五十一話 境目
「おえ~、げほげほ……ぬへえっ!」
「何してんすか……」
結局、窓を開けてしまうハメになった。と言うのもこのタニシ、カーテンを閉められたとわかるや否やより一層ガンガンと窓を叩き続け、もうその時点で安眠の保証なぞなくなってしまったからだ。
一瞬は”絶対開けてやる物か”とガマン比べを試みようとしたものの、音がゴンゴンと言う鈍い音から段々と”バキッ!”というヤバげな音になったので慌ててカーテンを開けた。
すると案の定、窓の一部が割られていた。割られた穴からタニシの手がぬっと伸び、指先がゆっくりと鍵へと伸びていくのを確認したため慌てて窓を開いた。
このまま自力で侵入されるより、自分で招き入れたとする方がいくらかマシ。そのまま侵入されてしまえば最後。
きっとなんらかの制裁を加えられるのは目に見えていたから――――
「ったくも~、とっとと開けなさいよ」
「あ、いや、ちょっと飲み物作ってたんで……」
とりあえずカーテンを閉めたのは今ちょっと取り込んでいたからと説明しておいた。この説明で納得してもらえるのかと内心ドキドキだったが、なんとか小言を言われる程度で済んだ。
タニシは招かれるやいなや僕がこれから飲もうとしていたカップを一気に飲み干し、そして僕が使う予定だったベッドにドサっと勢いよく乗っかり、同時にダラダラとくつろぎ始めた。
この飽くなき理不尽を追及し続ける人型のタニシ。その正体は大魔女様でご存じ、オーマその人であった。
「あ~、マジ死ぬかと思った……」
「えらい長いお説教でしたね」
「くっそーあのオヤジ、お叱りがパワーアップしてやがったわ」
パワーアップどころか第二形態だろ。丸一日続くお説教なぞ聞いたことがないのだが。
昔はここまでの物ではなかったと述べるのはオーマ談。魔導院時代は精々長くて”半日”程度で済んだらしい。
十分すぎるくらい、長いと思うのだが。むしろやってる方がしんどいだろ。
数時間も怒鳴り散らせば、喉は擦り切れ額は汗まみれ。あの王はパッと見そこそこ高齢っぽいし、下手したら自分がぶっ倒れそうなものなのだが……逆にこいつをぶっ倒してしまう所が、さすがは一国の王と言った所か。
『ていうか、抜け出すからやろ』
「だってあんなの……ずっと聞いてらんないじゃーん!」
折角帝都に帰って来たのに丸一日をお説教で潰されてしまった所は心中お察しする。
だが同情はしない。それは折角下がってきた王の怒りメーターに”脱走”と言う名のリセットを掛けたのは、何を隠そう自分自身なのだから。
オーマが耐久性地獄の苦しみを味わっている時、僕は優雅に帝都を観光していた。しかもお土産までもらっちゃって。
そして観光は明日も続く。明日は朝一番で飛空艇遊覧ツアーだ。だから、正直さっさと寝たいのだが……
「あら、スマホちゃん。いつの間にか立派な台座ついてるじゃん」
『あの王子に貰いましてん。まぁ個人的にはやっぱりポッケの中が一番ですけど』
「ふーん……わ! これ精霊石じゃない!」
やはり、知っていたか。オーマはメイスについた精霊石をいの一番に発見した。
確かその石、貰った時に相当レアな物だと言っていたが……オーマも同じ事を言っているのでまぁ本当にレアなのだろう。
そして、だからこそ不安になった。レアでキレイな石だからこそ、隙を見てこいつに”盗まれる”のではないかと――――
「へー、良いもん貰ったじゃん」
「もういいでしょ! あんま触んないで下さい!」
「何よ……ケチくさいわね~」
『今、パクろうとしてたやろ』
「するか!」
意外な事にレアな精霊石を本当に見ているだけだったらしい。スリガキも真っ青な消失トリックを見せつけられるかと思ったのに。
確かに、精霊石は盗まれてはいない。しかしこいつの事だ。いつの間にかなんらかの手段ですり替えられた可能性、大いにある。
