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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第四章
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但馬、家族サービスしてみる①

 食卓では一匹の豚がブヒブヒと鼻を鳴らしていた。


「アーニャちゃん。あーんってして、あーんって」

「……あーん」

「あ~~ん……クッチャクッチャクッチャ。げふぅ」


 食欲を減退するそれを見て、リオンは手にしていたスプーンを落とした。おかしい……尊敬するはずの父のそのあられもない姿に、少年はそれ以上見ていられないと言わんばかりに、まだ手を付けたばかりの朝食をそのままにして、食卓から離れた。


 アナスタシアは泣きそうな顔で走り去るリオンを目で追ったが、追いかけてくるなと言わんばかりの哀愁の漂う背中に何も声がかけられなかった。


「リオン……」

「アーニャちゃん。あーん! あーん!」

「……あーん……」


 仕事を封じられて1週間。但馬はだらけきっていた。


 元々、そんなに働き者というわけでもなかったくせに、この二年間、異常に働き詰めていたせいか、一度仕事を休みだすとその反動は凄まじく、但馬はあっという間にニート化した。


 初めこそ、迷惑をかけた関係各所に粛々と謝罪と反省の弁を述べて回り、出来るだけ早く社会復帰出来ますよう、無理せず体調を整えてきますとかなんとか言っていたのだが、気にしなくて良いからしっかり休めとか、おまえが居ない間は俺達に任せてくれとか優しい言葉をかけられ、更に病人に対する周囲の甘やかしから段々と調子に乗ってきて、胃袋が弱ってまだ食が細かった但馬を気遣って、アナスタシアが病人食をフーフーしながらア~ンしてくれたりしてるうちに、気がつけば一匹の豚が出来上がっていたのである。


「ブヒブヒブヒ。ブヒブヒブヒ」

「……先生、そろそろ私、お店に行かなきゃ」

「え~、まだ良いじゃん。もうちょっと甘やかしてYO!」

「でも、昨日も遅刻してみんなに示しが付かないし」

「え~、アーニャちゃん、お仕事ばっかりしてちゃやだって言ってたじゃん。そうだ! 俺と一緒にサボっちゃおうYO!」

「ダメだよ」

「やだやだ! 甘やかしてくんなきゃ、やだ! ブヒブヒブヒ。ブヒブヒブヒ」

「ええいっ! 鬱陶しい!!」


 但馬が出社しようとするアナスタシアの邪魔をして駄々をこねていると、どゲシッと後頭部をひっぱたかれた。見れば、昼間リオンしか居ない家を預かってくれているお袋さんが、鬼の形相で但馬のことを見下ろしていた。


「ほら、アナスタシア。さっさとお行き。あんたももう、こんなの甘やかさないで良いんだからね」

「……ごめんね? いってきます」

「あー! アーニャちゃーん、カムバーック!」


 尚も未練がましく腕を伸ばす但馬の手をピシャリと叩くと、お袋さんは肺の一番奥深いところから出した溜め息を吐きつつ、


「まったく……良い若いもんが朝っぱらから情けないったらありゃしないよっ! 病人だから、ちょっと甘やかしたらすぐこんなになっちゃって……もう体調も良くなったんだから、さっさと社会復帰しなさい。うちのも、早く会社に来いって言ってたわよ」

「いやだいやだ! 働きたくないでござる働きたくないでござる!」

「はぁ~……これがこの国でも最も偉い部類のお貴族様だと思うと、私しゃ泣けてくるわよ……」


 お袋さんは尚もぐずっている但馬を食卓の椅子からゲシッと蹴り落とすと、そのままサッカーボールのようにリビングまで転がしていった。


 但馬は乱暴に扱われるまま、ゴロゴロと転がり、リビングの床にグテっと横になったまま、窓から庭の景色を眺めた。今日もいい天気である。


 お袋さんは邪魔者をどかしたあと、食卓の食器を片付けようとしたが、


「……あら、リオンちゃん、殆ど手をつけてないじゃない! もう! 全部あんたのせいよ!?」

「えー? なんでー? 俺、なんもしてないよー?」

「あんたの情けない姿を見て、ガッカリしちゃったんじゃないの。少しはシャキッとしなさいよ。あの子、あれでもあんたのこと尊敬しているんだから」

「そうなの? 俺なんか、そんな素晴らしい人間じゃないじゃない。早めに現実というものを直視しておいたほうが、後々のためにもいいのではないですかね」

「そうね。私もその意見には賛成だわよ。でもあんた、あの子の親代わりでしょ? そんなこと言ってないでちゃんとフォローしてきなさい。子供はショックをあとに引きずるわよ。グレちゃったらどうするのさ」


 まあ、確かに、そりゃヤバイかも知れない。リオンはまだ子供だから素直であるが、将来どう育つかは親代わりである自分の責任だ。


 そう言えば、責任持って預かると言ってリオンを引き取ったくせに、この二年間は仕事にかまけていて殆ど相手をしてやってない。アナスタシアとお袋さんが主に相手をしてくれていたお陰で、たくさん食べてよく眠って、いっぱい勉強もして優しい子に育っているようだから、下手に自分なんが相手しないほうが良いのかなと思っては居たが……


