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四十九話 真逆

 

『んなアホな! この剣は王の選別に使うもんでっしゃろ!?』


「なんで英騎が六門剣を持ってるんだよ!」


 英騎の所持する長剣。それは街で見せてもらった王子の六門剣と同等の物であった。

 六門剣最大の特長である、刀身に開く六つの穴が、映像に映る英騎の剣にもしっかり備えつけられているのだ。

 たまたま似通ったデザインの可能性も……と、ふと考えたが、それは所有者本人である王子がしっかりと否定している。

 映像の中の英騎の剣。それは間違いなく王家の宝剣、六門剣そのものであると――――


「……さっき話した通り、六門剣は王の選別、第五の試練に使われる物だ」


「第五の試練で選別するのは”魔力”。六門剣を所持するに値する膨大な魔力、それを図る為のものだったのさ」


 魔力の吸収と言う特性を持つ六門剣は、その性質を生かした魔力の選別と言う大義が与えられている。

 生半可な魔力では持つだけで精一杯。なればこそ、王に相応しき者にはそれ相応の魔力が備わっていなければならぬと言うのが五番目の試練の目的だ。

 ほぼ準決勝と同義のこの試練。そこに至る事が出来た通過者は、志願者の中でも一握りの人数のみであったと言うのは、試練を実際に受けた本人から聞いた。

――――ここで、一つ気が付いた。五番目の試練について聞いた時に感じた、些細な違和感。その正体。

 四番目の試練”選挙”を通過できた人数。その人数と、王子の持つ六門剣の数が”釣り合っていない”と言う事に……


(この王子と、オーマと……)



(――――この時残った進出者は”四”人)



「一本足らない……!」


「そうだアルエ。元々――――”六門剣は四本あった”」


 王子が試練を受けた当時、六門剣は”四本”あった。それは王家に伝わる宝剣の”元々の所有数”であり、この剣を持って次期王の選別を図っていたと言う訳だ。

 五番目の試練は、どっちにしろ受験人数が決まっていた。一から三までの試練で仮に全員が合格しようと、結局四番目の「選挙」で上位四名以外は残れないようになっているのだ。

 何故四名限定なのか。それはもちろん六門剣本来の本数にちなんだ取決めである。

 その六門剣が一本足らない……代わりに次期王でもない所か、国そのものを滅ぼそうとしている英騎が、よりにもよって王家の宝剣を所有している。

 この事から導き出される答えは、至極単純な事であった。


「……六門剣の強奪。それが英騎最初の事件だった」


「英騎の名を一気に”最上級禁忌接触背信者”にまで押し上げた事件さ……当然だな。国家の宝剣を一本丸ごと奪い去って行ったんだからな」


 奪われた四本目。それはやはり英騎の仕業であった。

 英騎は一度、帝都へ来た事があった。無論観光なぞではない。

 テロリストとして。破壊者として。この世界でも最も栄えているであろう都を消滅させようとして。

 英騎にとっては帝都も同じであった。自身が焼き払った村や、一人残らず消滅させた街並みと。


「次の選別までになんとしても取り戻さねえと……王家の世襲が途絶えちまう!」


 この問題は帝国にとってもっとも懸念すべき事案になったのは言うまでもない。

 英騎の強奪によって、王が次世代王へとバトンを渡す儀。王位の”継承”そのものができなくなってしまったのだから。

 一本足らないからじゃあ次から三本で……と言う訳にもいかないのが伝統行事と言う物。

 しかもそれが一国の王位継承に関わるとなれば、その心中は決して穏やかではない。


「このバカでかい街まで、襲撃かけたってのかよ!?」


「まさかこっちも……あんな”真正面”から来られるとは思わなかったよ」


 一国の首都。それも近代文明に近い大帝国の中枢ともなれば、攻め手にとって必然的に最後の砦となる。

 当然帝都の持つ防衛網は地方都市の比ではなく、兵力から武装兵器。ましてや魔導院に代表される高位魔導士が多数いる場所だ。

 いくら団体だからとて、多少の構成員がいた所で簡単に落ちる場所ではないのはバカでもわかる。

……そんな街に堂々と真正面から戦火を放ったと言うのだから、英騎と言う奴は本当に頭がイカれているようだ。

 

