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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第五章
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西海会社 - West sea company ②

 何しろ日本という国は銃の所持が禁止されているから、発砲された弾が殺傷力を持つに至る理由を、まともに考えたり調べたりすることがない。故に、火薬と言うものは火をつければそれだけで、ポンと爆発するものだと勘違いしている向きもあるだろうが、もちろんそれは間違いである。


 火薬に火を点けるとどうなるか。その反応自体は、意外とみんな馴染みがあって、テレビや動画で何度も見たことがあるはずだ。手品師がトランプに火を点けると、それが突然勢い良く燃え上がって、次の瞬間には跡形もなく消えてしまう、あれである。


 あれはトランプ自体が綿火薬(ニトロセルロース)と呼ばれる“紙”で出来た火薬で作ってあって、火をつけると酸化、つまり燃焼して消えてしまうようになってるのだ。まるで花火のようだが、実際、花火の原料である黒色火薬も同じことで、粉状の黒色火薬に火をつけるとどうなるかと言えば、シュッと火が勢い良く燃え上がってそれで終わりである。手品の時と同じだ。ドッカーンと爆発したりはしない。


 じゃあ銃から弾丸がもの凄い勢いで飛び出してくるのは何故かと言えば、実はこの火薬に火がついた際に発生するガス圧が原因で、その仕組みを簡単に説明すると、空気銃のそれと全く同じことなのだ。


 恐らく、多くの人が小学校の理科の実験でやったことがあるのではないかと思う。注射器型のシリンダーの先っぽにコルク栓を詰めて、ピストンをギューっと押し込んでいくと、やがてシリンダーの中で圧縮された空気がコルク栓を押しのけて、ポンっと飛び出る実験だ。


 この時、空気銃から発射されるコルク栓の勢いは、圧縮された空気の圧力に比例する。逆に言えばコルク栓が飛ばずにどれだけ我慢できるかが問題で、ほんのちょっぴり(重さは変わらないように)コルク栓を大きくすれば、シリンダーにかかる摩擦抵抗が増えるので、空気銃の威力は増すだろう。極端な話、理論上は人を殺傷出来るまで、威力を上げることだって出来るはずだ。


 火縄銃もこれと同じだ。


 火縄銃はシリンダー状の銃身の先から、まず火薬を入れ、次に弾を入れてギューギューと押し込む。すると①銃身の筒底、②火薬、③弾丸、がこの順番で隙間なく並ぶはずだが、ここで真ん中の②火薬に火を点けるとどうなるだろうか? 火薬が一瞬にして燃焼ガス……亜硫酸ガスや二酸化炭素という気体になる。


 つまり、固体である火薬から、気体である燃焼ガスに昇華することで、筒底と弾丸の間に強烈なガス圧が発生し、押しのけられた弾丸が、銃身から勢い良く射出されるというわけだ。


 このように、酸素がない状況で物を一瞬にして燃焼させる能力を持つ物質を酸化剤と呼び、黒色火薬の場合は硝石がそれに当たる。硝石の化学式『KNO3』が示す通り、それには酸素原子(O)が多く含まれており、こういった特徴のある物質は火薬になりうるわけである。


 塩水を電気分解した際に得られる次亜塩素酸ナトリウムも実はそうで、水酸化ナトリウム、塩素ガス、水素ガスを取り除いた水溶液を乾燥させるか、もしくは塩素を吹き込んだりすると、塩素酸ナトリウム『NaClO3』の結晶が得られる。


 この物質はかつて漂白剤や除草剤として広く使われており、農村部で普通に売られていたそうだが、化学式を見ての通り酸化剤としても機能するから、腹腹時計と呼ばれる昭和のゲリラ教本で火薬の原料として推奨されていた。爆弾を作りたきゃ山へ行けと。改めて、もの凄い時代である……


