西海会社 - West sea company ④
但馬はブーッ! と、コーヒーをぶち撒けた。鼻の奥がツンとして、ふごっふごっと豚みたいな音を発したあと、琥珀色した液体がドバドバ滴り落ちた。
但馬に毒霧攻撃を食らったエリオスが、彼にしては珍しく動揺した声を上げる。
「うわ! 何をするんだ、汚いな」
「ななな、何をするって……ええ!? ナニをするって、そりゃこっちのセリフだろ、えええ!?」
あまりにも自然に切り出すものだから一瞬頷きかけたがそんなわけがない。妊娠? エリオスの子? やることやったらそりゃ子供が出来るだろうが、そんな暇あったっけ? いや、そんなこと言ってる場合じゃねえ。どっからどう突っ込めば良いんだ……
しかし、そんな但馬の動揺などお構いなしに、エリオスは真顔で言った。
「ランなら強い子供を産んでくれると思ったのだ。だからカンディアで頼んだら、快く引き受けてくれた」
えーっとなんだって? ランナラツヨイコドモヲウンデクレルトオモッタノダ。ダカラカンディアデタノンダラ、ココロヨクヒキウケテクレタ……他に言うことないのかよ! セリフが脳みそを素通りして意味をよく理解できないよ!
「私も同じさ。エリオスが相手なら強い子供を産めるだろう」
……そのセリフにも続きがあるんじゃないかと期待して待っていたが、待てど暮らせどそんなものは誰の口からも出てこなかった。本当に君ら、言うことそれだけで良いの?
但馬は目眩がした。
「いやいやいや、君らね? いつやったのとか、相手がどうだのとか、いまさら言わないけども、そう言う理由で子供作っちゃっていいの?」
するとエリオスが首をひねりながら、
「他にどんな理由があるというのだ。享楽的な快楽に溺れて、無闇矢鱈と子供をこさえて来ても仕方なかろう、鳥獣じゃあるまいし」
「いや、そりゃそうだけど」
「俺ももう45を迎え、人生もとっくに折り返し済みだ。あと10年もしたら体力的にも衰えてくるだろう。まだまだ部下には負けないだろうが、それでもいつまで社長のお守りを出来るか分からん。それは悔しいだろう?」
「そんなこと心配してたの? 別に護衛じゃなくなったからって雇い止めたりしないよ。なんなら年金だって出すし」
「そうではない。金なんかはどうでもいい。ただ、自分が衰えて一線を退いた時のために、今から後継者を育てて、その日に備えておかねばならんと思ったのだ。もちろん、それは俺の息子が相応しい」
但馬はポカンと口を半開いた。
「だが、俺は男だからな、子供を産むことは出来ん。それにただの子供じゃ駄目だ。逓信卿の護衛に相応しい屈強な男子で、いつか俺を超えなくてはならん。その子を産む母親として、ランは適任だと思ったのだ」
但馬は胸がキュンと来た。なにそれ、すごい漢らしいよ。セリフを聞いてるだけで、妊娠しちゃいそうだよぉ~。
「ら、ランさんはそれでいいの?」
「良いからこうなったんだろう。それとも、おまえは反対なのかい?」
と、突き放すような言葉を発したランであったが、すぐに思い直したのか、
「……私たちは武人だからね、誰もがおまえのような恋愛観をもっているわけじゃないのさ。特に女は強い子供を産み育て、その子が出世することが最高の誉れとされている。その点、エリオスが相手なら強い子供が生まれそうじゃないか」
そう言われてしまうとぐうの音も出なかった。考えてもみれば、いつまでも現代人感覚が抜けない但馬の方がおかしいのだ。この世界の人々の殆どは、自由恋愛で結ばれて結婚するわけではない。大抵が親に決められた相手と結婚するのだろうし、あとはうっかり出来ちゃった私生児だらけだ。
生活に余裕が出来てきた帝国民でこれなのだから、他の余裕の無い地域の人々など、どんなものか分かったものじゃない。
エリオスはランの肩をグイッと抱くと言った。
「アナトリア帝国はこれからますます大きくなり、ハリチはその帝国内で最大の都市国家になるだろう。その王である君には、これからどんどん配下が増えていくだろうが、その末席にでも、俺の息子を加えて欲しいのだ」
「心配するな、誰も一発で当たるとは思ってやしない。私はこれから毎年子供を産んで、必ずおまえの役に立つ屈強な男子を作ってみせよう。今日はそれを伝えるために来た」