僕は水玉を起こし石の真偽を確かめた。水玉の石への反応からそれは本物だとわかる。しかしまだまだ油断はできない。
同じ精霊石でも今度はどこからか拾ってきた粗悪品とすり替えた可能性も――――
「しつこい奴ね……だから、なんもしてないって」
「全く信用できません」
「こいつ、しばらく見ない内になんか態度でかくなってない?」
『精霊使いやーなんやー言うてちやほやされてましたさかいに』
態度がデカくなったとは一切思ってないが、ちやほやされていたのはまぁ認めよう。
僕がこいつをオーマと名付けたように、僕もまた精霊使いアルエと言う名を与えられたのだから。
と言うか、よくよく考えたら凄い体験をした物だ。ヤクザと顔見知りになったあげく、アルエと言う名の命名。精霊石を使った水玉の強化。
そしてそうなるよう仕向けた奴はよりにもよってここの王子と来たのだから、このままいくと僕もこの国でそれなりの地位に就けるかもしれない。
あの王子ならきっと僕を大事にしてくれるだろう。少なくとも、目の前にいるさっきまでタニシだった奴よりか。
「だーから……もう、盗む必要はないんだって」
「何故でございますか」
「すでに貰うもん貰ってきたから」
(えっ)
ドサリ。そう言って無造作に小さな箱が置かれる。
箱は今明らかにオーマの体内から出てきたように見えた。お腹の辺りの、ちょうどスカートと上着の境目くらいから。
見た目はダンジョンに置いてそうな宝箱のミニチュア版くらいのサイズか。中から微かにジャラジャラと聞こえる事から、とりあえず中に何か入っているのは間違いない。
……最高に、嫌な予感がしてきた。こいつの場合、貰い物とは相手の許可を得ずに品を得る事。
強奪と貢物の区別がつかない自称魔王。ともすれば、少し別行動を取っている間にまた新たに悪事を一つ追加しててもおかしくない。
そのなんとも言えないイヤ~な予感は――――見事、的中した。
「さーて中身はなんじゃらほい……まぁ! 素敵な”宝石”!」
「……なんすかこれ」
「貰ってきたの――――王子の部屋から」
『空き巣やん!?』
野郎の言う通り、精霊石を盗まれる心配なぞすでにする必要がなかった。
何故ならこの国の次期王が保管している、小さな宝箱に封印された大量の宝石をあくまで”譲り受けた”と豪語するのだから。
指輪にするには少々でかく、ネックレスにするには少し小さい絶妙な大きさの宝石が今、僕のベッドの上に無造作にバラまかれている……
「ひーふーみー……ふふん。中々に大量ね」
「マジなにしてんすか」
「当然よ。あいつのせいでまたとっ捕まったんだから」
「あの口の軽さ。ちょっとはマシになってると思ったら全然変わってないんだから……」
まぁ、確かにあの王子のせいで脱走失敗の目にあった所は心中お察しする。
脱走が王の怒りに再び火をつけ、しかも原因が身内の内ゲバと言う魔王にあるまじき体たらくっぷり。
これはもはや帝国最高峰を誇る魔導院の名誉に関わるレベルの失態だ。
「どうせさっきアタシの話で笑ってたのもアイツでしょ」
「えっ」
「しっかり聞こえてたわよ。脱走中にね、兵士の位置を知る為に”反響魔法”を使ったの」
反響魔法。魔法で精製した音波を周囲に放ち動体の位置を知る、所謂レーダー的な魔法らしい。
そんなスパイみたいな魔法を説教の脱走に使っている所が実に下らないが、その魔法の性質上僕らの話声までしっかり聞こえていたようだ。
なんせその時、部屋中に響くように大笑いしてたんだからな……レーダーに頼らずとも、近くにいれば普通に聞こえるくらいに。
「人の夢を随分笑ってたわね、あのバカ。電流を浴びせられるのは当然の処置ね」
「見たかったわ。あのアホの悲鳴を上げる顔が」
『完全に食らい損やな……』
