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五十話 仮説

 

「謎を解く公式、か……」


「うーん、六門剣が逆の特性を示すってのはかなりでかいヒントだと思うんだけど」


 謎が謎を呼ぶとはよく言った物で、英騎についてはもはや存在そのものが謎と言うべき物になっていた。

 頭の中で思い描くだけで、目的。居所。六門剣。そして顔貌……と軽く四つは浮かび上がってくる。

 細かい事を含めれば解くべき謎はさらに増える。英騎は単独ではなく複数の集団で成り立っていると言う事。つまり構成員の詳細だ。

 英騎の軍勢と呼ばれているにも関わらずその他構成員の情報が一切出てこない秘匿性は、居所が掴めないと言う点に結びつく。帝国にとっては優先して得たい情報の一つだろう。

 しかし僕としては、割とスルーされがちなこちらの謎の方が、実はさっきから気になっているのだ。


「銃……って言うんだよ。さっきの」


「んあ? ジュウ?」


「英騎の腰にぶら下がってた奴。こっちの世界にある戦争に使われる装備で……ええと、こう、筒に弾入れて火薬の推進力で……」


『銃の細かい構造はお前にはわからんやろ。どけ、わいが代わりに説明したる』


 そこはさすがスマホ、説明すると言う事に置いてこいつの右に出る物はいない。

 スマホは今、持ち前の情報処理能力をフルに使い、ウィキペディア並の知識量をわかりやすくかつ詳細に説明してくれている。

 しかも説明の本筋はもちろんの事、ちなみにと前置きした上で出るわ出るわ小ネタの数々。

 だが残念。得意げになっている所申し訳ないが、多分明日になれば忘れている。どこかのまとめでも保存しといてくれ。気が向いたら読むから。


『せやからさっき英騎が腰にぶら下げてたのは”サブマシンガン”タイプやな。連射力と携行性。両方をええとこどりした奴や』


『映像の中にバララララ! って音がしたやろ? あれはきっとこの女騎士が撃った銃撃音や』

 

 この国は工業は妙に発達しているのだが、その代わり兵器関係がイマイチ伸びていない。

 と言うのも、本気で戦闘をするとなったら主な攻守は”魔法”に依存し、その為通常装備は未だ剣や盾と言った中世レベルのままなのだ。

 普通逆なんだけどな。たしかネットも元々はそっち系のものだったはず。技術の発達と言うのは、大体軍事技術が発端となる物が大半なのだが……


『お宅ん所の兵士の鎧、どんな材質で作ってんのか知らんけど』


「パッと見た感じ、あの程度の金属なら簡単に打ち抜くぞ」


「そんなものが……魔力も使わずに……!?」


 王子はえらく驚いた顔を見せる。鎧を易々と貫通する攻撃力が、魔法を一切使わず実現可能なのが相当ショックだったらしい。

 この表情からこの世界が以下に魔法と言う物に依存しているかがわかる。

 この街に着いていやと言うほど聞かされた”魔”の文字。あのガラケーのバチモノだって、帝都の魔力ありきで作られた物だ。

 しかも帝都の魔力が電波代わりになっている為、魔力が届かない場所では使えないと言う似せんでいい所までもそっくりな始末。

 あの渡り船とかいう飛空艇も「史上初、魔力を使わない浮上機関」と銘打っているものの、実はちょっとだけ魔力を使っている。

 誇大広告な気もするのだが、魔法が生活基盤になっている以上「ちょっとだけ」は使った事にならないのだろうか。まぁ、そこはカロリーオフのコーラみたいな物か。

 

『これ、王様の時に言うたったらよかったな』


「代わりに報告しといてよ」


「ああ……サンキューな。いやはや、びっくらこいた」


「そうか、火薬の爆発力を応用した異界の武器か……」


 厳密に言うとまぁ火薬だけではないがな。発射の仕組みはわからんが銃の種類については詳しいぞ。

 戦争に置いて最も重要なのは、相手を一撃で仕留める破壊力。しかしだからと言って常にロケットランチャーを持ち歩くわけにもいかず、といいつつハンドガンではやや心許ない。

