五十二話 迎え
帝都到着早々オーマと引き離された光治は、ひょんな事から出会った王子と帝都内を観光して回る。
そこで精霊使いアルエと言う名を与えられ、さらに精霊強化装備スヴァルナ・メイスを与えられる。
至れり尽くせりの光治ではあるが、英騎の映像を見て驚愕する。芽衣子と同じ顔の女騎士が、人々を虐殺して回る内容であった為である。
王子と同じ六門剣を持ち、剣の特性までも反転させる英騎の謎。思いを馳せつつ光治は眠りについた。
夢を見ている間、都が火に包まれているとも知らず――――
(江浦君……)
(……)
その日、夢を見た。
向かい合う芽衣子と僕が、ただ互いに見つめ合う夢。
両者の間には、静かに流れる川があった。
穏やかな流れとは裏腹に、浸かれば沈んでいきそうな水深が僕らを近づける事を許さない。
僕はやや焦った気持ちになる。目の前にいるのに届かない芽衣子の姿が、なんとももどかしいのだ。
そんな僕を芽衣子はただただ見つめているだけ。子供をあやす母親のような、あの優しい笑顔で。
(芽衣子……)
――――ギィ。この時、横から小さい音が聞こえた。
音は木の擦れる音であった。僕と芽衣子の間にある川を、なにやらヘラで掻いている人影が見える。
人影は段々とこちらに近づいてくる。近づくに連れ姿がハッキリと見え始めた。
僕と芽衣子は、ふいにその人影に目を奪われた。二人揃って、謎の人影に珍妙な視線を送るのだ。
影は妙に下半身がふとましく見える。それもそのはず。正体は木の”舟”に乗った船頭であった為だ。
(あ……)
ギィ、ギィ、ギィ。船頭は何をするでもなく、ただひたすら手に持った木のヘラで漕いでいる。
その甲斐あって少しずつではあるが、舟は芽衣子の方へと向かっている。
どうやら渡航中のようだ。僕から見ると対岸へと進む舟が、斜め後ろからの視点で見える形になる。
船頭の後ろには、また人影が見えた。今度は一人や二人程度じゃない。
舟が満員になるほどに、溢れ返った人だかり。下手に動けば落ちてしまいそうな程に、みっしり詰め込まれた乗客が、船の上に敷き詰められていた。
(……)
あの船はどこへ向かっているのだろう。あんなにたくさん、着いた先には一体何があると言うのか。
一瞬沸いて出た疑問。しかしその実どうでもよかった。
僕が願うのはあの船の行先ではなく、乗り方の方。そう、僕も連れてって欲しかったんだ。
芽衣子のいる、あの対岸に――――
(あ……そうだ)
ここでふと気が付いた。
舟は芽衣子の方に向かっているのだから、船の到着後。折り返しで芽衣子がこっちにくればいいんじゃないか。
僕は対岸の芽衣子に呼びかけるが、芽衣子はまだ舟を注視したままこっちを見ない。
なんとか気づかせようと身振り手振りで奮闘するも、それでも芽衣子は一切気が付く様子はない。
そうこうしている内に舟が、向こう岸まであとわずかの所まで来ていた。
仕方がない。少し恥ずかしいが腹いっぱい大声で……そう思い立って大きく息を吸い込んだ。
――――その時、確かに見た。
(ハァァァァ…………)
(芽衣子……?)
芽衣子は、強く笑っていた。
その笑みはいつもの優しい笑顔ではなく、まるで獲物を見つけた狩人のような、嬉々とした笑みであった。
頬で目が細まる程口を横一杯に裂き、そのせいで口から涎がダラダラと漏れ出ている……
芽衣子らしくない、一言で言うならば”野獣”のような下品な表情。
下品に開いた芽衣子の口から出た涎が、顎の線を伝い小さく膨らみ、そして落ちた。
落ちた涎の雫を無意識に目で追った。涎のしずくが首を通り、胸を通過し足元へ向けて落下していく。
雫が、へその辺りまで達した頃だろうか。不意に雫が見えなくなるほどの光の反射が見えた。
光はヘソの横から出ている。反射に導かれるようにこれまた無意識に、そちらへ目をやった。
(あれ……!)