あの魔法陣、王子に向けて放った物だったのか……お前の言う通り、しっかり悲鳴挙げさせてもらったよ。
しかしそこはあえて黙って置こうと思う。電流を浴びたのが僕と知ればすなわち僕も共犯と言う事になり、そして一緒になってオーマを笑ったと感づかれてしまうからだ。
もう一度電流を浴びせられるのはごめんだ……やっぱり、人の夢を笑うのはよくないな。
例えそれがどれほど下らなく、バカバカしい物であっても。
『てか姐さんケータイ持ってたっけ』
「ああ、これ?」
「違う違う。これはさっきアタシを探してた近衛兵から――――」
「奪った、のね」
そこで被せるように放った言い訳は「貰ったの」の一言。もうそれでいいよ。一緒一緒。きっと同じ言葉で意味が違うだけなんだ、うん。
どうせ魔法陣メールが僕の所に来たのだって、誤爆かなんかだろ。操作方法がわからなかっただけなんだよな。うん。わかるわかる。
僕も最初はフリック入力とかうまくできなかったしな。僕に被害が及ばなければどこで何をやろうが一向にオーケーだ。
真実を知らないまま永遠にドヤっててくれ。借りは返したザマーミロってな。
「色々王子に聞きましたよ。王様に立候補してたんですって?」
「う、そんな事まで……」
『出会いは因縁から始まった言うてたな』
「あんたのせいで開発区は魔法禁止条例出てるよ」
まぁ折角来たのだから話がてら色々本人の口から聞こうじゃないか。
王子にいきなり魔法を放った事。後の開発区で地形が変わる程の決闘を繰り広げた事。王に立候補してた事。汚い手段で蹴落としまくってた事。その他色々etc…………
結論から言うと、全て”本当”の事だった。本人はこの話をする事にやや抵抗を感じているようだが、それは最終的に”負け”たからか?
どうせ口ごもるなら過去の所業が”恥ずかしいから”と言って欲しいのだが、無理だろうな。現時点でもそうなのだから。
「あんにゃろうめ……あのバカ王子はねー、昔からホンットに! 口が軽すぎんのよ」
「まぁ、確かに長々と話してましたね」
「あいつだって、ひどい事してんのよ? 友達の好きな子バラしたりとかさぁ」
(だろうな……)
そして暴露の逆襲と言わんばかりに、今度は王子との思い出話が繰り広げられる。
テストの解答をデカい声でバラしてしまう。誰それが付き合っているのをバラしてしまう。
子供が作った秘密基地をバラしてしまう。店が内緒で扱ってる品をバラしてしまう等々……
そのほとんどが口の軽さから出た物と言うのがあの王子らしい。当時はあいつに内緒話はするなと言うのが魔導院生の暗黙のルールだったようだ。
そしてこれまたオーマと同じく、それは今でも変わっていない……
「六門剣の話も聞きましたよ。一本奪われたそうじゃないすか」
「あー……そんなのあったわね」
「五番目の試練……六門剣ちゃんと持ててたのに、いらん事するから……」
「いらん事!? 順調に勝ち進む為の戦略じゃない!」
だからサバイバル試験じゃないだろって。あれは王を決める試練であって最強は誰かを決める武闘会じゃない。
人の足を引っ張る事に長けた王に誰が付いてくんだよ。真逆の方向性を如何なく発揮しやがって。
お前に落とされた志願者達がカワイソウでならんわ。
……とは言うモノの、実力は本物でありなんだかんだで後に大魔女様と呼ばれるまでになっている所を見ると、それなりに素質はあったようだ。
その力があれば軍部の佐官くらいには成れたかもな。大人しくしてればそこそこ良い所にいけただろうに。
それが今や無駄に顔が広い無職ニートだ。あーもったいな。
『あれがないと王位を決めれまへんねやろ?』
「英騎……ねえ。ほんと、何がしたいんだか」
「あんたがいりゃもうちょいマシだったってボヤいてたよ」
「そんなすぐ行けるか。じゃあ予告状でも出し解けってーの」
