあ、よっぽどのことがないとも限らない。戦争に絶対はないのだから、イオニアの街が陥落していることだってあり得るだろう。実際、舐めてかかったからやられてしまったのが、前回の負け戦なのだ。


 但馬は硬いパンを噛みちぎると、気が逸るブリジットに急かされながら、腰をトントンと叩いて立ち上がった。


 ブリジットに引っ張られながら狭い船の中を歩いていくと、すれ違う船員たちがみんなギョッとして硬直した。自分のことながら忘れそうになるが、皇帝と宰相という組み合わせがやってきたら、そりゃ誰だって驚くことだろう。


 もちろん、狭い船内で遠慮などしていたらすぐに交通渋滞を起こしてしまうので、原則として道を譲る必要はないことになっているのだが、言うだけ無駄のようだった。但馬たちが廊下を進むと、それまで慌ただしく動き回っていた船員たちが、パッと壁にヤモリみたいにひっついた。


 彼らの邪魔をしても仕方ない。通りすがりに肩をポンと叩きながら、出来るだけ足早に通り過ぎた。


 数日間の船旅で、浮遊感にも似た体の揺れにもすっかり慣れたが、それでも船員たちみたいに走れるほどではない。但馬が壁に手をついて、ふらつきながら艦橋へと入ると、クルーが慌てて駆け寄ってきて但馬に肩を貸した。


 そのまま誘導されるようにして展望デッキに向かうと、そこには近衛隊長ローレルと、リーゼロッテが居り、陸地はまだかとヤキモキしながら双眼鏡を覗いていた。恐らく、そこに映っているのは、見渡すかぎりの水平線だけであろう。


 艦橋は司令官が船の両舷をよく見えるように、左右に細長い構造をしているためにブリッジと言うそうだが、遠くもよく見えるように大概高い場所にあった。戦艦とは名ばかりのこのハンスゲーリックも同じく、大体ビルの6階くらいの高さにあったが、それでも海抜20メートル程度の高さだったから、まだまだ陸地が見えるには遠すぎた。


 無駄なことをしても仕方ないので、但馬は伝声管を使って外のクルーに指示を出した。通信室は無いのだが、手旗信号で船同士、ある程度のやりとりが可能であり、間もなく、哨戒任務についているヴィクトリアから返事がかえってきた。陸地まで、まだおよそ20キロ強はあるようだ。


 それを聞いて、ブリジットが艦砲射撃の準備を急ぐようにと言い出したのだが、


「まだ焦っても無駄だぞ」

「どうしてです? そろそろ射程内に入るんじゃありませんでしたっけ?」

「最大射程だ。最大飛距離って言ったほうがいいのかな……」


 艦砲にしろマスケット銃にしろ、最大射程と有効射程は全然違う。


 砲弾は飛んでいるうちに、空気抵抗により徐々にエネルギーを失っていく。


 我々は物を放り投げると放物線を描いて飛んで行く事を経験的に知っており、そしてその放物線は、45°の射角で最も遠くまで飛ばせることを知っているが、こうして飛んでいった砲弾は着弾した地点では、もう殆ど威力を失っているのだ。


 最大射程とはこの最も遠くまで飛ばした距離のことであり、対して有効射程とはまさにその言葉通りで、砲弾が有効打を与える事のできる最大の飛距離のことを言う。それは言うまでもなく、最大射程と比べるとずっと短い。


「ハンスゲーリックの主砲は最大射程18キロ、有効射程10キロといったところで、更に効率よく敵を狙うには、もっと近づいた方がいい」


 幸い、敵の野戦砲の威力は帝国製の物より劣ってるそうなので、その飛距離はたかが知れている。帝国製で有効射程1000メートルに満たないのであるから、相手の砲はせいぜい500メートルがいいところだろう。陸に近づけば、敵の弾は届かず、こちらが一方的に蹂躙できるはずだ。