 攻撃力と携行性の両立を目指さねばならないのが兵装選びの基本だ。自身の戦闘スタイルをよく理解した上で、自身の才能を最も伸ばす武器を、自分自身で選ばねばならぬのだ。

 僕の戦闘スタイルは主に突撃兵。火力と機動性の両方を駆使し、味方のルートを切り開く。

 故にその選択は、必然として取り回しのよさに重点が置かれるのだ。


「サブマシンガンはブレが少ないからヘッドショット狙いやすいんだよね」


「軽いから他にも武装がいっぱい持てるし。なんで持ってるのかは知らないけど、奇襲としては中々いいチョイスなんじゃないの」


「詳しいな。あ、そうか。アルエも兵士だったっけ?」


「上級兵だぞ上級兵」


『ゲームやーゆうねん』


 素人はライトマシンガンを使いがちだが、あれはただエイムの下手な初心者がごり押しでもなんとかなるようデフォルトで設定されているに過ぎない。

 上級兵は火力をあまり重視しない。何故なら当たれば死亡が確定する”必殺”のヘッドショット術を、血の滲む暇さの末に会得済みなのだ。


『自分で言ってて虚しくならんか?』


「夢見させてくれよ」


「そうかぁ……異界の民は……強いんだな」


「それに比べて俺らぁよ……」


(やべ……)


 数少ない得意分野だからか、戦争の話につい熱が入ってしまった……が、それに反比例して王子の熱が冷めていくのがまじまじと感じられる。

 忘れてた……こいつはちょっと躁鬱が大きい所があるんだ。僕の輝かしい戦歴とは対照的に、現在帝国は英騎に連戦連敗の形となっている。

 その屈辱的な事実を僕の自慢話が火をつけてしまったようだ。うーん、ほんと面倒だなこいつは……

 そんなしょぼくれられてもうまい励まし方がわからない。相手にお礼メールを送り付けられる程度に煽る事ならできるのだが、今ココで王子を敵に回すのは得策ではない。

 励ましと煽り、どっちもできないのなら僕が今取るべき行動は一つ――――現状維持だ。


「ほ、ほら! 帝国の兵器も教えてくれよ! お前そういうの好きだろ!?」


「えー……いろいろあるけどそんな、”ジュウ”の上をいくもんなんてねえよ……」


「そらシラフで使ったらだろ!? なんかこう魔法との掛け合いで……伸びたり、透明になったりするんじゃねえの!?」


「あー……」


 こいつを宥める為に適当に思いついた質問だが、その辺は実は前々から興味はあった。

 この国の文明レベルは決して低くない。むしろ高水準と言っていいだろう。

 飛空艇を作れる工業技術とご自慢の魔法とを組み合わせれば、それはそれは立派なロマン兵器が作れると思うのだが、そうはならない辺りが「以下にこの国が平和に過ごしてきたか」の証となっている。


「大体武器は魔法でなんとかしちまうからな……」


『こいつの専用装備みたいなんないん?』


「精霊石か……効果はなくもないが、結構貴重だし、それにみんながみんな精霊を使役できるわけじゃねえからな……」


「戦争とかなかったのかよ。国はここだけじゃないんだろ?」


「そりゃあるにはあるけどさ、そんな話のネタになるような大規模のは……特に……」


(なんつーのほほんとした国だ)


 一応、無い事はないらしい。帝国に残る古い記録にはそれなりの戦争はあったと言うのは王子談。

 大体、帝国と言われたら侵略戦争がセットで来ると言う物。悪の皇帝が領土を広げんと平和な国々を片っ端から襲い、無理矢理服従させて忠誠を誓わせる。

 そこに現れしは選ばれた騎士。騎士は苦難の末仲間と共に帝国の野望を……と言うロマンあふれる中世史とは、残念ながらなっていない。

 と言うのも、戦争とは大抵が資源の問題により起こる物で、水や食料。近年ではレアメタル等と言った是が非でも奪いたい”資源”がここにはない。

 それはこの世界では資源が全て魔法で賄えてしまうからであり、態々戦争を仕掛けてまで攻める理由が他国にはないのだ。それはもちろん、この帝国にも同じことが言える。


「じゃあどうやって発展したんだよ……」


「”魔法”だよ。帝国の起源となった国は魔法に重きを置いたんだ」


「みんなその魔法に惹かれて集まって、増えて、段々と大所帯になってって」


「それを何万年も繰り返して……気が付けば一大国家になってたって言う」


 この工業技術の発展も、元々は以下に魔力を通すかに重点を置いた物らしい。

 スピーカーに魔力を通し遠方まで声を届けるマドーワ。

 快適で迅速な移動ができる魔導車。

 大人数を一気に自動で運んでくれる魔導レール等々……出てくる言葉はまたもや”魔”。

 六門剣を宝剣として扱っているのも、その魔力を欲する性質に神聖さを感じたかららしい。神聖って言うか、それは親近感の間違いでは?


