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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第五章
165/398

NEW GAME! ③

 但馬は鉄道敷設の指揮のため、久しぶりに首都に滞在していた。


 電話があるお陰で指示は遠くからでも飛ばせるので、最近はハリチに居ることが多かったが、鉄道建設の起工式は、是非自分の目で確かめたかったのだ。


 久々に訪れた我が家は、長い間留守にしていたにも関わらず綺麗に掃除がされていて、親父さんから但馬が帰ることを聞き及んでいたのだろうか、何も言わずにお袋さんが出迎えてくれた。


 エリオスの離れの方もちゃんと手入れが行き届いていたようで、彼がお袋さんに礼を言うと、今度からは奥さんにやってもらえと弄られて、あの巨漢が頻りに恐縮していた。この二人は同年代だが、ちょっとだけ彼女の方が歳上なので、エリオスは少し苦手にしていた。彼のそんな姿は珍しく、なんだか少し可愛く見えた。


 さて、せっかくの我が家への帰還ではあったが、その晩は自分のベッドで眠ることはなく、留守をエリオスに任せて、但馬は王宮へと訪れていた。それは恋人であるブリジットと会う……と言うのも1つの理由であったが、今日は晩餐の後に皇帝から歴史の講義を受けるのが目的だった。


 先のザビエルの訪問により、アナトリアはロンバルディアと非公式ながら交易を始めたわけだが、このロンバルディアと言う国のことがよく分からない。いや、そもそも国なのか、エトルリア皇国の一地方なのか、地方なら地方で、そこに貴族はどれだけいてどれくらいの領地を得ているのか。エトルリア皇国という国の政体が、但馬はさっぱりわからないのだ。


 今まではどうせリディアから出るつもりも無かったし、自分とは関係ない政治の世界のことだからと関心を示さなかったのであるが、これからはそういうわけにもいかないだろう。もしかしたら、ザビエルのような人間が、またコッソリと但馬に近づいてくるかも知れないのだ。


 但馬は言うまでもなく常識はずれだ。


 金儲けは得意だが政治には疎く、その発想や生活習慣は独特で、見る人が見なくても、奇異に映るに違いない。大臣にまで上り詰めたくせにどこか一般常識に欠けており、おまけに出自が不明となるとあらぬ誤解をうける可能性は大いにある。


 これから先、外国の要人と会う機会も増えるだろう。そんな時に的はずれなことを口走ったり、ちぐはぐな答えを返してしまったら、国交にも影響が出かねない。だからそうならない程度の知識を仕入れておいた方がいいと考えて、晩餐後に皇帝に願い出た。


 勉強熱心なその姿に、皇帝は大いに感じ入り、但馬を褒めそやしたあと、折角だからブリジットも一緒に聞きなさいと言ったのだが、彼女はしどろもどろに適当な理由をつけて逃げてしまった。相変わらず勉強は嫌いなようである。


「少しは真面目になったと思ったのじゃがのう……」


 真面目なのは仕事に関することに限るらしい、皇帝はため息混じりに続けた。


「歴史について学びたいとは言っても、儂も伝聞でしか知らぬゆえ、お主の期待に応えられるかどうかは分からんぞ」

「いえもう本当に、必要最低限のことだけ教えて貰えればそれで十分なんですよ。ぶっちゃけ、俺はエトルリアの首都がどこにあるのかも知らないくらいだし……」

「なんじゃ、そんなことも知らんのか……ふむ。そのぐらいであれば、そうかしこまらんで、ワインでもやりながら話してやろう」


 そんなわけで、皇帝の晩酌に付き合いながらこの世界の歴史について講義を受けた。


 この世界の歴史は1000年前から始まる。それ以前の人類は、この世界に文明らしい文明を持っておらず、極寒のセレスティアの地(つまり今の南米大陸)に辛うじて少数が生き残っていて、ほそぼそと狩猟や漁で食いつないでいた。


 ところがそんな時に海が凍りだしたのだ。どうやら氷河期が訪れたらしい。人類は追われるようにしてセレスティアから南下し、凍った海を渡ってこのロディーナ大陸へと進出した。