但馬はなんだか二人からプロポーズでもされてるような気分になって顔が暑くなったきた。この人達は、自分のために子供を産むと言ってるわけである。それでいいの? とか野暮なことは言わない。ただ、なんと返事していいのか分からず、但馬は動転しながら、
「あわわわ……それじゃ二人は結婚してこれから家族になるんだね?」
「そうだな」「ああ、そうなる」
「どうしよう。ハネムーン休暇とかあげたほうが良いのかしら。そういえば、出産休暇とか社則はどうなってんだ? あとでフレッド君に聞かなきゃ」
もちろん、そんなものは無いし、彼も休暇なんか取ろうとは思ってないだろう。
「そうだ! お給料を上げてあげよう。結婚祝いでボーナスもあげよう!」
思いついた但馬が嬉しそうにそう宣言すると、それを背後で聞いていたアナスタシアが、プーッと吹き出した。
「プーッ! せ……先生、さっきまでと逆のこと言ってるよ?」
「え!? そんなことないよ!?」
「嘘だよ。さっきまで、お給料下げるって言ってた」
アナスタシアが笑いながらそう言うと、エリオスが素っ頓狂な声を上げた。
「ん……? なんだ? 俺は何か給料を下げられるようなことしていたか?」
「いやいやいや! 全然そんなことないからっ!」
「何かあるなら言ってくれ、改善しよう」
「いや、全然そんなことないです。エリオスさんはよくやってくれてます」
「プププププ……」
しどろもどろになりながら但馬が言い訳をしていると、アナスタシアが必死に笑いを堪えていた。但馬がそんな彼女に抗議をし、エリオスがそれを呆れながら見守っているのを、ランは遠巻きに眺めながら、その殺人鬼みたいな目を細めてニヤリと笑った。
いや怖いって……言うと怒られそうだから言わないが。
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「うわあ~! それは嬉しいですね。おめでとうございますっ!」
受話器からブリジットの祝福の声が聞こえる。但馬はそれをソファに座り、目を細めながら聞いていた。
「うん、ありがとう。今度、エリオスさんに会ったら言ってあげて」
「はい」
社長室でエリオスたちの報告を聞いたあと、但馬は彼らを祝福してからハリチの別宅へと帰ってきた。仕事の都合上、国内を飛び回ってなかなか会えないから、こうして毎晩電話をかけて他愛もない会話を交わすのが日課になっていた。
元々は首都に家があるから、いつまでも単身赴任気分でいて、家を借りる気にもなれなかったから本社の仮眠室に泊まっていたのだが、それだと社員が萎縮するからやめてくれと言われて仕方なく豪邸を建てた。
豪邸と言うからには正しく豪邸で、そんなでかい家建てても持て余すからと言って断固反対したのだが、出来上がったのは首都の宮殿にも劣らぬ豪邸だった。一人で暮らすと言うのに部屋が10以上もあり、当然そんなんじゃ掃除も庭の手入れも行き届かないから、もの凄い数の使用人を雇うはめになり、家に帰るとその使用人たちがずらりと玄関に並んでお辞儀するのである。どうしてこうなった。
家を取り囲むように塀が立てられ、四隅に物見やぐらが建ち、常に誰かが常駐して目を光らせていた。正門を出てすぐそばにはエリオスの家があり、番人の詰め所も兼ねているせいか、いつも強面の男たちが屯していてはっきり言って怖い。
今日はその伏魔殿のような場所に、ボスが嫁を連れて凱旋したわけだ。今頃何が起きてるんだろうか……
「でもホント、驚いちゃったよ。エリオスさんも思い切ったことするよな。まさかあのランさんとねえ……」
「そうですか? 私はそれほど意外ではありませんでしたけど」
「え? そう? あんまり接点無いように思ってたけど」
「エリオスさんはそうでもなかったかも知れませんが、ランさんはだいぶ前から意識してたと思いますよ」
「ええ!? なんでまた。女の直感?」
「それもありますけど、メディアでの一件ですかねえ」
言われて思い出したが、但馬たちが世界樹へ行ってる間、エリオスはランとタチアナを監視していて、結果的に彼女たちが襲撃されたのを助けた経緯がある。但馬としては、何かあった時の保険をかけていただけだが、それが二人の間を取り持ったのだとしたら、とても嬉しいことである。