英騎の六門剣強奪事件。それはもちろんオーマの耳にも入っており、こいつが戦力として防衛に当たれば少なくとも奪われるまではなかったのかもしれない。
しかし王子の言う通り、それらはすべて過ぎてしまった事。今更IFの話をしても始まらないのは僕にもわかる。
オーマには夢があった。いつか魔王としてこの世界に君臨し世界を席巻すると言う子供染みた夢が。
それは奇しくも次期王として平和な国を作りたいと願う、王子と同じ夢であった。
「なんで英騎が六門剣を持てるのかって話しにもなってたんすけど」
「魔力吸引特性でしょ。知ってるわ。アレ実際持つとすんごい気持ち悪いのよね」
「気持ち悪い?」
「相当ガマン強くないと無理ね。なんていうかこう……」
「持った途端体中に芋虫が這いずり回る様な……そんな気持ち悪い感覚がするの」
「うわぁ……」
寝る前にそんな話やめろよ。夢に出てきたらどうすんだ。
じゃああの王子は、そんな持ってるだけで気持ちの悪い六門剣を三本も常備しているのか……考えただけでおぞましいな。
一緒に行動してて思ったが、あの王子は本当によく笑う。よくしゃべりよく買い、そして笑い上戸のようにあのナハナハと言った特有の笑い声で。
あれはもしかして六門剣のせいで体中がくすぐったかったからなのか? その例えが正確なら常に皮膚の上をくすぐられているようなもんだが。
「英騎に奪われた後、責任を感じて自分で持つようになったんだって」
「ほんとバカよね。誰もアイツを責めてなんかないのに」
その笑顔の裏ではやはり自責の念に駆られているのか。
所持するだけで不快な感覚が襲う六門剣。それを三本も常備するなんてただの思い付きでできるもんじゃない。
自分への戒めか、次期王の自覚か……例え宝剣がただの棒きれだろうと、とかく”自身の手”で掴むことに意味があるのだろう。
民、国、平和……それらを二度と、離さない為に。
『姐さんも見習うべきやな』
「何がよ。三刀流になれってーの?」
「所で”現”王の方は……」
お前が三刀流になろうが四本流になろうがどうでもいい。僕が知りたいのは今後の処遇の事だ。
ここへは英騎関係の重要参考人として連れてこられたわけだが、大した情報を出す事が出来ないまま一日を終えてしまった。
だとすれば僕はどう考えても用済みだ。さすがに突然放り出される事はないだろうが、コイツに巻き込まれ、潔白の経歴に前科でも付こうもんなら溜まったもんじゃない。
ていうか、頼むからじっとしててくれよ。お前は僕の担当だろ?
今後人事が変わるかもしれないが、とりあえずまだ相方である以上あまりこっちにまで迷惑かけんでくれ。
「あんま好き勝手せんで下さいよ。あんたがいないと僕、今後どうすればいいかわかんないんですから」
「あっそうだ。王からの伝言よ」
(無視かい)
「――――とりあえずアンタ。しばらく帝都にいていいってさ。よかったわね。まだ要人扱いはされてるみたい」
……ほっ。それを聞いてとりあえずは一安心。
このままこの広い世界で若年ホームレスになったらどうしようかと危惧していたが、その心配はたった今なくなったわけだ。
そう言えば王子も元の世界に帰る手がかりを探してくれるって言ってたっけ。それまでの間、この豪華なスィートルームで余す事無く怠惰が貪れるわけか……
段々と楽しくなってきたぞ。ネットも繋がってる。遊び場もたくさんある。ここにいれば精霊使いとしてちやほやされる。
一つ不満があるとすれば、大好きなゲームができないって事だけか。しかし代わりになる物はいくらでもある。
何にせよ、楽しい王宮生活になりそうだなぁ……。
「だからって調子こいちゃダメよ。デカい態度取ったらアンタもおっさんの所に突き出すからね」
(こいつさえいなければ……)
『姐さんもあんま苦労かけたらあきまへんで。王は王で今大変やねんから』