 しかし、ロディーナ大陸にはすでに先住民と言えるエルフが住み着いており、その強力な魔法の前に人類は為す術もなく、絶滅も時間の問題だった。


 そこに現れたのが聖女リリィである。彼女は絶体絶命の人類を鼓舞すると、その圧倒的な魔法の力でもって、エルフを逆に駆逐し始めた。どこからともなく聖遺物と呼ばれる魔法具を持ち出してきて、それを人々に与え敵と戦ったのである。


 リリィの力は凄まじく、森を焼き、木をなぎ倒し、エルフを駆逐しつつ南下した彼女は、ついにロディーナ大陸北部のエトルリア大陸を解放した。彼女はそこに世界樹を建てると、人類は安住の地を得てそこに定住し始めた。


 これがエトルリア皇国の始まりとされ、建国の母がリリィと呼ばれるゆえんである。


 しかし、当のリリィは広大な領土を得てもなお、エルフを追い立てるのをやめず戦い続け、やがてガッリア大陸へと渡り、広大な森の奥へと消えていった。


 そんな彼女に最後まで付き従っていた人々は、彼女が消息を絶ったガッリア大陸北部のタイタニア山に国を作った。それがティレニア帝国となった。


 エトルリアとティレニアは、そんな具合に建国の理由がリリィに由来する。だったら仲が良ければ良かったのだが、実際には真逆で、建国当初から仲が悪かったようだ。


 ティレニアからすると、エトルリアの民は世話になったリリィを見捨てて安全を取った腰抜けであったし、エトルリアからすると、ティレニアの民は選民思想に凝り固まったいけ好かない連中に思えたのだろう。


 双方の国が成立してから1000年、度々衝突はあったらしい。国土の大きさや人口から、エトルリアのほうがティレニアよりも優位に立っていたようであるが、魔法戦力的には拮抗しており、また山国は攻めづらいので、結局は決め手に欠けて現在に至るようである。


 1000年も決着がつかず、ろくに国交が無いままお互いに無視しつづけ、これまたお互いに利がないから、今となっては暗黙のうちに交流も戦闘も避けるようになっているようだ。だからコルフのような中間交易で儲ける新興国が出てきたわけで、実は皇国内にもこっそりとティレニアと付き合っている商人は存在するそうだ。多分、コルフのエトルリア派議員や亜人商人のことだろう。


 ところで、ちょっと気になったのは、


「魔法戦力的に拮抗しているというのは、ティレニアにも聖遺物を得る手段があるってことですか? エトルリアの世界樹みたいな」

「そう言われておるが、正確なことは誰にも分からん。何しろ国交が無い上に、秘密主義の国じゃからのう。国情をペラペラ漏らすような貴族もおらん。国がいくつにも分かれ争っているエトルリアとは雲泥の差じゃ」

「そういやあ、エトルリア皇国ってのは何なんですか? 皇国って言うくらいだから、皇王の下に諸侯が集ってるのかと思いきや、地方同士で勝手に戦争してたりするし」

「連邦国家……もしくは同君連合じゃな。元々は聖女の残した世界樹を管理していた一族が王族化したのが始まりじゃった。その管理者が人々に聖遺物を与え、エルフと戦う尖兵になる。ここまでは良いな?」


 建国当初のエトルリア大陸にはまだ森林が多く外敵だらけだった。リリィはエルフを駆逐して回ったが、普通に考えて、ヨーロッパ大陸ほどの広さのある原生林を、短期間のうちに根こそぎ焼き払えるわけがない。ある程度の脅威を排除し、人々が平和に暮らせる土地を確保したら、彼女は次の獲物を探してガッリア大陸へと向かっていった。


 残された人々は、暫くはその限られた土地だけで満足していたが、人口が増えたかそれともただの欲求からか、人類はその版図を広げるべく森林を焼いて生存圏を徐々に拡大していった。


 だが、その森林にはまだ少なからずエルフが残っていた。但馬が対エルフ戦術を確立するまで人類にエルフに対抗する手段が無かったように、当時の人々だってエルフと互角に戦える者は居なかった。だから基本的にエルフの隙を突いて森に火を放ち、大火事を起こして彼らを追い払っていったわけだが、土地には限りがあるのだから最終的にはどうしても戦わざるを得なくなる。


