六十二話 パス
ゴォォォォォォ――――!
…………
「あー……一時はどうなる事かと思ったよ」
『ほんまお疲れやな』
王の許可を得て、僕らは一路開発区へと向かう。
王宮から開発区への進行は奇しくも昨日と同じ状況になってしまったが、今度は事情が大幅に異なる。
襲撃――――英騎の軍勢が仕掛けてきた真正面からの戦火。
連中の主な使用武器は”爆弾”。それに伴う”崩壊”。湧き立つ”火”。そして”死”――――
ブォォォン、パンパン、ドドドッ……王子の改造魔導車が吐き出す排気音が、うるさいくらい中まで伝わってくる。
アクセルを目一杯踏んだ急行の音が、外の景色を溶かしながら。
「しかしすごいですね召喚者様。あの王を相手に互角の戦いを繰り広げるなんて……」
「互角? とんでもないっすよ。もうほんとマジ何べんぶたれたか……」
『あれ言わばハンデ戦やもんな』
「もしあのオッサンが勢い余って120%の力出してきてたら」
『死んでたな。確実に』
「コポッ!」
残念ながら五体満足とはいかない。あの平らなフルスイングの感触が、いまだにこの体全体に残っているんだよ。
痛みこそ引いてきたものの、最初にぶたれた二の腕はこれでもかと言うほど赤く、これが全身に渡っているのだから不要なおべっかは遠慮して欲しい。おかげ様で背中もしばらく、孫の手が必要ないくらいだ。
弘法は筆を選ばずとは言うが、あんな使い古したヘラでああまでパワーアップできるとは……
あれはむしろ鬼に金棒。いや、鬼は棒を選ばずと言った所か?
「何をおっしゃりますやら。あの王に挑んでその程度で済んだ等、十分すぎます」
「かつて王は帝都近衛魔戦部隊”マンジュ”の急先鋒として名を馳せた、義勇兵士の一人その人であります故」
「え、兵士だったの?」
『元先公ちゃうん』
「それはさらに後の話でございます。兵務を引退なさった王は培った経験を後世に伝えるべく、次なる職務として教鞭を取る事を選んだのでございます」
”マンジュ”とは当時帝国軍内あった、選りすぐりの兵士を集め編成されたエリート部隊の総称だそうだ。
よくわからんがこっちで言うスワットみたいな感じか? その精鋭の中でもひと際抜きんでていたのがあの王様らしい。
当時は工業も産業もまだ今ほど発達していなかった為、魔物による災害が深刻だったらしい。
その中でもひと際多大な被害をもたらしたのが”魔霊生物”と呼ばれる魔物。
魔物の中でも上位に位置する危険な生き物が、たびたび人里に現れては”災害”を引き起こしていった――――それらを食い止めるべく組織された、言わばハンターみたいのもか。
「王が剣を振るう時、天地に轟く咆哮が響き渡ったと言われています」
「それ、例えじゃなくてガチだと思う」
『あー……だからあんなにスパルタやったんや』
「でもその経歴があったからこそ、さらに後に王として選ばれたと……」
「左様。文武を兼ね揃え救いをもたらして来た”勇者”だからこそ、王として今日まで君臨なされているのです」
『積み重ねっちゅーこったな。見習えよお前も』
「積み重ね……ねえ……」
積み重ね、努力、忍耐。僕にはなんて似合わない言葉だろう。
ハッキリいってその手の言葉は嫌いなんだよ。と言うのも、例えばスポーツとかが顕著な例だ。
怠けずさぼらず日々練習する事で、少しづつだが上手くなってく。理屈はわかるし体で覚える感覚って言うのもまぁわかる。
だが……そんな日々の忍耐の果てにやっとこそさたどり着いた境地が、そのさらに遥か上を”何もしてないのに”寝そべりながら陣取ってる奴がいるじゃないか。
階段でヒィヒィ言いながら10階についたのに、すぐ横をエレベーターで100階まで昇っていくそうな奴が。
あんなのを見せられたら途端にやる気をなくすだろ。そして腸が煮えくり返ってくる。
どうして自分にはないんだ。どうして自分はエレベーターに乗れないんだ……ってさ。
「エレベーター……? 昇降機の事ですか?」
「あ、うん。まぁ……なんでもないです」
「はぁ……」
『ていうかお前さ、よく無事やったよな』
「え、何が?」
『あんときの一撃やん。あれで決まっとってもおかしくなかったで』
『今の話聞いてたらなおさらやわ。いくら甲冑着てたからって、よう一発耐えれたな』
「あーあれはな……”コレ”のおかげ」
で、その「エレベーターがあるのに何が悲しくて階段なんぞを上り下りせねばならぬのだ」とこの僕は考えるわけだ。
