二組目の再会
急遽、晩餐会に出席することになってしまった但馬達は、仕方ないので時間まで近所を散策することにした。初めは宮殿内をあちこち回って暇を潰していたのだが、デカイとはいっても7階建て程度では、何時間も歩き回れる程ではない。あっという間に行く場所が尽きてしまって暇を持て余してしまった。
ブリジットは式典用の服は持参していたのだが、晩餐会への出席は想定外だったため、他に着れる服がなく、急遽城内で仕立てることになった。面倒だから軍港で着たアフタヌーンドレスで良いと言ったのだが、そんなわけにはいかないと、ジルを含め城内の女官たちによってたかって説教を食らった挙句に、無理やり引っ立てられていった。まあ、そう言う仕事をしている人たちだから、お姫様の世話はやり甲斐があるのだろう。とても放っておいてはくれない感じだ。
それを気の毒そうに見ていたアナスタシアも目についたのか、彼女はジルにとっ捕まって、等身大着せ替え人形にされていた。こっちはこっちで人の目を引く容姿をしているから、放っておいて貰えなかったのだろう。助けを求める切なげな瞳で見つめられたが、但馬は女性の楽しみを奪うとろくな事にならないことを経験的に知っていた。合掌して無言でその場を後にする。
その後、女性陣の着せ替えごっこからあぶれた男たちは、暇つぶしに街へ出た。久々にエリオス一人しか護衛が居なかったが、ヘラクリオンの街は州都とは言え人口が少ないから、それほど危なくもないだろう。
旅先で開放的な気分になっているのだろうか、珍しくウキウキした顔を隠さないリオンが、いい感じの棒きれを見つけてきては、それをぶんぶん振り回しながら先導していた。あれはきっと勇者の剣に違いない。
そう言えばリオンは勉強ばかりしてるそうだが、剣をもたせたらどうなんだろうか。亜人だし結構やるかも知れない。エリオスに尋ねてみたら、まあ但馬よりはやるだろうなと、そっけない返事が返ってきた。アナスタシアが尋常でなく強くなってしまったお陰で、比較対象に出来ないのだそうだ。
「だから、今剣を握らせても、すぐにあれが立ちはだかるから、あまり良い結果にはならんぞ。リオンはまだ小さいのだから、挫折経験を積むよりも、今は得意分野を伸ばしていたほうが良いだろう」
「へえ……」
「なんだ?」
軽い気持ちで聞いただけなのだが、思いもよらぬ返事が返ってきたびっくりした。
「エリオスさんは、あんまり子供には関心ないんだと思ってた。意外と色々考えてたんだな」
「そんなことはないぞ。リオンは将来、俺の同僚になるはずだからな。今から沢山勉強して、その時は助けてもらわねばならん」
などとつっけんどんな顔をしながら、彼はリオンの頭をクシャクシャと撫で回した。そう言えば、体格差からして、もっと怖がってもおかしくないはずなのに、リオンは意外とエリオスを怖がらない。
エリオスは但馬の家の敷地内に住んでるから、案外、自分が気づかない間に、遊びに行っていたのかも知れない。そう言えば、庭を発破したとき真っ先にすっ飛んできたのは彼だった……
ニヤニヤしながら見ていたら、無表情のエリオスに頭を思いっきり引っ叩かれた。痛い。照れるからって、無言で暴力を振るうのはやめてほしい。女子か。
男三人でテクテクと街へとやってきた。街と言っても農村の中に出来た小さな集落だから、店は数件しか見当たらない。街の中央に広場があって、そこに店屋が軒を連ねているのだが、どこも繁盛しているとは言い難かった。広場の中央には街灯がこれ見よがしに建てられていて、電気は通じているらしく、冷たい飲み物でも欲しいところだったが、まだ冷蔵庫みたいな贅沢品は普及してないようだった。
元々は1千人くらいのこじんまりした集落だったが、アナトリアに編入されてから移民が増えたようである。尤も、その移民は軍隊を相手に商売するために、軍港に近い方へ向かっていったから、街の中心は思った以上に寂れていた。
取り敢えず、喉が渇いたので何か飲もうと、手近な店に入ったら、ワイン蔵の直営店だったらしく、売り物はみんなそれだった。涼しい風が奥から吹いてくるのは、昔ながらの氷室を使ってるからだろうか。
