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四十八話 音

 

「執行院の捜査記録だ。その中でも持ち出し厳禁、役職以下は視聴も禁止。ついでに複製が発覚すれば裁判なしで即投獄って言う……」


「”忌避性国家機密指定記録”つってな。まぁ、簡単に言うと極秘機密さ」


 そんな極秘機密をなんでこんな所まで持ち運んでいるのか。このベタベタと貼られた封は明らかに持ち出し厳禁の証。封が多すぎてどこぞの呪いのアイテムに見えるくらいだ。

 王子曰くこれは執行院本局の奥深くに眠る口外無用の最重要記録……を、王子の権限で無理矢理借りてきたらしい。

 なんでそんな大事なもんをと尋ねた所、その答えは至極簡単だった。


「お前に見せる為にだよ」


「はぁ……」


 そう答えると王子は封をビリビリと破り出した。駄菓子を食べるように雑に荒々しく破く王子を見て、何か今、とんでもない事に巻き込まれているのではと言う疑念がぬぐえない。

 まさかこいつ、その極秘機密を一緒に見る事で僕も共犯に仕立て上げようとしてるんじゃ……


「ちげーよ。っともう邪魔だな~これ。何重もベタベタ貼りやがって」


「封印の意味わかってる?」


『それほど大事なもんやっちゅう事やろ』


「……うっし取れた。はい、見やすいように適当に開いてくれ」


「あ、これ……」


 封を破かれた記録機器。折りたたまれている機器を開きその全貌を露わにさせる。

 それはこちらの世界でもたまに見かける物であった。内部に記録媒体となる円盤を入れ、それを小さな再生機器にセットする事でどこでも映像作品が楽しめると言う触れ込みで発売された、近頃ではすっかり見かけなくなった家電。

 その名も”ポータブルDVDプレイヤー”である。


「またえらく懐かしいもんを……」


『USBすらついてへんガチの再生用や』


「ここにUSBはねーだろ」


「よくわからんけど、異界にも似たようなもんがあるみてえだな」


「むしろ消えつつあるよ。それ」


『再生機器ごと封印とは仰々しいなぁ』


「だったら話は早い。使い方は言われなくてもわかるみてーだな」


「再生してくれ。中にはすでに記録がセットされてるからよ」


「はいはい……」


 言われるがままに再生ボタンを押す。すると中からガリガリと何かが擦れるような音が鳴り出した。

 このDVDが回る独特の音も、どこかノスタルジーを感じさせてくれるレトロな音に聞こえる。スマホが普及する前は、みんなこれを持って出先で映画とか見てたんだな……

 と思いきや、これを絶滅に追い込んだ張本人スマホから「あんまり普及してなかった」とツッコミが入った。

 曰く普及したのはレコーダーの方であって再生専用なぞ当初からワゴンセール直行のシロモノだとか説明してくれているが、どうでもいいので無視しておいた。

 そんな無意味な知識より今はこの映像の方が大事なんだよ。見ろほら、のどかな街が映り始めたぞ――――



――――



……

 


(――――あっ――――あっあっあっあっ、あ~――――)


(あー、定時報告、定時報告。本日も晴天なり)


(これちゃんと撮れてる? なぁ? 撮れてる?)


(撮れてるからはやくしろ)



「なにこれ」


「地方都市の定時報告さ。今写ってるこいつらはこの街の執行官」


『意外とちゃんと映っとるねんな』



(っつてもなぁ……特に何も……本日も平和なり! 以上!)


(ってオイ! 短すぎるだろ!)


(だって他に言う事なんてねーじゃん……あ、食材店で本日夕刻より特売セールはじまりま~す!)


(お買い得で~す。皆さんこぞって行きましょう~)


(え、マジ? もうすぐじゃん)


(だから、速く切り上げて行こうぜって言う)



『スーパーの特売情報報告してるで』


「何してんだよ……」


「まぁ、それだけ平和な街だって証拠さ」



(っとその前に……ちょっとトイレ)


(あ、俺も)


(いやお前までくんなよ。どっちかが魔光機見張っとかねーとダメだろって)


(いいじゃん別に。執行院の印がついた機材を誰が盗むんだよ。それに俺の膀胱はもう限界だ、そこまで言うならお前が残れ)


(いや俺も結構限界来てるんだけど……しゃあねえ。パっと出してパっと戻るぞ)


(――――急げ!)



