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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第四章
120/398

晩餐会

 カンディア公爵主催の晩餐会は厳かな雰囲気で始まった。


 若干中二病の入ったリディア人のやることだから、多少の覚悟はしていたのだが、晩餐会は別にそんな残念なことにはならず、生バンドが優雅なメロディを奏でる中、出席者が思い思いにテーブルを移動しながら会話する、良くある立食パーティーだった。


 まあ、ぶっちゃけ会食なんてどこの世界もそう変わらないのだろう。晩餐会が始まると、出席したお歴々はウルフの元へ寄って行って無難な挨拶を交わしてから、各々鋭い目を会場のあちこちに光らせていた。


 この会の趣旨はアナトリアの国力を、エトルリア南部諸侯に誇示するのが目的である。集まった客の全ては、主家を裏切ってまでアナトリアの傘下に入るか(建前上は独立するか)否かを決めるために、各諸侯から送り込まれた外交官だった。


 会場はウルフの宮殿の2階に作られた大広間で行われた。1階のエントランスホールから吹き抜けになっている正面階段を抜けるとすぐに、100人以上がゆったりと入れる式典用の大広間が広がっているのだが、集まった人々はまずその広さや綺羅びやかさよりも真っ先に、空調設備に驚いた。


 カンディアもリディアやメディアほどではないとは言え、亜熱帯に位置する島国だから、一年を通して気温は高い土地だった。ところが、この大広間は明らかに外と比べてひんやりとしており、よく見れば並べられている食事の数々には、氷がふんだんにあしらわれている。


 戦場を支配した大砲、建物の内外をライトアップする照明にも驚かされたが、気温をコントロールする術まで身に着けているアナトリアという国は、彼らの想像を遥かに超えていた。アスタクス方伯はこんな国と戦ったのかと呆れると同時に、彼がこのことを知っていたら、そんな愚は侵さなかっただろうと同情も覚えた。少なくとも、これらは実際に目にしなければ信じられないようなことばかりなのだ。


 そんな中、カンディア公爵夫人・ジルの実家により説得が完了されていた諸侯の中には、当主本人や跡継ぎが直接やって来た者達もおり、どうやら彼らによって、アナトリアの傘下に入った後で、誰がイニシアチブを取るのかの鞘当てが行われているようだった。


 そうなると当然その最有力候補はジルの実家であり、訪れた彼女の父親はとても誇らしげに、周囲の出席者相手に優越感に浸っているようだった。彼は非公式であるが、もう独立を決めたと公言して憚らず、諸君らも皇国のために貴族としての矜持を示す時だと、集まった諸侯の動揺を誘っていた。


 だが、そんなとき、慣れない席でカチコチに固まったブリジットが義姉の下へ挨拶に来ると、流石の彼もこれには愛好を崩し、腰の低い好好爺に様変わりするのだった。彼女は注目の的だったのだ。


 ブリジットは社交界というものに出たことがない。そのため貴族社会の間でも実は謎の人物で、聞こえてくるのは父親譲りの武勇伝くらいのものだったから、ガラデア平原の圧勝劇のあとでは、畏怖の対象にすらなっていた。ところが実際に会ってみればそんなことはなく、存在だけ知られていたアナトリアの姫が、ただの小さくて可愛らしい女の子であり、そのガチガチの緊張っぷりはなんだか微笑ましくも思える。


 そのため、あまりにも本人の見た目と聞こえてくる評判にギャップがあるせいか、メディアの事件の噂話などは、ただの誇張表現なんじゃないかと探りを入れてきた男もいたのだが……彼女が喜々としてその時の様子を語るものだから、気の毒な彼は次第に顔色が真っ青になっていった。


 タチアナはそのブリジットに付き従う形で彼女の行くところ全てについて回っていた。二人共こういう場に慣れていないので、せいぜい壁に花を咲かせましょうねと、共同戦線をはるつもりだったのだが、思いがけず武勇伝を求められたブリジットが絶好調になってしまったから、会場でも一際賑やかな輪の中心に絶えず居るはめになっていた。


