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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第五章
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ハチミツとクローバー⑥

 リア充(エリオス)に邪魔されてブリジットとの進展を阻止されたハリチでの出来事から1ヶ月の時が流れた。


 タチアナは養蜂への投資を決め、国内の養蜂家育成とその買い付け流通を行う会社を、S&H社と合同で設立した。早速、首都のカフェで新メニューを考案し、貴族相手にハチミツを売り込んでみたところ、新食感の甘味はなかなか評判がよく、滑り出しは上々であった。これなら、軌道に乗りさえすれば、一般にも広く受け入れられるだろう。


 ところで、アイスクリームを売りだした時は、きっとメイド服に釣られてやって来てるのだろうと思っていたのだが、思いの外男性客にも新商品は受けがよく、どうやら彼らも甘いモノ目当てにカフェに来店していたということが分かってきた。


 思えば、現代日本の感覚では甘いものなど女子供(おんなこども)の食べ物だという偏見があるからか、こういった甘味処に男はあまり寄り付かないものだと決めつけていたが、男だって甘いモノが好きな奴は好きなのだから、偏見さえなければ普通に来店するのだろう。疲れを癒やすには甘いモノが一番だし、もしかしたらガテン系の兄ちゃんが集まるようなところにも、カフェを出店してみるのも悪くないかも知れない。まあ、こっちの場合はメイド目当てになりそうだが……


 ともあれ、ハチミツは蜜源によって味や匂いが変わるから、クローバーだけでなく、レンゲやハイビスカスなどからも集めるように工夫を始めていた。メディアの地は植生がジャングルだから、ハイビスカスがよく育ち、子どもたちの情操教育にも役立つだろうから、寺子屋の授業の一環として養蜂も取り入れてみた。


 その目論見は上手くいき、特に子供も甘いモノが大好きだからか、それまでホワイトカンパニー一辺倒だった彼らの就職希望先に養蜂家も増えてきたのだそうな。それを寺子屋の先生に聞いた時は、やって良かったなととても充実感を感じたものである。


 そして、タチアナのもう1つの投資先も、順調に動き出し始めていた。言わずと知れた、西海会社、外洋航海探検船団である。


 外洋探検は先に述べた通り、ほぼ採算度外視のまさに冒険的事業で、とても出資が得られるようなものではなかった。ところが、パトロンに皇帝が付いて、その事業の責任者に皇太女が就任したと言う噂が広まると事情が変わった。但馬のそれまでの苦労が嘘のように、あっちこっちから出資の声が上がり、死ぬかも知れない航海の乗組員さえも、向こうからやってくる始末である。


 こんな理不尽な話があるものかと、かなりやる気を失った但馬であったが、逆にやる気を見せたのがブリジットの方で、山の上での一件があったからか、あれ以来、彼女はピタリと勉強嫌いを返上して、熱心に会社経営を始めたのだった。


 ハリチにいる間は、但馬に色々と話しを聞いて、社屋を用意し、従業員を雇用し……ローデポリスに帰ったら、今度は大臣に質問をして色々と法律を学んでいたそうだ。それまでは嫌々やっていた家庭教師の授業も真剣に取り組むようになり、脱走はもちろん、不平不満も言わなくなった。


 そんなわけで、閣僚会議でインペリアルタワーへ赴いた時、皇帝が実に上機嫌に言っていた。


「女は男で変わると言うが、あの孫娘がこうまでガラリと変わるとは……もう諦めて好きなようにさせたつもりが、どう転ぶか分からんものじゃのう」

「まったくですなあ……」「よもやここまでとは」「私はそうなると思ってましたよ」


 すかさず大臣たちの追従が入る。


「いや、あんたら、会議はどうなった。仕事しろよ仕事」

「そうは言っても、あのブリジット様の変わりようは我々にとっても驚きでしたから。剣を振るえば一騎当千。されど為政者としての自覚がなかなか芽生えてくれはせず、正直なところ……その……カンディア公爵のほうが相応しいという声も実はかなり多く上がっておりまして」


 大臣が言うと、他の二人もうんうんと頷いていた。えらいいわれようだな……と思ったが、まあ、分からなくもない。勉強嫌いでいつも脱走ばっかりしていたし、それを市民が面白がって見ていた節もあった。


「それにしても、意外と言えば逓信卿も意外ですな」

「……俺? なんか変なことしましたっけ?」


 ブリジットの話をしていたかと思ったら、但馬へと類が及んだ。なんのこっちゃと首を捻っていると、


「いえ……但馬殿とは、今はこうして(くつわ)を並べる仲となりましたが、思い返せば初めてお会いした時は市中を混乱せしめた下手人でしたからね。その後も芸術本の販売でしょっ引かれてきたり、軍内で怪しげな器具を売りさばいたり……」


