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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第六章
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カンディア騒乱①

 襲撃からまた暫くの時が流れた。後先考えず自宅の屋根を吹き飛ばしてしまったせいで、もうあの家には住むことが出来なくなり、貸主に弁償金を払ったあとに、但馬は晴れて住所不定の身となった。


 尤も、それ以前からもう殆ど自宅には帰っておらず、王宮(かいしゃ)で暮らしてるようなものだったから、特に何も困らなかった。


 そして、これを機に、但馬の王宮ぐらしはそれまでの執務上の都合という建前から、ほぼ既成事実化することになった。どういうことかと言えば、皇帝のフィアンセとして王宮で暮らすことを、世間一般にも示したことになる。


 王宮の侍女たちもそれで意識が変わったのか、それまではブリジットと二人きりになろうものなら、必ずと言っていいほど邪魔が入ったものだが、それがピタリと止んだ。それはそれでプレッシャーだったので、かえって手を出しづらくなったが、それでも間男みたいに見られるよりはマシだった。


 そして何も言ってなかったのだが、いつの間にか但馬付きの執事が割り当てられており、王宮内に居ると、必ず但馬の声が届く範囲に彼が居て、身の回りの世話を何でもやってくれるようになった。


 まるで王様にでもなったみたいだが、気分が良いかと言われれば別にそんなことはなく、四六時中、監視されてるみたいでどうにも落ち着かない。変われるものなら変わって欲しい。王族ってホント、オナニーとかどうしてるんだろう? いずれ機会があったらウルフに聞いて……いや、怒られそうだからやめておこう。


 エリオスも居ない。アナスタシアも居ない。そんな状態で、王宮で王侯貴族のような暮らしをしていると、なんだか自分が別の何かに変わってしまったような、焦燥にも似た寂寥感を但馬は感じていた。


「閣下……お時間です」


 その頃の但馬は、毎朝食後に王宮の一番奥にある先帝の部屋に来るのが日課になっていた。キリスト教徒の国だから、偶像礼拝になってしまうために仏壇のようなものがなく、お祖父ちゃんお祖母ちゃんっ子だった但馬としてはなんとなく落ち着かなかったから、彼が使っていたベッドに向かって毎朝手を合わせていたのだ。


 そんなわけで、いつものように先帝の部屋で念仏を唱えて思い出に浸ってると、間もなく執事がカバンを持ってやってきて、登庁の時間を告げた。受け取って廊下を歩くと、すれ違う侍女たちが深々とお辞儀する。


 中庭に出ると運動会かよと言いそうになるくらい近衛兵たちが勢揃いしていて、但馬の姿を見るや否や、一斉に整列してビシっと敬礼を見せた。護衛役がエリオスからエリックに変わったせいか、それとも襲撃を受けて意識が変わったか、近衛兵の数が尋常じゃなく増えた。


 いや、エリオスとの最後の試合が効いてるのかも知れない。近衛が但馬に向ける視線は、あの試合からガラリと変わった。もしかして、これを見越してあのおっさんは勝負を吹っ掛けてきたのだろうか……だとしたら、なんとも頼もしいかぎりであるが、些か面倒くさくもあった。


「先生、おはよー」


 そんな中、一人だけ眠そうな顔を隠しもせず、ボリボリと寝癖を掻きむしっているエリックがやってきた。その不敬な態度に近衛兵たちがギロッと睨みを効かせていたが、当の本人はケロリとしたものである。


 エリックは護衛というか、ぶっちゃけただのカバン持ちであるが……初めこそその大役に恐れをなして死にそうな顔をしていたが、暫くすると一周回って気が変わったらしく、いつも通りの調子になっていた。こんな役目はやりたくない、さっさと辞めたい、いつでも辞めてやる、と思ってたら気が楽になったそうだ。


 順応性の高いやつだと半ば呆れながらも、一番付き合いやすい部類の友達なので、但馬の方も正直助かっていた。なかなか気が抜ける場面が少ないのだ。カバンを受け取ったエリックが馬車の扉を開き、但馬に続いて乗り込んで来て言った。


