国家反逆罪
営倉2回。刑務所1回。留置所少々。こちらの世界にやってきて1週間、どれだけ鉄格子付きの部屋で過ごしているのだろうか。因みにあとは高級ホテルのロイヤルスイートだから落差が激しい。どうしてこうなった。
取り合えず脱獄を試みようと、臭い飯についてたスプーンを拝借し、壁をガリガリやってはみたものの、ぶっちゃけ映画みたいには殆んど削れなかった。材質は見立てどおり、間違いなくコンクリートであったようで、硬くて丈夫で埒があかない。こいつに穴を開けるには懲役2年、ないし3年は必要であろう。多分、普通に服役したほうがマシである。
魔法で吹っ飛ばしておさらばしようか? しかし、ガチでお尋ね者になっちゃうのはなあ……そもそも、どうして自分が拘束されねばならないのか。法律には違反してないはずなのに……してないよな? ……多分、してない……していないんじゃないかなあ……まあ、ちょっとは覚悟しておけ。
ふて腐れながらベッドで横になっていたら鉄格子がキキーッと開かれ、
「偽勇者。出ろ」
と、ウルフとか言う近衛兵がむっつりとした顔で、命令口調で言ってきた。確か、こいつは近衛副隊長とかそんなんじゃなかったっけ? てっきり看守がくると思ったのに、それに夜ももう遅い。一体、何の用だろうか……リンチかしら。
逆らうとメッチャ怒鳴ってきそうなので、恐々としながら後に続くと、彼は但馬を拘束もせず先導して、刑務所から外に出た。刑務所を出たら、今度は近衛兵が複数人待機していて、何も言わずに但馬を取り囲んだ。おしっこをちびりそうになりながら、彼らに小突かれるように歩かされる。
一体どこへ連れて行かれるのだろう? と思ったら、着いたのはあの中央公園、リディア政庁インペリアルタワーであった。
5階まで吹き抜けのでっかいロビーを通り過ぎた奥には、吹き抜け内を両側に、螺旋を描くような階段があり、それが5階まで続いていた。5階に着いたら着いたで、今度は別の階段が現れ、正直嫌な予感しかしなかったが、
「エレベータないの?」
と尋ねたら、何それ? って顔をされた。
馬鹿と煙は高いところが好きと言うが……間違いない。このビルの設計者は大馬鹿野郎だ。
ひいこら言いながら結局最上階まで階段を登らされた。汗だくになりながら、もしかしてこれって囚人虐待なんじゃないの? 訴えてやろうかと思ったが、近衛兵どもが鎧をつけたまま涼しい顔をしていたので、黙るしかなかった。
なんで最上階まで連れてこられたかと言えば、それもそのはず……
「これからリディア王ハンスによる、おまえの裁判が執り行われる。釈明の機会が与えられるが一度きりだ。嘘偽りが発覚すれば、仮におまえに罪が無くとも死刑だ。悔いのないように答えよ」
「はああ!? ちょっと待て、今日捕まったばかりなのに、いきなり裁判? 釈明の機会は一度って……つか死刑!? おいおいおいおい!! まず弁護士を呼んでくれよ」
「弁護士? なんだそれは、何を言ってるんだ、貴様は……」
何を言ってるのか分からないのはこっちの方だ。
「弁護士ってのは、こう、法律の専門家っつーか……つか、裁判官とか居るんだろ?」
「……? 法とは即ち王だ。おまえの言う弁護士とやらは、王のことか?」
「……三権分立は? 司法権の独立は!?」
かみ合わない会話に絶句しているとき、但馬はようやく気づいた。
「……ここ、法治国家じゃねえんかぁぁぁああああーーー!!??」
「やかましい奴だ……王の前でそんな態度を取ったら俺が容赦しないぞ」
「ちょちょちょ、ちょっと待って!? 俺は何も悪いことなんてしてないぞ。せめて、罪状を教えてくれ! ください!」
「国家反逆罪と逃亡未遂だ……扉が開くぞ、口を慎め」
「反逆? はあ?」
頭を小突かれてバランスを崩し、たたらを踏んで部屋の前で立ち止まると、扉がスーッと観音開きし、部屋の中へと続く赤絨毯が目に飛び込んできた。
部屋の中は無駄に広くて白い壁に覆われ、コテコテなバロック調の装飾があちこちに散りばめられた柱が左右に何本も立てられていた。部屋の奥、中央はステージのように数段高くなっており、そこに玉座が置かれ、白髪の長いヒゲを蓄えた老人が座っていた。
王と言うから、王冠を被って煌びやかな衣装を身にまとっているのかと思ったが、全然そんなことはなく、彼は開襟シャツに背広を羽織り、折り目のついたスラックスを履いた足を組んで、実にリラックスした格好で但馬を迎えた。
あっけに取られたが、すぐさま気を取り直し、左のコメカミをちょんと叩く。
『Hans_Gaelic.Male.Human, 177, 60, Age.79, 88, 83, 88, Alv.11, HP.54, MP.3, lumbago.Status_Normal,,,,, Class.King_of_Lydia.Marquis_of_Etruria, Lydian,,,,, Sword.lv10, Command.lv8, Unique.Artifact.Proprientary.lv6, Claiomh_Solais.Equipment.lv0,,,,,』
