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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第五章
164/398

NEW GAME! ②

 ハリチでロープウェイの建設が始まる中、首都にほど近いロードス島ではトロッコ列車が走り始めた。炭鉱にトロッコは付き物だが、何故今まで無かったのかと言えば、それはリディアに木材が不足しているからであった。


 トロッコ列車と言うアイディア自体は既にこの世界にあり、遠い北方のトリエル地方の炭鉱では普通に使われてるそうである。だからロードス島の炭鉱でも需要があったのだが、いざ作ろうとしてもレールをどうやって敷設するのかという問題にぶち当たったのである。


 トリエルのトロッコのレールは木で出来ていて、加工が非常に容易であった。ところがそのころのリディアでは木材は鉄よりも貴重であり、代わりに鉄を使って作ろうと言うアイディアもあったのだが、今度はそれを加工する技術が無かったのだ。


 しかし時が過ぎて木材はおろか、鋼材も使い放題になった今では話が代わる。製鉄所では毎日潤沢に鋼材が製造されており、加工も容易になっていた。炭鉱向けに作られた鋼鉄のレールは耐久性も抜群で、どんなに鉄鉱石や土砂を運んでもびくともせず、頑丈ゆえのメンテナンスの少なさもあって、オリジナルのトロッコに比べても断然生産性を向上させるのに役立った。


 このトロッコは人力で、ロープウェイと同じ仕組みで動いていた。大抵、鉱山は下に向かって掘り進んでいるから、上からロープを使っておろしていって、用が済んだら引っ張りあげるという方法だ。


 まあ、そう言う方法を取っているから、すぐにこのロープを蒸気機関に繋ごうと言う発想は生まれた。


 炭鉱は地下水が溜まりやすいので、それを汲み上げるポンプが必要であり、S&H社の台頭で蒸気機関が登場すると、普通に炭鉱でも使われ始めた。そして蒸気機関があるのならその動力を他にも利用しようと考えるのが人情で、すぐにトロッコ列車に利用された。そして蒸気機関で曳航されるトロッコ列車を技師が見れば、これを旅客に使うことが出来ないかと考えたのも、また人情だったのではないだろうか。


 ある時、但馬が首都に帰還すると、親父さんから若手の技師たちの話を聞かされた。どうも、最近ブリジットが車を乗り回しているのを見て、若手技師達の間で話題になっていたようだ。自家用車と言えばやはり若い男の憧れなのだろうか、彼らはなんとか自分らの給料で、あれが作れないかなと考えていたらしい。


 しかし知っての通り蒸気自動車は但馬が親父さんに頼んだ特注品で、とても個人が所有できるような代物ではない。親父さんから目玉が飛び出るような金額を聞かされて、自分らの給料では一生かかっても出来ないと悟り、一旦は夢を諦めたのであるが……炭鉱の蒸気機関のメンテナンスに訪れた際、トロッコ列車を見て閃いたらしい。


 個人所有は無理でも、公共機関なら自分たちでも作れるんじゃないだろうか。ブリジットが乗ってるような小さなやつではなく、何百人も乗れるような大きい物……要するに蒸気機関車なら、逓信卿である但馬から予算を分捕って開発することも出来るんじゃないかと。


 そう考えた若手技師たちは、すぐに企画書を作って親父さんに見せたらしい。親父さんも製鉄所への往復や、鋼材の運搬に船以外の代替手段が無いかと考えていたところで、このアイディアは悪く無いと思ったそうだ。それで但馬に相談してきたわけであるが……


 言うまでもなく、彼は一も二もなくゴーサインを出した。


 鉄道はいずれ自分でやろうと思っていたのだ。だが、何しろリディアという国は元々都市が一つしか無く、公共交通機関は馬車があれば事足りた。だから鉄道を引くとなるといきなり超長距離で、首都~ヴィクトリア間や、首都~ハリチ間のような、ノンストップ数百キロの路線しか考えられなかったのだ。まさか首都と自分の領地を結ぶためにそんな無茶は出来まい。