『公務の機材ほったらかして連れションいきよったで』


「結構適当だな……」


「まぁ、地域によって方針が違うからなぁ」


 なんだこの大学生の悪ふざけみたいな映像は。こんな物がなんで厳重な封印をされているのか理解に苦しむ。

 これを厳重に封印しているのはアレか、こんなふざけた連中を執行官に採用してしまったと言う本局の恥部だからか。

 いやいや、なんでサボリ二人組の連れションの過程を見せられねばならんのだ。これが王子の権限を使ってまで見せたかった、極秘機密の重要映像なのか?

 グチグチと心の中で文句を言いながら数分が経つ。映像に映るのはのどかな街ののどかな景色。

 時々小鳥やリスなどの小動物がドアップで映り込む。その奥からは小さくて見辛いが、街の住人らしき人影が歩いているのも確認できる。

 改めて見るとまぁ、田舎ながらそこそこ大き目の街のようだ。日差しが温かで癒し映像としても使えなくもない気がする。

 これをテレビ局に持っていったらきっと使ってくれるだろう。放送終了後のフィラーとして。

 


(――――チュン――――チュンチュン――――)



(――――……)



「って、全然帰ってこねえじゃねえか!」


「スーパーの特売に行ったんじゃねえの?」


『若はんこれ……一言言わなアカンで。あんた王子やねんから』


「まぁ……さすがにこりゃちょっとサボりすぎだな」


『早送りしようや……こんなもん、わざわざDVDにする映像やあらへん』


「そうだな……送るか」


 なんの変化もない映像に侘び寂びを感じる程精神年齢は高くない。仕事をほっぽり出してどこかへ行ってしまった執行官が帰ってくるシーンまで飛ばしてしまおうと試みる。

 早送り用のボタンはちゃんとあった。いやなくては困るのだが、この異界にこんなもの……今更ながらなんでこんなプレーヤーがと言う思いがぬぐえない。

 このちょいちょい入るこちらの家電品と同義の物は、一体どうやって作ったのか。デザインから何から何まで、全部がパクリとしか思えんのだが。


「でもよ、もう注意する必要はないんだよ。お叱り飛ばす事も、そこに行く事も……」


(……?)


 早送りボタンに手を掛ける時、王子はボソりと呟いた。何を言っているのかはよくわからなかったが、とりあえず部下に甘い体質なのはわかった。

 それはこいつだけがそうなのか、帝国全体がそうなのかは知らないが……



(――――ザッ――――ザザ……――――)



『なんかノイズが……』


「もしかして壊れた?」


「いや、再生機の方は壊れてねえ。ノイズは映像の一部さ」


「じゃあカメラの故障か……」


『ほったらかしにしてるからや』


 早送りの最中、何やら映像にポツポツとノイズが入るのが確認できた。ノイズは次第に大きくなって行き、直に画面全体を覆う砂嵐と化した。

 プレーヤーの方が壊れていないと言う事は、やはりこれはカメラ側の不備だろう。魔光機とか言ったか? さっきのサボリ執行官しかり、あの賢者共と会った時もそうだったが、ここの連中はどうもメンテナンスを疎かにする癖がある。

 なんでもかんでも魔法に頼ればイイってもんじゃないぞ。機械と言うのは生き物と同じ。定期的にメンテをしてあげないとすぐに寿命が縮まるんだ。

 折角作った飛空艇もメンテ不備で墜落してしまわぬよう、ちゃんと定期検診を掛けろ。この映像を見終わった時、そう言ってやるつもりだった。



――――そしてその考えは、すぐさま記憶の片隅から消えることになる。



(ザ――――――――……)



『見えへんくなってもうた』


「なんでこんなボロ映像を見せたがるんだよ」


「……よく見とけ。映像はまだ終わってない」


「ここからが……”本番”だ」



(ザ――――……ァァァ――――ボォ……ァァァ――――)



「ん、何か聞こえる……」


『聞き取りにくいわ。何? 何て言うてるん?』


 ノイズから何か”音”が聞こえ始めた。ザーッと言う砂嵐特有の長い濁音の中から、明らかに別種の音が隙間を縫うように耳に届く。

 それは何か金属音の用にも聞こえるし、建物を工事する音。しまいには何か”人の声”のようにも聞こえる。少しホラーだ。

 次第に、ノイズがゆっくりと消え始めた。砂嵐に覆われた映像が徐々に視界を取り戻していく。

 それに比例してまたゆっくりと、合間合間に入った”雑音”が、鮮明に聞こえ始めた。



(……ァァァ――――ボッ――――ゴォウ……――――)