「いや、言い訳か」


 せっかく、今は暇なのだし、たまにはちゃんと子供の相手もしてあげないとな~……などと、但馬は日本の休日のお父さんにありがちな思いつきの決意を固めると、ゴロゴロ庭へと転がり出た。


「ちゃんと二足歩行しなさいっ!」


 背後でお袋さんがめちゃくちゃ怒っていた。



 

 専用の庭師によって、綺麗に整えられている美しい庭に出て辺りを見回す。さっき、リオンは外に出て行ったから、きっとまだその辺に居るはずだ。ゴロゴロと家から転がり出て行ったら案の定、庭の池の畔にある砂場で何やらゴソゴソとやっていた。


 但馬は、「よっこらセックス」と立ち上がると、お尻をパンパンと叩いて砂を払い、リオンが何をしているのだろうかと近寄っていった。


 背後から覗き込んでみたら、彼はせっせせっせとスコップで地面を掘っては埋め、掘っては埋めてと繰り返していた。砂の城を作るわけでも、トンネルを掘るわけでも、何か虫でも居るのかな? と思ったがそういうわけでもなく、単純に穴を掘っては埋めてを繰り返している。


 何のつもりだろう? と思って尋ねてみたら、


「穴掘って埋めてるの」


 と返事が返ってきた。


 それは見りゃ分かるし、穴を掘って埋めたあとに何をするのかと聞きたいわけだが……セリフに続きがあるのではと思って根気よく待っていても、それ以上の言葉は出てこなかった。


「……え? 穴掘って埋めるだけ?」

「うん」

「……そんなことしてても、詰まらないでしょう?」

「詰まるよ?」


 リオンは穴に砂を詰めた。


 この子、もしかして天才なんじゃないかしら……などと思わず感心してしまったが、そんなこと言ってる場合じゃない。


「いやいやいや、確かに詰まってるけどさ、そうじゃなくって、こう……つまらないでしょう?」

「……? 詰まるよ?」

「いや、だからそうじゃなく」


 リオンは小首を傾げている。本気で穴を掘って埋めることを楽しんでるのだろうか? 模範囚か? シベリアくんだりにコルホーズされても喜んでスタハノフしてそうな姿を想像して目眩がした。


 他人任せにして、全然遊んであげなかったから、もしかして情緒の形成に悪影響でも出てるのだろうか。まさか、彼にとっての遊びというのが穴を掘って埋めることだとは思いも寄らず、但馬は面食らうと同時に危機感を覚えた。


 このままでは取り返しの付かないことになるんじゃかろうか……家庭が暗黒に閉ざされちゃう。


 日本にゃよくいる家庭を顧みない系お父さんが、俺は一家の大黒柱なんだぞと偉そうにふんぞり返っていたところ家族からの信用をなくし、思春期の子供に毛嫌いされて全く相手にされなくなり、悔し紛れに子供の頃と同じつもりで説教したところ家庭内暴力でやり返され、おまえなんかもう俺の子供じゃない勘当だなどと負け惜しみを言いつつも、それでも責任感から大学卒業までの費用を必死に稼いで面倒を見てやったのに、感謝の言葉一つもなく家を出て行かれて正月にも子供は戻ってこず、子育てをやりきった感を振りまく女房だけが自由を謳歌し歌舞伎三昧、孫が生まれても滅多に会わせては貰えず、孫に会うために親にまでお年玉を用意しなきゃならない始末、挙句お爺ちゃんお口臭いと孫に罵られ、入れ物の多くなった歯を今更ながら必死に磨き、殺人級の満員電車に揺られながら気がつけばあれだけ尽くしてきた会社にも居場所がなくなっていて、特に何か表彰されることもなく定年退職、俺の人生なんだったのだろうかと肩を落としながら振り返っていると、深刻な顔をした女房がやってきてあなたが家に居ると息が詰まって仕方ないのと熟年離婚、慰謝料で退職後の財産を全て使い果たし、家族に見捨てられ、友達も居らず、生活保護をもらいながら壁の薄いレオパレスで朝からやけ酒を飲む日々、二階には足音のうるさい大学生が越してきて、毎夜毎晩鍋パーティー……つい、魔が差したのです……本当は、殺すつもりじゃ無かったんです、刑事さん!!


 但馬はそこまで一気に想像して滂沱の涙を流した。いけない! このままでは、絶対にやばいことになる。今すぐなんとかしなきゃ。


「リ、リ、リオン君? そんなことより、お父さんと遊ばないか?」

「ほんと?」


 するとリオンはキラキラと瞳を輝かせて但馬のことを見上げた。どうやら名誉挽回のチャンスはまだ残されていたようだ。ほっとすると同時に、せいぜい子供のインパクトに残るように、精一杯遊んであげようと心に誓う。


 でも、一体何をやれば喜んでくれるんだろう?


