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四十五話 家

 

「お、おおッ……!」


「ナッハッハ! これを見ずしてどうして帝都に来たと証明できようか!」


 こいつがここまで引っ張った理由が今わかった。帝都へ到着して数時間、初めて見る物。初めて見る景色。初めて見る文化。

 異文化のようで僕の世界とどこか似通った空気を出すこの帝都を、今日一日で隅々まで堪能したと思いきや、帝都はまだ見ぬ顔を持っていたと言う訳だ。

 ほんと、トコトン驚かさせてくれる街だ。最後の最後に、こんなサプライズまで用意されていたとはな……


「飛空艇……マジであったのか……」


「ふふん。どうだ、すげーだろ!」


「国を挙げて作ったとか言ってたけど……」


「その通り! アレを作るのにどれほどの時間と労力を費やしてきたか……」


「それが完成した今! まさに新しい時代の新たな船出だ!」


 さっきまでしんみりしていた男とは思えないこのテンションの上がりっぷり。飛空艇とは別にこちらの方もやや驚きを隠せない。

 ちょっとの間大人しくなっていたのは別れを惜しんでいたわけじゃなく、コレを見せる為のチャージタイムだったのか。

 あの飛空艇、国家の威信をかけて製作された、新しい時代の新しい乗り物だとか言っているが……たかが船一隻にえらい囃し立てようだな。


「今出てきたあのでけえドームは”ドッグ”なんだ。あっちは【工業区】っつってな」


「まんまだな……」


「へへ、本当は工業区に直接見に行きたかったんだけどよ……残念ながらそれはできないんだな」


「なんで?」


「今工業区は、超が付くほどの”厳重警戒令”が発令されてんだ」


「戦争勃発レベルの警戒度だぜ。今の工業区は、俺ですらまともに入れねえ」


「あんたでもか……」


「入るには”許可証”がいるんだよ。忘れたらどんなに顔見知りでも絶対に入れてくれねえ」


「見せたら見せたで、今度は立ち入る動機をもう書類何枚分も書かないといけねえんだ」


「うへぇ、そこまでするか」


 そして残念ながらその許可証とやらは僕の分まではない。さっきまではとっとと帰りたい気持ちでいっぱいだったのに、あんなものを見せられては是が非でも見学したくなるじゃないか。