「にしても……先生の護衛増えたね。前はこんなに居たっけ?」

「いや、今の半分以下だね。エリオスさんに遠慮していたのか、それともこないだの襲撃が堪えてるのか、急に増えた」

「その話、世間じゃ嘘ってことになってるけど、本当に襲撃されたの……?」

「されたよ」


 先日の襲撃は表向きは但馬が実験を失敗してガス爆発を起こしたということになっていた。戦争中なのに、下手に国内を動揺させたくなかったし、首謀者をあぶり出すためにも、何事も無かった事を強調したかったのである。


「よく分隊長……いや、陛下が怒らなかったね」

「怒ったよもちろん。めっちゃ怒ってた」


 あの日但馬は、屋根の上から二階に侵入しようとしていた襲撃者を魔法で消し炭に変えた後、玄関先で動揺していた突入部隊の横をすり抜けて、すたこらさっさと逃げ出した。


 そして、爆発を見て駆けつけてきた憲兵隊と一緒に、襲撃者達を一網打尽にし、遅れてやったきた血まみれのエリオスを介抱し、一息ついたところでブリジットに報告しに行ったら、とっくに噂を聞きつけていた彼女が、


「襲撃者達をことごとく誅殺せよ! 残酷なら残酷なほど良い……私自らの手ですりおろしてくれるっ!」


 と、のたまいながら謁見の間で近衛隊長相手に大立ち回りしているところであった。この前、議会で優しい国を作りたいとか言っていたのが台無しである。


 無傷でやってきた但馬がケロリとした顔で「やめなさいよ」と言ったことで、ようやく落ち着いたが、それまで大臣たちの説得もむなしく押し留めるのが精一杯のようだった。


 ブリジットが落ち着いた後、丁度閣僚がそろっていたので、そのまま事件の後始末の話になったが……


「それにしても、襲撃者は一体なんのつもりで宰相を狙ったんでしょうか」

「今、憲兵が取り調べてるとこだけど。普通に考えて恨みでしょうかね……」

「恨み……工場法ですか」

「あれで結構な数の倒産があったから。中には夜逃げ同然で行方をくらましてる人たちもいるようで……」


 法整備が間に合っていなくてセーフティネットも無いから、倒産したらそれっきりなのが現状だった。逆恨みされてもおかしくない。


 ブリジットがプリプリしながら言った。


「自業自得でしょう。そんなので狙われたんじゃ溜まったもんじゃありませんよ」


 大臣たちがビクビクしている。また興奮されたら困るので、但馬は彼女を宥めるように言った。


「改革に犠牲はつきものだけど、唐突にやり過ぎたのも良くなかったかも知れない。連鎖倒産も怖いから、一度工場主を集めて、法整備後の意見集約のためのヒヤリングを行いませんか」

「そ、そうですな。陳情を聞くことでガス抜きにもなるでしょうし、良いと思います」


 内務大臣が呼応する。後日、集めてくれるそうだ。


 その後、2つ3つ意見交換をしてから、緊急閣議は終わった。結局、取り調べが終わらないと何も分からないので、ここでただ顔を突き合わせていても意味がなかったのだ。


 但馬はこの時は工場法施行後すぐだったから、きっとそれ絡みの怨恨で自分が狙われたのだろうと思っていた。しかし、翌日になって襲撃者たちの取り調べが進んでいく内に、話はどうもそう単純なものではない様相を見せ始めた。


 まず襲撃者たちの正体であるが、みんな移民……では無くて、移民に紛れて入り込んだエトルリア人だった。ホテルで死んだ者を合わせて全部で15人もいたようだが、彼らは決行日までお互いの顔も存在も知らず、全員、移民登録して国内で普通に暮らしていたようだった。


 主犯は国外に居て、指示は手紙を使って行われていた。彼らは生活に困り金で雇われた実行犯なだけで、詳しいことは何も聞かされていないと言っていた。


 法整備が整ってないのは警察力も同じことで、かなりえげつない取り調べを受けたようだから、恐らくは本当のことだろう。


 彼らは故郷に家族を残してきており、襲撃を決行することで報酬がその家族に支払われるはずだそうで、自分たちはどうせ死ぬために来たのだと供述したあとは、いくら叩いてももう埃も出ないようだった。