 それがよほど居心地が悪いのか、話しかけてくるお歴々に対し愛想笑いを振りまきながらも、時折ちらちらと但馬の方に助けを求める視線を投げてきていた。


 ちょっと可哀想ではあるが、しかし、コルフのために南部諸侯と通じ合うのに協力してくれと言われた手前、今がそのチャンスなのだから手を出すわけにはいくまい。本当はブリジット共々フォローするつもりだったが、その必要もなくなった。頑張ってくれと合掌して但馬はそっぽを向いた。


 壁の花といえば自分の方がよっぽどだ。但馬は国内では有力貴族だったため、ブリジットたちより場数を踏んでいたが、所詮国内だけの話であるから、エトルリア諸侯には顔が全く知られていなかった。


 そのため、会場の中にいてもただの目立たない存在に成り下がっており、現状はウエイターよろしくボケーっと突っ立っているより他なかった。まあ、何か技術的な質問とかが出れば、自然と呼ばれるであろう。それまではせいぜい食事でも楽しんでおこうと、黙々とテーブルの上の食べ物を片付けていた。


 そしてその予想通り、やがて会場の中心の方に居たウルフから声がかかった。


「但馬!」


 正直、なんか苦手なので、用事がないなら呼んでくれなくても良いのにな……と思ったが、ここまで来てまだ一言も喋っていなかったので、家主に挨拶くらいしておいた方が良いだろうと近寄っていった。


「これはこれは公爵様にあらせられましてはご機嫌麗しく……」

「なんだ、気持ち悪い……いつも通りでいいぞ。久しいな但馬よ」

「……あ、そう? じゃあウルフ……」視線だけで人を殺しそうな目で見られた。「様……ウルフ様。お久しぶりです」


 恐らくウルフは但馬を紹介する意味も込めた呼んだのだろう。二人が会話を始めると、会場中のあちこちから視線が飛んできて全身がこそばゆくなってきた。


 謎といえば但馬もブリジットに輪をかけて謎の人物なのだ。かつて皇国中を荒らしまくった勇者タジマハルの名を名乗り、リディア一の大商人に瞬く間に上り詰めて、人々の度肝を抜く発明を続けている。それがどういう人物なのかは、会場にいる全ての人々の関心事であった。


 ぶっちゃけウエイターの方が色男だったので、あれ? っといった感じの反応ではあったが……


「早速だが但馬よ、俺の客人たちが色々と質問があるそうだ。電気や氷について、おまえの仕事に差し支えない程度で良いから、話してやってくれないか」

「いいですよ」


 ウルフからお願いをされる。もちろん、そのために但馬はこの晩餐会に呼ばれたのだから快く引き受けた。


 ウルフを取り巻く連中は、待ってましたとばかりにやって来た但馬に興味津々挨拶をすると、すぐさま色々と質問をぶつけてきた。照明の仕組み、空調の仕組み、火薬や大砲のような兵器のこと。彼らの興味は尽きない感じだった。


 但馬は別段これを隠すつもりは無く、その一つ一つを相手の気の済むまで説明してやった。しかし、現物を目の前にしても彼らには理解しがたく、最終的には難しい顔をして理解するのを放棄しているのが殆どであった。


 こういうものは実演して見せないことには、会話だけではどうにも想像がつかないものである。それにまあ、結局、彼らが本当に興味があることはそんなことでは無いのだろうし仕方なく、


「うちの会社も手広くやってますからね、イオニア海貿易がまた盛んになれば、今後これらの商品も扱うつもりで居ますよ。軍需品はちょっと分かりませんが、電気機器は間違いなく。ただ、そのためにはみなさんの協力が不可欠ですから、是非、国に持ち帰ってアナトリアとの末永い関係を築くことを検討していただければ、我が社としても大変喜ばしいことです」


