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羨望のリフレクト  作者: モイスちゃ~みるく
【序章】視線の先に
9/169

  

(月ト 星ト 闇ガ 支配スル 時間ニ)



(モウ一度 ”教室”ニ コイ――――)



 そう言い残して姿を消したモノクロは、その後本当に再び姿を見せる事はなかった。

 帰路の途中、また突然ひょっこり現れるかもしれないと身構えながら進んだのだが……

 そんな事は一切なく、こうして無事我が家へと辿り着いた次第である。



「……はぁ~」



 我が家の扉を開いた瞬間訪れたのは、吹き荒ぶ「日常の安堵」だった。

 内心怯えながら進んだ帰路を、一瞬で帳消しにするあの安心感。

 何もしなくても食事が用意され、風呂があり、着替えがあり、ネットがありゲームがある。

 そんな何不自由ない一般家庭の雰囲気に、瞬く間に飲まれ……気がつけば、あっという間にベッドの上だ。



「どうすっかな……」



 ベッドに仰向けになりながら天井を見つめる僕は、とある言葉を思い出していた。

 「今与えられる物が当然だと思うな」――――確か道徳の授業か何かで言われた、教師の言葉である。

 曰く「紛争地帯では日々の食事もままならぬ子供達がいるのだから、それに比べれば君たちは以下に幸せであるか考えるべき」とかなんとか。

 確かに、本当にそんな状況にいる子供達からすれば、日本の一般家庭は羨望そのものだろう。

 だがそれがイコール幸せに繋がるとは、僕には到底思えなかった。



(――――ブブブブブ)



「あ、メール……」



 確かに、衣食住に関して困る事はないだろう。明日食う飯に困る状況なんてのもまぁまずない。

 だがそれはあくまで物質的な事。

 そう、日本ここは物に満ち溢れている――――その代わり、心がすり減っている。

 


『明日からポイント2倍デー!』


「……メルマガかよ」



 では逆に聞くが、何故幸せなはずのこの国で、年々自殺者が右肩上がりだったり、うつ病やストレスなどの苦悩に苛まれるのだと言うのか。

 幸せなら自殺なんてしないし、心を病んで閉じこもってしまったりなんてしない。

 故にあの教えは、単なる極論でしかないと結論付ける事が出来る。



 あれは所謂、別の視点から見た理想――――そうだ。確かに僕らは飢える事はない。

 代わりに彼らには、”心の渇きはわからない”。

 

 

(芽衣子……)



 紛争国だろうが貧困国だろうが、そこが物満たされぬ限り、決して理解される事はないだろう。

 安心であるが故の葛藤。日常が削る心の摩耗。ぬくもりが生み出す恐怖。

 考えるだけでメシも喉が通らなくなる程の渇望。

 そして僕が、今最も望む物――――明日を生き抜く心の糧までは。




『モノクロがこっちの背 界の住人に感傷する には その相手のフルネームを知らないといけない

 それがあいつ 名前を奪う方法

 だから キミは苗字を知られて しまった けどそれだけなら ダイジョウブ。

 いいか 絶対にあいつに 係わわるな』




「関わるなって言うけどさ……」




 メールを開いた指が自然にラインへと向かう。

 流れるままに開いたトークは、すでに丸一日が過ぎたメッセージで埋め尽くされていた。

 あの時は怒涛の一斉送信でロクに読めなかった。だが今ならじっくりと読む事が出来る。

 そして改めて全ての分に目を通せば……この一連の長文は、「警告」だったのだと判断できる。



 これらの文章から伝わるのは、強い後悔、無念――――そして懇願。

 自身に起こった何らかの不幸に、せめて僕が巻き込まれないようにと、僕を庇保ひほしようと試みた様に見受けられる。

 だったとしたら、この支離滅裂なメッセージは、やっぱり”芽衣子本人”によるものだったとわかる。

 自分が危険な目に合う最中で、最後の最後まで人の心配を……。

 



(本当に最後……なのか……?)




