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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第四章
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西南西一ヶ月

 リディア・メディア戦争が終結し、フリジア戦役が始まるまでの間、但馬波瑠が何をしていたかと言えば、簡単にいえば領地経営に勤しんでいた。


 休戦協定時の事件を切っ掛けに、抵抗する気力を失ったメディアは、最後の女王エリザベス・シャーロットの号令のもと闘争の終結を宣言、彼女を中心として戦後処理を行った。


 しかし、戦闘に至る経緯や発端が特殊であったため、勝敗がハッキリしないままなし崩し的に終わりを迎えた戦争は、様々な方面に禍根を残した。


 例えば、シモンはやはりリディア・メディア戦争の最中で命を落としたわけであり、同じような人々がリディア国内には沢山いる。シモンの両親は克服したが、彼らの親族のうちには、メディアを許すことが出来ないという人々は沢山おり、寧ろ終戦を迎えたことで、かえって亜人に対する露骨な嫌悪感が噴出することになった。


 勝敗が決まらないのでは、何のために息子や娘が死んだのか分からない。ちゃんと白黒付けるべきだと言うわけである。


 同じような意見の人々はメディアにも居て、意外にもなんの感情も表に出さないような前線の兵士たちが、こぞって終戦を非難した。無表情のまま戦争の継続を嘆願する彼らの姿は異様であったが、彼らは生まれてすぐ戦士として訓練を受け、ずっと前線に貼り付いてゲリラ戦を続けていたわけだから、いきなりそれを止めると言われても、それじゃこれから何をして生きていけばいいのか分からなかったのだろう。


 そのため、終戦後、メディアの兵士の半数近くが海を渡って北方のセレスティアへ向かった。せっかく戦争が終結し自由を得たというのに、彼らが求めたのは戦場だったのである。


 こんな具合に、リディアがメディアを吸収し、巨大な帝国を築き上げたアナトリアであったが、実は傍から見ているよりもずっと内部は不安定な状態だったのだ。


 そんな中メディア国の解体を宣言したリーゼロッテであったが、それで女王としての役目が終わったかと言えば、そうとはとても言えない状況にあった。大半の兵士は海を渡ったが、残った兵士も何をして良いのか分からないのは同じであり、彼らは自分たちの女王にそれを求めたわけである。


 女王とは言え、彼女はずっとエトルリアで食客をしていた身であり、領地経営はおろか、事業家としての経験もない。500人近い大人の男をまとめて何かしろと言われても、何も出来そうにない。かと言って捨て去るわけにもいかず、途方に暮れた彼女は但馬に相談することにした。


 相談を受けた但馬はリーゼロッテをS&H社に迎え入れると、新会社を設立して、その代表取締役に彼女を据えた。そして実在した中世の傭兵団から名前を拝借して、ホワイトカンパニーと名付けた傭兵団を組織して、彼女が亜人たちを雇い入れるという形にした。


 カンディアを手中に収めたアナトリアはエトルリア大陸に火種を抱えており、今後もまた武力衝突が起きるだろう。その時に亜人兵は必ず役に立つはずだが、帝国の中枢であるリディアの世論が亜人に対する不信感を隠そうとせず、アナトリア軍に彼らを組み入れることは出来そうもなかった。


 そこで但馬は傭兵団と言う形で戦力の流出を防いだわけであるが、この試みは後のフリジア戦役での亜人兵の活躍により結実することとなった。


 尤も、平時の彼らが全く役に立たなかったと言うわけでもない。亜人兵は肉体労働ならなんでもこなし、特に人間では出来ない森林内部の調査が行えるため、移民のせいで人口が増したローデポリス周辺の森を開拓するのに非常に役に立った。


 元々、人が多くなり警戒していたところに但馬が来てバカスカ魔法を撃ちまくったせいか、ローデポリス周辺の森からエルフはかなり消え去っており、亜人の開拓者のお陰でリディアは幾ばくかの領土を広げることに成功する。その功績が亜人の名誉を挽回することとなり、揃いの白装束を身にまとったホワイトカンパニーの名は、徐々にではあるが、世間に好意的に受け入れられるようになっていった。


