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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第五章
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孤独のグルメ④

 お箸の使い方は分かるだろうかと少々心配ではあったが、ザビエルは納豆ご飯を受け取ると、カッカッカッと3日食べていない男の食べっぷりを披露した。その見事な健啖ぶりに、エリオスとサンダースは驚愕の表情で硬直し、但馬はほら見ろ、ちゃんと美味しいって人もいるんだからねと勝ち誇った。


「ふむ……なかなかの新食感。なんですかな、これは?」

「ザビエル様は、本当にそれが美味しいと? 我々は正直……その……ちと苦手なのですが」

「3日食べておりませぬ故、多少の贔屓目もございますが、申し分のない美味さかと」


 彼は米粒一つ残さず平らげると、糸を引く箸をクルクルと回転させてから茶碗を机の上に置いた。それから自分の口臭を気にしたのか、口の前に手をかざしてから、はぁ~っと息を一吹きし、


「なるほど、お二方は臭いにやられたのですな。子供の好き嫌いを観察しておりますと、ただただ臭いが駄目で、口に入れることすら出来ない者がおります。食は舌のみならず、目で見て、匂いを嗅いで楽しむものでございます故」


 思いがけない言葉に但馬は目を丸くすると、我が意を得たりと尋ねた。


「そうそう。今みんなでそんな風に話してたとこですよ。やっぱ見た目と臭いが駄目みたいで、それさえ乗り越えてしまえば、食べることくらいは出来るみたいなんですけど……でもまだ味まではわからないって言ってて」

「それは意識して臭いを嗅がないようにしているからでしょう。風味という言葉が示します通り、味に匂いは付き物です。鼻を摘んで物を食べては、その味が分かりますまい」


 但馬は感心した。確かにその通りだ。鼻が詰まっていると、味覚がおかしくなることがある。大雑把な味は分かるのだが、なんだか味のついてないゴムを噛んでるような感覚がするのだ。これは食材の匂いを認識できないことによって、記憶中枢に刺激が行かず、何を食べているかわからないという錯覚が起こるからだろう。


「それにしてもザビエルさん、凄いっすね。みんな最初は躊躇するのに、殆ど気にせずに食べきっちゃった」

「そうですね。アナスタシア様の件で、初めは嫌がらせでもされているのかとも思いましたが……しかし、結局は何でも口に含んで良く味わってみれば、それが毒か薬かは判別が付きますから」


 そうだろうか? 良薬口に苦しとも言うし、普通に吐き出しちゃいそうだが……


「分からねば生きていけない国で生まれました故」

「ザビエル様はロンバルディアでしたな」


 サンダースが言う。ロンバルディアとはアスタクスの北西に位置する山岳国家で、外洋に面しているから寄港地が作れないかとアプローチしている国だった。エトルリアの中でも隣国のアスタクスと仲が悪いそうなので、敵の敵は味方と利害が一致しそうなものだが、未だに色よい返事がもらえないでいる。


 但馬がどういう国なんだろうかと疑問に思っていると、何も聞いていないのにザビエルが訥々と語って教えてくれた。


「我が故郷は山がちで人が住める土地も少なく、麓の漁村を除けば食糧事情に乏しい故、食べられるときに食べるということを、幼少期より叩きこまれております。村に行商などはまず来ません。仮に訪れても山奥では扱う量も少なければ、乾物であっても持ってくる間に傷んでしまう。ですので、それが食べられるか食べられないかの判断がつきませんと、腹を壊して死にかねません。故に、見た目、匂い、味、全てに敏感にならざるをえないのです」

「はぁ~……文字通り死活問題なんですね」

「もし仮に腹を壊してしまうと、腹の中身が空っぽになりますが、次に空腹を満たせる機会がいつ訪れるか分かりません。その代わりに、食べられるものは何でも食べました。蛇、カエル、ザリガニなどの肉が食えれば上々で、いつもはドングリや蓮の茎、それも無ければ木の皮を齧っておりましたな」


