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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第一章
21/402

どんな気持ちなんだろうか

 2日後、急ピッチで製作した機械が出来たとシモンが言ってきた。但馬は市内を回って、ある薬品を探していたのだが、一向に見つからないので気分転換も兼ね、


「それじゃ、試運転も兼ねて、一回やってみる?」


 と、水車小屋で始めての製紙製作、紙漉(かみす)きを行うことにした。


 時間があるときに水車小屋に入り浸って、予め大体の用意はしていたので、上手くいけば1日もあれば試作品が出来るはずだった。


 ブリジットは育ちが良いせいか、売春宿の雰囲気にやられてあまり近づきたがらず、役に立たないから置いてきて、代わりに助手に雇っておいたアナスタシアと、売春婦の子供達がボランティアで手伝ってくれた。彼女らの食堂兼休憩所の片隅でおかしなことをやっていたので、目立ってもいたし、よほど物珍しかったのだろう。


 売春婦の子たちは亜人の子と言われていたが、見た目人間とまるで変わらず、ステータス的にも何も変わらなかった。幼い子たちはみんな快活で明るく、少し大きな子はどこか大人びてサバサバしていた。みんな城壁外のスラムに住んでいて、水車小屋に入り浸り、親子2代で売春婦をやってる子もちらほらいたので、なんだか色々と考えさせられた。


 アナスタシアはそんな中、何故かお姫様的に慕われているので、それは育ちのせいか何かだろうかと思っていたのだが、実はもっと別の理由だった。


『Anastasiya_Shikhova.Female.Human, 157, 42, Age.14, 81B, 56, 82, Alv.0, HP.74, MP.18, None.Status_Normal,,,,, Prostitute, Lydian,,,,, Prayer.lv5, Cast.lv5, Rote.lv9,,,,,』


 以前はエロい目でしか見てなかったからスリーサイズと年齢の方にしか目が行かなかったが、良く見ると彼女はALV0でMP18と言う、始めてみるタイプの人間で、Prayer.lv5というのは、どうやら祈祷師か何からしい。


 彼女が動力室で作業をしていると、時折他の売春婦や、切羽詰った感じの客がやってきて、なにやらを頼みこみ、


「朝露の園に 主の御声を聞く 幸をば得たり 主は我と共にあり 我に囁きたまいぬ 永遠に汝は我のものぞと」


 と、他のヒーラーたちと同じような呪文をブツブツ唱えて、緑色のオーラを発していた。


 多分、原理は変わらないのだと思うのだが、ちょっと様子が違って、彼女が一体何をやっていたのかと言えば、


「アナスタシア、私そろそろ排卵日なの。魔法かけてくれないかしら」


 とか、


「アナスタシアちゃん! 俺の息子が病気なの! 助けてあげて! あ゛あ゛あ゛あ゛……」


 とか、要するに、避妊だとか性病の治療だとかを行っていたので、初めて知ったときは面食らった。


 まあ、確かに、こういった商売では重宝される魔法だろうし、彼女が慕われる理由も良く分かる。そしてプレイヤーと言うのは、ブリジットやリリィみたいなヒーラーのように、傷をみるみる治すような能力とはちょっと違うのだろうか、時折、子供たちが転んで生傷を作っていたりしたのだが、彼女が癒している様子は無かった。なんかそういうものらしい。


 そんなわけで、彼女が但馬たちと一緒に動力室で作業をしていると、勝手に子供たちがやってきて手伝ってくれた。そのお陰で作業も捗り、初日から順調に進んでいた。


 製紙製作は、いきなり砕木パルプ作りから始めるのも無謀なので、まずは簡単なサトウキビやトウモロコシの皮を使うことにした。


 パルプ製作は、叩いて繊維を解す前に、まず蒸気を当てたり薬品で煮込んだりして、材料をほぐれやすいようにふやかす作業がはいる。この際、アルカリ性の水溶液を用いるが、これに使用されるのは、誰もが日常的に聞いたことがあるであろう、灰汁(あく)である。


 灰汁とは、灰を溶かした上澄み液のことである。我々が真っ先に思い浮かべるのは料理の際に出るアクであるが、これを用いて食品が出すクセのある味を処理したことから、食品が出すクセ自体をアクと呼ぶようになったのだそうだ。


 実際の灰汁とは、木や稲藁などの灰を水に溶かしたもの、つまり炭酸カリウム水溶液のことであり、これには漂白作用や洗浄作用、染み、カビを落とす効果があり、かつて洗剤がなかった時代は洗濯や掃除に使われていたそうである。


 伝統的な製紙方法では、材料の十倍以上の水溶液を使って十分に煮、手でも裂けるくらいまで柔らかくする。こうして取り出した植物の繊維がパルプに相当するわけである。


 さて、十分に煮るといってもかなりの時間がかかるので、せっかくだからその蒸気を利用して次に使う予定の低木や木材チップを蒸していたのだが、ついでに部屋の中も蒸されてサウナみたいになってしまい、飛んできたジュリアに怒られた。