「それにしても、二人とも強い子強い子って言ってたけど、実際どんな子供が生まれるんだろう。本当にすごい子生まれそうだよな。おかあさんのお腹、バリバリ食い破りながら生まれて来るとか。それをランさんが何食わぬ顔で縫合してるとか」
「酷いこと言いますね……次にお会いした時、告げ口しときますね」
「やめてっ!」
あの人達、最近本当に扱いが雑だから、半殺しくらいまでは許容範囲とか思ってそうなんだ。
「冗談ですよ……でも、これでランさんも但馬ファミリーの仲間入りですか」
「但馬ファミリーて……まあ、家族みたいなもんだけど」
「先生の周りは、本当にいろんな人が集まってきてすごいです」
「……どうかな。集まってくるだけじゃないよ。出て行く人もやっぱりいるし」
但馬が消極的な返事を返すと、ブリジットは何があったのかと心配して尋ねてきた。但馬は最近の会議の傾向と、錬金工房の弟子たちの話をつらつらと話して聞かせた。
「……俺はやっぱり、出自が特殊じゃん? だから言えることと言えないことがあってさ。下手するとキチガイ扱いだし。それで結構黙っちゃうんだけど……そういうの、見透かされるんだよな。ああ、あいつまた何か隠してるって思われると、やっぱ信頼関係とか結びづらいし」
「それは、大変ですね……私で何かお力になれればいいんですが」
「別にいいよ、聞いてくれるだけで。仕事の愚痴みたいで、あまり言いたくなかったんだけど……」
「そうなんですか? 私は先生のお話しなら、何でも聞きたいですよ。それに、先生がそう言うお話しもしてくれるようになったのは、私を信頼してくれたんだって思えて、嬉しいです……って言うとちょっと意地悪でしょうか」
「ううん。ありがと」
但馬は電話越しに薄く笑った。
「でも……大変ですね。お仕事に熱心になればなるほど、人が離れて行っちゃうのでは」
「うん、まあ人に拠るんだけどね……」
「なんとかなりませんかねえ」
「それに関しては、まあ、なんというかヒントみたいなのは貰ったよ。エリオスさんたちに」
「そうなんですか??」
「うん、なんて言うかさ、あの人達ぶっ飛んでるじゃん? ある程度理解は出来るけど、真似は出来ない。要は価値観が違うんだ。それは俺と、今の世界のみんなもそうなんだ。例えばブリジット、空の上には何がある?」
突然そう尋ねられて、ブリジットはドギマギした。但馬のことだから、普通の答えじゃ満足しないかな? と思って慌ててしまったが、今求められてるのは普通の答えだろう。彼女は落ち着いて、思いついたままを口にした。
「空の上には雲がありますよ。あと星と、太陽と、月と……あとは何でしょう。天国でしょうかね」
「そう、それだよ。空の上には天国があるってみんな思ってる」
「あ、あるんですか!?」
ブリジットが勢い込んで聞いてきたが……
「ない。残念ながらブリジット。空の上に、天国は見当たらない」
キリスト教に限らず、あらゆる宗教は、天国・極楽浄土を天空に求めたが、現代人ならば当たり前のように知っているが、空の上に天国なんてものは存在しない。地球は球体の天体で、人間はその地表に吸い付いて暮らしている。我々が空と思っているものは、その地球にまとわりついた大気の外側のことであり、そこには宇宙空間がどこまでも広がっているだけだ。
しかし、普通に暮らしている分には地球が球体であるということは認識することはまず無理で、それどころか、地表が時速1600キロで高速回転しているなんて、到底信じることは出来ないだろう。
だから人間はいつも空を見上げながら、空の上には天国があって、ひげを生やした神様がいて、死んだらそこへ召されるのだと考えていた。それを裏付けるように、コペルニクスやガリレオは裁判にかけられ、ひどい目に遭わされたわけである。
それを聞くと現代人は、当時の教会は横暴だと憤りを感じるわけだが、だが権威ある教会の体たらくを嘆くのは構わないが、実際、当時の人間からしてみると、果たしてどちらが酷かったのか……空の上には神様がいるはずなのに、自分たちの価値観を捻じ曲げる、コペルニクスたちの方が酷いと言っても、それはそれで間違いないだろう。
人々は神様の存在を信じたかったのだ。その証拠に、20世紀も後半になって、ようやくガガーリンが大気圏の先の先っぽまでたどり着いて初めて、人々は天動説から完全に脱却することが出来たのだ。