――――そんな芽衣子だったからこそ、強く惹かれたんだ。




「…………はぁ」



 だからこそ、終わりにしたくないと思った。

 こうして身を犠牲にしてまで僕を守ってくれた芽衣子。

 僕を学校へと足を運ばせてくれる人。生きる目的をくれた人。

 ずっと目の前にいて欲しい人。離れ離れになって欲しくない人……。



「月と星と闇が支配する時間……」


「夜……って事だよな?」



 だから、今度は僕が。

 今度こそ、僕の手で――――その時は、そう思ったんだ。




――――





……





「さて…………」



 思いのままに外へ出た僕は、いつもの道をいつもより早足で突き進んだ。

 この早足を毎朝繰り出せれば、遅刻なんかとは無縁の生活ができるのに……なんて、出来るはずもない事を思いながら。

 それに、僅かながら新鮮さも感じる事ができたんだ。

 慣れ親しんだ道ではあるが、時間帯が変われば雰囲気も変わる。

 真っ暗闇……とまでは言わないが、闇の中でポツポツと街灯の灯火が漏れ出る光景は、ちょっとした幻想さを醸し出してくれた。

 


(――――ヒュォォォォ)



 道中、ちょうどよいタイミングで夜風が肌を伝った事を覚えている。

 夜の静けさを伝った風は随分と心地よかった。

 なんなら、そのまま夜の散歩としゃれこみたいと思えるくらいだったのだが……。

 このまま爽やかな気分を維持する事はできなかった。

 着いた途端、”現実”が重くのしかかったが為に。



「どうしよう……」



 軽やかな足取りで、いつもより随分短い時間で校門まで着いた。それはイイ。

 だが問題は、学校が”とっくに閉まっている”時間と言う事だ。

 この見るからに重そうな門が、如何なるものの侵入も拒む。

 そして仮にこの門を突破できた所で、校舎は当然鍵が閉められているはず。

 教室どころか下駄箱すらたどり着けない現状。

 今の僕ができるのは、精々グラウンドを貸し切り状態にする事だけだ。

 


「そもそもなんで教室なんだよ……」



 一瞬、ガラスをカチ割って無理やり侵入しようかと思いついた。

 だがその案は直ちに却下。何故なら、それは普通に警察沙汰だからだ。

 母さんには「ちょっとコンビニ行ってくる」で通してあるんだ。

 それがいきなり不法侵入の現行犯でとっ捕まろう物なら、母さんは泣き叫び父さん大激怒は必須。

 「父にありがとう母にさようなら」となるのはまだちょっと都合が悪い。

 二人には、この先まだまだ僕に投資をし続けてもらわないといけないのだから。

 


「う、う~ん……普通に無理じゃね……?」



 待ち合わせを反故にする気はないのだが……現実問題として辿り付けないのなら話は別だ。

 このご時世だ。きっと中も外も、僕の知らない防犯設備がわんさか敷き詰められているのだろう。

 それらを全て掻い潜り、某潜入工作員のようにスマートに目的地へたどり着ける自信など……あるわけない。

 そりゃそうだ。僕は生徒の分際で、自分の教室以外はロクに把握しちゃいないんだから。



「警備会社とか雇ってるだろうしな……」



 「無理」この二文字が重く圧し掛かった。

 こうなれば、そんな所を指定したモノクロ側に不備があったと言える。

 「昨日はなんでこなかった」――――もしもそう言って文句を付けてきたら、今のあらましを逆ギレ気味に教えてやるつもりだ。

 寝ぼけながら適当に決めるからそうなるんだ。これは断じて、僕のせいじゃない。



(待てよ……?)



