六十七話 相殺
―――― ド ォ ン !
「うおっ!」
「ちょ!」
団長との会話の最中にも関わらず、場を読まない爆発が起こった。
今までも遠くから花火のような音が聞こえていたが、今度のそれは明らかに”至近距離”から強く発せられている。
その証拠に爆破の熱風がヒシヒシと肌に突き刺さる。熱いというより、むしろ痛いくらいに。
―――― ズ ド ォ ッ !
「また!?」
「連発か!? くっそォーーーーッ!」
ドン ズドン ドンドン バァン――――と間をおかず次から次へと鳴る爆発音は早くも二桁を突破し、近くから遠くからから執拗に鳴り続ける。
三次元的に響く爆音の立体音響。そして重なり膨らむ爆風と、そこから発せられる熱。
ガレキの散弾が次から次へと飛び散り、まるで火山の噴火でも起こったような灼熱が僕らを襲う。
「うあっ!? ふ、吹っ飛ぶ!」
「兄さんこっちだ! 地竜の腹の中に隠れて!」
団長に手を引かれるままに、地竜の背中を飛び降り腹の下へと潜り込む。
屋根がある分多少はマシになったものの、シェルターと呼ぶにはやや心許ない。
激しい熱風が四本脚の間から入ってくる。この狭すぎる爆破感覚は決して誘爆の類ではなく、明らかに”意図して”起こされた爆発だ。
さっき話していた二種類の爆弾。その内の片方”遠隔操作式”の起爆スイッチを連打でもしているのか。
突如起こった灼熱の裂破。この現象は早朝”一発目”と同じだ。
いきなり火の海と化した開発区と同じように……この商業区も、同じようにしたいらしい。
――――グオオオオオオ!
「ひぃぃ~~~~! また爆発でさ!」
「てめえらボヤボヤすんな! 全員さっさとこっちに来い!」
「くっそォ! ついに商業区まで……!」
『まだこんなに潜ませ取ったんか! こりゃホンマに火力支援やな!』
「兄さん! これがさっき言ってたもう一つの爆弾かい!?」
「そうだ! 多分……いや間違いなく、遠隔操作式の奴だ!」
テロリスト側から見て、攻勢を仕掛ける際四つの段階を踏まねばならない。
スタート地点は開発区。そこから商業、工業の内どちらかを選んだ後、伝統区。
そして最後に中枢区と、合計四つの区画を落とす必要がある。
つまり、今のこの一斉起爆は――――”第二段階”に入ったわけだ。
――――グォォォォ……!
「コポッ! コポコポッ! コポォ……!」
『おいこれ……地竜大丈夫なんか!?』
「一発だけなら問題なかったけど、こうも連発されると……くそ!」
(地竜……)
さすがの地竜もこの爆発の連続に耐えられる程強靭ではない。
簡単な家屋なら一発で吹き飛ばしてしまえる威力の爆弾を、何発も何発も僕らの代わりに浴びているのだからこれでも十分なくらいだ。
危険な状態を知らせるように地竜のうめき声が段々とか細くなってきている。この声は命のカウントダウンと取ってもいいだろう。
このまま地竜がやられると……僕らには”盾”がなくなる。
盾がなくなると生身のまま爆破の連発を浴びる事になる。
今ここで地竜を死なすわけにはいかない――――例え地竜が、盾で”なかろう”と。
「僕が……いく!」
「え!?」
『マジか!? 航空爆撃並みの爆発の中やぞ!?』
「だからだよ! このままじゃ地竜も危ない……この場をなんとかできるのは僕しかいないだろ!」
「「ア、アニキ~!」」
「でも兄さんどうするんで? 下手に動くと危険なのはこっちだぜ?」
「……地竜! 今行くからもうちょっとだけ耐えててくれ!」
「あ、ちょ!」
地竜の腹から一人飛び出し、再び背中によじ登る。
バサバサと爆風の大嵐が吹き荒れまともに立つ事すらできない。まるで台風の日に外へ出た農業従事者の気分だ。
風と熱と、飛び散るガレキがヒシヒシと飛びかかってくる。それでも僕は前へと進むんだ。
地竜のウロコにしがみつきながら、一つ、また一つと。
「待ってろ……地竜!」
――――グォッ! ォォォォォ……
ブ ォ ォ ッ !