「……」


……こいつのめんどくささも相まって、一気に萎えてしまった。

 平和な思想に基づいた平和な発展。それはきっとものすごくイイ事で、誰も傷つかないならそれに越したことはない……のだが、どうも気に食わないのは何故だろう。

 それはきっと、帝国の分際で戦いは二の次。以下に魔法を使うかしか頭にないその”ロマンのなさ”が中二真っ盛りの僕には退屈なのだ。


「戦闘行為は主に治安維持と内乱の制圧。それ意外だと魔物の駆除だな」


「わざわざ戦争せんでも、何かあったら大体”アニマ”が仕切ってるし」


「あーあの鎖目玉……」


「それでも仕掛けてくるバカ国家にはそれなりの制裁はするけどよ……まぁ、そんなのほっとんどねえわな」


 言っちゃなんだが、つまらなさすぎる。魔法に溢れた異界の帝国。ならば少しくらい、RPGのように仲間と共に協力しあい日々闘いに身を置いてもいいんじゃないのか。

 なんだか、段々と自分が危険思想の持ち主に思えてきた。ここはゲームの世界じゃない。世界が違うだけでれっきとした現実なのに、戦争やれだの戦い合えだの……

 少しばかりの自己嫌悪と共に、”萎え”が顔に全面に出てしまったのだろう。そんな僕を見て王子は、さっきとは逆に僕をなんとか興味付かせる話題を模索し出した。

 鬱モードのこいつにそんな事を思わせるとは、今僕はよっぽどひどい顔をしているのか……その事実が余計に”萎え”を加速させる。


「じゃあ……少し、専門的な話をしようか」


「なんのだよ」


「兵法さ。まぁ、こう見えて王子だからな。そっちの知識なら俺もある」


「ほほぉ……」


 ロマン武器こそないものの、やはりそこはさすが帝国。魔法の他に今まで培った知恵が蓄積されているようだ。

 沈んだ心が急激に湧き上がってくる。兵法……それはすなわち作戦。戦略。諜報。潜入などなど、言葉だけで頭に「!」が突き刺さるほど心躍る二文字が浮かび上がってくる。

 そっちの話なら僕も着いて行ける。ネトゲに置いてはパーティ内の役割分担が重要な攻略要素なのだから、その辺は僕もわかるぞ。

 広範囲爆撃か、防衛弾幕か。それとも現地調達が主の単独潜入か。期待は膨らむばかりである。


「アルエならわかると思うけど、普通こう……一国を落とそうとするならば、それなりの定石とか戦法とか、あるじゃん?」


「おお!」


「侵略側が他国家なら、激戦区は大体国境付近で……内部レジスタンス系なら国内の軍事的主要施設とかその辺になるわけ」


「防衛設備に壁を置いて、後は地の利を生かした場所に要所を作ったりとか……ああ、トラップとかも色々仕込んどかなきゃな」


「なるほどなるほど……」


『ほら、お前の得意なフラッグ戦や』


「わかる、わかるぞ」


 王子の言っているのは所謂防衛戦だな? 大きな国家は大体攻め込まれるのが常と言う物。

 王子の言う通り、第一防衛ラインとしてまずは国境付近が攻め側の第一関門であろう。そこを落とせば次は各所に点在する要塞。

 要塞は基本的に難攻不落。真正面からバカ正直に突っ込んだ所で、ほぼ確実に返り討ちに合うのは目に見えている。

 そこで登場するのが第三勢力の存在。所謂国に反感を持つレジスタンスと言う奴だ。彼らと合流し情報を得る事で要塞の弱点を知り、そこに主軸を置いた綿密な作戦を持って突破する……

 いいね。そうこなくっちゃ。この手の話はいつの時代設定だろうが血が煮えたぎる程熱く燃えると言う物だ。


「まずは先行部隊に凸させて相手の出方を伺う。この時のサブウェポンはフラッシュグレネードにすべきだな。この時注意すべきなのはスナイパーの存在。狙撃の定点の位置を把握すべくブリーフィングでマップを頭に叩き込んどくべし。そして手薄な所を発見したらそこに進路を変更し頃合いを見て航空兵器で一気に殲滅。それと――――」