――――ガチャリ。金属と金属が合わさるような音がした。光の正体は芽衣子の手の中にあった。
芽衣子の手の中に黒いゴム質の素材が包まれており、そのすぐ上には「て」の字になった金属部分が見える。
「て」の字の部分に、芽衣子の指がひっかけられた。この形状はいつかどこかで見た事がある。
嫌な、予感がした。もし芽衣子の持っている物が僕の思い描く物と同じであるならば。
そして、その”先端”があの舟に向けられているとしたら――――
(やめ……!)
(ここに)
(お前らの)
(居場所はない――――!)
バラララララ。舟に無数の、穴が開いた――――
「――――うあッ!」
……いやな、夢だった。向こう暫くは忘れられそうにない不快な夢。
とっさに目覚めてしまったのはある意味幸いか。あのまま夢の中に残っていれば、あの舟がどう言う運命を辿ったのかは想像に難しくない。
この夢は今までの人生の中でトップ5にランクインする事間違いないだろう。起床後まだ残る夢の鮮明さが、以下に強烈で、そして不快だったかを示している。
なるべくならさっさと忘れてしまいたい物だ。クソ、こんな夢を見るのも昨日あんな映像を見せられたからだ。
そうに決まっている。ていうか、それしかない――――
「……って!」
不意に、掌にチクリと鋭い痛みが走った。起床ついでに何かを踏んでしまったようだ。血は出ていないものの、生命線の辺りにクッキリとその痕が残っている。
この痕から察するに何か先端が尖った硬い物のようだが、そんなのあったっけ……
とりあえずベッドから離れてみた。それもバッと、逃げるように素早く。
朝一発目としては中々のアグレッシブさを見せた僕だが、理由を知れば納得してもらえると思う。
(もしかして……噛まれた?)
掌に残った痕と不意に走った鋭い痛み。そこから連想される物は”何かに噛まれた”と言う事であった。
蜘蛛、蛇、もしくはそれに準ずるも物。万が一毒でも持っていたら大変だ。
しかし痛みの原因は毒なぞとは到底無縁の、ましてや生命ですらない。ベッドの上に無造作にちりばめられた”鉱物”による物であった。
「あっこれ」
原因は――――”宝石”。これは昨日オーマが王子の部屋から盗んできた物だ。
王子の私物、しかも見るからに高価そうな宝石の数々を、あのおバカ様はよりにもよって僕の部屋に忘れていきやがった。
名探偵が見れば間違いなく犯人にされてしまうこの物的証拠の数々。言い逃れは不可能。
ならば僕の取るべき行動は、これしかなかった。
(隠すか……)
散らばった宝石を箱に戻し、そして腹に隠した。
腹が若干メタボ予備軍っぽくなっているが、上着がなんとかこの膨らみをごまかしてくれているからまぁなんとかなるだろう。
朝一で面倒かけやがってあのアマ……まぁイイ、どうせこれから王子と会うんだ。
事情を説明して僕が直接彼に返そう。
そう、これから始まるのは、王子プロディースによる楽しい楽しい飛空艇遊覧ツアーなのだ――――
「おい、起きろ」
『んあ……何やねん。えらい早起きやんけ』
昨晩確かにアラームをセットしておいた。それが鳴っていないと言う事は、アラームが鳴る前に目覚めたと言う事。
ここの所この世界に来てから妙に朝が早い。度重なる緊張に体が慣れてしまったのか、体内時計がカッチリ朝にセットされてしまったのか。
まさかスマホを起こす側に回る日が来るとはな……ハハ、これを機に新聞配達のバイトでも始めるか?
