表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第五章
145/398

西海会社 - West sea company ⑤

 インフレ抑制と政府支出を増やすついでに売りだした国債は、コルフの商人によく売れた。色々調べてみると、帝国内の民間投資のかなりの部分にコルフの商人が絡んでいたからだ。彼らはアナトリアへの投資で儲けたお金の更なる投資先を探していて、そんな時に売りに出された国債は投資先に持って来いだった。


 インフレ抑制=国内に出回る通貨量の縮小という考えを推し進めると、つまりこいつらから金を回収せざるを得ず、結果的に彼らから借金をすることになるのは、丁度良いと言えば丁度良いのだが……なんともはや、金のあるところにコルフの影あり。さすが商売だけで民主主義を貫いている国家だけはある。


 尤も、イオニア海交易はもはやアナトリア海軍の軍事力なくしては成り立たなくなっており、コルフ船籍はその庇護を受ける代わりにいわゆる思いやり予算を上納しているので、持ちつ持たれつと言ったところだろうか。


 コルフという国は、都市国家を守る最低限の警備兵以外は軍事力を持たず、以前は海軍力を海賊に依存していた。その海賊をアナトリアが追い払ってしまったから鞍替えしたわけだが、これにより、コルフとアナトリアは軍事においても、各種産業においても深く結びついた同盟国家となっていた。


 コルフ総統ロレダン家は海運と物流を牛耳って中間貿易で儲けていた家系で、アナトリアとエトルリアが戦争状態にある中でも、双方に顔が利く商家だった。つまり外交的にも極めて重要な家系であり、カンディア公爵家がエトルリアに突きつけた剣だとするならば、ロレダン家はその剣を収めるための鞘のようなものとなっており、その影響力は非常に大きかった。


 またロレダン家は、クーデター騒動を解決してくれたアナトリア皇帝家に対する恩義が有り、お互いの後継者が年も近くて仲が良いことから、相思相愛、蜜月の関係となっていた。その結果、ロレダン家は他の国家に先駆けて、アナトリア以外で初めて外洋航海能力を備えたキャラック船を保有し、ハリチの海軍工廠への入渠が許された外国の商家となったのだった。


 タチアナが今回ハリチへやってきた理由は、第一にその船のメンテナンスで、そのついでに、但馬に商談を持ちかけるのが目的であった。


 但馬が逓信大臣に就任し、国内の道路の整備が進んでいく中で、ロレダン家は今後彼の領地であるハリチが伸びるだろうと踏んで、新たな投資先を探しにやってきたわけである。但馬としては自分の領地をえこ贔屓するつもりは無かったのだが、首都と金山の丁度中間地点にあり、外洋航海の前線基地である立地から、現在はまだ大したこと無くても、長期的にみればハリチは確かに発展するだろう。彼らはそこに投資したいと言うわけだ。何というか、さすがというか、抜け目がない。


 ともあれ、街の発展に協力してくれると言うのなら非常に有り難いことなので、話を持ちかけられ、すぐさまOKした。それで領地を見たいから案内してくれと言われ、タチアナの到着を待って、アナスタシア達OJT組を連れて色々回ろうということになっていたのだが、昨日は会議に夢中になって、すっぽかしてしまった格好だった。


 いや、例え会議中でも到着を伝えてくれれば、流石に但馬だってそっちを優先したのだが……向こうは向こうで気を使ったようで、一日無駄にさせてしまったわけである。


 だから今日は出来るだけサービスしようと決心しながら、首都に帰る親父さんを見送ってから、エリオスを引き連れて彼女の泊まるホテルへとやって来たら……不審者の如くホテルの周りをうろちょろしていたエリックとマイケルが、丁度つまみ出されているところだった。


「お前ら何やってんの……」


 と尋ねてみたら、


「こいつが抜け駆けしないように!」


 と異口同音の言葉が返って来た。


「お前ら本当に仲がいいね……一応、今日はおまえらも連れて山に登るつもりだったから、アーニャちゃんに宿舎に迎えに行ってもらったんだけど……行き違いになっちゃったかな」


 宿舎に居なければいずれこっちに来るだろうが、方々を探していたら可哀相だからと、エリオスの部下を迎えに行かせた。エリックとマイケルは彼が部下に指示するのを待ってから、


