ところで、おまえら彼女いるの?
ハローワークがあんのかよ……と、げっそりとした気持ちのまま、但馬は穀倉地帯を抜け川を渡り、リディア国の首都、ローデポリスの城壁にたどり着いた。
遠くから見たときから、もしかしてそうじゃないかと思った通り、城壁の材質は明らかにコンクリートのようだった。近寄って叩いてみた感じ、強度もかなりありそうで、砂利等の骨材がしっかりと混ぜられているように思われた。鉄筋が入っているのか、それとも石の土台の表面がスベスベになるように、塗りこんでるだけなのかは分からないが、どうやらこの国にはそう言った土木建築技術が既にあるらしい。
コンクリートの歴史は意外と古く、紀元前4世紀のローマ水道にまで遡る。
ローマ建築には度々セメントが登場するが、このローマ水道の建材も、主成分は火山灰と石灰岩、それに粘土や蜂蜜などを混ぜて水で固めたセメントであったと言われている。その後ローマ水道は、紀元3世紀ごろまで随時拡張され、1千年以上の長きに渡って、ローマ周辺に水を運ぶ大動脈として利用されていたそうだ。現在でもその一部が現役として利用されていると言うから驚きである。
しかし、この古代ローマの偉大な発明も帝国が崩壊するとあっけなく失われ、復活は18世紀末の産業革命期を待たねばならない。セメントは漆喰よりもずっと水による腐食に強く、産業革命が進むにつれ、耐水性に富む建材が求められた結果、過去の技術が蘇ったようだ。人口爆発など無縁の中世には必要ない技術だったのだろう。
因みに、セメントが固まる仕組みは、実は未だに良く分かっていないらしい。石灰石を焼成し粉砕した粉に、砂や粘土、石膏を混ぜたセメント粒子が、水を加えると化学反応を起こして結晶化すると言うのが定説であるが、コンクリートは光を透過しないので調べようが無く、はっきりそうだとは言いきれないのだそうだ。
セメントはそれ自体も硬いが、骨材と呼ばれる砂や砂利を混ぜて固めたものをモルタルやコンクリートといい、現在、主力の建材として使われている。また鉄骨を骨格として埋め込んだ鉄筋コンクリートは引っ張り強度に優れ、高層建築に欠かせない技術であることは、誰でも常識的に知ってることだろう。
但馬は唸りながら道路に戻ると、待っていたブリジットと合流し道なりに城門まで歩いた。
恐らくはそのコンクリート技術で建てられたのであろう、西洋風の楼門のような城塞があって、そこを潜れば街の中は人で滅茶苦茶賑わっていて、まるでお祭り騒ぎのようだった。
人々は大都会の住人らしく早足で忙しなく歩き、ひっきり無しに馬車や荷車が通り過ぎ、それを憲兵らしき者が交通整理している。どうやら車両は日本と同じく左側通行のようである。
見たところ、砂利を敷いているくらいでろくな舗装もされていない道路を、つっかえもせず軽々と通り過ぎる馬車を見て、但馬は唖然とするしか無かった。何しろこの国の馬車や荷車は、全てタイヤを履いているのだ。道行く人々はみな木靴を履いていたが、恐らくそのソール部分は但馬のサンダルと同様ラバーで出来ているに違いなかった。つまり、ゴムの加工法を知っていると言うわけだ。
服装はみなまちまちで、大抵の場合は半そでのポロシャツのようなものや、アロハシャツのような開襟シャツを着て、ジーンズのようにネイビーに染められてはいないが、厚手のコットンを重ねて作った、丈夫そうなスラックスを履いていた。帯剣が許されているのか、みな腰のベルトにナイフや長刀を下げており、たなびくマントから時折それが覗いて、まるで西部劇のガンマンのようだった。
総じて半そでが目立つのは、穏やかな陽気のお陰であろう。例のイルカが常夏と言っていたが、但馬の感覚では常春と言ったほうがいいような具合だった。多分、温暖化がまだそれほど進んでいないからでは無かろうか。
街の建物は木造とコンクリらしき石造りが半々で、北欧の木造建築に良く見られる、2階部分が張り出したハーフティンバー様式の味わい深い建物と、近代のモダニズム建築の幾何学的な形状の建物が交互に並んでいた。
そう言えば、昨日酒を飲んだPXも木骨造だったのだが、その壁が白いのは、きっと漆喰だろうと思っていた。しかし、今にして思えば湿気に強いモルタルだったのかも知れない。海辺の街にはそんな風な建物がごまんとあった。
気候が穏やかなお陰で暖炉が必要ないのであろう、家々に煙突は見当たらず、たまに見つけたかと思うと、十中八九もの凄い黒煙を上げていた。
