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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第五章
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西海会社 - West sea company ⑥

「強くてニューゲームだ」


 ……と、格好つけたまでは良いものの。正直なところ、これから何をやっていいのかは分からなかった。徒労に終わった世界樹探索から帰還して数日、但馬は仕事もそっちのけで対策を考えていた。


 方針は決まっている。メディアの世界樹をこれ以上調べても仕方ないから、他の世界樹を巡った方がいい。だが、そうしたくとも手詰まりなのだ。


 判明している世界樹は4ヶ所。メディア、エトルリア、セレスティア、ティレニアである。だがエトルリアとは戦争中であるし、セレスティアは遠すぎる。そして、一番近いティレニアとは国交がない。


 ランを頼れば伝は得られるだろうが、それで世界樹までたどり着けるとは思えないかった。もしかしたら、アナスタシア絡みで突破口が見いだせる可能性もなきにしもあらずだが……もし、本当に彼女が巫女の娘であったのなら、どうなるのだろうか? もし、彼女が国に帰りたいと言ったら……どうすれば、いいのだろうか?


 但馬はブルブルと頭を振った。


 そんなこと、今考えても仕方ないだろう。その時になってみないとわからない。そもそも、正攻法で入らなくても、今の但馬だったら隙を見て忍びこむことだって出来るのではないか? 試してみなければ分からないが、今のALVなら世界樹のセキュリティだって突破できる気がする。なんなら、そっちの方が手っ取り早いだろう。


 それにしても、勇者はどうせ遺言を残すくらいなら、他にも色々情報を残しておいてくれれば良かったのに……亜人製造機の止め方だとか、妻よ愛してるだとか、そういうのも大事かも知れないが、あのビデオレターと言うか遺言を見る限り、彼はあのファイルを見つけるのが但馬であることも、ある程度想定しているようだった。だったら、他の世界樹に入る方法なり、その世界樹で見つけた他の情報も残しておいてくれれば……


 と、考えたところで、但馬は違和感に気づいた。


 そうだ。おかしいのだ。


 なんであれしか残さないのだ? ああやって遺言を残すくらいなのだから、これから自分が死ぬかも知れないと思っているわけである。何らかの災厄が訪れることを覚悟していたんだろうから、普通だったら、亜人製造機の止め方だけでなく、最低でもこれから起きそうな出来事について語っていても良さそうじゃないか……他にも誰と一緒に居るとか、執政官アインやその他友人に遺言があってもいいだろう。


 優に50年はこの世界で生きてきて、懸案事項が亜人製造機のことだけってのも、お寒い話ではないか。


「……消された、かな」


 真っ先に思いついたのはそれだ。


 世界樹には通信設備があり、それを使って勇者はメディアの亜人たちに指示を与えていた。ところでこの通信設備、これまで勇者以外には誰も利用したことが無かったのだろうか?


 いや、いたと考えたほうが良いだろう。


 但馬の脳裏に時折現れる『NEW!』の文字。何者かは知らないが、あのメッセージを送っているやつがいる。これまでの経緯で、どうやら勇者も自分と同等の力と聖遺物を持っていたことが判明したことから分かる通り、この何者かは彼にも接触を図り、そして誘導していたはずだ。


 こんな何十年にも渡って但馬達を誘導し続ける相手が何者かはわからないが、まっとうな人間じゃないことは確かだ。笑ってしまうが神か悪魔か、こんなふざけた状況下では、そんな可能性だってあり得るのだ。一番、怪しいのは機械だろうが……機械なら機械で、それを作った何者かがいる。もしくは数百年生きれるような生物が居るのなら話は別だが……


「……居たな。エルフだ」


 しかし、エルフは少々考えづらい。エルフが裏に居るとして、その目的は何なのか? どうして自分たちよりも強い但馬のような存在を作り、導く必要があるのか。それに、但馬も勇者も、エルフのためになるようなことより、彼らを害する事のほうが多かったはずだ。


 イルカのことを思い出してみると、もしかしたらエルフが人間を駆除して欲しいと考えてる可能性もなくはないが……それは別に但馬にやらせなくとも、彼ら自身がやればいいだけの話ではないか。普通にやれば100対1でも勝てるのだから。


