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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第五章
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孤独のグルメ③

 S&H社ハリチ支部は基本的に一つの建物に集約されている。実質的な会社運営は首都の本社が担っているため、支部のその殆どが工房というか研究所であり、詰めている人は研究員だらけだった。


 従って、大人しい人物が多く、いつ来てもシーンとしている建物は、競馬場やドヤ街のような街と対比してまるで幽霊屋敷のように静かだった。


 ペスト騒動で但馬と行動をともにした縁で、研究所に招かれた元軍医のサンダースは、この雰囲気が好きだった。元々ローデポリス近くの駐屯地に詰めていた彼は、研究もその場で行っていたが、軍隊は若い男が多くて朝から晩までとにかくうるさく、生来怒りっぽい彼は雷を落とす毎日が続き、それを環境のせいにして益々イライラを募らせていたからだ。


 その点、ハリチの研究所は誰も彼もが熱心に研究に打ち込んでおり、他人のあげる騒音に気を取られることが少ないし、交わす会話も知的で上品である。たった一人を覗いては……


「ちわーっす。ちょっと顕微鏡貸してもらえる? あと培地作りたいから寒天分けて」


 バタンとけたたましく扉が開き、但馬がまた変なものを持って現れると、サンダースは眉を吊り上げて出迎えた。そんな彼のイライラを他所に、のほほんとした顔の但馬は鼻歌交じりに研究室に入ってくると、返事も聞かずにゴソゴソと実験室の机を荒らし始めた。手にはまだ湯気の立ち上る茶碗を持ち、見慣れぬ藁束をポンポンと机の上に放り投げる。


 元々、彼の集めた施設だから文句は言えないが……確か今日は休日であったから、離宮か家にいるはずなのに、一体何の用だろうと思いつつ、サンダースは心を落ち着けながら彼に尋ねた。


「一体、何事ですか? 騒々しい……」

「いやあ、新しい発酵食品を作ろうと思って試してたんですけどね。失敗しちゃって」

「発酵食品?」

「ええ。先生にはもう説明する必要もないでしょう? 酒や漬物、ヨーグルトやチーズなんかの発酵食品ってのは、実は微生物の生命活動を利用して作ってるって」

「それは、もちろん。准男爵……今はもう男爵でしたな。あなたに教えてもらい、こうして今は研究者としてこちらへ出向してきているくらいですから」

「その発酵食品がこれです」


 但馬が机の上に放り投げた藁束を指さすと、サンダースは首をひねりながらそれを手にとった。しかし、すぐに独特な臭いが鼻をついて、彼はウッと息を呑むと藁束を元に戻し、次いで自分の手の匂いを嗅いではガックリと項垂れた。


「うわっ……なんですか、これ? ひどい臭いだ」

「そうですかあ? 俺は香ばしく感じるんですけどねえ……藁を開いてみてください。中にマメが入ってるから」

「……本当だ。しかし、これ、腐ってますよ? ああ、そうか、つまり失敗したとは腐らせてしまったと言うことですね」

「いや、違いますよ、それはそれで良いんです。糸が引いてるのは菌が繁殖してるからで、見た目だけの問題です。興味あるなら食べて見てください。美味しいですよ?」

「ええ!? ……でも、これ腐ってますよね?」

「だから違うというのに……」


 そんな具合に、但馬とサンダースの会話は一向に噛み合わなかったが、それも無理からぬことだった。そもそも、発酵と腐敗はともに微生物の作用によって引き起こされるわけだから、その過程で同じような見た目になるのは必然だった。


 世界で初めて病原体の特定をしたルイ・パスツールも、実は元々は発酵の研究をしていたのが切っ掛けで、後の大発見に繋がったのだ。


 微生物学者のパスツールは酒造に頼まれて発酵を起こす微生物(酵母菌)の研究を始めたのだが、その過程で腐敗も同じく微生物によって引き起こされることを知って、その違いについて考えるようになった。


 発酵と腐敗の違いとは何だろうか? 納豆やヨーグルトなんかの発酵食品は体に良いとされて、食べると人間は元気になる。逆に腐敗した物を食べると体を壊し、下手をすると死んでしまう。この際、体を壊すのは、微生物の創りだした毒素が原因と考えられる。


