皇位継承④
それにしても、どうしてこんな茶番を繰り広げているのか。
但馬が宰相に就任するに当たり、ごちゃごちゃと面倒くさい手続きを取ったのには、もちろん理由があった。
先帝の崩御から皇位継承までに一悶着あった。ブリジットが皇位継承をすることに異論が噴出したのである。
先帝の在位中から、ブリジットは皇太女として周知されており、その権力を継承することに異を唱えることは不敬である。だから、普通ならば取り締まられるべき犯罪のはずだったのだが、意見が出たのがカンディアからであったのが問題だった。
カンディアは王族であるウルフが統べる土地で、その自治権が完全に認められている。要は同じ帝国にあって、違う国なわけである。
そんなカンディアでウルフの部下たちが不満を漏らした。リディア、ハリチ、コルフ、エトルリア、あらゆる国から集められた若者たちだった。
カンディアは今、副都シドニアを中心に、どんどん大きくなっていっているのだが、彼らはその街の行政官や、アナトリア軍の若き士官クラス、その他エトルリア南部から流れてきた貴族であり、皇帝よりも、まず公爵に対し忠誠を誓った者達であったのだ。
また、その権力に対する野心から、リディア王国の保守層を敵視しており、新皇帝にはブリジットよりも、上司であるウルフのほうが相応しいと主張したのだ。
言うまでもなく、ウルフにも皇位継承権はあった。魔法が使えないが、新皇帝と公爵が兄妹であることが、それを裏付けた。
そしてアナトリア軍の戦力が、現在、ほとんどカンディアに集中していることが、彼らを勢いづかせたのである。彼らは前線を支えているという自負があり、その恩恵に預かっているリディアとは本来対等の関係にあるのだと主張したわけだ。
また、ウルフは思った以上に知名度があり、下手をするとブリジットよりも国民の人気が高かったのも問題だった。元々、皇位継承者の暗殺を警戒して、ウルフが自分を囮にしていたわけであるが、それが悪い方向に出てしまったのだ。もしも皇位継承者を国民投票で決めたなら、きっとウルフが選ばれたのではなかろうか。
それでも、この世界の貴族ならば聖遺物の継承をもって相続が完了するのが通例であったから、ブリジットが皇位継承するのは道義的にも筋だった。しかし、それも但馬が魔法使いの優位性を覆してしまったせいで、彼らの論拠に拍車をかけてしまったのである。
今現在、この世界で最強の兵科は魔法兵ではなく、砲兵や歩兵など、銃火器を装備した兵科なのだ。
鉄砲は誰でも使える。そして魔法使いよりも強い。だったら、聖遺物を扱えなくっても、軍隊の運用で実績のあるウルフが皇帝になっても良いではないか。
もはや魔法使いは時代遅れなのだ。
この主張には但馬も頭を抱えた。元々、リディアにろくな魔法使いが居なかったから、それに対抗しうる兵器を作ったわけなのだが……まさか、それがこんな形で帰ってくるとは思いもよらなかった。
そして、先帝の死が急すぎたのもある。
皇位を継承するにはブリジットはまだまだ不勉強過ぎた。本来なら時間をかけてじっくりと帝王学を学んでいくはずだったのに、そんな余裕は無くなった。
更に、年も若くて、なによりも女性であるというのが、やはり多くの国民に不安を抱かせる原因となってしまったのだ。但馬はブリジットのフィアンセであると、半ば公然の事実として広まっており、将来、彼に権力が集中することを長子相続を願う国民が嫌がったのである。
今まで但馬が破格と呼べるくらいに、帝国に貢献したのは確かである。だが先帝の大葬儀も、埋葬も、霊廟を建てるのも、ハリチで行ったのが問題だった。この行為が、彼が権力を掌握するためにやったのではないか? と警戒心を抱かせてしまったのである。
こうなってしまっては、但馬が何をやっても不信感が募るばかりであろう。だから、彼は閣僚を辞することを検討し始めた。しかし、もはや彼が居なくては、この国は立ちいかなくなっていて、それは三大臣に全力で止められた。
じゃあ、もうどうすりゃいいんだと、いっそ本当にウルフに継承しちゃえば良いのではないか? とも思った。正直なところ、実は但馬も、三大臣も、皇位継承権を争う立場であるブリジットでさえも、全然異論が無かったのである。兄妹仲はすこぶる良かったのだし……
しかし、だからといって唯々諾々と従うわけにもいくまい。新政権に批判はつきものなのだ。結局、こういう輩は権力者を引きずり下ろして自分たちがそこに座りたいだけなんだから、ウルフが皇帝になったらなったで、また別の批判が出るのが落ちなのだ。
ただまあ、万が一ということもありうるから、ウルフに打診してみたのだが……案の定、ウルフ自身は皇位につく気はさらさらなくて、ふざけんじゃねえと怒られた。