 そんな傭兵団は普段はローデポリスではなく、そこからはるか300キロほど離れた但馬波瑠の領地に拠点を構えていた。


 但馬はメディア戦争が終結すると、暫くしてそれまでの功績が認められて、准男爵(バロネット)に叙された。


 リディア国内において、准男爵位というものは領地持ち貴族を意味しており、叙任と共に領地の切り取りを許された但馬は、初めはローデポリス周辺に工場建設予定地でももらおうと思っていたのだが、丁度リーゼロッテからの相談があって、メディアへと目を向けることにした。


 元々、外洋航海の拠点として、西方の外洋に面した位置に港を欲していたこともあり、候補地を探した但馬は、ヴィクトリア峰にほど近い入江に、街を作ることにしたのである。


 ハリチと名付けられたその街は、かつての前線基地で今では練兵場になっている、軍の駐屯地に近いこともあって、すぐに電話線が引かれ、電化がなされたリディア第二の都市として発展していくこととなる。


 首都とは距離があって往復は大変であったが、元々軍用路が整備されていたお陰で陸路でも、そして外洋に面した港があるおかげで海路でも行くことが出来、以来、但馬は自宅と領地を行ったり来たりする生活を2年近く続けるという、非常に多忙な日々を送っていた。


 ハリチの街は但馬の領地ということもあって、S&H社の重要な施設が次々と作られることとなった。その最たる部分はもちろん港湾施設で、ハリチ港は外洋航海の演習を行う軍艦の母港として、また外洋を航行して海産物を得るトロール船の漁港として、随時使用されるようになっていった。


 外洋トロール船は世界にS&H社しか存在せず、外洋はほぼ彼らの独占状態にあったため、驚くほどの漁獲量を叩きだした。丁度、軍行李(こうり)の改善を求められていたこともあり、港湾施設には水揚げされた魚を処理する缶詰工場が併設された。


 マグロやカツオを油漬けしたツナ缶は、軍よりも先にローデポリス市街に普及することになり、これに気を良くした但馬は食品加工会社を設立すると、揚げ麺、インスタントコーヒー、フリーズドライと次々保存食の革命を行っていった。


 この噂が流れると、ハリチにも一攫千金を狙った移民が続々とやってきて、港湾都市は瞬く間に人口が増加し、増産したトロール船も漁場を求めて、徐々に大陸から離れて航行していくようになる。そんなわけで、ハリチはまず、世界最大の漁港として栄えることになった。


 そんな中、競うように外洋へ漁場を広げていったトロール船の一隻が、西南西の海域およそ一ヶ月の位置に、巨大な島影を発見した。それは恐らく位置的にニュージーランドであろうが、勇者の伝説からブリタニアと命名され、その領土をアナトリアに組み入れるべく、探検船団が派遣されることになった。


 こうして皇帝がスポンサーになり、但馬が船団を組織する商家として、世界地図を広げるべく探検家たちが船を漕ぎだしていく大航海時代が始まることになる。奇しくも帝制アナトリア歴2年、フリジア戦役でエトルリア大陸が震撼する中、アナトリア本国はその版図を広げるべく、北の大陸なんかではなく、西方の海域を見つめていたのである。




 ローデポリス西区の正門付近で憲兵隊が密かに忙しそうにし始めると、やがて市街の西方から早馬が駆け込んできて、准男爵の到着を報告した。憲兵隊はその知らせを受けるとすぐに隊列を組んで街から飛び出し、街から数キロ地点で准男爵の馬車の車列に合流すると、それを取り囲むように護衛して街に戻ってきた。


 総勢50名ほどになる物々しい集団に町の人々が戸惑いながら道を譲る。その集団は街の中心部である公園に差し掛かると動きを止め、中央の馬車から但馬が姿を現した。公園に店を出していた屋台は追い払われ、それを尻目に見ながらも、なんの感慨も無さそうな表情で但馬は進むと、公園の中に建立された戦没者の慰霊碑に向かって手を合わせた。


 彼は目を瞑り、暫く祈りを捧げたあと、馬車には戻らずそのままインペリアルタワーへと入っていった。憲兵隊の代わりに近衛兵がやって来て彼を取り囲み、ネコ一匹も通さないといわんばかり鋭い眼光を辺りに投げかけた。


 町の人々が萎縮して、しんと静まり返る中、公園から追い出された屋台の親父はチッと舌打ちした。これじゃ商売上がったりである。かつてはゲロにまみれてた若造だったくせに、准男爵も出世したものである。だが、それこそかつてのひょうきんであった彼の姿を思い出すと憎むことも出来ず、彼はただ物悲しい気持ちになった。