 それを突き詰めて考えると、例えば常在菌のように人間にとって無害もしくは有益な細菌が存在するのに対し、病原菌と呼べるような人間にとって有害な細菌が存在するのではないか? と考えられる。


 現代人であるならば常識であるが、当時、病気の原因がまだ判然としない中で、パスツールはそう考え、世界で初めて病気の原因は細菌であるという病原菌説を唱えた。それは後にロベルト・コッホによる炭疽菌の発見に繋がり、これにより、それまでは博物学的な意味合いでしか研究されなかった微生物学は、医学の一つの重要なカテゴリーへと発展する。


「発酵も腐敗も同じ微生物の作用によるものだから、見た目が腐っててもそうとは限らないんですよ。それに納豆の菌糸も、きのこ鍋やってる時に出る菌糸と思えばそんなに抵抗感ないでしょう?」

「うーん……糸を引くような鍋はごめんですがね……男爵がそこまでおっしゃるのなら」

「あ、ホント? 食べるならよくかき混ぜて、糸を沢山引かせてから食べてください。その糸が旨味成分なんで」

「……逆にハードル上がってませんかね、それ」


 サンダースは手近にあったシャーレに何粒かの納豆を取ると、但馬に言われた通りにグルグルとかき混ぜて糸を引かせてみた。するとそれまでは、せいぜい薄っすらと白い菌糸がかかっている程度だった豆が、ネバネバの糸に絡まって蛹化(ようか)するイモムシみたいに見えてきて、なんとも食欲を減退させた。


 本当にこれを食べるのか? 但馬にからかわれてるのではないか?


 サンダースはその見た目に尻込みしたが、対する但馬が大真面目な顔を崩さないので、このままでは信用問題に関わると観念して、エイヤッとそれを口に含んだ。


「うえええぇぇぇ~~~~……ぺっぺっ! なんですかこれ!? 不味いですよ?」


 しかし、すぐに断念して、手近にあったゴミ箱に吐き捨てた。


 但馬はガッカリしたが、すぐにまた失敗作を食べさせてしまったのでは? と思い直し、自分も同じ藁から作られた納豆を口に含んでみた。


「あれ~……おっかしいなあ」


 だが、但馬が口に含んでみたところ、それは普通の納豆だった。気になって、サンダースと同じように何粒かを糸を引かせてから食べてみても特に問題ない、寧ろ美味しいと感じるくらいだ。


 どういうことだろうか。もしや、但馬と他の人では味覚が違うのでは? 考えてもみれば、自分は亜人をベースにした人造人間のはずなんだし……今までみんなと同じものを食べていたけど、感じ方は全然違ったのかも……


 但馬の頭からサーッと血の気が引いていった。もしそうなら一大事だが、そんなこと調べようがないぞ? 大体、本当にそうならもっとそれっぽい予兆があって良さそうだし、今まで一度としてそんなことは無かったのだが……