「おわっ! くっそ……水玉!」
「コポ!」
――――グァォォォォ! グルゥ……
「地竜……今、何とかしてやるからな!」
爆風が激しく吹き荒れる中。一歩また一歩と前へと進み、ついに再び地竜の頭上にたどり着く。
地竜の切れ長で鋭かった目つきはさっきとは一変。
目尻がぬいぐるみのように垂れ下がり、地上が比較的近い事からあの立派で長い首すらも猫背のように落ちてしまっている事がわかる。
だがそのおかげでちょっとだけ進みやすかったと言うのはここだけの話。
首が下を向いていると言う事は、”水平”以上に持ち上げる事が出来ないくらい弱っているのだから。
――――グルゥゥゥ…………
『んな事言うたかてどうするつもりやねん?』
「……”雨”を、降らそうと思う」
「コポ?」
雨を降らす。それは比喩の類ではなく”文字通りの意味”でだ。
一応発現自体は可能だ。王宮での戦いでの事、あの時水玉は飛沫をまき散らす事ができたのは記憶に新しい。
それが何の役に立つのかを長々と説明している暇はない。今はとりあえず僕の目論見に黙って協力して欲しい。
そう心で思いつつ――――地竜の、大きな”口”に潜り込んだ。
ねちょっ
「う、くせっ」
『おい地竜、エサと間違えて噛むなよ?』
「コポッ!」
地竜の口に潜り込んだ瞬間。強烈な生臭さと共に「ぶにゅり」と柔らかな感覚がした。
これは噛まれる事を恐れ、そのまま歯を飛び越えて着地した”舌”の柔らかさだ。
舌は、神経の関係か普段口の中でも無意識に動いているらしい。地竜もその例に漏れず”僕ら毎”ウネウネとうねって非常に立ち辛い。
体制を崩しふと手を舌についてしまう。手のひらにはまた「ねちょり」と鳥肌が立つ感覚がした。
この正体は、地竜の口内に存在する”水分”である。
「水玉……ちょっとバッチィけど、一応これも”水分”だろ?」
『唾液……まさかお前、これを?』
「バカでかい地竜の口の中なら……涎も途端に屋内プールさ」
「コポッ!」
間髪入れず「こんなプールは嫌だ」とツッコミが入った。
確かにプールと言うのは語弊がある……だが雑菌がうようよしてそうなひどく不衛生な液体だが、一応水は水だ。
外は大火事。爆風。熱――――水分のすの字も出てこなさそうなこの場所で、唯一のオアシスはここ地竜の口内にしかない。
「全部吸い取れ……そして、なるべく大きく膨れ上がるんだ」
「コポォ!」
ジュルジュルジュルと生々しい音を立て、水玉は唾液を吸い取り瞬く間に膨れ上がっていった。
案の定みるみる内に質量を増やす水に、すぐさま地竜の口では器が足らなくなった。
『足らん足らん。埋まってまうて』
「地竜……”上を向きながら”口を開けてくれ」
体内から発せられる声は聞き取りやすいのか。
地竜は僕の指示に間髪入れず答え、大きな口をそっと開いた。
――――グォォォォォ……!
外から口内に強い光が差し込む。
太陽の温かい光ではなく炎と灼熱の禍々しい光ではあるが、とにもかくにも光は光だ。
膨れ上がった水玉は光に向けて飛び出した。
口から出る水はこっちから見るとまるで魂が飛び出たかのように見える。
爆発の裂破の中で、場に似つかわしくない一つの水球が一塊。地竜の頭上に浮かび上がった。
『何するつもりやねん……?』
「おし……”回す”ぞ!」
「――――ゴボッ!」
「回す」――――この一言をキッカケに、水玉は文字通り強く回り出した。
王の時とは違い溜める時間は存分にある。ここいらで限界を知っておくのも一興だと思った。
精霊石の力を存分に使い、時間をかけて徐々にだが加速を増していく。
キュルルルル――――回転の数に比例して、圧力が球体を維持する事を許さなくなる。
いつしか水玉は、この爆発の閃光の中に浮かぶ、黒穴のように変化していった。
「……ん?」
「なんだありゃ」
「兄さんかい……?」
――――キュルルルルルル!
「まだだ! もっと! もっともっと回れ!」
『水をまき散らす気か……? でも、こんなもんで爆発消えるんかいや』
「もっと回せば……限界まで、遠心力が付けば……!」
――――キュルルル…………ギュルルルルル!
「そうか……兄さん、そういう事か!」
「へ? どういう事でさ?」
「おめーらはいいから頭下げてろ! 一緒になって吹き飛びたいか!」
「「へ、へぃ~」」
――――ギュルッギュルルルッ………………ゥゥルルル
『大渦……まるで竜巻やな』
「ぶっつけ本番だけど……やるしか、ない!」
―――― ギ ュ ル ル ル ル ル ル !
時間をたっぷりかけた回転の加速が、臨界点を迎えた頃。
”機は熟した”――――頭ではなく、感覚でわかった。
「水玉―――― 割 れ ろ ! 」
ギュッ
―――― パ ァ ン !
