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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第五章
174/398

NEW GAME! ⑫

 この世界で目が覚めた時、初めはゲームの中だと思っていた。


 それだけの条件が揃っていたし、いかにもJRPGにありそうなメニュー画面が表示されたり、コマンド形式で魔法が使えたりするのだから、そう思わない方がおかしいだろう。


 そして現れたイルカのような見た目をしたチュートリアルキャラ。こいつが魔法の使い方やこの世界の仕組みを色々教えてくれた。


 上手い嘘と言うのは、真実の中に一つだけ紛れ込ませる嘘のことだと言う。


 それを体現したようなイルカの言葉に、実際、嘘は殆ど含まれていなかった。エルフは古代種、人間はモルモットで、亜人はキメラ。他にも魔法の使い方や、武器を与えるというのも嘘ではなかった。じゃあ、全部本当のことしか言ってなかったのかな? と思いきや、やはり思い返せば、たった1つだけ嘘はあった。それは但馬の設定だ。


 この世界に辿り着いた当初、但馬にはキャラ設定みたいなものがあったはずだ。彼はブリタニアの商船に乗っていて酷い嵐に遭遇し難破、船は沈んで自分だけがリディアの海岸に流れ着いたと言うことになっていた。


 この世界はゲームだと思っていたし、但馬の記憶はアルバイトの面接会場を最後に途切れていたから、彼は躊躇なくその設定に乗っかった。乗っかって、そして即座に否定されたわけだ。


 勇者の真似をするな、この勇者教患者めと……


 この世界にはかつて勇者が存在し、その勇者がかつてリディアの海岸でやっていたのが、但馬と同じことだった。出身地が海外のブリタニアであることもそうである。


 当時は、勇者の設定をパクらされたのだと思って、ムカついたものだが、今にして思うとこれはそんな単純な話ではない。


 但馬も勇者も、同じようにリディアのあの海岸で目が覚めて、そして同じようにイルカにその設定を与えられた(・・・・・)と言うわけだ。明らかに人為的である。


 メディアの世界樹で勇者自身のビデオレター的な動画を見て判明した通り、但馬と勇者はどうやら同一の存在であるらしいことは、疑いようもない事実である。


 となると、但馬と勇者……二人を誘導しようとしていた存在は一体何なのか……?


 但馬たちに設定や魔法や武器を与えて、ここがゲームの世界だと思わせることに、一体どんな意味があるのだろうか……?


 いくら考えたところで、その答えは出てきそうもなかった。

 

**********************

 

「先生。ぐるっと一周見て回ってきたけど。特に何も無かったよ?」


 但馬がリディアの海岸で自分の聖遺物を発見してから3日後。彼はメディアの世界樹の中に居た。


 聖遺物を手に入れて翌日にはハリチに戻り、更にその足でメイドを捕まえて、また翌日にすぐ船に乗り、最短でメディアまでやってきたようなものである。その強行軍は、以前の但馬であれば音を上げていたであろうが、今の彼はまったく疲れを知らなかった。


 夕方仕事から帰るなり、いきなり連れだされたアナスタシアとリオンの二人がぐったりする中、但馬はメディアに到着すると、すぐに村人達にお願いして、以前埋めた世界樹の遺跡の入り口を掘り起こした。


 ヴィクトリアの村から世界樹は、川を挟んでいるとは言え徒歩で20分程度の距離しかなく、国交が正常化して以降は、悪用されたり一般人が紛れ込まないように土に埋めて封鎖していた。それを埋めた張本人が掘り起こせというのだから、メディアの亜人達は面食らっているようだった。


 しかし、他ならぬ女王(リーゼロッテ)の頼みであったし、以前とは比べ物にならない迫力を滲ませている但馬に頼まれると、彼らは断ることが出来ず、何かのっぴきならない事情があるのだと察して、黙って従ってくれた。


 彼らと話していて分かった。どうやら、亜人も他の魔法使いと同じように、相手の強さを直感的に判断しているらしい。つまり彼らもエリオスやアナスタシアみたいに、魔法とは知らずに、マナによる身体強化を行っているようで、それが亜人の強さの秘密だったようである。