 せめて日の高い内に言っとけってんだ……帝都工業区の飛空艇ドッグ見学ツアー。行きたい。すごく行きたい。


「異界の首都の産業地帯……か」


 そう言えばスマホにここの地図を見せてもらった時、ご丁寧に各区画が色分けで表示されていたな。

 工業区――――そこは空を飛び交う魔導車や若様ご自慢のマドーワの生産が行われていると言う、いかにも工業に特化した区域だ。

 用は工場地帯なんだ。毎日毎日作業員がトンカントンカンやってる、デカい煙突やうねりうねったパイプが幾重に張り巡らされた、まさに文明の証。

 発達の証明とも呼ぶべき地域――――


「えと、あっちの方角だから……おーいスマホ、地図出して」


『――――ぶはっ! おどれボケゴラァ! まぁた勝手にサイレントにしよったな!?』


「サイレントじゃない。マナーモードだよ」


『どっちゃでもええわそんなもん! 今度と言う今度は――――』


「あ、アルエ見ろ! 船がこっちくんぞ!」


「おおっ! オーイオーイ! やっほー!」


『……何してんねん?』


「ごめんごめん、マナーモードにしたのはちゃんと理由があってな」


「お前も見てみろよ。ほら」



――――ゴゴゴゴゴゴゴゴ……



『――――なんじゃアレ!?』


 スマホもやはり同じリアクションを取るか。関西弁だけあって、マナーを解除した途端絶句寸前の表情でナイスな反応をしてくれる。

 つい数秒前まで僕も同じ感想だったよ。さすが主人と所有物。二人揃って「なんじゃこりゃあ!」と言ってしまうのは至極当然の事だな。


『誰かてそない言わざるをえんやろ……』


「所でなんでアレ、こっちに近づいて来てんの?」


「この時間はテストを兼ねた定時飛行の時間でな。こっちに来るって事は、今日はどうやら商業区を回るルートみたいだな」


「おおっ、ラッキー!」


 夕日が遮られ、観覧車が影に塗れていく。あの飛空艇がこちらに向けて直進している為だ。

 耳を澄ませばゴゴゴゴと鈍い重低音の他に、キュラキュラと甲高い音も聞こえ始めた。この音は飛空艇船尾に備わっているスクリューローターの音らしい。

 この飛空艇のテスト飛行とやらは毎日朝、昼、夕の三回に渡り行われている。

 当初こそ人々は今の僕らの様に物珍しそうに手を振っていたが、いつしか人々の間にすっかり定着し今では時報代わりとなるまでに浸透しているそうだ。

 まさかここの工業レベルがここまで高水準に達しているとはな……ほんと、観覧車に乗って大正解だった。

 あのRPGに置いて中盤に手に入る、世界を駆け巡る疾走感が病み付きになるあの飛空艇を、まさかこんな間近で見られる日がこようとは……まさに感無量の一言である。

 友人を作らず一人ゲームに没頭してて、これほどよかったと思った事はない。この感動はきっとクラスの連中がどこに遊びに行こうが、どんな青春の一ページを綴ろうが到底たどり着けないだろう。

 今この瞬間のこの感動。これは誰にも共有される事のない”僕だけの”一ページだ。



――――ゴゴゴゴゴゴ……



「オーイオーイ!」


「す、すげぇ~」


『こんなもんまで作っとったんか……』



――――ゴゴゴゴゴ……



――――ゴゴ……



……


 


 そして飛空艇は僕らを横切り、はるか遠くへと消えて行った。



「っと、行っちまった」


「でけー船だったな……」


『ほんまよくあんなもん作れましたな』


「いやはやホント、一時は完成しないんじゃないかってちぃと不安になったもんだが」


「完成できて……ほんとによかった……」


 若様は目を細め、去っていく飛空艇をどこか物寂しげに見送っていた。完成に漕ぎつけるまでどうやらいくつもの難関があったようだ。

 それ故に若様もあの飛空艇の完成は思う所があるのだろう。若様だけじゃない。あの船を作った作業員。工業区の住人。強いてはこの帝都の民全員があの船の完成を心待ちにしていた事だろう。

 帝都の人間にとって待ちに待った船の完成。ここは空気を読みそっと余韻に浸らせるのが一番いいだろう。

――――と言うのをわかった上で、そんな個人的感傷気分なぞ知った事じゃないので湧き出る興味を若様に向けて、本能のままに口から出した。


「で、結局なんであんなもんを?」


『国家事業や言うてたな』


「フフフ、あれこそ帝国が長年の試行錯誤の上に作り出した新技術さ」


「空を飛べるって点では魔導車と同じなんだ。でも魔導車では駄目なんだ」


「なんでだよ」


「魔導車は帝都”限定”でしか動かないんだ」


 車の限定。そう言うとオートマ免許を思い浮かべるが、それとこれとは無関係だ。

 若様曰くあの魔導車は、帝都に張り巡らされた魔力に作用し動く仕組み。つまりこの帝都から一歩でも外に出ると、途端に動かぬ鉄塊と化すのだそうな。

 魔導車だけではない。あの魔導レールだって、デパートにあったエスカレーターも、ついでに今僕らがいるこの観覧車も、全ては”帝都の魔力”で作用しており、帝都の存在無くしてはこの都の産業は成り立たないのだ。


「【幻想召喚】って言ってな。ここの魔力は通常のそれとはちと違う」


「と、言いますと」


「こう、普通魔法って個人の魔力に依存する物なんだが……」


「帝都の場合は民から魔力を”徴収”してるんだ。一人一人から少しばかり……けどそれが全員分ともなれば、それはそれは大規模な魔力が溜まる」


「そうして民から取った魔力を、こうして産業や娯楽。その他もろもろの生活基盤に転用してよ。民に還元してるってわけさ」


「で、俺らはその魔力を還元する仕事をしてるってわけ」


「あーそれって……」


『”税金”やな』


 でた。また”魔”だ。確かに、これだけ立派な都だと維持そのものが大変だろうとずっと思っていた。そこに見えるビル一棟建てるのだってこっちでは軽くウン億円はかかるのだが、この異界の場合その辺の経済流通はどうなっているのかと。

 帝都は、いやこの異界は文字通り金より大事な物があるようだ。心とか思いやりとかそういう方向の話じゃない。

 文字通り金より上の存在。それが、ここへ着いた時から飽きる程聞かされた二文字。”魔力”――――


「元気を集めてぶつけるみたいな感じかな」


『ぶつけたらアカンやろ』


「ナハハ、でもそうやって民は今日も元気に過ごしてるぜ」


「てかさぁ……じゃあ、魔力ってみんな持ってるの?」


「そうだよ。大なり小なりみんなある」


 経済が魔力にそのまま置き換わるこの世界で、差はあれど一人一人に魔力と言う物はあるらしい。あのスリガキももしかして魔法を使って財布をスッたのだろうか。

 魔法が植物の光合成レベルで出てくるここの事だから、きっとまだ見たことのない魔法がわんさか存在するんだろうなとは思っていたが……まさか、”国民皆魔法使い”だったとはな。