 なんじゃそりゃ、敗戦直後の日本みたいな食生活だなとドン引きしてたら、


「その通り、戦争をしていたのです。我が国はエトルリア建国当初から幾度と無くアスタクスと戦争を行っており、その度に穀物の輸入が絶たれるのです。近年こそ、リディアという国が台頭し、そちらに目が向いている間は平和を享受しておりましたが……それもいつまで続くか分かりません」

「へえ……皇国内でも戦争って結構あったんですか? 地方によっては仲が悪いって聞いてましたが」


 但馬が疑問を呈すと、サンダースが目を丸くした。


「おや、意外だ。あなたほどの物知りな方が、ご存じないのですか?」

「えーっと、歴史の方はちょっと……」

「そう言えば、男爵はリディア出身ではありませんでしたな。あれ? それでしたら男爵はセレスティアから渡ってきたんでしょうか? それともティレニア? エトルリア出身でもありませんよね??」


 サンダースが首をひねっている。正直、説明のしようがないので突っ込んで聞かれても困るのだが……但馬がどうにかして話を変えようと考えを巡らせていると、エリオスが助け舟を出してくれた。


「皇国は5地域に分かれ、それぞれ選帝侯と呼ばれる領主が収めている。アスタクス方伯とロンバルディア方伯もその一人で、隣国故に仲が悪い。どちらがより優秀か、その優劣を競っている。しかし国力が段違いだ」

「さよう……わがロンバルディアは山国です故、開墾できる土地が少ないのです。その代わりに山自体が堅牢な天然要塞になっており、アスタクスの侵攻を防いでくれる」

「そんなにしょっちゅうアスタクスが攻めてくるんですか?」

「はい。ですが、それも仕方ないことかと。元々、ロンバルディアは皇国の流刑地で、山賊国家だったのですよ。大昔、皇国で罪を犯した貴族がロンバルディアの山に流され、そこで国を作りました。ですが、食べるのも困難な土地ですから、ロンバルディアは不作になると平野に降りてきて刈り働きを行い、アスタクス方伯がそれを追って山に侵攻を仕掛けてくる。そんなやり取りが建国から1000年近くも続いていたのです」


 それで仲が悪いと……


「しかし、リディアが建国され、勇者が台頭しだすと、アスタクスはそちらに注力せざるを得ず、ロンバルディアとは停戦状態になりました。それ以来、両国は比較的良好な関係を保っておりますな」

「勇者って、そんなにそっちの大陸に影響与えたの? なんか、話を聞いてると、国を作るまでは流浪生活だったっぽいけども……」


 拠点も構えないような奴になんでそんなに怯えてたんだろうと、但馬は首を捻った。


「それこそが一番の問題ですな。仮に勇者が国家という体裁を持ち、外交という手段を用いれる相手であったならばともかく、ただの個人では話し合いも難しく、そんな者がエトルリア国内をうろつき周り、あっちへフラフラ、こっちへフラフラしながら、亜人解放と言う名の元に労働力を奪っていった。それに対抗しようとして、幾度と無く討伐隊が組まれましたが、その都度、たった一人の人間に撃退される……悪夢ですよ」

「う、うーん……確かに、そりゃ酷い」

「ええ、酷いものでした……奴隷解放という趣旨は間違っていなかった。しかし、力づくの無理矢理で行ったせいで、農奴を失った低地帯では一時期不作が続き、経済にも影響が出ました。とは言え、アスタクスは裕福ですし、先に仕掛けたのも彼らの方なのだから、自業自得と笑っていれば良かったのでしょうが……」


