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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第五章
168/398

NEW GAME! ⑥

 但馬は問題の岩の前に立つと腕組みをしながらその形状をじっくりと眺めてみた。見た感じ、何の変哲もないただ岩の塊である。高さは3メートルくらいはあるだろうか、しかしその幅は細長くて、岩が転がっていると言うよりは、地面に突き刺さっているように見えなくもなかった。


 よくよく考えると、どうしてこんなでっかい岩が海岸に転がっているのか、それも謎だった。岩は国道に近い砂浜にあり、往来からもよく目立ったが、ハリチとの往復の間で、今までこれに気づいたことは無かった。近くに川があるわけでもない。重量は数トンはありそうだ。もしもこんなのが遠くから飛んできたとしたら、流石に誰かに目撃されていてもおかしくないだろう。


 いきなりここに現れたのか。それとも昔からここにあったのか。


 但馬が黙考していると、ブリジットが隣にやってきて並んだ。近衛兵達が慌てふためいていたが、言って聞くような玉じゃないので半ばあきらめてる感じである。但馬は彼女に尋ねた。


「ブリジット、これ切れないかな?」

「試してみますか? ……クラウソラス!」


 ブリジットが抜刀し叫ぶと、剣身がブンと緑色のオーラをまとった。彼女はそれを袈裟斬りに振り下ろすと、


「光輝なる剣よ、我が声に応え真実を照らせ、四番目の神トゥアハー・デ・ダナン!」


 いつ見ても中二的だなあ……と思いながら見ていると、彼女の剣から緑色の剣撃が飛び出していった。


 しかし、それは岩に到達しようとする前に、スッと何事もなかったように掻き消えた。


 銃弾の時とは違い、今度は弾かれたというよりも相殺されたか吸収されたような感じである。ブリジットは目を丸くしたあと、再度同じ攻撃を行ったが、結果もまた同じであった。


 魔法的なアプローチだとこうなるのか。物理的には触れることすら出来ないし、どうしたものか……と思っていたら、自分の攻撃が消されてムッとしたのだろうか、剣を振り上げてブリジットが跳びかかっていった。


「てりゃっ!」

「あ、おいっ!」


 迂闊なことをするなと言いたかったが、そんな余裕もなく、あれよあれよという間に岩へと走っていったブリジットが……


 突然くるりと向きを変えると、まったく別の方向へと駆けて行き……


「あ、あれ? ……あれえー!?」


 岩を挟んだ向こう側で素っ頓狂な声をあげていた。さっき、銃士隊がやっていたのを見てなかったのか、この脳筋め……かと言って、他にやりようもなく、


「参ったね、こりゃ、本当にお手上げみたいだ。エリオスさん、何か意見ない?」

「ふーむ……」


 エリオスは黙って首を振ると、難しそうな顔をして岩に背を向けて遠くを眺めた。自分が考えたところで分かるわけがないといった感じだ。だがその顔は、どことなく険しく見える。


 何か気になることでもあるのだろうか?


 少々気になりつつも、但馬は考えこんでるエリオスの返事を待たず、ふと思いついて自分の右のこめかみをポンと叩いた。


 表示されるレーダーマップにおかしなところはない。周囲にいる人間の光点は全てレーダーに映っているが、肝心の岩は表示されていなかった。まあ、映っていても困るのだが、但馬のこれは生体反応を映し出しているのだから。


 あと考えられるのは、それこそ本当にこの周辺にエルフでも潜んでいて、何か良からぬことを企てているのではないかということくらいだが……レーダーマップで探れる最大範囲を探知しても、おかしな光点は見つからなかった。海岸線も、国道も、製鉄所から立ち上る煙も、山の方も……


 と、その山の方を見ている時、但馬はなんだか奇妙な感覚を味わった。


 視界がぶれると言うか、目眩がするというか、変な既視感を感じるのだ。


 なんだろう? 昨日のあれで疲れてるのかな……と思い頭をブルブル振ると、隣に立つエリオスも同じように、山の稜線を見ながら何かが気になると言った感じの顔をしていることに気がついた。


