六十話 巣立ち――前編――
――――バリッ
「 ぐ あ あ あ あ ー ー ー ー ッ ! 」
王の体に、とてつもない電流が走った。
それもそのはず。この雷撃魔法は僕の使う似非魔法の類なぞではなく、この世界で大魔女と名高いオーマ直々の魔法なのだから。
この一撃は王にとっても完全に予想外の物であった。
召喚者は水の精霊を操ると報告を受けていた。その報告をなぞるように幾度となく”水”を見せつけられてきた。
故に思い込まされていた――――”水しか使えない”と。
「ここっきゃねーーーーッ! 行くぞォ!」
「ぐ…………おおおおッ!?」
バリバリと王の全周を食い破るように、電気の虫唾が執拗に走る。
少年はこの時を待っていたかのように、今度こそ”本当に”突撃の姿勢を見せ、そして”飛んだ”。
ドジュンッ! 少年の足の裏から噴射のような水飛沫が飛び散る。
その推力に押された少年の体は瞬く間に大きく映り、王の頭上を遥かに高く駆け上がり……そして、視界の外へと消えた。
「アアアアアア! 行か…………せるかァァァァァァァ!!」
「――――くっ!」
王は電流に蝕まれながらもなんとか力を振り絞り、そして同じく飛ぶ。
少年にとって、なるべく王から離れる為、高く飛んだのが仇となった。無駄に伸びた到達距離が王に追撃の余地を与えてしまったのだ。
執拗な痺れをもろともせず、即座に届きえんとす王の身体能力は、”ある意味では”予想の範疇。
しかし同時に”最大の難関”でもあった。
――――
「や、やばい! 来るな来るな来るなーーーーッ!」
「――――ヌォォォォオッ!」
さすがの王も電撃をモロに浴びて100%の力が発揮できるほど、人の道を踏み外していなかった。
バリバリと目視できるほどの電流を身に纏いそれでも動けるのは驚嘆に値する。
しかし蝕む電流が王の跳躍を妨げ、伸ばす手が届く事を許さない。
――――
着実に近づく王と着実に遠ざかる少年。
この矛盾に満ちた状況に、もはや両者とも天に祈るしかなかった。
(通れ通れ通れ通れ通れ通れ!)
(届け届け届け届け届け届け!)
――――
不意に、両者の目があった。
前だけを見るべき少年が、極度の不安に負け王をチラリと目視した為である。
この行動に意味等なく、理由を問い詰めたところで「なんとなく」と言う返答しか返ってこない、
その程度でしかない咄嗟で些細で無意味な行動。
しかし王には、そんなチラ見が物言わぬメッセージに思えた。
(や…………はり…………)
体を貪る電流の一つが、王の眼球を横切った。
眼球と少年の間に電流の強い光が挟み込み、それがフィルターとなって目に映る物をやや歪ませる。
電流越しに見た少年の姿。少年の黒い髪が光の明度の強さと被り、まるで”白金の髪”の者が、こちらに別れを告げているように見えた。
――――かつて自分の元を離れていった、元教え子のように。
(パム…………!)
…………
――――眩しい光が、少年にも降り注いだ。
ド パ ァ ン ッ ――――!
「ぬ」
『け』
「たァァァァァァ!!」
「やった! やったやったやった! やっと抜けれた! やっと外に出れた~~~~ッ!」
『おいボヤボヤしてる暇あらへんど! いつまたオッサン追いかけてきよるかわからん!』
『はよ魔道車に乗ってバックレてまえ!!』
「言われずとも!」
――――今僕の心の中は、かつてない歓喜で満たされている。自分の目論見が大成功を収めたからだ。
まぁ成功と言っても全て”計算通り”ってワケにもいかなかったが……いやていうか、誰があんなに粘ってくると予想できるんだ。
電流食らわせてまだ飛んで来た時はマジで終わったと思ったね。あの時の心臓の鼓動が、不安が解消された今でも取れてくれないんだ。
『あ、おいアレ見ぃ!――――最後の一台や!』
王の尋常じゃないタフネスっぷりは完全に予想外だったが、こちらは粗方思い通りだ。
やはり魔導タクシーも駆り出されていたか……僕の思い通り、ここは王宮正門前の魔導タクシー停留所なのに、目の前にはもう残り一台しか残っていない。
「しかも見るからになんか発進しかけだし」
緊急発進による一般車招集。こっちでも地震や台風などの自然災害でよくある事だ。
それと同様これだけ広い都なら、軍用車だけで全ての住人を避難させるなど、当の住人の協力なしでできるわけないのだ。
ヒュィィィィィィ――――!