「そういや、昨日は中途半端になっちゃったけど……改めて、ご結婚おめでとうございます!」

「おめでとうございます。うちらの部隊では第一号っすね。意外っていっちゃ悪いんでしょうけど」

「……ありがとうよ。だが流石に、昨日から祝われ続けていると食傷気味だぞ」


 そうは言っても、こういうのは幸せものの宿命だろうと顰め面のエリオスを三人で弄り倒していたら、そういえば但馬もブリジットとで出来やがったんだよな、こんちきしょうめと矛先がこっちに向いてきた。


 童貞を捨てるときは一緒だって言ってたのにこの裏切り者とか、彼女いるいる詐欺師めとか、おっぱいか? おっぱいなのか? と卑猥な言葉で執拗な責めを受け続けていたが……


「まあ、皆様お揃いで。おはようございます」


 ホテルの中からベルボーイに案内されながらタチアナが出てくるや否や、それまでのゲスい薄ら笑いが嘘のように、彼らは背筋をシャンと伸ばして貴公子然とした態度に急変した。


「おはようございます、タチアナさん。おっと……忌々しい段差め。このままでは大変危険です。どうぞこのエリックめの手をお取りください」

「よさないか君、タチアナさんの手が汚れてしまう。ああ! タチアナさん、今日もあなたはお美しい。よろしければこのマイケルめにエスコートさせてはいただけませんか」


 いい加減に慣れたものなのか、タチアナはさして態度も変えず、普段の柔和な笑顔をしながらうふふふっと軽く交わしていたが、本当に満更ではない感じである。そんな彼女は但馬の背後にエリオスを見かけると、


「あら、エリオス様。今日もご機嫌麗しゅうございます。この度はご結婚、おめでとうございますね」


 すかさず祝辞を述べて、エリオスの顔をひきつらせていた。


 立ち話もなんだからと、ホテルのオープンテラスのカフェでお茶をしばきつつ、アナスタシアの到着を待っていると、宿命というかなんというか、そのまま再度エリオスの結婚話が蒸し返された。


 だが、色々聞いてると但馬も聞いてない意外な事実が飛び出して来て、彼は面食らった。


「え!? 子供は作るけど、入籍しないの?」

「ランは議員だからな」


 エリオスと結婚してしまうと、この世界の常識だと国籍が変わって議員では居られなくなるらしい。すると、コルフのティレニア系議員の議席が一つ減ってしまうわけだから、やめてくれと同郷の議員に説得されたそうである。


 ランは元々その議員秘書……というか護衛だったので、頼まれると嫌とは言えないようだった。それは聞き捨てならないので、一体何者かと尋ねてみたら、


「30年以上前にティレニアから移り住んできた人で、かつて外国事務局長を歴任されたお方です。お爺ちゃんですよ」


 ティレニア帝国との商談で交流を持っている内に、コルフに派遣されたようである。お爺ちゃんなら男女の関係ってことはないだろうが……政治のためとは言え、結婚にまで口を出されるのは堪ったものではない。


「出身地によって議席が振り分けられてるわけじゃありませんから、難しいところですよ」


 議員に欠員が出た場合に行われる補欠選挙もどうやらないらしいから、それじゃ簡単にやめると言うわけにはいかないかも知れないが……そんなわけで、ランは今後、アナトリアとコルフを行ったり来たりの生活を送ることになるようだった。お腹の子に差し障るから、出来ればコルフに居て欲しいが、エリオスが但馬の護衛をやめるわけがないので、こればっかりは難しい。


 せめてこっちにいる間は快適に過ごせるようにしてあげたいものである。ローデポリスの自宅じゃ流石に手狭だし、また引っ越しを考えるしかないだろうか。ハリチは部屋が沢山余っていて快適に過ごせるだろうが、いかんせん、まだ発展途上で街が寂しい。


「そういえば、こちらのホテルも但馬様の物だそうですね。とても良いお部屋で、昨夜は大変快適に過ごせましたわ」

「ああ、うん。ホテルどころか、この街の施設は全部俺の物なんだよ」


 別に独占してるわけではなく、単に出資者が自分以外に居ないからだ。


 今や飛ぶ鳥を落とす勢いの逓信卿のお膝元と言えば聞こえが良いが、ハリチは首都から300キロも離れた僻地に有り、そもそも人っ子一人住んでない土地だった。山がちで平地が殆ど無く、農業をするのも難しいから、食料の大半を定期船の積み荷に頼っている。


