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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第五章
172/398

NEW GAME! ⑩

 ランが立ち去った後、但馬は暫く呆けたようにその場に立ち尽くしていた。だがいつまでもそうしているわけにも行かない。彼は頭をブルンブルンと振ると、両手でパンっと自分のほっぺたを叩いて気を引き締めた。


 キラリと矛槍が太陽を反射して光る。正直、頭の中はグチャグチャだった。


 いっそ、こんな忌々しいものなんて蹴飛ばして、もう家に帰って布団でもひっかぶって眠ってしまいたい気分だった。しかし、どうせ無視しようとしても気になって気になって、どうしようもなくなるに決まってる。


「それにしても、なんで今さら、こんなもんが見つかるんだ? こんなの貰っても、誰も喜びゃしないのに」


 魔法使いになりたくてもなれないウルフ辺りに聞かれたら殴られそうだが、但馬はぶつくさと文句を言うと、地面に突き刺していた矛槍を乱暴にひったくって、メイドが居るらしき雑木林の方へと足を向けた。


 実際、こんなものに今更登場されても困るだけだった。但馬は別にこの世界でチート主人公になりたいわけでもなんでもない。


 いや、地位や名声が欲しくないわけじゃない。但馬だって人間なんだからその手の欲求はちゃんと持ち合わせているし、誰だって人に表彰されたら嬉しいだろう。


 しかし、そんなもん、とっくに全部、手に入れた後なのだ。


 そんな時に、最強武器ですよ~みたいな面して、いきなりこんなもんに出てこられても、どう扱っていいのか困るだけだ。神様の用意した最強アイテム使えばズルして勇者になれますよHEHEHE……なんて言われても気分が悪くなるだけだ。


 本当に、なんで今さらこんなものが見つかっちゃったのだろう……いや、自分がうっかり投げ捨てたのが、そもそもの原因なのだが……


 但馬はため息を吐くと、矛槍を担いで森へと入った。とにかく、今はメイドに会って意見を聞いてみよう。


 とは言っても……本当にメイドに聞けば何か分かるのだろうか? なんとなく、聖遺物と言えばリーゼロッテと思ってここまで来てしまったが……まあ、他にあてもないのだからダメで元々、話だけは聞いてみるつもりであるが……


 それにしても、彼女は一体こんな場所で何をしてるんだろうか?


 踏み込んだ雑木林は暗かった。林と言っても殆ど森に近いほど鬱蒼と茂った木々が光を遮り、内部は夕方みたいに薄暗い。そこには森林特有のシダ植物やコケ類が覆い茂っていて、はるか頭上で葉っぱを広げる広葉樹以外に、背の高い草木は殆ど見当たらなかった。


 道らしい道は無く、ともすれば見逃してしまいそうな、獣道のような細い小道が森の奥へと続いていた。メイドの気配はこの先からするのであるが……本当になんでこんな場所に彼女が? と首を捻りたくなるような人気の無さである。


 但馬は自分の聖遺物をじっと見つめた。


 そもそも、Z戦士じゃあるまいし、気配を感じれるなんて方がおかしいのだ。実は気のせいだったのでは? このチート武器を手に入れたことで、気が大きくなっていただけだったりして……などと思っていたら、但馬が意識していたわけでもないのに、いつものレーダーマップがいきなり開いたかと思うと、周囲の景色が突然グンニャリと曲がりだした。


「わっ! わっ! なにこれっ!」


 旅の扉にでも入ったかのようなグニャグニャの視界に、ヤバイ……! っと思うのもつかの間、手をあたふたさせながら、ようやく視界のピントが合ったと思ったら、目の前にメイドの姿があって思わず腰が抜けそうになった。


 しかし、仰天する但馬に対して、メイドの方はまるでこちらに気づいてない様子である。どうやら、但馬の視界だけがどこか遠くに飛んでいってるようだ。遠見の術みたいな感じだろうか? これも恐らくは聖遺物の能力なのだろうが……


「俺……マジで人間じゃ無くなっちゃったみたいだな。トホホ」


 と但馬はため息を吐いた。戻れるものならピュアだったあの頃に戻りたいものだが……そんな風に、いつまでも嘆いていても仕方ないから、メイドが何をやってるのだろうかと、とくと覗き込んでみた……