 やはりここは僕の世界と似ている。知力、体力、経済力、権力。これらのいずれかを持つ者がこれらのいずれかの分類で成功するのだ。

 なんてことはない。この富の四大要素に、もう一つだけ力が加わっただけなのだ。問題は、それが僕の場合少ないを通り越して、全くのゼロであると言う事だが。


「じゃあみんな何かしらの魔法は使えるんだ……」


「言ったろ。魔法の基礎はイメージ」


「強く願えば願うほど、魔力はその者に答えてくれる。そう言う意味で、魔力の源は”願い”の力とも言えるな」


「じゃあ僕の願いも叶えてくれよ……」


「そ、それは無理……」


 魔力が願いの力と言うのならば、僕の願いはただ一つ――――芽衣子に会いたい。芽衣子を見つけ出し、必ず元の世界に帰る。芽衣子のいない世界など世界じゃない。

 色の無いクレヨンのような、無機質で鮮やかさを失ったその世界は、僕にとってそれこそ異界と呼ぶべき異なる世界となるのだから。


『今は”英騎”やもんなぁ』


「そうだ。世界を無機質で不毛の景色に変えようとしている、未曽有の大災害……」


「……」


 やはり英騎が芽衣子だとは到底思えない。仮に両名をイコールで結ぶならば、あの人々の願いを込めた飛空艇を突如奪い王宮に向けて突っ込ませ神の名を叫びながら自爆する。そんな狂人としか思えない存在になってしまう。

 しかし事実、現時点で芽衣子の手がかりを持っているのはその英騎しかいないだろう。あれほどの瓜二つっぷりは別人であれど姉妹か親戚か、とりあえず芽衣子となんかしらの血縁関係はありそうだ。

 英騎……帝国を絶望に突き落とすテロリスト。そんな奴とは絶対に会いたくない。けどなんとしても会わねばならない。そんな矛盾する願いを持った僕の心は、思考を放棄するように奈落へと落ちていく。