すぐ横にエレベーターがあると言う事は、広い目で見ると階段とエレベーターは繋がっていると言う事であり、そしてエレベーターは基本的に”重量制限”がある。
楽な手段がすぐ横にあるのに、なんでわざわざヒィヒィ言いながら階段を使わねばならないのか理解に苦しむ。
……と言うわけで僕の出す答えはこう。「エレベーターに乗ってる奴に頼んで、一緒に乗せてもらう」
「そ、それは王子の!」
「そ――――王子の”宝石箱”」
腹に仕込んだ宝石箱。ここにあのフルスイングを誘導させる事ができれば、一発くらい耐えてくれると思ったんだ。
根拠はあった。箱の中身は見るからに高価そうな宝石が、振ればジャラジャラ鳴るくらい大量に入っていた。
これが何の宝石かは知らないけど……値打ち物が入っているって事は”入れ物も”それなりに高価な物だろうと。
『お~わ~……見事にべっこり』
「こういうのってほら、なんかいい素材使ってるんだろ? 象が踏んでも大丈夫的なさ」
『それ筆箱やろ……』
「た、確かにその手の箱は底が抜けぬよう、貴金属の重みに耐えれる程度の強度はありますが……」
「一回こっきりの身代わりアイテム。作戦上どうしても一発食らう必要があったからね」
「あ、言っとくけど僕が盗んだんじゃないからな? オーマが勝手に持ち出して忘れてったから、代わりに返そうと持ってただけ」
『返すて……こんな半壊の箱をか?』
つい数分前まで豪華絢爛の極みだった宝石箱が、まさに象に踏まれたかの如く凹凸に歪み切っている。
中身の無事を確かめたい所だが、開閉部も歪んでしまったのだろう。何やらガチガチ引っかかり開ける事が出来ない。
一応振るとカラカラと音が鳴るので、まぁ一応中身は存在しているようだ。
今現在、どんな状態なのかは確認できないが。
「僕のドテっ腹に棒を振るって来たのは王様だろ? んで盗んだのはオーマ。だから僕は、”何もしちゃいない”」
『よう言うわ。防御のアテにしてた癖に』
「屁理屈……ですね」
「コポッ!」
「んな事はどうでもいいんだよ! で、兵士さん……さっきも聞いたけど、状況はそんなにひどいの?」
「はい、先ほど申しました通り被害は拡散の一途を辿っております。今は一人でも多くの味方が欲しい……」
『【爆弾】……言うとったな』
さっき王子と電話で話した時。裏からザーザーピーピーと非常にうるさく声が聞き取り辛かったが、あれが”爆弾”による物だとすれば合点がいく。
テロリストの仕掛けた爆弾がこの帝都の至る所に潜んでおり、それらが明朝。起床のアラームの如く”一斉起爆”した……
あの王宮から見えた黒煙と崩れるビル群。そして閃光――――遠巻きでも十分確認できた爆破の痕跡は、この車のライトアップアクセサリ以上の煌めきだった。
『あんな量の爆弾、ようバレんと仕掛けられたな』
「例の”内通者”が見つけにくいルートを教えてたとか……? スパイの目星はついてるの?」
「恥ずかしながら……私はしがない一般兵です故、そのような者がいる事すら知りませんでした」
『まぁ、せやわな』
「ん~……スマホ、ちょっと地図出して」
スマホに表示された帝都の地図を全体表示に切り替える。
帝都の全貌は、俯瞰で見ると中心から波紋の用に広がる形になっている。
――――まずさっきまでいた【王宮】のある【中枢区】
ここは帝都のもっとも中心であり、政の要である為様々な重要施設が混在する。
そして【中枢区】全体を覆うように広がるのが【伝統区】
帝都ができた当初は、この部分が所謂城下町に当たる場所だったらしく、当時の趣ある歴史建造物や伝統文化等が今も残っている箇所だ。
そして【伝統区】を二つの半円で囲うのが【商業区】と【工業区】
ここは元々一つの区だったらしいのだが、商業、工業各々の分野での発達が目覚ましくなってきたので、一昔前に”独立区”して二分された。という経緯がある。
【商業区】はその名の通り商業を主とする区画。昨日観覧車に乗った所だ。
【工業区】はまだ行っていないのでよくわからないが、まぁ名前からして大体想像つく。
本来なら今頃楽しい空の旅になっていたはずの……【渡り舟】と名付けられた飛空艇が眠る場所だ。
「えっと……表層だから……」
そして、その二つの区画を一挙に覆うのが、今最も”熱い”区画――――【開発区】
「被害状況は主に開発区を中心に広がっております。報告によると開発区市街地より突如巨大な爆発音を確認。間髪入れず次ぎ次と爆発が起こり……」