 手紙の出し主を追跡したくても、もちろんそんなことは不可能だった。国交が不確かな現状、エトルリアとの郵便サービスは、イオニア海交易を行っている船主が適当に請け負っているだけであり、平気で未達すら起こす彼らが差出人のことなど気にかけるわけがなかった。


 そして、あっという間に捜査は行き詰まり、こうなると本当に主犯の目的は怨恨だったのか、分からなくなってしまった。


 不可解なことはまだあった。襲撃者の装備していた銃のことだ。彼らの装備は非常に高性能であり、どう見てもアナトリア軍の正式装備を改造したものにしか見えなかった。おまけにその銃口を覗き込んでみたところ、雑とは言えライフリングが刻まれていたのだ。


 ホテルで襲撃を受けたエリオスは、正確に狙い打たれて3発もの銃弾をその身に浴びていた。いくら直線で狭い廊下のことだったとは言え、ただのマスケット銃では、そんなに当たるはずがない。


 だが、ライフリングはただ溝を刻めばいいというものではなく、飛ばす弾の方が肝心であることは、以前示したとおりである。つまり、秘密であるはずのライフル弾が外部に漏れ出していたというわけだ。


 アスタクス軍に真似されたとは言え、銃はアナトリア軍の正式な軍装であり、国家機密に該当するからその製法は秘匿されている。特にライフリング技術は戦争のやり方自体が変わってしまうから、量産体制が整うまでは将官クラスの高級将校と、エルフと戦う銃士隊にしか支給されていなかった。


 これが漏出したとなると、相当上のレベルの者が関与していると考えるのが妥当なのだが、軍の監査部に調査を命じても疑わしいものは何も出てこなかった。銃士隊もまた然りである。


 これを踏まえ、改めて犯人の目的を考えてみると、怨恨の線は揺らいでくる。何というか手が込みすぎているのだ。仮に工場法の施行を恨んでの犯行だと仮定すると、これだけの用意周到な計画を遂行するには時間が少なすぎる。工場法が制定されてまだそれほど経ってないのだ。


 そもそも、但馬が死んだところで、即工場法廃止ということにはならないだろう。ただの嫌がらせや警告のつもりというのも、見つかったときのリスクを思うと考えにくい。怨恨の線は動機が弱すぎるのではないだろうか。


 じゃあ他に何があるのだ? と考えると、過去2度のテロを思い出す。


 一度目はブリジットの母親である皇太子妃が、戦争反対を訴えて亜人に殺されたもの。そして二度目はメディアに停戦調停に赴いたリリィを狙って、これまた亜人が引き起こしたテロである。こちらは但馬の介入によって失敗したが、もしも成功していたら、リディアは未だに王国のまま、メディアと飽くなき戦争を続けていたかも知れない。


 今回の襲撃もそれと同じで、戦争を長引かせるのが目的で起こされたテロと考えたらどうだろうか。


 もしも今、但馬が殺されたとしたら、間違いなくアナトリア帝国は弱体化する。S&H社は支柱を失い解体されるだろうし、発足したばかりの政権も刷新するしかないだろう。ウルフは摂政として、新たに誰を宰相として置くか分からないが、誰にしたところで世論をまとめ上げるのに苦労するはずだ。


 かと言って、ウルフ自身がリディアに帰ってきたら、エトルリアの前線は持たない。もしもカンディアの若手が増長しだしたら、国が分裂することだってあり得る……そしたら南部諸侯も動揺し、もしかしたらアスタクスに再度鞍替えする国が出てきてもおかしくないだろう。


 となると、今犯人の目星として一番あやしいのはアスタクス方伯だろうか。


 いかんせん、はっきりしたことが何も分かっていないから、そうだとは決めつけられないが、現在、リディアを混乱させて得な勢力は? と考えれば、彼らしかあり得ない。但馬を暗殺し、南部諸侯を動揺させ、戦争で優位に立とうと考えているとすれば、すっきりするだろう。


 だが、本当にそうなのだろうか……但馬は何か判然としない、妙な引っ掛かりを覚えていた。


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