――――と言って全てをモノクロのせいにするのは容易い。

 が、その前に一つ「試す価値のある案」が脳裏に浮かんだんだ。

 今僕の脳裏にあるのは三つ。

 コンビニに寄ってから帰るか、教室に寄ってから帰るか。

 もしくは――――”両方寄ってから”帰るか。



「…………」



(プップップ――――)



 今僕の前にあるのは、三本の道。

 これらのどれを辿るのかは、今この瞬間で持って決まる。

 その結果、もしも望むべき道じゃなかったとしても……さして憤りは感じない。

 また同じ道が現れるのが、わかっているからだ。



「――――あ、もしもし? 僕生徒の江浦って言うんですけど……」



 夕方はああ言っていたが、向こうモノクロだって僕に用があるんだ。

 だからわざわざ僕に会いに来た。態度こそふざけているが、それはアイツだって同じ事なんだ。

 それを教えてくれたのは……芽衣子が寄越したメッセージ。



 モノクロは、目的を達成するまで僕に付きまとってくる。

 だから、僕が協力しようとしない限り何度もやってくる。



 つまり、道は自ずと見えて来る――――

 その言葉は、かつて”芽衣子本人の口”から聞いた言葉でもあったから。



(――――ね? 見えたでしょ?)



(――――ほんとだ……)




「芽衣子……」




 そして――――道は開いた。




「なんやえらい急やおもぉたら、もうおったんかいな」


「あ……夜分遅くにすいません」


「ええよええよ。学生の本分は勉強やさかいな」



 ガラガラガラ――――強固な鉄骨で出来た門は、僕が労する事なく一人でに開いた。

 無論門は自動ドアではない。中から開いてくれる人物がいるのだ。

 それは僕の口先によって、意図せず内通者と成り替わった――――警備員のおっちゃんである。



「こんな夜更けに頑張るなぁ。おっちゃんが学生自分、そんなん全然せえへんかったわ」


「あ、そっすか……」


「おっちゃんが君くらいの頃は、勉強なんて全然せんと遊んでばっかやったわ」


「ようおかんに怒られたもんやぁ……『こらあんた、遊んでばっかしてんと宿題でもやりー!』ってな」


「はは……」



 おっちゃん警備員は僕を快く迎え入れてくれた。

 門を開いた後、警備員は僕を学校へと自ら案内し、そして最大の難関であった「扉の閉まった校舎」をも、腰にぶら下げた鍵で持っていとも容易く開くのだ。

 生まれた地方の性分なのか、お笑い芸人のような口調でやたら馴れ馴れしく接してくるおっちゃんではある。

 だがその軽快過ぎるトークが、今だけは何とも心地が良かった。

 目論みが成功した喜びに加え……本来の学校生活ではまず経験する事のない、褒め殺しのオンパレードだったから。



「ほなちょっと待っとってな。懐中電灯取ってくるさかいに」


「あ、すんません」


「未来を担う若者の力になれて、感謝感激~や」


(……)



 おっちゃん警備員は学生時代の自分を僕に重ねたのか、気持ち悪い程に親切だった。

 というのも……まぁまず間違いないだろう。

 先程の僕の電話口からの言葉を、”そっくりそのまま真に受けた”んだと思う。



 我ながら随分と話を盛ってしまったものだ。

 「忘れ物をした」――――最初はそれだけを告げる予定だったのだが、いざ実践するとなると急に不安になったので、急遽アドリブを付け足した次第なわけだ。

 やれ勉強がしたいだとか、やれ将来いい大学にいって両親を安心させたいだとか、そんな感じの事をガンガンと盛った記憶がある。

 しかしながら、それらの発言はすでにうろ覚えである。

 何故なら、本当はそんな事微塵も思っちゃいないから。



(ちょっと罪悪感……かも)



 おっちゃん警備員の親切心に付け込んだ形になった事に、やや罪悪感が拭えない。

 だがまぁ元々リスクの高かった潜入作戦。

 このくらいのダメージで済んで、むしろ上出来なくらいだろう。

 


――――そして僕は、一時的に夜の校内の中、一人ポツンと取り残される形となった。

 と言っても別に薄暗い廊下に放り出されたわけじゃない。

 明かりも椅子もパソコンもある、なんなら、このまま朝を迎えるには十分な環境。

 おっちゃん警備員に案内されるがままに入った……所謂「宿直室」って奴だ。



(そういやここ、入るのは初めてだな……)



 存在は一応知っていたが、生徒が入る事はまぁまずないだろうこの部屋に入れたのは、ある意味貴重な体験かもしれない。

 部屋には、モニターが複数台あった。防犯カメラの映像を映した物だ。

 その他もろもろ、見慣れぬ機器の数々がこの部屋にはびっしり並んでいる。

 やはり予想通りと言うか、案の定この学校には防犯設備が完備されていたようだ。

 だからこそ――――一つ、疑問が浮かび上がった。



(モノクロは……すでにここに来ているのか?)



