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五十九話 陣取り

 

「第一陣、行くゾォーーーーッ!」


「ぐ……オオオッ!」


 この場において急遽編成された即席の甲冑部隊。

 装飾用に置いてあった甲冑の中に水を仕込み、それを僕の指示で自在に操る。

 そして本体の僕も同様の甲冑を着込む。

 これにより、王の反響測位エコーロケーションを惑わせる事に成功した。


「この……来いィッ! 小僧ォッ!」


 甲冑部隊はのべ”10”体。これらを全て突撃させず、いくつかの班に分ける。一網打尽を防ぐ為だ。

 まずは第一班――――内訳は、”1体”。



 ガチャッガチャッガチャッ…………



(1体だけ……ふざけているのか!?)



 王の視る反響の世界からは、単騎で特攻をかけてくる甲冑がずいぶんマヌケに映った。

 水風船の原理の割には妙に人間臭いリアルな動きを見せる甲冑。だが、リアルすぎた。

 今ドタドタと近寄ってきている一体はまるで初めて甲冑を着た子供のような、甲冑を着慣れていない事が丸わかりのどんくさい走りで突っ込んでくるのだ。



「阿呆が………………ウ ォ ル ァ ァ ァ ァ ァ ア ! 」



――――メキョッ。王のフルスイングに直撃した甲冑は、甲冑における最も防御力の高い胴体部に直撃した。

 直撃した箇所を中心にバキバキと、まるで分子レベルで結合を外されるようにひび割れていく。

 メキョッ。パキッ。ベキベキッ――――コンマ数秒の世界の中甲冑と言う広い大地は、天変地異に見舞われたかの如く細かな音を立て崩れ出す。

 そして、崩壊が臨界に達した頃。一瞬だけ巨大な鐘となって――――それはそれはド派手に吹き飛ばされて行った。



 ド ォ ォ ォ ォ ォ ン !



「”1”体目…………!」



 パラ……パラ……ガラ……



「お……あ……クッソ、オヤジィ……!」


『ひいいいいい! ナンマンダブツナンマンダブツ!』


 一発目としては中々に目立つスタートだ。

 強化されたヘラで”豪”の衝撃を食らった甲冑は、装飾部は当然の事。防具としてのメインとなる金属板までもベコリとえぐれていた。

 ジャラジャラした飾りが一瞬でハゲ山になり、分厚い金属板が波紋のように歪んでいる。

 これほどの衝撃を浴びてまだ”一応”形を保てているのは、王のスイングによる一方向への衝撃が、ヘラの反力をはるかに上回っていたからに他ならない。



「吹き飛ばし優先ってか!? 万本ノックじゃねえんだぞ!」


『あばばばばばもうあかんちょっとでいいからシャットダウンしてぇーーーーッ!』



 スマホが耳元でやかましい。精密機器の癖になんで人よりこう感情豊かなのかが非常に気になる。

 しかしそんな事今はどうでもいい。なんせ目の前に、もっとやかましいのが一人いるのだから――――



「――――どうしたぁ!? たったこれだけでもう手仕舞いか!?」



(なわけねえだろ……!)



「これで貴様の分身は残り9つ! 全て返り討ちにしてやるから……さっさと送ってこんかァッ!」



 ガチャッ



(”もう行ってる”んだよ!)



――――直後、王の左右から二体の甲冑が現れた。

 それも二体は視覚の脇、まさに死角の位置から……まるでこの場面を狙っていたかのように。


(しまった……!)


 第二班。それは一体目を対処している間に二体が王の両サイドまで渡りきり、間髪入れず”横から”の奇襲を仕掛ける作戦だった。

 左右両方向まで接近した甲冑に王が気が付かなかったのは、王自身が放った豪スイングに起因する。

 目一杯放ったヘラの直撃する音が、皮肉にも王自身の反響を幾ばくか乱す形になってしまったのだ。

 加えて今度の2体。先ほどより比べ物にならぬ程”速い”。

 これは先ほどの妙にどんくさい走り方をした1体目が、自身の目を欺く”捨て駒”だったと気づくのに、そう時間は必要なかった。


「本命はこっちか……!」


 左右の二体は足を使わず流れるように向かってくる。その正体は”水蛇”。

 水で操る甲冑の再現度は、人間の二足歩行までも完全に再現しきる事ができるのは先ほど見せたとおり。

 しかし、そこに意味はない。

 甲冑の両の脚で走らせればガチャガチャ擦れる音が発生し、結果王のレーダーに引っかかりやすくなる。

 反響測位エコーロケーションに置いてはできる限りの静音を。これこの状況下で、本命を流す鉄則なのだ。


「だが……無駄だァッ!」



(げっ!?)