(ァァァァァァ――――……ヒィィィァァァ…………)



「なんだぁ……?」



( ウ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ! )



「ッ!?」


 晴れていくノイズが鮮明さを取り戻したその時、ゴォウ! と吹き出す炎が画面一杯を覆った。

 炎は重い排煙を帯び、暗い灰色の灰をまき散らしながら画面から再び鮮明さを奪う。

 そして灰色に染まった画面がまた晴れていく。と同時にまたゴォウ! と炎と共に灰が覆う。この現象が何周にも繰り返し行われ、先ほどとの余りの光景の違いから何が起こっているのかが全くつかめない。

 画面は、先ほどの静寂がウソのようにゴウゴウとけたたましい音が騒ぎ散らす。炎と灰の粉じんの合間に聞こえる音。それはメキメキと崩れ落ちる建物の音。

 そして、助けを求める人間の声――――


『なんやこれ!? 何が起こった!?』


「なんだ……これ……」



(ウァァァァァァ! ギャァ! ひぎぃッ!)



 炎の吹き出す音と、それに巻き込まれ崩れる建物の音。さらには悲鳴を上げる人々の声。

 再生が包むにつれ音の比重に変化が生じる。音は、段々と”悲鳴に偏り”始めた。

 悲鳴は一定の法則により、再生と停止を繰り返す。それは助け求める声の後に必ず入る、ズドン! と響く重い炸裂音。

 その直後、スイッチのオンオフを切り替えるように、悲鳴がピタリと絶えるのだ。



(――――ドン! ドン!――――パラララララ――――)



「銃……声……?」


 音は明らかに銃撃の音だ。この重く鈍い音、銃特有の火薬を破裂させた音なのは、普段FPSをやってる僕には容易に理解できた。

 ときたま入るパパパと続く連続音。これはおそらく機関銃タイプの音だろう。そしてこの銃の主は余り狙いを付けていないようだ。何故なら外した弾丸が堅い壁に当たる音が、四方から聞こえてくるからだ。

 画面を覆っていた灰がやっとの事で収まり出した。灰の晴れる方向から風の向きが変わったようだ。

 ゆっくりと晴れていく灰に対し、けたたましく響き続ける音。音。そして音。

 炎と銃声、そして人々の悲鳴。これらが意味する事は、間違いない。

 この街は今、なんらかの”襲撃”を受けている――――



(おい! 大丈夫か!? しっかりしろ! オイ!?)


(ウァァァァァーーーーッ! 助けてェーーーー!)


(痛い……痛いよォ……)



「もうわかるだろう。この光景の意味が」


「これ……じゃあ!」


『あ、ちょ、おい!』


 爆発に巻き込まれたのか、明らかに手負いの人々がカメラの視界内に映り込んでいる。

 まだ動ける余裕のある者は死にもの狂いで逃げ纏い、なんらかの負傷を追った者は映像の中をズルズルと這いつくばっている。

 中にはそのまま動かなくなった人物もいた。地に伏せ微動だにしない、さっきまで人”だった”物が。

 死体の中を必死に這いずり回る無数のケガ人達。しかし無常にも、彼らの背後からも”無数”の発射音が鳴り響いた。



(――――パラララララ!)


(がはぁッ!――――ギィッ!――――う…………あ…………!)



「また……!」


『ほなこれ! この映像って!』


「そうだ。これは過去に存在した”地方都市ゴト”の消滅の過程を記録した映像……」


「定時報告の魔光機が偶然生きてたんだ。あのサボリの二人組がたまたまつけっぱなしにしてたおかげでな」


「消滅の原因は……ただ一つ」


『おい! これ見ろ!』


「……!」


 爆音と銃声が悲鳴との比重を上回り始めた。増え続ける銃声に対して悲鳴が段々と収まっていく。

 これは一つ、また一つと消えて行った人々の命を意味している。

 ゴオウ! ズドン! パララララ…… これらの重低音が場を支配する中、さらに一つ付け加えて、新たな音が現れた。

 


(――――キン――――キン――――)



 新たに発生した音は堅い物同士がぶつかる金属音であった。音の質から金属と金属を相当強い力でぶつけさせているのがわかる。

 キンキンと耳に響く甲高い音が、近づくにつれ段々とガキガキ濁った音に変貌していく。

 刀を打ちつける鍛冶職人のような音が最大限に大きくなった頃、突如画面の前に一本の剣が突き刺さった。



(う……がはぁ……!)


