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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第一章
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ビーター

 軍人にボコられながらローデポリスの街に帰ってくると、なにやら街中が大騒ぎになっていた。一体何事かと通行人を呼び止めて聞いてみると、先ほど謎の発光現象の後に大爆発が起こって、街中のガラスが割れたとかなんとか。


「ふーん、そうなんだー……」


 と気の無い返事を返してその場から逃げるように去った。やべえ……突然、但馬が早歩きを始めたので、どうしたどうした? と言った感じに兵士3人が後に続いたが、説明のしようもないので適当に誤魔化す。


 まさか、こんな離れた街まで被害が出るとは……つい、己のリビドーを静めるために、デカイのをぶっ放してしまったが、気をつけねばなるまい。


 魔法を使うような機会に恵まれなかったので、すっかり忘れていたが、レベルが上がって一体どこまでMPが伸びたかな? と思ってMPを貯め続けていたのだ。多分、フル充填だったろうし、特になんの指定もしなかったから、それを最初みたいにスッカラカンになるまで、つぎ込んでしまったに違いない。


 迂闊だった……何しろずーっと街中に居るせいで、忘れちゃうくらいマジで魔法って使う機会がないんだよなあ……と思いながら、自分のステータスを久しぶりに覗いてみたら、


『但馬 波留

 ALV002/HP110/MP000

 出身地:千葉・日本 血液型:ABO

 身長:177 体重:61 年齢:19

 所持金:金1……』

「……あれ?」


 予想通りMPが0になっていたのは良い。それより、気になったのは他の数字だ。それ以外の数字もなんだか前に見たときと違っていた。


 ALVは確か最後に見たときは3だった。間違いない。いつの間に下がったんだ? それに、HPって110もあったっけ……こっちは逆に上がっていないか? あ、体重減ってる……地味に役に立つな、ちくしょう。


 但馬がステータスの変化に戸惑っていると、シモンが「どうした?」と尋ねてきた。もちろん、これだって説明のしようが無い。なんでもないと口ごもって、先へ進んだ。


 目的地はシモンの家だった。シモンの実家は鍛冶屋をやっていて、金属加工に詳しいらしく、それに例の水車を作ったのは彼の父親らしいので、話を聞きにいかない手は無い。途中でドブさらいの続きをするという二人と別れて、但馬はシモンと二人で彼の家まで向かった。


 そこは意外と言うべきか、運命と言うべきだろうか……シモンに先導され商店街を進んでいた但馬は、見覚えのある店構えを見つけて、「あそこだろ?」と指差した。


 シモンは、どうして分かったんだ? と言った顔をしていたが、理由はまあ簡単だ。彼の父親は北方大陸出身だと言っていた。1週間前、ブリジットと初めてこの街に訪れたとき、その北方大陸出身の彼の家の壁には、マスケット銃らしき物がかけられていたのである。但馬はそれを覚えていたのだ。


 暗い店内に入るとマスケット銃がその時のまま飾られていた。以前はゆっくり確認出来なかったが、近くではっきりと見てみたら、間違いなく火縄式の銃のようだった。リディアに来てまだ1週間だが、この国で銃を所持している人は見かけていない。


 恐らくこれは、勇者が作らせたものだろう。問題はどのくらい普及してるかだが、もしかしたら北方大陸では銃が主力武器なのだろうか。出来れば尋ねてみたいものである。


 店内は薄暗く、はっきり言って流行っていない感じだった。マスケットがやたらと目立つが、後は珍しくも無い鍋や包丁などが並び、前に見たダマスカス鋼の刀剣類と比べるとかなり地味で、なんというか特徴のない感じだった。


 シモンが店の奥に向かって声をかけると、すかさず元気のいい声が返ってきて、


「はーい、いらっしゃいー……って、なんだい、馬鹿息子じゃないか。店の手伝いもせず、どこをほっつき歩いてたんだい?」

「別に遊んでたわけじゃねえよ。この間のあれで、軍にドブさらいを命じられたって言っただろう」

「ああー、ああー、そんなこともあったねえ。おまえなんかがお国のお役に立てるのかと思ってたら、案の定逆にご迷惑をかけて、情けないったらありゃしないよ、お母さん。ご近所さんにも顔向けできなくて……」

「ああ! はいはい! 悪かったよ。それより親父居る? お客連れてきたんだ」

「お客う~?」


 と言って、奥から出てきた小母さんがジロリと但馬の顔を覗き込んだ。恐らく、シモンの母親だろう。お客には愛想がいいが、息子の友達には容赦がないらしい。やたら声が大きくて早口で話すので、正直苦手な部類の人種のように思えた。


