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六十一話 巣立ち――後編――

 

「やっぱり……王子! 王子だな!?」


『たりめーだ! まだ寝ぼけてやがんのか!?』


『何度魔送文送ったと思ってんだ! 今俺の部下が迎えに行ってるはずだ……いいから”俺の魔導車”乗ってさっさと来い!』


「あ、その部下が私です」


 ここへきてなんとも予想外な助け船だろう。まさか”王子の私用魔導車”が残されていたなんて……

 だがしかしナイスだバカ王子。ちょうど最後の魔導車を取り逃がして絶望に暮れていたところだ。

 この際だから下品なデザインと騒音の激しい違法改造は目を瞑ってやる。

 その代わりと言っちゃあなんだが、お前の持つ”王子権限”で……この人を何とかしてくれないか?


「いや、でも、違うんだよ、寝坊してわけじゃなくて…………」


『あん!? なんだよ!?』



「――――このバッカモンガァァァァァ! やっぱり貴様の差し金だったんだな!?」



『うわっ!? オッサン!?』



……こういうわけだ。今の怒声で現状は把握してもらえたと思う。

 寝坊どころかむしろ予定より早く着くつもりだったのに、よりにもよってお宅の所の最高権力者のおかげで大遅刻だ。

 これは完全に僕のせいじゃないだろう? 列記とした事故だ。

 帝国の身内だろ? とりあえず肩から手を放すように言ってくれ。さっきから痛いんだよ、このオッサン。


『あっちゃぁ……オッサンに捕まってたのか……』


「すでに満身創痍なんだけど」


「どけ少年! お前は本当に……オイバカ王子ィ! 相手は”英騎”だぞ!? 貴様本当に、現状をわかっているのか!?」


『そりゃこっちのセリフだ! アンタこそ、なんでアルエの邪魔してるんだよ!』


「こやつは”召喚者”だぞ!? 万が一英騎と会合してしまえば……”どうなるか”は貴様もわかっておろうが!!」

 

『ぐっ……けど、けどよぉ……!』


 オイオイオイオイ何を説き伏せられているんだ王子、頼むよしっかりしてくれよ。

 そりゃお前も僕と英騎が会うのは反対だったろうが、今の論点はそこじゃないだろ?