『……いやお前早起きしすぎやって!』
スマホの驚きに反応して僕まで驚いてしまう。
確かに目覚めはよかった。それはさっき見た悪夢と踏んづけた宝石が、体を完全に覚醒状態へと導いてくれたようだ。
王子は具体的な時間を言っていなかった。
日の出――――その抽象的すぎる待ち合わせ時間を正す事も出来ず、しょうがないから大体この辺だろうとセットした時刻。それは”朝の五時”。
朝練に行く高校生でももうちょっと寝てそうな起床時間を、さらに上回って目覚めたのだからそりゃあびっくりするだろう。
が、スマホの驚きは褒めると言うより、どこかイラつきが混じった様子に感じられた。
「今何時なのさ」
『何時なのさちゃうわ! まだ”四時半”じゃ! ボケ!』
――――驚嘆の一言だ。今までの人生における最高記録の達成だ。
老人の平均起床時間をまさか三十分も上回るとは……早起きはなんとかの得。今日は良い事がありそうだ。
『こんな時間に起こしやがって……夕暮れ時にぶっ倒れたらどうすんねん』
「いやお前機械だろ」
何故精密機器が睡眠不足に不安を覚えているのかはさておき、実はこんなに早く起きれたのにはワケがある。
睡眠中薄々感じていたんだ。悪夢、宝石。それともう一つ。
”目覚めざるを得ない”要因があった事を。
「なんか……臭くない?」
『は? お前が?』
失礼な。そう言う臭さなら長年僕の手垢がびっしり着いたお前の方が臭いだろ。
僕の言う匂いはそういうのじゃない。何故かこの部屋に蔓延する、鼻にツンとくるくすぶった”臭い”がどうにも僕の睡眠を阻害するのだ。
『いやぁわい嗅覚機能とかないからわからんわ』
「だよな……」
わけもわからずただひたすら鼻に飛び込んでくるこの臭いは、例えるなら近所の人が庭でバーベキューをやっている、その煙をダイレクトに浴びた時の臭いと言うべきか。
要するに、火の臭いなんだ。何かを炙っている時に出る、体に染みつくような立ち込める臭いが……
『あ、まさかアレちゃうか』
「ああ……」
臭いついでにもう一個思い出した――――それは”窓”
オーマは昨日、もう一つ忘れて行ったのだ。王から逃げる為に、開けっ放しにしていった窓。
臭いが外から出ているとすれば、この開放された窓から入ってきたと、それしかない。
「閉めていけよ……」
『いやお前も戸締りしてから寝ぇや』
まぁその指摘はごもっとも。昨日はとにかく眠かったからな。
王子の無駄話とオーマの脱走隠蔽に巻き込まれ、結局寝付いたのは日付を回った後だった。
めんどくさかったんだよ。窓を閉めるのも、宝石を片付けるのも、お前をメイスに掛け直すのもな。
「ったく……」
とりあえず、出る前にせめて窓は締めて行こう。
その際ついでだ。またタニシに貼り付かれないように画鋲でも仕込んでおくか?
なんにせよなんらかの補強工事は必要だろうな。王の様子を聞きに、またこの部屋に戻ってくる可能性大なのだから。
「もーほんとズボラなんだから」
と言った感じでブツブツと文句を言いながら窓に近づく。
すると不意に、風に吹かれて広がったカーテンが顔に降りかかった。
さわやかな布の感触に心地よさを感じつつ、カーテンを払う。この動作に無論何の感情もなかった。
かゆい所を掻くのと同じだ。何も考えずただ顔に掛かったカーテンを払う。ただのそれだけだった……
――――その時まで、何も考えていなかった”のに”
「……え?」
ボォォォ…………カッ…………ドドドドド……
目の前に広がる光景に、ただただ唖然とした。
時刻は四時半をちょっと過ぎたくらい。そろそろ日の出が始まる時間帯だが、日はまだ完全に登りきってはいない為、今はまだ夜空に薄い白みが掛かった空模様だ。
この中途半端に明るい視界がまだ夢の中にいるのではと錯覚を起こさせる。それもそのはず、夜と朝の半端な境目が、帝都の街並みを幻想的な白に染め上げるのだ。
その白が故にハッキリと浮かび上がる、至る所で競り上がっている物。
天へと昇る竜のように至る所で湧いて出る”黒煙”が、今この僕に見下ろされた街並みを覆っているのだ。
「なんだ……これ……」
起床後時間が経つに連れ、徐々に頭が冴えていく。それに伴い覚醒するのは僕の五感。
痛覚と嗅覚を起こされ、今視覚をも目覚めさせようとしている光景に、やや遅れて後を追うのは僕の”聴覚”
耳には、薄らとサイレンの音が届いた。ウゥゥゥと甲高く抑揚のない音が、一定の間隔を持って断続的に聞こえてくる。
音の遠さから、どうやら街中で鳴り響いているようだ。
それがこの王宮まで届くと言う事は、嫌が応にも聞こえざるをえない”警戒音”そのものであると言う事を示している。
――――ドッ
――――パッ
――――ゴォォォォ!
