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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第五章
169/398

NEW GAME! ⑦

 天の沼矛(あめのぬぼこ)とは、中二病御用達の最強武器である。もとい、日本の創世神話に出てくる国産みの矛のことである。


 天地開闢の時代、神々に矛を授けられたイザナギとイザナミの二柱の神が、これを海に突き立てかき混ぜると、その雫から島が出来たとされている。伊勢神宮に保管されていると言われてるが、神話なので実在はしないだろう。かつて宮崎県の高千穂にそのレプリカがあって、坂本龍馬がイタズラで引き抜いて見せたと乙女姉さんにDQN自慢していたりする。まあ、簡単に言えば、神話時代のものすっごい武器の一言で片付くのだが……


 神道は日本の土着宗教で、現人神(あらひとがみ)である天皇陛下がその最高責任者であるとされる、長い歴史の中で仏教にだいぶインスパイアされては居るが、世界でも唯一日本でしか信仰されていないドマイナー宗教である。


 そんな神道由来の最強兵器がどうしてこんなところで出てくるのか……?


 但馬は海岸に突き立った、真白い矛槍を見ながら戸惑っていた。


 わけがわからないのはこれだけではない。但馬の頭の中にしか存在しないレーダーマップや魔法を使うときに表示するメニュー画面、その下方に存在するメッセージウィンドウで点滅する文字列。


『ACHIEVEMENT UNLOCKED!! EVOLVED CREATIONS ITEM

 実績解除!! ユニーク武器が進化しました

 最終形態に移行します………………Congratulations! おめでとうございます。

 あなたはこの世界の勇者として選ばれました。

 破滅へと向かうこの世界を救うために、あなたの力が必要なのです。

 引き続きゲームをお楽しみください。新世界へようこそ!』


 その存在自体、すっかり忘れていた。


 但馬の見えるメニュー画面は情報のレーダーマップやメニュー欄の他に、メッセージウィンドウらしきスペースもあった。だが、そこに文字が現れたのは、この世界で意識を取り戻してから、ごく短期間でしか無かったから、その内、日々の生活に追われて忘れていってしまった。


 しかし、考えようによっちゃ、これは忘れていい類のものではない。


 なにしろ、但馬は始めの頃、ここはゲームの中の世界なのではないか? と考えていたくらいなのだからだ。


 それは、HPやMP、ALVやらSLVなどと言うレベルの存在があったり、メニュー画面は昔遊んだJRPGっぽかったし、ブリジットの持つ剣だって中二病御用達ツールだったからだ。おまけに魔物は居るし亜人は居るし、月は2つ昇るし、無くてはならない惑星が存在しないし。


 これらを踏まえると、ここがゲームの中の世界だと考えても不思議ではないだろう。いや、但馬くらい疑り深い性格でも無ければ、そう考えるのが自然だ。


 だが、ここはゲームの中の世界とは考えにくい、その根拠がある。これだけならそう言う設定のゲームだと考えることも出来るだろうが、破傷風やペストのような細菌感染症の存在がそれを否定するのだ。何が楽しくて納豆菌までシミュレートするゲームがあるというのか。この世界はゲームではありえないほど、自然現象が物理法則に完全に従っている。


 だから、ここが地球だと言うのは、ほぼ間違いないだろう。勇者の言うとおり、ロディーナ大陸がかつての南極大陸であるなら、あるべき場所にあるべき南米大陸とニュージーランドも発見されているし、ここはかつて繁栄した人類が滅びた後の地球で、エルフというかつての人類の成れの果てが存在する、そう言う世界だと考えた方がいい。


 いや、そうとしか考えられない……他ならぬ、但馬自身が、今までそれを裏付けるための証拠を一つ一つ積み上げて来たのだ。


 じゃあ、このメッセージはなんなんだ……? それに、この武器は……


 まるでゲームの序盤に出てきそうなメタいメッセージ。世界の破滅を救うと言う漠然とした目的。そのために与えられた神話に登場する兵器の名がついた矛槍。どれもこれもJRPGにありがちな設定だ。