 王と王子の口論に口を挟むのはいささか怖いのだが……しょうがない、ちょっと早いが助け船の借りを今ここで返してやるか。


「……オイ王子ィ! お前今どこにいるんだよ!? まさかバカ正直に”工業区”で待ちぼうけしてるんじゃないだろうな!?」


『なわけ――――ねえだろ――――うわっ!? やべえ!――――』


「王子!? オイバカ王子!?」


 戦況はまさに”最悪”と言っていいようだ。

 スピーカーから漏れるゴウゴウ、ガラガラと言った雑音の塊が、今王子がどんな状況に置かれているかを事細かに知らせてくれる。

 王子はやはり、すでに工業区にいたようだ。昨晩は眠らなかったのか単に朝が強いだけなのかは知らないが……

 そして早すぎる到着が不運にも、この襲撃の真っ只中に置かれる事になろうとは、王子も露と思わなかっただろう。


『……――――ぶねぇ……アル――――俺は今……先発隊と”開発区”……にいる!』


『今戦火は……開発区を中心に広がってる!……連中、あの時と同じだ! 本当に真正面から……攻めてきやがったんだ!』


「なんだと……被害状況は!? 今そっちはどうなっている!?」


『――――おあっ!――――くっそ、また爆発が……うあああああ――――!』


「王子!? オイ王子!!」


『…………ハァ……ハァ……だ、大丈夫だ…………クソッ』


『――――オッサン! 状況もなにも、今こっちはまさに”灼熱地獄”真っ只中だ!』


『現場はもうてんやわんやだよ! 増援なんててんで足らねえ! もっと人手を寄越してくれよ!』


「そ、そこまでの物なの……か……?」


 電話の奥からは王子の声の非常に聞き取りにくい。

 声の奥からはありとあらゆる雑音が混じりこんでおり、スマホのスピーカーを持ってしてもその余計な音を取り除く事は不可能なのだ。

 増援。人手。何もかもが足らないそれほどまで強力な雑音。

 正体は……”崩壊”の音。


『連中、”相当前から”準備してやがったんだよ! 行き当たりばったりじゃこんな短時間に…………アンタならなんか、”心当たり”あんじゃねえのか!?』


「そ、それってさあ!」


「”内通者”…………!」


『オッサン聞け! 連中の主な攻撃手段は――――”爆弾”だ! どうやってか知らねえが、俺らに気づかれる事無くそこら中に”爆弾”仕掛けてやがったんだ!』


『さっき叫んだのもそこで――――うわッ! また一個”爆発”しやがった!』


「爆弾……?」


「ぐッ…………おのれ……英騎め……!」


 現地にいる王子曰く、主な攻撃手段は”爆弾”。

 一瞬で辺り一面を業火に埋める量の爆発が、そこかしこで勃発しているようだ。

 王子の言う通り、被害の拡大は”速すぎる”。それは単なる行き当たりばったりではなく事前に仕込みを整えていた事を示している。

 連中は軍どころか王子、しまいには索敵に長けたこの王ですら気づかないほど密やかに、かつ大量の爆弾を仕掛けていた。

 そんな手品のようなタネを存分に仕込めたのは……やはりこの帝都のどこかにいる”内通者”の仕業だろう。


『俺らは今その爆弾を…………クッソーーーーッ! こんな火の海じゃわかんねえよ!』


「そんなに……現地はそんなに、ひどいのかよ……!」


『だから、速くお前に来て欲しいんだよ! こんなバカッ広い火の大渦……まとめて消せるのは、お前のあの”水”の力しかねーだろ!!』


『オッサンわかってくれよ! 状況は一刻を争うんだ! 今俺たちには……アルエの力がいるんだよ!!』


「く……う…………!」


 王は歯ぎしりを強く噛みこんだまま返事を出さない。その顔から、相当迷っている様子が見て取れる。

 どうやら襲撃者の攻勢手段は、爆弾をそこかしこにばらまき、作戦開始と同時に”一気に”起爆させまくっているようだ。

 確かに、気づかれないまま帝都全域にそこまで爆弾を仕掛ける事が出来るなら……数の不利は一挙に解消される。

 内通者。爆弾。火。加えて早朝五時前と言うこの時間帯――――連中、この襲撃の為に、”策”を練りこんできたんだ。

 それも二日三日程度じゃない。かなり長期間、見つかることなくじっと息を潜めたまま……溜めに溜めた物を、今この瞬間に”全部”噴き出す為に。


「陛下……僭越ながら申し上げます。殿下のおっしゃる事は事実です」


「現在帝国軍総出で事態の収束に当たっておりますが、状況は悪化の一途……私個人と致しましても、精霊使い様のお力を貸していただきたくある状況にあると思います」


「それゆえ陛下……帝国の危機です。どうか、どうかご決断を!」


「だが……しかし……!」



 そして自画自賛じゃないが、それらに対抗できるのは今の現状”僕しか”いないのも、また事実だった。



