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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第六章
193/398

七つまでは神のうち⑤

 郊外で労働者たちの打ち壊しが起こった頃、但馬は王宮でブリジットの代理人として、議会の議員となる予定の貴族たちと会合していた。会合というか談合である。但馬は、これから作られる予定の、議会派閥の取り込みを行っていたのである。


 この日、集められた彼らは、但馬が鳴り物入りで国軍に組み入れた魔法部隊の面々であった。彼らは聖遺物を所持する生粋の魔法使いであり、元エトルリア貴族であり、あちらの国の議員候補でもあった。


 エトルリア皇国は、大昔のアスタクス方伯の野心から首都アクロポリスを守るために、世界樹の力を使って、急造魔法使いをやたらめったら増やした時期がある。その時生まれた領地を持たない都市貴族が家臣団化し、譜代大名と言える小都市国家郡とともに、皇国の政務を担う議会を作ったわけだが、数千人からなるその家臣団の中で議員になれるものは非常に稀であった。理由は当たり前だが、数が多すぎるからである。


 では、どうやって議員を選んでいたのかといえば、選挙ではなくて血筋からであり、あとはせいぜい、議員同士の駆け引きで推薦された場合といったところだった。


 だから数千人からなる都市貴族の殆どは議員になったためしがなく、大抵は皇国から支給される貴族年金で細々と暮らしているだけで、その年金だってせいぜい現代のサラリーマン程度のものでしかなかった。


 といったわけで、その待遇に満足しない貴族たちの中には、地方貴族の客将として出奔したり、貴族としての義務を放棄し芸術家になっていたり、商売に長けた者なら商人として成功していたりと、バラエティ豊かに各地で活躍していたわけである。


 エトルリア皇国に対する発言権を持ち、なおかつ魔法使いとしての能力も確かな者達が、こうして不遇をかこっているのを、黙って見過ごす手は無いだろう。


 但馬は新帝の即位にあたって、この勢力に接触を試みた。エトルリア貴族を迎え入れることによって、アスタクスを飛び越えて、エトルリア皇国を交渉の場に引きずり出せないかと言う狙いもあった。


 残念ながらその目論見は外れたが、貴族の引き抜きという点では上手くいった。


 彼らは自分の領地を持たない貴族である。ところがエトルリア議会議員はその殆どがアクロポリス周辺に領地持った貴族であり、持つものと持たざるものの差を常々見せつけられていた彼らは、領地に対してなみなみならぬ執着心があったのだ。


 対して、アナトリア帝国は今まさに広大なガッリアの森を開拓して領土を広げてる真っ最中であり、くれてやる土地などいくらでもあった。また、対エルフ戦術には魔法使いが必須であるので、そのための戦力確保もしたい。貴族たちは国を裏切っても、人類の敵であるエルフと戦うためという大義名分が生まれる。お互いの利害が一致し、話はトントン拍子に進んだ。


 また、銃士隊長クロノアの存在も大きかった。クロノアは先帝の存命中に対エルフ戦術のために引きぬいた貴族の一人で、銃士隊長にしたのも、位が一番高かったからで他意はなかった。だが、これがアクロポリス出身者であったおかげで、後続に話をつけやすかったのである。


 彼は初代エトルリア議会議長トレビゾンド都市伯の傍流の傍流で、皇女リリィの再従兄弟(はとこ)従兄弟(いとこ)であると、皇族なんだか他人なんだかよく分からない血が流れていた。


 この手の感覚は但馬にはさっぱりなのだが、彼はどうやらそれでも皇族らしく、皇族出身者がリディアに渡ったのであれば、後の人たちも続きやすかったわけである。よく来てくれたよな……と最近になってつくづく思うが。


 ともあれ、こうして引きぬいた貴族たちが、銃士隊に所属する魔法部隊として着任したのであるが、彼らは赴任直後から士気が非常に高かった。理由はこれまた単純で、銃士隊を指揮してエルフを退治したら、そこを領地として与えると約束したからだ。