 彼女は誰もいない森の中で、軽自動車くらいの大きな岩の上に座って目をつぶり、あぐらをかき、結跏趺坐(けっかふざ)の姿勢をとっていた。


 念仏でも唱えているのか、口の中でモゴモゴと何かをつぶやいている。すぐ側には彼女の聖遺物である大剣(バルムンク)が地面に突き刺してあり、まるで修行僧のようなその姿に、但馬はなんじゃこりゃ? と言う感想しか出てこなかった。


 何かの余興かなんかだろうか? マジで気を練ってるのか? このまま見てたら魔貫光殺砲とか叫びだすのでは……?


 ノミ行為じゃなくて良かったが、これはこれで見なきゃ良かったと言いたくなるような光景だ。


 どうしようか……本当に見なかったことにして一旦家に帰ろうか。まさか、彼女も但馬に見られてるは思ってないだろうし、この状況で彼女の前に出て行ったら、恥ずかしがって但馬を抹殺しかねないような気もする。因みに彼女は三十路である。


「そうだな……なにやってっかわかんないけど、出直そう……」


 と、但馬が諦めて、視界をどうやって戻そうかと試行錯誤している最中だった。


 スッ……と、彼女の前方あたりが急に炎であぶられたかのように歪んだと思ったら、緑色のホタルのような光がフワフワ……っと浮かび上がった。


 それは彼女の目の前で右へ左へ、まるでダンスでも踊っているかのように飛び回った。


 その幻想的な光景に、思わず時を忘れて見入っていると、いつの間にかメイドの目も開かれていて、その光を嬉しそうに眺めていた。


 改めてマナの流れを感じ取るまでもない。どうやら、これを操作してるのは彼女のようである。


 但馬は、はぁ~……っと感嘆のため息を吐いた。


 この世界で出会ったやけに強い人たちは、エリオスとブリジット、それから最近はアナスタシアもそうであるが、一日としてトレーニングを欠かすことはなかった。暇さえ出来れば、取り敢えず体を動かしてないと気がすまないといった感じである。


 赤ちゃんが出来てからは休んでいるが、以前のランもそんな感じだった。つまり、強くあるにはトレーニングが欠かせないというわけだが……どういうわけか、このメイドに限っては、ロクにトレーニングをしてる姿を見たことがない。


 まあ、勇者の娘だし、きっと特別製なのだろうと考えて、別段不思議にも思っていなかったのであるが……どうやら見当違いだったらしい。彼女はこうやってこっそりと、人目を忍んで努力していたようである。


 しかも、やってることがまた何というか、可愛らしいというか、以前、一度だけ見せたことのある、但馬のモノマネだった。


 あの時、暗い部屋の中で空中のマナを操作して見せた際、恐らく彼女らも訓練すれば出来るようになるとは言ったが、本当に出来るかどうかは未知数だった。


 だから、ブリジットにもアナスタシアにも勧めはしなかったし、彼女らも出来ると思ってなかったのか、試そうともしていなかったのであるが……


 このメイドは、あれからずっと、こっそりここで練習していたわけだ。出来るかどうか分からないことを、出来ると信じて……


 三十路じゃ無ければキュン死しそうだと思いつつ、そんな彼女の努力をフイにしても可哀想だと思い、但馬はその場から離れようとした。


 しかし、長居しすぎたのだろうか、それとも気が緩んでいたのだろうか。


 ギロリ……っと、その時、メイドの目が動いた。


 途端にフワフワ浮いていた緑色の光が消え去り、代わりに地面に突き刺さっていた大剣と彼女の周囲にゆらゆらと揺らめくオーラが立ち昇る。どうやら、気づかれてしまったようである。


 逃げたほうがいいかな……? と考えると、遠見の術がかかっていた視界が通常に戻った。森の奥から尋常でない気配が伝わってくる。但馬はもの凄いプレッシャーを感じて思わずたじろいだ。


 ブリジットが間違いなく世界最強だと言っていた理由が分かった気がする。家に帰った時、うっかりアナスタシアの気配を彼女と勘違いしたのだが、どうも本物はケタ違いのようである。いっつもこんなのと一緒にどつき漫才やってたのか、と思うと背筋が寒くなるが、とにかく今はこの状況を打開することだけを考えたほうが良い。