 得心行かない但馬は、サンダースにもう一度よく味わって食べてくれと頼んだ。しかし、彼は懲りてしまったのか、頑なにそれを拒み、納豆を食べてくれようとはしない。


「いいから食べてくださいよ、今度はちゃんと味わって」「嫌ですよ、もう。どう考えてもそれはただの腐ったマメです」「いいだろいいだろ」「だめよだめだめ」


 そんな具合に二人が押し問答をしていると、


「おい、二人とも。いい加減にしないか……他の研究員が迷惑をしてるだろう」


 それまで部屋の入口で警戒にあたっていたエリオスが、ため息混じりにそう言った。


 見れば研究室に居た他の研究員達が迷惑そうな顔でこちらを眺めていた。確かにうるさかったかもと反省し、二人は小さくなって椅子に座ると、


「……あ、そうだ、エリオスさん。あんたもこれ食べてみてよ」


 実は護衛らしく朝からずっと但馬に付きっきりだったくせに、ずっと遠巻きにして自分は関わらないようにしようとしていたエリオスは、そう言われてギクリと肩を震わせた。


 但馬が突拍子もない事をやるのはいつものことだが、流石に腐ったものを食べさせられるのは堪らないと思っていたのだが、


「仕方ないな」


 と観念して、ついに但馬に勧められるままに納豆を食べることにした。


 尤も、みんなが次々と不味い不味いと言って吐き出すものだから、逆に興味が湧いていたのだが……


「……見た目からして酷いな。だが、臭いはそれほどでもない」


 エリオスは但馬から納豆を受け取ると、言われたとおりにクッチャクッチャとかき混ぜてから、クンクンと臭いを嗅いでみた。


「あれ? エリオスさんは平気なの?」

「臭いことは臭いが……腐ったものの臭いとは違うような」

「そりゃ腐ってないもの」

「うむ、これなら……む?」


 エリオスは納豆を口に含むと、すぐにムムッとした顔で眉を釣り上げた。しかし、但馬が、ああ、これはまた吐き出すパターンだな……と思うのと裏腹に、彼は口の中で納豆を何度も咀嚼すると、ゴクリと飲み込み、


「うーむ……美味くはないが、食えなくもないぞ?」


 と言った。これにはサンダースは仰天し、


「ええ!? 本当ですか? 主人に遠慮してそう言ってるのではなく?」


 と不謹慎なことを言ったが、エリオスはもちろんそんなことはないと鷹揚に頷き、


「サンダース先生は先入観があったからだろう。食品だと思って食べれば、食べられないことはない」

「はあ……」

「しかし社長、これを商品化するのは流石に難しいと思うぞ」

「うーん、そうかなあ……慣れちゃえばこんなに美味いものはないのに。大体、納豆が美味しいことには科学的な根拠だってあるんだよ?」


 但馬とエリオスがそんな会話を交わしていると、さっきまで苦虫を噛み潰したような顔をしていたサンダースは置いてけぼりを食らってるような気がして、不安になりながらも再度納豆を口にした。


 すると、エリオスに食べられると言われたからか、先程はすぐにこみ上がってきた吐き気もなんとか耐えられ、もぐもぐと咀嚼してからゴクリと飲み込むと、


「う、うーん……食べ……られることは食べられますが、無理をすればと言う前提が必要かと」

「……俺が言うとみんな疑うのに、エリオスさんだと信じるのね」


 これまで散々国に貢献してきたというのに、何故か但馬の発言は軽く見られる傾向が高い。実際のところ調子に乗って適当なことを口走るからだが、本人がいたく傷ついたという素振りを見せると、サンダースは慌てて弁明した。


 結局、三人で話し合った結果、納豆は見た目からどうしても腐ってるようにしか見えず、その先入観が強いから、吐き出そうとする気が強くなってしまうのではないかと結論が出た。子供が苦いものや酸っぱいものを吐き出そうとするのと同じで、大人だって腐ってるのが分かっていたら、味わおうとするより吐き出そうとする心理抵抗の方が強く出てしまうのだろう。


 不味いと感じるのは要するにそれだ。本当は不味いと感じるより前に、心理的な抵抗で吐き出してしまうのだが、吐き出す=不味いという固定観念があるから、結果的にみんな不味いと言っていたのではないか。


 仮に但馬が言うように美味いのだとしても、まずはこの心理抵抗をどうにかしないことには味わうことが出来ないだろう。そう言われ、そう言えば但馬も始めの頃は納豆を食べることに抵抗感があったなと漠然と思い出していたら……


「もう! いい加減にしてよ! どうしてこんなとこまでついてくるわけ!?」


 研究所の廊下から女性の金切り声が聞こえてきた。


 サンダースはぎょっとして目を丸くし、エリオスは但馬と顔を見合わせると、ここから動くなと指示して扉の外へと出て行った。しかし、すぐに原因が分かったのか、扉の中に半身だけを入れて、ちょいちょいと但馬を手招きし……なんだろう? と思った彼が研究室から外へ出たら、そこにはプンプンとほっぺたを膨らませたアナスタシアと、いつぞやのクレーマー騒動で知り合ったザビエルみたいな河童ハゲが激しく言い争っていた。


「そうは行きませんぞ、アナスタシア様。我々に何も言わずに、いつの間にかローデポリスから居なくなったと思い、方々手を尽くして探し当てたのです。今日こそは、我々の誠意を受け取っていただかないことには……」

「だから要らないって、もう何度も何度も言ってるでしょう!? しつこいわよ! もう顔も見たくない!」


 軽く三年くらいは寝込んでしまいそうな文句が飛び出し、別に自分が言われてるわけでもないのに、但馬は悲しくて胃がキリキリしてお尻がキュッとすぼまった。しかし、河童(ザビエル)は動じること無く言ってのけた。