そうだ。現時点で政権のトップを握っているのはあくまで”王”その人。いくら昔からの知人だからとて、学生時代のノリで迷惑を掛けるもんじゃないぞ。
常人なら耐えがたい苦痛を強いられているのだ。お前のじゃじゃ馬っぷりをはるかに凌駕する本物の危機。
英騎とその軍勢による”テロリズム”によって。
「王子はシリアルキラーだって言ってました」
「それ、王も似たような事言ってたわね。ただ……王はその説、ちょっと否定的で」
「なんで」
「なんかね、最近帝都の情報がたびたび”洩れてる”んだって。なんかそんな痕跡がたくさん見つかってるって」
「だから、おっさんは”内通者”の存在を危惧してるんだけど」
「内通者……?」
情報漏えい? どこに? ここは戦争とは無縁なんだろ? それ以前に漏らすまでもなくオープンスタイルな国だと思うのだが。
この都市を空間歪曲やらで隠したのだって、英騎が執拗に攻め立てるからだ。それ以前は隠す事すらしなかったとはお前から聞いた話なのだが。
ここ以外の国が実は戦争を仕掛けようとしているのか……? 情報が漏れるのは確かによくない事だが、じゃあその漏れた情報は、一体”どこに”落ちるのか……
「イカれた快楽殺人者が、そんな用意周到な事……する?」
『別件ちゃいますの』
「アタシもそれ思ったんだけど、王は英騎の仕業だーって聞かなくて」
「ならなおさら面倒駆けちゃダメっすよ」
『ストレスでいぶし銀がキンキラキンになってまうって』
「ええいやかましい! だったら怒るよりも気持ちを静める方法を――――」
「――――ッ!?」
オーマは一瞬声を荒げ、そして自分の口を自分で塞ぎだした。直後廊下から、何やらドタドタと騒がしい音が聞こえ始める。
音に紛れかすかに聞こえるその声は、確かにこいつの名を呼んでいる「大魔女様はどこへ行った」「この辺りで消えた」ついでにもう一つ、「俺のマドーワを返せ」と。
ほら、お迎えが来たぞ。行けよ大魔女様。こっちも今後の予定は聞き出したからもうお前に用はない。
僕が寝ている間、王のリセットされた怒りを三度その身に浴びてくるがいい。
――――ドコダー――――追えー……――――逃がすなー……
「さすが、速いわね!」
(だから面倒かけさすなって)
「よし、じゃあアタシそろそろ逃げるわ! ほとぼりが冷めそうなら呼んで!」
「スマホちゃん、通話できたわよね? アタシマドーワ持ってるから、連絡はそれで!」
『人のやんそれ……』
こういう時のオーマは本当に生き生きとしている。前世は世間を揺るがす大怪盗だったのか、逃げる算段を考える時はまるで修学旅行前の小学生の用だ。
その妙にキリッとした目つきがイラつくのだが、湯水の如く溢れる作戦説明は魔導院卒の経歴を確かに感じさせる。
そのスキルを何故世の為人の為に生かせないのか……聖人になれとは言わんが、せめてねずみ小僧くらいにはなったらいかがだろう。
「いーい? アンタは召喚者としてしばらくは手厚い保護を受けるわ。住む場所も王宮。飛び切りのゲスト扱いよ」
「だから王とは比較的近い位置にいる。その気になれば毎日会う事も出来るわ」
「毎日顔色伺って……怒りが覚めたタイミングを見計らって、呼んで頂戴!」
「このマドーワで!」
「……」
何やら上官のブリーフィングっぽい口調を発しているが、要は怒られたくないからほとぼりが冷めたら教えてくれと言いたいらしい。
もうわかったよ。全て了解した。どうせ僕もその内王に呼ばれる。その時徹底的にお前の援護射撃をしてやるよ。
それは明日から続くオーマの帝都生活の為ではない。なんでもいいからはやく出てって欲しいと願う今の僕の、そろそろ抑えきれない”眠気”を癒す為に……
「返事は!?」
「……ぁいしてぁー」
――――バァン!