「なんとか撃退には成功したものの、死傷者多数。街は半壊。おまけに六門剣を奪われると言う帝国史に残る大失態さ」


「奪われたって事は……かなり中枢まで攻め込まれてたんだ」


「かなりな。後一歩遅かったらマジで危なかった」


「王子になってあれほど後悔した日はない。俺の次期王としての最大の汚点。それはその時”何もできかった”事だ」


「壊れていく帝都を、倒れていく民を。ただただ、見守る事しかできなかった……」


 無論本当に見ているだけだったのではなく、王子は王子なりに必死で抵抗していたようだ。全壊にならずにすんだのも、この王子がいてこそだと思う。

 だが「お前はよくやった」と誰も言ってくれないのが王子の辛い所だ。上の立場に立つ者は下の責任までも全て背負い込まねばならないのは、こちらの世界でも同じ事。

 こいつが貧民区で口走った際の、異様に”民”に拘る姿勢。その経緯が今、わかった気がした。

「王子たる者国を揺るがす脅威に対抗できずして、何が次期王だ」そんな自責の声が、誰でもないこいつ自身の中から発せられているのだろう。


『そん時姐さんは?』


「パムはその頃はもう森に引っ越してた。あいつがいりゃぁもうちょっとマシだったかもな……」


「ま、過ぎた事をとやかく言っても仕方がねえけど、さ」


 そう言えばオーマだけ英騎に会った事がないんだな。確か新聞の一面記事でしか知らないと言っていた。

 冗談交じりに自作自演で褒章金をせしめようとかほざいていたが、そんな事が言えるのも英騎の人となりを知らないから言える事だ。

 知ってればあんな事は言わないだろう。どう見ても”話しの通じる相手じゃない”事は明白。

 聞けば案の定、オーマもこの映像の存在は知らなかった。それも当然、これは政府要職以外は見れない国家機密なのだから。


「ホントに……なんも手がかりないの?」


「……何故そう思う?」


「いや……何かさっきから謎謎謎で。いや確かに謎だらけなんだけど」


「なんかを見落としてるだけな気がするって言うか……ピースが一つ足らないって言うか……」


『はぁ? お前かてわかってないやろが』


「そうだけど……えっと、なんつったらいいかな」


 両名から何を言い出すんだこいつと言う目線がヒシヒシと感じられる。自分で言い出しといてなんだが、僕自身自分が何を言っているのかよくわからない。

 わからないのは頭の整理が追い付かないからだ。絡まった紐を解こうとして余計に絡ませるみたいな感覚。

 言うならこれは、ノー勉で数学の設問を解く時と同じ感じだ。知らなければいくら考えてもわからない。

 しかし知ってさえすれば、全ての計算が一気に解かれていくアレ。……なんて言うんだっけ、アレ。


『”公式”か?』


「あ、そうそうそれそれ!」


「なんでそこで数学なのさ」


「いやだから、パっと問題みただけじゃ何の事かさっぱりわからんけど、公式を当てはめれば芋づる式に融けていくじゃん?」


「英騎もそれと同じ感じがするんだよね。わからないのはこの国が狙われる側だからであって……向こうからしたら、最初からちゃんと筋道立てて行動してるって言うか……」


 勉強とは無縁の僕が何故数学なぞと言うくっそややこい教科が頭に過ったかは、この二人は知る由もないだろう。

 あれはテスト明けの土曜日の話だった。赤点を取って強制補習に出向かされた際の事。芽衣子も補習に参加してたんだ。芽衣子の場合は自主的にだが。

 その時僕らは初めて隣同士の席になった。何せ参加人数が圧倒的に少ないからな。席を詰めると必然としてそうなる。

 英騎と謎。この二つの言葉で連想されて不意に思い出してしまったんだ。その時、芽衣子に教えてもらった事。僕がわからなかった問題の解き方。

 あの優しい声でそっと教えてもらった言葉。「ここに公式を当てはめると簡単に解けるんだよ」って……


『だからその計画がわからんねやろが』


「それだよ。”わからない事がわかるって時点で、すでに半分は理解してる”って事なんだよ」


「ほぉー……おもしれえ。聞かせろよ」


「えと……わかんない時はまず問題文をよく見る事で、自分の聞かれている事。求められている解答を判断する事」


「それがわかれば、そこに至るまでの過程を辿って行く……で、道筋がわからなくなったら」


「一旦”戻ってみる”んだ。今まで歩いた道をさ。するとどっかで何かを落としている……だったかな?」


『誰の受け売りや?』


(芽衣子だよ)