(た、隊長……! しっかりして下さい隊長!)



 突き刺さった剣の持ち主は隊長と呼ばれる一人の兵士。鎧に刻まれた紋章から、さっきの二人組の上司に当たる人物だろうと言う事がわかる。

 その隊長は体中至る所に切り傷をつけ、鮮血を垂れ流しながらすでに息絶えていた。

 部下らしき兵士の一人が、事切れた隊長に向かって叫び続けている。そしてもう一人の兵士は、上司を今し方殺傷した張本人に向けて、ガタガタと体を震わせながら構えていた。



(おおお、己賊め! これ以上この街での蛮行、許さんぞ!)



 兵士の見つめる先からガチャリ、ガチャリ……と鎧の擦れる音がする。生き残った兵士が苦し紛れの威嚇をするも、その者はまるで意に介さず着実に歩を進めている。

 その人物も兵士同様鎧を身に纏っているようだ。しかしその音の鳴る間隔から、この慌てふためく兵士達とは違い実に余裕を持って歩を進めているのがわかる。

 

――――辺りに燃え盛る劫火が、その者を案内するかのように道を示し始めた。

 指し示すようにキレイに割れる炎。

 その中から、此度の襲撃事件の首謀者となる”女騎士”が一人現れた。



(…………)



 女騎士は右手に剣を、空いた左手は自由に空けており、その代わり左の腰に銃をぶら下げている。

 剣は女の身の丈程はあろうかと言う長剣。銃は形状からサブマシンガンタイプの物だとわかる。

 重々しい鎧には帝国の紋章は刻まれておらず、それが帝国に属する物ではないと証明している。その代わり下半身から踝まで届くロングスカートが垂れていた。

 その仰々しいまさに”騎士”と言うべき胴のシルエットが、それが故に逆に首から上を目立させている。

 女騎士のシルエットの頂点には、爆風で激しいなびきを見せる”大きく膨らんだポニーテール”があったのだ。

 灰が女騎士にもかかったのか、顔はすすで所々汚れている。にも拘らず女騎士の顔立ちは”ハッキリと”わかる。

 当然だ。おそらくはこれからの人生、一生忘れる事のないであろう”初恋の相手の顔”が、炎と粉じんを背景に、画面にしっかりと映っていたから――――

 

(芽……衣子……!)


「動いている所を見るのは初めてだろう。これが”英騎”だ」


「こいつ……が!?」



(”英騎”覚悟ォ――――ッ!)



 その時、兵士の一人が”英騎”に向かって斬りかかった。

 上司の仇討か、極度の緊張と恐怖で錯乱したか。今となってはもう知る術はない。

 意を決した彼の行動。その結果がもたらす未来は、すでに決まっていた事だったから――――



(――――!)



 英騎は、兵士の斬撃を避けるでもなく”その手で掴んだ”。手に装着された小手が刃を体へ通す事を拒む。

 鷲掴みにされた剣先に兵士は動けない。なんとか振り切ろうと必死にもがく兵士。その努力もむなしく、いくら足掻いても剣は手元を離れてくれない。

 足掻く兵士を尻目に英騎はゆっくりと剣先を横へとずらし、ガラ空きになった兵の顔面へ向けて……



(…………アァァァァァァ――――ッ!)



 英騎は剣から手を離し、直後兵士の顔面へ向けて――――一撃。

 強く握られた拳から発せられる一撃は、ゴッ! と鈍い音を響かせ、兵士の体を大きくよろめかせた。

 さらに追撃を加えんと追い打ちを掛ける英騎。今度は手で頭を掴み、強く壁へと打ち付けた。

 ガン! という堅い物同士がぶつかる音が強く鳴る。その行為は抵抗を試みる兵士を徐々に弱らせるように、何度も、何度も、執拗に、繰り返し打ち付け続けた。

 ガン ガン ガン……同じ音が何回も耳を通る。その回数に伴い兵の動きが徐々に小さくなっていく。

 兵士はついに抵抗の手を止め、全身の力を抜くようにダラリと両の手を垂らした。

 所持していた剣は地に落ち、膝はくの字に折れ曲がっている。兵士は心身共に、戦闘不能状態なのは明白であった。

 力尽きた兵士を察知した英騎はようやっとその手を止める。そして顔を耳元へ近づけ、ブツブツと何かを囁き始めた。



(蛮行……だと……?)


