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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第四章
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但馬、家族サービスしてみる③

 リオンにシバガスを吸わせてしまった但馬は、お袋さんに処刑され、わざとじゃないんです、あれはそんなに危険じゃないんです、脱法ドラッグなんです、あ、でも2015年に厚生労働省によって規制されたから違法ドラッグです、と言い訳しても許されず、10連コンボくらいの滅多打ちを食らった挙句、着の身着のまま家から放り出された。


 お母ちゃん開けてー! と泣き叫びながら玄関の扉に縋り付いていたら、近所の目を気にしたエリオスが飛んできて但馬をひっぺがし、何事かと目を丸くしている通行人から隠すように、自分の住んでいる離れに引きずっていった。


 理由を話したら彼は盛大に嘆き、


「全っっっ力で嫌われに行くなあ! 君は!」

「うっ、すんません……」

「本当に馬鹿なのか!? はぁ~……まったく。これなら以前のほうがまだマシだったぞ」


 エリオスに呆れられ、但馬はポリポリと後頭部を掻いた。


「しかしまあ、こう言うのも久しぶりだな。仕事中でさえ無ければ、別にこれでもいいのかも知れない。元々社長はこう言う奴だった」

「……そういやあ、ここんとこ全然エリオスさんに怒られてなかったね」


 その必要が無かったのだろうが、それはそれで寂しいものである。思えばエリオスとはこの世界に来た初日に出会ってから、一番古い付き合いだ。最古参と言えばブリジットもそうだが、彼女とはこの2年近く、あまり一緒には居られなかった。


 歳の離れたおっさんと、こうも長きに渡り行動をともにしているのは、不思議な感覚だが悪い気はしなかった。今更であるし。


 但馬は腰掛けていたエリオスの離れの縁側からヒョイッと立ち上がると、


「それじゃ、懐かしいついでに、ちょっとそこらでも散歩しない?」

「……体調はもういいのか?」

「お陰さんで見ての通りだよ。そろそろ運動しないと体が(なま)っちまう」

「運動不足という点なら、以前もさほど変わらなかったじゃないか」

「ほっとけ」


 但馬はそう言うと、部屋着のまま家の敷地内から出た。慌てて門番をしていたエリオスの部下が、マントを持って駆け寄ってきたが、但馬はそれを受け取るだけで、プライベートだし今日は護衛は要らないからと言って、返事を待たずにてくてく歩き出した。


 木のサンダルが砂利を蹴飛ばしてカラコロと音を立てる。


 不要と言われてもそうはいかない護衛たちは、エリオスに指示されると、散開して遠巻きに但馬の後を追った。エリオスはそれを見届けてから但馬の後に続き、


「懐かしいとは思っても、やはり以前のようには行かないぞ。社長は貧弱だからな……俺達が目を離した隙にコロッと殺られかねない」

「……否定出来ないけどね。エリオスさん、割りと俺に辛辣だよね」

「それで、どこへ行くつもりだ?」

「うーん……そうだな。取り敢えず、本社に顔出してから、その辺の屋台でいっぱい引っ掛けようぜ」

「運動はどうしたんだ……」


 そんな具合に軽口を叩きながら往来を行くと近所の人たちが但馬を見つけて声をかけてきた。体調はもういいのかとか、大変だったと聞いて心配してただとか言われて、もう元気だよと応えながら進んでいくと、往来に出る頃にはいつの間にか人垣が出来て、揉みくちゃにされていた。


 以前のようには行かないというのは本当だ。護衛が密集して但馬をガードしていないと、あっという間に彼は取り囲まれてしまう。アイドルじゃないんだから勘弁してよと思いつつも、愛想笑いを返してそれに応えながら、出来るだけ人通りの少ない方へと進んで行ったら、いつの間にか当初の予定とは違って、本社のある西区ではなく、中央の高級住宅街へと出てしまった。


 今更方向転換しても、また人だかりに囲まれてしまうだけだろうし、こうなっては目的地を変えるしか無い。ここからなら、アナスタシアの職場が近かったなと思い、そちらへと足を向けようとしたとき、視界の片隅に王宮を捕らえた。