 ちなみにこの後続く言葉は「戻ってみるとほら、あの日授業で習った公式が拾えるでしょ?」となるのだが、そもそもその授業を聞いていないので最初から僕に戻る道なぞなかった……まぁそこは黙って置こう。

 有名塾の講師が唇尖らして言ってそうなセリフをポンと出せる芽衣子は、やはり人を導く才能があるのだろう。

 普段から人に何かを教えたりしている姿をよく見かけていたが、なるほど。あんなわかりやすい教え方をされたら列を成して順番待ちをしたくなると言う物だ。

 授業は全然頭に入ってこないのに、あの優しい声は頭にしっかり残っている。おかげで次のテストでは、同じ問題をしっかり解けた。まぁ、その他が悲惨だったのだが。

 

「だから……なんていうかな。わかんない事がいっぱいあるってわかってるなら、一旦初心に戻るって言うか……」


「戻ったら絶対何か落し物をしているから、それさえ拾えれば、道は一気に照らされる? みたいな?」


 僕は授業なんてロクすっぽ聞いてないのでその例は当てはまらないのだが、帝国は違うだろう。

 帝国はずっと英騎について調査しているはずだ。それもテスト期間所じゃない、最初の事件があってから今の今まで、何度も何度も……

 王子の権限とやらを使えば、その手の記録やらなんやらを全て見れるはずだ。お前は正直好きではないが、国を憂う気持ちが本物なのは伝わった。

 大事な物を守りたいって言う気持ちは、僕にも十分すぎるくらいわかるから……


『誰の言葉や……CMに出てた人やろか?』


「まぁ人の受け売りなんだけどな」


「ふーん……」


 王子は妙に納得した表情だ。さすが芽衣子、僕の考えた言葉ならこんな表情をさせる事は不可能である。

 説得力が皆無だからな。戻るべき道がないと言う事は、歩んできた道がないと言う事だ。

 そんな僕の口から受け売りを発せられ、やや芽衣子に申し訳ない気持ちになった。本来なら本人の口から聞かせてやりたいのだが……それは叶わない。

 なんせ今芽衣子は、帝国に置いてもっとも懸念すべき存在。邪悪テロリストなのだから――――


「……やっぱお前、鋭いわ」


「え、何急に」


「謎を紐解く公式、ね。――――”俺と同じ発想”だ」


「嬉しくないんだけど」


「そう言うなよ。俺らもさ、長年調査を続けて、それでもわからん事だらけなんだけど」


「だがわからん奴はわからんなりに、何がわからんのかに気がついたのさ」


『何か見つけたんでっか?』


「口で言うより見た方が速い。アルエ、もう一回だけコレ、見てくれるか?」


 王子は差し出した。一時停止で止まったままの、”英騎が剣を振りかぶる”場面を。

 口ぶりから何かを掴んだような言い草だが、この映像の続きにそれがあるらしい。

 映像の残り時間はもう後数秒程しかない。この後は英騎が兵にトドメを刺して、それで終わり。

 そのたった数秒間の間に、一体何があると言うのか――――


「いくぞ。残り短いからよーく見ててくれ」


「……?」


 王子の押したボタンは”スロー再生”の方。残り数秒でその手がかりとやらを見つけねばならないのだから、必然と言えば必然か。

 映像内の全てがカクカクとコマ送りのように流れていく。少し動いては一瞬止まり、また動いては一瞬とまり……まるで捲りの下手なパラパラ漫画だ。

 少しずつだが、英騎の振りかぶった剣が下がっていく。最後の兵士へ向けて、その命を亡き者にせんと。

 カク、カク、カクと少しずつだが着実に進み…………そして英騎の六門剣が、兵士に少し食い込んだ。

 まさにその場面――――


「――――ここだ! ここ!」


「ここの”斬り口”なんだ! これがおそらく、英騎の謎に繋がってるはずなんだ!」

 

 王子が指し示したのは英騎が兵士に六門剣を突き刺す場面。

 芽衣子と同じ顔をしているにも関わらず、芽衣子の面影を全く感じさせない殺戮者の顔がハッキリと映っている。

 どうにも顔に目が言ってしまうが、王子が見ろと言っているのは”剣先”の方。肉に食い込み、血の雫が滲む”斬り口”の部分。

 斬り口には、血意外に溢れ出る物があった。血と言う液体と共に溢れるのは、キラキラと輝く白い”気体”。

 気体は、斬り口から飛び出る用に発生している。まるで空に浮かぶ雲のミニチュア版のような白い気体が、亡き者にされた兵士の”魂”のように傷から浮かび上がるのだ。


(……もや?)