 これでは人が集まりはしないだろう。但馬の資金力で、どうにか街の体裁を保てているが、投資先としては全然魅力がないところなのだ。


「だからタチアナさんが投資してくれるってんなら、ホント助かるよ。俺だけじゃ限界あるからねえ。とにかく街を見て欲しい、出来るだけ見返りの多いところを紹介するから、是非、わが街の発展に貢献してほしいな」

「もちろん、出来うる限りの協力は惜しみませんわ……と言いたいところですが、我々も商家ですから、そこはシビアに」

「ですよねえ……」

「ええ。ですが、一つだけ、当家から是非出資させていただきたい事業があります」

「え? そうなの?」


 ハリチの街を見る前から出資先を決めてきたというわけか? 一体それはなんだろうと首を捻っていると、


「それは、今度新たに作られる外洋探検航海を専門とした会社のことですわ」

「……んん?」


 タチアナが何を言っているのか分からず、但馬は更に首をかしげた。180度首が回ってしまいそうだ。


 外洋探検航海の新会社と言っているが、そんなものを作る予定は但馬には無かった。そもそも、外洋探検はリスクが大きく、そのくせリターンが見込めないから、投資先としては全く魅力がないのだ。実際、但馬はブリタニアを発見した後、探検航海をするにあたって、多くの商人に出資を募ってみたが、誰ひとりとして乗っては来なかった。


 夢のない話ではあるが、そりゃあそうだろう。外洋航海を行って、人っ子一人住んでいない無人島を見つけたところで、何を期待すればいいというのだろうか。金銀がザックザクと発見されたというならともかく、今のところ、そこにあるのは鳥の楽園と森林くらいのものである。


 世界で最初の株式会社が興ったのは15~6世紀の大航海時代、イギリスやフランスの商人達が、こぞって外洋探検船に出資したのが始まりだった。商人たちは探検船を派遣するにあたって、航海に出た船が無事に帰ってくる保証がないことから、大勢の出資者を募ってリスク分散を図った。世界最古の株式は、いわば保険のようなものだったのだ。


 どうしてそんなリスクを背負ってまで、商人が探検船に出資をしたのかと言えば、探検船が帰ってきさえすれば、絶対に儲かるからだった。何故なら、探検船と言っているが、その実態は私掠船……つまり海賊だったからだ。


 大航海時代、新大陸への進出で後手を踏んだイギリスとフランスは、後続の探検船を新大陸に派遣する傍ら、敵国であるスペインやポルトガルの商船を襲いまくった。イギリスが発行した有名な私掠免許とは、その分け前を国に支払う代わりに、海賊船にイギリスの港に寄港することを許可したという内容であったが、その港と言うのは別にイギリス本土のことではなく、植民地であるカリブの島のことだった。


 つまり、有名なカリブの海賊の正体というのは、イギリスを後ろ盾にした私掠船のことであり、そして彼らが船を維持するためのパトロンは、これまたイギリスやフランスの商人たちだったわけである。


 そういうカラクリがあったから、商人たちはこぞって探検船……という名の海賊船に出資し、それがやがて株式会社として発展していくわけであるが……


 但馬が派遣する探検船は、文字通り本物の探検船であり、金銀財宝をたんまり載せた商船を襲いに行くわけではない。探検先で珍しい物が見つかれば、もしかしたら大儲け出来るかも知れないが、その可能性は非常に少ないだろう。


 だから但馬がいくら出資を募っても、ロマンはあってもリターンが無いから、商人たちは乗ってきてくれないわけである。


 そういったわけで一旦、但馬は探検航海を取りやめ、遠洋トロール漁船に切り替えて、缶詰工場を建てた。


 それが上手く行って、漁船がついにニュージーランドを見つけたわけだが、しかし、そこまでして改めて探検船を派遣しようと出資を募っても、やはり誰も乗ってきてはくれず、結局、但馬のポケットマネーでほそぼそと続けているのが現状だったのだ。


 失敗が出来ないから慎重には慎重を期して、まずは寄港地をつくるために植民から行っていた。場所もニュージーランド本島ではなく、一番近いオークランド諸島であり、トロール漁船の寄港地も兼ねて、どうにか自給自足が出来る態勢にまで持って行こうとしている最中だった。人口を増やし、定期船を巡航させてから、改めて本島の調査を行い、それからようやくオーストラリア探検にチャレンジするつもりだった。


 皇帝との約束があるが、人の命には代えられないから、こんな具合なのである。まだ数年はかかるだろう。


「つーわけで、タチアナさん。自慢じゃないけど、外洋探検は全然儲からないからおすすめ出来無いんだけど。それに、新会社ってのは一体? 俺はそんなの作る予定もないんだけどなあ」

「はい、そのように聞いております。ギリギリまで内緒にしておけと言われましたから」


 まるで話が噛み合わない。内緒ってのは……?