名前はハンス・ゲーリックか……何か有利になりそうな情報でもないかと思ったが、残念ながら特に無いようである。せいぜいALVが0でない珍しい人種の一人らしいと言うくらいか。しかし、その点を指摘したところで現状にはなんの役にも立たないだろう。あとは腰痛持ちというくらいだが……笑いを取って、ぎっくり腰でも誘発したら勝ちだろうか……勝ってどうする。
玉座の前まで進むと、ぐいっと乱暴に頭を押さえつけられ、跪かされた。
「許可されるまで、絶対に顔を上げるな」
但馬の耳元でウルフはそう呟くと、彼は王の前に進み出て、恭しく一礼し、そのまま玉座の少し手前に立って、剣を地面に突きたてた。そういえば近衛兵だし、ナイトと言ったところなのだろうか……目線だけでそれを追っていると、
「面を上げよ」
と、声がかかったので、恐る恐る顔を上げた。
間近で見た王様は、年相応と言うかなんと言うか、思ったよりも威圧感が無く、温厚そうな老人だった。白い顎鬚が胸元まで垂れて、口がもごもご動く度に左右に揺れる。まるでサンタクロースみたいだった。顔には深い年輪が刻まれ、足首は細く、手は皺くちゃだ。しかし、その眼光は鋭く、睨まれると射すくめられるような気がした。きっと若いころは精悍な顔つきだったろう。
但馬は頭を掻く素振りで、右のコメカミをちょんと叩いた。
レーダーマップには8つの赤点が記されていた。玉座の周りには、大臣らしき小太りのオッサンが三人と、発言を記録するための秘書官らしき中年男性が居た。あとは王様とウルフと但馬……それから、不測の事態の備えだろうか。柱の影にもう一人隠れているようだ。広い空間なのに、これだけの人数が一箇所に集まっているのは、ちょっと間抜けだった。もちろん口には出さないが。
「ほう、中々良い面構えじゃのう。その方、名をなんと申す」
隙がないかと人間観察をしていたら、王様から声がかかった。もちろん、すぐに答えなければいけないのだろうが、但馬は一瞬躊躇した。
『嘘偽りが発覚すれば、仮におまえに罪が無くとも死刑だ』
先ほどのウルフの台詞が思い出される。
駐屯地で散々嘘つき呼ばわりされた記憶が蘇り、ここで本名を名乗っても、最悪の事態を招くことにならないか……? と思ったからだ。別に本名に拘りがあるわけでもないので、いっそ偽名を名乗ったほうが、もしかしてこの際、正解なんじゃないかろうか。しかし……
「俺の名前は、但馬波留です」
但馬は結局、本名を名乗った。19年間、これでやってきたのだ。何が悲しくて嘘を吐かねばならんのか……下手に偽名を使ってもボロが出るかも知れないし、だったら始めから堂々としていた方がいいだろう。
案の定、玉座の周りに居た人たちがどよめいた。リリィのときもそうだったが、彼らからすると王様が馬鹿にされてるように感じてしまうのだろう。しかし、露骨な抗議の声を上げた大臣を制し、王様が続けた。
「ほう……その方、勇者を騙るか」
「いや、嘘じゃないんですって。本当にこの名前でずっとやってきたんです」
「ふむ。両親が勇者から名をとって、お主につけたのか」
「いいえ、両親は何も知らないと思いますよ。本当にただの偶然の一致です。俺からしてみれば、勇者こそ、どうして俺の名前と被ってやがんだって、迷惑に思ってるくらいなんですけど」
「貴様、口を慎め!!」
なんでここで怒るの? ってタイミングで激昂したウルフが一歩踏み出そうとすると、
「止さぬか、ウルフッ!!」
王様が鋭く制すると、彼は歯噛みしながらその場で但馬を睨んできた。
これは本気で、いざとなったら魔法をぶっ放して、逃げることも考えねばならないかも知れない……但馬は流れ出る冷や汗を感じながら、魔法メニューを開き、どれを使えばいいのやらと吟味し始めた。
今まで使った魔法じゃ、室内でもろとも爆死か、建物ごと破壊されるのが落ちだ……しまった。もっと色々試しておけば……
「時に、お主は魔法使いであるそうじゃな?」
あまりにタイミングの良い質問に、背筋が凍った。魔法を使おうとしてるの、バレてないよね? と、スマイルを向けたが、内心ハラハラしっぱなしである。
「聖遺物も無しに奇跡を行使したと聞き及んでおる。相違ないか?」
「……あーてぃふぁくと?」
とは、中二病御用達の聖なる剣とか魔法の杖とかだろうか。突然出てきた単語に、思わずニヤニヤしそうになった。しかし、そんなものがあるのか……やっぱりファンタジー世界だ。でも、現実世界でもヒトラーが集めてたとか聞いたことあるし……などと思いつつ、もちろんそんなもの持っていないので、
「ええ、まあ。そんなもの生まれてこの方見たこともありませんし」
と答えた。
すると、また周囲の大臣たちがどよめいた。今度は怒っているというより、戸惑っているといった感じで、なにやら緊張感が漂いつつある。まずいことでも言ってしまったのだろうか……?