 と言うわけで、陸が見えたと言われた時点で交戦……と言うか一方的に砲撃を開始するまで、まだ1時間はかかると判断した但馬は、船室で寝ぼけた頭を叩き起こすためにコーヒーを飲んでいたわけだが、そうとは知らぬブリジットは、艦橋で陸地が見えたことを聞くや否や大騒ぎを始めたというわけである。


「それじゃあ、もう敵が見えてるというのに、今はのろのろと進んでいくしかないんですか?」

「そうだよ」

「なんてまだるっこしい!」


 皇位継承しての初陣に、血沸き肉踊っていたブリジットはギリギリと奥歯を噛み締めながらいきり立っていた。元々はリディア軍で最前線に立って、亜人兵と大立ち回りまでやっていた武闘派である。きっと大陸を駆けまわり、己の腕一本で敵をバッタバッタと無双するような戦いを想像していたのだろうに、蓋を開けてみたらこの通りである。


 その後、一人だけ小舟で上陸すると言い出したり、機関室にもっと燃料を投入しろと言い出すブリジットをなんとか宥めつつ、小一時間したところでようやく敵を有効射程に捉えた頃には、陸地は肉眼でも見えるくらいになっていた。


 イオニアの街の周囲には、おびただしい数の敵兵が取り囲み、長い長い包囲陣を展開していた。


 予想通り、遠くから見えた黒煙は敵の上げる野戦砲の煙で、街に被害があるようには見えなかった。


 その重量をどうやって持ち上げたのかは分からないが、城壁の上にはアナトリア軍の野戦砲が据えられており、同じく白煙を上げていた。


 元々、野戦砲は下に向けて撃つものではないから、正直その砲撃に意味は無かったろうが、敵を牽制するという意味では、ないよりはマシだったろう。


 城壁の上には他にもマスケット銃を構えた歩兵がズラリと並び射撃を続けているようだが、こちらの方は効果がありそうだった。


 その射撃は敵陣にまでは届いておらず、単に敵を近づけさせないように弾幕を張る意味で続けているのだろうが、お陰で歩兵同士の衝突が起こらず、散発的な大砲の撃ち合いだけで済んでいるようだった。


 最も気になっていたことの一つに、攻城側に砲があることから、城壁が無意味になっていないかと言う懸念があったのだが、相手の装備の貧弱さから最悪の事態は避けられているようである。


「……あれが、戦場なのか?」


 双眼鏡で街の様子を覗いていた近衛隊長ローレルがボソッと呟いた。皇帝付きの彼は基本的に市内の警護しかしないから、旧来の戦場しか知らず、歩兵が横隊を組んで銃を撃ちあうという、今の戦場を見るのは初めてだったのだ。


 近衛隊長も剣の腕には自信があったのだろう。だが、この戦場ではそれをどう役立てていいのか、彼にはわからないようだった。


 但馬は口を半開きにして呆然と眺める隊長に言った。


「ショック受けるのは後回しにして、とりあえず、耳栓つけた方が良いですよ。そろそろ射撃に入りますんで」


 ショックと言われてプライドが傷つけられたのか、ムスッとした顔をしコルクで作った耳栓を見ながら彼は言った。


「こんなのをつけたら話が聞こえないじゃないか、作戦行動に支障を来さないか?」

「まあ、一回射撃音を聞いてみてから、必要なかった取り外しちゃってくださいよ」

『砲塔より艦橋(ブリッジ)、主砲発射準備整いました』


 伝声管から声が聞こえる。それまでダラダラしていた但馬は、それを聞くやいなや、双眼鏡で陸地を見やり、続いてノートにガリガリと何やらの計算をし始めた。そして、


「目標、敵右翼砲兵陣地、距離6800、左舷30、仰角7.5、斉射」

『目標、敵右翼砲兵陣地、距離6800、左舷30、仰角7.5、斉射』


 伝声管に指示をすると、向こう側から繰り返し繰り返し同じ声が響いてきた。但馬が耳栓をスポッとつけると、それを見ていた近衛隊長が慌てて自分も耳につけた。


『てーーーーーー!!!』


 の声が何処かから聞こえたと思ったら……


 ドオオオオオオーーーーーンン!!!!


