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五十七話 検証

 

「いや、でも……そう考えると全部……合点がいく……」


「コポ?」


 瞬きほどのか細い静電気のような閃光が、脳裏に一瞬光ってすぐ消えた。

 何が光ったのかはよくわからなかった……でも、”照らされた物は”ハッキリ見えた。



「一体いつまでそうしているつもりだ! 小僧ォ!」


「いい加減潔く出てきたらどうだ!? さっきまでの威勢はどうしたぁ!!」




「うるっせえな……」



 走る閃光に呼応するように、王の怒声が場内に響き渡る。

 隠れてばかりの僕に業を煮やして、どうせダメならせめて華々しくとでも言いたいらしい。

 散ったら意味ないだろが、オヤジめ……僕を何歳だと思っていやがるんだ。

 人生の折り返しもまだのこの僕に向かってなんて事を。


「向かう気力すら失せたのならば…………こちらから行こうか!」



「くっそ、気が速いなぁもう!」


『どどどど、どうすんねんオイ!?』


「……水玉」


「コポ?」


 僕は水玉にコッソリと耳打ちをした。

 脳裏に照らされた物。ハッキリ見た。しかしそれを「見間違いでした」なんてクソみたいなオチで、絶対に終わらしたくはなかった。

 バシバシ叩かれ痛い思いをしながらやっと見つけた、打開策になりうる物なんだ。

 それだけに失敗の恐怖が頭をよぎる……”確証”が、欲しかったんだ。


「この説を検証したい……協力してくれ」


「ゴポポ? コポッ!」


『何何? なんなん? わいにも教えろや』



「――――さあ行くぞ! 覚悟はいいか!」



「やろォ……すまん、後で説明する!」


『はぁ? 気になるやんけ! 言えや!』


 論より証拠。口よりわかりやすく目で教えてやる。

 感度良好準備オッケー。天候は雨、ついでに気分は最悪……では、「検証開始」だ。




――――ザァァァァァァ……!




「……む?」



 雨足が、少し強くなった。飛び散った水による小雨を水玉に頼んで少し強くしてもらったんだ。

 水玉の力を持ってすれば、こんな屋内の限定的な範囲に雨を降らすなぞ容易い事。

 上からザァザァ下はパシャパシャ……王の髪が、整髪料でもつけたかのようにテカっていくのが見えた。

 僕もヘアスタイルをチェックすべく鏡が欲しい所だが、そうも言ってられん。

 ラブストーリーなら中々の山場であろうこのシーン……まぁ、互いに水も滴るイイ男になったわけだ。



「――――オイおっさん! 聞こえるか!」



「……聞こえておるわァ! やっと諦める気になったか!?」



「なわけねえだろッ! ボケッ! たった今、アンタをフルボッコにする方法を思いついたんだよ!」


「よくもビシバシやってくれたな!? 今までの恨み……倍にして返してやる!」



「ほぉ!? ならばこちらも全霊を持って迎え撃とう! 覚悟するがよい!」



「あぁ!? 覚悟するのはてめーだ! わかったか! クソオヤジィ!」



「…………小僧ォォッ!」



「オヤジィーーーーッ!!」



『何しとんねん……』



……とりあえず、挑発してみた。

 強くなった雨足で王の姿が見え辛いが、奴から発せられる”怒”のオーラは必要以上にひしひし感じられるので、特に問題はない。

 この時点でもう死ぬほど怖いし、なめた口を聞いた分ミスれば当然フルボッコされるのは僕の方だ。

 それでも減らず口をやめないのは……ちょっとだけ、”時間が欲しかった”んだ。



――――ゴポォッ! ズズズズ……!



「また……何を……?」


 水玉を、王の前にわかりやすく”配置”した。それも今まで使った武器を”全部乗せ”で。

 剣、槍、弓、矢、その他etc……武器と呼べる物全部を体からウネウネ生やす水玉は、精霊と言うよりもはや武蔵坊弁慶だ。

 おっさんが美形男子なら五条大橋の決闘が再現できたのに……残念ながらこれは、単なる化け物同士の睨み合いだな。



「これが……君の切り札か?」



「そーだよ! えっと……全てを無に帰す……んと……”スペシャルストロングアルティメットウォテアー”だ!」


『ウォーターな』



――――ズズズズズ……!