「そうおっしゃらずお受取りください。受け取っていただければ、もう二度とあなたの前には現れますまい」

「あなた達からの感謝なんて受けとりたくもないし、受け取る義務もないでしょう? どうしてそこまでこだわるわけ?」

「こうして品物を授かって来ましたからなあ。ただ持ち帰ってしまったら、お使いも出来ない無能者の烙印を押されてしまいます」

「そんなの私は知らないよ……もう! だったらその辺に捨てて帰ればいいでしょう」

「ふむ……我々からではなく、拾得物としてなら受け取るとおっしゃってると考えてもよろしいのでしょうか」

「そんなわけないでしょう! そんなもの貰っても、私は嬉しくないし、どうせ捨てるなら、あなたが捨てても結果は同じだって言ってるの」

「そんなことおっしゃらずにお受取りください。それに、どうしても気に入らないのであれば、捨てるよりも鋳潰して銀に変えたほうがよろしいかと」


 ああ言えばこう言うザビエルにほとほと嫌気が差したのか、アナスタシアは顔を真赤にして叫ぶと、


「もういい加減にして! 自分の都合ばかり押し付けないでっ!」


 ザビエルをドンっと突き飛ばし、ドスンドスンとシコを踏むように床を鳴らして立ち去っていった。


 ザビエルは彼女に突き飛ばされるとヨロヨロとよろめき、壁に肩をぶつけてからドスンと尻もちをついた。その拍子に持っていた包みから銀の十字架がつるりと滑り出し、カラカラと音を立て、クルクル回りながら床を滑るように転がっていった。


 どうしよう……アナスタシアを追いかけるべきか、それとも……


 などと考えつつ、但馬は結局、これを見過ごすのもバツが悪いと思い、転がった十字架を拾い上げて、ザビエルの方を介抱することにした。


 後でアナスタシアに怒られそうだが、どうせどう転んだって自分は最初から最後までアナスタシアの味方なんだから、一応双方の言い分を聞いていた方が後腐れがなくていいだろうと思った。


「おーい、おっさん。大丈夫? 怪我とかしてない? 訴訟とかするなら受けて立つけど……」

「おや、これはかたじけない……但馬様でしたな」


 但馬がザビエルに十字架を差し出すと、彼はハアハアと荒い息をしながらそれを受け取り、倒れた時と同じようにヨロヨロと立ち上がった。そして十字架を拾ってくれたことに感謝して十字を切り、空に向かってぶつぶつとお祈りを捧げてからアーメンと言った。


「いや、別に俺にまで感謝しなくっていいけど……あんた、相当しつこいよね? あんましつこいと、ストーカー容疑でとっ捕まるよ? あの子、あれで近衛とかにも人気あるから」

「ストーカー……? とは何のことでしょうか?」


 はて、なんと説明したら良いのだろうか。つきまとい被害だの、昔つぶやきシローがドラマで演じてたのと言っても通じまい。取り敢えず、しつこすぎて嫌われてるのに、これ以上続けても逆効果だよという趣旨のことを言うと、うーん……と唸ってから、


「仕方ありますまい。これが私の役目。どうしてもこれを受け取っていただかなければ、国に帰れないのですから」

「……アーニャちゃんも言ってたけど、そんなの気にせず受け取ったって言ってもバレないと思うよ? なんなら、こっちに照会が来たらちゃんと受け取りましたよって言ってあげてもいいし」

「それは不正でしょう。いえ、そんなことはどうでもいいのです。私は、表彰されるべき人が表彰されないことが許せないのです」


 ああ言えばこう言う河童だなあ……と、但馬が半ばあきれ半分に聞いていると、いつまでも戻ってこない但馬たちのことを気にしてか、研究室の中からひょっこりとサンダースが顔を出した。そして、彼は但馬と一緒にいるザビエルを見るなり、


「男爵……一体先ほどの悲鳴は……って、おや? もしや、そこにいらっしゃるのはザビエル様では??」


 但馬でも面と向かってザビエル呼ばわりは躊躇したというのに、ストレートなセリフに、彼は思わず咽そうになった。だが、すぐにサンダースの様子が至って真面目なことに気づくと、