但馬は二年前にも一度カンディアを訪れたことがあったが、その時はリディアの商人だと言ったら露骨に嫌そうな顔をされたものである。しかし、
「へえ! お客さん、ローデポリスからわざわざ来たの? あっちの景気は今はどうなんだい? リディアの人はみんなシドニアまでで帰っちゃうから、わざわざこっちまで寄らないんだよ。うちに来るのも軍人さんくらいだねえ」
久しぶりに来たヘラクリオンの町人は愛想が良くなっていた。為政者が変わって、もうわだかまりが無くなったからだろうか。
ヘラクリオンは軍港の街ということで、観光客は殆ど訪れないらしい。ただ、軍人が休暇に遊びに来るので、彼ら向けに商売を行っているのだとか。ワインセラーの氷も軍が分けてくれるらしい。
「昔は氷が手に入りづらくて大変だったんだよ。ワイン作ってるのに死活問題でね。ロンバルディアからフリジアを経由して運んできたんだ。氷一欠片が金貨一枚なんてこともあったそうだよ」
その氷を領主が石室で管理していたので、島のワイン蔵はみんな頭が上がらなかったわけである。そうして支配されていれば追従する者だけが生き残っていく。為政者というのは色々と考えるものだ。
何はともあれ、カンディアに来たのならワインだろうと、軽くいっぱい引っ掛けようとしたら、
「晩餐に支障をきたすぞ。今はやめておけ、弱いんだから」
「一杯くらいなら平気だよ」
「君の平気は当てにならない」
そんな具合に押し問答していたら、店主がカラカラと笑って、ぶどうジュースもあるからと持ってきた。これならリオンも飲めるので、みんなで一本ずつ買って店を後にする。
ちょっと足を伸ばせばブドウ園やビーチがあるようだが、村には他に見所が無く、後は郵便局のような建物や、村の個人商店みたいな感じの店が数件あるだけだった。S&H社の商品もあるかな? と覗いてみたら、普通に紙と石鹸が並んでいたのでちょっと嬉しかった。ちゃんと普及してるようである。
思えばこれから始まったんだよな……と石鹸片手に感慨に浸っていると、港の方からボンボンと空砲が聞こえてきた。
何事か? と一瞬身構えたが、多分、船が入港してきたのだろう。軍港には一般船舶は入れないから、多分、ウルフのヴィクトリア号である。
他にやることもないので散歩がてらひやかしに行こうかと、馬車を呼んで港に向かう。
軍港に続く通りは、港に近づくに連れて徐々に賑やかになっていった。軍人相手の商店が左右に建ち並び、人の往来も街の中心部より多いくらいだった。
そんな賑やかな町並みを眺めながら軍港のでかい鉄門の前で馬車を降りると、御者にその辺で待機するようにお願いする。そして警戒中の番兵がジロリと睨む中、但馬は門へと近寄っていった。
「さっき空砲が聞こえたけど、カンディア公爵が帰ってきたの?」
「……何だ貴様。ここは軍事施設だ。一般人は近づいてはならん」
「近づくなと言われてもね。俺の船もこの中にあるんで」
そう言うと番兵は気の毒なくらい真っ青な顔になった。
「これは失礼いたしました! もしや准男爵であらせられますか?」
「うん。あんまり貴族っぽくなくてね」
「いえ! 決してそのようなことは! ……空砲の件は、ご想像の通り、先ほど帝国旗艦ヴィクトリアが帰港いたしました。ここだけの話ですが、賓客をお迎えし、ただいま厳戒態勢中であります」
だから近寄るだけで睨まれたわけか……これ以上仕事の邪魔をしちゃ悪いと思った但馬は、
「じゃあ、今は中には入れない?」
「はい。申し訳ございませんが、准男爵でもお通ししかねます」
「いいよいいよ。ちょっとひやかしに来ただけだし……それじゃ、エリオスさん、リオン。この辺の屋台でも回ってから帰ろうか」
港の周囲に出来た商店街は、ローデポリスの公園のような雰囲気だった。そろそろ夕方近くなり、まもなく日勤の軍人が交代で遊びに来る時間なのだろうか、どの店も仕込みで忙しそうにしており、あちこちから美味しそうな匂いが漂ってくる。
