NEW GAME! ④
気温の低さを気にする但馬に対し、皇帝は彼が何故そんなことを気にするのかが分からないようだった。そりゃ、彼からしてみれば生まれた時からこの気候で育ってきたのだから、おかしいと感じることはないだろう。だが、もしも考古学があって、1万年周期くらいで過去に遡って地質を調べてみれば、現在の気温が如何に低いかが分かるはずである。
いや、それも無理か……
但馬は頭を振った。ここはかつての南極大陸なのだ。もしも考古学が発達して、過去の土壌を調べてみれば、現在よりも100℃以上も低い時代がずっと続いてたことが判明して、逆に今の気温は高過ぎると大混乱するはずである。
調べるなら南米大陸・セレスティアやニュージーランド・ブリタニアの方だが、それはそれで気候の変動がごちゃごちゃしすぎて、過去に何があったのか見当もつかないような結果が出てくるに違いない。世界全体を同時に調べない限り、正確なことは分からないだろう。
それにしてもどうして南極大陸が赤道上に移動してしまったのだろうか。
南米大陸やニュージーランドの位置が殆ど変わってないことからして、プレートテクトニクスで移動してきたとは考えにくい。すると地軸が傾いたと考えるのが妥当だが……こんな90度と言って良いくらいに地軸が傾いたとしたら、季節どころか昼夜が無くなるのではないだろうか? 確か天王星は地軸が100度も傾いていて、公転周期の84年がそのまま一昼夜になると聞いたことがある。
かと言って、地軸はそのままで、地表だけがズルリと皮がむけるようにずれてしまったとも考えづらい。一体、この間に何があったのだろうか。ただ1つ言えることがあるとするなら、きっとそれはろくでもない事だろうということだ。
気温の低さに対して何がそんなに気になるのかと尋ねる皇帝に対して、但馬は簡単に惑星モデルを使って説明した。尤も、この世界で地球という惑星が宇宙に浮かぶ球体の天体であるなんてことを言ってるのは但馬しか居らず、彼のことを信頼している皇帝であっても、殆ど眉唾で、酒の肴程度にしかまともに聞いちゃいなかった。
但馬もそれを分かっていたが、自分の考えをまとめるつもりもあって、ダラダラと講釈を続けるうちに皇帝はウトウトとし始めた。時間も頃合いだしそろそろお開きにした方がいいだろう。
ベルを鳴らすと応接の間の外で待機していた侍女たちが音もなく入ってきて、ソファの上でウトウトしている皇帝を引きずるようにして去っていった。思えば、かつては酒を呑むたびにぶっ潰れては、誰かしらに介抱をされていた記憶がある。植え込みに潜り込んで、ゲロにまみれて、それでも懲りること無く翌日にはまたケロリとして屋台のおっちゃんにたかっていた。
その自分が他人を気遣う立場になるなんて……思えば遠くへ来たものだなとしみじみと考えつつ、但馬は自分も部屋へ行こうと立ち上がり……ふと気づいた。
そういや、今日はどこで寝りゃ良いんだ?
晩餐の後に皇帝に話を聞くから、今日は王宮に泊めてもらうつもりでエリオスには家に帰ってもらった。その旨はちゃんと伝えてあるから、客室が用意されてるだろうが……普段だったら皇帝を連れて行くついでに、侍女が案内してくれるはずだが、今日は何も言われなかった。
まあ、今となっては勝手知ったる他人の我が家だし、いつもの部屋に自分で行ってくれと言うことだろうか。さして考えることもなく、手荷物を持って席を立つと……コンコンっと応接の間の扉がノックされた。
皇帝は自室に戻ってしまったし、自分が応対したほうが良いのだろうか? 行き違いかも知れないから、取り敢えずその旨だけでも伝えようと思い、どうぞと応えて待っていると、扉の向こうから顔を覗かせたのは、侍女や召使のたぐいではなく、ブリジットであった。
「先生、こんばんわ。もう難しいお話は終わりましたか?」
「よう、なんだよブリジット。待ってたんなら、一緒に話を聞きゃ良かったのに」
「えー……勘弁して下さいよ」