 これまでにわかってきたエルフの生態としては、エルフは大体5キロ半径に、他のエルフと被らない距離で生息しているので、これを排除し解放した土地を彼らに与えれば、土地の区分も楽だし、元々帝国の領土ではない前線にほど近い土地なのだから、リディア王国時代の保守派も文句ないだろう。そして、こうして新たに引き入れた貴族を議員とし、但馬の派閥として組み込んじゃおうという魂胆だった。


「議会についてお聞きになりたいなどとおっしゃられるから、粗相のないよう必死に勉強して参ったのですが……閣下の方が我々なんかよりもよほどお詳しいじゃありませんか」

「え? そう?」

「はい。所詮、我々は議員“候補”でしたからね、実際に議会に参加していたわけではありませんので……閣下はまるで、どこかの議会でも見学してきたような感じです」


 そりゃまあ、テレビ中継してたので……選挙時期になるとテレ東以外は全部特番になるのだ、多少は詳しくもなろうと言うものである。


「無論、我々新参者は勝手が分かりませんから、すべて閣下の意のままに動かしてもらって結構です」

「俺は平民出身だけど」

「いいえ、我々としては元リディア王国貴族という認識ですよ。閣下はリディア王国最後の貴族として准男爵位を持たれるもの。この国では特別だと思いますよ」


 但馬はアナトリア帝国男爵であるが、リディア王国准男爵でもあった。王国と帝国では爵位が違う。リディア王国時代はエトルリア皇国に形の上で臣従していたため、先帝は家来に爵位をポンポンあげることが出来なかったのだ。従って、准男爵位を持っているものは極端に少なく、先帝の重臣中の重臣の証でもあった。


 領地経営をする時に、領地持ち貴族なら建前的に必要だからとくれたのだが、こんなところで役に立つとは思わなかった。


 これのお陰で但馬は国内の保守派貴族にも一目を置かれており、先帝が崩御しても大臣たちがすんなり但馬を宰相として認めてくれたのもそうである。


 尤も、誰も彼もがこの先帝の威光に影響されるわけではない。代表的なのはカンディアの若手貴族であり、彼らはカンディア公爵に忠誠を誓っているが、先帝に対してはかなり怪しげである。


 魔法部隊の隊員も、基本的にはそうだろう。他にも、コルフやフリジア、南部諸侯から渡ってきた商人貴族なんかもそうだ。


 民主主義国家ではないので、議会は貴族のみで開かれる。だから、その時点で議員候補はだいぶ絞られるのだが、但馬はこれらの貴族に対し根回しを行っていた。


 議会は最終的な決定権こそないが立法府として機能し、これから法律を作る上で重要な地位を占めることになる。これが行政の長である但馬と意見を違えてしまうと、非常に厄介なことになるのは、現実の政治を見ていても分かるだろう。


「まだ始まっても居ない議会に対し、それだけ用意周到になられてるのであれば、何も問題ありませんよ、きっと」

「だと良いけどね」


 そんな風に、魔法部隊の面々と話をしている最中だった。


 基本的に静かである王宮の廊下から、ガチャガチャと鎧の音が響いてきた。密談中の但馬たちが、慌てて会話を遮り顔を見合わせると、扉がノックされ、近衛兵の一人が駆け込んできた。


「ご無礼仕ります、宰相閣下!」

「どうかしたの?」

「はっ! 先ごろ、リディア郊外メアリーズヒルで暴動が発生いたしました。労働者が蜂起して、街のあちこちを破壊し、工場を占拠した模様です!」


 但馬は目を丸くした。


「被害は?」

「いくつかの民間工場が破壊された以外に、数名の怪我人が出ている模様です。幸い、腕の良いヒーラーが現地に居て事なきを得たようですが、憲兵隊から増援を要請されております」

「すぐに向かわせよう」


 但馬は立ち上がると自分のマントを羽織った。それを見て貴族たちも立ち上がり、


「我々はおいとました方がよろしいようですね」

「申し訳ない、そうしてくれる?」

「閣下、お供します」


 銃士隊長のクロノアが後に続いた。


 但馬は王宮の侍女をインペリアルタワーのブリジットの元へ使いにやり、大臣を招集し対策本部を設置するように指示した。


「俺は現地に入るよ。ブリジットが来たがっても絶対に阻止してね。エリオスさん!」


 宮殿入り口の待合室に居たエリオスが、ヌッと立ち上がる。


 マントをなびかせた但馬が宮殿の前庭へと足を運ぶと、続々と背後に近衛兵が続いた。


 数十騎からなる馬群がメインストリートを駆けていくと、鞍上に但馬を見つけた道行く人々がのんきに手を振ってきた。道を塞ぐようにトロトロ進む馬車を、近衛兵が怒鳴りつけてどかせる。彼らはまだ、何が起こったか知らないのだ。