 っと、腹の底まで震わす振動に、全身がビリビリと揺れた。


 あまりの衝撃に目をパチクリさせながら、近衛隊長は但馬を見やり、耳栓を気持ち深めに押し込んだ。


 その但馬は双眼鏡を覗き込んで、街のほうをじっと睨みつけている。


「ど……どうなった!?」

「まだですよ!」

「ええっ!?」

「着弾まで8秒以上かかるんです! ……あ、今!」


 耳栓をつけた二人が耳の遠い老人のような会話を続けていると、伝声管から声が聞こえてきた。


『弾着! 遠・遠・遠! 第二射、用意ー!』

「仰角修正、7.2」

『目標、敵右翼砲兵陣地! 距離6800! 左舷30! 仰角7.2! よーし!』


 但馬がその声に応えると、向こう側で慌ただしく船員が動きまわる声が聞こえ、


『てーーーーーー!!!』


 ドオオオオオオーーーーーンン!!!!


 っと、また同じように地響きが鳴った。


『弾着! 遠・近・近! 夾叉(きょうさ)!!』

「一体、これは何をやってるんだっ!?」


 堪らず近衛隊長が叫ぶ。但馬はすぐには答えず、伝声管に射撃指示を出し、双眼鏡を覗き込む目を離さずに言った。


「……ここから敵陣まで6.8キロも距離があるんですよ! 適当に狙いをつけても普通は当たらないから、初速から着弾予想地点を計算するんです!」

「なんだって? そんなことをしてたのか。それで当たったのかっ!?」

「いいえ、計算は出来ても、風やら空気抵抗やらなにやらで、結局は着弾地点はバラつくんですよ!」


 例えば真空中で空気抵抗がなく、装薬の量も完璧で、砲身から打ち出される弾が一様な圧力を受けて飛び出したとするならば、ニュートン力学にしたがってピンポイントに着弾地点は計算出来る。だが、そんな条件はあり得ないから、長距離射撃はまず間違いなく予想地点には当たらない。


 ただし、予想地点付近にバラつくのは確かだから、長距離射撃は同じ場所から同じ方向に、複数の砲身で一斉射を行い、そのバラつきかたを見て砲身の角度を修正し、目標を捉えるわけである。


「そんで、遠・遠・遠ってのは、一斉射した3つの砲弾が、全部目標地点より遠くに着弾したってことで、要するに飛びすぎたってことです。だから二回目では射角を若干下げて斉射を行ったんですが、運の良いことに遠・近・近の夾叉……狙いが絞れたんですよ!」


 夾叉砲撃とはこうして一斉射撃された砲撃が、目標をまたぐように着弾したことを意味し、砲撃が前後にバラついて着弾したということは、この角度で砲撃を続けていれば、いつかは目標地点に直撃するということである。


 そんなわけで艦隊戦だと夾叉された艦の乗組員は、次は直撃すると分かってしまうから慌てふためくわけである。尤も、実際のところ、そうなって黙ってその場に留まる馬鹿はいないので、超長距離射撃はいかに難しいかという話であるが……


 それを示すかのように、ハンスゲーリックの主砲が第三射の用意をしている最中に敵陣に動きがあった。蜘蛛の子を散らすように目標地点の兵士たちが散り散りに逃げ出していったのだ。


 第一射を受けた時には、こちらの砲撃に気づいてもまるで動じなかった敵が、第二射では慌てて逃げ出す。つまり、この砲撃の意味が分かってるということだ。これだけ特殊な装備の情報が漏れているとは考えにくいので、方伯は恐らく直感で、次は当たると判断したのだろうか。それとも至近弾で被害が出たのか……なんにせよ、その逃げっぷりは見事であると言わざるを得ない。