何事だろうか? と黒煙の元を辿ってみれば、それは大抵の場合鍛冶屋で、石炭を燃料に鉄精錬を行っているらしかった。
フライパンや包丁などの日用品の他に、国が戦争中なせいで需要が高いのか、どこの軒先にも大量の武器が展示されている。
但馬はその中に麝香のような独特な刃紋を見つけ、もしやと思って店の人に頼み込み、鍜治場を見学させてもらった。中では沢山の男たちが、厚での鉄インゴットを何枚も重ねては叩き、薄く延ばしたものを切って重ねてまた叩きと、積層鍛造を行っていた。そして、仕上に彼らは、薄く延ばした鉄をグルグルと捻って、独特の刃紋を付けていたのである。
あれは恐らくダマスカス鋼だ。
シリアのダマスカスで生産され、その鋭い切れ味から世界にその名を知らしめたダマスカス鋼の刀剣も、19世紀にその生産が途絶えてしまうと、以降、その製造方法は謎に包まれていた。しかし近年、解析技術の進歩によって、残された刀剣から当時の方法が判明すると、その再現が試みられ、現在ではマニア向けではあるが、再生産がされるようになったという、21世紀の技術である。
時代が前後するから彼らが独自に開発したという可能性もなくもないが……どうせまた、勇者なんだろうな……
但馬は店番に礼を言うと、唸りながら表に出た。
精錬の燃料が、石炭であることも気になった。
石炭による精錬は紀元前から行われていたそうだが、それはごく一部のことで、石炭が燃料として持てはやされるようになったのは、これまたご存知の通りワットによる蒸気機関の発明が成された産業革命期以降のことである。
それ以前は手軽さから木炭を利用するのが普通であり、わざわざ石炭が掘り起こされることは無かったのだ。だから、よっぽど石炭が出るのだろうか、それともなにか理由があるのだろうか……常夜灯が見当たらないので、電化はされていないだろうが、もしかしたら蒸気機関くらいは既にあるのかも知れない。
但馬はこの国がどのくらい近代化されてるのかが気になり、ブリジットに産業構造について質問してみた。
「産業ですか? なんと言ってもゴム製品ですけど、石炭、鉄鉱、ガラス工芸、砂糖、製塩、綿花など、リディアは大陸屈指の輸出国ですよ」
リディアは資源が豊富で、特に硫黄が最大の産出品であるとのことだった。リディアの港の目の前には、ロードス島と言うでっかい火山島があり、その最高峰ローゼス山は今でも噴煙を巻き上げている。
何だか巨人像でも建てられてそうな名前だったが、あるのは温泉くらいであり、あとは石灰石とそこそこの埋蔵量の鉄鉱石以外に、かつてのロードス島に価値は無かった。寧ろ、それのあげる噴煙が土壌を汚染し、魚を寄り付かせない原因となっていたので、邪魔に思われていたくらいであったらしい。
それが近年、ゴムに硫黄を混ぜる方法が発見されると、一躍国の主要産業へと躍り出たのだそうだ。それまでのゴムは、すぐに劣化したり溶けたりして使い物にならず、素材としてまったく注目されていなかった。
どうして近年それが発見されたのかと言えば、
「勇者様が北方大陸で亡くなられて起きた内戦で、大量の難民がリディアに押し寄せてきたんですが……」
彼らが様々な技術を持ちこんだお陰で、リディアは第二次勇者ショックみたいな急成長を遂げたらしい。因みに第一次は例の農業革命だったとか。残った鉄鋼業やガラス工芸も、似たようなものであり、つくづく勇者がいないと成り立たない国である。
通りすがりの別の鍛治屋にマスケット銃らしきものが見えた。まだあまり認知されてないようだが、もう間もなく、この国も銃の時代に突入するのだろうか……
げんなりしながら先を進むと、鋳型に使用していたのだろうか、どの鍜治場の店先にも、いくらかのグラファイトのカスが散乱しており、それを子供たちが拾ってチョークのように壁に落書きをしていた。気がついた大人が怒鳴るように注意すると、彼らはきゃあきゃあ言いながら路地裏へと駆け込んでいった。
その路地を通り過ぎるとき……但馬はムッとした臭気を感じ取って、顔を顰めた。
嫌な予感がする……
「あ、ちょっと。勇者さん、どこ行くんですか?? そっちは行かないほうが……」
子供たちの消えた狭い路地に飛び込んだ但馬は、壁に手をついてカニ歩きをするようにして奥へ進んだ。ブリジットの静止する声が聞こえたが、彼女は入ってこないつもりのようだった。