『マーキングするわ。この辺?』
「そこです。そこから一挙に広がり……そして現在は、徐々にですが”縦に”伸び始めております」
『なぞったらちょうど【工業区】と【商業区】の境目の延長線上や』
「その境は通称【スリーパスストリート】と呼ばれております。東西南北、四つの区画が交わる通り。上空から見るとちょうど”エ”の形になる事からそう呼ばれているのです」
『スリーパス……三つの道筋、ね』
「はい。この帝都の中で最も大きな通りです。魔導車のメイン通行路ですね」
『国道みたいなもんかぁ』
「戦火が徐々に”縦に伸びてる”って事は――――そうか、”進軍”してるんだ!」
『ゴールは王宮か……軍事専門家としてこの戦術、どうやねん?』
……中々、悪くないルート選びだと思う。
四つの区画がせめぎ合うって事は進行ルートを散らせれるって事だ。
スリーパスストリートとかいう大通りを堂々と突っ込む正面突破ルートが一つに、商業・工業どちらかから進軍する脇道ルートが二つ。
そのどちらもカバーする為の爆弾……爆弾をまずここから起爆させたのもこれなら納得。
区画がせめぎ合ってるから、この一点を集中して爆破するだけで、四つの内一気に三つが大混乱だ。
「……たぶん爆弾は”航空爆撃”の代わりなんだと思う」
「コウクーバクゲキ? なんですそれ?」
「隊長職だけが使えるスキルだよ。HQに火力支援を要請して戦場に爆撃機を送り込む。空からやってきた爆撃機は無数の爆弾を落とし、敵兵を軒並み一層する……」
「よ、よくわからないですがなんか凄そうですね」
「ゲームだと”試合開始と同時に”要請を出すのが定石なんだ。開幕でいきなり”かます”事によって、防衛側は爆撃が終わるまで本陣から出られなくなるからね」
『ははーん、足掛かりを作るわけやな?』
「ちなみにこれをやらないとキック投票が始まったりボイチャで暴言吐かれたり……最悪の場合”無能隊長”としてネットに晒されたりとかするのよね」
『ガチ勢こわ』
「それだけ有効だって事さ」
連中もさすがに爆撃機までは持っていないだろうが、ここまで入念な下準備ができるなら爆弾で十分代用は可能だ。
なればこそ今最も危惧されるのは、やはり”内通者”の存在だ。テロリストのスパイがどの程度の地位にいたのかで今後の戦況が大きく変わってくる。
ただの一般人ならここいらで打ち止めだろう。しかし昨日のオーマのニュアンスは”もっと上”。
オーマは確かに「帝都の情報が漏れている」と言った。
その口調はまるで、スパイが帝国中枢まで潜り込んでいるかのような口ぶりだった。
「となると……この辺一帯も直……」
「今は開発区に収まってるけど……テロリストの最終目標は”王宮”だ。こっちまで火の手が上がるのもそう遠い未来じゃない」
「では急ぎ爆弾を撤去せねば!」
(でも……)
一つ気になるのは、肝心の”テロリストそのもの”の存在だ。
爆弾で景気よく吹っ飛ばしたのはいいが、肝心の”本隊”の情報がまだ見えない。
何人でどんな武装でどういう動きで攻め込んでいるのか……爆弾を足掛かりにするならそろそろ報告があってもよさそうなものだが、電話の奥の王子はまだ連中に出くわしていない様子だった
いくらなんでもそろそろ交戦の報告があってもよさそうなものだ。
兵力の絶対数が違う以上、時間をかければかける程、追い込まれるのはあっちの方なのに。
「せっかく爆弾で混乱させたのに、攻め込む”人員”がいなけりゃ意味がない」
「そう言えば……交戦の報告は未だありませんね」
「これじゃあただのドが過ぎたボヤ騒ぎだよ。あんまりちんたらしてたら内通者だって情報を出しにくくなるはずだ……現地の情報は”要”なのに」
『王子はんの言ってた、予想不能の”英騎の謎”ってやつか?』
「ああ、くそ……っ! 何考えてるのかわかんねえ連中だなぁ!」
一国の首都に真正面から攻め込むと言う正気とは思えない今回の襲撃。
かと思えば妙に入念で合理的だったり、でも自分達で準備を台無しにしようとしたり――――
そして気になるはやはり連中の親玉、”英騎”だ。
昨日見た映像の中の英騎は完全に狂気に塗れており、作戦立案所か会話ができるかどうかすら怪しい様子だった。
でも、奴と同じ顔をしているのは理性と情に溢れた、僕の…………
「……くそォ!」