「えっと、何言ってんだお前?」


『だからそれはゲームの話やろが』


 こんな事がなければ今頃クランのみんなでクラン戦だったのに……その思いが無意識に表れたのかついつい熱く語ってしまった。

 そしてハッキリ言われてしまう。「専門用語が多すぎて何言ってるのかわからない」と。

 確かにここにフラッシュグレネードなんてなかったな。まぁ似たような物はすぐできるだろうが。

 こう言う自分の頭の中で編み出した戦略が狙い通りにハマる所が快感なのだが……まぁ、その辺は言っても所詮伝わらない。

 こっちはゲームとして楽しんでいるだけ。だが王子にとっては戦争は現実の物であり、楽しくなんてこれっぽっちもないのだから。

 

「アルエが戦略に詳しいのはよーくわかったから……でも、そう言う話じゃねえんだよな~」


「違うのか……」


「だからその、こう……戦いには色々なやり方がありますよーってのは十分わかると思うんだけど」


「うん」


「だが……英騎にはそれがない。あいつの襲撃には戦略らしい戦略がまるでないんだ」


 そして話はまた振り出しに戻る。やはり、その話に戻ってしまうか。

 曰く英騎の場合それらの定石は一切当てはまらず、やっている事は戦略的にまるで価値のない事ばかり。

 国攻めに置いて落とす必要のない街を襲い、それらを拠点にするでも捕虜を取るでもなく、ただただ無意味に焼き払う。

 全ての行動がめちゃくちゃだ。まるでくじか何かで決めているような、そんなデタラメなチョイス。

 そんな連中に滅ぼされた町村はまさに真の意味で「運が悪かった」としか言えないだろう。

 運任せ。風の向くままに目標をコロコロ変えるテロリスト。こう言っちゃあなんだが行き当たりばったりで随分と”適当”な印象を受ける。

 本場のテロリストでも、その辺はもうちょっと練って行動していると思うのだがな。


「無差別な襲撃を執拗に繰り返す人間。これらの行動から導き出されるのは……なんだ?」


「んなもんこっちが聞きてえよ」


「答えは”趣味”、お前と一緒だ。お前が戦いが大好きなように、英騎も”趣味”で襲っていると仮説を立てる事ができる」


「はぁ? 趣味?」


 それは英騎の行動を総合的に見て判断した仮説だそうだが、いやいや。一緒にするな。

 なんども突っ込まれているが、僕はあくまで「そういうゲームが好き」ってだけだからな? そんな、人を戦闘民族みたいに……

 僕が心置きなく血沸き肉躍れるのもそこがあくまで仮想の世界であり、実際に傷つく人なんていないからできるんだ。

 そうでなければ誰が戦争なんてやるもんか。血を見るのは嫌いだし、痛い思いもしたくない。常に走り回ってればものすごくしんどいだろうし、そんな状態で冷静な作戦が立てれるはずもない。


「いるんだよ世の中には。湧き上がる殺人衝動が抑えられない。そして衝動の赴くまま本当に実行してしまう。そんな危ねーのが」


「こういう奴を何て言うか知ってるか?」


「……キチ?」


快楽殺人者シリアル・キラーって言うんだよ。まぁ、そっちもあながち間違いじゃないけど」


(シリアル・キラー……?)


 要するに実は大した目的もなく人の命を奪う事に快感を得る異常者と言いたいらしい。

 その仮説はまぁわからんでもない。あの映像に映った英騎。その時発した意味不明な言動の数々はまさに異常者のそれだった。

 英騎の意図がわからない以上仮説と言う一種の決めつけを付ける事で、異常行動を事前に察知しようとするのは至極当然と言えば当然だ。

 が……まるでアインシュタインの相対性理論みたいだな。実際に光速は出せないからと数式と今ある物理法則に基づいて付けた仮説。誰も実際に確かめた事なぞないのに、今や事実のように扱われている説。

 それなりに説得力はある。しかし事実として扱われる仮説は、万が一”実際に違ったら”今まで培った常識が覆されてしまうと言う危険がある。

 この王子の説もそうだ。宇宙の端を誰も見る事ができないように、英騎の目的も、実際に本人の口から聞くまで誰にもわからないのだ。

 

「殺人に関わらず快楽に溺れる奴は、必ず次へと繰り返す。自分でも我慢ができないからだ」


「快楽は麻薬。一度その味を知れば、わかっていても止められない。そして繰り返せば繰り返すほど効果は薄れ、より大量の”血”を浴びさせろと体が叫ぶ」


(麻薬……)


「だがよぉ……そんな一時の快楽の為に、無残にも命を奪われた者はたまったもんじゃねえよなぁ?」


「そりゃ……まぁ」


「できる事なら……英騎は”捕える”だけで済ましてえ。国はどうするつもりかわかんねえけど、俺はそうは思わない」


(え……?)