 仕方ないので河岸を変えて、外でドラム缶のようなものを使って煮炊きしていたら、炊き出しか何かと勘違いしたらしい、スラムの住人がやってきて面倒くさいことになった。彼らは勘違いだと知ると一様に舌打ちして去っていったが、中には物珍しそうに質問していくものや、怪しげなクスリを勧めてくるのもいて大いに困った。


 とまれ、そんなこんなでおよそ5~6時間サトウキビの搾りかすやらトウモロコシの皮やらを煮込み、いよいよ水車を使って叩解する作業に入る。


「おお! ちゃんと動くじゃないか。やるな、シモン」

「当たり前だろ」


 シモンの作った機械は問題なく動き、効率よく繊維を叩いてくれた。パルプ化した繊維を暫く叩くと、徐々に元の形がほぐれてきて、その内全体が毛羽立つように繊維が抽出される。その状態にまでなったら再度水に溶かし、煮込みすぎたドロドロのおかゆのような水溶液にし、それを()の子や(すだれ)のような網状のもので掬って、プレスして平たくする。


「そして、これを乾かせば完成」

「本当にこんなんで上手くいくのか?」


 まだヘドロ状態の紙を見て、ちゃんと固まるのかと、シモンが不安そうにしていた。火で炙ったりして、早く乾かしたいところだが、最初から焦って焦がしたりなんなりしてももったいない。大丈夫だよと、焦らず1日くらい我慢しろと言い聞かせた。


 紙が乾くまで手持ち無沙汰になってしまった時間を使って、次に使うつもりだった低木の皮を剥いだ。やりやすいように蒸気でふやかしておいたが、やはりこれも煮込んですぐにどうこう出来る感じでもない。今度は室内で灰汁に入れてコトコト煮込み始めたのだが、その頃になると、なんだかソワソワしだしたシモンが何かと言い訳をして帰っていった。


 まあ、やることは殆んど一緒だし、もう今日中に紙が乾くとも思えなかったので許可したが、一体どうしたのかな? と疑問に思っていたが、すぐに分かった。


 作業に没頭している間に、いつの間にか外はすっかりは暗くなっており、売春宿の営業時間を迎えていた。食堂兼動力室で作業をしていた但馬は、追い出されることは無かったが、


「ナースチャ、お客よ」


 と、ジュリアがアナスタシアを呼びに来て、彼女は部屋から出て行った。


 何をしにいったのかは言わずとも分かる。なんとも言えない微妙な気分になった。


 異世界の夜は二つの月明かりでとても明るかったが、ここは穴倉のように暗かった。アルコールランプの今にも消えそうな灯りと、パルプを煮る鍋の火だけが頼りである。パチパチと火が爆ぜる音が鳴っていた。高校時代、文化祭が終わった後の後夜祭、祭りのあとの浮かれ気分で次々とカップルが成立する中、一人あぶれてキャンプファイヤーをぼんやりと眺めていたことを思い出した。但馬は人を本気で好きになったことは無く、フォークダンスを踊るクラスメイトたちを見ても特になんとも思わなかったが。


 シモンはどんな気持ちなんだろうか。

 

 翌朝、いつものように中央広場のベンチで目を覚ますと、欠伸をかましながらテクテクとスラム街まで歩いてきた。ぶっちゃけ千鳥足ではあったが、昨日作った紙がどうなったか気になる気持ちが勝っていた。いい加減、二日酔いにも慣れてきて、途中で一回ゲロっただけで気分は良くなり、気を取り直して水車小屋へと急ぐ。


 水車小屋に着くと時間が早すぎたのだろうか、辺りには人の気配がなく、中も静まり返っていた。戸締りと言う概念の無い世界だから、入口のドアは開け放たれており、悪いとは思ったが但馬は小さくお邪魔しますと呟くと、奥の作業場へと足を進めた。


 暗い廊下を右へ左へ折れ曲がりながら、やがて光の溢れるドアを潜ると、作業場にアナスタシアが一人立っていた。彼女は昨日作った紙を手にとって、日に透かしたり、裏表にしたりと、それはそれはマジマジと見ており、こちらには全然気づかない様子だったので、声をかけるのに躊躇した。


「おはよう、アーニャちゃん」


 彼女はやはり但馬が入ってきたことに気づかなかったのか、挨拶をされると、ビクリと電気ショックでも食らったかのように震え、あたふたと紙を元の場所に戻そうとしたが、すぐに手遅れだと気づいたのか、落ち着きを取り戻すといつものように、眉毛だけが困った感じの無表情を作った。


「……先生、早いね」

「出来てる? 見して」


 アナスタシアから紙を受け取ると、但馬はその出来具合を確かめた。思ったとおり、問題なく植物の繊維は結合し、紙が出来ていた。ところどころ厚いところや薄いところがあったり、表面もざらついていたが、初回でこれなら上等だろう。まぎれもなく紙である。