 大臣が当時を思い返すと目眩がすると言わんばかりのジェスチャーをした。皇帝が話に乗ってきた。


「そう言えば、そうじゃったのう……但馬といえば、毎度毎度市中で騒動を起こしては、近衛隊に引きずられてやってきて、ここで説教をしていたはずじゃったが……いつからこんなに真面目になってしまったのじゃ?」

「そうですな……」「らしくないと言えばらしくない」「あの頃は公序良俗に反することなら何でもやった……」


 但馬はプンスカ怒って言い返した。


「あんたらなあ……やって良いってんならやりますよ? 別に自重してるわけでもなんでもないんで」


 一攫千金を狙わなくっても、手堅く儲けられるようになったからやってないだけで、やれってんならいくらでもやれる。エロネタ不謹慎ネタ詐欺ネタはまだまだあるのだ。


 但馬がじろりと一瞥すると、大臣たちは真っ青になってブルブルと首を振った。


「滅相もない……」「やはり、但馬殿は今の方が良いですな」「……ですが、芸術方面はほんのちょっぴり期待しないでもない」


 などと大臣たちとやり取りをしていたら、


「まあ、本当にお主がやりたいのであれば、やりたいようにやれば良いじゃろ。この男、一見だらし無く見えて、意外と堅物じゃからのう……」


 思いがけず、皇帝がそんなことを言い出した。なんだか孫娘との仲を認めてから、不必要に評価されすぎてる気がして、但馬はこそばゆく思った。


「聞き捨てならないですね。俺はあれですよ? 隙あらば親兄弟でさえ陥れちゃうような不心得者ですよ。ええ」

「さようか。しかしお主、儂はてっきりハリチでは、ブリジットはお主の家で暮らすのだろうと思っとったのじゃが……蓋を開けてみれば、やれ嫁入り前の娘がふしだらだとか、やれ国民に示しがつかぬとか言っておったそうではないか」

「うっ……」

「確かに言われてみれば、あまりよろしくないことじゃった。お主が気が付かねば、今頃どんな醜聞が立っておったか……そう考えると事前に気づいて対処してくれたお主には、保護者として頭が上がらんわい。儂も脇が甘かったな」

「言われてみればそうですなあ」「発想は但馬殿らしくないですが……」「悪ぶって見せておきながら、とんだトゥー・シャイ・シャイ・ボーイですな」


 但馬はキィキィ声を上げると、顔を真赤にして地団駄を踏みながら言った。


「はいはいはいはいっ! こんな話はもうやめやめ! それより会議のために集まったのでしょう? いい加減に真面目に仕事したらどうなんですか、みんな責任ある立場なんだから……もう!」

「出た! 逓信卿の国民第一主義。照れるとすぐこれだから」「真面目ですなあ……お硬いですなあ。てっきり硬いのは下半身だけだと思っておりましたが」「いやはや、ウブなネンネじゃあるまいし、飛んだチェリーボーイでしたな」


 こいつら……原始人みたいな生活してた分際で生意気な。弱みを見せたと思ったら、ここぞとばかりに叩きはじめやがった。但馬は奥歯をギリギリと噛み締めた。


「クックック……まあ、あまりからかっては可哀想じゃ。これくらいにしておこう。そうじゃ、但馬よ」

「……なんですか!」

「そう怒るでない。ハリチのブリジットの宿舎じゃが、ホテル住まいも悪くないが、どうせなら離宮でも建てることにしよう。金に糸目はつけぬゆえ、お主の好きなように建てて見せよ。いずれ、儂も保養に行くかも知れんから、そのつもりでな」

「え? 良いんですか?」

「聞けば、避暑地として快適なところであるそうではないか。ブリジットが実に楽しげに話しておったのでな。儂も少々興味が湧いてきた」

「そういう事なら、わかりました。出来るだけ面白い離宮を建てて見せましょう」

「さようか。期待しておくとするか。では、大臣よ。そろそろ真面目に仕事をするとするかのう。でないと若いのに説教されてしまうでな」

「はっ!」

「……あんたらなあ」


 これくらいにしておこうとか言っていたくせに、前言を忘れてもうからかって来る年寄りどもを相手に、但馬はプンプン怒りながら、議題で散々やり返した。


 彼らとの和気あいあいとしたやり取りのお陰で、本当ならば最年少の但馬は気を使って発言がしづらかったはずであろうが、リラックスして言いたいことを言えるのだった。


 そういうことにしておこう。


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好々爺みたいな王様と3大臣が主人公とわちゃわちゃやってんのすげぇ平和で好き。
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