地球は青かったと言ったガガーリンは、同時に髭面の爺さんなんてどこにも居ないと吐き捨てた。これは西側のキリスト教国家を揶揄するために、無神論者の彼がつぶやいた言葉と言われており、要するに空の上には神様はいないと、事もあろうにソ連人に証明されてしまったわけである。
これを聞いたアメリカ人はショックを受けると同時に、失意と敗北感を心の底から味わった。それまで宇宙開発予算など無駄遣いの極みと渋りまくっていた議会は180度方針転換し、その後のアポロ計画へと邁進していったわけである。(まあ、本当は言ってないんだけど……)
ともあれ、20世紀にもなって、2度の大戦を経て、様々な科学技術の恩恵を受けてなお、人々はお空の上の神様を信じていたわけである。それほど人々の宗教観や常識というものは覆し難く、それを否定しようとすると言うことは、仮にそれが正しいことであっても、激しい抵抗を受けるものであり、やっぱり異端なわけである。
「俺はコペルニクスやガリレオにはなりたくないよ。だからどうしても腹を割って話せる相手が限られちゃうんだ。弟子をとってもお互いのためにならないなら、もう取らないほうがいいのかも知れない」
「……残念ですね。いつか先生の話すことを理解できる人が出てくればいいのですが」
「そうだね。だから、そのために本を書こうと思うよ」
「本ですか?」
「うん。本なら、要らんことを口走ることもないし、俺が直接教えなくっても、学ぼうとする人が勝手に学んでくれるだろう。せっかく活版印刷も行ってるんだ、アナスタシア聖書ほどのベストセラーは無理だろうけど、俺も何か著書を残しておこう」
まあ、内容はニュートンやボイル、シャルルのパクリなのだが……無いんだから誰かが書かなきゃ仕方ないだろう。あとは最低限の数学知識をまとめておくくらいだろうか……自分だったら、受験勉強でもなければ絶対読みたくないな、こんなもの。
「先生のご本ですか。きっと私じゃチンプンカンプンなんでしょうね……」
「うーん……それ以前に、退屈そうで、読んでくれる人いるのか不安になってきたよ」
「先生のご本なら、絶対ベストセラー間違いなしですよ?」
「そう?」
「ええ、読んでも理解できなくても、みんなが買うと思います」
それじゃダメなんだが……苦笑していたらブリジットが面白いことを言い出した。
「エリオスさんは間違いなく買うでしょうね。きっと、生まれてきたお子さんに読んで聞かせると思いますよ……ああ、でも、多分エリオスさん読み聞かせながら、すごい顔してそうです」
「ぶっ……それは見ものだ。確かに、あの人そういうことやりそうだよな」
リオンに対しても意外と優しいところあるし……
「でも、そうか……子供か……」
今まで数学的知識の問題で、弟子をとっても知識の継承が出来なかった。ぶっちゃけ、インテリとは言っても、四則演算は出来ても方程式は解けない……なんてのがザラに居るのだ。せっかく教えた彼らも、こうして離れていってしまったわけだし……もう、そんなの手取り足取り教えていくわけにはいかない……
だが、小さい頃から数学に慣れ親しんでいれば話は別だろう。ニュートン物理学には付き物の微分積分だって、必要だからこそそういうのが出来たのだから、子供のうちから知識を積み重ねていけば、彼らなんかよりはるかに早く、自分なんかよりももっと深く理解出来る子供が出てくるかも知れない。なにせ、子供の可能性は無限大なのだ。
逓信大臣として国内のインフラを司ってはいるが、インフラとは社会的基盤のことなのだから、何かの施設だけに限らなくてもいいのではないか。教育そのものもインフラの一つと考えれば、自分の次にすべきことも見えてくるのでは……
しかし、学校か……
但馬は思わず苦笑した。ぶっちゃけ、この世界にきて、何度か自分で教育機関を作ろうかと思ったことはあったのだ。何しろ工場経営をするにしても、仕事を覚えるのに貴族と平民ではその理解度がかなり違う。なんというか、頭の回転が違いすぎるのだ。
だから、必要な人材を確保するためにも、教育機関が必要だなと何度も思いつきはしたのだが、その度に、その教育にかかる時間を考慮して頓挫した。生産性を上げるために教育が必要でも、その教育に時間がかかるのもまた事実なのだ。