 王子の仮説にやや疑いの視線を見せた時、その意図は別にあった。

 さっき自分で異常者だの殺人鬼だの好き放題を言っていたにもかかわらず、言うに事欠いて”命は取りたくない”と来た。

 そんな甘い処罰、納得いかない連中がたくさんいるだろう。じゃああの貧民区の生き残り連中は、それを聞いてどうするのか。

 ”恨みはらさでおくべきか”を地で行く復讐心は誰もが持っているだろうし、あの親分風に言えば”オトシマエ”は必ず付さすと言うはず。

 お前だって六門剣を奪われたから王位の継承ができないと自分で言ってたろ。最悪国が自分の代で終わるかもしれない。そのリスクを天秤にかければ無罪放免と言うわけにもいかないだろ。

 こいつはこいつで何を考えているのかわからん。裁判官なわけじゃないが、どう考えても”甘すぎる”だろ。

 そして王子はそんな思いに被せるように、しっかり聞こえる用発音良くハッキリ発言した。「なるべくなら命は取りたくねえ」と。


「なんで……?」


「だってさ。同じ世界で生きる者同士、なんで互いに殺しあわないといけねんだ」


「みんなで平和に暮らしたい。ただのそれだけなのに」



(ん……?)



「英騎の手が血に飢えるならば……心が狂ってしまっている、ただそれだけなのならば――――」



――――この発言にはどこか、デジャブを感じた。

 英騎は心が壊れている。だったら……やや例えが悪いが、「壊れたおもちゃは自分で直す」王子的にはそんな感覚なのかもしれない。

 それは商業区で見せた物好きな側面が出たか、貧民区で見た面倒見のよさからくるものなのか、はたまたこの国の王子としての責任か。

 買ったおもちゃで溢れ返っているだろうこいつのきったない自室。それは今日の分も含まれているだろうし過去に買った分もある。無論中には”壊れたおもちゃ”も。

 だがこいつはそれでも捨てない。そのせいで自分の部屋が汚くなってしまおうと。

 その”物が捨てられない性格”が、きっと王子に選ばれた由縁なのだろう――――



「代わりに俺が止めてやりてえ。そう思ってる」



(あ……そか)




(――――少年よ、我らは英騎が憎いわけではない)


(――――我ら同じ大地に生きる物、その同志が何故に争い殺しあわねばならぬのか)


(――――私はただ、いつまでもこの世界で平穏に暮らしていたい……ただのそれだけなのだ)


(――――故に我らは、英騎に復讐がしたいわけではない。”止めたい”のだ)




(なんかデジャブを感じるなと思ったら……そういう事か)




(――――英騎……あ奴を”救う”為に、それには君の協力がどうしても必要なのだ)