 どうする? 逃げるか? 今の但馬だったら、全力で逃げれば逃げ切れるに違いないが、しかし……


 但馬は肩を竦めた。


 仮にこの場から逃げられたとしても、後で聖遺物について質問しにいったら、結局バレてしまうだろう。無駄に警戒をさせても仕方ないし、ここは諦めて姿を現した方がいい。ぶっちゃけ、恥をかくのは向こうの方なのだ。こっちは気を利かせて出直そうと思っていたくらいなのだし。


 そう思い、但馬は出来るだけ敵意のないということを相手に知らせるために、鼻歌交じりに森の奥へと歩いて行こうとした……


 行こうとして……


『WARNING! Crisis level 5. コンバットモードに移行します』


「……あん?」


 突然、頭の中にそんな言葉が浮かんだような気がしたと思ったら、周囲の雰囲気がガクンと重苦しくなった。森の木々や岩や土、あらゆる物質が浮き出るような感覚がする。物と物の境界がくっきりして見える。なんだか3D映像でも見せられてるような気分がする。


 と同時に、周囲の360°上下左右全てに関しての情報が、頭の中に飛び込んできた。上下や背後など、見えてない物の位置まで手に取るように分かるのだ。それはいつもの鑑定魔法の数値や何かが、全方位に向かって一斉に掛けられ、その結果を頭の中に流し込まれたような、とにかくもの凄い情報量だ。


 脳みその血管が焼ききれてしまいそうな情報の洪水に、体がブルっと震えた。


 あり得ないレベルで神経が研ぎ澄まされている。


 まるで分子レベルで周りの空気を感じ取っているような感じだ。


 だから、はっきりと分かった。何というか……『ヤバイ』としか言いようのない物がこっちへ向かってくることに。


 ゾクゾクっと背筋が凍るような気がして、但馬は無意識にそちらの方へ向かって矛槍を構えながらバックステップした。


 すると……ドンッ! っと、文字通り空気を震わせながら、森の奥から一匹の獣(メイド)がもの凄い勢いで飛び出してきた。


 彼女は今まで見せたこともない冷徹な表情で但馬を捉えると、一瞬だけ眉をピクリとさせて戸惑いを見せたが、本当にそれはただの一瞬であり、すぐさま気を取りなおし、まだ事態を把握しきれていない但馬に向けて躊躇なく剣を振り上げた。


 ブチブチブチ……っと、頭の中で血管が焼き切れるような感覚がする。


 途端に視界から色が無くなり、周囲がよりクッキリと見えるようになった。


 体がズンっと重くなったと思ったら、目の前に何かグリッドのような線がいくつもいくつも浮かび上がり、ポイントポイントに座標のような数値が浮かび上がる。


 なんだこれは!? と思いつつも、今は目の前の危機に対処しなければお話にならない。慌ててメイドの方を見たら、驚いたことに、彼女は空中に浮かんだまま、じっとこちらに向けて剣を振り下ろそうとしている最中だった。


 瞬間、理解した。


 今、時間が止まってるんだ。


 ゲームで言うなら、不意打ちを食らった主人公が敵のクリティカルから逃れるために、パッシブスキルが発動して、時間がゆっくり流れだし、コマンド選択によってそれを回避するような、そんな場面だ。


 その証拠に、メイドの頭の上に、なんか体力ゲージみたいのがニョキッと伸びているのである。


 おまけに彼女の剣から何か糸のようなものが出ていて、それが但馬に向かってくるのだ。


 それはよく見たら矢印のような形をしており、どうやら彼女がこれから描くであろう剣の軌道をベクトルで表しているようだった。


 但馬を真っ二つに切り払うような軌道を描くベクトルから、逃れるように身を捩ると……


 唐突に景色が通常通りのスピードで流れだし、ブンッ! ……っと、但馬の横を、空気の塊と化したメイドが通り過ぎていった。


 あぶねえ……!


 今の食らってた即死だろ……!?