「エリオスさん……あんたも何か変な感じがするの?」

「む……? もしかして、社長もか?」

「うん。なんて言うか、あの山の方を見てると、違和感を感じると言うか……妙に落ち着かないような、なんだか懐かしいような」

「懐かしい……ああ!」


 エリオスがポンと手を叩く。そしてブリジットを手招きすると、


「ここはもしかして、あの時の場所じゃないか? 姫! あなたも覚えてないか」

「あの時の場所って?」

「あの時だ。君はここで、一人で漫談をしていた」


 漫談って……他に言いようが無いのかと思いつつも、記憶の糸を手繰っていると、戻ってきたブリジットも……


「あっ……ここって先生と初めて出会った場所じゃないですか?」

「……ああ!」


 そこでようやく記憶が繋がった。


 何となく覚えてる山の稜線や海岸線、何しろ変わり映えもしないただの自然風景だから覚えてる方が難しいくらいだが、間違いない。但馬の記憶を遡ると、この世界で一番最初の風景はここへと辿り着く。出会いのインパクトが強かったから、エリオスもブリジットも覚えていたのだろう。


 ここはあれだ、但馬がこのリディアで初めて目を覚ました場所だ。但馬のこの世界での記憶はここから始まったのだ。


 まだ夜が明けるまで時間があって東の空は真っ暗だった。なのに辺りが妙に明るくて、一体どうしたのだろうと空を見上げたら、宝石を散りばめたような星空に2つの月が昇っていた。


 即座に夢か幻だと判断し、もしくはバイト先のイタズラかと疑い、それを確かめようとあれこれやっているうちに、なんだか良く分からないイルカみたいなキャラが現れて、ロールプレイングゲームのチュートリアルみたいなことが始まったのだ。


 はっきり言ってわけが分からなかったが、夢ならそのうち目が覚めるだろうと、そのイルカみたいなキャラの言うことを聞いて、あれこれやってる内に夜が明けて、気が付くと今は国道が通ってる方向からブリジット達が馬に乗ってやって来たのだ。


 第一村人発見だと、のんびり構えていたのだが、やって来たのが重武装をした巨漢のエリオスで、いかにも殺傷力だけを追求しましたと言わんばかりの棍棒を構えるものだから、びっくりして即座に土下座した記憶がある。


「ここはあれか……あの時の。それじゃあ、もしかしてこの岩は……」


 但馬が現れた場所にあると言うことは、これはエルフだの何だのの仕業ではなくて、多分、但馬のせいだろう。但馬はあの時、メニュー画面が消えなくって、色々とやっていたし、魔法も盛大にぶっ放していた。そして例のイルカと掛け合い漫才をしていたところをエリオスたちに見つかったのだ。


 その時、何かやっちゃったんだろうか。大騒ぎになってしまってるが、原因が自分にあるかも知れないと思うと、冷や汗が垂れてくる。


「先生……何か身に覚えは?」


 ブリジットが小声で耳打ちしてくる。


 身に覚えと言われても、これといって思い当たらない。あるといえばあるし、無いといえば無い。それに考えてもみれば、但馬の記憶はいきなりここでぼんやりしてるところから始まるのだ。自分が意識を取り戻す前にも、何かをやっていた可能性だってある。


 大体、どんな風に自分はここまで辿り着いたんだ?


 メディアの世界樹で生まれてからテクテク歩いてきたのか、それともいきなりここで生まれでもしたのか……仮に後者だとしたら、この岩はまた何者かが生まれる兆候かも知れないだろう……そうでないことを願うが、もしそうだとしたら但馬にはお手上げだ。


 ともあれ、いまのところ打つ手はなさそうだった。なんでこんなものがここに現れたのかが分からなければ、なんとも言えない。恐らく危険は無いと思うが……自分も近寄ってみようかどうしようか。但馬は何か手がかりがないかと辺りを見回していると、ふと気づいた。


 そう言えば、鑑定魔法なんてのも自分は使えたんだった。


 女性の胸のサイズを知りたい時くらいにしか役に立たないから、普段は全く意識してないが、本来なら未知の植物やら何やらを調べるときにも役に立つ優れもののはずである……最近は森に調査に行くこともなくなったので、すっかり錆びついてしまったが。