 今となってはアスタクス方伯とは長いつきあいである。初戦から前回の敗戦まで、幾度と無くぶつかり合ったわけだが、彼は逃げる決断においては思い切りがすこぶる良い。思い返せば致命打を与えられたのは、初戦の奇襲だけであったはずだ。


 負け戦も戦である。彼はそれをよく知っているのだ。


 装備の差から舐めてかかっていたが……やはり一筋縄ではいかない相手なのか。但馬はそれを肝に銘じると、双眼鏡から覗く敵兵を睨みつけた。


 さて、戦闘のほうは結局、この艦砲射撃が効いてアスタクス軍は包囲をあっさり解いて、撤退を開始した。その際、追撃の危険があるにも関わらず、わざわざ街に近づいて、街を艦砲射撃の盾にする動きを見せた。


 艦砲の直撃を食らうよりは、その方がマシという判断なのだろう……そしてそれは恐らく正しい。


「ああ! 敵が逃げる! 逃げちゃう! 先生っ、急いで上陸しなければっ! なんのためにここまで来たのか分かりませんよ!」


 ようやく戦場に到達したというのに、その敵が居なくなってしまうのがよほど悔しいのだろうか、ブリジットが地団駄を踏みながら悪態をついた。多分彼女は、このまま方伯が国まで帰ってしまうと思っているのだろう。そうであるならどんなにいいか。


 もちろん、そんなわけはないだろう。恐らく方伯は、ウルフにそうしたように、艦砲射撃を避けて内陸部に戦線を下げただけだ。


「遠くから砲撃するだけ。それで戦闘もなく終わってしまうなんて……こんなの、戦争じゃないですよ!」


 敵に一撃を食らわしてやろうと、よほど気合を入れていたのだろう。その機会を奪われた彼女が、非難がましくボヤいていた。


 だが、残念ながらこれが今の戦争なのである。


 戦場では砲兵が物を言い、歩兵が銃弾を恐れずに突っ込む。剣や槍は時代遅れで、重いだけの板金鎧など着るだけ無駄。彼女がどんな戦場を想像してここまでやってきたのかは分からないが、恐らくそんな想像など消し飛んでしまう、フラストレーションが溜まるような展開が、この先ずっと続くであろう。


 今回の敵は体力任せのメディアの亜人とは違い、謀略を尽くし奇襲を仕掛ける人間が相手なのである。場合によってはこちらが苦境に立たされることだってあるかも知れない。その時、彼女は方伯のように上手く逃げることが出来るのだろうか……


 ブリジットは場数を踏んでいるだけあって、戦いの中にあっても意外と冷静であるが、猪突猛進馬鹿なところもある。苦境に立たされた時に部隊をどう動かすのか、未知数でわからない。もしかしたら万歳突撃とかしてしまうかも知れないが、しかし……


 但馬は頭をブルブルと振るった。


 その万が一がないように、周囲の反対を押し切って、自分がここまで付いてきたのである。カンディアがクーデターを起こしウルフの求心力が失われた今、ブリジットに何かがあったら帝国は瓦解するだろう。それを避けるためにも、彼女が浮足立つのを抑え、なんとか上手く勝たせてあげねばならない。


 そして、もしもの時は……


 但馬は悔しそうに窓の外を見つめる小さな皇帝の肩越しから、イオニアの街から撤退する敵軍を見た。ここからは殆どよく見えなかったが、あの一人ひとりに家族が有り、人生があるのだろう。本当に、このまま国に帰ってくれたらどんなにいいだろうか……


 もしもの時、それを殺し尽くすのは、自分なのだ。


 それが、今回の遠征に同行した但馬が、密かに自分に課した使命であった。


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[気になる点] 抑止力としての但馬砲は
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