 冷や汗を垂らしながら、但馬は彼女に敵意がないことを伝えようと声を張り上げようとしたのだが、但馬の声帯が空気を震わすよりも前に……


 ドンッ! っと、再度、体が重くなったと思ったら、周囲の色がなくなっていた。


 また頭の中で、脳みその血管がギギギっと千切れそうな痛みが生じる。どうやら危機が迫ってるらしい。それも背後で。


 但馬はそれが全く見えてないのだが、それでも、背後で何が行われようとしているのかがありありと伝わってきた。


 通り過ぎたメイドが但馬の背後で急制動し、その反動を利用して剣を振り上げると、そのまま、背後をがら空きにしている但馬に向けて振り下ろそうとしているのが分かる。


 視界の片隅でサブウィンドウみたいなものが勝手に開き、自分自身を俯瞰するような映像が流れる。但馬はその映像を頼りに剣から逃れるようにサイドステップすると……


 ブンッ! っと、つい今しがた但馬がいた位置に剣が振り下ろされて、ガキッ! っと転がっていた石を真っ二つにした勢いのまま地面に食い込んだ。


 マトリックスかよ……


 見えない攻撃を避けるなどと言う芸当に但馬が驚愕するのと同じように、まさか躱されると思っていなかった第二撃を交わされたメイドもショックを受けているようだった。


 彼女は地面に食い込んだ剣のせいでバランスを崩し、一回転して地面に転がった。


 瞬間、彼女は背筋だけで飛び上がり、すかさず剣を取り返そうと走ったのだが……よほど慌てているのだろう、それは素人目にも隙だらけだった。


 チャンスだ!


 そう思った瞬間、ガクン……っと、また超重力が発生し、今度は但馬の視界に、


『緋天煉獄猛襲裂波』

『魔討覆滅双極斬』

『ダークオブダークネス』

『流し斬り』


 なるラベルがついたボタンが次々と浮かび上がり、ピコーンピコーンと赤白に点滅するのだった。


「って……必殺技かよ!! 押したらどうなるんだちくしょう!」


 突っ込みを入れながら、但馬は手にした矛槍で地面に突き刺さった大剣をフルスイングすると、カキーンっと、ものすごくいい音を響かせて遥か彼方に飛んでいった。


 唖然とするメイドは、我に返るとそれを追いかけようとしたが、但馬は矛槍の石突を使って、冷静に足を引っ掛けて転ばした。


 ゴロゴロと盛大にすっ転んでいったメイドが地面に這いつくばりながら、もの凄い形相で睨みつけてくる。チビリそうである。


「くっ……殺せ!」

「はい、くっころいただきました! つーか、リーゼロッテさん、落ち着いてよ。俺だよ、オレオレ」

「誰ですか、あんた……まさかこの私がやられるなんて……でも、これで勝ったと思わないことですね。私を倒しても、この地には私以上の強者が……」

「おいこら、四天王じゃ最弱か……だから俺だって、オレオレ」


 もしかして、森の中が薄暗いから、顔がよく見えないのかと思ったが違った。


「なんのつもりかわかりませんが、姿形を真似るなら明らかに人選ミスですよ」


 メイドはそれこそ人を殺せそうな、もの凄い形相で但馬を睨みつけると、


「社長がそんなに強いわけありますかっ!!」


 情け容赦無いセリフを浴びせかけてくるのであった。


 個人的に、え? もう出しちゃったの? はっや~い、くらいに傷つくセリフだと思う。


 但馬は脱力し、泣きながら矛槍を地面に突き刺すと、パンツ丸出しで転がってる三十路に対し、さっさと起きろと手を差し伸べた。


「ああ、はいはい。そうだね。そうだね……俺だって思いっきりそう思っとるわい。つーか、話にならないから、さっさと起き上がってくれ……あがががががっが!!」


 メイドがその手を掴んでギリギリと捻り上げると、今度は但馬が地面に這いつくばった。半分、冗談かと思ったが、どうやら本気だったらしく、メイドは暫く但馬を傷めつけたまま、彼の体をパンパン叩いて危険が無いかを確かめてから、


「……え? 本当に、社長なのですか?」

「だから、そう言ってるじゃん! いたたたたたた! 放して放して!」


 尚も信じられなかったのか、メイドは滂沱の涙を垂れ流す但馬を虫けらでも見るような無表情でしばし眺めてから、たっぷりと時間をかけてから解放した。


 解放されたところでも、まだ腕がジンジン痛んだ。ちぎれるかと思った。


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