それもそのはず、狭い路地を抜けた先には、目を開けているのもきついほどのアンモニア臭が立ち込めており、路地裏には鼻がひん曲がりそうなくらい大量の汚泥が積み上げられているのだった。
バシャバシャと汚泥を巻き上げて走り去る子供たちの後姿が見える……ギシギシと建て付けの悪い窓が開くような音がして、見上げれば近くの建物の二階から何者かが、路地裏に向けてバシャーッと汚物をぶちまけていた。
ねずみがちょろちょろと、屋根から突き出た桟の上を駆けていく。
地面で何かが蠢いていると思ってよく見れば、それは異常繁殖したゴキブリの群れだった。
こみ上げてくる吐き気を懸命に堪えつつ、ほうほうの体で路地から抜け出した。大通りに戻ってきた但馬は、いつの間にか呼吸をするのを止めていたらしく、あまりの苦しさに膝に手をついてぜえぜえと荒い呼吸をしていると、
「大丈夫ですかあ? だから止めたのに……」
ちょっと離れたところからブリジットが声をかけてきた。道行く人々も、心なしか彼を少し避けて通る。あの一瞬で臭いがついてしまったのだろう。
露骨に避ける彼女にイラっとして、
「ありがとうよ。案内なら、もう要らないぜ? こんな臭い男と一緒に歩きたくはないだろう」
と言ったら、渋々距離を詰めてきた。
それにしても……トイレに行きたいといったらOMRが出てきたところで、もしかしてとは思っていたのだが、この国のインフラは中世並みのようだった。砂漠でも無い、こんな海に面した街なのに、道行く人がマントをつけているのは何故だろうと思っていたが、理由は汚物が跳ねるのを防ぐためであろう。
コンクリ建築や農業やゴムなど、一見科学技術的に優れていると見せかけて、目立たない場所でどうにも落差が激しい。詰め込み教育されて自意識が肥大化した小学生みたいに、ちぐはぐな近代化がなされているようだ。勇者も、自分が出て行った国のインフラにまで責任が持てないだろうが、
「それにしても、下水道くらい整備しようと思わなかったのか? 83」
「下水……なんですか? それ?」
「……コンクリはあるのに上水道もない。77 水はどうやって汲んでるの? 85」
「水は井戸から汲み上げてますよ……あ、丁度あそこにありますね」
「滑車がついてるように見えるけど……ポンプは無いのか? 80」
「ポンプ……さあ、聞いたことありませんね」
「ゴムはあるくせになあ…… 89」
「ところで、さっきから、それ、なんの数字ですか?」
「何でも無いよ、92G」
通りすがりに道行く女性の健康診断をしながら目抜き通りを進むと、やがて街の中心部らしき広場に突き当たった。
街の中心部は欧州式の環状交差点のようになっており、その中央の広場は公園として解放されているようだった。大道芸人や絵描き、屋台がたくさん出ており、人で賑わう公園を見ていると、ここが地球ではないどこか別の世界だとは到底思えなかった。
そしてその広場に面した一等地に、他の追随を許さない、一際大きい、スターリン様式のようなコテコテの装飾が施された、無駄に豪奢な建造物が建っていた。左右対称構造のその建物は、全長200メートル、両翼の高さは凡そ20メートル、そしてその両翼に挟まれた中央塔は地下3階、地上15階建てのゴシック建築風の尖塔があしらわれた、高層ビルディングだった。
「見てください、勇者さん。これが我が国が誇る政庁、リディアインペリアルタワーです。近くで見てみて、どうですか? 大きいでしょう? ビックリしたでしょう」
「はいはい、びっくりびっくり……」
ブリジットは実に誇らしげに胸を張った。その無駄に贅肉のついた胸がブルンブルン揺れる。通りすがりの男たちがそれを見て鼻の下を伸ばし、次に但馬の顔を見て実に悔しそうに通り過ぎていくのでうんざりした。
しかしまあ、実際、ビックリはしていた。現代の日本に比べたら数段劣るが、それでも他に高い建物の無いこの国の中で、そのビルは一際目立っていた。これだけデカければ、きっと街のどこからでも見えるはずだ。その意匠がこってるのは、ランドマーク的な意味合いが強いのだろう。
例えば、マンハッタンに行ったことがある者からしたら、こんなものはチャチで見る価値もないのは確かである。だが、そう言う類の話ではないのだ。問題なのは、この世界に、このくらいの規模の建築物を建造する、土木技術があるということだ。