そして警戒音の中から飛び込んでくるのは、黒煙の中に光る一瞬光る閃光。
閃光は瞬きする間もなく消え、その代わりに新たな黒煙を発光源からまき散らす。
散らされた黒煙はブラックホールのように地面へと引きずり込んでいく。
人が積み重ねたそびえ立つ文明の象徴――――”ビル”を。
(ドドドドドド…………)
「なん……だよ……これ! 何が起こってるんだよ!」
『もーうっさいなー。一体なんやねん?』
「ちょ、ちょちょ、こ、これッ!」
『ん……ぬぉっ!?』
スマホも状況を把握したようだ。その体に備え付けられた高画質カメラが、今この惨状を鮮明に映し出した。
溢れる黒煙。崩れる建物。走る閃光。薄らと聞こえるサイレン……そうこうしている間にもまた一つ、ビルが地面へ引きずりこまれていく。
ボン――――ドン――――カッ――――朝一番にしてはアグレッシブすぎる街の変化。
そして、それらがこの鼻を刺激する臭いの正体だと判断する事に、僕ら二人は何の躊躇もなかった。
『戦争や……』
「……なんだって?」
『戦争や! これ! どう見たって戦争やろ!』
「戦……争……?」
戦争。この状況を言葉で表すならこれほどしっくりくる物はないだろう。
至る所で爆発の余波を見せる都市の光景は、僕がよくやるFPSゲーのオープニングムービーと非常に酷似していた。
僕の記憶と照らし合わせる用に、またどこか黒煙があがった。
――――カッ。そして直後に新たな煙が産声のように登って行く。
臭いは、火薬の臭いだった。画面越しでは伝わらない争いの臭い。
広がる風景その物が炙られる臭いまでは、ゲームなぞでは到底感じ取れなかったのだ。
――――ウゥゥゥゥゥゥゥ!
「わっ!」
『こ、今度はなんや!?』
この光景を僕が目にしてから遅れる事数分。今度は王宮全体にけたたましいサイレンの音が鳴り響いた。
抑揚のない高音をひたすら最大で鳴らされ、耳元で怒鳴られているような響きが鼓膜に届く。
ウゥゥゥゥ――――ウゥゥゥー…………間近で聞くとこうまで響くとはな。しかしこの音の大きさが、聞き損じてはなら非常事態を意味している。
そしてサイレンに反応するようよく訓練された連中が今、この部屋に面する廊下でドタドタガチャガチャと、慌ただしい音を立てていた。
「急――――集合――――……にだ!」
「……撃だ――――……いに――――きやがった――――!」
サイレンの中で響く甲冑の音。これに追加してさらに”声”が聞こえた。
声は、この非常時に対処する旨の内容。「全軍集結し帝国軍の統率を持って、全力でこれに対処すべし」と言った所か。
やれどこそこに集合だ、やれ武装を確認しろだのと出撃前の会話が、うるさいながらもおぼろげに聞こえてくる。
その会話の中で一つだけ。たった一つだけ、ハッキリと耳に届く”名”が聞こえた――――
「――――騎だ! 英――――だ!」
(なんだって……?)