ローデポリスでは家の中にばかり居るリオンは、このような雑多な町並みがよほど珍しいのか、目移りするようにあちこちをキョロキョロとして落ち着きが無かった。そんな彼が逸れないように、エリオスが時折首根っこを捕まえてずるずる引っ張っていた。
フラフラとぶらついていると、軒先にケバブみたいな肉を吊るした店があり、店主がニコニコとしながら、
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
と掛け声をあげるので、但馬はその前で止まると、よだれを垂らしているリオンとエリオスにご馳走することにした。
この後、但馬は晩餐に出るが、その間彼らは別室で待機することになるのだ。そりゃ食事くらい出るだろうが、自分ばっかりなんだか悪い気がする。
「兄ちゃん兄ちゃん! こっちも寄ってってよ!」
そんな具合に但馬たちが買い食いをしていると、金払いの良い客だと思ったのか、途端にあちこちから呼びこみの声が上がった。現金なものだなと苦笑しつつも、その一つ一つに応えてウロチョロしていると、やがて軍港の門が開いて馬車が数台連なって出てきた。
それが何台も何台も続くので、飯屋のおっちゃんが次第に食傷気味になってきたのか、呆れながらも物珍しそうに言った。
「公爵様が帰ってらしたようだが、なんだい、今日はやけに大人数だ。城で運動会でもあるのかね」
「さあねえ」
適当に相槌を打ちながら、その車列を見送ると、但馬は乗ってきた馬車に手を振った。ウルフたちが城に向かったのなら、自分たちもぼちぼち戻らねばなるまい。
まだ呼びこみを続ける店主たちに、ごめんよと挨拶をしてから、テクテクと三人で馬車の方へと歩いて行く。
ウルフの馬車を追いかけても、今不用意に近づこうものなら怒られるのが落ちだ。ゆっくり後をついていけば良いだろう……
そんな事を考えながら、リオンと手を繋いで馬車に乗り込もうとした時だった。
グイッと後ろに引っ張られて、但馬は思わずつんのめった。だが、倒れるよりも先に、さっとエリオスの手が伸びて、気が付くと但馬はエリオスの胸に抱かれていた。
「やだ、こんなところで。人が見てるわ……」
などと雰囲気を出してみたは良いものの、ノッて来てくれないのでものすごくしょっぱい気分になった。リオンがポカンとしている。一体何の真似だ?
抗議しようと視線を上げるも、エリオスは険しい顔を隠そうとしないで、ただ遠方にある木の陰をじっと睨みつけていた。右手は腰の剣を握っており、いつでも抜ける状態である。
もしかして、襲撃者か?
ギョッとしてその姿を探すがどこにも見当たらない。取り敢えず、リオンに隠れろと言おうとした時……
「……おい! 何のつもりだ!」
緊張の糸が切れたといった感じにエリオスが突然脱力すると、非難がましい声を上げて、誰もいない空間に向かって声をかけた。
すると、誰も居ないと思っていた木の陰から、すっと人影が揺らいだかと思うと、真っ黒の衣装を身にまとった、長身の女がニヤリと笑いながら歩み出てきた。その人は女だというのに、遠くから見ても筋骨たくましく、つり上がった目つきはとても殺伐としていて、まるで暗殺者のようだった。
リオンがビックリして但馬の足にギュッとしがみつく。但馬はその顔に見覚えがあることを思い出し、思わずアッと声をあげると……
「たーじーまーさーま~!!」
その女の背後からまたヒョイッと、別の女が現れて、にこやかな笑みを湛えながら手を振り振り、嬉しそうにこちらに向かって駆け寄ってきて……
「ぶべっ……!」
何もない道端ですっ転んだ。
その残念な姿はともかく、胸の方は大分立派で、恐らく87Dくらいはありそうだ。
使用人らしき少女が慌てて彼女の元へ駆け寄って行く。
その横を素通りして暗殺者のような女性はこちらへツカツカと寄ってくると、
「二年ぶりか、二人共、元気そうだな」
「ええ、ランさんもお変わりないようで」
久方ぶりの再会に喜び、握手を交わしていたら、
「……酷いですわ。皆様。私のことなんかどうでもよろしいのですね」
その後方でタチアナ・ロレダンが不貞腐れていた。