 聖職者であるザビエルらしからぬ苦々しそうな顔で彼は言った。


「世の常として、弱いところから切り捨てられるものです。アスタクスは備蓄していた食料で食いつなげば良いですが、ロンバルディアはそうはいきません。穀物を輸入に頼っていたロンバルディアはあっと言う間に干上がり、昔のように刈り働きを行おうにも、今回ばかりは刈り取る他人の畑がありません。勇者の気まぐれで、最も被害を被ったのは、奴隷など買うことも出来ない、貧乏な山の民でした」


 寝耳に水の話に但馬は言葉を失った。この浅はかとも呼べる行いをした勇者と、自分は元を一つにしている人間なのだ。まるで自分がとんでもない間違いを犯した気分になって来て、彼は気が滅入った。


 その様子を見て、きっと但馬が同情をしてくれたのだろうと考えたのだろうか、ザビエルはホッホッホッと笑うと、


「何、昔の話です故、あなたが気にする必要もありますまい……そうか、そう言えば、あなたもタジマハルでしたな。勇者にあやかって名乗っておるのでしょうか? こちらの国では大変な人気のようですからな」

「えーっと……はあ、まあ……」


 なんか、すみません……と思わず謝りたくなる。但馬はブルブルと首を振るうと、


「それじゃ、ロンバルディアがアナトリアと交易したがらないのは、アスタクスからの穀物の供給を絶たれるのを恐れてってことですかね」

「うん……? そうですな、それもあるかも知れません」


 だったら、穀類の輸出をメインに話を切り出したら何とかなるんじゃなかろうか……いや、物価の違いがあったか。いっそ供出するつもりで交渉したほうがいいかも知れない。アナトリアが欲しいのは交易相手というよりも、今となっては寄港地だ。


 そんなことを考えていたのが顔に出たのだろうか、ザビエルは眉を顰め、首をゆっくりと振りながら独りごちるように言った。


「ですが、それだけではありません」

「そうなんですか?」

「はい。リディアは勇者が建国した国……言わば勇者の国ですな。それがロンバルディアの人々にとっては致命的なのです。我が国は勇者嫌いが多い故」

「そりゃあ、なんでまた……」


 勇者のせいで飢饉に直面したからだろうか……確かに、それなら嫌われても仕方ない。そんな風に但馬は考えたが、


「あの勇者は、そうして弱ってるロンバルディアに追い打ちをかけるかのごとく、更に毒を撒きましたからなあ……それ故、当時を知る者からは忌み嫌われております」

「……毒!?」


 毒とは一体……文字通り毒とは考えにくいし、何か為政者にとって拙い技術でも定着させたか、それとも甘い言葉で国から出るように唆したか……果たして一体なんだろうかと考えていたが、それは但馬の想像を一周りして更に上回る物だった。


「毒ですよ。毒を食べて、それはもう……何人もの無辜の民が死にました……」

「えーっと……それはどう言う……」

「文字通り、毒物です。そうと知らずに食べた者たちが、犠牲になりました。人々は悶え苦しみ、体の小さな子供達から死んでいきました……惨たらしいことです。それを嘆いた当時の選帝侯は、決して勇者に関わらないように国中に触れてまわりました。我々は彼を忌み嫌い、そしてその憎悪に恐れをなした彼は去っていったのです」

「まさか、そんな……何かの間違いでは?」

「あなたは信じたくないのでしょうが、事実ですよ。皆、勇者の一面しか見ておらんのです」


 但馬はブルブルと首を振った。とても信じられなかった。


「勇者に対抗するために、エトルリアの貴族が流した噂では? そんな無差別殺戮をやるようなやつだとは聞いてませんが……本当に毒を撒いたという証拠でもあるんですか?」


 だがザビエルは、但馬の動揺で真っ青になった顔を見ても、全く表情を変えず、同情すら見せずに言い放った。


「事実ですよ。私はその生き残りですから」


 但馬はゴクリと唾を飲み込んだ。


「私は当時、彼に与えられた毒を食べ、そのせいで悶え苦しみ、何日間も生死の境をさまよって、そしてどうにか生き残った一人です」


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