「あ、ほら! 丁度いま到着されたようですよ」


 タチアナが何を言ってるのか分からず困惑していると、彼女はオープンテラスのカフェから見える街の道路を指差して言った。気が付くと遠くから、もう何度も聞き慣れた蒸気機関のシュッシュッポッポッという音が近づいてきて、なんでそんな音がと一瞬パニクった。


 だがすぐにその音の正体がわかり、それがいつか親父さんが製作し、リリィを喜ばせ、皇帝に献上されたはずの蒸気自動車であることに気づいて、但馬はあんぐりと口を開いた。


「先生~! こんにち……うひゃああ!!」

「わあ! 姫様、ブレーキ! ブレーキ!」


 運転席で、ローデポリスに居るはずのブリジットが手を振っていて、その助手席にはおそらく来る途中で拾ったのであろう、アナスタシアが乗っていた。車は凄いスピードで但馬たちの方へと走ってきたが、ブリジットが運転を誤ったのか、ビューンとホテルの前を通過して、100メートルくらい通りすぎてからようやく止まった。


「新会社の出資者は、皇帝陛下です。但馬様がなかなか姫様との仲を進展させられないことにヤキモキしておいでで、良い知恵はないかと私にお声をかけていただきまして」

「陛下が??」


 昨日、邪な気持ちで手を出すんじゃねえと散々釘を刺されたのだが。


「聞きましたよ。なんでも、但馬様はブリジット様のために、新大陸を発見して献上されると豪語したそうですね。私、それを聞いてとても感動いたしましたわ。すごくロマンチックです」

「え? いや、俺が言ったんじゃないんだけど……」


 いや、どうなんだ? 皇帝に見つけて来いとは言われたが、元々あると言ったのは自分だったから、言ったといえば言ったのか? ……あれー?


「しかし多忙な但馬様お一人では、なかなか手が回っておられないご様子。心配なされた陛下は、それならば自分で探検航海をする会社を設立しようと考えたそうです。そして、但馬様がおっしゃるならば、必ず新大陸は見つかるから、一枚乗ってみてはどうかと私にもお声をかけてくださいました」


 孫娘との仲を認めてやるから、さっさとしろというわけだ。いや、もしかしたら単に自分で見たいだけなのかも知れない。あの人、しつこいくらい早く見つけろ見つけろ言ってたし、初めて外洋航海のことに言及した時から、外の世界に興味津々だったし、ロマンスグレーで落ち着いて見えるが、ああ見えて彼は意外とセッカチだから……


「私、一も二もなく賛成いたしましたわ。だって素敵じゃございませんか」

「そ、そっすかね?」

「ええ! とても羨ましいです。私もそんな熱烈な求婚を受けてみたいものですわ」


 いや、だから、約束はしたが、それは但馬じゃなく皇帝の口から出た物なのだが……


 まあ、いいか。結果は同じだ。


 但馬が苦笑いしながらタチアナを見ていると、彼女はうっとりとした顔で天を見上げた。やはり、こう言う女のために大言壮語しちゃうような男に女は弱いということか。いきなり敷居が上がったエリックとマイケルが引きつった笑いを顔に張り付かせていた。


「先生!」


 そんな彼らの様子を眺めていたら、車を乗り捨てて駆けてきたブリジットが、ニコニコしながら声をかけてきた。


「本日付で、西海会社ハリチ本社に配属になりました。ブリジット・ゲーリックであります。これから先、先生のお膝元で色々とご迷惑をお掛けしますが、どうぞよろしくお願いしますね」


 そう言うと彼女は恭しくお辞儀をした。そして道路の先では置いてけぼりを食らったアナスタシアが、どうやったらUターン出来るのだろうかと悪戦苦闘していた。


明日また一日休みます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
玉葱とクラリオン・第二巻
玉葱とクラリオン第二巻、発売中。よろしければ是非!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