お勉強は家庭教師の時間以外は御免みたいだ。どうやら、但馬達が歴史の話を終えるのを待ち構えていたらしい。皇帝が侍女に連れられていくのを見て、今度は彼女の方がワインを片手にやって来たようだ。それにしても、但馬が酒好きなのを知ってか、ここへ来るたびに結構飲まされてる気がする。場所が場所だけにリディアでも最高の酒だけが集まるところだから異存はないが、但馬を酔わせてどうするつもりなのかしら? などと考えていると……
「最近は陛下の方が先にお休みになられますね。先生も、お酒強くなりましたね、ホントに」
「そうだなあ。始めの頃は、しょっちゅうお世話になりました。すんません」
「先生、放っておくとどこでも寝ちゃいましたからね。今じゃ考えられませんが……」
「今、中央公園辺りで野宿してたらどうなっちゃうんだろ。やっぱり身ぐるみ剥がされちゃうのかな」
「どうでしょう。逆に手を出しづらいかも……」
そんな具合に軽口を叩きながらブリジットは応接の間に入ってくると、グラスとボトルを机の上に置いて、但馬の座るソファーに寄り添うようにして、お行儀よく膝を閉じてチョコンと座った。
但馬は、え? なんで? 何も隣に座らんでも目の前に大きなソファーがあるのに、狭いなあ……などと思ったが、よくよく考えて見れば、自分たちは付き合ってるんだから、これが普通なのである。
風呂に入ってきたばかりなのか、上気した彼女の肌から石鹸の匂いが立ち込める。それが鼻を擽って、何ともいえない気持ちになった。彼女が手慣れた様子でコルク栓を抜くと、ワインの甘酸っぱい匂いがそれを消した。
ほっとするやら残念やら、複雑な気持ちで但馬がワイングラスを受け取ると、彼女は嬉しそうにワインを注いだ。
「陛下とのお話では、何か収穫はありましたか?」
「ん? うーん……まあね。逆にわかんないことが増えたかも。聞いてくれる?」
「先生がわからないことなんて、私がわかるわけありませんよ」
「じゃあ、やめとく」
「うそうそ、聞きますって」
但馬が拗ねてぷいっと顔を背けると、慌ててブリジットが身を寄せてきた。彼女の小さな肩が二の腕に触れると、そこだけがジンジンと熱を帯びていくような感じがした。
ブリジットはとにかく小さい。一部を除いて、体のパーツの一つ一つが小さくてガラス細工のように繊細だ。頭なんかは特に小さくて、遠目に見ると低身長なのがわからないくらいスタイルが抜群だった。それでいてまだ子供みたいにあどけなさが残っており、サラサラでふわふわの金髪の隙間から、大きくてクリっと丸いつぶらな瞳が自分のことを見上げてくると、まるで心を射すくめられたような感じがして、彼女の顔から目を背けることが出来なくなる。それにしても……
「先生? どうかしたんですか?」
それにしても、どうしてこんなに小さくて可愛らしい彼女が、あんなにすごい剣の達人なのだろう。二の腕は細くて腕立て伏せの一回も出来そうにないように見えるし、ウエストは今にも折れてしまいそうなくらいくびれている。あのくびれにそっと指を這わせたら、きっと気持ちがいいのだろうな……
但馬はブルンブルンと頭を振った。
「いや、なんでもない。陛下と色々お話して、ちょっと疲れちゃったのかな」
「無理しないでくださいね。ただでさえ忙しい人なんですから」
密着するように隣に座るブリジットの息遣いが聞こえる。どうしてだろう、なんだか今日はやけに意識してしまう。確かに、ブリジットはとても可愛いし、金髪だし、こんな妖精みたいな女の子が自分の彼女だと思うと身悶えてしまいそうになる。だが、今までは理性で押さえ込めていたはずだ……
但馬はワインをぐいっと一息に飲み干した。その飲みっぷりを見て、ブリジットがパチパチと手を叩く。金髪のお姉ちゃんとかがお酌してくれるような店に通っていればそんなこともないのだろうが、あいにく但馬はそんな店に通うような生活はしていなかったので、どうにも落ち着かなかった。
空になったワイングラスに彼女がワインを注ぐ。おかしいなと思いながら、但馬は密着する彼女から視線を外すと、気を落ち着けるために辺りを見回した。そして気づいた。
もしかして、今、二人っきりじゃね?