 慰霊碑には花束が取り残されるように飾られていた。


 インペリアルタワーの階段を登り、但馬が謁見の間に入ると、アナトリア皇帝ハンス一世は待ち侘びたといった具合に歓迎の意を露わにした。


「久しいのう但馬よ。もっと度々来れぬのか」

「先月来たばかりじゃないですか、領地も遠いし、一日二日でそんなに報告するようなことなんて出来ませんよ」

「最近は楽しいことが無くて退屈でのう。大臣共は戦争の報告ばかりで、アスタクスは挑発ばかり、ウルフも居らぬので宮殿も寂しくなった。お主の話くらいじゃ、退屈を紛らわせてくれるのは。して、今回はどうじゃった? 何か面白い発見はあったか?」


 但馬は探検船団が持ち帰った話を皇帝に話して聞かせた。


「以前、報告があった通り、確かに西南西の海域にブリタニアはあるようです。ブリタニアは島全体が森に覆われてるらしく、エルフを警戒して船を沖に停泊させたまま、亜人水夫だけで上陸し、森の周辺を調査しました。上陸地点から約5キロ半径には、エルフはおろか、魔物の類も一切発見出来なかったそうです。生息する動物は鳥や昆虫ばかりで、こちらからちょっかいを掛けねば何事も起こらないようですね」

「森だというのにエルフが居らぬのか?」

「はい。探検船団が持ち帰ったブリタニアの木には、マナが少ないことが判明しました。まだ調べきったわけじゃないですが、恐らくエルフは生息していないんじゃないですかね」

「それが本当だとすると、楽園のような島じゃな。人の集落は無かったのか?」

「少なくとも今回の調査範囲には……安全を確保した後、船の入りやすい入江を見つけ、泊地にすべく観測所を建てておきました。次回はそこを拠点に調査範囲を広げるつもりです。人が住んでいないのであれば、いずれ開拓者を送るのもいいかも知れませんね」

「それは楽しそうじゃな。その時はお主も現地へ行って、何か土産でも持って返ってきてくれぬか」

「いいですよ」


 但馬は軽く頷くと、今度は別の報告に入った。


「演習艦が海流に逆らい北上し、ようやくエトルリア大陸西端へと到達出来るようになりました。ただ、これ以上は無寄港での航行は難しいようです。現在、アスタクスと交戦中ですが、大陸西部はロンバルディア方伯の領地、こちらと交易を開始する良い頃合いなんじゃないですかね」

「さようか。エトルリアのアクロポリスにはリリィ殿もおる。南部諸侯とはこうなってしまったが、皇国とやり合うつもりはない。交渉団の派遣を検討しよう。大臣よ」

「はっ!」

「選考を任せるので良きに計らえ」

「かしこまりました」


 その後、但馬は領地経営の話を少しして、皇帝はそれを楽しそうに聞いてから、ブリジットの話をした。


 ブリジットはメディア平定後、王位継承者として表舞台に立つことになった。元々は亜人による暗殺を警戒して正体を隠していたが、戦争が終わってその必要もなくなったと判断したわけである。


 しかし、近衛副隊長として実は国民に人気があるのはウルフの方であり、今更妹が出てきて王位継承者だと言われても国民たちは戸惑った。更に、ウルフがカンディア公爵を名乗って大陸の方へと行ってしまったので、何で彼が皇太子ではいけないのかと、不満に思う国民も少なからず居た。


 ブリジットが継承権第一位なのは、国宝である聖遺物クラウ・ソラスを扱えるという事実と、軍隊内では知らぬ者が居ないほどの剣の腕前が理由であったが、国民は何も知らないので、なんで急に? と思ったわけだ。


