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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第一章
17/402

水車小屋って……

 もう何度目だろうか、鉄格子付きの室内で目が覚めた。


 但馬はすっかり慣れてしまった固い地面に敷かれた(むしろ)の上から、首をポキポキ鳴らしながら起き上がると、大あくびをかまして、今度は背中もボキボキ鳴らした。体を(ほぐ)そうと思ってストレッチをしようとしたら、グルグルと眩暈がして、何だか頭痛もするのだった。


「いたたたたた……昨日、結局どうしたんだっけ?」


 ホテルから追い出されたあと、但馬はこの世界を呪い、死ねファックと口汚く罵りながらインペリアルタワー前の中央広場まで戻ってきた。


 月が二つある影響で、この世界の夜は明るく、そのため室内よりも外の露店の方が活気があって、終夜営業をしている屋台があちこちにあるのだった。酒を酌み交わす楽しげな声が焚き火を囲み、あちこちから香ばしい匂いが漂ってきて、腹がグーグー鳴って仕方ない。


 今回の件ですっかり有名になってしまった但馬は、時折ホテル前のデモに参加した愚民どもと罵倒しあいつつ、そんな彼らの姿を恨めしそうに横目で見ながら、今晩の寝床にしようと適当な植え込みに潜り込もうとしたところ、見かねた屋台の店主が声をかけてくれて、一杯引っ掛けたところまでは覚えている。


 多分、その後酩酊して、いろいろやらかし、広場の目の前にある憲兵隊の詰所にしょっ引かれたのだろう……


 いてててて……と、ズキズキする頭を抱えながら、但馬は留置所の隅っこにあったOMRの上に座ってズボンを下ろすと、モリモリとウンコをひり出した。慣れたのは鉄格子付きの別荘だけではない。この他人の排泄物の痕跡生々しいOMRで用を足す事にも、すっかり慣れてきた。街を歩いていると、たまにウンコの臭いが漂ってくるのだから、慣れないわけにはいかないと言った感じだ。


 しかし、未だにケツを拭くたびに情けない気持ちが去来して死にたくなってくるので、但馬は出来るだけキレの良いウンコをすることを心がけていた。それにしても見事な一本糞である。これは、あれか。巻き糞チャンスという奴か……ハッとして、咄嗟に腰をグルグル回転させていたら、


「おい詐欺師、面会だ」


 といって、看守がブリジットを伴ってやってきた。ちょっと待っててくれる? 今、割と良い感じなんだ。


 彼らは何も言わずに去っていった。


**********************


「なあ、見た?」

「え?」

「俺の……大きかったろ?」

「知りませんよ!」


 自慢の一本糞のデカさをアピールすると、ブリジットの顔が真っ赤に染まった。そんな彼女と連れ立って詰所から外に出ると、日はとっくに中天近くまで昇っており、見上げた太陽がまっ黄色だった。どうやら未だ酒が抜けきってないらしい。ズキズキする頭を抱え、フラフラしながら目の前の公園へと足を運ぶ。


 昼と夜とで屋台の種類が入れ違った中央広場を見ながら、但馬は手近にあったベンチにどっかりと腰を下ろすと大の字になって、うぇ~……っと溜め息を吐いた。都会の喧騒が頭にキンキン響いてくる。こうなることは分かっているのに、どうして飲まずには居られないのだろう……新鮮な空気を吸おうと深呼吸したら、かえってそれが止めを刺した。但馬は植え込みに向かってゲーゲー吐いた。あれ? ここって確か、昨日寝床にしようとしてたところじゃなかったっけ……?


「あー、もうー、仕方ないですねえ……素晴らしき友なるイエスよ 我が罪 苦しみを拭い去れ 神へ繋がる全てのものに 我は祈り捧げるものなり……」


 新居の床にいきなりゲロをぶちまけたような罪悪感に駆られていると、ブリジットがなにやらごちゃごちゃ言い出して、気がついたら気分が良くなっていた。もしかして、これがヒーリングと言う奴だろうか。但馬はクリスチャンではないのだが、普通に効いている。なんか凄い。素直に喜んでべた褒めしてたら、彼女は照れくさそうに俯いていた。


「ところで、なんか俺に用? 留置所にいるの良く分かったね」

「それなんですけど、このたび軍から正式に、先生の監督役に任命されまして……」


 このところの大騒動で、正式に国から危険人物認定された但馬は、監督役……と言うか飼い主が付けられることになり、一番彼に近しくて、階級が上だった彼女がそれに任命された……とのことだった。まあ、多分、嘘だろう。