 爆弾というものも、やはり圧力を利用したもので、硬い容器の中に火薬をギュウギュウに詰め込み何らかの方法で火をつける。すると、容器の中で猛烈な勢いでガス圧が生じ、ついに耐え切れなくなった容器がドッカーンと風船のように破裂して、中身を撒き散らすわけだ。つまり、爆弾の威力とは、この容器が圧力にどれだけ耐えられるかにかかっている。


 大昔の『てつはう』や『焙烙火矢』なんてものも同じ仕組みで作られており、これらは陶器の中に火薬を詰め込んだものだったそうだ。しかし陶器はすぐ割れてしまうため、それほど殺傷能力は無かったようだ。面白いのは、打ち上げ花火は実は紙で出来ていて、何重も何重もグルグルと巻き付けて多大な圧力に耐えられる構造になっているから、あれだけの爆発を起こすのだそうな。紙というものも工夫次第で強くなれるものである。


 因みに、昭和の左翼ゲリラなんかは、爆弾の容器に鉄製の鍋や圧力釜を使っていたそうで、爆弾の作り方が教本に書いてあったのは良いものの、爆発物の取り扱いについてはお座なりだったせいで、金属製の鍋を閉める時に火花が散ったり、冬場の静電気なんかでポポポポーンとやってしまうことがあったらしく、自分で呼んだ救急車に乗ってお縄になったなんて笑い話もあるくらいだ。


 そう言えば、圧力釜と言えばボストン・マラソンの爆弾テロが思い出されるかも知れないが、当時ワイドショーでコメンテーターが喜々としてその製造法を語ってしまい、大層お叱りを受けたそうだが、要するにそいつらは身に覚えがあったわけである。けしからんね。


 さて、前置きを長々としてきたが、この爆発の力を動力に利用したのが内燃機関……いわゆるエンジンと呼ばれるものである。火縄銃の場合は火薬から発生したガス圧で弾丸を飛ばしたが、エンジンは爆発によるガス圧の力でピストンを動かし、クランクを回そうと考えたのだ。


 その大まかな仕組みは、


 1.燃料をシリンダー状の燃焼室の中に入れる。(吸入行程)

 2.燃焼室内の燃料をピストンが押して圧縮する。(圧縮行程)

 3.圧縮された燃料に点火し、ピストンを押し返す。ピストンの先はクランクに繋がっており、それをグルリと回転させ仕事をする。(燃焼膨張行程)

 4.燃焼室内に残った燃えカス、いわゆる排気ガスを排出する。(排気行程)


 このように4サイクルで動くエンジンを4ストロークエンジンと呼ぶ。2サイクルなら2ストローク。よく単車乗りが2スト4スト言ってるあれである。競技用自動車などは、その燃焼効率を良くするために、敢えて6サイクルにしているものもある。


 またサイクルごとにどれも同じ方法で動いてるわけではなく、同じ4ストでも設計者によって点火方法が違ったり、吸排気が違ったりと工夫が見られ、俗にいうロータリーエンジンも4サイクルで動いている4ストロークエンジンの仲間だったりする。


「で……これの良いところは、とにかく小型軽量化が出来ることです。蒸気機関のような外燃機関は、肝心の機関部以外に、ボイラーと燃料と蒸気を生み出すための水も必要で、大きいだけじゃなくて、重い。そのため施設が大型化し、更に近くに水場が必要で、色々と制限がある。まあ、その代わり強力な物が作りやすいんですが……その点、内燃機関は燃料さえあればどこでも使えるので、用途の幅が広がるわけです」

