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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第六章
205/398

旅立ちの時⑩

 王宮の中庭で、但馬はエリオスと対峙していた。手には木剣を持ち、二人の間には立会人らしく手を掲げたブリジットが、自分もやりたいと言わんばかりに、ウズウズと言うか、イキイキとした顔をして立っていた。


「なあ、やめようよ~……どう考えても、俺が勝てる見込みなんてないだろう?」


 但馬が言ってもエリオスは無言で木剣を構えるばかりである。


「先生、いい加減に観念して本気でやらないと、怪我じゃすみませんよ?」


 但馬がため息を吐いていると、ブリジットが言った。彼女の声に呼応するかのように、周囲からもそうだそうだと言う声が上がる。


 中庭はバラの花が綺麗なこじんまりとした庭園がある以外は、いつもアナスタシアたちがトレーニングをしていた練兵場のような広場になっており、今、そこに人々が押しかけていた。


 近衛隊長にその部下たち、クロノア率いる銃士隊の数人、タチアナと、それからエリオスに呼び出されたエリックである。彼は何で自分がこんな場違いな場所に呼び出されたのかといった感じでオロオロしていた。ある意味気の毒である。


 なんでこんなことになっているのかと言えば、但馬が襲撃された日に遡る。


 但馬の家に血だらけで帰ってきたエリオスは、治療のかいあって意識を取り戻すと、すぐに己の行動を恥じた。護衛が対象から離れた隙を狙われたのだから当然だろう。だが、但馬が何事もなかったんだから結果オーライだろうというと、彼はそれ以来、何か憑き物が落ちたかのように何も言わなくなった。


 但馬は少し変だなとは思ったが、それでも吹き飛ばしてしまった家の後始末や、襲撃者の目的、首謀者の捜査などで忙しく、それほど難しく考えていなかった。その間、エリオスは養生のために自宅に謹慎し、代わりにエリックが呼び出され、但馬のカバン持ちをしていた。まあ、今にして思えば、彼はエリックの適性を試していたのだろう。


 但馬とエリックは仲がいいし、年も近いので気楽だった。襲撃があったせいか、近衛兵や憲兵はそれまで以上に気が引き締まったようで、警護にも力が入っていた。そんなわけで、エリオスが居ない数日間を、但馬は無難に過ごしていた。


 そして昨日……それを見届けたエリオスが、見舞いにやってきた但馬に言ったのである。


『社長……一度、本気で俺と立ち会ってくれないか?』


 王宮の中庭に集まった人々が見守る中、ブリジットが掲げていた手を振り下ろした。


「始めっ!」


 彼女の掛け声と共に、


「うおおおおおおおおおぉぉぉーーーーーー!!!!」


 地響きのようなエリオスの声がビリビリと但馬の鼓膜を震わせた。


 但馬が仰天し、へっぴり腰のまま木剣を構えると、


 スッパーンッ!


 っと、エリオスの木剣が但馬の脳天に振り下ろされ、


「ぎゃああああああ! 痛い痛い痛い!!!」


 強かに打ち据えられた彼は、ゴロゴロと無様に地面を転げまわった。


 それがあまりにも無様だったものだから、ゲラゲラと練兵場に集まった近衛兵達から失笑が漏れた。が、近衛隊長に睨みつけられ、すぐに相手が誰だったかを思い出し、彼らは真っ青になって口を手で押さえつけた。


 ブリジットは額に手をやって、ヤレヤレと首を振った。


「先生……本気でやらないと怪我するって言いましたよね?」

「本気だっつーのっ! おまえらは俺を何だと思ってるんだッ!」


 その言葉は嘘ではない。但馬は別に手加減をしているつもりはさらさらなかった。以前、聖遺物を手にしたことで覚えた身体強化魔法もちゃんと使っている。だから脳天をかち割られても痛いだけで済んでるのだ。


「あのさあ、俺に期待してくれてるのはホント有り難いことだけど、君らみたいな化け物と同じに思うなよ……? 体が強くなったところで、今まで積み重ねてきたものが違うんだから、そんな簡単に勝てたら誰も苦労しないだろ?」

「……本当に、そんなものなのか?」


 エリオスがじっと但馬を睨みつける。


「本当にこんなもんだよ。攻撃を避けようにも、エリオスさんの動き出しすら見えないんじゃ、避けようがないじゃん」

「そうか……」


 エリオスはそう言うと、持っていた木剣を投げ捨てた。


 但馬がそれを見て、ホッとして立ち上がろうとした時だった。


 ドクン……


 と、心臓の鼓動が重く響いたかと思えば、周囲の景色がいきなり豹変した。


 強烈な頭痛が走り、まとわり付くような空気の重さが感じられ、目玉がビリビリとして、視界がセピアに染まる。こめかみを叩いてもいないのに、勝手にメニュー画面が視界を遮り、メッセージウィンドウにはEmergency_Modeの文字列が浮かび上がる。


 ハッとしてエリオスの顔を見れば、その目は今まで見たこともない残忍が眼光を孕んでおり、彼の足元の地面が今スローモーションに土煙を上げていた。


 CAUTION! CAUTION!