 王はヘラにさらに強い魔力を加えた。ジンジンとトゲトゲしい輝きをより一層増したヘラは、ヘラの体積に留まらず漏れるように”伸び”た。

 逆ハの字が引き伸ばされる事でVの字になっていく。その見た目はもはや、ヘラと言うより二股の槍だ。

 王の頭上を越えなおもグングンと伸びるヘラは、不意に方向を横へと変えた。

 変えた先。V字になった先端の前にいるのは――――


 ガシャ…………



「”2”体目……」



(クソっ!)



――――貫通。伸びた先端を突き刺すように、2体目に向けて伸ばす。

 これは奇しくも先ほど僕が行った水の槍と全く同一の物だった。

 魔力を変えるなんとか形成の法。いつかオーマに教わった。

 魔法技法の一つとして存在するくらいなのだから、当然王も習得しているのは、考えるまでもなかった。



(んなのアリかよ!)



 伸ばしたヘラがああもうまく甲冑を貫通したのは、中身が固体ではなく液体だったから……つまり”ハズレ”だ。

 その辺も王は手ごたえでわかっている事だろう。中身はスカスカなのだから。

 今王が突き刺したのは、王から見て”左”の甲冑。そして今この瞬間、同時に右からの甲冑が刻一刻と近づいている。



「そして……ェェェェエエ!」



――――突き刺した甲冑をそのまま先端とし、王は腰を強く捻った。

 限界まで捻られた王の腰は一瞬だけ制止――――そして”解き放つ”。



「 ッ ラ ウ ゥ ゥ ゥ ゥ ァ ア ア ! ! 」



 闇の霧の漂う中、それはそれはキレイな光の半円が浮かび上がった。

 左から右。キレイな弧を描く光の軌跡は、180°真反対の角度を”余裕を持って”弾き飛ばすことを可能にした。

 そして再び派手な音……金属同士がぶつかり合う、ガラガラガシャァンッっとちゃぶ台返しを限界突破させたような音。

 オヤジとちゃぶ台。この二つを足すと……もはや見ずとも、アレがどうなったかは十分想像がついた。

 


「”3”体目……!」



(野郎……)



「どうだ小僧ォ……ハァッ……貴様の小細工など……ハァッ……!」



「……ん?」



 ここへきて王に異変が生じる。背筋がやや前に傾き、小刻みな呼吸を発しながら額から沸々と汗が流れ落ちるのが見えた。

 もしや……”疲れて”いるのか? 

 この連続した徹底抗戦の繰り返しで、ついに王の体力の底が見えだしたと言うのか。


「ゼェ……ゼェ……さあ、速く次を……」


 王の呼吸はただ小刻みなだけではなく、喉に何かつかえているように乱れ息を切らしている。

 それを隠すかのようにあのか細い挑発……間違いない。王は今”バテている”。

……チャンスだと、思った。

 僕の”切り札”を成功率90%にまで引き上げる最初で最後のチャンスが今、この場面で舞い降りたのだと。


「だったらお望み通り……行け! 第三班!」



 ガチャガチャガチャッ



「ぐぅ……!」



――――王は痛い所を付かれたように眉を歪ませた。

 人の嫌がる事を全力で仕掛けてくる少年が、甲冑の無機質な肌と合わさって何ともザラついた感情を湧き立たせるのだ。

 「親の顔が見てみたい」――――王は心でふと、そう思った。

 何故ならこの3ターン目の攻勢が、労りの心などカケラも感じられない純粋な”嫌がらせ”に感じられたから。



「全軍……突撃だぁーーーーッ!」



(くっそぉ……小僧め!)