 なんとなくそれを反省をしつつ、但馬は開いていたメニュー画面を閉じると、今度は自分の左のこめかみをポンと叩いた。


 そして、叩いてすぐ、何かの見間違いじゃないかと、自分の目を疑った。


『Ame_no_nuboko.Arms.Artifact.Uniq, 1.5, 0.08, 3.9, Emergency.Mode2.Status_Invisible』


「……え?」


 ゴシゴシと目を擦ってみるが、忌々しいことに目をつむっていようがいまいが、その文字列は脳裏に刻まれているかのように、視覚として存在している。


 そこにある文字列が、とにかく不可解なものだらけで但馬は面食らった。アーティファクトの文字も気になるが……


「あめのぬぼこ……って、あの天の沼矛のことか?」


 また懐かしいと言うか、マイナーというか、中二的なネタが出てきた。こんなの少なくとも日本人しか知らないようなアイテムである。


 なんでこんなものがここにあるのか。この世界は、言い方は悪いが、キリスト教が支配的な中世ヨーロッパ風ファンタジー世界で、純和風な物はまず存在しない。せいぜい、ロンバルディアの味噌くらいのものである。


 第一、そもそもこれは矛には見えない。言われてみれば細長い矛が地面に突き刺さってるように見えなくもないが、言われなければ見た目はただの岩の塊だ。


 それに、エマージェンシーモードと言う単語も気になった。


 エマージェンシーってことは、何か緊急事態ということだろうが、それで岩に擬態してるとかそんな感じなのだろうか? さっきから、誰かが近づこうとしても近づけなかったのも、これの影響だったと考えれば辻褄は合う。だったらそれを解除してやれば良いのだろうが、どうやって? と言われるとさっぱり見当がつかない。


 一体、これはなんなんだ?


「先生? 先生!」


 そんな風にぼんやりと考え事をしてると、ブリジットに催促を受けた。何か分かったんなら教えてくれということだろう。取り敢えず、何も分からないから、


「近寄りたくても近寄れなけりゃ話にならないよ。消極的かも知れないけど、今まで何事も無かったんなら、このまま放置しておくのが一番良いのかも知れん。今、無理をして何か起きてもことだし……付近を立入禁止にして、見張りをたて、後日改めて対策を講じるとしよう」

「鉄道の方はどうする?」


 エリオスに言われて思い出す。元々、鉄道建設の資材置き場にしようとしてこれを発見したんだった。付近を立入禁止にするなら工事の方も延期しなければならない。


「でも仕方ないだろうなあ……親父さんたちには悪いけど。しかし、これはいつからあったんだろうか。街にも近いし何も起きなきゃ良いんだけど」

「そうだな、少なくとも社長と出会った時には無かったはずだ。その後だろう」


 そう考えると、やっぱり、自分の影響なのだろうか……


「しかし……矛。矛かあ……」


 なにか身に覚えがないかと記憶を辿ってみるが、どうにも上手く思い出せない。あの時、他になにかやってたっけ?


「ところで先生、矛って何ですか?」


 首を捻ってるとブリジットが尋ねてきた。


「矛ってのは……あんまり一般的な武器じゃないのかな。両刃の剣を長柄につけたようなもんで、平たく言えば槍のようなものなんだけど」

「いえ、それくらい知ってますけど」


 ブリジットが苦笑いしている。恐らく、彼女はそんなものどこにあるのだ? と言いたかったのだろう。


 確かに、目の前にあるものは矛とは似ても似つかない、ただの岩の塊にしか見えない。なのに但馬がいきなり矛なんて言葉を出してきたから、どうしたのかと思ったのだろう。


 但馬はボリボリと自分の後頭部を掻き毟りながら、


「えーっと……説明が難しいんだけどね。ざっくりと説明すれば、自分の鑑定魔法がこれを天の沼矛という槍だと表示してて……」


 ブリジットに説明している最中、ガツン……っと、まるで雷に打たれたかのように、脳内に電気が走り、口をあんぐりと開けたまま但馬は固まった。


「どうかしたんですか?」


 ブリジットがキョトンと首をかしげている。


 槍……槍って言ったら、あの時確か、自分は槍を持っていた……


『YOU! 殺っちゃいなYO!』


 イルカが無責任に口走ってた……


『殺せ! 殺せ! 殺せ!』


 但馬はフラフラと岩に近づいていった。


 誰にも何の断りもなく、突然フラフラ歩き出したのに、今までの経緯から、誰もそんな彼を見咎めようとはしなかった。どうせ近づこうとしても近づけないのだ……


 だが、次の瞬間、その場に居た全員の視線が釘付けになった。


 今まで、誰ひとりとして辿りつけなかった岩に、但馬は当たり前のように辿り着いたのである。


「お、おい! 社長!」


 慌ててエリオスが追いかけるが……彼は他のみんながやったように、岩にたどり着く寸前にまで足を踏み入れると、急にくるりと方向転換をして、明後日の方向へと歩き出し、そして、