 リオンはまだ幼く見えるが、確かステータス表記の年齢では10歳だったはずだ。だとすると小学校4年生位だが、そのくらいの子供って何をして遊んでいたっけ……


「ポケモンもモンハンもねえしなあ……あれ? マジでなにやってたっけ??」


 基本的に放課後は集まってテレビゲームをしてるか塾に通ってる子供が多かったような。ゲームのない学校の休み時間中は、球技とか鬼ごっことか、多人数で遊ぶものだらけだった。


 ふと、リオンの開けた穴を見ると、たまたま掘り返された蟻の巣からアリが出てきて、巣穴を補修すべくわらわらたかっていた。


「……そういやあ、子供の頃よくやったよなあ、アリの巣爆撃とか、アリの巣洪水とか、アリの巣コロリとか……こりゃ違う。いやあ、懐かしいな」

「アリの巣? 爆撃? なあに、それ?」

「うん……? 爆撃を知らんのか。いや待てよ。そうか、テレビもなければ戦隊系ヒーローも居ないし、爆竹すら売ってないんだよな、この国」


 当たり前だが、なんせつい最近火薬が発見されたような世界なのだ。爆竹や花火のような物はまだどこにも売ってない。現状、前線に回す火薬は十分に足りているから、余ったもので子供向けに花火でも作って売り出したら儲かるだろうか……


「お父さん……」


 などと腕組みしながらアホなことを考えていると、焦れたリオンが但馬の洋服の裾を引っ張って、早く遊ぼうとせがんできた。


 但馬はポンと手を叩いた。そうだな。子供の遊びなんかは、不謹慎であればあるほど楽しいと相場が決まっているのだ(但馬個人の主観です)。


 そうと決まれば話は早いと、但馬は「ちょっと待ってて?」とリオンを待たせ、部屋に戻って白い粉(硝安)を取り出してくると、アリがせっせと補修したばかりの巣穴にサラサラと白い粉を流し込んだ。


 何をやってるのだろう? と顔を近づけるリオンに、


「あんま顔近づけると死ぬよ?」


 と脅かしつつ、持ってきた油も適当に巣穴流し入れ、綿火薬をこよりにして紐状に伸ばし、その先端をニトログログリセリンに浸してゲル化したものを、ニヤニヤしながらアリの巣穴に突っ込んだ(注・決して真似しないでください)。そして、おもむろに火を点けると……


「発破」


 チュドオオォォーーン!!!


 ……っと、盛大な爆発とともに、地面の土が吹き飛んで軽いクレーター状に抉れた。


「フォーーーーーーー!!」


 リオンは仰天して両手をあげると、ハードゲイみたいな叫び声を上げた。但馬はニヤリと悪い笑みを浮かべると、


「ハッハッハ! 見よっ! これぞ硝酸エステルの力、神の雷じゃあ! くぅーっくっくっ……蟻がゴミのようだぞぅ~?」


 無残にも巣ごと吹き飛ばされた蟻ん子が、あちこちに飛び散って慌てふためいていた。興奮したリオンがフォーフォーっと、鼻息荒く叫んでいる。但馬がそれをふんぞり返って見下していると、


「何をやってんだ、このバカちんがあああ~~!!!」


 ガチコンッ!!


 っと、飛んできたエリオスに脳天をかち割られた。


「痛い! 何すんの!?」

「何をするとはこっちのセリフだ!! すごい音がしたから何事かと思って駆けつけてみれば、子供相手に何を得意気にやってやがるんだ、君は!!!」


 激おこである。どうやら、爆発音がしたものだから襲撃か何かかと勘違いしたらしい。離れに居たエリオスが慌てて飛び出してきたら、但馬がリオン相手にふんぞり返ってるもんだから、キレてしまったようである。


「えー? なんだよ。ちょっと爆破しただけじゃん。子供の遊びって言ったら、やっぱ爆発でしょう? リオンも喜んでくれてるし、エリオスさんだって小さい時、よく発破したでしょう?」

「するか! そんなことやるのは世界中どこを探しても君だけだ!」

「おっかしいなあ……」

「おかしいのは君の脳みその方だ! 全く……いきなり倒れたかと思ったら、また昔みたいにアホなことばかり始めて……仕事のし過ぎで頭がおかしくなってしまったのか!?」

「失敬な。エリオスさんは男のくせにロマンが分からない人だなあ。そんなんじゃ子供に嫌われるぜ?」

「ほう! ……君は背後を振り返ってもそのセリフが言えるんだろうな」


 振り返ると、左手にフライパン、右手に出刃包丁を握りしめ、顔を真赤にした阿修羅が、矮小なる塵芥を睥睨するかの如く見下ろしていた。


「ひぃっ!」


 その後、リビングで仁王立ちするお袋さん相手に、地面に這いつくばり土下座しながら謝っていると、幻滅したリオンが悲しげな表情で去って行った。


 家で養生を開始して1週間。但馬の体調は順調に回復しつつあるものの、代わりと言っちゃなんであるが、どれほど子供の心に傷を負わせたかは知れなかった。


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