 疲れた老体に鞭を打ち、王は再び構えを取る。

 目の前にはまるで弱った動物を集団でいたぶりにくるハイエナのような、冷たい甲冑共の群れが迫っていた。

 ガチャガチャガチャガチャ――――正面並びに側面。背後を覗いた全方面から余す事無く突っ込んでくる。

 これは、王にとってもまさに”正念場”であった。

 出るか、防ぐか、互いの勝利のカギとなる大事な場面である事は、両者共に理解できた。



「全て潰せば……いいのだろうがァァァァア!」



――――バチィィン! 王の腰の入った一撃が、早速甲冑を一体弾き返した。

 最後の踏ん張り所である分その一撃は無意識な力みを生み、結果甲冑をただの金属片にまで変貌せしめた。

 カラカラと砕けた破片が床に落ちる。しかしその音は王の耳に届く事はなかった。



「次ィィィイ!」



 一息つくまもなく次なる甲冑が迫り来る。

 四方八方から突っ込んでくる甲冑隊に、王は体所か心休まる暇すらなかった。

 余計な雑念を入れれば隙を生むかもしれない。王は久しく忘れていた"無我夢中"の感覚を今、思い出した。



「う……オルァァァァーーーーッッ!!」



 バチィィン――――ベキベキ――――ガラガラガラ。

 鐘を耳元で鳴らされたような五月蝿すぎる金属音が、辺りに鳴り響く。

 王の一閃はさらに勢いを増し、ついには一撃で二体同時撃破を可能にするまでに至った。

 仕掛けるにはまだ早計だったかもしれない……少年の心に一瞬だけ、後悔の念が沸いて出た。


(あ、ありえねー!)



「次ィィィァァァァ!!」



 あそこまでくると最早獣だな……少年は密かにそう思った。

 年寄りが息を切らして汗を流し、集団リンチに近い多勢に無勢を受けているのに――――それで、なんでむしろ”パワーアップ”しているのだと。

 最初の1体、左右同時に仕掛けた2体、そして今粉々に叩き壊された3体。つまり残りは計”4”体……

 少年の残弾数も刻一刻と、底を尽きかけていた。



「まだまだっ!」



「ハァー、ハァー……ァッ!」



 バキィッ!――――そしてまた、追加でもう一体破壊された。

 この大混戦の中で相変わらずの一撃必殺っぷりであるが、よほど疲れているのかスイングのキレが若干悪くなっているように感じられた。

 これで残り”3”体。王のスタミナが完全に切れるのを待つには少し心許ない数。

 ヤバイ、このままじゃほぼ確実に押しきられる――――危機感を感じた少年は、急遽思いついた策をとっさに打ち出した。



――――ガチャン!



「ぬおっ!? 離せ、離さぬか!」


(いい加減じっとしてろ!)


 甲冑の一体が、王の腕にしがみついた。

 ヘラを持つ方の手を全身で包むように、両の手でガッシリと抑え込む。

 とりあえずはあの殺人的スイングに少し黙っていてほしかった。

 ずっとそのままとは言わない。ほんの一瞬だけでいいからとりあえず振り回すのをやめろと――――



 ズリュリュリュリュリュ!



(くっ…………!)



 腕を掴まれたことによりやや身動きが不自由する王。

 いつ何時振りほどかれるかもわからぬ王の棒裁きに、少しでも遠ざかるようできる限りに身を屈め突っ込む。

 前はもちろんダメ。横も。だったら今度は――――”下”だ。



「くっこのォ…………!」



 ズリュゥ! ズリュリュリュリュ!



 王の足元に今、盗塁を決める走者のようにスライディングする甲冑が一体滑るように突っ込んでくる。

 ヘラで叩こうにももう一体の甲冑に腕を掴まれ、思うように腕が動かせない。

 あわよくばこのまま――――と行きたい所だったが、そうは問屋が卸さなかった。



 ガシィ…………!



「…………チェストォォォォッ!」



 ビタァン! 王の見事な”一本背負い”が甲冑に炸裂した。

 腕を掴んだ甲冑を腰に乗せ、そのまま空いた方の手で地面へと引く。

 引かれた甲冑の着地点には、今まさにスライディング中の甲冑がいた。甲冑と甲冑が強くぶつかり合う。

 その結果、2体ともまたも”同時撃破”と言う形になり遂せた。


「ぐっ……これも……!」


 しかし今しがた破壊した甲冑も、中身はもぬけの殻の”ハズレ”であった。

 2体ともハズレ……王はそのまま床に手を付き一瞬だけ呼吸を整えようと試みる。そろそろ本気で息切れが辛くなってきたのだ。

 身を屈め酸素の足りない頭で必死に思考を巡らした。これで潰した甲冑は計”9”体。



 つまり次が最後の――――



「行くぞォーーーーッ! クソオヤジィーーーーッ!」



(――――ハッ!)



 これまで送り込まれた甲冑は、前、横、下と数にかまけてあらゆる方向から向かってきた。

 数の利を生かし、背後を覗いた全方向からの徹底突撃。それは皮肉にも、先ほど王がダメ出しをした多角的攻撃を言われたとおりに実現した形になる。

 なんでそこだけ素直に聞くのかと王は心の中でつぶやく――――しかし直後気づく。

 たった一つだけ、”まだ見ぬ方向”が残っていた事を。



(…………上!)