 但馬は、ふーんと気のない返事をしながら、左のコメカミをポンと叩いた。


『Bridget_Gaelic.Female.Human, 152, 48, Age.17, 92G, 59, 88, Alv.9, HP.174, MP.18, None.Status_Normal,,,,,』


 前々から少し変に思っていたのだが、彼女は初めて会ったとき、自分のことをブリジット・ゲールと名乗っていた。しかし、こうしてステータス魔法で見てみると、彼女のファミリーネームはゲールじゃなくゲーリックだ。苗字を省略してるのかな? とも思ったのだが、昨晩、王様に会ってみてその理由が分かった。王様の名前はハンス・ゲーリックだったはずだ。


「……一緒にとっ捕まってた奴に見張らせるなんて、恐ろしく寛大な軍隊だな」

「うっ……」


 返答に詰まる彼女を見ながら、鼻を鳴らすと、但馬はそれ以上突っ込まないことにした。このタイミングで現れたと言うことは、恐らく、王から直々に頼まれたのでは無かろうか。大方、軍隊で身分がバレるのを嫌って名前を偽っているのだろうが、それが但馬を監視するのにうってつけだったのだろう。


 シモンらと違って身なりがいいと思っていたが、まさか王族関係者だったとはね……


 しかし、監視をつけるということは、王にあまり信用されて無いと言う事か……とにかく、経緯は把握したので、


「まあ、いいや。早速役に立ってくれたしね。つーか、俺がこれから何やるか、聞いてるんだよな」

「えーっと、何でも紙を製作するとか」


 昨晩、王に依頼されたのはそれであった。


 ケツを拭く紙が無かった時点で、多少覚悟はしていたが、やはりこの国……というか、この世界には植物を原料とした紙が存在しないらしい。そのため、庶民の筆記具は粘土板や木の板に頼っており、羊皮紙は公文書等に使われる非常に貴重なものだったらしい。


 ところが、オプーナの権利書を作るために、但馬が大量の羊皮紙を買い上げたせいで、今市場に紙はスッカラカンなのだそうな。このままじゃ仕事が滞るので、知ってるのなら早急になんとかしろと嫌味を言われた。


 大金を所持していたせいで金銭感覚が狂っていたが、やっぱり始めにぼったくり価格と感じたのは正しかったようだ。それなのに、アホみたいな落書きで大量に浪費した挙句、しまいにはトイレットペーパーの代わりにならないかな? と試したことすらあった。因みに拭き心地はいまいちだった。厚手の羊皮紙は太鼓の皮に使われると言えば、なんとなく想像がつくだろうか。


 因みにお値段は、面倒だから地球と同じく金貨1枚を約10万円と換算すると、銀貨は10枚で金貨1枚、羊皮紙は5枚で銀貨一枚だから、A4サイズの羊皮紙1枚が2000円という計算だ。高い高いと思ってはいたが、本当にしゃれにならないくらい高かった。今思えばおしりセレブも裸足で逃げ出す高級品だ。


 これを商売にしない手は無い。


 まあ、実のところ、ケツを拭く紙が欲しいと常々思っていたので、こんなことが無くてもいずれなんとかしたはずだった。開発費も負担してくれると言うし、給金も出るらしい。成功したら販売権とボーナスまでくれるそうなので、一石二鳥である。


「本当に、作れるんですか?」


 と疑わしそうな視線を向けるブリジットに対し、


「あたぼうよ! 俺の国じゃ小学生でも作れるっての」


 と返した。


 実際問題、紙製作は夏休みの自由研究の定番である。小学校によっては、図工の時間や、書道の時間に和紙を作ったりすることもあるらしい。作り方はいたって簡単(シンプル)。材料となるパルプを煮溶かし、(すだれ)などで(すく)って平たく延ばし、それをプレスしたり日光やドライヤーで乾かしたら完成だ。塩素で漂白するのも良い。トロロアオイを添加すれば丈夫にもなる。紀元前からその製法は変わらない。


 尤も、この際使われるパルプは、再生パルプと呼ばれる、元々紙だったものを溶かしたものである。今回、但馬は1から紙を作らねばならないので、これらの前に材料選定と叩解(こうかい)と呼ばれる作業が入る。少々厄介ではあったが、まあ、なんとかなるだろうと踏んでいた。


 ところで、製法を知ってしまえば、この程度の発見がどうして出来ないのかと思われがちだが……現実の世界でも紙の伝播は紀元前の中国による発見から、西ヨーロッパに伝わるまで1200年もの時間がかかったのだ。


 シルクロード。当時、中国の最も重要な交易品であった絹の名が付けられた、中国長安からローマへと続く世界最大の交易路である。その昔、この道を通り、はるばる中国の秦までやってきたローマの商人は、始皇帝に厚く遇されたと言う。


