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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第四章
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その後のヴィクトリア

 翌日、インペリアルタワーで街道整備の許可を得ると、但馬は宣言通りにハリチへとんぼ返りした。親父さんに昨日来たばかりなのにもう帰っちゃうのかと呆れられたが、こっちは親父さんに任せられるから自分があっちにいられるのだと言うと、まんざらでもない感じであった。


 まあ、実際、領地のほうでは指示を出せる人間が自分しか居ない。今はリーゼロッテが居るが、彼女はブリジットの師匠だけあって、用兵は上手いが他の仕事はからきし駄目だった。よくリリィの侍女が務まっていたなと思ったが、考えてもみれば、食客としか言われてなかったから、侍女っぽいのは格好だけで、実態は用心棒に近かったのではなかろうか。


 それに、彼女が指示を出せるのは亜人だけで、他の人間には遠慮してあまり命令的なことはしたがらなかった。相変わらず普段着代わりにメイド服を着てロールプレイしているのもあるだろうが、多分、メディアの女王だったという負い目があるのだろう。


 だから結局、街道整備の計画を立てるには自分が出て行くしか無い。労働力は捕虜を使えば安く済むが、自分の領地のことなので、建材や物資の運搬、その他の諸経費は私財を投入することになるから、手を抜くわけにもいかなかった。


 取り敢えず、まずはアインに道路を敷くのに適したルートを教えてもらい、測量を開始して捕虜の到着を待たねばならない。あとは近場で石切り場を確保して砂利を作らねば……


 但馬は船に飛び乗ると、領地へ戻った。


 ハリチ港で積み荷を下ろし、リーゼロッテと合流してから、自分が不在の間にあったいくらかの報告を受けて、またすぐに船に乗ってヴィクトリアへ向かった。ヴィクトリアへは定期船が通っていないので、完全にプライベートでしか行くことが出来ず、かなり面倒であった。


 ホワイトカンパニーの傭兵の中に、操船技術を叩き込んだ亜人もいたので今はなんとかなってるが、フリジア戦役のような戦争があると彼らも行かねばならない。そうなるとヴィクトリアへのアクセスが非常に面倒なことになる。


 別に向こうも人が来ることを望んでいないのだし、ソッとしておけという意見もあったが、あっちはあっちで非常に面白い土地なのだ。特に、バナナとコーヒーはヴィクトリアでしか育たないので、早急に水夫を確保するか、街道を整備した方がいいだろう。他にも軍医が言っていた薬草も気になる。


 戦争が終わってからもメディアは特にこれといって変わりばえせず、亜人の集落がポツンと一つだけ存在するだけだった。外との交流は殆ど無く、大陸の端っこに封じ込められてる格好だ。


 村の住人はアイン以下大人が数名しかおらず、あとは子供だらけで、戦闘訓練しかしてこなかった子供たちは常識が欠けていて覇気がなかった。とにかくボーッと生きているだけといった感じで、動物的なのだ。


 ただ、頼りないのかと言えばそんなことはなく、諸々の理由のため、寺子屋のようなものを作って、移民で流れてきた亜人を先生につけて教育してみたのだが、リオンの例を取ってみてもそうなのだが、亜人の子供は元々優秀で、何でもすぐに吸収し、体力も人並み以上であるから、大人顔負けの能力を有し、非常に教え甲斐があるらしかった。


 但馬の希望で四則演算と読み書きも教えていたのだが、すぐに先生を追い越してしまい、面目丸つぶれだと教師役が嬉しそうに語っていた。ちゃんとした教育を施せば、亜人の子供は、急速に成長していくようである。


 問題は情緒面なのだが、これはいい先生が居らず難航していたが、子供は何でも遊びに変えるのが上手らしくて、意外なのだが、命の重さを教えるという名目で、かつて戦闘訓練としてやっていた森での狩猟を、自分の食い扶持を稼ぐために行わせたら、コミュニケーション能力が発達して、徐々に歳相応になりつつあるらしかった。


 元々、彼らは勇者やリディアの人間さえ来なければ、そうして狩猟をして暮らす、朴訥な森の民族に収まっていたのだろう。もうこれ以上生み出されることもないだろうし、いつから彼らがここに居たのかは分からないが、人間の手が入ることによって彼らが不幸になったのだとしたら、なんとも後味の悪い話である。


 亜人を製造していた世界樹に関しては、事件後、その活動が停止したことを示す変化があった。


 戦争が終結したことで亜人の調査員を雇うことが出来るようになったため、ヴィクトリア周辺の森の植生とエルフの分布を調査しようと、大々的に森を調べさせたことがあったのだが、その結果、驚いたことにヴィクトリア周辺からエルフの姿が消えていることが判明した。


 理由はマナの減少によるものであり、いつもの様に森の木々から葉っぱを採取して、クロマトグラフィーにかけたところ、どうやら事件以降、ヴィクトリア周辺の木々からマナが極端に減っていっているようだったのだ。