 それで鉄道ではなく、自動車のほうを開発していたわけだが……蒸気機関もかなりこなれた技術になって来てはいるが、やはり個人所有だとまだまだ高く付くのだ。こんなのは王族くらいしか乗ることも出来ないし、但馬には自家用船もあるから、次第に無理に開発する必要もないかなと思うようになっていた。


 だが、一般の人たちが公共交通機関として欲しいと言うのなら話は別だ。それに、今となっては首都の外にも新市街や製鉄所があるのだし、ローデポリス~製鉄所間の10キロ程度の距離でも鉄道があればかなり違うだろう。


 それに首都とハリチの間は今後開拓が進む予定で、馬車駅の整備と集落の建設が始まりつつあった。その新興住宅街に向けて鉄道を敷くならいい頃合いだったと言えよう。


 こうして鉄道の敷設計画は但馬の提案ではなく、首都の技師たちによって実行に移される運びとなった。既にブリジットの蒸気自動車と言う実物があるので、皇帝や大臣達への説明も楽であった。


 予算に関してはS&H社持ちということで話をつけた。民間で全部出すというのだから、とんでもなく太っ腹な話で、本当に良いのかと何度も念を押されたが、将来性を考えれば、鉄道を抑えておくのは間違いなく良手と言えるだろう。いずれ、ハリチやヴィクトリアまで延伸する時の権利込みで請け負った。


 後は少しでも早く運賃収入を得られるようになるためにも、リディアに人を呼び込み、新しい集落を作らねばならない。西部の山々の開拓も始まり、首都~ハリチ間にいくつかの集落を作る計画であったが、これを早めるように但馬は指示を飛ばした。


 鉄道を引いて、新しい集落と結び、いずれ国中をそれで結ぶのだ。そうしたら、首都と領地も一日で往復出来るようになるだろう。鉄道レールと共に、夢も広がっていく。まさに夢がひろがりんぐである。

 

********************

 

 さて、鉄道計画も決まり、エトルリア大陸できな臭いにらみ合いが始まった頃、ガッリア大陸のリディアでは森林開拓……つまりエルフ討伐が着々と進行していた。


 逓信卿が中心となって行っている森林開拓は、まずは物流の安全を重視して、沿岸部の街道沿いから始められた。


 レンジャーと呼ばれる亜人を森へ派遣し、エルフを発見次第報告、その後、討伐隊が組まれて一体ずつ地道に片付けていく。エルフを片付けたらその周辺の木々を伐採し、再度、亜人によって周辺の安全を確認。そうして徐々に人類の生存権を広げていく。


 これを数百キロ四方に渡って続けていくのだから、とんでもなく気が遠くなる作業である。だが、エルフという人類の天敵は、油断すれば例え数百人規模の討伐隊でも全滅しうるから、慎重には慎重を期さねばならない難しさがあった。


 エルフという強敵に対抗する駆除部隊には専門性が求められたため、その選抜は非常に厳しく、皇帝直属の帝国銃士隊と言う名の対エルフ特殊部隊が組織された。銃士隊は名誉ある職であり、非常な高待遇で迎えられた。そんな銃士隊はエルフを釣りだすための魔法兵と、釣りだしたエルフを射殺する銃兵の2兵科で組織されたが、困ったことに圧倒的に魔法兵のなり手が少なかった。


 この世界において魔法使いは基本的にみんな貴族である。魔法使いは、エトルリア皇国の世界樹から聖遺物(アーティファクト)を授けられるか、もしくは先祖代々受け継いだ者しかなれず、大抵の場合はエトルリア大陸のどこかに領地を持ち、そこを代々守って居た。だからフリーの魔法使いと言えば、他国から攻められたり政争で負け、没落した貴族と言うのが大半だ。


 没落貴族と言えども魔法使いなので、戦争になればやはり非常に強力な兵科となる。故に、なんやかんや各地で厚遇され、領地はなくても都市貴族として存在し、どこでも高待遇を受けていた。


 そんな具合に没落しても引っ張りだこなので、大抵の場合、彼らは都市を目指すのが普通で、リディアにもそう言った没落貴族が流れに流れて多少は住んでいたのだが、やはりかつてのリディアは田舎であったせいか、その数はエトルリアと比べたら圧倒的に少なかった。