 ズズズズズズ…………!




――――王は直感的にあれが”当たり”だと悟った。

 息を付こうと下に向けた体。その隙を付くように、頭上には今までで”最大級”の水の塊が集っていた。

 少年の操る甲冑は10体。そして自分が潰したのは計9体。

 なればこそ今自分の頭上にある最後の一つ=本体であることは、もはや考えるまでもなかった。

 


「これさえしのげれば……!」



「ここさえ押し切れば……!」



 水の塊は加速度的に膨らみを増していく。それに伴い闇に染まった霧もゆっくりと消えていった。

 霧が晴れた事によって王の目には、色の付いた生の世界が帰ってきた。

 そして直視しているからこそわかった。あの水に込められているのは、少年の現時点で放てる最大マックス力量レベルだと言う事が。

 全ての水をこの一撃に込めたファイナルアタック。両者共に、これが最後の攻勢だと信じて疑わなかった。


「行くぞ水玉……これで最後だ!」


「コポッ!」


『あわわ……マジで頼むで……!』


「――――行けッ!」




 ズ ッ




(【水牛】――――!)





「――――おおおおおおッ!?」




――――【水牛】。それは山岳宿舎での戦いで放った、僕の持つ唯一の攻撃魔法。

 水玉が掻き集められる分の水を限界まで集め、溜まった水の塊を”そっくりそのまま相手にぶつける”と言うまさに最後の大技である。

 【水鉢】もいわばコレの応用技だ。【水牛】をただ細かく複数に分散したにすぎない。

 今まで移動術ばかりを思いついてきた僕の、唯一にして最大の攻撃。しかも実績アリ。

 発動のタイミングはまさに今。全ての甲冑が払われた”この場面”でしか思いつかなかった。



「ゼッゼッゼッ…………ウォォォォォォオッッ!」



 逃げ足の手段はバンバン思いつくのに攻撃手段はトンと思いつかない。センスがないのだろうか。

 それゆえか【水牛】は他の技と比べ、発動までやたらと時間がかかり、かつこの技を発動するには他の技を併用して使う事ができない。

 威力に反比例して使い勝手が悪すぎる。故にこうして、手間暇かけてお膳立てをしてやっと準備が整う。

 ここぞという場面にしか使えない、まさに”荒業”なのだ。

 


 ズズズズズズズズズ――――!




――――





「く……お……ッ!」

 

 

 王は、辛うじて【水牛】の突進を防いだ。

 上から落下してくる大質量の水を、その手に持つ魔力の籠ったヘラで受け止めたのだ。

 全身を駆使して巨大水塊を受け止める王。【水牛】を持ってしても、王を倒す事は叶わなかった。



――――しかし、こう言い換える事もできる。



(このまま……!)




 ズズズズッ




――――王をもってしても、受け止めるのが精いっぱいであったと。




「かぁッ……くぅ…………!」




 王は水牛を食らう事なく防いだ……だが、”それだけしか”できなかった。

 これほどの巨大水量を今までと同じく易々と弾き返すこともできず、ただひたすらにその身に受け、そして耐える。それしかできなかった。

 今までバカスカと一方的にやられていた甲冑達は、この為の布石であった。

 払わせ、動かせ、疲れさせ、さらには大きく振り払うだけの体制をも取らせることを許さない。

 そのため”だけ”に、あれらは散っていったのだ。



(後……少し!)



「ぬ……ぐぐぐぐぐぐ!」



――――両者の間に、しばらくの均衡が訪れた。

 落ちる大水と耐える王。少し押してはその分返され、またさらに押しがくれば負けじと王も押し返す。

 水牛は永遠に放ち続けられるわけではない。同じく王も、尽きそうな体力を気力で粘り限界までただただ耐えているだけであった。



(押せッ! 押せッ! 押せッ! 押せッ――――)



「ぬおっ!? …………おおおおお!?」



――――そして、ついに均衡は崩れ出した。

 王の体力はようやっと底を打ち始め、同時に底へ向かうべく水牛が連続して押し始めた。

 ジリジリと少しずつ落下まで近づいている。それはもちろん、王を巻き込んで――――



(まずい! こ、これほどとは…………!)