 但馬は目の前に突き刺さるその矛槍に手を伸ばした。その柄に指先が触れると、表面についた塩と砂がサラサラと落ちていった。長いこと、ここへ置き去りにされていたのが分かるようだ。だが、その刀身は錆びるどころか、今さっき磨かれたばかりのように鮮やかに光を反射している。


 柄を握ると、それまで微振動をしながらホログラムのように輝いていたそれが、何事もなかったかのようにシンと静まり返った。今はもう、滑り止めの握りがついた、どこにでもありそうな矛槍の柄に見えた。


 だが、但馬はそれを握った瞬間に分かった。分かってしまった。これはただの矛槍ではない。使用者のマナ制御を強力にサポートする、デバイスか何かだ。


 いつか、自分の武器を持ちながらリーゼロッテが言っていた。握ったら何となく、その使い方が分かるのだと。恐らくそれは、マナを操るための第六感がそうしているのだろうと踏んでいたが、試しにブリジットにクラウソラスを貸してもらっても、残念ながら但馬にはその使い方が分からなかった。


 だが、これは分かる。握った瞬間に、ああ、これは自分の物だと分かってしまう。多分、所有者にしか分からないセキュリティ機能か何かがあるのだろう。これは但馬専用の、ユニーク武器だ。


 これが聖遺物(アーティファクト)なのか……


 使い方はすぐに分かった。矛槍(デバイス)を振りながら予めこれに指定された通りのマナ操作をすればそれでいい。その方法が握るだけで直感的に分かるのだ。


 と、同時に、開いていたメニュー画面も更新された。また『NEW!』の文字がちらついたかと思うと、新スキルが解放されたという文字列が表示され、右側にあるメニュー欄にスキルというラベルが浮かび上がった。


 恐らく、これを開くと一覧が表示されて、それを押すと自動でスキルが発動するのだろう。魔法とはまた別のカテゴリのようだが、根っこは殆ど同じもののようだ。恐らく、術者が直接するのではなく、この矛槍(デバイス)がサーバーと交信して強力なマナ操作を行うという仕組みだろう。


 試しに何か1つ起動してみようか……と、考えていると、


「……社長! ……おい、社長! 無事か? なんともないのか? それは一体……」


 エリオスの怒鳴り声が聞こえて我に返った。辺りを見回すと、100人からの人間が集まって、但馬と、但馬の持つ矛槍に注目している。


 考えごとに没頭していて、周囲が見えてなかったようだ。こんなところで、この矛槍(デバイス)を扱ったら、どんな被害が出るか分かったもんじゃない。


「あぶないあぶない……いや、なんともないよ! それよりエリオスさん、まだこっちに近づけないのかな?」


 鑑定魔法を起動すると、


『Ame_no_nuboko.Arms.Artifact.Uniq, 1.5, 0.08, 3.9, None.Status_Normal』


 とあり、エマージェンシーモードは解除されてるようだった。


 エリオスはそう言われて、険しい顔からハッと表情を崩すと、慌てて但馬の元へと走ってきた。さっきまで誰も近づくことも出来なかった場所は、もう何事も無く普通に歩けるようになっていた。彼は但馬の肩やら手足やらをパンパン叩いて、


「なんともなってないな? ふぅ~……肝を冷やしたぞ。それは一体、何だったんだ?」

「それがその、どうやら聖遺物(アーティファクト)らしいんだ。それも俺専用の。誰も近づけなかったのは、多分、誰かに持ち去られないようにこいつが幻術みたいなのをかけてたからだと思うよ」

「そんな馬鹿げた機能を持つ聖遺物なんかがあるのか? 聞いたこともないぞ」

「って言われてもなあ……俺は聖遺物の事自体、そんな詳しいわけでもないし」

「先生専用の聖遺物ですって?」


 但馬の会話が聞こえたのだろう、遠巻きに見ていたブリジットが目を丸くしながら近づいてきた。


「そんなわけないでしょう。聖遺物は先祖代々のものを継承するか、アクロポリスの世界樹からしか手に入れることは出来ないはずですよ……? どうしてこんな場所に、そんな物が……」