「ふーむ……そのような者など、エトルリア貴族でも一握りしかおらぬと言うが……」
「貴族?」
「そうじゃ……通常、魔法を行使するには、依り代となる聖遺物が必要なはずじゃ。無くても可能なのは、エルフと、先祖返りと言われる一握りの貴族だけのはず……」
そうなのか。知らなかった。気にせずポンポン撃ってると、奇異な目を向けられると言うことか。
そういえば、自分が魔法を使うときは、ステータス画面から魔法メニューを呼び出せばいいが、他のやつらは一体どうやって魔法を使ってるのだろう? と不思議には思っていた。この地に来て、まだ1週間しか経っていないが、自分の他にメニュー画面を開いているような者は他に居なかったのだ。
「いったい、お主は何者じゃ? どこからこの国に紛れ込んだ」
と言って、王様は何かを探るかのように、但馬の目をじろりと覗き込んだ。
さて、なんと答えれば良いものか……嘘を吐けば死刑と言われても、こればっかりは本当のことを言っても信じてもらえる自信がない。
出身は千葉県です。気がついたらここに居ました。実は、自分は月が一個しかない地球と言う星からやってきたんです……うむ。死刑執行待った無しだ。しかし、これが嘘偽りない真実なのである。
困った……どうしよう。やはり出鱈目を並べるしか無いだろうか。なんと言えば嘘を吐かずに済むのやら……
但馬は、その時、貴族と言う言葉を聞いて、ふと思い出した。
「ブリタニア……」
「ん?」
「南の海に浮かぶブリタニアと言う島国の、さらに東の海に、シーランド公国と言う島国があります。実は……俺はそこの貴族です」
三度、場がどよめいた。今度は嘲笑の混じった、嫌などよめきだ。彼らは但馬が端から嘘を吐いていると思っているようだった。
しかし、嘘は言っていないぞ。但馬は現実にシーランド公国の貴族なのだ。家に帰れば証明書もある。インターネットで3000円で手に入れた。当時は民主党政権で円高がヤバかった……
説明しよう。シーランド公国とは、イギリスの南東の海上にある構造物のことで、自称国家のことである。第二次大戦中に建てられ、戦後に放棄された公海上の海上トーチカに、ある日男たちが乗り込んで独立宣言したのだ。イギリスは強制的に立ち退かせようとしたが、困ったことに領海外であったために手が出せず、結果的に21世紀になった今でも現存してしまっている、冗談みたいな国である。
無論、彼らの独立を国家承認する国など無いから、結局は自称でしかないのだが、そのあまりに馬鹿馬鹿しい存在にファンも多く、知名度もそこそこある。一時はカジノなどをやろうとしたがクーデター(笑)などもあり頓挫し、現在では産業が無い代わりに、コインや爵位を販売して小金を稼いでおり、インターネットで手軽に買える。グーグル先生に頼めば公式サイトを教えてくれるはずである。
「何をバカなことを……よもや貴様、南方からこの大陸へ渡ってくることは出来ないと、知らぬはずもあるまい?」
大臣の一人が嘲笑するように言った。
ぶっちゃけ、それが狙いだった。
「そりゃあ、あんたたちの常識でしょう。俺は海流に逆らい、向かい風にも逆らって船を動かす方法を知っているんですよ」
シモンにかつての勇者の話を聞いたとき、おいおいマジかよ……と呆れたのは、勇者が無謀だと言うことだけでなく、こいつら外洋を航海する技術がないのだなと言う点だった。海流に逆らえないというなら、恐らく船と言えば人力のガレー船が主流で、帆は補助動力としてしか使われていないのだろう。そして、波の穏やかな内海しか知らないのであれば、ラテンセイルなどの三角帆の技術を持っていないかも知れないと踏んだのだ。
だから、この話に食いついてくれれば、実際にウインドサーフィンでもやってみせて納得させ、但馬が南からやってきたと思わせてしまえば良い。実際に、南に行って帰ってきた者がいないのであれば、後は何とでもなるはずだ。
そして、さあこい、早く質問してこい……と待ち受けていた但馬であったが、
「止さぬか……聖遺物もなく魔法を使えるのであれば、風などいくらでも起こせるじゃろうて」
「確かに……王のおっしゃる通りですが……にわかに信じられませんな」
なんだか、全然別の方向で、彼らは納得してしまった。あれー?