 サイレンでもあれば一発なのだが……緊急時の車両の通行に関して、何かいいアイディアが無いか考えておくようにと、心のなかにメモし、但馬が鉄道駅へとやってくると、こっちは宮殿から連絡が行っていたようでスムースに乗れた。


 後からやってきた但馬たちに一両をまるまる貸し切りにされ、さらに出発を待たされた乗客たちが迷惑そうに車窓の外を睨みつけるが、相手が宰相だと知ってギョッとして目を伏せた。


 時速30キロで進む列車の窓をイライラしながら眺めていると、


「早馬でもないのに、1時間で到着するんだから、時代は変わったものですね。リディアに来て本当に驚かされることばかりですよ」


 銃士隊長が車外を見ながら感心した風に呟いた。彼らにしてみれば信じられないことなのだろうが、但馬にしてみたら、こんな原付きバイク程度の速度では、走ったほうが速いんじゃないか? という気持ちにさせられた。


 今後、本気でエンジン開発を行えば、比較的早く時速100キロにも到達出来るだろう。もしもそうなった時、彼はなんと言うだろうか。


 終着駅に到着すると、普段ならポーターの子供たちが駆け寄ってくるのだが、人っ子一人いないような状況だった。事情をしらない乗客たちが不審がっていると、駅員がやってきて列車から降りないようにと叫び、何が起こってるか説明を始めた。


 但馬たちはそれを横に聞きつつ、駅舎から外へと出ると、街のあちこちから破壊された工場から上がる黒煙が見えた。それがあまりにも広範囲に続いているので、さて、どちらへ向かって歩き出せば良いのかと思案に暮れていると、ようやく現地の憲兵隊がやってきた。


「増援か、ありがたい! ……って、ええ!? 宰相閣下!?」

「あんた現場の責任者? 今、どう言う状況になってるの」


 憲兵隊員は相手が但馬だと知って狼狽したが、今はそんな場合ではないとすぐに気を取り直し、


「はっ! つい3時間ほど前でしょうか、街の工員たちが日頃の待遇の不満を訴え、一斉に蜂起しました。首謀者は居らず、話し合いにも応じない様子で、ほとほと困り果てております」

「首謀者が居ない? ……自然発生した形か。厄介だな。彼らの要求は?」

「要求もありません。どうせ捕まったら死刑か、国へ送還されるだけだから、もうすべてを壊してやると、ヤケになってるようです」


 どうやら犯人は移民のようである。現行の移民法では、国家に寄与する能力のないもの、良俗に反するもの、犯罪を犯したものは強制送還されることになっている。もちろん、事情くらいは聞くから、即送還ということにはならないのだが……


 街をざっと見回してみる。流石にこの被害状況じゃ無理だろう。


「しまったなあ……もう少し、曖昧にしとくべきだった」


 恐らく、額面通りに受け取ったものがヤケを起こしているのだ。


「とにかく、現場に案内してくれ。俺が交渉してみよう。場合によっては助けると言ったら落ち着くかも知れん」

「はっ! こちらであります」


 憲兵隊に案内され、労働者たちが立てこもる工場へと足を運ぶ。途中、いくつかの打ち壊された工場が見えたが、どれも酷い有様だった。人力でこれだけの破壊を行うなんて、とんでもないパワーが必要なはずだ。よっぽど恨みを買っているのだろう。


 但馬たちが現場に到着すると、増援が来たと思った労働者たちが絶望からさらに大暴れをしはじめた。


「うおおおおお!!」「ちくしょうっ! 俺達がなにやったってんだ!」「こうなったら何もかもを壊して、俺も死んでやる!!」「野郎……殺ってやる……殺せ! 殺せ! どうせみんな死ぬんだ!!」