「……」


「……っと、いつの間にか一周しちまったようだ」


「――――はいっお疲れ様でしたー。降りる時は足元、お気を付け下さいね」


『何ボケっとしとんねん。終点やで』


「降りるぞアルエ。そろそろ帰ろうぜ」


「……」


 観覧車が一周して地上へと戻ってきた。楽しい空の旅はこれで終わりだ。これにて終点、先の無い終着駅だ。

 しかし終わりは同時に始まりでもある。それは観覧車が円を描き回る為だ。観覧車に取って、終わりとはじまりは同異議なのだ。

 観覧車が真の意味で終わる時は遊園地の閉園時間。この時観覧車に送られる魔力の供給が止まり、すぐに動かなくなる。

 そんな終わりへ向けてただひたすらに繰り返す観覧車を見て、ふと思った。

 僕のこの放浪は、いつか終わる時が来るのだろうか――――と。



――――ゴゴゴゴゴゴ……



「お? 速いな。もう回って来たのか」


「……」


 夕日の光が再び黒く染め上げられていく。先ほど観覧車を通り過ぎた飛空艇も、一周して戻ってきたからだ。

 飛空艇の通り際に吹いた強めの風が髪を伝う。観覧車の中から見た時は気づかなかったが、こうして下から見ると飛空艇のスピードは結構速い。

 一瞬ふっと暗くなったと思えばもう観覧車を通りすぎ、そしてドッグへと戻って行った。あいつも帰るのだろう……自分の家に。


「あの飛空艇も……帰る場所があるんだなぁ」


「何急にしおらしくなっちゃって」


「いや、なんか……僕も帰れるのかなって」


「帰る場所……ねえ」


 ”帰る”はもちろん王宮にと言う意味じゃない。僕にとって真の意味での帰る。それはあの退屈に満ちた日常とテロとは無縁の平和ボケした世界の事だ。

 あの飛空艇に乗って地平線の彼方まで行けば、元の世界へ帰れる”扉”は見つかるのだろうか。

 遠くなる飛空艇をただボーっと見つめている。いつの間にかまた、いつものけだるい虚無感が襲ってきたからだ。


『まぁ、明日王様に言うたら乗せてくれるかもしれんな』


「……」


「なぁアルエ、さっきの話の続きなんだがよ」


「……何?」


「結局帝国が何のためにアレを作ったのか、さ」


『まさか兵器やおまへんやろな』


「ハハ、違う違う。まぁ量産体制が整ったらそんな装備も増えるだろうけどな」


 まだ量産はされておらず、現存はあの一機だけらしい。所謂プロトタイプと言う訳か。

 アレが量産化された暁にはきっと色んなタイプの飛空艇ができるのだろうな。スピード型に重武装タイプ。旅客機、輸送用、等々……

 そして最終的に合体して人型になればおもしろい。そうなればきっとより帝国の繁栄は約束されるだろう。

 というより個人的に見てみたい。よし、王宮に帰ったら王様にそう進言してみよう。


「アレが増えれば……じゃあ、帝都の外も行き放題だ」


「ナハハ、そうだな……そう、帝国は広い。この帝都の外にはまだ見ぬ世界がたくさんある」


「帝国だって領土全域を把握しきれてるわけじゃねえ。国境の内側にある辺境の地、未開の地には何があるのか。まだまだ知らない事がたくさんある」


「自国の領土ですらそれなんだぜ? だったら帝国の外側には何が広がってるのか……」


「すっげえ、気にならねえか!?」


 何と言う冒険野郎な発想だ。要は帝国も知らない事がいっぱいあるからあの飛空艇を使って世界を隅々まで旅しようと、そういう発想から来た物らしい。

 その訴えはちょっとわからんでもない。話を聞くだけで湧いて出る好奇心を抑えられないのは、これぞ男の性と言った所か。

 でもまぁ、僕に取っちゃあ帝国内の時点で十分わからない事だらけなんだがな。お前にはわからんだろうが今の僕はアマゾネスの村に迷い込んだ都会派シャイボーイと同じ存在だ。


「そらなるけどよ……」


『そう言えばわいら、帝国の外って知らんな』


 世界を旅したい冒険家の、その願望を叶える為に生み出された飛空艇。見た目的な意味で思い切り約一名のみの願望を反映させてる気がするのだが、それがこいつのみならず帝都民”全員の意思”だと言うのだから恐ろしい。

 一人くらい反対した奴もいただろう。さっきも言ったが、こっちには政治は全てケチを付けろと言った感じでなんでもかんでも”反対”の声を上げる組織がいる。

 それが公共事業の場合、大抵が「税金の無駄遣い」と言う建前で行われる。「税を無駄遣いするな」「国民の血を何だと思っている」とそれはそれは激しいバッシングがガンガン飛んでくるのがこっちの日常なのに。

 それを「わくわくするから」の一言で着手し始めれば、こっちではきっと昼下がりのお茶の間を連日独占し続ける事だろう。


「実はよ……その辺は”ある意味で”英騎のおかげなんだよ」


「英騎のおかげ……?」


「反対意見も無きにしも非ずだったんだがな。英騎の存在が支持の基盤を作ってくれてな」


「あ……そうか」


 確かに”ある意味で”英騎のおかげだな。国民総出で冒険野郎ならもはや何も言うまいと思ったが、帝都市民がこぞって支持するのは、この世界が直面する悲しい天災があったからだ。


「――――英騎が領土を襲うから……」


「そうなんだよ。帝国領土を次から次へと襲い、この帝都もいつどうなるかわかったもんじゃねえ」


「だから民が願ったのは、襲撃を受ける事のない安全な場所」


『あ、そうか。それが”空”ってわけか』


「せーかい。英騎も、さすがに空までは追ってこれないからな」


 民が望んだのは、冒険ではなく”安住”。恐怖に襲われる事無くただ静かに暮らせる場所を探している。ただのそれだけなのだ。

 じゃあゆくゆくアレは、人々が空に滞在する為の浮遊都市となるのか? どこの天空の城だと突っ込みたかったが、この発展具合を見るに空想ではなく現実的な構想のようだ。

――――英騎。魔力の次に耳に入るこの二文字がどれほどこの世界に影響を及ぼしているのかは想像に難しくない。しかしこれほど発展した国が、たかが数名のテロリストも捕まえられないとはおかしな話だな。