 すんません、シモン君を悪の道に引きずり込んだのは自分です……ばれると絶対厄介だ。但馬はペースを握られないように、先に口を開いた。


「これ……マスケット銃ですよね?」

「ええ? なんだって?」

「ご主人が作ったんですか? 珍しいんで、前々から気になってたんですよ」

「先生、こいつのこと知ってんの?」


 母親のほうに質問したのだが、シモンの方が食いついた。


「まあな。この国で持ってる奴を見かけないから、てっきり無いんだと思ってた」

「へえー……俺も使い方はよく知らないけど……親父なら知ってるんじゃないか。お袋、親父は?」

「あの穀潰しなら、これだよ、これ」


 と言って、母親は釣りをやってるような指を振るジェスチャーをして見せた。どうやら主人は不在らしい。水車用に機械を発注しようと思っていたので、正直困った。帰ってくるまで、他の材料探しを先にしようか……と考えていたら、


「なんだよ、先生。注文だったら、俺が聞くぜ?」

「……おまえが? 出来るのか」


 意外にも……いや、意外でもないか。シモンがやる気を見せてきた。


「ああ。大体、親父にやらせちまったら、俺に金が入ってこないだろ。親父には話を聞くだけにしといてくれよ」

「まあ……そうだな」


 正直、家が鍛治屋だからって、シモンがどれくらい出来るのかは分からないので、頼むのは不安しかないのだが……出来たら金だけくれてやる、なんてわけにも行くまい。アナスタシアを助けるためには、シモン自身に役に立ってもらうしかないだろう。


「分かったよ。それじゃまず機械のコンセプトから説明するけど……」

「その前に、先生が何を作るのか、教えてくれよ」

「……はあ?」


 いきなり、何を言い出すんだ、この男は……と思ったが、そういえば、確かに水車小屋を利用したいとは言ったが、何を作るとまでは言っていない。知らずに安請け合いしてたのかと思うとため息が漏れたが、


「はぁ~……紙だよ、紙。紙を作ろうとしている」

「紙ぃ~?」


 先に説明したとおり、紙作りはパルプさえ出来てしまえば、後は比較的簡単で、小学生にも出来る作業だ。


 それじゃあ、そのパルプは一体どうやって作るのか?


 パルプとは主に製紙に用いるために分離した植物の繊維の事で、要するに炭水化物、多糖類、セルロースそのものである。


 セルロースとは、植物の細胞壁の主成分である高分子のことで、デンプンの同位体であるが、その結合状態からデンプンとは違って、水やその他の溶媒に溶けにくく、また水素結合によって結びつく性質があり、丈夫な繊維になりやすい。


 植物なら何にでも含まれる分子であり、いわゆるパルプとはこれを取り出したもののことを言うが……そのままでは繊維の長さや太さ、大きさや硬さがばらばらなので、これを(ほぐ)して繊維を微小な組織単位にして、扱いやすくする必要がある。これをフィブリル化と言う。


 で、どうやって解すのかと言えば、ぶっちゃけ叩く。蒸気やアルカリ性の溶液でふやかして、とにかくガンガン叩くのだ。叩いて解すから、この作業のことを叩解(こうかい)と呼び、これによってバラバラになった繊維を水に浮かべて、簾などで掬って、平たく延ばしたのが紙になるというわけだ。


「……要するに、叩けばいいのか?」

「そう。杵や臼で叩くみたいにガンガン叩く。そりゃもう、うんざりするくらい叩く。そんなの人力でやりたくないから、その機構を作って欲しいわけ」


 因みにこの機械を打解機(ビーター)と呼ぶ。別にベータでもチーターでもなんでもないが。


「分かったよ。それくらいならすぐになんとかなると思うぜ」

「それからもう一つ。木材チップをすり潰す機械が欲しい。これは石臼みたいにゴリゴリやってくれればいいから」


 パルプは先述の通り、植物なら何からでも取り出せるのだが、しかしでっかい丸太をいくら叩いたところで、フィブリル化しないのは明白だろう。巨木からパルプを作るには、もっと機械的にゴリゴリと削らなければならない。


 そのため、現在ではリファイナーという機械で木材チップを圧縮裁断するのであるが、さすがにそこまでの機構は作れないので、ある程度は妥協する。こうした機械的な方法で作り出したものを砕木(さいぼく)パルプと言うが、19世紀半ばに初めて作られた砕木パルプは、材木に水をかけながら、超巨大石臼を改造したようなもので、ごりごりすり潰したそうである。