最近はよくハリチの離宮に遊びに行っていたが、あそこは人の出入りが多いと言うか、寝殿を除けば誰かが必ず側に控えている。まさか寝所にお邪魔するわけにも行かないから、思えばこうして二人っきりになるのは本当に久々だった。
ネグリジェに身を包んだ彼女は体のラインがピッタリと浮き出ていて、下に何をつけているのだろうかと想像を掻き立てられた。そう言えばこの世界の人たちって下着とかどうしてるのだろうか。但馬は無いと落ち着かないからコットンの猿股みたいなのを買ってきてチョキチョキ切って下着にしていたが、かつてそれを見たシモンにバカにされた覚えがあった。あいつはちんこむき出しでズボンを履いていたらしい。そっちの方が馬鹿野郎だと言い返したものであるが、アナスタシアと暮らし始めてからは、洗濯は全部彼女がやってくれたから、思えばこの世界の女性がどんな下着をつけているのかは全く知らない。まさかつけないないなんてことは……
ゴクリ……
嚥下した唾液が腹に染みこむような気がした。多分、今口を開けば唾液がダラダラと垂れ落ちてしまうに違いない。邪な考えが次から次へと脳裏をよぎっていき、但馬はどうにも収まりがつかなくなった。ムクムクと劣情がもたげてくる。但馬の股間の少年のボーイがチェリッシュな憧憬をリスペクトしそうだ。自分が何を言ってるかよく分からない。
そんな具合に但馬がハアハア言い出すと、流石に様子がおかしいと思ったブリジットが、
「……先生? どうかしたんですか? 顔が真っ赤ですけど……あっ」
何が、あっ、なのかは分からないが、多分彼女は但馬が酔っ払って吐きそうになってるとでも思ったのだろう。焦点の合わない但馬の顔を、可愛い仕草で下から覗き込むと、その鼻息の荒い顔に確信したらしく、
「わあ! 先生、吐きそうですか? ここはまずいです、あと少しだけ我慢してください」
と言って、但馬の腕をギュッと掴むと、トイレに連れて行こうとグイグイ引っ張り始めた。
するとその時、奇跡が起きた……
慌てふためく彼女が必死になって但馬を引っ張ろうとするたびに、彼女の胸のたわわが、たわわんたわわんと揺れたのだ。
その神々しい光景は、きっと世の男であったら間違いなくノックアウトされるに違いない。
しかし但馬は違った。彼は恋人の胸で寄せては返す大海原のごとく荘厳なさざなみを見るや、急激に自分のうちに膨らんで今にも弾けそうであった劣情の炎が鎮火していくのを感じた。
それにしても残念な乳袋である……
小柄ながらも抜群なプロポーションに、ハリウッド女優も顔負けのキュートな容貌。性格は穏やかで優しく、金髪碧眼にして一国のお姫様であると、ほぼ完璧な女の子だと言うのに、神は何故、彼女にこんな罪なものを背負わせてしまったのだろうか……いや、背負うじゃなくて胸に抱えてるのか?
一瞬、我を見失いかけたが、またこの92Gに救われるとは。但馬はフッと笑うと、
「いや、大丈夫だ、ブリジット。ありがとう、もう大丈夫」
「え? ホントに? 無理してませんか?」
「無理してないよ、おまえのお陰で助かった。もう平気だ」
「それなら良いんですけど……さっきまで、すごい顔してましたよ?」
腑に落ちないと言った感じで小首を傾げるブリジットを見ながら、但馬は心の中に温かい気持ちが芽生えてくるのを感じるのだった。やっぱりこの子は可愛い、但馬はニッコリと彼女に笑いかけると日頃の感謝の気持ちを込めて言った。
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。その……ブリジットと一緒にいると、ホントに落ち着くよ」
「ええ!? そそそ、そうですか??」
そして彼女は顔を真っ赤にしてうつむくのであった。
それにしてもやばかった。最近、仕事が忙しすぎて、助平なことを考えているような余裕が無かったが、但馬だってれっきとした男である。自分で言うのもなんだが性欲も強いほうだし、油断するといつ暴走するか分からない。何しろブリジットは、その、後ろから見る限り完璧な女の子であるし。
無論、彼女とはいつかそう言う関係になりたいとは思ってはいるが、今は流石にまずかろう。ここは王宮だし、彼女の家族である皇帝もいるのだ。その信頼を損ねるようなことはしてはいけないし、ついでに言うと、一度火がついてしまったあと、やっぱ駄目と言われても自分を止められる自信がない。それに自分はAV男優のように最後だけあれを引き抜いて外にピュピュっとやれる自信もない。多分、彼女の中に入ったらその瞬間に……いやいや、せめて三こすり半くらいは……おっといけない。また劣情に負けそうになっていた。但馬はブリジットの双丘をじっと見つめて落ち着きを取り戻した。