 ただの錯覚ではあるが、耳が痛いくらいにその言葉が頭の中で鳴り響く。エリオスはゆっくりと但馬の方へと突進してくる……だが、今からこれを回避しようとしても、間に合わない。


 彼は本気だ……


 本気で、自分を殺すつもりだ……


 ………………


 ズドドドドドドドドドドドドドドドドォォォオオオオオオーーーーーーーンッッ!


 爆音が中庭に轟き、その場に居た人々の顔に風と砂埃を叩きつけた。


 エリックはその爆風に押されてバランスを崩し尻もちをついた。


「な、な、な、何事ですか!?」


 そのエリックの隣に居たタチアナが叫び声を上げる。


 彼女もまた、エリック同様に爆風に吹き飛ばされたが、これまた隣にいたクロノアに抱きとめられて事なきを得ていた。


「あれはですね。護衛長が得意の突進をお見舞いしようとしたところ、普通の方法では回避が間に合わないと判断した閣下が魔法で爆風を起こし、その反動でもって攻撃を回避、それを見てすれ違いざまに横薙ぎにしようとした護衛長の腕を、更に閣下が爆風でもって弾き飛ばし、止めとばかりにバランスを崩した護衛長の脇腹に強烈な一撃をお見舞いしたのです」


 ブリジットがニコニコしながら近づいてくる。


「そこまで見えているとは、あなた中々やりますね。後は、エリオスさんが衝突しないように、予め城壁を消し飛ばしたところまで見えていれば完璧でしたが」

「なんと、そんなことまで!? いやはや、さすがは閣下……只者ではないと思ってはおりましたが」


 こいつらチートや……チーターや……エリックがドン引きしながらそんな二人を眺めていると、


「わああああ! エリオスさ~んっっ!!!」


 自分でやっておきながら、事態の大きさに仰天した但馬が涙目で駆けていった。


*************************************


 瓦礫に埋もれていたエリオスは、う~んとうめき声を漏らしながら、どうにかこうにか体を起こした。しかし、ピューッとこめかみから血が吹き出て、クラクラと目眩がするかのようにうつ伏せにズザーッと倒れこんだ。


 慌ててブリジットが駆け寄りヒール魔法を掛けると血は止まったが、脳震盪を起こしているのか、くるくると目を回しながら彼は言うのだった。


「社長……今まで、お世話になりました。今日をもって、俺はあなたの護衛を辞めます」


 そう言う彼の表情がとても清々しいものだから、但馬はまるで今生の別れのように感じて、ショックで思わず叫んだ。


「何を言ってるんだ! そんな勝手は許さないぞっ!?」


 エリオスは目をつぶり薄く笑いながら、そんな彼を諭すように言った。


「だが、君がそうしろと言ったのだろう?」

「誰が? そんなこと言ってないだろ!?」

「まあ聞け」


 エリオスは初めて会った時のような、下手くそな笑顔を浮かべて言った。


「俺は護衛をやめて、コルフへ行く。そして社長、今度は君の対等の仲間になりたいんだ」

「仲間……?」

「ああ。俺は元々、勇者様の護衛だったのは覚えているな?」


 但馬が頷く。


「俺が君の護衛になったのは、その勇者様を守りきれなかったと言う後悔があったからだ。君に、勇者様を投影して見ていたんだな」


 それはあながち間違いでも無かったのだが、


「俺は勇者様が殺された時、全然別の場所に居た。彼の護衛は俺だけじゃなかったから、ただの配置の問題に過ぎないが……だが、俺はものすごく後悔したのだ。あの時、もしも俺がそばにいれば……俺さえ居れば、彼は助かったかも知れないと。だが、本当にそうだろうか? 俺はまた同じことを繰り返している。社長が襲撃されたというのに、俺は全然別の場所に居た。そして戻った時にはすべてが終わっていた」