 工場から次々と投石が飛んできて近づけないので、一旦物陰に隠れながら呼びかけを行った。


「おいっ! わかったから少し落ち着いて話を聞け!」

「うっせー! 馬鹿野郎! おめえらなんかに俺らの気持ちがわかってたまるか!」

「分かるから! 分かるから! 話くらいさせてくれ!」


 但馬が呼びかけても、激高した彼らは聞く耳持たないようだった。イライラしたクロノアが言う。


「話し合っても無駄ですよ。突入しましょう。あのくらいなら楽勝でしょう」

「馬鹿っ! 何言ってやがる」

「宰相閣下のお手を煩わせている彼らの方が何言ってやがるですよ……話を聞いてやるにしても、まずはとっ捕まえてふん縛ってからにしましょう。平民どもが……頭きた」

「あ、おい、こら!」


 クロノアはそう言うと、カービンライフルではなく聖遺物を抜き放って広場へ躍り出た。投石の餌食になるかと思いきや、魔法のオーラでそれを防いで無傷である。それを見て、近衛兵たちも但馬の静止を聞かずに彼の後に続いた。逆に、工場内の労働者たちが動揺をしはじめた。


「おい、社長。どうする?」

「ああ、もう、滅茶苦茶だ! 魔法使いってのはどいつもこいつも短気でいけない」


 ブリジットにしろリーゼロッテにしろ、あの先帝だってそうだった。今まで出会った中で短気じゃなかった魔法使いなんて、リリィくらいのものではないだろうか。やはり心身的に優位に立てるもんだから、いい気になっちゃうんだろうか。


 仕方なく、但馬もエリオスを従えて広場へと足を踏み入れた。


 クロノアを先頭に近衛隊が紡錘陣形をとり、今にも工場に飛び込んでいきそうである。


 魔法使いであるクロノアなら、多分一人でも制圧が可能だろう。どうする? 殺さないんであれば、もういっそ、それで良いことにしちゃおうか? いや、クロノアは殺されなくても、労働者の方が殺されちゃうかも。どうしよう……


 但馬が悩んでいると、工場からの投石が一層激しさを増してきた。それに焦れてきたクロノアが、いよいよ堪忍袋の緒が切れたといった感じに、


「貴様らあぁぁぁ~……貴様らが弓引く相手が誰か知っての狼藉か!!!」


 と叫ぶと、それに呼応した近衛兵たちがキレて雄叫びを上げ、一斉に工場へと雪崩れ込んでいった。


「おい、こら! 多分、知らない! 知らないから落ち着いてくれ!」


 但馬が叫ぶが、彼らの耳にはもう届いていないようだった。激高するクロノアをどうにか押しとどめようとしたが、間に近衛兵の隊列があって、近づけない。


 すると、ついにキレた彼が、聖遺物を掲げながら工場内へと踊り込んでいこうとした時……


 カキンッ!


 ……っと、金属がぶつかる音がして、先頭を行くクロノアがガクガクっと左右に揺さぶられて足を止めた。


 彼に続こうとしていた近衛兵達が驚いてたたらを踏んで止まった。


「お願い! やめて、まずは話を聞いて!」


 近衛兵たちの向こうから、どこかで聞いたことのある声がする。


「彼らにも言い分はあるの! ちゃんと説得するから、暴力だけはやめてあげて!」


 未だに工場からは投石がびゅんびゅん飛んできているのだが、どうしろと……突っ込みたい衝動に駆られつつも、


「アーニャちゃん!?」


 兵隊の後ろでぴょんぴょんしながら前を見ていた但馬が素っ頓狂な声を上げると、彼らの前に立ちふさがったアナスタシアが、バツの悪そうな顔で但馬の方にちらりと目線を送ってきた。


 彼女のことをよく知る近衛兵たちが毒気を抜かれて、さっと但馬に道を譲ると、モーセみたいに人垣が割れた。


 魔法使いでも小娘に、軽く手玉に取られたクロノアが茫然自失でポカンと彼女を見つめていた。


 アナスタシアは、かつて出会った頃のような、眉毛だけ困った顔でそこに立っていた。


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