 アナトリア帝国になってからは、景気が良いせいもあってか流れてくる魔法使いも増えはしたが、銃士隊はいくら高待遇とは言え危険な役目のせいか、やはりなり手が少なかった。それでも銃士隊になろうと言うような連中は、何か思想的に偏っていたり、物凄くエルフに憎しみを抱いていたり、とんでもない借金を抱えていたりと、一癖も二癖もあるようなのばかりであった。


 ともあれ、そんなただでさえ数少ない魔法兵を減らすわけにもいかず、銃士隊の運用は出来うる限りの安全性を求められた。特に、釣りだしてきたエルフを撃ち漏らすと、それは即ち部隊の全滅に繋がることから、銃兵の射撃技能は特に重要視された。そこで登場したのがライフルである。


挿絵(By みてみん)


 夢がらいふりんぐ。某リアルタイムストラテジーゲームにおいてパラダイムシフトを起こすライフリングの技術は、言うまでもなく現実においても根本から世界を覆した。アメリカ独立戦争から近代にかけて、ライフル兵の登場は劇的に戦争を変えた。それまでの歩兵戦術が、ライフルの登場で全く通用しなくなったのである。


 独立戦争時、アメリカは国力においても兵力においても本国であるイギリスには到底かなわず、フランスの支援がなければ戦線を維持することも困難であったと言われている。そんな不利な戦争に勝利出来たのは、1つはイギリス本土が遠すぎて英国軍の作戦行動に支障を来していたことと、もう1つはアメリカの民兵が、過酷な自然環境の中で生き抜くために、みんなライフルを装備していたからだった。


 ライフルの登場で何がそんなに変わったのかと言えば、それは言うまでもなく、射程と命中精度である。


 それまでのマスケット銃は有効射程がせいぜい50メートル程度であり、確実に当てようとするなら本当に目の前と呼べるくらい、距離にして10メートルくらいまで接近しなければ、狙ってもまず当たらなかった。従って狙撃という概念はなく、戦法も数撃ちゃ当たる方式で、一列横隊を作って一斉射撃を行うと言う戦列歩兵戦術が一般的であった。


 ところがライフルの登場でこの射程が一気に10倍近くにまで伸びることになる。命中精度が格段に上がり、100メートルくらい距離があっても、訓練すればまず外さない。その有効射程は300~500メートルと長大になり、狙撃兵などという悪魔じみた存在すら生み出した。もし仮にマスケット銃を装備した戦列歩兵と同数のライフル兵が撃ちあったとしたら、戦列歩兵は有効射程に近づく前に全滅するだろう。


 それまで、戦争において戦列歩兵は直立の姿勢で射撃をするのが通例だった。元々は火縄銃で伏せ撃ちがしづらいからというのが理由だったが、長い間そうしているうちに、コソコソと伏せ撃ちするのは卑怯であるとか、勇気がないと言って蔑まれるようになっていったのである。どうせ棒立ちしてたところで、まず当たらないし。


 ところが、ライフル相手にそんなことをしていたら自殺行為でしかないから、ライフルが主力になるにつれ、戦争の仕方も変わっていった。小銃が進化したのなら、大砲も同じことで、密集陣形は命中精度の上がった大砲の格好の的になってしまうから、隊列を組んで銃剣突撃なんてことはしなくなった。ボーッと突っ立っていたら狙撃されてしまうので、土のうを積んだり穴を掘って身を隠し、じわじわとその塹壕陣地を伸ばしていくと言う塹壕戦が主流となっていったのだ。


 刑事ドラマなんかで凶器のピストルから発射された弾丸の旋条痕(ライフリングマーク)を調べたりするので、その存在自体はメジャーかも知れない。ライフリングとは日本語に直すと施条(しじょう)と呼び、銃身の内側に何条もの溝を施すことを指す。


 その溝は斜めに引かれており、筒の内側で螺旋を描くように伸びている。弾丸が射出される際、この施条によって回転をつけられ、いわゆるジャイロ回転によって、真っ直ぐに飛ぶようになり、それまでの不確かな命中精度が格段に向上した。