 責任を感じているのだろう……そう思い、但馬は言った。


「エリオスさんが責任を感じるのは分かるよ。わかるけど、だからって、四六時中いつも一緒にいるなんて不可能だろう? あれは仕方なかったんだ」

「なんだと……? くくく……くっくっく……わはははははははは!」


 するとエリオスは一瞬キョトンとした顔をしてから、さも愉快そうに笑った。それは実に彼らしい豪快な笑いで、ああ、彼はこんな風に笑う人だったのかと、但馬はこの時初めて知った。


「そりゃあそうだ、いつも一緒にいるのは不可能だ。ホモじゃないんだからな」


 エリオスは但馬のように下品な物言いをしてニヤリと笑うと、


「だから俺は今回は、それほど責任を感じていない」

「そうなの?」

「大体、俺が居たところで、結果に違いは無かったろう?」


 肩の力が抜けたかのように、彼はぶっきら棒に言った。


「社長……君は強い。俺が居なくてもやっていける。勇者様もそうだったんだ。あの人は、俺なんかが束になってかかっても、勝てるような人じゃなかった。ずっと後悔していたが、もしもあの時、俺が勇者様と一緒にいたところで、死体が一つ増えただけだったろう。なのに、いつまでもそんなことでくよくよしてても、馬鹿馬鹿しいじゃないか。


 そして思ったのだ。あの方は敵が多かった。でも勇者様に必要だったのは護衛なんかじゃなく、一人でも多くの敵を倒す力ではなくて、一人でも多くの味方だったのではないかと」


 一旦、言葉を区切ると、エリオスは真剣な表情で但馬のことを見つめた。但馬はその瞳を真正面から受け止めた。


「ただ、言うことを聞くだけの部下なんて、何人居たところで意味がないだろう。そうじゃなく、俺は君の助けになりたい。本当の、仲間になりたいんだ。だから社長……俺は今日限りで護衛を辞めようかと思う。やめて、コルフに行こうと思う」

「…………分かった」


 二人は互いに見つめ合ったまま、しばらく放心したかのようにじっとしていたが、やがて但馬がそう言うと、肩の荷が下りたといった感じにエリオスは姿勢を崩し、周囲を取り巻いていた人々をぐるりと見回してから、エリックに向かって言った。


「ではエリック……後のことは、おまえに任せようと思う」

「ええ!? 無茶振り過ぎないっすか!?」


 それまで、二人のやり取りを遠巻きにうるうるしながら見ていたエリックは、いきなりそんなことを言われて仰天した。大体、今日こんな場所に呼ばれた理由すらよく分かってなかったのだ。まさか彼の代役にさせられるとは……


「代役なんてとんでもない。おまえには何も期待してないから安心しろ。ここ数日、一緒にいて分かったろう? 社長は基本的に、自分で何でも出来る。おまえは適当に話し相手になって、いざとなったら盾になって死ねばいいだけだ」

「やっぱ無茶振りじゃないっすかっ!!」


 エリックの情けない声にみんなが笑い声を上げた。但馬はどんどん忙しくなるし、案外、こういった三枚目な男が一緒に居たほうが場が和んでいいのかも知れないと、みんなは思った。


 最後に、但馬はエリオスに向かって尋ねた。


「エリオスさん。初めて会った日、俺が亜人に殺されかけた時に指を落とされても助けてくれたでしょう」

「ん? ああ……」

「あの時、俺をそこまでして助ける義理は無かったろう。どうしてあんなことをしたんだ?」

「……咄嗟だったからな。体が勝手に動いたんだ。それにあの時は分隊長が居たから、適当にツバでもつけておけば治ったろう。君が気に病むことはない」


 あの時も、こんな感じだったなと思い出し、但馬は自然と顔がほころんでいくのを感じていた。


 彼はこみ上げてくる涙をこらえ、何度も何度も吐き出すように深い溜息を吐いてから、出来るだけ冷静に続けた。


「それがエリオスさんの強さなんだと思うよ。同じような場面になっても、きっと俺には何も出来ない。俺とエリオスさんは、強さの性質が違うんだよ」

「なるほど、そうかも知れないな」


 但馬は無言で拳を突き出した。


「コルフに行っても変わらないでくれよ……相棒」


 エリオスはその拳をじっと見てから、続いて握りしめた自分の拳に目を落とし、最後にコツンとそれを合わせた。


 そしてエリオスは旅立っていった。リディアに来て6年。その初日から、ずっと苦楽を共にしてきた相棒は、新たな役割を求めてコルフへと向かったのだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 人生だぁ……
[良い点] 護衛でなく、仲間・同志と認めた最後の「相棒」って言葉のチョイスが素晴らしい。 [一言] 5chでおすすめされてたので読んでみたのですが、堪能させてもらってます。
[一言] 今1話から読み直したら感慨深いんだろうな
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