 商売を終え、彼らの持ち帰ったシルクにローマの上流階級は熱狂し、是非その製法を教えてくれと頼みこんだそうであるが、それは硬く秘匿され、結局ヨーロッパに伝わるのは7世紀を待たねばならなかった。彼らはあの美しいシルクが、昆虫の吐く糸だと知って唖然としたに違いない。


 紙の製法もそれと同じで、存在は知られていたが、イスラム世界に伝わるのに900年を要し、北アフリカ経由でスペインに伝わるのに、さらに300年を必要としたそうである。誰だって自分とこの大切な交易品の秘密を、客においそれと教えたりはしないものだ。頼まれれば半導体から新幹線の作り方まで、親切丁寧に教えてやるどこかの国に見習って欲しいものである。


 とまれ、一度発見のチャンスを逃すと、案外そんなもんなのである。製法を知らないままこの国が、ケツを拭くのに葉っぱを使ってるのも仕方なかったことなのかも知れない。かと言って、ケツ掻き棒もあんまりだとは思うが……


 昼を回ったのか、辺りに喧騒が満ちてきた。


 軍隊もクリスマス休戦に入った年の瀬、みんな仕事納めで忙しいようだった。こんな時期に新しく何かを始めるものでもないが、何しろ無一文である。今は少しでも時間が惜しい。


 とりあえず、材料と作業場と、あとは動力が必要だった。パルプ作りで木を砕くのだが、とても人力でやれるものではない。とにかく、材料を揃える金が必要だ。あと、見たところ、電気も蒸気機関も無さそうだが、さすがに風車か水車はあるだろうと思い、


「それじゃ、まず金くれよ。持ってんだろ? それから風車小屋か水車小屋のある場所を教えてくれないか」


 と、ブリジットに尋ねたら。もの凄いいやそうな顔をされ、


「……先生、こんな真昼間っから水車小屋ですか?」


 と、なにやら非難がましいトーンで睨まれた。何故だ?


 水車小屋にこんな時間もへったくれもないだろう。いいから金を寄越せよと言ったら、もの凄い軽蔑の目で見られた。なんか文句でもあんのかと言おうとは思ったが、まあ、これ以上下がりようもないほど好感度が下がっているだろうし、今更だから特に気にしないでおく。


 材料は後回しにして、まずは作業場の確保である。というわけで、水車小屋の近くがいいから案内をさせたら、彼女は長い溜め息を吐いてから、無言で先を歩き出した。


 彼女が怒りに肩を震わせるたびに、ブルンブルンと胸が揺れている。


 それにしても、いつ見ても残念な乳袋である。金髪碧眼でまだあどけなさも残る顔立ちに、小柄な体躯でありながら、ウエストがキュッと締まって、女らしさを強調する蠱惑的なヒップライン。髪の毛はシルクのようにサラサラと風に靡いて、まるで絵画の世界から飛び出し来たような美しさだった。それを無駄にデカいだけの脂肪の塊が台無しにしている。


 天は二物を与えないというが、どうしてこうなったと言わんばかりのアンバランスさには溜め息しか出ない。金髪、童顔、低身長ときたら、ここは絶対貧乳だろう。膨らみかけ。これだね。なのに、なんでこんな無駄なものがくっついちゃってんだ。馬鹿じゃないのか……惜しい……惜しいなあ……


 などと思っていたら、突然、何見てんのよと言わんばかりに腕をクロスし、ブリジットが露骨に睨んできた。うっせーな、おまえは青木さやかかよ。ネタが古すぎてもう誰も覚えてないよ。誰がそんなもの見るか糞ビッチが……


 但馬はチッと舌打ちすると、二人は険悪な雰囲気のまま、無言で街から外に出た。


 穀倉地帯のトウモロコシ畑を見た感じ、この国の主食はそれだろうから、コーンスターチくらいは作ってるだろうと踏んでいた。しかし、てっきり製粉所は街の中にあると思っていたのだが、どうやら城壁外であるらしかった。


 水流は川幅の広くなる下流よりも上流のほうが速いから、もしかしてそのせいかも知れない。だから黙ってブリジットの後にくっついていったのだが、川沿いに暫く行くと、やがて舗装もされない道路の両側に、コインを入れた茶碗を持ち、何か念仏らしきものを唱えているボロをまとったおっさんが、あちらこちらに散見されるようになってきた。