ウルフはなんというかサラリーマン的なところがあるから、与えられた仕事を真面目にこなしていればそれで良いと考えており、先帝の意志を捻じ曲げてまで、自分が皇位継承するなんてことは、これっぽっちも考えていなかったそうだ。
それで、先の茶番劇なのである。
ブリジットが頼りないのなら、頼りになるまで摂政を置けばいい。それがもう一人の皇位継承者、ウルフであればみんなが納得するだろう。
更に、そのウルフが但馬を宰相として任命すれば、今の体制が維持できる。もしも但馬が暴走したとしても、任命したのはウルフなのだから、彼がいつでも辞めさせることが出来るのだ。
なんでこんな面倒なことをやらなきゃならないのかとウンザリしたが、少なくともこれで国内の保守層の支持は得られたようだった。真に馬鹿馬鹿しいことではあったが、国の支柱を失うと言うことはこういうことなのだろう。
そして、ブリジットが完全に権力を掌握する前に、燻ぶる不平不満がこれ以上出ないようにと、但馬は新皇帝の即位式を現代風に演出し、国威高揚と新皇帝の権威付けを行ったのが、前日の即位式だったのである。
こうして新生アナトリア帝国は発足した。
************************
とにもかくにも、様々な不満は出たものの、その舵取り役として宰相となった但馬は船を漕ぎだした。そんな彼は宰相の仕事として、手始めに閣僚の刷新を行った。
と言っても、現行の三大臣を辞めさせたり、体制を大きく変えるわけではない。
宰相なんて大それたものになってしまったわけであるが、ぶっちゃけ何を行っていいのかよく分からなかったので、漠然と自分の持っている宰相……つまり総理大臣のイメージとして、まずは閣僚人事から行うのが普通だろうと考えただけだった。
尤も、現状の体制では限界があったのも確かである。アナトリア帝国は国が大きくなりすぎたのだ。
アナトリア帝国の前進であるリディア王国は、元々ローデポリス一都市しかない都市国家で、人口が増えたところでも、先帝が一人で国のすべてを掌握することが十分に出来た。
しかし、現在はメディア・カンディアの二カ国に加え、ハリチと、そこへ繋がる街道沿いに続々と新しい都市が増え続けている。
また移民の流入と海外交易により経済発展が著しいのは良いのだが、人が増えれば犯罪が増え、取引が増えれば抜け目なく脱税する者も出てくる。商習慣の違いから決済が滞ることもあれば、それを元にしたトラブルも起こり、訴訟ごとが増えていた。
これまでは司法権が皇帝にしかなかったので、これらの訴訟も最終的には彼が裁定していたわけだが、いくら大臣や官僚のサポートがあっても、いい加減、一人の人間がやるには限界があった。おまけに、これからはそれがブリジットの仕事になるのだ。
だからもう、国の仕組み自体を変えねばならないのだが、政治に関しては新橋のガード下程度の但馬では、何から手を付けていいかわからなかったので、結局、自分が覚えている日本の仕組みを真似しようと思ったのである……美味しいとこだけ。
美味しいとこだけと言うのは、即ち三権……司法権、立法権、行政権を皇帝の権限として残し、内閣だの、国会だの、裁判所だのの形だけを真似しようということである。
権力の集中は濫用を生むから、可能な限り分けたほうが好ましいのは確かだが、民主主義国家でない帝国でそれを行うのは、ただの自殺行為だろう。いや、だって、デモクラシーが起こったら、排除されるべき王党派の親玉が他ならぬ但馬なのだ。人間は神のもとに平等なんて言えるものか。
そんなわけで、中身スカスカな官僚制ではあったが、但馬は就任の最初の仕事として形だけの行政府を作った。行政執行は省庁が行うが、それはあくまで皇帝の代理という前提だ。
そして今まで漠然とそれぞれ別の仕事をしていた三大臣を、内務大臣、外務大臣、法務大臣と明確化し、それぞれ行政府の長として官僚組織を作るように指示した。
逓信大臣の仕事は多くなりすぎたので、事業ごとに分割し、電信電話事業を内務省管轄とした。それから新たに参与というポストを作り、郵政局、鉄道局、街道整備局、海運局を設置した。これらはすでに動いている但馬の会社をそっくりそのまま国営化し、後々省庁化する予定である。因みに電力会社はそのまま民間に残している。
さらに国防大臣にウルフを指名し、その上で統帥権が皇帝にあることを明文化し、国中に発布した。
現在、アナトリア軍はカンディアに集中して駐留しているせいか、ウルフの部下たちはそれがカンディアの軍隊であると勘違いしているわけである。
元々、この国はカントン制が存在し、軍隊の階級が明確にされていたはずだから、そもそも、軍人が政治に口を出すこと自体あり得ないはずだったのだが、しかし、外からやってきた彼らにはそれが分からないのだろう。