 そこでどうしたのかと言えば、大昔の人々は数によるゴリ押しを行ったようだ。1対1では勝てないが、10対1、20対1と戦力比が増すに連れて、人間であってもエルフに勝つことは出来る。


 皇国は世界樹を管理し、そこから得られる聖遺物を人々に与えた。命を賭して戦った当時の魔法使い達は、戦いに勝利した褒美に領地を与えられ、各地に封土されて貴族化していった。


 エルフと戦えば貴族になれるチャンスがある。そう考えた人々は皇国に忠誠を尽くし、聖遺物を手に入れてエルフに挑んでいった。だがエルフは強く、広大な森林に潜む強敵に対抗するにはチームが必要だ。魔法使い達はエルフと戦ううちに次第に結束し、やがて他のグループと諍いが起こり、そのうち派閥のようなものになっていった。


 そうして出来た地方豪族のようなグループが、南北エトルリア大陸から完全にエルフを駆逐した時、世界中のあちこちに出来上がっていた。倒すべき敵が居なくなったというのに、武力と領土欲という火種がそこかしこでくすぶっていたわけである。


「皇国が南北エトルリア大陸を完全に掌握するまでに要した聖遺物の数は、5千とも1万とも言われておる。かなり大雑把じゃが、エルフは強敵であるゆえ、大半の者は命を落としたり何らかの事情があったりで、はっきりとしたことはわからぬのじゃ。故に魔法使い、その全てが貴族化したわけではない。しかし、それでも当時世界には数百という国が存在したようじゃ。そして戦国時代が始まった」


 エルフに挑んだ魔法使いたちは大半の者が死んだ。だが、彼らの持つ聖遺物は無くなりはしなかった。持ち主を失った聖遺物がどうなったかと言えば、皇国に返されるわけではなく、大抵の場合は血の繋がった子孫に受け継がれたが、中には諸事情で所有者を失った聖遺物もあった。


 そう言った場合は形見分けとして仲間が所有した。聖遺物は一子相伝で、血のつながりが無ければ利用することが出来ないとされたのだが、中にはリーゼロッテのような例外も存在する。


 魔法使いの素養を多く持って生まれた子供の中には、たまに他人の聖遺物であっても扱うことが出来る者がいた。そういった子供達に地方領主は聖遺物と特権を与えて自分の手駒にしたのである。すると新しく生まれた魔法使い達は、皇国よりも聖遺物を与えてくれた領主の方に忠誠を誓うから、徐々に世界中に皇国の力の及ばない地域が生まれていくことになっていく。


 聖遺物を持っていれば、それを欲する人を意のままに操ることが出来る。なんてことはない、皇国自体もそうして大きくなったのだ。領主たちは聖遺物と領土の奪い合いで、あちこちで戦争を始めた。


「皮肉なことに、エルフとの戦いが終わったら、待っていたのは人間同士の殺し合いだったわけじゃ。皇国はこれ以来、世界樹の力を封印し、聖遺物の乱用を禁じた。しかし今更そんなこと言っても、誰も聞いてはおらんかった。そして建国から300年ほど経った頃には、現在の勢力図と同じ国々が生まれておった。即ち、南のアスタクス、西のロンバルディア、北のシルミウム、東のトリエル。特にお主も良く知っておる南部の低地帯アスタクス地方は、植物の生育に適した環境じゃったから、かつて最も深き森林が広がっておった。従って、そこに投入された魔法使いと聖遺物の数は他と比べても遥かに多く、それを束ねたビテュニアの国力は優に皇国を上回り、世界最強の国家となっておった」


 アスタクス地方を群雄割拠していた諸侯たちは、最終的にビテュニアという国家によって統一された。ビテュニアはガラデア平原中央の河川の合流点に遷都し、アスタクス地方全体に目を光らせる城塞を築いた。


 と、同時に、北のエトルリア皇国アクロポリスを睨み始めた。そこにある世界樹を手に入れれば、更なる力を手にすることが出来るだろう。アスタクスは皇国の切り崩しに着手し、周辺国家に接触を図った。しかし、それは初めから上手くいかなかった。