 前回の発動と違い今回は精霊石の底上げがある。

 精霊石を媒介に強い回転をイメージした強化版水牛は王の予想をはるかに超え、威力だけ見れば現役魔導士の水準に十分達しているレベルであった。

 以下に魔力を込めようともはや「しつけ用しおき棒」では役不足。

 これに対抗するには、しっかりと戦闘用装備を整える必要がある。と、王はその身を持って実感した。

 


「さっさとその手を放せ……!」



「く…………そォ…………!」



 そうこうしている内にさらに押しが進む。

 王の腰はだんだんと急な角度に傾いていき、ギックリ越しが発症しないか心配になるほどに曲がり始めていた。

 勝敗は、決したかに思えた。力と力の押し合いは、単純に”巨大”な分だけ水が有利であったと。




――――――――




「…………ゥゥゥ」



(――――やばッ!)



 空気中に存在する水分を、いくらでも吸い肥え続ける事の出来る水玉の質量は、ある意味で無限とも言える。

 それはさながらボクシングのライト級チャンピオンマッチの最中、挑戦者が突然関取になったような感覚だ。

 純粋な殴り合いならそれもよかったろう。しかし、少年は夢中になりすぎて一つだけ大事な事を失念していた。

 そもそも相手じゃ格闘家じゃない――――”兵器”だと言う事に。



「…………ゥゥゥゥゥウウ!」



(た、耐えれるのか!?)



 しかもこの兵器、最悪な事に水とすこぶる相性が悪い。少年にとっては悪夢のような能力だ。

 王は最後の力を振り絞り、大きく息を吸い込んだ。膨れる水玉同様王の腹もパンパンに膨れていく。

 「間違いない、アレがくる」少年の心に、危険印のアラートが点滅した。



 そして…………








「  喝  ッ   !  」






 巨大水塊は、瞬く間に飛散していった――――





――――




……




「――――ハァッ! ハァッ! ハァ…………」



 王は身を屈め、激しい息切れと共に手を膝についた。

 乱れた呼吸が自分の意思とは関係なく何度も往復し、汗が滝のようにあふれ出てくる。

 現役魔導士を離れてから数百年以上。ブランク年数が三桁を突破した王にとって、久々の戦闘行為はいくらかしんどすぎた。



 ザァァァァァァァ…………



「ハァ…………やっと終わったか…………」



 不意に、頭上から雨が降ってきた。汗をかいた体にちょうどよい、身を清めるような癒しの雨。

 これは先ほど掻き消した水塊が飛沫となり、重力に任せてただ降り注いでいるに過ぎない。

 一時的な雨……の割にはそこそこの降水量。

 この雨から少年が以下に”水”を操る事に長けていたかが証明できる。



「……さて」



 王の目の前には、無残な甲冑の墓場が広がっていた。

 自身の一撃で粉々になった甲冑。一部がえぐれた甲冑。ひび割れの激しい甲冑等々、廃棄処分せざるを得ない燃えないゴミが散らかっている。

 王は、少し溜息をついた。やむを得なかったとはいえ王宮内の品々を、よりにもよって王である自分が破壊してしまった事を少し悔いた。

 「まさかここまで追い詰められるとは思わなかった」王は内心そう思い、しかし決して口に出すまいと誓う。

 一国の王たるものが子供染みた言い訳などしていいはずがない――――そんな事を言うのは大魔女パムだけでいい。



「……おい、意識はあるか?」


 王はゆるやかに歩を進め、散らばる甲冑の一つに語りかけた。先ほど掻き消した水塊から現れた、”10”体目の甲冑である。

 最後の甲冑、それすなわち”当たり”の甲冑。

 演出過剰なくじ引きに息が上がるまで付き合わされた王の顔に、もはや怒りの表情はなかった。

 何故なら――――最後の甲冑の関節の節々が、”曲がってはいけない方向”に曲がっていたから。


「まったく……こんなになるまで抵抗してきおってからに」


「安心しろ、治療魔法はかけてやる。しかしここまでのダメージであれば、しばらく寝たきりになるのは覚悟しておけ?」



――――ガラン



「……聞こえて、ないか」


 

 王宮内の甲冑は頭部の面頬が稼働式になっており、指をひっかけるだけで簡単に開く構造になっている。

 王はとりあえず顔を出そうと面頬に手をかけた。中身は……関節が粉々に砕かれた少年が入っているはず。

 場合によっては帝都緊急救命班に回さねばならない。それほどまでのダメージを与えたのは自分。

 王は、万が一の事態を覚悟しつつそっと面頬を開いた。



 ガチ




「――――」



 カラ…………




――――面頬の中身は、”空洞”であった。




「か……ら……? ない……ない! 中身がない!?」


「 バ カ な ! こここ、これは最後の10体目、当たりの甲冑であるはずだろうが!!」


「だったらなんで……なんで奴がいないのだ! じゃあ奴は……一体どこに行ったのだァッ!」



 王の思考は三度混乱の渦に見舞われた。それも今までで最大級の大渦である。

 自身の反響測位エコーロケーションを惑わすべく少年が容易した、10体の甲冑。

 そのどれかが当たりであり、当たりを含め全て破壊した”はず”なのに――――



「全部……ハズレ!?」





(やっと……前に出やがったな……)