「……おい王子! あの信号弾の所に行けばいいのか!?」


『は!? 信号弾!? 俺ぁそんなの撃ってねーぞ!?』


「え……でもこっちからは、パーっと明るい光が見えるぞ!?」


『だからそれは火の……うおっマジだ! なんだありゃ!?』


「お、お前も知らないのかよ!」


『おーい誰か――――信号弾撃ったか――――? あっ……そゆ事ね……』


「なんだよ?」


『へへ……アルエよ。あの信号弾、よーく見てみな……』


「……?」


 言われるがままに光を見ると、信号弾の光からミミズが這うような気持ちの悪い”蠢き”が現れた。

 蠢きは何らかの規則性を持ち、ある点で別れ、ある点でまたくっつく。

 さらに裂け続け伸び続け、ウネウネグニャグニャ……そうして時期に、一つの”形”を描き出した。


「……なにあれ?」


『”魔文字”だよ。昨日の書類の……へへ、アルエ。お前はあれ読めないだろ? そこのオッサンに読んでもらえ』


「あのー……なんて書いてあるんすか?」


「……こ…………の…………」




――――王は、ゆっくりと魔文字を読み上げた。




【このくッそ忙しい時に、いつまで寝てんのこのアホ! さっさとこっち来て、アタシを手伝いなさい!】



「オーマだ……! オーマもいるんだ!」


『そーゆーこった! アイツもこっち来てんだ……へへ、自分勝手な動きは相変わらずだがよ』


『オッサン! これでわかったろ!? 現地には俺もいるしパムもいる!』


『加えてそいつは俺とパム両方と行動を共にしてたんだぜ!? そいつの実力は俺もこの目で見た!』


『そしてパムも今そいつを呼んでる……必要とされてるんだよ! アルエの力が!』


「…………」


 少年の実力。それは王も確かに体感した。

 ただ水を振り回す事しかできないと思ってた少年が、思いもよらぬ方法で正門を潜り抜けた事。

 威力、スピード、その他スペック諸々……自身にははるかに及ばないものの、その水準は十分帝国兵の水準を満たしていた。


「しかし……この少年に万が一の事があれば……儂は……!」


『そのための”俺ら”だ! 俺ら二人がいりゃぁ英騎なんかには近づけさせねえ!』


『知ってるだろ俺ら二人のコンビ!? なんだかんだで、今まで貢献してきたじゃねーか!』


『今回もそれと同じだ……頼むよ! 信じてくれよ!』


『――――”時間がない”んだ!』


「くぅ…………!」


――――王の、肩を掴む力が強くなった。

 この力加減からどれほどまでに葛藤に苛まれているかが見て取れる。

 脱走しようとしておいてなんだが、王の気持ちも十分わかる。

 大事な客人をみすみす戦火に放ち、結果守り切れなかったとあれば国の威信。ひいては王のプライドが許さないだろう。



(けど……)



「コポッ?」


「……王様。アンタさっき”自分の勝ちだ”って言ったよね?」


「そう……だろうが……」


「でも僕の記憶が確かなら……あの勝負ってさぁ、”正門を抜けるか抜けさせないか”だったと思うんだけど?」


「……!」


「アンタは”門を抜けさせない為に”立ち塞がった。でも僕は今こうして門の”外”にいる……」


「だからこれって、見方を変えると”僕の勝ち”とも言えない?」


「そんなの……ただの屁理屈だ……!」


 そう、ただの屁理屈だ。

 事実王の本当の目的は”英騎に会わせない”であり、それは正門に限った範囲ではない。

 しかし、元教師のアンタなら知ってるはずだ。”門を出る”この行動が意味する事。

 そしてそれが、”自力”で出たと言う事――――


「僕は今中学生だ……でも、その前は小学生だった」


「そんなに昔の話じゃないよ。二年くらい前……僕も一度、”卒業”は経験してる」


「小学校生活最後の”校門”。あの門をくぐれば、もう二度と入れない。でも……その時は、確かにやってきた」


「担任の先生とか、いっぱいの大人に見送られてさ。でも大人達は”お別れ”とは決して言わなかった」


「大人たちは二度と戻れない門を潜る僕らをこう表現したんだ――――”巣立ち”って」


「巣立ち……」


 学校と言う学び舎から大空に羽ばたいていく諸君らはなんちゃらかんちゃら……

 うちの学校、うまい事言うなと思ったら単に全国的な常套句だった。今思えばその辺もまぁマニュアル的な言い回しなんだろう。

 あのお決まりの常套句があそこまで普及したのは、やはり表現がうまい事と……「実際にそうだから」とも言える。

 これはあくまで元卒業者の視点での意見だ。卒業を巣立ちって言う事――――だったら。


「元教師として、二人の教え子は立派に”巣立って”ますか?」


「………………ッ!」



――――



(あのバカ王子! また国の公費で下らぬ玩具を……!)