 建国当時からエトルリア皇国の首都アクロポリスの周辺には、皇国を守護する多数の少国家群が取り巻いていた。彼らは最も古くに貴族化した魔法使いたちで、歴史と伝統を重んじる傾向が強かった。従ってアスタクスのような野蛮な新興勢力を快く思っていなかったのだ。


 しかし、力には劣る皇国と少国家群はアスタクスとのにらみ合いを続けたくても武力が足りない。そこで彼らがどうしたのかと言えば……同じく新興国家である地方領主に声をかけた。アスタクスによって皇国が討たれれば、次はお前たちの番だぞと。


 地方領主にしたって元を正せば皇国に聖遺物を授けて貰った貴族で、その恩義がある。それに、皇国の支配なんてものはとっくの昔に形骸化しており、今まで特に何か不都合があったわけじゃない。対して、アスタクスが皇国に取って変わったとしたらどうだろう? ろくなことにならないのは明白だ。地方領主達は、皇国の呼びかけに応じた。


 これはアスタクスにとって酷い誤算だった。皇国を乗っ取るつもりが、いつの間にか世界を敵に回していたのだ。更に、この世界大戦とも呼べるような危機に、皇国が魔法の素養のある若者に、国家を守る尖兵として世界樹の利用を認めると状況が一変した。


 エルフではなく、同じ人間を討つために、新たな魔法使いが生まれたのだ。


 新たに貴族として皇国に迎え入れられた若者たちの士気は高かった。生意気なビテュニアの蛮族を成敗してやろうと、彼らは先陣を切ってアスタクス地方へと雪崩れ込んでいった。逆に、逆賊扱いされたアスタクスの貴族たちの士気は低かった。この勢いに押され、彼らは次々と命を落としていく。


 アスタクスの誤算はここにもあったわけである。それまで、自分たちこそが最大数の魔法使いを雇用する国家であると自負していたのが、世界樹の利用でいつでも皇国に覆されるということが分かったわけである。


「さて、こうして絶体絶命の危機に陥ったアスタクスがどうしたと言うかじゃが……分かるかの?」

「教会ですか」


 但馬が即答すると、皇帝は愉快そうに笑った。


「お主は本当に教え甲斐のない生徒じゃのう。もう少し考える素振りくらい見せれば良いのに……そうじゃ。お主の言うとおり、ビテュニアは教会に泣きつきおった」


 当時、皇国の他に権威があったとすれば、それは教会だった。皇国は魔法使いを量産して、その恩義でもって周辺諸国を束ねていたが、教会はまた別口でヒーラーを中心に発展していた。


 魔法使いは聖遺物を用いなければ魔法が使えないが、ヒーラーはその必要がない。代わりにキリスト教の教義を元にした祈りの言葉が必要で、その言葉と奇跡の力を目の当たりにした人々が、神の存在を信じ、キリスト教に帰依するのは当然の結果だったろう。


 太古のエルフとの戦いから、戦国時代まで、ヒーラーの力は必要不可欠であり、各地に教会が建立されたのも当然のことだった。エトルリア皇国も、アクロポリスに大聖堂を建立し、エトルリア聖教という宗派を支援していた。


 ビテュニアが教会に泣きつくと、エトルリア聖教の教主は皇国に対して、せっかくエルフを駆逐して世の中平和になったはずなのに、人間同士が争うのは嘆かわしい。もしもこのまま戦争を続けるのなら、教会はどちらに肩入れするつもりは無いから、各地からヒーラーを引き上げると言い出した。


 つまり、殺し合いをしたいなら勝手にしろ、その代わりヒールをしてあげないからねと言われたわけである。現代風に例えるなら、医者がボイコットしてる中、戦争に行けと言うようなものだから、そんなの兵隊が言うことを聞くわけがない。


 こうして双方ともに兵隊を用意しても戦うことが出来なくなり、お互いどうしようもなくなって、なし崩し的に世界大戦の危機は去っていった。


「しかし、当時の世界の人々はこれに教訓を得たのじゃな。この世界はどこかの地方が抜きん出ても、他が足を引っ張り合うように出来ておる。そして、戦いを魔法に頼っている限り、世界樹を持つ皇国の力は揺るぎない。じゃが、皇国は皇国で、緊急事態で量産した魔法兵の扱いにほとほと困り果てておった。彼らは力を得て貴族化していたわけじゃが、与える領地も褒美もない。彼らも彼らで、戦えと言われたと思ったら今度は逆に戦うなと言われたり、どうしていいか分からない。誰も得しなかったわけじゃ」