「ああ、それなら……」

「うっ……」


 身に覚えがあると言おうとしてブリジットの方へ振り返ったら、彼女は近づこうとする歩みを止めて、突然冷や汗を垂らしながら立ち止まった。どうしたんだろ? と首を捻るも、彼女の様子が蛇に睨まれた蛙のような、何かに怯えてるように見えて戸惑うばかりである。


 何に気を取られてるのだろうかと、彼女の視線の先を探ってみれば、どうも彼女の瞳が映し出すのは但馬の持つ矛槍のようで……そうと分かって周囲を見回してみると、近衛兵の一部と銃士隊の魔法兵が同じく驚愕の表情で立ち竦んでいた。


 この矛槍がプレッシャーを与えてるのだろうか? 魔法の素養がある人間だけが反応しているところを見ると、どうもそうらしい。但馬は慌てて矛槍を地面に突き刺して手を離した。


 しかし、手放して尚も彼らは但馬を見る目を変えなかった。どうやら何かを感じ取ったのは、矛槍からと言うわけではないようだ。ブリジットが冷や汗を拭い、深呼吸をしてからまた近づいてきた。


「先生の実力は分かっているつもりでしたけど……改めてその差を思い知りましたよ」

「……俺、なんかやっちゃった?」

「いえ……先生は何も……ただ、なんて言うんでしょうか。剣も同じことなんですが、達人は実際に剣を握った時の雰囲気が段違いなんです。本当に強い相手と立ち会うと、まだ何もしていないのに何をやっても勝てないってことが分かる時がある。先生がそれを持った時、その感覚を思い出しましたね」


 つまり大魔法使い認定されちゃったってわけだろうか? まだ30にも満たないというのに……


 冗談はさておき、剣豪が抜身の刀を握ってたらただそれだけで怖いというのは分かるような気がする。あまりこれを振り回して歩かないほうがいいかも知れない。どうせ普段から魔法なんて使わないのだし……


 そんなことを考えていると、


「ところで、どうしてここにそんな物が落ちてたんですか?」


 ブリジットが改めて尋ねてきた。聖遺物の出処が知りたいらしい。


 但馬は苦笑しながら言った。


「いやほら、この場所で俺たちって出会ったわけじゃん? 今思い返してみると笑っちゃうんだけど、その時に多分、俺が放り投げちゃったんだよね」

「放り投げた?」

「そう。エリオスさんがフル装備で威圧してくるから怖くって」

「む……?」


 言われたエリオスはさっぱりわからんと首を捻っている。


 そりゃそうだろう。その時、この矛槍はこんな姿形をしていなかったのだ。


 但馬は思い出していた。あの日、目が覚めたら満天の星空の下にただ一人この場所に佇んでいた。夜空には月が2つも昇っていて、遠いロードス島の火山がシルエットが見えるほかには、人や動物の気配も全く無かった。


 潮騒以外に周囲に何の音もなく、静寂の中で手がかりを探すのに焦っていた。そんな中、但馬はこめかみを叩くとメニュー画面が開くことに気がついた。そして、それに気づいたと同時にイルカのようなキャラクターが出てきて、チュートリアルが始まったのだ……


『クリエイトアイテム』


 適当に拾ってきた流木を握ってそう唱えたら、いきなりガガガッと木の先端が削れだし、あれよあれよという間に槍になった。でも、ただの木の槍だからとても殺傷力があるようには見えず、その後にやってきたエリオスの姿に恐れをなした但馬は、すぐにそれを放り投げて命乞いをした。


 あの時の木の槍が、これだ。


 今にして思えば分かる。あのイルカは別にバカにしてこれを但馬に持たせたわけじゃなかったのだ。


 そして、もう1つ分かったことがある。あの時、エリオスの姿にビビらず戦ったとしたら、勝ったのは間違いなく但馬の方だろう。背後にはブリジットも居たが、あの時の彼女はまだクラウソラスを所持してなかった。だから彼女のことも、苦もなく殺めていたに違いない。恐らくは残ったシモンもだ。


 但馬はこの時まだ、この世界がゲームだと思っていた。仮にそうじゃなかったとしても、異世界だとか夢の世界だとか、まるで実感が湧いてなかったし、どうにか元の世界へ戻ることばかり考えていた。その証拠に、その後、近衛兵と亜人達が死闘を繰り広げたわけだが、自分の身に危険が及ぶまで、やけにリアルなゲームだなくらいにしか思ってなかったではないか。