「俺は英騎”も”救いたい」



 王子の発言は、ものの見事に”王と同じ”内容であった。

 それが意味する事は、やはりこいつは選ばれるべくして選ばれた王子なのだと言う事。何があろうと同じ地に生きる限り、決して見捨てないと言う事。

 この国が戦争をあまりしないにも関わらず一大国家となった理由が、今わかった気がした。

 突き詰めると”芽衣子と同じ”なんだ。誰であろうと”救いの手を差し伸べる”って事。そこに安らぎを感じ、独りでに集ってくると言う事……。


「っと……まぁ、そん代わり相当荒っぽくなるだろうけどよ」


「……初めて王子らしい所見たよ」


「結構王子様してたと思うんだけどなー……っと、もうこんな時間だ」


 気が付くと時計の短針が真上を向いている。どうやらすでに日付が変わってしまったようだ。

 夜の来訪、正直かなりうっとうしかったが蓋を開ければ意外や意外。時間を忘れてかなり話耽ってしまった。

 こんなに人と会話をしたのは、もしかすると初めてかもしれない。内心どこかまだ話していたい気すらもする。

 クラスでバカ騒ぎしてるうるさい連中も、こんな感覚だったのかな……

 まぁ、飽きない程度にインパクトの強い話が続いたのも原因だろうな。それはいい意味でも、悪い意味でも。


「んじゃまぁそろそろ俺は戻るよ。おっと、待ち合わせ忘れんなよ?」


「日の出に工業区だからな? 許可証見せて王宮の魔導車に乗せてもらえ」


「もう0時過ぎ……睡眠時間は残り5時間程度か……」


「だから速く寝ないと、もう日の出まで”時間がない”ぞ」


「誰のせいでこんな時間まで起きてたと思ってんだよ」


「ハハ、わりぃわりぃ。じゃあそろそろ……あ、最後に」


「なんだよ」


「英騎……お前のツレと似てるのはよーくわかったけど」


「だからって、英騎に会おうなんて思うなよ? もしかして英騎がツレの手がかり持ってるなんて思って思ってそうだからよ」


「……」


 最後の最後に鋭い一言を浴びせられてしまった。読唇術でも付いているのかこいつは。

 ああ、まさにその通りだよ。同じ顔同じ声同じ体型。絶対なんか知ってそうだと思ったからな。英騎に会うのが僕の目標の一つでもあった。

 その辺にいるおっさんにでも言われたなら即無視している所なのだが、そこは王子直々の命令。スルーするわけにもいかない。

 敢えて返事はしないが、普段なら適当な言葉で「わかぃぁしたぁー」と返事している所なのでそこはまぁ察して欲しい。


「お前のツレも異界に帰る方法もこっちでなんとか探してみる。その代わりってわけじゃないんだが」


「いいかアルエ、”英騎には絶対近づくな”」


「……寝ろ!」


「ハイハイ、じゃぁおやすみ……」




――――バタン。扉の音と共に王子の姿も消えていった。




「……あ、しまった」


『どうした?』


「最後の試練……聞くの忘れてた」


『あ! ほんまや!』


 王の六つの試練。王子の話しぶりから六門剣に選ばれる事がゴールだと思っていた。

 しかしよくよく考えればあれはあくまで”五”番目の試練。トーナメントで言うならセミファイナルだ。

 六番目の試練で晴れて王子に選ばれる”何か”があるのだが……

 最後の最後で、謎を残していきやがった。速く寝ろだろ? こんなもやもやした状態で眠れるものか、あの野郎。


『うわアカンめっちゃ気になってきた』


「くっそーあんやろう……しょうがない、明日聞くか」


『ど忘れついでに日の出がわからんとか言い出すなよ』


「ねーよ。ほら、もう寝るぞ。アラームもよろしくな」


『はいはい……ってわいの定位置ここなんかい』


 スマホをメイスの先に再びひっかける。本来なら充電スタンドに挿してから寝るところなのだが、そんな物などここにはないので、ひとまずここを仮宿に認定しよう。

 いつもの憎まれ口であーだこーだ文句を言っているが、その実それほど悪い気はしていないようだ。それはこのメイスにある精霊石とやらが心地いいのか、水玉がいるからなのかは知らないが……

 スマホをスリープモードにし、今度こそ誰の声も聞こえなくなった。辺りはまさに静寂。久々の孤独となる。


「……お?」


 寝る前に何か飲んでから寝ようと思った。部屋には王宮御用達のなにやら高級っぽいティーパックが置いてあったからだ。

 お茶か、紅茶か、コーヒーか、まぁ最低でも毒物と言う事はないだろう。

 パックをカップに入れお湯を注ぐ。そしてお湯の色が見る見る内に染みていく。ちょうどよい浸透具合を確認した後、湯気の立つカップから飲める温度になるまでフゥフゥと息を吐きかけた。

 カップの水面には、茶色く濁った僕の顔が映し出された。少し、痩せたか? そう思ったのは波紋の歪みのせいか、今までの苦労か、水面に映る自分の顔が……少し頬がやつれたように見えたから。


(芽衣子……)


 本当の彼女はどこにいるんだろう。芽衣子……お前は今こっちで、快楽殺人者と言う事になっている。

 さっき見た映像の中にお前のそっくりさんがいたよ。お前と同じ顔で、声で、体格で、王家の宝剣を片手に次々と人を突き刺していくんだ。

 顔は返り血で所々赤くなって、さらには意味不明な言葉でひどい暴行を加えていたよ。お前の顔をひどく歪ませてな。

 あれは絶対に芽衣子じゃない――――いや、あるはずがない。

 じゃあ英騎は一体なんなんだ? それに本当の芽衣子は、どこにいるんだ――――


(……)