 その後、シモンと二人である程度の仕様を話し合って決めて店から出た。辺りは日が傾いて暗くなってきたが、シモンの親父は帰ってこなかった。結構な釣り道楽のようである。マスケットのことを聞きたかったのだが、また別の機会にしよう。


 材料集めをしても良いが、すぐに機械が出来上がるわけもなし、明日に回して少しのんびりすることにする。ぶっちゃけ、昨日は留置所泊まりで、今日の寝床はまだ決まっていない。当面の資金として、ブリジットに金貨1枚を渡されたから、安宿くらいなら取ってもいいかも知れない。


 そんなことを考えながら、中央広場にやってくると、昼間の健全な屋台があらかた店じまいを始めており、夜の飲み屋が屋台を引いて続々と集まってきていた。すると、


「よう! 詐欺師の兄ちゃん。まあ、飲んでけ飲んでけ」


 と、昨晩おごってくれた屋台のおっちゃんが声をかけてきたので、有りがたく頂戴する。


「そろそろ、次の儲け話はないのかい?」

「円天って知ってます? 俺の故郷で流行ったんですけど……」


 大体、コップ二杯半くらいから先の記憶が無い……

 

 明けて翌朝。植え込みに潜り込んでグースカ寝てたらブリジットがやって来た。植え込みの梢の影から仰ぎ見れば、やれやれとため息を吐いた彼女のおっぱいがブルブルと震えた。この角度はパンツが見えそうである。


「先生……宿くらい取りましょうよ。探しましたよ、なんでこんなところで寝てるんですか? まさか、昨日のお金、全部使っちゃったんじゃないですよね?」


 ごそごそとポケットに手を突っ込んだら金貨が1枚出てきた。良かった、酔っ払って無くしたり豪遊したりしてなかったらしい。


「ちゃんと全額残ってますね……あれ? でも昨日、水車小屋で使ったんじゃ?」

「釈明の余地も与えないままどっか行って、勝手に勘違いするんじゃないよ。マジで俺が女買うとでも思ってたの?」

「うっ……ごめんなさい」


 昨日、水車小屋へ行った理由。そこでシモンたちに会ったこと。彼らと協力して仕事を進めていたことを、さも苦労したような山あり谷ありの創作を交えて伝えたら、反省しきりと言った顔で落ち込んでいた。その姿がちょっと可愛くて許したくなったが、胸が大きいのでチャラである。せいぜい今日はこき使ってやろうと但馬は思った。


 その後、市内各地を回り、但馬とブリジットは材料を集めて回った。


 材料集めと言っても、基本的には廃材やらぼろきれやらなので、本当にこんなので良いの? といった感じでブリジットが不安がっていた。試作品なのだから、そんな上等なものは必要ない。それよりも色々と数をそろえて、作りやすいものはどれかを試したいところだ。


 結局、サトウキビの搾りかす、トウモロコシの皮、古着屋のぼろきれ、その辺に生えていた低木、材木屋で余っていた木切れ、などを集めて水車小屋に持っていき、水車小屋の主人ジュリアに頼んで作業場を貸してもらう交渉をした。


 ついでに水車を利用するに当たってアナスタシアを助手として雇いたいと言うと、彼女は仕方ないわねと言った感じで肩を竦め、


「日の出てる間だけよ~。こっちだって商売なんだから~ん……ん~、それともぉ、夜も買ってくれるぅ~? 私含めて、みんな、みーんなよ~?」


 ジュリア以外のみんななら検討したかも知れないが、無理ですと答えて昼間限定なのは了解した。昼間の間だけでもアナスタシアを助手に雇えればそれでいいだろう。目的は、彼女に少しでもお金がいくことだった……もちろん、そんなことは一言も話さないが。


「あら~? あなたぁ~、いい体してるじゃなぁ~いぃ? どう? うちで働かなあ~い?」


 ブリジットがジュリアに絡まれているのを尻目に、材料を作業場まで運んだ。途中、アナスタシアと出くわして、何をしてるの? と言った顔を向けてきたので、助手として雇ったことを伝え、荷物もちを手伝ってもらう。


「お父さんの水車……使うの?」


 そう問う彼女は、彫刻刀で刻まれたかのような深い皺を眉間に寄せながらも、表情に乏しいという、なんとも複雑な顔をしていた。手入れの行き届いた水車の管理をしているのは、恐らくこの子なのだろう。それは今は亡き父親のことを思ってのことなのだろうが、それと同時に、彼が残した借金と修道院の記憶が圧し掛かるのではなかろうか。


 その葛藤がどんなものなのかは、想像するのも憚られるが……せめて、大事なものを借りるのだから、ちゃんとした結果を出したいなと、但馬は思った。


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