……考えれば考える程、ドツボにハマる。正気と狂気が入り混じった不気味な殺戮劇。
結局、考える事自体が無駄なのかもしれない。「わからなくなったら一度振り返ってみて」と頭によぎるのはいつか言われた芽衣子の言葉。
そう、深くまで考える必要はない。一度振り返って連中のしたい事だけを考える。
連中の目的は至ってシンプル。”帝国の崩壊”ただのそれ一つ。
その為にまずすべき事は、”王宮の落城”――――
「……なんにせよ、とかく王子との合流が最優先だ。兵士さん、もっと飛ばしてください!」
「承りました――――ちょっと揺れますよ!」
魔導車は、より一層加速を増していった――――
――――
『ところでよ、姐さんはええんかい』
「だってほら、あいつは連携なんてしてくれそうにないし……」
『まぁ、そやな』
「ていうかアイツ昨日番号言うの忘れてったし……それよりスマホ、お前の処理能力でリアルタイム更新とかできないか?」
『うーん、地図は出せるけど通信内容までは……予想でよければいけるけど?』
「それでいい、頼む!」
「コポ? コポポ!」
「水玉は僕と一緒だ。これからジャンジャン”水”連発するぞ。今の内に水分溜めといてくれ」
「コポォ!」
「もうすぐ開発区だ……今のうちに、できるだけの事はしておこう!」
連中が今回の襲撃に備え入念な準備を施したように、こっちもギリギリまで準備をしてやろうと思った。
まずは装備の確認をしよう。今僕の体を包むのはさっき王に貰ったマント。
王が付けていた時は背中になびく立派なマントだったが、僕の背丈だと大分ブカブカだ。
これじゃあ、マントと言うよりローブだな。
「風の精霊の加護ってなんだ?」
「コポ……」
尋ねた質問の返事は「他属性の精霊とはあまり接点がないのでよくわからない」と思わず肩が落ちる返答だった。
てっきり「風に乗ってジャンプ力が上がる」とかそんなのを想像していたのだが……まぁ、精霊は精霊で近所付き合いみたいなのがあるのだろう。
風の加護の内訳が気になる所だが、「王が着用していた」それだけの事実で十分だ。ゲーム的に言うと”防御力の高いローブ”と言う解釈でいいだろう。
『あっあれ』
「あ……」
スマホの呼びかけでふと見た景色の中に、昨日乗った観覧車が見えた。
あそこは確か王子と一緒に飛空艇を見た場所だ。観覧車に飛空艇がかなりの距離まで近づき、鼻息を荒くして夢中で手を振ったのを覚えている。
視点は僕から見て左。と言う事は左が商業区で右が工業区と言うわけか。
「てー事は……あ、ちょうどここがスリーポイントストリート?」
『それバスケや。スリー”パス”な。』
「えっと、二つの区の境目だから……このまま真っすぐいけば開発区?』
『そうそう。現在位置表示したるわ……今ここや』
兵士はアクセルを本当に目一杯踏み込んだのだろう。
僕らの乗る魔導車は帝都を縦断し、あっという間に商・工両区の境目に到達した。
このまま真っすぐいけば直に大通りの終点開発区――――別名【灼熱地獄】だ。
「所々壊れてる……」
『向こうも進軍しとんや。もうじきここらも”地獄の一丁目”と化すで』
……さすがに、少し緊張してきた。
王のハンデ戦とは違う、本当に死と隣り合わせの”戦場”に降りようとしている自分に、思わず冷や汗がでる。
恐怖がじわじわと心に染みていく。
それを上回るように湧いて出るのが、僕の本当に会いたい人。その顔貌……
(芽衣子……)
芽衣子と英騎。同じ顔を持った二人の女性。
彼女の顔を思い浮かべながら、魔導車は一路開発区へと進んでいく――――
――――カンッ
「あ、そうだ……兵士さん。僕のアドレス教えるから、みんなと連絡取れるよう一斉送信してほしいんだけど」
「…………」
「あ、そうかこれガラケーか……じゃあこっちから送るよ。連絡先教えて?」
『ケー番でもいけるで!』
「………………」
『……え、無視?』
「兵士さんマドーワ持ってるでしょ! はやく教えてよ!」
「………………」
「……返事しろよ!」
返事をしない兵士に少しイラつき、肩を雑に掴んだ。
(――――え?)
グラリ――――不意に掴まれた兵士の肩が、掴まれた方向に”力なく”倒れていった。
ドサ…………
『こ、これ……は……』
「な……んで…………?」
「コ、コポポッ!? コポッコポッコポッ!」
彼の発した最後の言葉を、思い出す事が出来なかった。
「――――――――」
「死ん……でる…………」
つづく