軍人は階級が絶対だから、上から命令されたら敵が誰であろうと粛々と従うしかないので、将校クラスである彼らが勘違いして暴走してしまったら、堪ったものではない。だから、それを改めて明文化し、帝国軍であることを周知させた。これでおかしなことが起こらなければいいのであるが……
そして最後に、銀行の頭取を大蔵大臣に任命し、資金調達を担う省庁を創設した。
元々、国軍の維持費は皇帝が支出していたわけだが、先帝は孫に小遣いをやるようにあげていたので、今まで大蔵省が無かったのである。国家としてあり得ないことだが、これによってアナトリア軍も、予算が出なきゃ何も出来ないことが明確となり、中央の影響が強くなるはずである。
そして改めて、リディア中央銀行を文字通り中央銀行として機能させることにし、通常の銀行業務を民間に委託することにした。その手始めとして、先帝の肖像を描いた硬貨を発行し、それを自由鋳造・自由融解可能な金貨として流通させることにした。
まるで尊師にでもなったのかと言わんばかりの大改革であったが、今まで色々と曖昧にしていたツケが、カンディアの若手の不満として出てきてしまったのだから、とにかくやれることをやるしかない。但馬があれやこれやと一通りの改革方針を通達すると、それを記述していた書記官がぐったりしていた。
因みに新閣僚には予め話をつけておいたが、ブリジットはちんぷんかんぷんのようで、途中から寝ていた。先帝が在位中は勉強しろ勉強しろと、口を酸っぱくして言われていたわけだが、これからは但馬がその役目を負わなくてはいけないのだろう……
さて、こんな具合に閣議が進んでいったが、オブザーバーとして参加していたコルフ総統は、どことなく楽しげであった。
「組織づくりは見習うところがあります。宰相閣下はいつもこのようなことを勉強されておられるのですか?」
「いや、全然そんなことないですけどね」
「それでは、この短期間に、ほぼ独自にこれだけの仕組みを思いついたので?」
「ええ、まあ」
というか、知っていたわけだが……逆に、現代人なので官僚制以外ろくに知らない。
「それでまあ、今後は訴訟は裁判所を通じ行うつもりなのですが……その法律を作るための議会を作りたいんですよ。そこで、総統閣下にご相談があるんですが」
「議会をですか?」
「はい。今までは我々閣僚と陛下の判断で行っていたのですが、これだけ国が大きくなっちゃうと、そうも言ってられませんからね。各方面の代表者を集めて意見交換し、それを法律に取り入れようかと。法は皇帝が決めることだから、あくまで目安ですが」
要は国会を作ろうという話である。
この国の法は即ち皇帝であるのだが、細かな商取引のトラブルなんかは、結局当人たちにルールを決めさせたほうが楽だし、他にも国家運営に不満を持つ貴族なりを集めて、意見具申を聞いてやれば良いガス抜きになるのではないかと思っていた。
大体、ブリジットも、但馬を含めた大臣だって、人間なのだから間違うことはあるだろう。法に関しては、やはり多数決で決めたほうが無難だ。カンディアからも議員を呼んで、もちろん意見を聞くつもりである。また、新参の魔法兵は基本的に貴族であるから、彼らの仕事の受け皿にもなるだろう。
他にも、エトルリア南部のフリジアやイオニア海沿岸諸国、海外との付き合いで、今後何が起こるか分からないし、そう言った時の意見交換の場としても有効だろう。
と言うわけで、国民評議会のあるコルフから議員を招いて選挙や議会運営の手ほどきをしてもらおうと打診しているわけである。これならコルフとの仲も強調できるし、法整備に但馬が手を下さないから、カンディアの若手連中に警戒心を抱かれないで済むだろう。コルフはコルフで帝国に貸しができる。
その後、議会に関して意見をかわしてから、最後にコルフとお互いに大使館を交換しあうことで合意した。この世界は長い間エトルリアとティレニアの二カ国しか無かったせいで、大使館というものが無く、初めは何をしたがってるのか分からないようで首を捻っていたが、エトルリア皇国には参勤交代の藩邸みたいなものがあるそうだから、それだよと言ったら(正確には違うが)何とか理解出来たようだ。
要するに国家同士が御用聞きの窓口を置き合うわけだが、ロンバルディアや南部諸侯にも声を掛けたのだが断られた。あくまでもエトルリアの従属国なため、寂しいことにおおっぴらに国交は結べないようだった。また、一応、対等な国家としてティレニアにも打診したのであるが、こちらは返事すら貰えなかったようだ。相変わらず、あの国は謎である……
なにはともあれ、第一回目の閣議としてはこんなものだろうと言うことで、その後、出席者と軽く会話した後、会議はお開きになった。