 言ってもそこは学校。ただでさえ不良や不審者の類が夜な夜な侵入してきそうな場所。

 特にここに限っては、件の爆弾騒ぎがあったばかり。この程度の設備はむしろ当然と言える。

 だが……そんな厳戒態勢の中を、わざわざ指定してきたのは何故だ?

 知らなかったとは少し考えにくい。

 だって、あの事件を起こしたのはモノクロあいつなのだから。



(教室……)



 モノクロが指定してきたのは、僕らのクラスの教室。

 黄色いテープと立ち入り禁止の看板で封鎖された、あの黒焦げの部屋だ。

 そんな当事者の僕ですら入れなかったあの教室を、何故わざわざ部外者のアイツが指名してきたのか……。

 ひょっとしたら、単なる思い付きだった可能性無きにしも非ずではある。

 だがそれに、もしも”何らかの意図”があったのだとしたら。



(芽衣子……)



 あの場所は、僕にとっては特別な空間なんだ。

 僕が芽衣子の姿をまなこに入れる事ができる、唯一ただ一つの場所。

 そんな僕の思いをわかっていて、教室を指名してきたのとしたら……。

 だとしたら、やっぱりアイツは性悪だ。

 「北瀬芽衣子」――――その存在だけが”僕が動く最大の動機”だと、最初からわかっていた事になるから。



「その……通りだよ……くそ!」



 そして僕は――――宿直室をこっそりと抜け出した。

 幸い今の僕はフリー状態。見張りも監視も何もない。

 故に、校舎に入る事さえできれば後はこっちのものだ。

 僕の機転で低難易度イージーモードになった潜入任務。その中で、唯一の後悔があるとすれば……。

 親切にしてくれたおっちゃん警備員に、迷惑をかける事になってしまう事。



(おっちゃん……すまん!)



 おっちゃんは多分この後、警備会社か学校からかひどくお叱りを受ける事になるんだろう。

 だからこそ、さっきの褒め殺しが余計に響いた。

 まさか夜遅くまで勉学に励む勤勉少年が、ただの口先野郎だったなんて知ったら……関西人的には一体どう感じるのだろうか。



 代わりと言っちゃあなんだが、事が終われば自ら名乗り出て謝罪しようと思う。

 それが僕のけじめ。以下に僕でも、それくらいの心構えくらいはある。

 「自分のすべき事」はちゃんとわかっているつもりだ。

 だからこそ、わざわざここに来たんだ――――




――――





……




「こ、こええ~……」



 しかしまぁ夜の学校とは本当に怖い。

 普段明るくて騒がしいのが当たり前のあの廊下が、一切の無人。

 それも、数メートル先も見えぬくらい闇に覆われているのだ。

 音もなく、光もない。

 そんな中ただただ一直線に伸びる廊下の不気味さたるや、それはもう生半可な物ではない。

 怪談話の発祥地になるはずだ……ただ物音がしただけで、恐怖が反復して押し寄せるの場所なのだから。



「こんな所でよく見回りできるな……」



 そんな恐怖空間の中を、懐中電灯一本だけで何度も往復しなければならないのだから、警備員も中々大変な仕事だ。

 毎日が肝試し……。あのおっちゃんは何も思わないのだろうか。



 今登っているこの階段、一段増えていたらどうしよう。

 どこかからピアノの音色が聞こえてきたらどうしよう。

 人体模型が全力疾走してたらどうしよう。



 次から次へといつか聞いた怪談話が、頭を過って止まらない。

 そんな思いを起こさせるのが、この静まり返った闇……。

 今流行のブラック企業とは、まさにこの事かもしれない。



「くっそ~あの白黒仮面……なんでよりにもよって教室なんだよ……」


「うちの教室4階だぞ……そこまで持たねえよ……」




――――カラン




「ッ!? あ”〜〜怖い……」



 目的地がよりにもよって「4階」なのがより恐怖を倍増させる

 物音一つでこの怯えっぷり。我ながら随分と小心者である。

 電灯代わりのスマホを必要以上に振り回し、時に物音に怯え、時にその辺の備品を霊と間違え――――。



――――そんなこんなで、恐怖と戦いながらなんとかたどり着いた。

 立ち入り禁止の看板と、黄色いテープが張り巡らされた場所。

 モノクロと待ち合わせた――――僕の教室だ。

 