 と言うと、話を聞いていた殆どの者たちから、俄然好感触を得られたようだった。


 彼らはこれからアスタクス方伯を裏切るのだ。その見返りがほしいのだ。手ぶらで帰るわけにはいかないから、何か分かりやすい手土産を欲しているわけだ。


 カンディアは本拠地じゃないのでそれほど多くは望めないが、それでもS&H社の倉庫が置かれていた。中身は軍需品が多かったが、インフラ整備も請け負っていたので、売り物はいくらでもあった。但馬は結局は商人なので、商談にしてしまったほうが手っ取り早いし、相手も分かりやすかったのだろう。商談を切り出すと相手はホッとした顔を見せたので、初めからこうしておけばよかったと、但馬の舌は滑らかに滑りだした。


 やはり、集まった彼らが一番欲しいのは大砲のようであったが、これはアナトリアの国防に関わるのでおいそれと売るとは言えず、彼らを落胆させた。ただ今回、それ以外の電気製品に触れたことで、新たな興味を惹くことに成功したようだった。ウルフの宮殿には、電気照明や空調設備、冷蔵庫、缶詰などがあったので、これら実物を例えに出しながら自社製品の解説を続け、そして興味を持った相手と片っ端から商談を始めると、いつの間にか但馬の周りには人だかりが出来ていた。


 主役そっちのけで商売を初めてしまったので、まずかったかな? と思ったが、ウルフをちらりと見てみたら満足そうな顔をしていたので、対応としてはどうやらこれで正解だったらしい。


 次に彼らが欲しがったのは、やはり電気を使った設備だったので、


「それは設備が大掛かりになりますから、現地に入らずにただお売りするのは難しいです。こちらに安全に商売が出来る拠点が出来れば、ご希望に添うことも出来るでしょうが……」


 と、暗に連合を組んで傘下に入れと促すと、彼らは真剣に検討を始めたようだった。これで、ウルフが期待していた揺さぶりは成功したと言えよう。義理は果たしたと、後は軽い雑談に留めることにした。


 その後、リラックスムードで会食が進む中、調子に乗ったブリジットが義姉に窘められてしょげ返っていたり、当てにしていたフォローもなく放置されたタチアナが恨みがましい視線を送ってきたりして、晩餐会は滞り無くそのスケジュールを消化していった。


 照明設備が完備されているウルフの宮殿は文字通り不夜城であり、もう真夜中だと言うのに、昼間のように明るい城の中でパーティーが出来るという、生まれて初めての体験に酔いしれた来場客は、晩餐会がお開きになっても用意された客室には戻らず、いつまでも会場で会話を楽しんでいるようだった。


 興に乗ったウルフは夫人が下がっても自分は帰らず、年の近い貴族たちを集めて、珍しく若者らしい顔をしながら笑っていた。いずれこの若い連中がウルフの軍閥になるのだろうか。


 その他、酒に酔うもの、新しい出会いに会話の花を咲かすもの、会場の隅で顔を付き合わせてヒソヒソと密談を交わす者達は、恐らく親しい同士で今後のことを肚を割って話し合っているのだろう。そんな連中があちこちに見つけられた。


 そんな中、気がつけばもう一つの関心事が、出席者の間で噂話のように広まっていた。それは夕方、但馬が宮殿に帰ってきた時、飛び出してきたアナスタシアのことである。


 アナスタシアは言うまでもなく、見る人の目を惹きつける魅力たっぷりな美少女であり、夕方のあの数瞬だけでもかなり多くの独身男性の興味を惹いていた。


 たまたま、綺麗なドレスを着ていたせいもあってか、そのため彼らは彼女との再会を心待ちにしていたようだが、会場をいくら探してもアナスタシアの姿は見当たらない。


 それもそのはず、


「ああ、あの子は俺の養女で、こういう席とは無縁だから」


 綺麗なドレスを着ていたのは、単にブリジットとジルに弄ばれていたからで、普段はそんなこともないと言うと、会場にいた多くの男性ががっくしと溜め息を吐いた。


 あの一瞬でこれだけの男を惹きつけたのか……と思うと空恐ろしくなると同時に、うちの大事な子に色目使いやがってと苛立ちもして、但馬は顔にこそ出さなかったが、結構な危機感を覚えていた。