 強度はどんなものだろうかとビリッとやったら、


「あっ!」


 と、小さく悲鳴を上げて、アナスタシアがハラハラしていた。そういや、高級品なんだっけ。まだ何枚も作っておいたので、1枚くらい全然大したことないのだが、


「良かったら、要る?」

「……いいの?」

「いいよ、どうせ試作品だし」


 と言って、残った紙を束にして突き出したら、彼女は少し考える仕草を見せて、


「ううん、要らない」


 と言った。


「遠慮すること無いよ。なんならボーナスだと思ってくれればいい」

「ううん。そう言うんじゃなくって……」


 どういうことだろう? と首を捻っていたら、


「施しは受けちゃ駄目だって」


 と彼女は言った。但馬はスラムの入口に屯する物乞いの姿を思い出し、まあ、そういうものかなと思って納得した。


 そして、無理に押し付けてもしょうがないし……と思って、紙束を作業場の机の上に置こうとしたら、食堂兼作業場の机の上に、多分彼女が朝食の用意で持ってきたのであろう食材が置かれているのが見え、但馬は、ふと思い立って、その中から玉葱を一つ取り出して、


「じゃあ、これと交換しよう」


 と言った。


「え?」

「俺の世界……じゃない、俺の国にはピラミッドってでっかい建物があってさ、信じられないかも知れないけど、4500年も昔に建てられたくせに、なんとあのインペリアルタワーよりもでっかいんだ。でもさ、何せそんなに大昔の話だろう? それが一体どうやって建てられたのか、盗掘やら風化やらもあって、当時の状況は殆んど分かってなかったんだ。


 でも近年になってヒエログリフって言う古代文字が解読されたら、当時の状況もかなり詳しく分かるようになってきた。


 それまでピラミッド建設の労働者は奴隷が無理矢理働かされていたと思われていたんだけど、実態は違って、彼らはちゃんと国に雇用された期間労働者だったんだ。王様が建設現場に飯場を作って、労働者はそこでの飲み食いが保障された。だから、休耕期の農民や口減らしにあった三男坊四男坊なんかが喜んでやってきて、ピラミッド建設に従事してたんだって。


 期間中、休みは無かったそうだけど、ちゃんと給料だって出た。当時はまだ貨幣経済とか無かったから、塩や玉葱なんかの食品が支給されてさ、みんな玉葱を担いで家に帰ったわけだ。


 そう考えると面白いだろ。この玉葱が、古代では金貨の代わりだったんだぜ」


 滔々と語る但馬の話を黙って聞いていたアナスタシアは、相変わらず、眉毛が困ったまんまの独特な無表情で言った。


「みんな……家に帰ったの?」

「え?」

「食べるものが無いから家から追い出されたのに、食べ物を持って帰るのって、どんな気持ちだったんだろう」


 なるほど……単身赴任のお父さんみたいに働いていたものも確かに居ようが、その殆んどは口減らしやらで独立した青年が殆んどだろう。だとしたら、彼らは玉葱を担いでどこへ向かったのやら……現地で女を見つけて、所帯を持ってたりしたのだろうか。


「先生、それから……」

「ん?」

「アンナじゃなくて、アナスタシア……」


 そんなことを、しんみりと言う彼女の顔は相変わらず無表情で、何を考えているのかは分からなかった。


 その後、彼女は何かに納得したかのように礼を口にすると、紙を大事そうに胸に抱えた。但馬は玉葱をお手玉しながら、こんなの生じゃ食えないしどうしよう……と、格好付けたことをちょっと後悔した。


 水車小屋の売春婦たちは朝は遅い。だから誰のために作ってるのかな? と思った朝食であったが、暫くすると昨日の子供たちがやってきたので、納得した。ご相伴に預かり、また昨日のように子供たちにも手伝わせて、製紙製作を再開する。


 昨日、帰る前に十分煮込んでおいた低木のパルプを鍋から取り出すと、付着していた不純物などを取り除いた。一晩アルカリ溶液につけておいたので、不純物が下方に沈殿し、木は手で千切れるくらい、十分に柔らかくなっていた。


 それを昨日のビーターでガンガンやっていたら、まだ時間が早すぎたのか、うるさいとクレームが来たのでしゅんとしながら表に出た。正直、手作業で叩くのは御免被りたかったのだが、実際に紙が出来るのを見たからか、子供たちがやる気になって全部やってくれた。


 その後、昨日のようにまた簾でパルプを掬って平たくした紙を乾かし、余った時間で紙飛行機を作って遊んだりしていたら、正午近くになってシモンがやってきたので、いよいよ次のステップ、砕木パルプの製作を始めることにした。


 やってきたシモンは昨日の紙の出来具合を見て、


「すげえ……マジで紙じゃないか。もう、これ以上やる必要あるのか?」


 と言っていたが、但馬からしてみたら、これからが本番である。


 そもそも昨日今日作ってたのは和紙みたいなもので、はっきり言ってこれでケツを拭くのは痛すぎる。国王が欲しがったのは、恐らくこれで間違いないだろうが、但馬が欲しいのは、そうじゃないのだ。彼が欲したのは所謂ちり()、昭和初期の新聞などに使われていた、大量生産に適したものである。


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