教育とはいわば人材投資なのだが、そのリターンははっきりしない。何がどうなれば教育が成功したと言えるのか……受験勉強じゃないんだから、その尺度が全く無いわけだ。会社経営者が、役に立ちそうもない資格ばかり取らせたがる理由が分かった気がする。少なくとも、政府からお墨付きは貰えるのだから。
だから経営者として社員の教育を考えてみたところで、そんな曖昧なものには今まで手が出せなかった。だが、国務大臣として国民の教育をと考えてみれば、その限りではないだろう。国家にとって国民の教育とは、その生産性の向上を意図した国富の増大で間違いないのだから。
丁度、エリックとマイケル、それにアナスタシアのOJTをやってる最中だし、色々意見を聞いてみるのも良いだろう。経験のない彼らに、仕事をしてみてどう感じたのか、生の感想を聞けるのは有り難いはずだ。
それ式に考えれば、リオンも連れて行くのも良いかもしれない。大人ではなく、子供の意見が今は大事だし。それに、いっつも家で一人で遊ばせてて、ちょっと可哀想にも思ってたところだ……たまには相手してあげないとなあ……
子供といえば、もしも将来ブリジットとの間に子供が出来たら、どうなるのだろうか。養子だからってリオンとの間に差をつけるようなことがあっちゃ可哀相だし、気をつけねば……って、ブリジットと子供って言うと、なんだかとんでもないことを考えているが、ブリジットの子供なら王族ということになるのだし、やっぱり乳母とかがつくのだろうか。きっと王宮で大事に大事に育てられるのだろうが、そしたら自分の赤ちゃんと別々の家で暮らすことになっちゃうのか……あいや、もしかして自分が王宮で暮らすようになるのだろうか。ブリジットは女王になるが、自分は別に王様になるわけじゃない。こういうのはなんて言うんだろうか……一度その点、二人でよく話し合って置いたほうがいいのだろうか。しかし……子供か……ブリジットの赤ちゃん。あ、やばい……おっきして来ちゃった。てへっ。でも、でもでも、彼女だって行く行くは自分のあれをこうずっぽしと考えてるだろうし、ここは一つ思い切って……
「あああ、あのあのあの、ブリジットさん? もしもだねえ、俺と君のその……あああ、あかあかあか、赤ちゃんが生まれたらその……」
「なんじゃとー!!? お主、もしや嫁入り前の娘に手を出したのではあるまいなっ!!」
「ひぃぃぃーーー!!!!???」
受話器の向こうから、しわがれた怒声が聞こえてきて、但馬は心臓がひっくり返った。
「へへへ、陛下!? 何故この電話にっ!!」
「いつまでも長電話をしておるから、尋ねてみればお主だと言うから……儂もお主に用があったでのう。しかし、替わってみれば但馬よ……お主、もしや婚前の生娘相手に、良からぬことを考えているのではあるまいなっ!?」
「めっ、滅相もないッ!!」
「よもや、そのようなことがあって、首と胴体が繋がっていられるとは思うな。まったく……ところでお主、儂との約束は、ちゃんと憶えておるのじゃろうな。孫娘との仲を認めて欲しければ、新大陸を発見してくると」
「あ、はい、もちろんですとも……しかしその、航路や人員、船団の確保に、寄港地のことなど問題が山積みでして、なかなか今すぐにとは行きませんで、はい……」
「ふむ……まあ、お主は忙しいゆえ、仕方あるまい。大臣の仕事もあるしのう。じゃから、儂からも助け舟をと思って居たのじゃが……これではやる気が削がれる」
「も、申し訳ございません!」
但馬が背筋をピンと伸ばして電話に向かって何度も何度も頭を下げていたら、受話器の向こうで長い長い溜め息が聞こえた。
「はぁ~……まあ、よい。儂も若い頃はそんなものじゃった……よいか? くれぐれも、いかがわしい行為はするでないぞ」
「はっ!」
「本当に本当じゃぞ!?」
「もちろんでありますっ!」
「……本当に大丈夫じゃろうか……」
何がだろう? と思い、返事をすべきかどうか迷っていたら、チンッと音が鳴って電話が切れた。
……ブリジットと話し中だったのであるが……
また、落ち着いたら彼女から折り返し電話がかかってくるだろうと、但馬はそのまま電話機の前でじっと待っていたが、その後、電話のベルが鳴ることは無かった。自分からかけ直すのも、この場合はバツが悪く……但馬はモヤモヤした気持ちを抱えたまま、その日はベッドに入った。