 これではっきりしたが、この世界の人々は、人間も亜人も、恐らくはエルフも、みんなマナ=CPNを感知したり操作するための器官をどこかに持っているようだ。そして、その器官を司る感覚野が脳内にあるのだろう。ただ、エルフと違って、人間と亜人は、魔法を自在に扱えるほどには発達していないし、訓練もされていない。


 それを補いエルフと対抗するために、聖女リリィは世界樹を作り人間に聖遺物を与えたようだが、同じ力を使っているから、それはあまり上手くいってなかった。この世界の人間、エルフ、亜人の力関係はそんな感じだ。


 ともあれ、亜人はその身体強化魔法の強弱によって、相手の強さを推し量っていたようで、それゆえに、勇者の娘とは言え、ぽっと出のリーゼロッテにも忠誠を誓っていたようである。やはり野生動物の血が濃いと言うか、恐らくは勇者に付き従っていたのも同じような理由であろう。今の但馬に対する視線もそうだ。


 そんな但馬とリーゼロッテに連れられてやってきたリオンは、そのせいで特別視されて大変そうであったが、それはまた別のおはなしとして、但馬は世界樹の遺跡を掘り起こすと、今回は通り一遍見て回るだけでなく、行けるところを隈なく見て回った。


『但馬 波留

 ALV079/HP13931/MP958

 出身地:千葉・日本 血液型:ABO

 身長:177 体重:68 年齢:24

 所持金:金5』


 滅多のことじゃもう気にしなくなっていたが、但馬のALVは80に届こうとしている。これが何をすると上がるのかは良くわからないが……MPももう魔法を使わないようにして放置していたが、見ての通り、恐らく通常の魔法使いの数十から百倍はあり、そしてHPも聖遺物を手に入れた瞬間に化けた。因みに所持金は手持ちである。


 ただ、もう但馬はこのステータスを当てにしていなかった。明らかに自分の鑑定魔法の表記とは異なるし、簡略化されすぎているのだ。どうしてこんなに簡略なのか、この能力を仕掛けた何者かの擬態なのだろうか、それとも逆に鑑定魔法の方が特別なのか、どっちがどっちだか分からないが、少なくとも但馬に関することは情報量は少なすぎて、何も推し量れない感じである。


 分かることはせいぜい、ALVがアクセスレベルであることと、HPの上がり方から察するに、これは鑑定魔法によるところのSLVと関連付けられてるのではないかと言うことだろうか。もしも但馬の今のステータスを鑑定魔法で見れるのであれば、恐らくは軒並みSLVが高レベルになってるに違いない。


 ALVがアクセスレベルで正しいというのは理由がある。


 この世界樹の遺跡を隈なく探して回った結果、何も見つからなかったわけだが、中央のダム端末にあるスイッチに触れると、今回はリリィが居ないというのに、普通に動かせたからだ。


 多分、但馬にももうリリィのように、世界樹の深層に触れる権限があるのだろう。考えてもみれば、但馬と勇者は同等の存在であるはずなのだから、彼が出来たことが但馬に出来ない道理もない。彼は晩年、セレスティア、エトルリア、ティレニアの世界樹を回って何かをしていたようだ。そしてメディアの世界樹の亜人製造機能を止める方法を見つけたのだ。


 だからALVが高い今なら何か分かりそうなものなのだが……こうして改めて世界樹の端末に触れても、やっぱり何も分からなかった。以前もそうだったのであるが、そこに書かれてる文字が読めないのである。アルファベットでもない。見たこともない文字だ。


 仕方ないから、もはや博打の心境で色々な操作を行って見たものの、その結果もやはり見たこともない文字で返ってくるわけだから、結局は何もわからないに等しかった。同じメッセージらしきウィンドウが何度も表示されるから、これだけはおそらくはエラーメッセージだということは分かったが、これ以上は天才言語学者でも連れてこない限り、どうしようもないだろう。