まあ、確かに、そう言う方法でももしかしたら可能なのかも知れないが……そんなんで良いのか? 蒸し返しても仕方なし、但馬は釈然としない気持ちのまま、それを受け入れた。
ところで、但馬の正体が不明であるから話が脱線していたが、
「まあ……お主が果たして本当に南から来たかどうかは保留にしておこう。それより、そろそろ時間が惜しい。では、但馬よ。今回の裁きを申し渡す」
元々、但馬は国家反逆罪の罪で投獄されて、裁判が行われるはずだった。もちろん、そんなの冗談では無いから、但馬は大慌てで異議を唱えた。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください!」
「なんじゃ。申し開きがあるなら申してみよ」
「はい。そもそも、俺がどうして捕まったのか、納得がいかないのです。一体、俺が何をしたっていうんですか? 確かに、俺は沢山の人々から金を集めて、中には損失を被った人も居るでしょう。しかし、彼らが損をしたとしてもそれは自業自得です。別に俺が支払いを強制したわけでもありませんし、法律に違反したわけでもない。それなのに、彼らの失敗に責任があるとは思えません」
「ふむ」
「街を混乱させたのは認めます。憲兵隊、近衛隊の方々のお手を煩わせたことも不徳の致すところです。でも、それだって彼らが大騒ぎしたのが原因ですし、糾弾されるべきは彼らの方だと思うのです。そう、寧ろ、俺のほうが被害者であると言えるでしょう。あなた方が守るべきは、無辜の善良な民である、俺のほうなんじゃないですかねえ。なのに、その俺が、どうして国家反逆罪なんて身に覚えの無い罪に問われなきゃならないのですか。納得いきませんよ」
「なるほど」
王は片手で頬杖をつきながら言った。
「しかし但馬よ。お主はこの商品が、すぐに破綻することを知りながら、そのことを伝えずに販売したな? この方法では、ねずみ算式に会員が増え、すぐに人口の上限に達してしまう。具体的には7代が限界じゃった。違うか?」
「う……」
「尤も、それを禁じていたわけでは無いからのう、罪には問えんが」
「だったら!」
と、食い下がろうとする但馬に対し、王はニヤリと笑い、片手で頬杖をつきながら言った。
「但馬よ、今回お主が集めた金は、全部でいかほどだったかのう?」
なんでそんなことを聞くのだろうか……と思いながらも、
「最終的には……確か金貨10万枚弱でしたね」
但馬が答えると、まるでお通夜のようなため息が、あちこちから漏れてきた。大臣たちが頭を抱えている。なんだなんだ? 何かまずいことをしでかしたのだろうか。
王は苦笑しながら、大臣の一人に問うた。
「大臣よ。今年のわが国の国家予算はいくらだったかの」
「はっ! 金貨、65万枚になります」
「国内の貨幣流通量は?」
「本年に金250万枚を突破いたしました」
数字を聞いて、ぎょっとした。ぶっちゃけ、自分の集めた金の価値が殆んど分かっていなかった。金貨10万枚集めても、風呂に入れてダイブするくらいしか使い道が思いつかなかったくらいだ……まさか、国家予算の六分の一とは思わず、但馬は白目をむいた。
「さて、但馬よ。お主はこの金をどうしようとした?」
「どうしようもこうしようも、する前にとっ捕まりましたが……あっ!」
すぐには、言われたことが理解出来なかった。
しかし、彼が何を言いたいのかが分かると、但馬はどうして自分が捕まったのか、その理由をあらかた理解するのであった。
彼はこの大金を持って、国外に逃亡しようとした……つまり、この国の国家予算の六分の一を、国外に持ち出そうとしたわけである。国内の全流通量からしても25分の1と、かなりの量であるのは間違いない。
もしも、それだけの金を持ち出してしまったら、一体どうなってしまうだろうか? 貨幣流通量の4%が失われるわけだから、単純に考えても、それだけのデフレが一夜にして起こるわけである。貨幣の流通が少なくなれば決済も滞るということだから、倒産も増えるし、あっという間に大恐慌に陥ってしまうだろう。