 魔法を使い、空を飛ぶ事すらできる帝国が、捕える事すら出来ない”英騎の軍勢”とは一体なんなんだろう。

 少し、興味が沸いてきた。僕もそいつには用事がある。ゆくゆくはそいつの元を訪ね、芽衣子の手がかりを得ないといけない。そんな課題が控えていたからだ。


「浮遊都市計画ね……」


『なんとか都市構想みたいやな』


「まぁ、それができるのはまだだいぶ先になりそうだが」


「あの魔力に依存しない浮上機関ができたのは、夢の実現の第一歩さ」


 正確に言うとまだまだ試作段階なので、補助として多少の魔力は使われているそうだ。

 浮上機関と仰々しい名前を付けているが、現時点ではレトロもいい所の”プロペラ式”。それがあの巨体を悠々自適に浮かすのは、やはり微弱ながら魔力が内在しているからだろう。

 しかし技術は少しずつ積み重なっていく物。今はまだその程度でも、近い将来完全に魔力から脱却し、どころかプロペラ等使わず、いつしか本当の意味で”浮く”事のできる船になる事だろう。

 それはガラケーがスマホになったように、パソコンが一家に一台の時代になったように……積み重なる技術の躍進は、僕も知っているから。

 

「ふーん……あの飛空艇がね……」


『十分凄すぎるけどなぁ……』


「あーもし、黄昏てる所わりぃが、あれは”飛空艇”って呼び名じゃねえ」


「なんで? 空飛ぶ船なんだから飛空艇でしょ?」


「違うんだなこれが……お前さ、【太陽の川】って知ってる?」


「ああ……いつぞやの」


 【太陽の川】それはここへ来る途中登ったあの超巨大山脈で見た物だ。アレも今となっては随分懐かしく感じる。オーマがわざわざ行進を中断してまで立ち寄った、高度万mまで行かねば見えぬ昼の天の川だ。

 確かなんか伝承があるとか言ってたな。オーマは意外と結構メルヘン好きな所があるので、川に纏わる話を聞かせてくれたのを覚えている。まぁ、内容はすっかり忘れてしまったのだが。


「なんだっけ……」


『覚えとけよ』


「空を自在に駆ける事ができれば、山なんて登る事もなく、常に【太陽の川】が見られる」


「太陽の川に見守られながら安住の地を探す民。それらを乗せた船」


「みんなで決めたんだ。あの船の名前を、わざわざ選挙までやってな」


「……で、何に決まったのさ」


「理想の居場所へと渡る船だから――――【渡し船】って事で決定した」


「お、おう」


「俺はジャスティス・ビーバー号とかそんなネーミングにしたかったんだがよ……」


 若様は飛空艇ならぬ【渡し船】に唯一の不満を見せた。個人的につけたい名前があったようだ。

 選挙形式にしたのは幸いだったな。そのダサすぎるネーミングにならずに帝都市民は皆ほっとしたことだろう。


「結構初期から噛んでたのに……」


『大変でんなぁ』


 船の名前なぞどうでもいいんだよ。渡し船だろうがフェリーだろうがジャスチン・ビートルだろうが、僕にとってはあれはあくまで”飛空艇”であり、個人の呼び方まで強制する権利は帝国にはない。

 ていうか、それ以前に僕は帝国国民じゃない。頼まれたから来てやった。せがまれたから教えてやった。ただのそれだけの事で、原則として僕がいつどこで何をしようとも、何人たりとも規制できるはずはないのだ。

 故に僕のこれから取る行動も、このジャパネットビスタさんも止められないのだ。


「ねーよ。つかもう速く帰ろうぜ」


「お前のせいでどんだけ酷使されたと思ってんだよ。いい加減もう寝たいんだよ!」


「わ、わかったよ……」


 そして若様はまたマドーワをピポパと押すと、上空よりまた魔導車が現れた。さっきのは荷物運送用。今度は人の運送。つまりこっちで言う”タクシー”だ。


「もちろんお代はお前が出せよ。僕今文無しなんだからな」


「わかってるけど……アルエなんか急に冷たくなった……」


「だーから疲れたんだっつってんだろ! 着くまで寝るから、話かけんなよ!」


『クソや、こいつ』


 そして魔導タクシーは僕らを乗せ、王宮へと出発して行った――――



――――



……



「ありがとうございました。またのご利用を」


「おう、またよろしくな!」


「ふわぁ……」


 辺りはすっかり暗くなり、夕日ももう地平線に消える寸前だ。きっと貧民区では今頃カレーの匂いでもしている事だろう。

 薄暗い景色に照らされ王宮の雄大さが実に映える。そして映える正門前に着いた事でふと思った。オーマからの連絡がなかったと言う事は、あのアマはまだこってり絞られているのだろう。