「……ふん、おもしろい。ではこれを崩せば今度こそ、君は諦めるのだな!?」



「ゴボボボォ……」


 目の前に現れた異形の水溜まりに、王は全く動じない。

 まぁ確かに、魔物なる物が普通にいるこの世界じゃこの程度さして珍しいものでもないだろうが。

 どっちかと言うと珍しいのは僕の方か。コスプレと間違われるほどの奇抜な服を着た、この異界ファッションの方が。


『マジで、大丈夫なんか……?』


「スマホ、僕は息を潜めたい。おっさんの位置はお前がカメラで覗いててくれ……!」


 王の歩幅が、少し遅くなった。

 しおき棒を両の手でしっかりと構え、警戒しながらじりじりと近づいている。

 王の歩幅を焦らせる要因……”切り札”。この言葉が効いたようだ――――実際は、ただの水細工なのに。


「ズゴボォ……ボブッ!」


「これが……切り札なのか?」


 全部乗せしたせいか水玉はどこか苦しそうに見える。

 あの状態をどう形容すればいいかわからんが、あえて言うならまるでマラソン後のデブみたいだ。

 すまん水玉、太った分せめて盛大に割れてくれ。仇は後できっと取るから。


『で、後はどーすればええねん。なんかアプリ使うか?』


「いやいい。それより一つ、予言をしよう……」



………………



『…………マジか?』




「……行くぞ! 水の怪物!」



「ボボッ!?」



「ぬぅうゥゥゥ…………―――― ハ ッ ! 」



 王の時速931kmを誇る突進が、水玉に向けて全霊を込めて発せられた。

――――パァン! 一撃を食らった直後。水玉は、今までにないそれはそれは派手な割れ方をした。

 メタボらせた分のせいか、限界まで膨らませた風船に針を突き刺したような、痛い破裂音をさせて。

 これはこれでピリピリとくるな……王も水玉も、ほんとさっきから耳に優しくない環境だ。



――――キラ……キラ……



「……? なんの、手ごたえもなかったが」


 そんな派手な破裂を目の前で浴びたにも関わらず、王は眉ひとつ動かさない。

 飛び散る水飛沫を動じず冷静に見つめているだけだ。

――――飛沫と雨の中で、王はただ思考に暮れる。切り札と言うにはあまりにもあっけない終わり方。

 王は、何か……”別の意図”を感じずにはいられなかった。

 


 そして、気が付いた。




(”デコイ”…………!)



(ここだ水玉ァーーーーッ!)



――――ガシャンッ。王の気付きと共に小さな金属音が響いた。

 王の考え通り、先ほどのメタボ水はただの”囮”。

 囮に注意を取られている間に”真の切り札”とやらが、今あの少年から発動しようとしている……と、王は悟った。



「させ……るかァーーーーッ!」


 だったら”発動させる前に潰す”。王の速度を持ってすればそれは十分可能であった。

 ドジュンッ。水が豪速と摩擦する音が鳴った。

 雨による視界の悪さをもろともせず、またも”迷うことなく”王は一直線、少年の元へと向かって行く。

 


「――――ぬッ!?」



 突進して間もなく、柱から一本の手が伸びるのが見えた。

 影に隠れての隙を付いた奇襲。少年の力量ではそれしか方法はないし、王自身油断を付かれる事をもっとも危惧していた。

 事実少年は、奇想天外な方法で攻撃を仕掛けてきた。ありとあらゆるバカバカしくも妙に有効性を帯びた手段の数々。

 そして、そんな思いもつかぬ発想の中。影に隠れてチラチラと見え隠れする”者”が、なおさら王を焦らせた――――



大魔女パム――――!」



 ”変な事ばかり教えおって”。王は心でそう思った。

 自分がかつて最も手を焼いた問題児。そんなあいつと行動を共にしていたせいで、あの少年にも”絶対変な癖が移った”と、そう決めつけた。

 王の感知能力が異常に秀でたのは、ある意味教師時代の経験の賜物でもある。

 四六時中感知して何かをやらかす前に先手を打つ……それが教員時代の王の行き着いた”最善の答え”であった。

 そして当時何度も言った言葉を、今この場で再び強く念じる。「させぬ」王は心でそう叫び――――



――――そして”飛んだ”。



「ぬぅぉぉぉおおおーーーーッッ!!」



(何トラマンだよアイツは……!)


 雨の中勢いよく飛ぶ王の姿は完全に特撮ヒーローのそれに近く、このまま巨大化なんてすれば完全に打つ手はないと思った。

 が、さすがにそこまで飛躍したわけではなかった。王が飛んだのは、あの豪速を助走としさらに速く動く為だ。

 だけどもだけども、言っても王の速度はマッハちょい手前。

 スピードガンアプリ……やっぱり起動しとけばよかった。今この瞬間、ひょっとしたら人間が音速を超える瞬間を目撃できたかもしれなかったのに。


『おいマジ大丈夫なんやろな!?』


「た、頼むぞ水玉~~~~ッ!」




 そして間もなく、最後の一撃が加えられる。




「―――― ウ ォ ァ ァ ァ ア ア ア ! ! 」




――――




……




「な……ん…………?」


――――王の一撃は、結論から言うと”間に合った”。

 何かされる前に叩く。その思い描いた通りに、相手に何をさせる事もなく見事な”一閃”を決めた。

 しかしにも拘らず王は両の眼を大きく開き、ただただ茫然とするのみである。

 ビィーー……ン……場内に静かな音がする。王が先手を打てたのは至極当然の事であった。



――――少年とはまるで関係のない物を、叩いていたのだから。



(な……ぜ……?)


 王の叩いたものはこの廊下に飾られた、装飾用の”甲冑”であった。

 装飾用であるため耐久性より見た目を重視した、無駄に絢爛な”人型”の甲冑。

 王の手にジーンと伝わる確かな感触。それは、甲冑の金属を叩いた感触であった。


(消え……た!? 何故だ!? いつの間に!?)