 結局、他の世界樹を調べないことには、何も始まらないのではないか。勇者も、一番最初に見つけたのはこの世界樹だったはずだ。そして世界中に散らばる他の世界樹を調べた結果、ここの止め方が分かったようであるし……エトルリアの世界樹は聖女リリィが作ったとされてるくらいだし、根本的にものが違う可能性だってあり得る。


 そんなことを漠然と考えながら、中央の部屋で端末を前に腐っていると、アナスタシアがやってきた。


 世界樹を調べる際、但馬は自分以外にも、リーゼロッテとアナスタシアに、全ての部屋を回って、なんでもいいから気づいたことがあったら言ってくれと頼んでおいた。アナスタシアは、外を守るエリオスや亜人達には頼まず、どうして自分なのだろうか? と困惑してる様子だったが、但馬は理由を告げずに強引にお願いした。だが、


「先生が分からないのに、私が見ても分かるわけないよ。言われた通り一周りしてきたけど……」

「何か急に動き出したり、アーニャちゃんだけが開ける扉があったりとか無かった?」

「いいえ……ございませんでした」


 妙にしつこい但馬の姿に困惑気味のアナスタシアの代わりに、一緒に各部屋を調べて回ったメイドが答えた。彼女の方も収穫がなさそうで、調査は手詰まり感が否めない感じであった。


 亜人を製造していたであろうカプセルや、但馬がいじっているダム端末がある中央の部屋以外は、どの部屋も狭くて、見たところここが稼働していた頃の研究員の私室などプライベートな空間っぽかったし、中心以外は調べてもあまり意味が無いのかも知れない。


 かといって、その中心の部屋もダム端末以外は触ってもまともに動かないし、良くわからない装置だらけで手のつけようがない。ついでだから、それらもアナスタシアに適当にいじってもらったり何なりしてみたが、収穫はなさそうだった。


「だから先生、私がやってもしょうが無いとおもうんだけど……どうしてこんなことさせるの?」

「そうだね……まあ、アーニャちゃんには一般人代表としてお願いしてるんだよ」

「ふーん……」


 不服そうなアナスタシアを尻目に、但馬は複雑な気持ちで居た。


 彼女をここに連れてきたのは言うまでもない。ハリチでランと話したことが念頭にあったからだ。


 ティレニアで没落した大貴族のシホウ家。その男が連れ出したとされるティレニアの巫女が彼女の母親であったなら……彼女に何か世界樹に関する能力でもあるんじゃないかと思ったのだ。


 ティレニアの巫女と言うのはどうにも怪しい存在だし、その巫女が住んでいるのは、初代皇帝と同じ世界樹の中らしいのだ。


 巫女が亜人と言うのも、話に説得力を与えていた。


 五摂家が巫女の存在を隠すのは、自分たちの切り札が、この世界では賤民とされていた亜人であると、国民や敵国に知られるのを嫌ったと考えられるし、このメディアの世界樹が亜人製造機であったことから、ティレニアの世界樹にも同じように亜人を人工的に創りだす設備があっても不思議ではないからだ。


 そうして世界樹が創りだした巫女が、端末のオペレーターとしてどこかと通信していたと考えれば、建国以来、皇帝が死なずに君臨し続けていると言うティレニアの主張にも信ぴょう性が増すだろう。


 だから、もしもアナスタシアが巫女の娘なら、何か分かるんじゃないかと思ったのだが、残念ながらそう都合良くは行かなかった。ただ、それでガッカリすると言うよりも、どこかほっとする気持ちの方が強かったから、但馬はなんとも言えない微妙な気分を味わった。


 今、結論が出なくても、結局はいつかティレニアの世界樹に行かなくてはならない時が来るかも知れないのだ。もしもそうなった時、自分はどうしたら良いのだろうか……


 ランの言葉が脳裏を過る。


『おまえはあの姫さんを選んだ……あの子だけが取り残されたら……可哀想だろ?』


 議員であるランに頼めば、ティレニアは多分いつでも行ける。エトルリアと戦争中の今、もし、これ以上の進展を望むのなら、そうするのが手っ取り早いのであるが……


 但馬は結論がつけられなかった。


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