 だが、それは今回に限っては杞憂であると言って良いだろう。


「……娼婦を……」「商売女を金で買って……」「……んまあ!」「やっぱり庶民出身はこれだから……」


 アナスタシアの話が会場を席巻し始めると、どこからともなく女性のうわさ話が聞こえてきた。多分、自分たちではなく、ここに居もしない女の子が会場の独身男性の話題を攫っているのが、彼女たちは気に喰わなかったのではないだろうか。


 その噂の内容に但馬は憤りを覚えたが……ただ、火のないところに煙は立たないと言うか、彼女らが言っていることは事実である。自分の家人のことだ。他ならぬ、但馬だからこそ知っている。


 うわさ話が会場を流れると、せっかく和やかだった会場に嫌なムードが醸しだされた。それを聞いて露骨にいやらしい笑みを浮かべる者、俺はわかってるぜと目配せする者、女性たちの軽蔑の眼差し、そして研ぎ澄まされた刃のように周囲を寄せ付けなくなったブリジットの静かな怒り。


 彼女は柔和だが、結構怒りっぽい。いつもの癖で鞘をカチカチやりたかったのか、普段なら腰だめに差して離さない愛刀(クラウソラス)を探って、左手が不自然に動いていた。


 やれやれ……本当は自分だって怒りたいのであるが……


 但馬は努めて平静な顔を装うと、ブリジットの元へ歩いて行って、会場から彼女を連れだそうとした。彼女の肩に優しく触れると、彼女は一瞬ムッとした顔を見せたが、相手が但馬だとわかると、クルクルと表情を変えてから、苦虫を噛み潰したような顔をして、これ見よがしに但馬の腕にギュッと胸を押し付けるようにしてぶら下がった。


 よく知りもしない人間にアナスタシアのことを言われるのも我慢ならなかったし、間接的に但馬のことまで馬鹿にされたのが悔しかったのだろう。但馬が連れだそうとしたのに、腕を引っ張っているのは、いつの間にか彼女の方になっていた。


 二人が会場を出ようと足を向けると、スッとタチアナが近寄ってきて耳打ちした。


「ヒュライア男爵令嬢です」


 フリジア子爵の遠縁で、彼の名代として派遣された女性だそうだ。序列が高いのであろうか、会場ではかなり横柄に振る舞っており、女性の出席者の間で女王然としていたので目立っていた。ウルフにはこれでもかと言わんばかりに愛想を振りまいていたが、多分自分が目立たなくなるのが嫌なのか、ブリジットのことは露骨に避けていた。


 但馬にはそもそも関心がないようで、全く会話を交わしていなかったが、ヒステリックな性格であるらしいことは凡そ見当がついていた。


「夕方に馬車でご一緒したレベッカさんは、彼女の使用人です」


 但馬は宮殿の前で馬車を降り、純白のドレスを身にまとったアナスタシアが、泣きそうな顔をしながら駆け寄ってきた時のことを思い出していた。ブリジットにコルセットをギューギュー絞られ、助けを求めてきたところで修道院時代の友達と再会した。


 あの後、使用人の彼女は主人の下へ戻り、但馬たちが何者かと問われて、きっと正直に答えたのだろう。それを咎める気はないが、出来れば気を利かせて貰いたかったというか、嫌な相手に知られたものである。


 今後、ますます綺麗になるであろうアナスタシアは、こういう機会も増えてくることだろう。今回はたまたま本人が居なかったからまだ良かったものの……その時、自分はどうすればいいんだろうか……


 まだ怒りが収まらないといった感じのブリジットを宥めつつ、怒ろうにもなんだか乗り遅れてしまった但馬は、出来るだけ周囲を見ないようにしながら、会場を後にした。


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