ぶっちゃけ、その建物があることは分かっていた。駐屯地を出てすぐに目についたし、農場のオッサンにも指摘されたし、見てすぐやたらデカい建物だなあ……と、気づいていながらスルーしていた。何しろ、これだけの巨大建造物となると、石造りは不可能といわざるを得なく、ファンタジーを全力で否定してそうなその建物を認めてしまうと、今後の展開が予想もつかなくなるからだった。
正直、ゲームだかなんだか知らないが、こんなわけのわからない世界に身一つで放り込まれたら、まともに生き抜くことすら困難なのは、明白な事実だろう。魔物も居れば夜盗も居る。命がくっそ軽かったりする。すでに死人を何人も見てしまった。
それを小説や漫画などでは、神様から与えられたチート能力や、現代人の知識を生かした内政チートで俺TUEEしていくのだろうが、ところが生半可な知識は、この世界では通用しないのである。
この世界で、但馬はそう特別な存在でもないわけだ。
じゃあ、どうやって生きていけばいいのだろうか……一日中寝っ転がっていても腹は減る。飯を食いたきゃ金が要る。しかし日銭稼ぎに躍起になって、この世界に埋没するわけにもいかない。勇者の足跡を辿って、元の世界に戻るのが最終目的なのだ。その算段をつけなければならない。
とすると、但馬に残されたアドバンテージは、自分でもどのくらい使えるのか、ちんぷんかんぷんな魔法の力だけであるのだが……
「……ところで、あのビルの中にハローワークがあるんだって?」
「あ、はい。職業斡旋所ですね、ありますよ。次はそちらへ行くんですか?」
「いや、出来ればお世話になりたくないと言うか……体が拒絶すると言うか……ハロワじゃなくって、冒険者ギルドとかってないの? こう、剣と魔法のファンタジーみたいな……」
「冒険者ギルド? なんですか、それ?」
ファンタジー世界の住人に、素でそう返されると、めっちゃ馬鹿にされてる気分になって、なんか凄く堪えた。但馬は脱力しながらも食い下がった。
「くっ……じゃあ、ハロワってどんな仕事斡旋してんの? 魔物退治とかってあるのかな」
「魔物退治? そんなのあるわけないじゃないですか。ハローワークですよ? 炭鉱夫とか農場のお手伝いです」
「え? でも、魔物、居るんじゃなかったっけ?」
「ええ、そりゃいますよ。主に森に潜んでいますが……」
「一般市民が襲われたりしないの? 野放しにしてたら大変だ。誰かが退治しなきゃ」
「はあ……あの、なんのために軍隊があると思ってるんですか?」
お説ご尤もである。釈迦に説法であった。但馬はぐうの音も出なくて、近くにあったベンチに倒れこむように腰を落とした。
あれれぇ~? おっかしいぞぉ~? ……もの凄い魔法の力があるというのに、それを活かしきれる自信が全く無い。
いっそ軍隊に入れてもらって無双しようか? いや、それだと国に縛られて勇者どころの騒ぎではない。いつまでこの国にいるつもりだ? 目的を見失ってどうする……大体、確実に大量破壊兵器扱いされるだろうし、そんなのは御免だろう。
じゃあ、どうしたら良いんだろうかと黄昏ていると、香ばしい匂いが漂ってきた。
顔を上げて匂いの元を辿ってみれば、広場の屋台でから揚げ串が売っていた。向かいのベンチにはアベックが座り、たこ焼きっぽい食べ物をアーンしている……揚げモノも粉モノも先に手を付けられている。打つ手なしだ……
「それで、勇者さん。次はどちらへ行かれるんですか?」
と、そわそわしながらブリジットが聞いてくる。
監視されるのはこの際許すが、そう急かされると癪に障る。これからどうするかって? こっちは打つ手なしで困ってると言うのに……それに一体どこまでついて来る気だろうか。多分、面白いものなぞ何も起こらないぞ。その旨を伝えて、そろそろお引取り願おうかどうか考えていると、
「あ! 分隊長、まだ任務中なんすか? お疲れ様でーす」
と、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
見れば釣竿を担いだシモンが友人らしき男二人を連れて、こちらへ歩いてくるところだった。その二人もブリジットに気づくと、恐縮した感じの挨拶を交わし、次いで但馬のことをじーっと盗み見にもなってない横目で睨んできた。何だよ、言いたいことがあるならはっきり言え。こんな乳袋なんざ、いくらでもくれてやる。ところでどうでもいいが、シモンよ。ブリジットが任務中だってことを、但馬にバラしちゃって良かったのか。