 大体、あれは長生きするために人間性を捨ててしまった人間の成れの果てで、こうして倒せるようになってみると、その頭の出来は幼児のそれに近いことも判明している。陰謀を巡らすようなイメージはまったく沸かない。


 おまけに、今までに倒したエルフを観察した結果、判明したのは彼らはとにかく個体で行動するということだ。エルフを発見すると、そこに規則性があるのではないか? と疑いたくなるくらい、周囲半径5キロ以内に別のエルフが居ることはない。多分、縄張り意識が相当強いのだろう。


 鳴き声のようなあの言葉に恐らく意味はなく、コミュニケーション能力は失われており、他のエルフと連携しているところは見たことがない。頭の出来は残念で、とにかく人間を侮って近づいては、簡単に罠に引っ掛かる。魔法の力は絶大だが、常に魔法を使っているわけではないので、電磁遮蔽して遠距離から油断してるところを狙えば、ただの小銃の的である。恐らく、完全に意表をつけるのであれば、剣や槍などの刃物でも普通に傷つけることが出来るだろう。


 リーゼロッテやブリジットが斬りかかっても傷一つつかなかったが、実は皮膚の強さは人間のそれとほぼ同じで、死体であれば簡単に切り刻むことが出来る。解剖した結果、臓器の種類や位置はほぼ人間と一致しており、脊椎と脳幹が若干太いことと、そして心臓の近くにあるマナ袋と呼ばれる臓器がなければ、人間との区別はつかなかっただろう。


 このマナ袋と言うのがエルフの特徴で、どうやら彼らはここに森から集めたマナを溜め込んでいるようである。但馬が魔法を使うときは、周辺のマナを集めて盛大に光を発するが、エルフはそういうことがあまりない。それは人間と体の作りが違ったからだろう。


 話が脱線したが、こんな具合に、エルフが犯人だとは考えにくい。寧ろ彼らは、被害者と考えてもいいくらいだ……


 そう考えると、本当に、あれを倒しちゃっても良かったのだろうか?


 今や、エルフ退治は国家プロジェクトになってしまっているのであるが、但馬を誘導している何者かの目的がもしもエルフの駆除であったなら、このまま続けていていいのかわからなくなる。


 しかも、その可能性は結構高そうだ。何しろ、伝説の聖女リリィがやっていたのが、まさに打倒エルフであったのだし、勇者も最初期にはエルフを倒してリディアという国を作ったわけだ。但馬も、もしも国のためになるなら自分がやってもいいかなと思ったことは何度もある。


 ただ、思うだけで絶対不可能だとは思っているのだが。


 単純に考えてみれば分かるが、エルフを片付けろと言っても数が尋常じゃないのだ。ロディーナ大陸=南極大陸はオーストラリアの2倍の面積があり、ガッリア大陸だけでもその1.5倍はある。エルフが5キロ四方に1体居るとしたら46万体。そこまでギッシリ詰まってなくても40万はいるだろう。


 それを全部、但馬が殺して回るのか?


 毎日1体倒したとしても1000年かかるのだぞ?


 物理的に不可能なだけでなく、精神的にも不可能だろう。確実に病むに決まってる。


 だからエルフとは関係ないと思いたいのだが、困ったことに勇者の存在がそれを曖昧なものにした。もはや勇者と但馬は同一人物でほぼ間違いない。その勇者が死んだら但馬が出てきたわけで、じゃあ、但馬が死んだらまた別の勇者が出てきてもおかしくない。


 メディアの世界樹を止めたから、もうそれは無いだろうと思いたいが、絶対そうとも言い切れないだろう。既知の世界樹は4つだが、未知のものはきっとある。元々、繁殖のための亜人製造装置であったのだから、エルフが繁殖するためのものが、まだガッリア大陸のあちこちにあるはずなのだ。そして、その世界樹はまた別の世界樹とリンクしていて、それを利用して、また但馬のような存在が生み出されないとは限らない。


「まあ……疑いだしたらキリがないわけだが」


 ともあれ、謎のメッセンジャーが但馬を誘導してると仮定して、こんなゲームの主人公に仕立てあげて何がしたいのか? それが最大の疑問だった。


 なんでここまでゲームっぽいのだ?


 どうしても、そう勘違いさせたい何かがあるとでも言うのだろうか?