――――コンコン



「ん?」


 不意に、音が鳴った。コンコンと何かを叩く音。音の感じからきっと僕を呼んでいるのだろう。

 「今度は誰だ……」と一瞬疎ましく感じたが、その感情はすぐに収まった。何故なら音が出ている方向は扉ではなく”窓”の方から発せられていたからだ。


『んぁ……今度はなんや?』


 音に反応してスリープにしたスマホが再び目を覚ます。おはよう。短い眠りだったな。

 スマホにもハッキリ聞こえるこの音はコンコンコンコンしつこく鳴り続け、いくら無視しようと一向に収まる気配がない。

 居留守を使っている事がバレているのか。と言う事は中に僕がいる事がわかっている。

 しかし出る気に成れないのは、音が扉ではなく窓の方から鳴っているから……

 ハッキリ言って不気味意外の何物でもない。今手に取った飲み物を飲み干すまでに鳴りやんでくれれればそれで構わないのだが、音はむしろ段々と強くなって行く。

 コンコンコンコンコンコン…………そろそろしつこいな。文句がてら原因を取り除こうと窓に体を向けた。

 


 その瞬間――――



――――ゴンゴンゴンゴンゴン!



「うわっ!?」


『え……こわ! 何!?』


 音が、急に激しくなった。僕が音のしつこさに業を煮やしたように、窓の向こうの何かも速くしろと言わんばかりに強く叩き出している。

 深夜、誰もいない部屋で独りでに響く音。これはもしかすると寝ない子の元に訪れる”アレ”であり、僕を連れ去りに来た使者的な”アレ”なのか。

 煩わしさが恐怖に変貌していく。音に怯え身動きが取れない僕らを余所に、音はさらに強く響き続けるから――――



――――ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴン!



「え、ええ~……」


『完全にやばいってこれ。おいこーじ、開けろや!』


「まじか……怖すぎるんだけど」


『ええから行けや! こんなんじゃ一生寝られんわ!』


 スマホの囃し立てに渋々従い窓へと向かう。恐怖と戦いながらゆっくり、ゆっくりと近寄って行く。

 窓にはカーテンが掛けてあった。そのカーテンの向こうに、窓と明かりに照らされた明らかな”人影”が見える。

 人影は両手足を大きく開き、何故か頭と足が逆さま。一見すると窓にこびりついているように見える。

 壁にへばりついているのか……? 何にせよ怖い。怖すぎる。

 これはもしかすると開けてはいけない的なアレなんじゃないかと思いつつ、スマホの言う通り、僕の安眠の為。しまいには明日の早い起床の為に。意を決し恐怖の原因を開く――――


『はよ!』


「捲るぞ……せーの!」



――――バッ!



『う……あ……』



 カーテンを捲った先。音の正体に思わず絶句する――――

 そこには影のシルエット通り、逆さに張り付いた”人”がいた。強く吸着しているのだろう。顔面が膨れ上がる程に圧迫されている。

 そのタニシみたいな人は辛うじて目と分かる部分から、こちらをものすごい勢いで凝視している。

 そして不意に目が合ってしまった。このまま某井戸魔人みたいに心臓が止まってしまったらどうしようと、思わずダビング用のテープを探してしまう。

 タニシは発見した僕らを余所に、窓越しから微かにこう呟いた。



「…………あ~け~て~」



 タニシには、見覚えのある”白金の”繊維が垂れ下がっていた。

 逆さになっている為わかりにくいが、それは確かに人毛である事が理解できた。

 白金のタニシは僕らに向かってこう呼びかける。「あけてくれ」と。

 その声、その髪。そして僕の知る限りそんなポーズを常日頃から取ってそうな特定”魔”人物――――



「は~や~く~」



(また抜け出しやがったな……)



 タニシの目が、少しうるんでいるのが確認できた。どうやらこちらに危害を加える事はないらしい。

 それを知って一安心。正体も判明した事だしもう恐怖におびえる必要はない。

 済まないがタニシさん。僕は明日朝早いんだ。帰って来てから入れてあげげるから、今はそこでガマンしててね。

 


 だから――――



『あ、姐さん……』



「あ~け~て~く~れ~……」



――――シャッ




「……おやすみ」




                            つづく


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