「普通六門剣に斬られたらよ……こう、斬られた箇所がしわっしわになるんだよ」


「なんでかはもう、見たな?」


『あのガキンチョかい』


「六門剣は極めて強い”魔力吸収特性”がある。適正がねえと、触れただけであぶねえシロモノだ」


「それをこんな風に串刺しにしてみろ。死体は見る見るうちに干からびていくはずだ」


 六門剣の特性はあの貧民区で見た通り。峰を少し頭に置いただけでみるみる内にハゲ上がっていく、あの強烈な吸引性は実際にこの目で見せて貰った。

 素質がない者が触れるとこうなってしまう。と言う言わばデモンストレーション。

 しかしあのハゲさせられたガキとこの兵士には、同じ状況にも関わらず決定的な”違い”があった。


「この靄は魔力だ。人なら誰でも持ってる、個人個人に内在する魔力……」


「それがこんな風に辺りを霧みたいに漂うって事は……宿主の中にいられなくなって”飛び散ってる”って事なんだ」


(飛び散る……?)


「ありえねえんだよ! 六門剣にぶっ刺されたのに、こんな風に魔力が”拡散”していくなんて!」


 王子は不意に声を荒げた。それもそのはず、慌てふためくに足る理由だ。

 六門剣……ちょっと触れただけでアレなのだから、実際に凶器として体にズップリ突き刺されば、一体どうなってしまうかは自然と想像できる。

 巨大ヒルに血を全部抜かれたように、みるみる内にグロテスクなミイラと化してくだろう。

 しかし、英騎の場合はその”真逆”であった。芽衣子の言葉「一旦戻ってみる」を体現するかのように、六門剣の特性がまさに”逆”を向いたように、白い靄となって”拡散”されている。


「同じ顔してるからか知らんけど……お前のツレはおそらくかなり”近い”所を突いてる」


「”六門剣が真逆の特性を示す”。ここにおそらく”英騎の謎”の正体があると思うんだ」


 英騎の事はわからないが六門剣の事ならわかる。この逆になった六門剣の特性が、きっと英騎の謎に通じている……と言うのが王子の考えだ。

 なんとなく、説得力はあった。王子の言う通り、まさに”同じ顔”だから……。

 だから、この逆を向いた現象が公式への手がかりとなる。それはまさに、芽衣子の言葉通りの意味だった――――


「お前のツレと同じ顔してる。それも一つの謎だろ?」


『どころか声まで同じやったわ』


「目的だけじゃねえ。性質、潜伏、六門剣。果ては生い立ちから武装まで」


「どこからやってきて一体何がしたいのか。何から何まで全部わかんねえ事だらけだ……が、この映像がきっと手がかりになるはずなんだ」


「きっとお前の言うように、何かを見落としている……この不可解な現象が、英騎へと続く唯一の道となる……


「と、思うわけ」


 英騎の謎。その全貌が明かされる時が来るのか。王子ですらわからんのだから僕にはわかるはずもない。

 しかし王子は僕とは違い、こいつもまた僕と逆の性質をしている。人の上に立つ事なぞした事がない僕とは逆の、一国を担う”王子”としての立場が……僕にはない”国を憂う”と言う思考がこいつにはある。

 ここでふと思い立って「この強い思いがあるのなら、きっと謎に辿りつけるさ」とそう言ってやった。別に王子を励まそうとしているわけじゃない。

 芽衣子も王子も、いや、下手したら人間なら全員持っているかもしれない。それは今まで歩んできた道の総距離が、積み重ねてきた年月だけ――――


(なーんも……してねーな……)


 もしかしたら僕そのものが逆なのかもしれない。人生の軌跡に背を向け、まともに歩もうとはしない。僕の生きる姿勢が。

 「きっと~~できる」三文芝居もいい所の臭すぎるセリフを吐いてしまったが、僕に置いてはその限りじゃない。

 前を歩く背中を見渡せる位置にいる僕だからこそ、わかる事だったんだ。

 謎、勉強、スポーツ、その他色々……なんにしても、努力の二文字がつきまとう。努力と言う歩幅が距離を稼ぐ。そしていつかたどり着く。

 そして努力を訴える人間は決まってこう言う。

 一度目指した目標には――――”歩みをしなければ決してたどり着けない”と。




                            つづく


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