流通している貨幣からして、おそらく、この国は金本位制だ。世界全体も、まだ金本位制という固定為替相場の形態を取っているのだろう。そんな世界において、国内の貨幣流通量は、すなわち国力そのものと言える。それを大量に持ち出そうとした。
国家反逆罪とは、要するにそう言うことである。
「分かったようじゃの。お主は、この金を持って、国外に逃亡しようとした」
ねずみ講に関しては手を拱いて、結局何も出来なかった。しかし、こちらは無視できるわけがなかったと言うわけか。現実世界でも、自国通貨を海外へ持ち出せる上限が決まってる国はごまんとある。多分、この国でもルールがきちんと制定されているのではなかろうか。
「お主のした金儲けに関しても、あれは危険すぎるからのう。今、急ぎ法律を作らせておる。ねずみ講禁止令が発令すれば、遡及的に施行されることになるじゃろう。と言うわけで、お主の私財は没収じゃ」
「そ、そんなぁ~……」
国内に留まっていれば、すぐには手を出せなかったかも知れない。しかし、但馬が暴動の圧力に屈して、この国からおさらばしようとしたものだから、これ幸いと官憲にしょっぴかれたと言うわけである。
許すまじ、愚民ども。また機会があったら、今度はロイヤルスイートからおしっこ引っ掛けてやる……但馬はギリギリと奥歯を噛みしめた。
「さて、大臣よ。この場合、刑罰はどの程度のものが妥当かの」
「はっ! 私財没収の上、国外退去がよろしいかと」
「まあ、そんなものか。では、但馬よ。お主に沙汰を申し渡す」
「とほほほほ……」
但馬はうな垂れながら王の沙汰を聞いていた。思えばこの地へ来て1週間、さまざまなことがあった。営倉に入れられたり、刑務所に入れられたり、下痢便で死に掛けたり、オプーナの権利書を書いたり、権利書を書いたり、権利書を書いたり……割とどうでもいいことしか無かったのはさておき、それなりに楽しい1週間だった。
ブリジットやシモン、新しい仲間のエリックとマイケル。これから彼らと面白おかしく過ごしていくはずだったのに、別れを告げることも出来ずにさよならなんて……
その他にも大勢のリディアの人たちの顔が脳裏を過ぎった……ついでに暴動の先頭で怒り狂ってた人の顔も思い出した。まあ、別にいいかと思いもしたが、
「が、何もかも奪ってしまうのでは可哀相じゃからのう……」
しかし、捨てる神あれば、拾う神あり。この場合、紙であったのだが……
ぱあっと瞳を輝かせて但馬が顔を上げると、王は言った。
「但馬よ……お主、ホテルから逃げようとした際、『こんなケツ拭く紙もないような国に、未練も無い』と言っていたそうじゃな?」
「え? ……ああ、ええまあ。別に悪口じゃないんすよ? ……てか、誰に聞いたの?」
「権利書を書く際、失敗した紙をまるでゴミのように丸めて捨てていたそうじゃな」
「……? そりゃ、ゴミですからねえ」
はて? 何が言いたいんだ、この人は……
但馬が首を捻っていると、王と大臣たちは目配せをし、頷きあってから、彼にこう尋ねるのだった。
「よもや、お主の国では、紙は貴重品ではないのか?」
「へ? そりゃあ……」
言われて、ハッと気がついた。
そういえば、最初にオプーナを買う権利書を作るときに羊皮紙を買った際、とんでもないぼったくり価格だと憤慨した記憶がある。その後、それ以上の金が、あまりにも簡単に手に入ったせいで金銭感覚が麻痺していたが……
思えば、駐屯地の便所でブリジットにトイレットペーパーを持ってきてくれと頼んだときも、かなり驚かれていたような気がする。彼らからしてみると、それは本当に驚くべきことだったのだ……
羊皮紙も紙も、見た目あまり変わらないから気づかなかったが……もしかして、この国……いや、この世界には、植物を由来とした紙が存在しないのではなかろうか?
「もしも、そうであるならば、但馬よ。お主に最後のチャンスを与えよう」
王が何を言うのかは、聞かずとももう大体分かっていた。
王は彼に命じた。紙を作って持って来いと。
そして、但馬はそれを受け入れることにするのだった。