当の彼女も彼女でそのことには気づかず、
「お疲れ様です。釣りですか? そっちは休暇に入れて羨ましいですね」
「いやあ、休戦が決まって良かったっすよ。これで正月は家でゆっくり過ごせるっす」
「私も早くおうちに帰って、お風呂に入りたいです……昨日は結局、詰所で一晩過ごすことになっちゃいましたし」
「大変っすね。早く帰れると……あ」
あ、じゃねえよ、あ、じゃ……突っ込んでやりたいところだが、ぐっと堪えて気づいてない振りをしてやる。
二人は暫くあたふたしていたが、但馬が空気を読んでやると、やがてホッとしたように溜め息を吐き、取り繕うように世間話を始めた。置いてけぼりを食らった格好の男二人がボーっとしていたので、
「君ら、シモン君の友達?」
と尋ねると、二人は軍人らしく殊更丁寧な気をつけをして、
「はっ! 自分は征メディア軍321小隊エリックです」「マイケルです」
陸軍式の敬礼をして見せた。暑苦しい。
「ふーん……321って言うと、ブリジットの部下? みんな若い(ぶっちゃけ年齢的に大差ない)のに、大変だね」
「いいえ! 任務ですから! 軍曹殿にはいつもお世話になっております!」「ます!」
などと但馬に言いつつも、彼らはちらりちらりと横目でシモンと会話するブリジットのことを見ていた。気になって気になって仕方ないらしい。意外と人望があるのだろうか? いや、あるのはおっぱいか……
まあ、確かにブリジットは見た目はとても可愛らしい。金髪碧眼の童顔で、ショートボブの髪の毛は絹のようにさらさらとしている。体も小さいながらボンキュッボンなのに、鍛えているせいか引き締まるところは引き締まっている。その筋の人々にはたまらない感じではある。但馬だって92ではなく、せめて82であったなら、今頃デレッデレしてるはずである。
そう言えば、平成生まれの但馬としてはロリ巨乳と言ったほうが分かりやすいのだが、こう言うのを昭和の人はトランジスターグラマーと言ったらしい。小さくても高機能なトランジスタラジオのように、小さくてもボンキュボンッ! な女性をこう呼んだ、昭和34年の流行語なのだそうな……流行語て……
やはり昭和は侮れない。戦後復興という激動の時代を乗り越えて、大陸チベットでは虐殺が起こり、キューバでは親米政権が倒れカストロが粛清を行った年。おまえら一体何をやっていたんだと、もっとやれと、但馬はそれを始めて聞いたとき、心の底から日本人に生まれて良かったと思うのであった。
とまれ、明らかにブリジットを意識してそうな二人に対し、軍隊の規律的にこういうのってどうなんだろう? と思いつつ、自分には関係ないと、
「ところで、おまえら彼女いるの? ま○こって見たことある?」
それより、これだけ近代化してるなら、この世界の人たちって、自由恋愛についてどう考えているんだろうか? と思って、何気ない気持ちで聞いてみた。さっきから向かいのアベックが鬱陶しくて、石を投げつけてやろうか、舌打ちしてやろうか、涙を拭いて撤退しようか迷っていたからだ。
すると、
「かかか、彼女なんて、そんな!」「滅相も無いっす。自分はまだまだっす」
などと、昭和の純情少年ボーイみたいな反応が返ってきて、思わずこっちの方まで恥ずかしくなってしまった。真っ赤っかである。はて? 初対面の相手に尋ねるようなことでもなかったが、そこまで顕著な反応をするようなものだったろうかと首を捻った。が、すぐに察しはついた。
そういえばここは異世界だ。エロ本も無ければエロ動画も無い時代だ。だから、こいつらはエロに興味があっても、エロいことは良く分からない、昭和の小学生みたいなものだと思って、ほぼ間違いないのだろう。
「いやいや、そんなに畏まらないでくれよ。ちょっと気になったから尋ねてみただけなんだ。俺もさあ、今じゃ女なんて掃いて捨てるほど知ってるけど、君らくらいの年頃には毎日女の子のことばっか考えてたよ」
などと出鱈目をほざいてみたら、二人はもの凄い尊敬の眼差しで但馬を見ていた。
「まじぇっすか!?」「すんげえっ!」
但馬は、なんだかこいつら簡単に騙せちゃいそうだよなぁ……と思った。
「……彼女、欲しいの?」
「欲しい!」「欲しいっす!!」
……そう、思ってしまった。
それが後々、リディアの法を変え、大陸の歴史に残る大事件の、全ての始まりだったのである。