 施条(ライフリング)という技術がいつ生まれたのか、実は正確なことはよく分かっていない。小銃の普及とほぼ同時、15世紀にはもう存在したとも言われている。


 銃の弾丸はその銃身と呼ばれる筒の内側から、急激な気体の膨張によって押し出されるわけだが、飛び出てきた弾丸がどう言う回転をするかは分からない。変化球に例えるなら、カーブがかかってるのか、シュートなのか、バックスピンなのか、無回転なのか、まっすぐに飛ぶことはないから、撃った本人もどこへ飛んで行くのかさっぱり分からず、狙い通りに飛ばすことはほぼ不可能だった。


 だが逆に考えれば、わかってるなら毎回カーブしようがシュートしようが、ゴルフのフック・スライスショットのようにわざと斜めに飛ばして狙いを付けることだって出来るはずである。


 おそらく最初は、偶然に出来た銃身内の傷のせいで、毎回同じ方向に弾が飛ぶ銃があることに何者かが気づいたのだろう。それが後のライフリングの原点となった。実は、18世紀にライフル銃が普及する以前にも同じように考える者は存在し、銃身にそれらしき施条を施している銃は存在したらしい。


 なのにそれがいつまでも普及しなかったのは何故なのだろうか?


 それは簡単に言えば冶金技術の低さのせいだった。例え、銃身にそう言う仕掛けを施したところで、弾丸が施条に食い込んで回転が付かなきゃ、意味をなさなかったからである。


 その頃の銃は前装式が一般的で、長い筒の中に弾丸を押し込まなければならないのだが、それ故に、弾丸は銃口よりも小さく作られていた。銃口よりも小さいのだから、せっかく銃身に施条を施してもそれに従って回転をつけることが出来ず、結局施条のない銃と同じように、どこへ飛んでくか分からなかったのだ。


 これを回避するためには、銃口よりもちょっぴり大きい弾丸を作り押しこめばいいのだが、そう都合の良い大きさに作るのも難しく、おまけにそんなことをやっていたら装填に時間がかかりすぎ、戦闘中では自殺行為にしかならなかったろう。結果、ライフリングを施せば弾がまっすぐ飛ぶことは分かっていても、誰もそれを作ろうとはしなかった。


 それが普及し始めたのは、冶金技術が発達して正確な弾丸を作れるようになったことと、ミニエー弾の登場が大きいと言える。


挿絵(By みてみん)


 アメリカ独立戦争でライフル銃の有効性が示された結果、各国は徐々にライフル兵を増やしていったわけだが、先の通りにライフルは弾を作るのが難しく、作るのが難しければ高価なので、なかなか普及しなかった。


 そんな時にフランス陸軍のミニエー大尉によって新しい弾丸が考案された。彼は既存の弾を上手く施条に食い込ませるには、発射の際にその弾を歪ませればいいと考えた。


 紡錘型の弾丸を作り、その片方をくぼませて空間を作り、そこに火薬を詰め込んで撃てば、圧力によりくぼんだ後端部分がめくれ上がって、上手く施条に食い込むだろうという工夫を施したのである。


挿絵(By みてみん)


 この工夫によって、既存のマスケット銃でも施条を施せばライフルとして使うことが出来るようになった。それまでに普及していた小銃には、順次施条され、各国の一般兵の武装はマスケットからライフルへと切り替わっていく。


 こうして銃はライフルの登場によって、槍のような近接武器の延長から、弓を遥かに凌ぐ射程武器へと変貌を遂げることとなる。それは同時に、戦場から剣や槍のような近接武器が、完全に駆逐されたことを意味していたのである。


 さて、但馬は対エルフの秘策としてこのライフルを使用した。これにより、銃兵の射程が広範囲になり、命中精度も信頼がおけるものとなって、釣り出しの魔法兵の負担を大幅に減らすことに成功した。


 結果、ローデポリス周辺からエルフが一掃されるのに、時間は殆どかからず、リディアはついに、首都から30キロ圏内のエルフの排除に成功したのである。



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