「え? ……あんた、ザビエルって言うの?」

「ええ、さようでございますが……はて、どちらで会ったことでもございますかな?」


 まさか小学校の歴史の教科書の中とは言えない。取り敢えず、昔の知り合いにそっくりだとお為ごかしてから、但馬はサンダースに尋ねた。


「サンダース先生は、こちらの方と知り合いなんですか?」

「ええ、フリジアで治療を行っていた時に何度か……あ! ペスト騒動以前です。私は軍医として街の人々の健康診断もしておりましたから」

「あー、なるほど」

「ザビエル様は聖職者の方で、戦争孤児を集めた修道院などにも関わっておいででした……その……フリジア戦役の後、あの近辺では孤児が増えましたからな。有力者の方々の元をとにかく足繁く通って、出資を募っておいででした。カンディア公爵相手であっても気後れせず、訪問にこぎ着け出資を引き出しておりましたよ。とにかくしつこいので」

「そりゃ凄い」

「彼は街や周辺の村で、そうした孤児たちを引き取って、その際、私の診療所で健康診断や病気の治療を行っておりました」


 戦争だから仕方ないとはいえ、遣る瀬無い出来事であることには違いない。すると、このザビエルなる神父は本物の聖職者で、フリジア近辺を回って人々を助けた慈善家だったわけだ。


 アナスタシアが居たアクロポリスの修道院は腐敗が横行して最悪だったが、だからと言って、すべての聖職者が糞みたいな人物であるわけではない。例えばリリィはそんなことは絶対無いだろうし、それと同じことで、目の前のザビエルも信用に足る人なのだろう……しつこすぎるのはどうかと思うが。


 ともあれ、このままではアナスタシアの生活にも支障を来すし、双方の間に入って話をつけてやったほうがいいかも知れない。相手が得体の知れないやつならともかく、それなりに名のしれた本物の聖職者であるのなら、少しくらいなら話を聞いてやっても良いだろう。


 そう思い、但馬が振り返ると、壁に手をついて立っていたザビエルが、急に顔を真っ青にしたと思ったら、フラフラとまた地面にしゃがみこんだ。


「うわっ! どうしたんですか?」

「いえいえ、大丈夫です。大したことありません。ただの貧血ですな」


 ザビエルはそう言うと目をしばしばさせてから、ゆっくりとその場へと腰を下ろした。


 見れば目は充血し腫れぼったくクマがあり、頬はこけ、肌はカサカサとしていて色艶がない。何かの病気だろうか? それまでは敵視して相手のことをよく見てなかったが、良くみればザビエルはとても弱っているように見えた。


 考えてもみれば、アナスタシアは健康的だが乱暴者ではない。彼女が突き飛ばしたからと言って、男がヨロヨロと尻もちをつくわけがない。


「……おっさん、あんた何か薬でもやってる?」

「まさかそんな」

「じゃあ、どうしてそんなに元気がないんだ? まるで病人みたいに……」


 と言って話を聞こうとしたら……


 ぐぅ~…………


 っと、突然、ザビエルの腹の虫が辺りに響き渡って、その場にいた人々は脱力した。


「あんた……いつから食べてないの?」

「はて、いつでしたかな……昨日は食べておりませんが」


 なんでまた? と理由を聞くまでもなく、ザビエルは非難がましく言った。


「この国は物価が高過ぎるのです。我々の経済力ではそんなに長期の逗留は出来ませんから、仕方なく私を残して他のものは国へ帰しました。この上、私まで目的を果たせずに帰っては、彼らに申し開きも立ちません。かくなる上は、何が何でもアナスタシア様に表彰を受けてもらわねば……」


 いや、それで腹を空かせて倒れてるんじゃ、そっちの方が本末転倒だろうに……但馬はそう思ったが、どうせ屁理屈を返されるだけだと思い、ただため息を吐いた。


 ところで河童って何を食べるんだっけ? キュウリでいいのか?


 そんな失礼なことを考えつつ、何か食べさせてやった方が良いと思った但馬は、ふと、自分の手に持っているものに気がついた。


「……良かったら、これ、食べます?」


 そして但馬が納豆ご飯を空腹のザビエルに突き出すと、彼は仏頂面で但馬のことを睨みつけた。


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