 王の脳内は旋風のような混乱に見舞われた。

 自分には”相手を位置を的確に把握する術”があり、それを持って確かに位置を補足していたのに。

 なのに自分が叩いたのは少年ではなく、たまたまそこにあった人型の甲冑。

 間違えた……通常の反射魔法なら十分あり得る事態だが、王の場合は別だ。

 自信の持つ経歴から編み出した特有の魔術。それがこんな凡ミスを犯すなど、絶対にありえなかった。




 そして直後。”後ろ”から声がした。




「…………プハァァァ! 怖かったァァァァ!」


『ま、まじや……マジでお前の言う通りになった……』



(なん……だとォォォーーーーッ!?)


 今起きたこの事態は、事戦闘に置いては”最悪”の事態であった。

 自身の渾身の一撃を躱され、さらに”背後まで取られる”なぞ、元来あってはならない事だと王は知っている。

 王になる前は魔道院で勤め上げた元教員の経歴。物を教える立場にいた人間が、よもや自分が禁じた事と同じ目に合おうとは。

 王はこの事態に、初めて冷や汗をかいた。混乱が混乱を呼び、まさに雨の上にある雲のように脳裏を覆うのだ。


(入れ替わった!? いつだ!?……まさか、あの雨の時か?)


(――――いや、しかしあんな小雨でどうやって……しかも奴は、こちらに来て日の浅い”召喚者”だぞ!?)



「あーよかったぁ……思い通りになってくれて」



(思い通り……だとぉ!?)


 王が、背中の奥で慌てふためいている様子が手に取るようにわかる。やはり自分の魔法に”絶対の自信”を持っていたか。

 結論から言うと僕は”何もしていない”。ただ柱の影で、時が来るまで息をひそめじっとしていただけ。

 勝手に間違えたんだ。王が、突然僕とは全然違う所を叩きだして――――そして”自分から”僕に背中を向けたんだ。

 

『なんか動かんくなってもたで』


「どんなリアクションを取るのか見たかったよ」


 ”何かした”のは僕ではなく水玉の方だ。

 降り注ぐ雨。その中で水玉は、甲冑に触れる部分にのみちょっと”量を多め”にした雨粒を垂らした。

 当然だが甲冑に吸水性なぞない。通常より少しだけ多く雨粒に触れた甲冑は、装飾や金属の溶接部などに徐々に溜まっていく。

 溜まった水がバランスを崩し、極め付けに王の豪速が生み出した風圧に触れ……そして”一人でに落ちた”。

 まぁそうするよう指示したのは僕なのだからある意味僕がやったとも言えるのだが、その編はご愛嬌。

 だが……これで”ハッキリ”した。


「こういうわけだ」


『そうかぁ……なーるほどなぁ』


 昨日僕は王を、生きる生体兵器と揶揄した。「バッカモーン!」の怒号が上空からの絨毯爆撃みたいに思えたんだ。

 アレはただの冗談めいた例えだったのだが、まさか本当に兵器染みた能力を持っているとはな。

 魔法にもそれぞれ固有の”専用魔法”があるのだろうか。それかもしくは、数ある魔法の中でこういうのが得意だったとか?

 まぁなんにせよ、こうして無事”自爆”ってくれたんだ。

 ガラ空きの王の背中。さてじゃあこれを、どんな風に料理してやろうかな――――


「…………何故何もしてこない」


「今からするんだよ」


「……たかが背後を取った程度で、いい気になるなよ」


「たかが背後を取られたくらいでそんなヘコむなって」


「口の減らない奴……!」


「消費するもんじゃないからね」


 こうして何もできない奴を一方的に煽るのは、なんて気持ちがイイのだろう。

 我ながらいい性格してる。今この瞬間だけなら、どんな揚げ足を取っても身の安全は保障されているのだから。

 だが王の言う通り「たかが背後」を取っただけでどうにかなるなんて微塵も思っちゃいない。

 背中から突然拳が生えてきてもおかしくない人外雷オヤジ。あの筋骨隆々な広い背中は、まだまだ油断できないオーラを発しているのだ。


『で、タネはわかったけどよ』


「ここからどうするか、だろ? わかってるよ」


 何度も言うがこれは戦いではなくあくまで”おしおき”。

 一国の王とやりあって、まだこうしてドキドキ鼓動が鳴っているのは、相手が全力でハンデを背負ってくれているからに過ぎない。

――――そこに、漬け込むんだ。

 多少水が操れる程度でしかない僕が、魔導士の中でもトップランクに食い込むだろうあの王に対抗するには……”相手の好意に漬け込む”、それしかなかった。


(検証は終わった……僕の考えはやはり正しかった)


(じゃあ……ほぼ確実にいける!)



「小僧がぁ…………!」



『やったれやったれ!』


「コポォ!」




――――両者の間に、しばしの沈黙が流れた。





「……反撃開始!」





                            つづく 


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