「 英 騎 の 襲 撃 だ !」
――――気が付くと、廊下に飛び出ていた。
「今……なんて言いました?」
「しょ、召喚者様!?」
急に出てきた僕に兵士達は少しばかり驚きの表情を見せる。この非常時に神経がやや過敏になっているのかもしれない。
その証拠にこんな朝っぱらにも関わらず、連中は揃ってすでに汗だくだ。
この状況は兵達にとっても想定外。今よほどドタバタとしているのだろう、中にはちゃんと鎧を装着しきれていない兵や歯ブラシを加えたままの奴までいる始末だ。
しかしこれからもっと汗をかくんだ。丁寧に身支度を整えている場合じゃない。
そんな彼らの焦りを理解した上で、あえて引き止める用強くこう言った――――
「来てるんですか……”英騎”が!」
兵達は僕の問いかけに一瞬黙りこくり、しかし諦めたように小さく頷いた。
英騎と僕の関係は、無論彼らも知っている。彼らの黙秘はそれが故の沈黙だ。
兵達はわかっていたのだ。これから大変な目に合う自分達より、なまじっか関係があるばかりにこれから仲間を傷付けるかもしれない……
そんな僕にとっての”酷”な状況が、近い将来起こってしまうかもしれないと。
「お願いです。僕も……僕も、連れてってください!」
「そ、それは……」
質問には答えて貰えた物の、さすがにこちらはすんなり通らない。
大事な客人をみすみす戦火に放り出すわけにもいかない。ましてや王子の友であり、王が要人扱いする召喚者なら尚更に。
そして彼らは僕に向けて言う。「ここは我々がなんとかするから」と。
彼らの気持ちも十分わかるんだ。こんな時にワガママ言わんでくれと思う気持ちが痛いくらいに伝わってくる。
「お願いです……連れてってください!」
――――しかし、それでも引き下がるわけにはいかなかった。
ここへ来た僕の目的。その手がかりを持つであろう最重要参考人。それが今、僕と同じこの都に来ていると言うのだから。
このチャンスは絶対に逃すわけにはいかない。
英騎。帝国にとっても重要人物であるように、今の僕にとっても奴は、何より優先すべき人物だったから。
「召喚者様……お堪え下され……!」
「……」
――――ガチャリ。彼らの目の前で部屋に戻った。
聞き分けよく部屋に入る僕を見て、きっと今頃彼らの胸中は安堵に包まれている事だろう。
僕はオーマと違い無駄なやらかしはしない。基本的に怒られる事が嫌いだからだ。
イタズラをして発覚した時のリスクを考えれば、だったら最初からしなければいい。何をどう考えてもその結論に行きつく。
「申し訳ありません……今しばらくの御辛抱を!」
扉越しに兵士が懺悔の言葉を言っている。
僕の行く手を阻んだ事は非難しない。そっちにはそっちの事情があって、そこに僕は邪魔なんだと言う事は十分わかる。
もう一度言うが、僕はオーマとは違う。
あの自己中心一辺倒の魔女殿と違って、人の迷惑になる事を理解できる知能はある。
――――だから……彼らに。なるべく迷惑はかけたくないと、そう思った。
「おい! そろそろ……」
「あ、ああ……」
「ん? 待て。何か足元が……」
「これは……水?」
兵士の一人が足元の異変に気が付いた。何故か床に水が漏れているからだ。
兵士達はその気づきに呼応して、こぞって床に目線を送る。踏めばじわりと溢れる水分が今、兵士の周辺
に万遍なく敷き詰められているのだ。
カーペットにリットルサイズのジュースを溢したようなこのじゅくじゅくのシミ。その発生源が”僕の部屋の扉”から漏れている事に、気づかない程愚かではなかった。
「水玉ァーーーーッ! いくぞ!」
――――ドォン!
「な……!?」
僕の部屋から炸裂する轟音。異変を察知した兵は、召集も忘れ全員で部屋の扉をぶち割る。
強引に侵入した僕の部屋。そこは先ほどの床とは比べものにならぬ程に、辺り一面が洪水でもあったかのような”水浸し”になっていた。
「しま……ッ!」
そして、兵は目の前の光景に深い落胆を覚える事となる。
所々が水浸しになり、しまいには天井から雫がポタポタ落ちている始末。
彼らの知る召喚者は、”水の精霊使い”であった。
精霊の力を用いて襲撃者を撃退した……その報告は彼らも受けていた。
兵士達は疑う余地もなく理解した。今し方ここで使ったのだ――――精霊の力とやらを。
「くっそ! 逃げられた……!」
この非常事態が終わった後も彼らの仕事は終わらないだろう。下手したら徹夜かもしれない。その辺は申し訳なく思っている。
僕はオーマとは違う。だから、むやみやたらと迷惑をかける事はしないし、自分の行いを反省する事もできる。
その証として、帰ったら上っ面の謝罪と共に少しだけ手伝ってあげようと思う。
「こんな所から……!? これが……精霊の……!」
――――壁に空いた、大穴の修繕を。
つづく