 それとも……本当にここは……


「あああ~~っ!!! わからないっ!!!」


 但馬は頭をゲジゲジと掻きむしった。


 ここが現実の世界だろうがゲームの中の世界だろうが、結局、考えているだけでは埒が明かないのだ。


 しかし体を使って探りたくとも、今のところは身動きが取れなくて困っているわけだった。だったら取り敢えず今やれることをやるしかないだろう。


 戦争を終わらせるために尽力すること。ティレニアとの国交回復を打診すること。それからセレスティア航路を開拓してみること。エルフ退治のついでに、他の世界樹がないか探してみること……あとは……


*****************************


 ローデポリスからハリチに越してきてだいぶ経つが、アナスタシアの日課は変わらなかった。朝起きてトレーニングを行ってから朝食を作り、リオンを起こす。夕方は、仕事帰りに商店街に寄って、リオンの相手をしながら夕食を作る。


 ハリチの家は使用人がたくさん居て、掃除洗濯その他もろもろは行き届いているが、食事だけは未だにアナスタシアが作っていた。理由は但馬がコックを雇わなかったからだが、彼は使用人を雇うのも家が広すぎるのも気に食わなかった様子で、食事のために専用の使用人を雇うというのがどうにも納得がいかなかったようである。


 今更、人を雇うお金の問題はないので、どうして雇いたがらないのか? と尋ねてみたら、自分は毎日家で食事を取るとも限らないし、夕飯を外で食べることもあれば、何日も家に帰らない時もあるのに、そんなの雇ったらもったいないじゃないかと言う返事が返ってきた。何というか、お金の問題だったらしい。


 呆れはしたが、そう言う変わらないところはなんやかんや彼らしくて好きだった。それじゃどうするのか? と聞いたら、自分で作ると言い出すものだから、結局、ローデポリスの時と同様にアナスタシアが作っていた。


 面倒くさいと言えば面倒くさかったが、嬉しいと言えば嬉しかった。やっぱり、知らない人が家の中に居るのは落ち着かない。リオンと打ち解けるのも実は結構かかったし、リーゼロッテだけならまだしも、自分をお姫様のように扱ってくるような人たちが家にいるのは肩がこるだけで、戸惑うことのほうが多かった。


 だから、トレーニングをしたり、料理を作ったり、ローデポリスの家でやってたことをやってると本当に落ち着くのだ。


 元々、但馬と一緒に暮らし始めた時の家だって、彼女にしてみればすごく広かったのだ。2階建てで部屋が4つもあり、穴蔵みたいな水車小屋とは違って、清潔で日の当たる窓のついた部屋を与えられて、そこで暮らせるだけで彼女は幸せだった。


 その内リオンが来て大きい家に引っ越して、ちゃんとした仕事を与えてもらって、毎日が充実していた。しかし、借金を返済しきってしまったら仕事が少なくなって、こんな大豪邸に引っ越してきて、逆に窮屈になってしまった。


 本当は、但馬と二人で暮らしていた時の、あのくらいが丁度良かったのだ。耳を澄ませば隣の部屋で寝る人の息遣いが聞こえてきたり、夜遅くまで工房で作業をする但馬を見ながらソファで眠り、翌朝、庭で良くわからないことをやってる彼に、それは何をしてるのか? と質問してるくらいの毎日が。


 但馬はどんどん凄くなるから、自分も負けじと頑張って、やれることがいっぱい増えた。けれど、二人のやれることが増えれば増えるほど、一緒に暮らしている実感は薄れていった。


 一緒に居たいのなら、エリオスに誘われた時、彼の護衛になれば良かったのだろう。だが、彼女はそれを断った。但馬は今はまだ自分たちと一緒に居てくれるが、そのうちブリジットと結婚するはずだ。そして彼も王族になるのだろうが、その時のことを考えるのが嫌だった。


 そうしたら自分は何になるのだろうか。近衛兵になるのだろうか。エリオスが近衛兵と言うイメージは沸かないから、多分彼はウルフのところにいるマーセル大将みたいな、部将とかそんな感じになって、但馬を補佐するのだろう。だが、自分はどうなるのか、彼女はそうなった時の自分の将来がさっぱり思い浮かばなかったのだ。