(貴様、今私を”野蛮”と称したか……?)



『おい……この”声”……』


「……」


 確かに、動いている所を見るのは初めてだった。英騎と呼ばれる存在の姿は静止画でしか見たことがなかった。

 その動く英騎が自身で痛めつけた兵士に何やら言っている。ブツブツと聞き取りにくいが視覚の変化はハッキリと見える。

 次第にその眼は血走り始め、掴んだ頭にまた力を込め始めた。英騎の表情がみるみる内に険しくなっていく。兵士を掴み上げたその手がフルフルと痙攣している。

 そして血走った眼を異様に大きく見開き、辺りでうねる炎と同調するかのように――――激しく吠えた。



(――――ふざけるなァ! この世界にいつまでも未練がましく蠢いている貴様らが! 蛮行等とよく言えた物だな!?)


(蛮行! 非道! 悪鬼! それは誰の事だ!? 世界を我が物顔で踏み歩き、各地に仮初を根付かせているのはどこのどいつだ!)


(世の理を無下にしたあげく、己が身の浄罪を放棄しているのは、一体どこの誰だ!? ええ!?)


(答えは”全員”だ! この世界に巣食う魑魅魍魎……貴様らの事だ!)


(街!? 故郷!? 帝国!? なんだそれは!? 笑わせるなよ貴様!?)


(貴様らにそんな物があるものか! 世界はいつまでも貴様ら魍魎を待つ余裕なぞない……だから!)


(貴様らに変わって”私が”浄罪を施してやると言うのだ!) 



 激しい咆哮がハッキリ聞こえるにも関わらず、何を言っているのかがまるで理解が出来ない。

 支離滅裂で一切繋がらない言葉をただひたすら、意識を失った兵士に向かって叫んでいる。

 ただ一つだけわかるのは、そんな怒り狂う野獣のような咆哮。その声色までもが”芽衣子と同じ”声であったと言う事……


(痛みを持ってその身を清めろ! 犯した罪の数をその身に刻んでやる!)


(一つか!? 二つか!? 三つ! 四つ! いいや、まだだ! まだこの程度ではないはずだ!)


(この場で全て吐き出すがイイ! 貴様の脳裏に植え付けられた”帝国”と言う幻想を打ち砕け!)


 英騎の攻撃はまだまだ止まらない。完全にタガの外れた獣と化した英騎は、すでに意識の無い兵士の頭を執拗に打ち付け続けている。

 またあの不愉快な音が繰り返される。ガン! ガン! と頭蓋が壁に打ち付けられる音は至極不快で気分が悪くなる。

 一体いつまでそうしているつもりなのか。一体何がしたいのか。

 何から何まで全てが理解できないこの女騎士を一言で表すとすれば、それは”狂気”と呼ぶしかなかった。



(ハァァァァ…………)



 とおの昔に事切れた兵士に気づいた英騎は、遺体と化した兵を力任せに放り投げた。今度はまるで、ゴミをゴミ箱に捨てるかのように。

 今し方遺体となった仲間を見て、もうひとりの兵士が「ひぃ!」と恐怖に塗れた声を上げる。その叫び声は次は自分がこうなるとわかってしまったが故に出た物だろう。

 残りの兵士は、尻を擦りながら後ずさりしている。それは逃げようにも”恐怖”で腰が抜けてしまい立つ事ができないと言う事が、十分すぎるくらいに伝わった。

 おぞましい狂気に塗れた女騎士、英騎は血走った眼を”最後の一匹”に向けた。

 今度は無言で、何もしゃべらず、ただ”剣を構えながら”一歩一歩と終わりへ向けて進み出す。


(なななななんなんだよアンタぁ……! なんでこんな事するんだよぉ!)


(…………)


(お、俺達はこの街で平和に暮らしてただけだぁ! お前らには何もしてねえじゃねえか!)


(お前らのせいで……! みんな燃えちまった……みんな死んじまった……! これから俺ぁどこに行きゃいいんだ……!)


(…………)


(なんとか……何とか言えよバッキャロー!)


(……なんで。どうして。何故? 許して)


(飽きる程言われたその言葉。ならば逆に問おう。理由を言えば納得するのか? 答えれは貴様らはその身に自ら剣を突き立てるのか?)