「あ……あれ!?」


 素っ頓狂は声を上げて背後を振り返り、そこに但馬の姿を見つけては、また素っ頓狂な声を上げるのだった。まるで漫才みたいなその光景に一切の注意も払わず、但馬はじっと岩の前でそれを睨みつけている。


 但馬は思い出していた……あの時、確か自分は槍を持っていた……


 この世界に紛れ込んで、いきなり変なイルカみたいなキャラが出てきて、チュートリアルが始まって……


 剣と魔法のファンタジーみたいな世界観を教えられて、大喜びで大魔法をぶっ放して……


 その威力にドン引きしながら、何かもうちょっと使い勝手の良い適当な武器とか無いのかと訪ねたら……


 その辺に転がってる棒を拾って来いと言われ……


「クリエイトアイテム……」


 パンッ!!


 っと、盛大に乾いた音が辺りに響き渡った。


 それがまるで銃声のように轟くものだから、驚いた銃士隊が一斉に射撃姿勢に入り、すぐさま自分たちが銃口を向けてる相手のことを思い出して、慌てて悲鳴を上げたり、銃を取り落としたり、パニックに陥り無様に転がった。


 但馬の手のひらから閃光が走り、周囲を白く埋めていく。そのまばゆい光に、誰ひとりとして目を開けていることはかなわず、恐れおののき背を向けて走り去ろうとするもの、地面にうずくまって命乞いするもの、


「先生!」


 っと、必死に彼の無事を叫ぶブリジットや、


「社長!」


 っと、目をつぶりながら但馬の居る方へと突進し、やっぱりその直前でくるりと方向を変えて、パニック状態の人混みへと突っ込んでいくエリオスが見えた。


 そんな中、但馬は一人だけ冷静に事の次第を見届けていた。


 彼が手を触れた岩がガタガタとバイブレーションを始めると、次第に岩の表面がこそげ落ちていき、中からまばゆい光に包まれた一振りの矛槍が現れた。


 その幻想的な光景に、さっきまでパニックに陥っていた誰もが見惚れるように釘付けになった。複雑な文様の刻まれた柄の部分はホログラムのように虹色に輝いていて、その先端には美しい真っ白な刀身が、まるでダイヤモンドのようにスラリと伸びている。


 それは鳥の羽のような軽やかさを持ちながら、この世の者全てを断罪する鋭さと重厚さを併せ持っていた。ただ、綺麗なだけじゃない。何か特別な何かだと、その場にいる誰もがそう感じた。それは神の持つ矛なのだと言われれば、誰もがそうに違いないと思うような代物だった。


 但馬はその矛を、手の届く位置でぼんやりと眺めていた。微動だにせず。険しい表情を崩さずに。ただ、その神々しい矛槍をじっと凝視している。


 それを見守る人たちは、彼がその神々しい武器を手にすることを躊躇っているように見えた。


 だが、それは間違いだ。彼はそもそも、そんなものを見ちゃいなかったのである。


 視界の片隅で、何かのっぺりとした赤いシミのようなものが点滅している。


 それがまるで、英語の『NEW!』という文字のように見えて……


 但馬が眉を顰め、唇を噛み締めながら、その赤い文字に指を触れると、


『ACHIEVEMENT UNLOCKED!! EVOLVED CREATIONS ITEM

 実績解除!! ユニーク武器が進化しました

 最終形態に移行します………………Congratulations! おめでとうございます。あなたはこの世界の勇者として選ばれました。破滅へと向かうこの世界を救うために、あなたの力が必要なのです。引き続きゲームをお楽しみください。新世界へようこそ!』


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