 二人の近衛兵に、騎士になるのだろうか。騎士なら守るべき主君の幸せのために戦わなければならないけれど、でも、二人の幸せのために自分はきっと戦えないだろう。


 また、昔みたいに戻れたらいいのに……あの二人っきりの借家住まいに。


 そんなことを考えながら、日課のトレーニングのために庭に出ると、なんだか良くわからない機械を持った但馬が不審者のごとく庭をぶらつきながら、ああでもないこうでもないとブツブツ言っていた。


 彼は本当に変わらない。それが本当に好ましく思え……そして自分は変われない。それが本当にもどかしかった。


 アナスタシアは変なことをしている但馬の元へと近づいていった。


「先生、何やってるの?」

「おおうっ! びっくりした。おはよう、アーニャちゃん」


 但馬はよっぽど集中していたのか、庭に誰も居ないと思っていたらしく、いきなり声を掛けられてびっくりしていた。


 彼はすぐに返事を返そうとしたが、


「いやなに、ちょっと電波の指向性を調べてたんだけど……って、何言ってるか分からないよな?」

「うん」


 アナスタシアは彼女独特の眉毛だけ困ってる顔をした。


「えーっとさあ、前に俺はレーダマップってので人間や動物の位置を把握できるって言ったじゃん? で、恐らくエルフも俺と同じ方法で周囲の状況を調べてる。だからそれを逆手に取って、今の対エルフ戦術を組み上げたわけだけど……」


 但馬は魔法の発生の仕組みを、外部にある魔法発生装置によるものと考え、自分の脳内にだけあるメニュー画面の情報も外からやってくるものだと判断した。それは正解で、銅線でケージを作り、実験してみたところ、ケージ内の生体反応は但馬のレーダーマップから消えることを確認し、それを戦術に取り入れたわけである。


 但馬の脳内のメッセージも、魔法の発動命令も、電磁波でやり取りしていたわけだ。


 で、そこまで分かっているのなら、その電磁波のやってくる方向も調べることは可能のはずだ。何故なら、電磁波というものは指向性があるからだ。


 電磁波というものは基本的に見えないからわかりにくいが、実は光も電磁波の一種であるから、その性質は同じだ。


 例えば埃っぽい部屋の中でロウソクに火をつけると、光がロウソクから球状に広がっているのが分かるように、電磁波もアンテナから球状に広がっていくのであるが……光を鏡に反射すると、特定の方向へだけ飛んで行くように、電磁波も反射板に反射すれば、ある一定の方角にだけ飛んで行く性質がある。


 1926年。電波の実験中に異常を検知した宇田新太郎と八木秀次は、その原因が機械の近くに置かれた金属棒であることを発見した。彼らは金属棒が電波を反射したのだと結論付けると、その性質を利用して、電磁波を一方向へだけ飛ばす……電磁波に指向性を持たせるアンテナを発明し、その原理と共に特許を取った。


 これが八木・宇田アンテナと呼ばれるもので、どんなものかと言えばなんてことはない、ちょっと窓を開けて近所の家の屋根を見ればすぐに見つかるだろう。地上波テレビのアンテナそのものであるのだが……地上波デジタル対応でアンテナの向きをいじったことがあるなら分かるだろうが、これは特定方向へ向けなければ電波を受信できない。


 但馬はこの性質を利用して、電波の検知器を作り、その方角を特定しようとしたわけである。


「……というわけなんだけど、わかった?」

「ううん。わからない」

「……まあ、そう言うだろうと思ったけど。要するに、俺のレーダーマップの情報がどこから飛んで来るのかを調べてたんだよ」


 そう言うと但馬はため息を吐いた。その姿を見ていると、結果は芳しくなさそうだ。アナスタシアはソワソワしながら、


「分からなかったの?」


 と尋ねたが、


「ううん。もしかしたら上手く行かないかもってくらいに思ってたのに、逆にあっさりと分かっちゃって」

「なんだ。なら、どうしてそんなに憂鬱そうな顔してるの?」

「……そんな顔してる?」

「うん」


 アナスタシアがこっくりと頷くと、但馬は苦笑しながら言った。


「いやまあ、分かったんだけどね。ちょっと面倒くさい場所から飛んできてるっつーか」

「……? どこから来たの?」

「あっちの方」


 そう言って、但馬は真上を指差した。


 やっぱりと言うか何というか、本当は考えるまでも無かっただろう。但馬のメニュー画面やレーダーマップの情報は、上空から飛んできていた。当たり前のことだ。魔法は世界中どこでも使えるのだから。