 結局、この時に生まれた魔法使いたちは、都市貴族として皇国に定住したり、地方に流れていったようである。現在の世界にサラリーマン的な貴族が居るのもそうした理由であるらしい。世界は国の数に比して、魔法使い(きぞく)の数が過剰なのだ。


 さて、どうにか大戦の危機を回避した世界であったが、火種を燻らせたまま放置していては、またどこかの国が抜け駆けしないとも限らない。


 そして、世界樹の管理についても、今のまま皇国の一国管理では不安がある。教会と地方領主達はその点で一致し、戦争で疲弊していた皇国に対して新たなルールを設けるように提案した。


 皇国を取り巻く4地方は、皇国に臣下の礼を取る代わりに、主家の後継者に関する選定権を認めるように要求したのである。皇国の後継者が自分たちの主君にふさわしい人物であるかを選ぶ権利である。


「こうして生まれたのが七大選帝侯じゃ。アスタクス方伯、ロンバルディア方伯、シルミウム方伯、トリエル辺境伯、エトルリア聖教主、トレビゾンド都市伯、エトルリア皇家の七家が存在し、これらが皇王が存命中、常にその後継者に対して目を光らせておる。次代のリーダーに相応しいかどうかをな」

「トレビゾンドってのは?」

「元々は皇家から別れた分家筋じゃったが、今は皇国を取り巻く少国家群のリーダーのことじゃな。現在の都市伯は名誉称号に過ぎず、議会によって選ばれる首相が選帝侯を兼任しておる」

「議会、あったんですか?」


 この中世みたいな世界で意外であった。コルフのような共和国も存在するが、リディアは思いっきり絶対君主制であるし、ティレニアは宗教国家だと聞いている。アスタクス方伯はやりたい放題だし、ロンバルディア方伯も皇国に何の断りなくアナトリアと国交を結んでいる。議会がある国のほうが珍しいはずだ。


「左様。コルフは寧ろ、これを真似て政治を行ってるに過ぎん。エトルリア議会の歴史は古い。と言うのも、この選帝権と言うのが曲者でな? 後継者問題に口が挟めると言うことは、各地の方伯は自分の血縁者を送り込んで、皇家と結び、その子が後継者に選ばれれば、必然的に自国の地位も向上するじゃろう」

「あ~あ~、なるほど」

「世界は武力での衝突を避ける代わりに、そうして宮中工作でやりあうようになったわけじゃ。そんな中、都市伯は薄いとは言え血縁者であるから皇位継承権が存在する。それを各地方領主が黙って見過ごすわけもなく、何とかこれを取り込もうとあれこれちょっかいをかけてくる。貢物をしたり密談をしかけたり、他国に靡きそうになったら逆に陥れようとしてくる始末。それじゃ皇国を守護する小国家群のリーダーに相応しく無いと、周辺諸国から怒られたわけじゃ。それで、真面目な性格であった都市伯は、なまじ皇位継承権なんかがあるからそうなると考え、それを放棄し、選帝を小国家群の合議制で決めることにした。それがエトルリア議会の始まりじゃった」


 汚職を嫌って堂々と特権を手放したわけである。大昔のこととはいえ、トレビゾンド都市伯は大した人物だったようだ。


「そうして生まれた議会は発足直後、今度は皇家に対して参政権を放棄するように求めた。どうせ地方領主達がちょっかいをかけてくるのは明らかなのだから、皇家は世界樹の管理という神事と後継者問題に集中し、政治には関わってくるなと。元をただせばこの事態を引き起こしたのは、皇家にも責任があるのだし、自分たちが絶対に守護するから任せてくれと。こうして、皇家は神事、議会は政治に特化して、皇国とそれを取り巻く周辺国家を束ねていく体制が生まれたわけじゃ」


 現代世界の英連邦みたいな国だったわけだ。かつてのリディアが、エトルリアを本国と言って主家と仰いでいたのも、このように完全に君主制が形骸化していて、政治に介入してこなかったから何の抵抗も無かったのだろう。21世紀でも、エリザベス女王を君主と仰いでいる国家は世界各地に結構あった。