 だからもしあの時、木の槍にいわゆる無双するだけの能力があると知っていたら、何の罪悪感も無くエリオスを殺していたかも知れない……


 そして、今とは全くかけ離れた自分が、エトルリア大陸辺りを騒がしていたのだろう。きっと勇者を名乗って……


「最初に出会ったのがエリオスさんで良かったよ」


 いきなりそう言われても、彼はわけが分からず首を捻っていた。


 もしもあの時、出会ったのがこの恐ろしい巨漢で無かったら、そう言う未来が待っていたかも知れないのだ。そんなのは御免だ。


 そして、これではっきりと分かった。


 どうやら、自分は何者かに誘導されていたらしい。


 まだ右も左も分からないうちに、ゲームのような画面を見せられて、ここがそう言う世界だと錯覚させられたのだ。ゲームだと思っていたら、剣を振るうのも、魔法を使うのもずっと気楽だろうし、人を殺したところで罪悪感も薄い。おせっかいなお使いクエストをやったり、正義ぶって色々なことに介入しても不思議じゃない。


『あなたはこの世界の勇者として選ばれました。破滅へと向かうこの世界を救うために、あなたの力が必要なのです』


 何となく違和感はあったのだ。どうしてかつてのタジマハルをみんな勇者と呼んでいるのか。それは彼自身が勇者を名乗り、勇者として活動していたからだろう。勇者は恐らくそれに乗せられて、何かおかしいと感じた時には、もう引き返せなかったのでは無いだろうか。


 正直なところ、この世界が現実で、もうこの世界で生きていくしかないと覚悟した時から、自分がどうして生まれたのかなんてことは、どうでも良くなっていた。人間であろうが、亜人であろうが、異常な魔力を持ってることすら、どうでもいいことだった。


 だが、もしも何者かに誘導されてるとするなら話は別だ。それが何者なのか、少なくともその目的くらい分からないと、どこに落とし穴が待ち受けてるか気が休まらないではないか。


「……エリオスさん、ハリチに戻ろう。リーゼロッテさんに用事が出来た」

「え? 今からか?」

「ブリジット、おまえの車貸してくれない? 今日中に戻りたいんだ」

「ええっ!? それは構いませんが。もう午後になりますよ」

「日付が変わるまでには帰れるだろ。あとこれ、エリオスさん持てる? 俺が持つとみんな萎縮しちゃうから」


 但馬が矛槍を指差す。エリオスがおっかなびっくりそれに手を伸ばすと、どうやら今度はそれに触れられるようだった。但馬はそれを見届けると、親父さんに挨拶をしてさっさとその場から退散した。


 魔法兵や近衛の一部が、今まで見せたことのない尊敬の眼差しを向けてくる。かつての勇者は誰もが認める豪の者だったらしい。つまりは、そういうことである。


 あのチュートリアルのイルカを出せれば良いのだが……『YOUやっちゃいなYO!』どうせろくな返事も返しやしないだろう。


 それにまた、エリオスを殺せ殺せと連呼されたら、今度は切れないでいる自信がない。融通の利かないプログラムだったし、当てにしないでおこう。そう言えば、あれはなんて名前だったか……確か、自分が乗っていた宇宙船の名前に似てたような……


 なにはともあれ、まずはリーゼロッテに会ってこの聖遺物(アーティファクト)について意見を聞いてみよう。彼女はあらゆる聖遺物の特徴が分かるらしいし、彼女の父親の聖遺物とこれと、どう違うのか興味がある。


 それからメディアの世界樹にももう一度行ってみたほうが良いだろうか。リリィは居ないが、あの時と比べて但馬のALVもだいぶ上がっている。もう彼女が居なくても、あのダム端末を動かすことが出来るのではないか。


 そう言えば、このALVもやはり謎の誘導者の仕掛けなのだろうか……だとしたら乗せられてることになりかねないが、虎穴に入らずんば虎児を得ずだ。


 但馬は決意を新たにすると、自分の領地へと急いだ。


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