「う」
「お」
「あ」
キラ……キラ……
――――辺り一帯は、一瞬時が止まったかのように静まり返った。
山賊や地竜の咆哮だけでなく、炎の炊き付く音も。ましてや爆風やガレキの荒れ狂う音でさえも。
限界まで回転させた水塊は触れるもの皆切り刻む巨大な”輪”となり、その中で生まれた”流れ”は何度も同じ軌跡を通る。
無限に続くような軌跡を幾万度繰り返した後に、不意に道が途切れれば――――”圧”は消える場所を探して、全方向へと回った分だけ拡散されて行く。
「「ホントにやりやがった……」」
拡散された”圧”が爆発をほんの少しだけ上回り、爆風は相殺され、熱気は少し冷やされた。
そうしてこの場には――――雨だけが、残った。
サァァァァ………………
『雨や……まごうこと無き、雨や』
「水玉は……自力でも割れたんだ。もともとコイツは、触れば割れるシャボン玉だったんだから」
『グルングルン回してたのは……コレの為か?』
「まぁ、正直その辺深く考えてなかったんけど……でも、一つだけ思ったのが」
「目には目を――――”爆弾には爆弾を”ってね」
回転は、元々すぐ割れる水玉の耐久性をなんとかするために編み出された物であった。
回転を精霊石の作用で掛ける事でクリアした”割れ”の問題。これを逆に”割れやすくする”為に使った
その威力は予想に反して重々足る物であった。
爆弾に対抗して生み出した、言わば”水の爆弾”。これらの事から、僕はこの技をこう名付けた。
――――【水風船】と。
サァァァァァ…………
「……雨?」
「おかしいです。昇るお日様が見えるくらいキレイなお天気なのに」
(これは……いや、ただの雨では……)
「――――ゴォウ!」
「そうか……お前と同類の奴か……」
「え?」
「これは……精霊の雨じゃ……」
――――水の精霊の引き起こした”雨”は、無論女二人の元へも届いていた。
突然の天候に二人はあっけにとられたものの、それが精霊の仕業だとすればざわつくに足る理由である。
「誰かが自分達に対抗して引き起こした物」この結論に至るのに、そう時間はかからなかった。
「え!? じゃあこれ、さっき言ってた精霊屋さんですか!?」
「……ほぼ、間違いないじゃろうの。奴の使役する精霊は”水”じゃ」
「精霊との潜在同調が行き届いておれば、このくらいの芸当できても全然不思議ではあるまい」
「でも~……ママさん以外にここまで精霊を使える人、ドナちゃん知らないです」
「うむ、伊達に精霊使いを名乗っておらぬ……どうやら、本腰入れてかからねばならぬようじゃぞ? ドナちゃんや」
「ふふ、おんしの”爆弾”と奴の”水”。どちらが勝つか……見ものじゃな」
「ぐぬぬ……ドナちゃんは負けません! 絶対ぜ~ったい負けません!」
ドナと呼ばれる幼い女は鼻息を荒くして奮起した。
自身が制作を手掛けた爆弾が、どこの誰とも知らぬ奴に破られるはずがないのだと。
爆破を相殺された事には驚かされたものの、所詮は一地域のほんの一部だけの話。
仕掛けた爆弾の数はまだまだこちらが上。数も質も、さらに相手は自分達の居場所すらもわからぬのだ、と。
「その意気じゃ。”天才まぁけてぃんぐとれぇだぁ”なのじゃろう?」
「はいです! ”プロカンパニーコンシュエルジュ”です!」
「適当に横文字を並べただけの気が……まぁ、おんしがそういうのならそうなのじゃろう」
「残りの爆弾の位置を見直すです! その精霊屋さんに……量より質だって事を教えてやるです!」
対してママと呼ばれた女は、心の奥底で言いようのない不安に覆われていた。
自身も精霊を扱うが故、精霊の事は誰よりもよく知っている。
精霊の力を持ってすれば爆発の相殺は十分”可能”である事。しかしその力を引き出す”難しさ”も重々承知している。
未だ姿わからぬ精霊使いは、何をどうしたかそれを見事やってのけた。
単なる偶然だったのか意図して引き起こした物なのか。そのどちらか”すらも”わからない事が、より不安を倍増させる。
(姿見えぬ者同士の水面下での戦い……互いに姿が見えぬゆえ、代わりに心を掴もうと奮起する腹の探り合い)
(さしずめこれは……”冷戦”と言ったと所じゃの)
ママと呼ばれる女は重きを”大魔女”の方に置いていた。
大魔女はこの世界でも名の知れた大魔導士。
前回の帝都進撃の際、大魔女がいなかった事が六門剣強奪成功の大きな要因であったと女は考える。
ボボォとか弱く語り掛ける”意思を持った火”に、女は沈黙で答える。
女は事の重大さに気づき始めた。大魔女が未だ出張ってこないのは、「大魔女が出張る必要がない味方がいる」と言う事。
それが先ほどから自分達を妨害してくる”精霊使い”であると言う事。
そしてその精霊使いが、要警戒に入っていない全くの”ノーマーク”であった事――――
「来るなら来いです!」
「――――ゴォウ!」
(…………)
女の心模様に少し陰りが見え始めた。
(火で……水は消せぬ)
つづく