「ッ!?」



 王が混乱に見舞われている最中、あろうことか”消えた少年当人”の声が聞こえた。

 幻聴ではない。消えた少年が姿のないまま”声”だけを発している。

 少年はそのまま声だけで語りかけてくる――――「この時だけを待っていた」と。



「こ、小僧ォ! どこだ! どこに消えた!?」



(うるせえな……怒鳴るなよ)



「ふざけるなァ! こんな事……これ! これ!」



(どもりすぎ)



「なんで”コレ”の中身が貴様じゃないのだ!? あんな大技を仕掛けた癖に! あんな、全身全霊を込めた一撃だったのに!!」



(だから……それを含めた囮だったんだよ)



「なん……だと…………?」



 少年は声だけで言い続ける。

 「本物」「最後」「全身全霊」それらは全てそっちが”勝手に”決めつけただけの事であり、こちらとしてはそんなつもりは全くなかったと。

 「最初から10体の甲冑は全て捨て駒だった」と少年は語る。

 その言葉を聞き、王はもはや混乱を飛び越え、まるで夢でも見ているからのような錯覚に陥り始めた。


「意味が分からぬ…………だったらなんで……あんな……何度も……」



(最後の一体に全力を込めたらそれが本物だと思うだろ?)



「一体何が目的なのだ……それでは貴様は、永遠にここを出れないではないか!!」



(いや、もちろん出る為だよ?)



「 ど う や っ て だ ! そうやって影にコソコソ隠れたままでは、永遠に出れるはずもないわァッ!」



(だから怒鳴るなってーの……それに、コソコソ隠れてってのも心外だわ)



(今こうして堂々と……”アンタの目の前にいる”ってーのに)




「――――何ィ!?」



 「自分は目の前にいる」……その言葉を聞き王は即座に顔を前へと向ける。

 眼前には、やはり朽ちた甲冑群しかいない。自身がその手で破壊した甲冑だ。

 一体どこに――――慌てふためきながら王は視線を左右に振る。




――――その時、甲冑一体の”小手”だけが、緩やかに動いた。




(あ……れは…………)



「わかったか? いくら叩こうが永遠に当たるわけないんだ」


「理由は……アンタはすでに”当たり”を引いていたからだ!!」



 小手の動いた甲冑には見覚えがあった。

 返り討ちにした甲冑の中で、歪みつつも比較的原型を留めている、たった1体の甲冑。

 


(――――”最初の”甲冑……!)



「ここでずっと見てたよ! アンタが他の9体をぶっ飛ばすのも、水牛を掻き消してずぶ濡れになったのも!」


「動画を取ってブログに貼り付けてやろうと思ったね! でも残念、スマホは今別のアプリを動かしててな!」


 小手の中には、小さな四角い箱があった。少年がスマホと呼ぶ、異界のマドーワの上位機種。

 アプリと呼ばれる機能でゲームから人物投影、はたまた書物以上の知識まで。あらゆる機能を実装する魔法のような機械。

 そんな多機能な機械を手に掲げ、少年は見せびらかすように”画面”を王へと向けている。


「僕はすでに”諦めてた”んだ! ”僕と”相性が最悪のアンタに、水で対抗する事に見切りをつけてな!」


「だから……逆に”アンタと”相性が悪い物を、こうしてノコノコ後ろを開けたアンタに!」


「――――ぶつけてやりたかったんだよ!」



 スマホの画面には今、これまた見覚えがある物が表示されていた。

 王が教師時代、教え子に何度も口をすっぱくして教えた、【魔法の公式】――――



「アンタを苦しめるのは……やっぱ”コレ”しかねーだろ――――!」



(あれは…………大魔女パムの…………)




――――食らえ! 少年の背後に薄ら見えた”元教え子”が、そう叫んでいるように見えた。




(人の夢を随分笑ってたわね、あのバカ。電流を浴びせられるのは当然の処置ね)





 カ ッ




――――【大魔女式雷撃陣オーマのまほうじん





                            つづく 


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