 建国から1千年を数える国だから、そりゃ色々あるだろうと思っていたが、結構複雑な内情には驚かされた。カンディアで出会ったヒュライア男爵令嬢は、やたらと陰謀好きだったが、これはもしかしたらお国柄なのかも知れない。宮中や社交界で工作をしかけて揺さぶり、優位に立つのがあちらの流儀なのだ。


 そんなものに巻き込まれるのは溜まったものじゃないが……ともあれ、但馬はもう1つ気になっている点について聞いてみた。


「皇国の中でも特にアスタクスが力を持ってるのは、そこに広大な穀倉地帯と人口を抱えていたからですよね? 他地方はそんなでもないんですか」

「肥沃な土地という意味でなら、アスタクス地方以上のものはないのう」

「シルミウムってのは? 北部の平野にあるようですけど」

「平野ではあるが、極寒の地であるゆえ、作物が育つ時期が限られておるでな」

「極寒? 雪国ってことですか」


 やっぱりそうなのか……但馬は前々から少し気になることがあった。


「知人がロンバルディアには四季があるって言ってて少し気になったんですが、エトルリア皇国……アクロポリスにも四季はあるんですか?」

「む? ……おお、あるぞ。我が国は四季が無いので、見たことがないじゃろうが、儂は若いころにエトルリアに渡ったことがあっての。そこでみた雪景色は忘れられぬわ。エトルリアの冬は雪がつもり、見渡すかぎりの銀世界が広がる。あの美しい光景は是非一度は拝んでおくが良かろう」

「いや、俺が住んでたとこも四季があったんで……それより、その雪はアクロポリスで見たんですか?」

「なんじゃ、そうか……左様。爵位を貰いにアクロポリスへ行った時じゃ」

「やっぱりか……」

「何かおかしいことでもあるのか?」

「はい……雪が降るには緯度が低すぎるんですよ……」


 この世界の赤道はメディアの付近を通っているようだ。すると、リディアは北緯5°程度であり、カンディアやフリジアが15°くらいのはずだ。大雑把ではあるがロンバルディアは25°程度の位置にあり、それを現在の地球に当てはめて考えると、ベトナムやフィリピン、カリブの島々と同程度の緯度にあるということになる。常夏とまでは言わないが、亜熱帯だ。


 ザビエルが四季があるようなことを言っていたので少し変だなと思っていた。今回、皇帝に訪ねてみて確信した。この世界の気温は明らかに低い。低すぎると言っていいだろう。恐らく、セレスティアなんて万年雪がそこかしこに積もってるのではないだろうか。明日にでもエリオスに確かめて見たほうが良いだろう。


 かつて氷河期が訪れ海が凍り、それから逃れるようにしてロディーナ大陸へと渡ってきた人類。もしかしたら、その氷河期は未だに終わっていないのかも知れない。


 そしてこの氷河期が訪れると共に唐突に現れた聖女リリィ。明らかに普通の人間ではないといった点では、但馬と同類かそれに近い人物だったのだろう。彼女は一体、エルフを駆逐して何をしようとしていたのだろうか。


 ふと思い出す。最近はそれが当たり前で意識しなくなっていたが、この世界には2つの月が浮かんでおり、それがどういう影響を地球に及ぼしているかは、はっきり言ってさっぱりわからないのだ。そしてあるはずの惑星が無いことや、紫外線レベルの極端な低さも気になる。


 この国で生きていこうと決めた時から、あまり世界の秘密については考えないようになっていた。仕事も忙しいし、国から離れることも出来ないし。だが、これからは少し気に留めておいた方がいいかも知れない。


 もしも氷河期が続いているのだとすれば、またかつてのように海が凍りだす可能性だってあるはずだ。もっと別の天変地異だってあるかも知れない。本当に見た目通りに木星や土星のような他の惑星が無いのだとしたら、巨大隕石の衝突だって十分に有り得るだろうし……


 考え過ぎかも知れないが……しかし、その考えすぎが、間もなく自分の身に降り掛かってこようとは、この時の但馬は思いもして居なかった。

 

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