 そう言えば、自分が倒れた時、駆けつけてくれたんだった……かなり心配かけたのに、ついイライラして悪態をつき、喧嘩のようになってしまった。


 あの時は悪いことをした。但馬は謝罪ついでに挨拶でもしてこようと、プラプラ王宮へと近づいていったのだが……


「社長……まさか王宮に、その格好で参内しようなどとは思ってはいまいな」


 よくよく考えてもみれば、部屋着にサンダル履きという、コンビニにでも行くようなスタイルであることを忘れていた。ブリジットに対しては友達感覚しか持っていないから、つい忘れがちであるが、あれでもこの国のお姫様なのだ。


 王宮の前まで来てしまったが、流石にこの格好は無いだろうと思い、出直そうと背中を向けたら……


「あ! 先生。き、奇遇ですねえ! ……ゼェハァ……ゼェハァ……」


 振り返るといつの間にか、ラフなイブニングドレスに身を包んだブリジットが、門番の近衛兵をなぎ倒して立っていた。


 但馬は顔面が自然と引きつった。こんなの門番つける必要ないんじゃないのか……



 

 綺羅びやかなドレスにボレロを羽織って、なんだか表参道にでもいそうな格好のブリジットとダラダラ海まで散歩していった。


 途中、何人かの人に声を掛けられたが、王宮回りは高級住宅街になっていて、いわゆる一般庶民は近づかないから騒ぎになるようなことは無かった。但馬の家の周りとは大違いである。こうなってみると、貴族がそれなりの場所に暮らしている意味がよくわかった。


 中央区の高級住宅街はそのまま景観の良い海辺まで続いており、緩やかな坂道を下って浜辺に降りると、そこはプライベートビーチみたいに無人だった。実際、王宮警護の兼ね合いで、一般人の侵入を禁じているようだ。海水浴客はもちろんのこと、散歩をする老人すらいない浜辺はどこまでも真っ白で、踏むとキュッキュッと音が鳴った。


 サンダル履きの足の裏に砂が貼り付いて気持ち悪く、仕方ないのでサンダルを脱いで素足で砂浜を踏んでいたら、それを見ていたブリジットも形の良いヒールを脱ぎ捨て、嬉しそうに波打ち際へと駆けていった。


 波打ち際ではしゃぐ彼女を見ながら、流木の影にマントを敷いて腰を下ろすと、やがて飽きたブリジットが戻ってきて、隣にチョコンと座った。


 犬の散歩みたいだな……口に出したらぶん殴られそうなことを考えていたら、


「ごめんなさい」


 なんでか知らないが謝られた。


「先日はその……大変失礼なことを口走りまして……その」

「あー……」


 但馬がぶっ倒れて、彼女に怒られた時のことだろう。言うこと聞かなきゃ営業停止にしてやるとか言っていた。だが、


「謝るのはこっちの方だよ。あの時は本当にすまなかった。ちょっと余裕なかったみたいで悪いことした。あのあと、みんなに散々言われたよ」

「いえ、私も先生が弱ってる時に、心ないことを言ったかと、反省してます」


 彼女はもじもじしながら、うつむき加減でそんなことを言っている。但馬は慌てて、


「いやいや、こんなことで謝られたらこっちも立つ瀬が無くなるぜ。ブリジットが俺のことを思って言ってくれたことは分かってるから、顔を上げてくれよ」

「そ、そうですか……」

「アーニャちゃんにも怒られたよ。姫様があんなことを言うはずが無いんだから、あんなことを言わせるおまえが悪いって。俺もそう思った」

「ああ……アナスタシアさんが……」


 そうつぶやくと、ブリジットはなんだか別の意味でシュンとしていた。


 なんじゃこりゃと思いつつも、二人で交互に謝ってる姿が滑稽で、但馬はクックっと含み笑いのような笑い声をたてると、


「それにしても……お互い、おかしなことになっちまったもんだな」

「え?」

「昔だったらこんなの適当にどつき合って、翌日にはすっきり仲直りだったのに」


 エリオスと同じく、ブリジットは一番古い友人だ。そして気のおけない仲間だった。街中一緒に歩きまわったり、森を散策したり、魔物討伐したり、スラム街に入り浸る但馬に付き合って、水車小屋にいったことも何度もあった。