「わ~~~~ッ! ちょっと待ってちょっと待って! 乗ります乗ります!!」
『聞こえとらん……もうええ! ケツに無理からしがみつけ!』
今にも発進しそうな魔道タクシー。少々荒っぽいがスマホの案を採用して、そのトランクっぽい後部にしがみつかせてもらおうか。
乗車は空中でやるしかないな。運転手はさぞビックリするだろうが、ちゃんと料金は払うから安心してくれ。王子持ちで。
――――ジュルゥ。最後の跳躍を決めるべく、足元の水に再び渦を巻かせる。
昨日のコーヒーカップで決めた大ジャンプを今再び発現させるべく、渦巻く水の中心にギュっと膝を折り曲げた。
狙いは魔導車後部トランク。今度は目線を外さない。
目標だけをじっと見つめ、そして飛んだ――――
ギュッ
(――――!?)
足が、地面から離れなかった。
「ゼッ……ゼッ……ゼッ……ゼ…………」
(な……んで……)
――――肩に、分厚い”王の”手が置かれていたから。
「なんとか……間に合った……か……」
(あ…………)
そして魔道車は、飛び去って行った――――
――――
「ハァ……ハァ……危なかった……よもや君が、”魔法陣”を所有していたとはな……」
「そんな報告は受けていなかったからな……まさに君の狙い通り、水しか使えないと”思い込まされていた”」
王は漏れる吐息を抑えるように、肩ごしから語り掛けてくる。
全身からプスプスと焦げ臭い匂いがする。召し物も所々焦げ付き、髪は失敗したパーマのようにうねり倒している。
あの電撃は、確かに直撃した。
しかし肩を掴む王の手は、肉をえぐりそうなくらい強く締め付けている。
離れる事ができない――――今度こそ僕は、”捕まった”。
『ななななんで!? あんなドギツイ電気ショック食らったのに!』
「機械の従者よ、今教えてやる……ふん!」
『おああああああ!! 拉致られたってええええええ!!』
王は僕の手からスマホを取り上げ、ついでにメイスも取り上げられた。
王はスマホに「さっきの魔法陣を出せ」と命じる。
スワイプ操作のできない王は、直接スマホに語り掛けるしか動かす術を知らなかった。
それは僕が、”魔法陣の事を知らない”ように……
『こ、これですけど……』
「やはりな……あの阿呆め、まるで進歩しとらんわ」
「コポ!? コポポポッ!?」
「ふん。どうせ大方旅の途中で譲り受けた……そんな所だろう」
「一目でわかる。これは間違いなく”大魔女の魔法陣”だ」
『あのー、一体どういう事でっしゃろ……?』
「いいか、魔法陣と言うのはな。元来魔力の足りない者が高位の魔法を発動させる為に生み出された魔法技術なのだ」
「【魔力増幅定型法陣】これが魔法陣の正式名称だ」
『略語かいや……』
「魔法陣は少ない魔力をある程度増幅させる利点がある……が、代わりに”基本の型を”しっかり描かねば、途端に威力は減衰する欠点を併せ持つのだ」
「見ろ。これが本来の雷系魔法陣だ」
王はそう言うと空に陣を描き出した。
フリーハンドの割にはキレイな丸を描き、巧みな手つきで瞬く間に魔法陣が仕上がっていく。
丸の中に描かれる王の魔法陣。それこそ元教師らしく模範的な魔法陣である。
遠巻きには同一の物に見えるものの……それはスマホの魔法陣と比較すると、”クオリティ”の差がよーくわかった。
『全然違うやん!?』
「あの阿呆は陣なぞに頼らずとも元々強い魔力を持っていた。それこそ、指先一つで雷を落とせるくらいにな」
「そんな大魔女が何故陣を好んで用いるか……それは、魔力の消費を抑えるためだ」
「わかるか? あやつにとって陣系魔法は”用途が逆”なのだ。あったら便利、程度の認識でしかない。よって――――」
「基本的に”適当”なのだ。大魔女の陣は」
……確かに、こうして比べてみると一目瞭然だ。
スマホに表示された魔法陣はよく見ると外枠の丸が所々歪み、中の線もにじんだりグニャグニャだったりとそれはそれはひどい出来損ないだ。
バラエティでよく見る絵の下手なタレントにあえてお題を出し、それを見てみんなでいじり倒す所謂画伯ネタ。
そんな一笑いの光景を思い起こさせる程に適当な大魔女式魔法陣。
よくよく考えればアイツに魔法陣を扱わせれば、大抵ロクな事にならない……
そんな出来事があった事を今、スマホを見て思い出した。
(――――ま、魔法陣間違えた……)
(――――マジなにしてくれてんすか!?)