「パム・パドィクス! ここかァーーーーッ!」
――――ヒュゥゥゥゥゥ……
(はっや)
「ぬう!? 少年、夜分遅くに住まぬ! あの大馬鹿者を見かけなかったか!?」
「……」
扉を蹴破り荒々しく君臨なされた御仁は、まさに今話題となっていた王その人であった。
まさか王直々に来るとはな。廊下でドタバタとやかましかった兵とは違い、オーマの居所を見事突き止めた所はさすが王と言った所か。
しかし残念。コンマ数秒だけ遅かったようだ。王が扉を蹴破ったと同時に僕の頬に柔らかな風が伝い、それが窓を開けられた為と気づいた頃には”もう奴はいなかった”。
一部が割られた窓がギィギィと風任せに揺れる。開かれた窓の先には、夜の帝都が織りなす煌びやかでありかつ、紋章を示すような”赤い”夜景が広がっていた。
「おのれあのクソ魔女……失礼したァ!」
(頑張ってください……)
王の退出を、止めはしなかった。それは怒りに満ちた顔に飛び火の可能性を察知したのもある。
しかし王子の次はオーマ、そして王と、三人目の来訪者を相手する気力はもはや無かったのだ。
王ともこれから話さないといけないだろう。しかし今じゃなくてもいい。どうせ王宮にいる以上、嫌が応にも色々と聞かれる事になるのだ。
湯気立つ顔を見送り、乱雑に閉じられた扉の音を確認した後、そのまま力尽きるように横へとなった。
開けっ放しの窓とか置きっぱなしのスマホ。それにオーマが忘れて行った王子の宝石箱。
これらは全部明日対処しよう。今後の事は今後の事。明日やればいい。
そう、別に今じゃなくてもイイ。
明日できる事を明日に回して……何が……悪い……
(電話番号……言ってけよ…………)
(………………)
――――
……
――――ワイワイ――――ガヤガヤ――――プアーン――――
太古の昔より人が寝静まる時間帯、夜。
太陽の光が地平線へと潜り、それまで照らしていた大地を闇に纏う月へと引き継ぐ。
月は大地を照らさぬ代わりに小さな星々を引き連れ、暗い大地に煌めく光を見せる。
人々はその闇夜の煌めきに魅入られ、いつしか眠る事を忘れ闇に佇む光を浴びる事が当たり前となった。
――――ハハッ――――でさー……――――ゴォォォ……――――
これは眠りを忘れた人々が生み出した光無き場所に光を生み出す術。
集い、群がり、闇と光を混在させる事に成功した眠らぬ民が作り上げた、まさに眠らぬ街。
日中と同等に闇の下で蠢く人々は、いつしか太古の昔に感じた闇の恐怖を忘れ、自らが生み出した光に安らぎを感じ、いつか眠りに落ちるまでその活動を停止する事はない。
――――もう一件!――――もう帰りましょうよ~――――ハハハ……――――
そびえ立つ王宮から一望できる帝都の街並みは、闇の光を凌駕する程に明るく、そして赤い。
この異界の都に置いても同じく、眠らぬ民と化した人々は各々が持つ「魔」の力により、闇に一切の恐怖を感じる事はなくなった。
闇に恐怖を感じなくなった事は文明発達の証。そう言わんばかりに眠らぬ民は闇の元で、我が身にもたらされる文明の恵みに酔いしれる。
(ピッピッピッピッピッピ…………)
そして、次第に闇が再び光に照らされ始める。空は白み、新たな陽の産声が地平線より駆け上がる。
光と闇が織りなす大地の循環、その境目。そこに至るまでに人々は、”最後まで気づく事が無かった”。
雑沓に紛れついには耳に届く事のなかった、帝国を現す赤と同じ色をした、小さなランプ。
誰にも気づかれる事無く一人まことしやかに点滅するランプは、小さな電子音を立てながら少しずつ早まっていく。
(ピピピピピピピピピ)
眠りを犠牲にしてまで得た闇夜の光。それが無ければ万が一は気が付いたかもしれない。
夜明けを秒読みするかのように点滅する、その赤いランプが――――
(ィ――――――――…………)
カ チ
――――ボ ン ッ
自分達の命を、奪う事になろうとは。
次章へつづく