と、そんな時だった。
但馬がスライムをキャラデザしてる最中の鳥山明みたいな心境で、ブリジットの92Gをマジマジと凝視していると、突然、そのブリジットがソワソワモジモジしだして、ギュッと自分の胸の前で腕を交差し、全盛期の青木さやかみたいにガードした。
あれ? なんだろう、急に? と思って、但馬が視線を上げて彼女の顔を覗き込んでみたら……
「せ、先生……恥ずかしい……です……」
ブリジットが耳までゆでダコのようになっていた。
これは、あれか? 但馬がエロいことを考えて、彼女の92Gを凝視していると勘違いされたと言うことだろうか。
彼は大慌てでブルンブルンと首を振ると、冗談じゃない、そんな邪な気持ちなんて欠片も無かったということを彼女に伝えようとしたのだが、それを制するかのように、彼女のほうが先に言うのだった。
「でも……せ、先生が、見たいのであれば……」
そう言いながら彼女は、殆ど泣き出しそうな潤んだ瞳で但馬のことを見つめると、交差した腕を徐々に徐々に左右に開いていくのだった。ネグリジェのシワがピンと伸ばされ、強調された胸の谷間の部分でシルクのような光沢がキラリと光る。ちょっと待て、そんなことしなくていいと言いたいのだが、多分それを言ったらおしまいである。但馬は喉からカサカサに乾いた空気を吐き出しながら、それを見守った。
彼女の腕の間でプルンプルンと物体Xが揺れていた。
ぷるぷる、ぼくは悪いスライムじゃないよ。
但馬はクラクラと目眩がした。そして叫んだ。
「ちっ……違う。そうじゃなくって……!」
ブリジットはもう恥ずかしすぎて、自分が何を言ってるか分からないと言った感じに震える声で言った。
「せ、先生……先生は……おっぱいのおっきな女の子は、嫌い、ですか……?」
但馬はズガンと脳天をかち割られるような気がした。多分、ブリジットとしてはそんな気はサラサラ無かったろう。だがそれは究極の選択だ。今の但馬にそんな難しい質問に答えられる余裕があるだろうか。いいや無い(確信)
「い、いや……その、き、嫌いじゃないよ?」
「じゃ、じゃあ……私の胸……好き……ですか?」
あ゛あ゛……ああ゛ああ゛あ゛……あ゛ああ゛あ゛あ゛あ……ああ゛ああ゛ああああ゛ああああ~~~~!!!!!
但馬は声にならない叫び声を上げた。声にならないからもちろんブリジットには届かなかった。
彼女は胸のたわわを、たわわんたわわんとしながら、じっと上目遣いで但馬のことを見上げている。
「ち……違う……」
但馬はワナワナと全身を震わせながら、絞りだすように声を出した。
「ちっ……違うんだ!」
もう半狂乱になりそうだ。
「そんなつもりじゃなかったんだ! 俺は……俺は俺は俺は俺はぁ!! そんな邪な気持ちで、おまえの胸を見たりなんかしてなかったんだよおおおおおお~~~~!!!!」
っと叫ぶと、但馬は滂沱の涙を垂れ流しながら、応接の間の重厚な扉を蹴破って外へと駆け出していった。
扉の外では出歯亀をしていた侍女たちが尻もちをついている。彼女たちはキョトンとしながら、部屋の中で呆然と立ち尽くすブリジットとしばし見つあったあと、急激に真っ青になって土下座してから大慌てで逃げ出していった但馬の後を追いかけていった。
あの顔は覚えたぞ、あとでお仕置きしなければ……ぷりぷりとしながら、但馬に置いてけぼりを食らったブリジットはソファに座り直すと、残っていたワインをぐいっと飲み干した。
それにしても……
「先生、あんなに恥ずかしがること無いのに……」
自分はいつでもオーケーなのだが、思った以上に堅物なのか、それとも自分のことを大事にしてくれてるのか……実はそのどちらも大外れであったが、とにもかくにも、但馬は未だにブリジットに手を出してはいなかった。
せめて、キスくらいはしてくれても良いのになと思いながら、彼女はふてくされたようにワイングラスになみなみとワインを注いだ。
因みに、但馬は全力疾走した後、王宮を飛び出す前に潰れてゲロを吐いていたそうである。
ついでに、その間、皇帝はぐっすり気持ちよさそうに眠っていたそうである。
教訓、酒を呑んだら激しい運動をしてはいけない。