「ハァ……ハァ……つ、着いたぁ……」



 とんだ肝試しに肝がすでに消滅寸前なのだが、ギリギリまだ消えずに残っているのは不幸中の幸いだろう。

 ここまで来ればもう安心。これ以上怖い物など、あるはずがない。

 だってここは、僕がこの校舎で一番慣れ親しんだ場所なのだから。



「あーそっか……そういえばまだ……」


「……関係ねえや」



 迷うことなくテープを潜り抜け、「立ち入り禁止」の文字もなんのその。いつもの調子でガラリと教室の扉を開いた。

 そして教室の中へ入るや否や、ジャリッと細かな異音がした。

 それは一歩進む毎にジャリジャリと連続して音を立てる程、あぜ道の砂利のように大量に存在する。

 その正体こそ暗くてよく見えないが……足裏から伝わる感触から、ガラス片などの細かな破片が散らばっているのだろうと推測する事が出来る。



「……おい、来たぞ」



 中は……ほんのりとまだ焦げ臭い臭いが残っていた。

 消し炭と化した机や体操着などがまだ残っているのだろう。

 だがそれらは、この闇夜と相まって、この目に映す事は叶わない。



 そんな闇夜の中での唯一の明かり。

 扉の反対側――――窓の向こうには、綺麗な弧を描く月が見えた。

 その月明かりのおかげで、細部こそ見えない物の、教室の四角い空間が認識できる程度の明るさは保たれている。



「……おい?」



 闇夜に照らされた、ほんのりとした月明かり。

 その光が窓に当たったせいか、窓は対面の僕を薄らと映し出している。

 鏡の代わり……にはならないな。

 所謂逆光って奴か。とりあえず、髪型がいじれない程度には不鮮明である。

 それに本来なら、そこに映るのは僕じゃないんだ。

 その窓に反射するのは、月光にも負けない輝きを示す、芽衣子の姿なのに……。

 

 

「誰か……いないのか?」



 とにもかくにも、身だしなみを整えにわざわざこんな所までやってきたわけじゃない。

 約束を果たしに来た……一方的に呼ばれただけだが、それでも約束は約束。

 僕はこうして、障害と恐怖と罪悪感を自力で乗り越え、無事たどり着いた。

 約束は果たした。だから今度は、向こうの番のはずだ。



 わざわざこんなだるい所まで呼び寄せといて、寝坊してましたなんてオチだとしたら、今度こそ本気でぶん殴ってやろうと思う。

 そんな、少しばかりのじれったさすらも感じるくらいに。

 ここには……誰の気配も、なかったんだ。



「んだよ……まだ寝てんのか……?」



 シーン――――当然のように静まり返った教室。

 夜、無人、ましてや元から立ち入り禁止。

 月明りが映し出す僕の姿以外、誰もいるはずのない教室の中で――――誰の気配もしないのは、当然の事だった。





「ココニ イルヨ」




「――――おわッ!?」




 結論から言うと、モノクロは”すでにそこにいた”。

 寝坊するでも後からやってくるでもなく。

 僕がここに着く前から、ずっと”そこ”にいたんだ。



「い、いたのかよ……」



「ゴメン、チョットボケットシテタワ」



「んなもん着てるっから気づかれねえんだよ」



「エ、ファッションノ問題ナノ?」



 それでも気づかなかったのは……いや、気づける気配がしなかった最大の理由。

 それは、この月のぼんやりした光しかない闇夜に――――

 モノクロの黒いマントが、ものの見事に溶け込んでいたんだ。




                     つづく



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