(あの……ボケェ……)
「この粗悪な魔法陣が大魔女の陣として高い効果を発揮できるのは、奴の魔力あっての物だ」
「発動させたのは機械の君だな? 確か大魔女が間違えて送伝陣を刻んだとかなんとかで……」
『そ、そうですねん。んでわいには姐さんの魔力が染み付いとるから発動できたんでっけど……』
「……電流、君らが出て行った直後にいきなり消えたよ。本来なら少しずつ弱まっていくものなのだが」
「思い返してみろ。儂が食い止めようと飛んだ時、”水”に包まれているはずの君らに電流が”感電”しなかった……理由は」
(すでに……弱まってたのか……)
そして僕が切り札だと思い込んでいた物は、値段もつかない程の粗悪でド下手な魔法陣であった。
それが故に王の行動再開を許し、今この瀬戸際での失敗を招いた。
成功の美酒に酔いしれた分叩き落された絶望が半端じゃない。
腰を抜かすとはまさにこの事か……腰の下からフワリと、力が抜けていく感覚がした。
「儂の方がアレとは付き合いが長い……故に儂は知っている」
「アレは必ず何かを”やらかす”とな」
(…………くそがぁ)
そして膝が、地面に触れた――――
「その様子、本当に万策尽きたようだな…………」
「……」
「しかし作戦は見事だった。事実君は最後まで儂を欺ききった」
「誇っていい。君は立派な”精霊使い”だ」
『それじゃあ……』
「だからこそ、みすみす死なすわけにはいかん」
「勝負は……儂の勝ちだ。約束は守ってもらう」
『……ですよね~』
「…………」
「さ、では戻ろうか――――」
王が僕を引き連れようと、肩に置いた手を後ろに引こうとした。
――――まさに、その瞬間だった。
パ ァ ァ ァ …………!
「うあっ!」
「ぬぅッ!?」
『えっなに?』
――――唐突に、目の前がパァッ! と光り輝いた。
その光は朝焼けの淡い光ではなく、明らかに人工的な刺々しい光だ。
空にもう一つ小さな太陽ができたかのような、思わず目を瞑りたくなる強い光が僕らを覆う。
「あれは……緊急連絡用の信号弾……?」
(信号弾?)
そして、光が徐々に晴れていく。と同時に――――”掴み損ねた物”が、帰ってきた。
ゴォォォォォ――――! ブゥゥゥゥゥ……パンッパンッパンッ!
「うるせっ!」
『な、なんや!? なんやねん一体!?』
「ぬぅ……? あれは………………ハッ!」
「――――召喚者様ァーーーーッ! お迎えに上がりました!!」
(え!?)
今確かに、人の声が聞こえた。大きな声で僕を「迎えに来た」と。
ゴォゴォ、ブンブン、パァンパァン――――まるで違法改造車のようなうるさすぎる音を立てながら、確かに”ソレ”はやってきた。
頭上からやってきた煩い”ソレ”は、髪が乱れる程無駄な風圧をまき散らしながら僕らの目の前に降りてくる。
悪趣味な外装はまんま田舎のヤンキーの”ソレ”だが、宙からフォンフォンと降りてくる”ソレ”は……
確かに僕が”掴み損ねた物”だった――――
(魔導車…………!)
「お待たせしました召喚者様……ぬおっ!? へ、陛下!?」
「ぐぅぅ…………貴様ァ! このたわけッ! 神聖なるこの王宮でなんて物を飛ばしておるのだァ!」
「え、いや、あ、あわわわわ!」
かわいそうに今到着早々キレられている彼は、帝国軍一般兵の”待機”要員。
帝国軍はスクランブルで全員出払ったかと思えば、実はそうではなく「王宮守護班」「中枢区防衛班」と言った、本陣を守る為この付近で待機命令を出された兵士もいるのだ。
しかしこの下品な魔導車で突如現れた兵士は、そのどれにも該当しない。
緊急出動。その命令を受けいざ出陣しようとしたその矢先――――”上官以上の権力を持つ者”に、命令を下されたのだ。
「さっさとこの阿呆丸出しの魔導車を…………片づけんかァ!」
「え!? あ、いや、陛下……僭越ながら申し上げます! これは列記とした”軍務”なのであります!」
「軍務……だと?」
「は! 申し上げます!」
「――――賊軍ノ攻勢ナオモ激シサヲ増シ、我ガ軍ノ現状深刻ナル人材不足に陥リケリ」
「ヨッテ”王子権限”ヲ持ッテ勅命ヲ下ス――――【精霊使いアルエ】【大魔女パム】。コノ両名ヲタダチニ現地ヘト派遣セシ――――」
「以上であります!」
「この……バッカモンガァァァァ! 貴様この状況を見てわからんか!?」
「”王子権限”だと!? あの鼻ったれの命令より儂の命令の方が権限は上だろうが!!」
「わ、わたしにそんな事を申されましても…………」
PRRRRRR!
『――――おわっ! ちょ、ちょちょちょ!』
「今度はなんだ……!」
『お取込み中すんまへんけど……電話、鳴ってます』
「電話ァ!? 次から次へと……誰からだ!?」
『あ、はい今繋ぎますよってに……』
スマホは王にも聞こえるよう気を使いスピーカーモードで着信に出た。
謎の着信。電話登録をしていない為見知らぬ番号の着信にいささか不安を覚えたが、その不安はすぐに解消される事となる。
電話の向こうにいる声の主は、今まさに話題沸騰中の――――
『…………アルエバッキャローーーーッ! ”朝一集合”だっつったろ!? いつまで寝てやがんだ!』
(王子…………!)
後編へつづく