 それが今となってはブリジットは国民のアイドルみたいなプリンセスで、但馬は大富豪だ。会おうと思えばいつでも会えるが……ふっと背後を何気なく振り返ると、エリオス以下、但馬の護衛があちこちで警戒にあたっているのが見えた。海岸へ続く通路のことごとくに近衛兵が立ち、一般人が近づかないように通行止めをしていた。目についた全ての家の窓に、家人が張り付いてこちらを珍しげに眺めている。まるで動物園の檻の中に居るようだ。


「気楽に会って、遊びに行くことすら出来なくなったな。以前はこんなこと無かったのに」

「そうですね……」

「ヴィクトリア峰でエルフ退治したり、メディアにも行ったり、色々冒険したりして楽しかったな」

「でも、イオニア海一周旅行には連れてって貰えませんでしたよ」

「旅行って言っても、視察旅行だぜ? 遊びじゃないんだ」


 確かあの時はハンモックもない一般のキャビンで旅して、毎日のようにゲエゲエ吐いていた。男だらけの汗臭い部屋で雑魚寝して、起きたら汗でびっしょりだった。旅行自体も、視察という名目で、本当は星を見て回るのが目的だったから、どの街でも一泊しかしてなかったし、最後のコルフでは身の危険さえ感じたくらいだ。


 それでも彼女は羨ましがって、いつ帰ってくるか分からない但馬を桟橋で待ち続け、良いな良いなと旅の話をねだりながら、その実お土産にばかり目がくらんでいた。


 今思い返しても、あんな旅に女の子を連れてくなんて出来っこないが……


「そう言えば、あの時も国から止められたんだっけ。国外に出るのは許さんって」

「はい。そう考えると、今も昔も変わりませんね。籠の中の鳥です」


 いや、檻の中のジャッカルくらいな気もするが……


 それにしたって、ウルフは社交界でアクロポリスに行ったこともあるそうだし、兄妹で行動範囲に差がありすぎる。ブリジットは早くから後継者として見做されていたのだろうが、そこまでする必要があったのだろうか……ほんのちょっぴり不憫だ。


 但馬はふと思い立った。


「そうだな……それじゃあ、行こうか?」

「……え?」

「国外に出るのが駄目なら、出なきゃ良いんだ」


 今となってはイオニア海はアナトリアの海で、エトルリア大陸にまで版図を広げているのだ。未だ戦火のくすぶるフリジアは無理でも、カンディアなら安全だろう。


 確か、ウルフが新しい王宮を建てたと言っていた。それを見てみたい気もするし、他にもぶどう園や油田も見に行きたい。


 あの頃はガレー船で海流任せの航海しか出来ず、片道5日もかかった航路も、今ではたったの2日で到着出来る。一般客船を使わなくても、いつでも会社の船が港に停泊しているし、なんなら領地から自分の船を呼び寄せても良い。


「え……でも、良いんでしょうか?」

「陛下にお願いしなきゃなんないけど……ブリジットは行きたくないの?」


 彼女はブルンブルンと首を振った。


「行きたいです!」

「なら決まりだ。アーニャちゃんのスケジュールを確認しておこう」


 ここ数日、家にいて危機感を覚えたが、もっとリオンと遊んであげないと可哀想だし、アナスタシアだってまだまだ子供なのだ。せっかくの休暇なのだから、家族サービスしなければ……


「あ、二人っきりじゃないんですね……」

「なんか言ったか?」

「いいえ、なんにも」


 但馬は立ち上がると、隣に座るブリジットの手を引っ張った。彼女は苦笑しながら立ち上がると、イブニングドレスの裾についた砂を払った。


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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱりリオン引き取ってすぐくらいの話であった、但馬とアナスタシアとリオンで家族みたいな描写通り、アナスタシアが正ヒロインなんだろうか
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