 そのため、メディアで起きた騒動を解決したのは、全てブリジットの活躍ということにした。皇太女はなんとエルフに打ち勝ったのだという、イメージ戦略である。


 これが功を奏し、ブリジットは次期女王として認められるようになったのであるが……


「しかし、すまんのう、但馬よ。お主の手柄を横取りすることになってしまって」

「別にいいですよ。ブリジットが活躍したのは本当ですし」

「これに懲りず、孫と仲良くしてやってくれるか」

「もちろん。でも、あっちも有名になっちゃったし、もううちの社員じゃありませんからね。中々会うことも難しいです」


 但馬がそう言うと、皇帝はふっと笑い、つい口を滑らせたといった感じに、


「あれもそろそろ年頃じゃしの、兄も結婚したし、そろそろ将来の伴侶というものを考えてもいいかも知れぬと思っておる。どうじゃ、但馬よ、お主が娶ってみては」


 その言葉に、その場にいた全員がギョッとした顔をする。


 しかし、但馬はたまらず吹き出し、にやにやと苦笑すると、


「そんなこと言ってると、孫に嫌われますよ、おじいちゃん」


 その不遜な物言いに、更に全員が凍りつく中、ただ皇帝だけが心底楽しそうに、カカカッと笑った。


「それは怖いのう。孫にバレぬよう、黙っててくれるか」

「俺は何も聞いてませんよ」

「さようか。ではそう言うことにしておこう」


 皇帝がそう言うと、但馬は謁見の間から退出するむねを告げて背中を向けた。皇帝はその背中に向かって、なおも言った。


「しかし但馬よ、考えておけ。お主さえその気であるならば、儂は障害にならぬと言うことを」

「はあ……でもその前に、俺がブリジットに斬り殺されてますよ、きっと」


 但馬はそう言って謁見の間から出て行った。


 どうやら彼は、ブリジットにそんな気はないと思ってるようだった。誰が見たって脈ありなのだが、胸囲が……もとい、興味が薄いからであろうか。


 皇帝は前途多難かと思いつつも、但馬の最後のセリフを思い出し、ブリジットさえその気ならば、但馬の方も満更でもないのだろうと思ってほくそ笑んだ。今朝、朝食の席で、但馬が帰ってくることを言及すると、孫娘は素知らぬ顔をしながら、何かコソコソとやりはじめていた。多分、宮殿を抜けて、こっそり彼に会いに行こうとでも画策しているのだろう。


 後は孫娘に任せておけばいいだろう。但馬の言うとおり、本当に孫に嫌われてしまっては元も子もない。


「恐れながら陛下……あのような空手形をおっしゃってもよろしかったのでしょうか」


 そんなことを考えていると、大臣が眉根を寄せながら諫言してきた。


「なんじゃ、お主は反対かの」

「いえ……私は寧ろ賛成派なのですが……国内にはまだ准男爵を不安視する向きもございますゆえ」


 但馬を得体の知れない人物だと危険視する者は、前々から少なからずいた。尤も、その殆どは、単に金持ちである彼に対する嫉妬心だったり、せいぜい井戸端会議程度のものであったが、最近の彼が領地を獲得したことと、亜人の傭兵団を組織したことで、本気で警戒をするものも出てきたようだった。


 しかし皇帝はそんな彼らの不安を一笑に付すと、


「馬鹿馬鹿しいことじゃ。あれがその気なら、この国はとっくの昔に滅んでおる」


 と切って捨てた。エルフを撃退したのは、本当は但馬だったのだ。それも一度ならず、二度までも。ブリジットの手柄にしたせいで、彼らは知らないのだろうが、何にでも文句をつけねば生きていけないような輩がいるものだ。


 彼が領地を得たのは当然の対価であったし、亜人傭兵団(ホワイトカンパニー)を組織したことだって、この国が狭量であったが故である。


 メディア戦争後、亜人兵の半数が国外に流出したが、フリジア戦役での活躍を見ればそれがどれほどもったいない事か分かるだろう。その事実を差し引いて、ただ但馬を批判するのは馬鹿げている。


 皇帝は不満気にため息を漏らすと、


「それにしても、暫く見ぬ内に少々やつれたか。あまり元気がない感じじゃったが」

「そうでしょうか? 私には、准男爵はいつもとお変わりないように見えましたが」

「ふむ……まあ、そうじゃな。気のせいか」


 そう言うと皇帝はそれ以上は考えず、執務を続けるために大臣に指示を出した。まだ何も決まってない話なのだ。それなのに怒っていても仕方あるまい。そう言えば、但馬を王宮へ食事に誘うのを忘れたが、それも孫娘に任せておけばいいだろう。


 気を取り直すと、彼はそれ以上気にもとめず、そのまま仕事に没頭するのであった。


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但馬が思い詰めてる?
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