 魔法発生装置がどこかにあるとして、一番あやしいのは世界樹だが、仮にエトルリアの世界樹がそうだったとして、エトルリアの世界樹から但馬に電波を飛ばそうとしても、一直線には飛ばせないだろう。言うまでもなく、地球が丸いからだ。


 但馬から見て、世界樹は水平線の向こう側にあり、一直線に結ぶとどうしても地面の中を通らざるを得ない。だから、電波で通信するとなれば、はるか上空、軌道上にでも衛星を飛ばしてそれに反射させなければ不可能だ。


 だから、地球上のどこかに魔法発生装置があったとしても、それと交信するための電波は上空から来るだろう。


 いや、もしかしたら、本当に宇宙空間に魔法発生装置が飛んでる可能性だってありうる。魔法は但馬にも及びもつかない未知のテクノロジーなのだ。


 そう言えば、2つある月の存在も忘れてはいけない。もしかしたら、そのどっちかに人類の痕跡があってもおかしくないだろう。少なくとも片方は但馬の記憶には無いものなのだから、どっかから飛んできたか、運んできたかは分からないが、人為的な手段を用いなければあんなものが空に浮かんでるわけがないだろう。


 案外、あの月のどちらかに、魔法発生装置があるのかも知れない。と言うかその可能性が一番高いような気がしてきた。古代文明の遺跡が月にあるなんてのも、SFやゲームの定番であるし……


 などと考えていたら……


 じぃ~~……


 っと、アナスタシアが目を丸くして但馬の顔を覗き込んでいた。その上目遣いがとても可愛らしい……のは置いておいて、


「なにかな?」


 と尋ねると、


「空の上に何かがあるってこと?」


 と、彼女は興味津々尋ねてきた。


「ん? ああ、そういうことだね」

「もしかして、神様なのかな……」

「いやいやいや、まさかまさか。空の上にそんなのは居ないよ」


 但馬がそんなアホなと笑うと、アナスタシアは馬鹿にされたと思ったのか、ムッとしながら、


「……そんな笑うことないじゃない。見てきたわけじゃあるまいし」

「いや、見てきたんだよ。俺はその更に先まで行って帰ってきたんだし」


 人類初の火星探査船、キュリオシティ01の乗組員が但馬なのだ。彼は月パーキング軌道をスイング・バイし、地球の重力圏を脱した後、人類初の有人火星探査を成功させ、5年半の任務を終えて地球に帰還する途中に死亡した。


 アナスタシアにはそのことを話したことがあったのに、案の定というか、いまいちよく分かっていなかったらしい。まあそれも仕方ないことだろう。ぶっちゃけ、この世界の人達は地球が丸いことすらも分かってないのだ。おまけに、これだけキリスト教が支配的な世界なのだから、空の上に神様が居ると考えていてもおかしくない。


 と言うか、本当にいないだろうな……神はともかくとして、但馬や勇者を誘導している者は下手をすると宇宙空間にいる可能性はある。もしそうなら、そこへ到達する手段がない。


 今や鉄道すら走らせようとしている帝国であるが、流石にロケットとなると敷居が高すぎて、但馬が生きている間に低軌道すら到達出来るかわからないぞ……


 などと考えていたら……


 じぃ~~……


 っと、アナスタシアがその真ん丸な瞳を大きくして但馬の顔を覗き込んでいた。近い近い。息がかかってくらくらする。


「な……何かな?」

「本当に?」

「え?」

「本当に、空の上まで行ってきたの?」


 但馬は頷いた。


「ああ、そうだよ。空の上、途中で月に寄り道して、更に遠くまで」

「じゃ、じゃあ、先生は空の飛び方を知ってるの??」


 彼女にしては珍しく、興味津々な態度を隠そうともしなかった。どちらかと言うとアンニュイな雰囲気を漂わせているのがデフォルトな子だったから、その姿は但馬の目には新鮮に映り……そんな彼女の顔を見ていたら、ロケットは無理でも飛行機くらいなら……と考えていた。


 考えてしまった。


「……空、飛んでみたいの?」

「うん」


 そんなわけで、次の方針は決まった。


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