 托鉢と言うよりまんま物乞いである。魔法でにょきにょき生え変わるくせに、彼らはどこかしら体の一部が欠損してたり、とても日本ではお目にかかれないような光景がその場には繰り広げられていた。彼らは但馬たちが前を通りすぎる瞬間だけ、露骨に二人をガン見してきて、念仏を唱える声を気持ち半音上げてプレッシャーをかけてくるのだ。


 一種、異様な雰囲気に気おされながら、おずおずとブリジットの後に続いたら、やがて集落らしき場所に出た。しかし、その集落もまた異様である。


 集落に入ると、まるで戦後初期のバラック小屋みたいなものが建ち並び、家の中に片足を突っ込んだ隻腕の男が死人みたいな顔をしながら地面に寝転がっていたり、ある家では何が悲しいのか分からないが、ひたすら涙を流し続ける表情を無くしたおじさんが居たり、明らかにやばいものを吸ってそうな男がヒューヒュー喘息みたいな笑い声を上げていたり、どうみても堅気の雰囲気ではない。


 ガタガタガタッ! と音がして、びっくりしてそちらの方を見たら、とあるボロ小屋がゆっさゆっさと風も無いのに揺れていた。中で何をヤっているのか、もろ分かりだ。


 先ほどからの不機嫌が最高潮に達したブリジットが、腰にぶら下げていた剣を、貧乏ゆすりみたいにキンキンキンキン鳴らしている。


 おかしい……水車小屋に連れてってと言ったはずなのだが、なんでこんな阿片窟みたいな場所に……? まさか、この女、自分を始末するつもりじゃあ……


 などと不安に駆られていると、やがて前方にそれまでとは違った、少し立派な建物が見えてきて、その壁面に大きな水車が回っているのが見えて、但馬はホッとした。


「はい、先生……着きましたよ。それじゃ、私はこれで失礼します!」


 と言うと、ブリジットはプリプリ怒って来た道を戻っていった。


 え? 嘘? こんなところに前途ある若者を置き去りにしちゃうの? 明日の朝、一人の変死体が港に上がることになったりしない……?


 しかし、肩を切ってズンズン歩く彼女の後姿に何も声がかけられず、但馬はおっかなびっくり回れ右すると、とにかく水車小屋の主と接触するため歩きかけた。


 歩きかけてずっこけた。


 その水車小屋は、どこからどう見てもただの水車小屋であったが、その前に屯する女たちが明らかにそれとは違ったのだ。


 やたら胸元を強調するボディコンみたいなドレスを着た女。但馬を見るなり、艶やかな表情と品を作る女。どこからが化粧で、どこまでが地肌か分からないような、ヒゲでも生えてそうなごつい女。おっぱいがポロリとまろび出た白痴みたいな女。ただただ空中の一点を見つめて、何をされても言われても微動だにしない女。etc……etc……


「あら~、お兄さん。見ない顔ね。まだ営業時間外だけど、いいわよ。あなた可愛いから、お姉さんが、特別に相手してあ・げ・るっ。うふ~ん」


 野太い声を隠そうともせず、ヒゲの生えてそうな女(いいや、あれは絶対男だ)が但馬を見かけるなり言った。相手するって、何をどう相手すると言うのか。やばい……お尻のあながキュッとなる。


 たじろいで、一歩二歩と後ずさりすると……突然、ぐいっと袖が引っ張られて、但馬は心臓がひっくり返りそうになった。


 恐る恐る、引かれた方を見てみる。


 すると、この場に居てはそぐわない幼女が、満面に営業スマイルを浮かべて、


「社長さん、社長さん。いいまんこあるよ! いいまんこあるよ!」


 と、歯の抜けた口を大きく開けてニカッとするのだった。


 但馬は叫んだ。


「水車小屋って……売春宿の符丁じゃねえかあああああああ~~~~!!!!!」


 確か、フランスやアメリカではそれで通じる。なんでその符丁だけ地球基準(ワールドスタンダード)なんだよ。


 絶叫しても、後の祭りである。


 道理で、ブリジットの機嫌が悪くなったわけだ。彼女は、但馬が王に頼まれた仕事そっちのけで、真昼間っから水車小屋=売春宿に行くから、王に渡された日当=女買う金、を寄越せと言われたと思ったのだ。


 そりゃ怒るよ。激おこだよ……寧ろ、よくここまで連れてきてくれたものである。


 言い訳をしようにも、すでに彼女の後姿は見えず……


「社長さん、社長さん。いいまんこあるよ! まんこ買ってってよ!」


 いつの間にか袖を引く腕が増えていて、もはや退路も見出せない。但馬はしおしおとうな垂れ、さめざめと泣いた。


 どうでもいいけど、お嬢ちゃん。その80年代の東南アジアみたいな呼び込みはやめなさい。


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