 すぐに思い当たることがあって、但馬が魔法で焼き払った世界樹の焼け残った幹から伸びる新芽を調査したところ、夥しい量のマナが検出された。


 どうやらあの世界樹がマナの発生装置だったことが、これによって確認されたわけだ。


 エルフはマナによって生活の糧を得ているようなので、世界樹が破壊されたことでマナの供給源を失い、それを求めて森の奥へと大移動していったようだ。お陰で、ヴィクトリア周辺は皮肉にも、現在、ガッリア大陸で最も安全な土地になっていた。


 そして、それ式に考えると、ガッリアの長大な森にはいくつも世界樹があり、ローデポリス周辺にも、街を影響下に置く世界樹があるはずだから、この発見は急務とされた。もしもこれを見つけ排除することに成功すれば、魔物とエルフに悩まされていた首都が一気に安全地帯になるのだ。


 ただ、見つけようと言っても、いくら目をみはる程の巨木であっても、森のなかで一本の木を探すのは不可能に近く、はっきり言ってそれは絶望的としか言いようがなかった。但馬も始めこそ意気揚々と森周辺を探しまわったのだが、人海戦術も、気球を使った空からの調査も失敗に終わった。こうなると、せいぜい、地道にやっていくより他ない。


 更に森の奥まで入っていって、これを探すなんてことは普通の人間には出来るわけがなく、専ら亜人のレンジャーに任せることになり、お陰で彼らの失地回復に一役買っていた。


 首都近辺は終戦後、移民が増えてスラムが広がった影響で、かなり大掛かりな区画整理が実施された。勝手に住み着いた移民や浮浪者を追い出して、新興住宅地に変えていったのだが、当然、森に近くなるため、魔物やエルフを警戒しなければならない。


 そのため、平原を広げるために森を徐々に切り開いているところなのだが、これに関しても亜人のレンジャーが役立っていた。エトルリアではどうか知らないが、ここガッリアでは亜人にしか出来ない仕事があるのだ。


 市街では相変わらず亜人を危険視する向きもあったが、外では徐々に受け入れる体勢が出来つつあったので、ヴィクトリアの子供たちも、いずれ彼らのようにレンジャーになればいいと但馬は思っていた。


 しかし、彼ら自身は将来ホワイトカンパニーに就職するのが第一希望であるらしく、第二希望は但馬の探検船団に入りたいらしいから、うまくいかないものであると但馬を嘆かせた。


 ともあれ、そんなふうに捨てるには惜しいヴィクトリアの土地を、街道で繋げて開発するのは理に適っていると言えるだろう。


 村長のアインに相談すると、別段反対することもなく彼は許可し、道案内にはホワイトカンパニーの傭兵を頼ればいいと言ってきた。実はわざわざここまで来なくとも、彼らも元はメディアの兵士であったから、この近辺の地理に明るいらしかった。


 そうとは知らず遠いところを勇み足であったかと肩透かしを食らった格好だったが、ヴィクトリアで一泊して良かったと思える出来事が翌日見つかった。


 但馬とリーゼロッテが滞在しているという噂は村中を駆け巡って、子供たちを大分ソワソワさせていたらしい。リーゼロッテは元女王で、彼らは彼女を自分たちの主人だと思っていたし、但馬はその主人の主人なのである。


 偉い人に何かをしてあげたいと思った子供たちは知恵を絞りあって、一つのことを思いついた。彼らは寺子屋教育の一環で、レンジャー訓練と称してヴィクトリア周辺の森や山をオリエンテーリングすることがあったのだが、その時に見つけた川底を流れるキラキラした物を上げたらきっと喜ぶだろうと思ったのだ。


 翌日、村の子供達がもじもじしながら渡してきたそれを見て、但馬は目を見開いた。


 川底を流れるキラキラしたものとは砂金のことであり、どうやら、ヴィクトリアの南部に砂金が取れる川があるらしいのだ。


 ヴィクトリア周辺は基本的に平野が続いているが、森に取り囲まれており、その南北には山地が広がっている。首都からも遠く、土地を開拓するのが困難であるため放置されていたが、南の山から流れてくる川底に砂金があるというのならば、その山には金鉱脈があるかも知れないと言うことだ。


 この知らせはあっという間に首都ローデポリスまで伝わると、大臣を大喜びさせ、すぐさま山師がハリチへと派遣された。アナトリアは、鉄鉱石や鉛、石炭などの鉱石は豊富であったが、今まで金山は発見されたことが無かったのだ。


 こうして、ゴールドラッシュの兆しが見える中で、但馬の領地はその中継港を抱え、更なる発展の機会を窺っていた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ”理に適っていると言えるだろう。”いる。で、文章としては終了しているのに、言える、だろう、と曖昧さを増す言葉を二重に付け加える。これは嘘をつく時の定法である。政治家むきの、いるとは言っ…
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