(お前らは皆が皆まるで同じ事を、止まった苗木の用に繰り返す。ただ同じ事を、ひたすらに何度も)


(それに対する返答もまた同じだと言うのに……だが、今際の際になってまで、それでも知りたいのなら教えてやろう)


(浴びる程聞かせたこの言葉を、最後に残った貴様にも聞かせてやる)



 英騎は剣を振りかぶった。



(六門に混ざれ……そして理解しろ!)




(――――”この世界にお前らの居場所はない”)




「ッ!?」



 最後の瞬間は、見る事が出来なかった――――



――――



……




「……以上がこの記録の全てだ」


『ガチでヤヴァイな……想像以上にクレイジーやわ』 


「……この後、数分遅れで軍が駆けつけた時には、すでに街は”無くなっていた”」


「ものの見事に全滅だったよ。あのスリガキみたいに、運よく免れた生き残りの報告もねえ」


「後の調査で、遺体の数と住民登録数が全て一致したんだ。あの街はもう……誰の中にも存在しない」


 そして到着した帝国軍によりこの記録が発見、回収される。この映像にやっと、長年追い続けてきた英騎の手がかりが手に入ったと思ったらしい。

 だが手がかりらしい手がかりは何もなく、その内容の余りの凄惨さから、公開すれば無用の混乱を招くと判断した帝国議会は、これを”忌避”と判断し視聴の規制を決定した。

 ただ狂った女が一人、意味不明な言葉を叫びながら執拗に住人を”消して”いく。

 ただのそれだけの、ただただ凄惨で狂気に満ちているだけの……”見るべき物ではない”記録なのだ――――


「英騎の目的は今もって不明。一つわかるのは、この惨劇が至る所で繰り返されているって事だけだ」


「……」


 ”繰り返す”その言葉は辛うじて聞き取れた。前後の脈絡などまるで意味不明だったが、確かに英騎は言っていた。「お前らはいつも同じ事を繰り返し訪ねてくる」と。

 つまりその質問は何度も聞かれたんだ。滅ぼした街の、手に掛けた人の最後の言葉を。


「手がかり……帝国が喉から手が出る程欲しがっている英騎の手がかり。こんなおおっぴらに動いているにもかかわらず、未だに動きが捕捉できない」


「もちろん帝国も国家の威信をかけて捜索しているのだが……結果はいつも、ゼロの繰り返し」


『別に帝国が悪いなんて思うてまへんで』


「そう言ってもらえると助かるよ。助かるついでの言い訳なんだが……英騎は存在そのものが異様なんだ」


「この記録といい神出鬼没っぷりといい、英騎には”謎”が多すぎる」


(謎……)


「普通に考えて有り得ないんだよ。うまく隠れてるとかじゃなくて、こんな、突然湧いたように現れるなんて」


 国が総出を挙げて捜索しているにも関わらず、毎回突如降って沸いたように現れる英騎の動きは帝国の捜査網など易々と抜けてしまう。そんなこんなでいつも言いように翻弄されているのが現状だ。

 誰も帝国を咎めようとは思わないだろう。映像を見て十分理解できた。帝国がマヌケなのではなく、あの女騎士の何から何まで全てが”異常”なのだ。


「アルエ……すまねえが、まだいけるか?」


「……なんとか」


「ちょっと巻き戻すぞ……っと……ここだ」


「この場面だ。ここをよーく見てくれ」


 王子が巻き戻した場面。それはまさに、英騎が最後の一人に手を掛けんと剣を大きく振りかぶる場面であった。

 この場面を一時停止し、再び僕に見せつけた。「よーく見ろ」そう言われるがまま画面をまじまじと注視する。

 再びあの血走った眼と皺の浮き出た眉間が映し出される。映っているのは芽衣子と同じ顔をした奴の、怒りと狂気に塗れた獣の表情。


「何か一つ……おかしな所があるのに気付かねえか?」


 おかしな所。全てがおかしすぎて言われてもわからない。それはこの映像の全てが間違っているからだ。

 悩む僕に王子はヒントを出してくれた。見るべきなのは顔ではなく手の方であると。

 そう言われ顔から手に目線を移す。手には先ほど剣先を掴み上げた、重厚そうな金属の小手。そこから伸びるは血の滴った英騎の長剣。


……よく見ると英騎の持つ剣には、一つ見やすい特徴があるのがわかった。

 それは刀身に空いた”四角い穴が六つ”――――この独特のデザインは、僕も見覚えがあった。


「こ、これッ!」


『なんでこいつが!?』


「そうだアルエ。こいつの持っている剣は――――」




(六門剣――――!?)




                            つづく

 

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