(あ、いえ、陛下。それは経済支援政策の政務費です)


(ど・こ・が・支援政策だ!? 中身は子供のおもちゃばかりではないか!!)


(いえ、ですから”子供用”のおもちゃなんです。親を失った子供の為の……)


(難民……の……ではこの魔導二輪は?)


(それは……ああ……王子の私用品ですね)


(……あのバカモンガァァァァァ!)



――――




「~~~~ッ!」




――――



(陛下! 大変です! 大魔女様が街の近くで強力な魔法を……)


(ハァ!? あのクソ魔女、またなにかやらかしおったのか!?)


(いえ、どうやら魔霊生物の群れが近づいてきたようでして……)


(……事前に防いだのか?)


(ええ、おかげで魔霊生物群は軒並み消滅……しかし逆に、魔法の余波が街の一部を破壊しました)


(……あのバカモンガァァァァ!)



――――王は思い出す。二人の教え子と過ごした日々が、走馬灯のように回り出した。

 二人には長い教師生活の中で最も手を焼かされた。

 中途半端に高い魔力が逆に二人を増長させ、それを改心させるべくあらゆる手段で鞭を振るった。

 結局、二人の悪癖は最後まで治る事はなかった。

 しかしその代わりを埋めるように、二つには共通した一つの”意思”が生まれた。



(しょーがねーから守ってやるよ)


(しょうがないから守ってあげるわ)



(内からな)


(外からね)



「あの……バカモン共が……」



 いつの間にか、通話が切れていた。爆発に巻き込まれたか、あるいは混乱の中でマドーワを落としたか。

 同時に、あの眩しい信号弾も光を失い空に消えていった。

 読むことはできなかったが書きかけの魔文字を残して。


――――眼前には再び黒煙が現れた。崩れる建物と、薄ら見える橙の火が。

 そしてそれらが、今を持って着々と広がっているのも、二人には十分理解できた。


「あの……とりあえず痛いんですけど……」


「…………」


「……もしもーし?」



「…… ぬ ぅ ん ! 」



「ぶあっぷ!? なんすかいきなり!?」


 僕の顔にいきなり何かが覆いかぶさった。

 質感から布っぽい肌触りがする。加えて顔をすっぽり覆う大きさ。払わずとも、それが”服”である事は十分わかった。

 王がいきなり投げ捨てた服。それはつまり、”王の召し物”である事に他ならない。


「”風の精霊の加護”を受けたマントだ……それを備えておけば、最悪命を落とすことはあるまいて」


「じゃあ……オッサン!」


「元教え子に免じて……”特別に”許してやる」





「……………………行け」





「オッサーーーーン!」



 ついに、王の許しを得た。今はっきり聞いた「行け」の二文字。

 本当にどうしようかと思った。マジで失敗したと思った。

 敗因は……王の元教え子のせい。しかし勝因もまた、王の元教え子のおかげであった――――


「一つ約束しろ……必ず”生きて”戻ってこい!」


「……はい!」



 ブォォォォォォ! パンパン! パパン!



「召喚者様、魔導車を発進させます! さ、早くこちらへ!」


「……」


 王は、離れていく僕に背中を向けたまま何も言わなかった。

 だが、あの無駄に筋骨隆々な背中が「行ってらっしゃい」と手を振っているように見えた。

 マントを取り、輪郭がクッキリ浮かぶ王の鍛え抜かれた背中。

 帰る場所……そう思わされるくらいに、王の背中は雄大に感じられた。



「じゃあ……行ってきます!」




「…………ざい



(え?)



「侮辱罪。反逆罪。不敬罪。建造物損壊罪。攻撃魔法使用違反罪etc――――」



(……うげ)



「軽く見積もって”10”は超える罪を、君は犯している……」



(……)



「戻ったら――――覚悟しておけ?」



「…………」



「――――返事は!?」




「は……い……」




――――やっぱり戻りたくないかも。一瞬だけ、そう思った。





                            つづく   



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