「なるほど……しかし、燃料はどうするんだ? 火薬を使ったら、発火の度に燃焼室が汚れていって、すぐに使えなくなるぞ」

「仰るとおり、固形燃料なんて使えないから液体燃料を使います。そのために、シドニアで油田開発を行っていたわけです」

「ああ、あれか……どうしてあんなものを、そんなに欲しがるのか分からなかったが、これを作るためだったんだな」

「それだけじゃないですけどね……石油を温度により分別蒸留した、特に揮発性の高い液体を総称してガソリンと呼びますが、これを霧吹きを使って空気と混合し、燃料とします。外気を取り入れるので埃を吸い込んだり、爆発させると燃焼カーボンと呼ばれる煤が出ますが、同時に水蒸気も発生するんで、エンジンを動かし続けていればよほど質の悪い燃料でない限り、燃焼室が使い物にならなくなることはないはずです」


 それに排気ガスでの困り者と言えば、煤なんかよりもSOxやNOxと呼ばれる硫黄酸化物、窒素酸化物の方だ。これはおいおい対処するとして……


 但馬が親父さん相手に解説をしていると、二人のやり取りを聞いていた彼の部下が、ウズウズとしながら声を掛けてきた。


「閣下! 質問してもよろしいでしょうか?」

「閣下はやめて欲しいけど……どうぞ」

「燃料を取り込んだシリンダー内で、どうやって着火すれば良いのでしょうか。マスケット銃みたいに、火打ち石なんかは使えませんよね?」

「良い質問ですね。もちろんそんなことしません」


 一般に、ガソリンエンジンでは点火プラグの放電によって燃料に点火する……


 故に、最終的には点火プラグももちろん作るつもりだが、さしあたってはそれが必要のない方法を取った方が良いだろう。


「石油から生成される炭化水素ガスは揮発性が高いという傾向の他にも、周りに火の気が無くても発火しやすいという特徴があります。この自然発火する温度のことを発火点と呼びますが、軽油やガソリンなんかはこれが250~300℃と、かなり低いんです。


 ところで、冷蔵庫を作った時を思い出して欲しいんですけど、物質の温度は体積と圧力に関係する。つまり、燃焼室内の空気がピストンで圧縮されると高温になるわけで、これが燃料の発火点を超えれば自然発火するでしょう?」


 その場に居た数十人もの人々が、「おお~っ!」っとどよめき、感嘆の息を漏らした。彼らは但馬の言葉や、黒板に板書した物を必死にノートに書き留めている。


 会社の規模が大きくなるに連れ、最高責任者の但馬がその全てに参加しようとすると、会議の効率がどんどん悪くなっていった。但馬の体力も持たないので、妥協してかなりの数を人に任せるようになった。


 しかし、但馬の持つこの手の現代知識(それとも古代知識?)や、錬金工房が日々行っている化学反応研究の集積は、どうしても開発陣が集まって共有しなければならないから、いつしかハリチの錬金工房に月に一回程度の割合で集まって、こうして講義形式で行うようになっていた。


 親父さんたちの蒸気船の開発がいよいよ大詰めを迎え、進水式も機関のテストも船への積み込みも終わり、後は艤装を待つばかりという段階になった時、但馬は次なるステップを踏むために、内燃機関の研究開発を指示することにした。


「この圧縮着火方式の内燃機関をディーゼルエンジンと呼びますが……まあ、なんでそう呼ぶのかはともかくとして……この着火方式だと混合気体燃料は使えず、圧縮空気に直接燃料を噴霧する必要があります。また、発火点まで空気を圧縮するのに、ピストンを深くする必要があるため、エンジンの回転数が上げにくいという欠点があります。その代わり、パワーが得やすく、大型化もしやすいので、まあ、一長一短ですね。


 混合気体を使う場合は、やはり点火プラグのような外部の仕掛けが必要なんですが、これなら回転数は上げやすい。一応、プラグ無しで着火する方法もあって、焼玉エンジンと言うのですが、燃焼室の上に球状の空間を作っておいて、そこをあらかじめ熱しておきます。高温ですから、混合気体燃料がピストンで圧縮されてそこに触れると、自然発火が起こると言う仕組みです。これと同じ考えで、燃焼室内のどこかに電熱線を差し込んでおくという方法もあります……」


 そんな具合に会議は続いた。


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