 まぁ寝て起きればアイツも復活している事だろう。次会う時はきっとヘアスタイルが変わっているかもしれないな。今度は全体が巻き髪になった、夜の職業風螺旋式カールヘアーに。


「んじゃま、お疲れ! 今日はいろいろありがとな!」


「ああ、こちらこそありがとう。今日は楽しかったよ」


『いやいや』


「……って待てぃ! なんでお前まで降りてるんだよ!」


「え?」


「えじゃねーよ!」


 何を爽やかに別れの挨拶を出しているんだ。僕の今日の宿はこの王宮であり、王宮に寝泊まりすると言う事は一般市民は入ってはいけないのをわかっているのか。

 金持ち役人の息子だからって調子に乗りすぎだ。ここは貴族ですら恐れ敬う帝国のシンボル、王宮だと言う事はお前が一番知っているだろうが。


「なんでって言われてもな……」


「お前はとっとと自分の家に帰れ。そこで今日買った品でも片付けてろ」


 僕の助言にまるで耳を貸さない若様が、なんだか病人のように思えてきた。そう言えばこいつ、ちょっと躁鬱の激しい所があった。もしかしてなんとか性精神病って奴か?

 空想に憑りつかれ現実と妄想の区別がつかなくなっているのかもしれない。しかしそれはそれ。これはこれ。こいつはこの場にいる事を許可する理由にはならない。

 わかったら帰れ。何度でも言う。”帰れ”


「いやいや……」



――――ゴソッ



「ん?」



 その時正門の隅からこそこそと動く人影が見えた――――



「進路クリアー……よし……今なら!」


『おい、アレ……』


 あのウゾウゾコソコソと動く人影は、よく見ると見慣れた人影であった。

 金色の髪が肩に付くかつかないかぐらいのボブヘアー。その上には赤いシンプルなカチューシャ。肌は透き通るように白く、眼は真っ新な淡い青色。召し物は修道院のよ――――とまぁ、数時間ぶりの大魔女様の姿その物である。


『何しとんねんあの姐さん』


(脱走、だな……)


 あいつの事だ。王をお叱りを真面目に受ける奴じゃない。確実に今アイツは、この王宮から逃げ出そうとしている……しかしあいつに逃げられては今後はどうすればいいのかがわからなくなってしまう。

 とにもかくにもまずは呼びとめないと。


――――「オーマ!」

 と声を掛けそうになったその時。コンマ一秒だけ早く、先手を取られてしまった。



「あ、パム」


「――――え!?」


「ん……誰……」



「――――ゲ ッ ! 」



「いよぉパム! やっぱり帰って来てたんか!」


『知り合いでっか!?』


「ななな、なんでアンタがここに!……てかなんで一緒に!?」


「いや、まぁ、なんか成り行きで……」



――――バァン!



「うおっ」


(今度はなんだ!?)


 久々の再会に心温まる間もなく、今度は正門のど真ん中からゾロゾロと兵士の一個小隊が押し寄せてきた。もう夕暮れだと言うのに、なんと騒がしい王宮だ。夜遅くまでドタドタバタバタ、王宮なら近所の迷惑を考えろと言うのだ。

 兵は正門から次々と現れ、静かな夕暮れの風景はあっという間に野戦基地になってしまった。甲冑にガチャガチャ擦れる音が実にやかましい。


「ハッ! 若様、おかえりなさいませ!」


「よぉ、どったの?」


(おかえりなさいませ?)


「今し方大魔女様がこの王宮から脱走した次第でありまして、至急全軍かけて捜索を――――」


『やっぱり脱走か……』


 そしてこちらも案の定、今まさにプリズンブレイクの真っ最中であった。たかが一人にこれほどの兵数を招集すると言う事は、こちらもまたオーマをよく知る者の指示と言う訳か。

 で、その肝心の大魔女様は物陰からこちらを注視しつつ「しー! しー!」とジェスチャーを送ってくれている。

 彼女の運命は今、僕らに委ねられている。僕としてはまぁ別に黙ってやっててもよいのだが、もう一人の”知り合い”の方は、今までの行動パターンからすると……


「ああ、パムを探してるのね」


「ハッ! 若様も発見致しましたら至急連絡を!」


「……」



(ドキドキ)



――――スッ



「パムならそこにいるけど?」


「速攻ゲロってんじゃねぇぞこのクソバカ”王子”ィーーーーッ!!」


(やっぱり……)



 案の定。な結末であった。




――――いたぞー! 大魔女様だー!



――――キャァァァァ! は、離せぇ~~~……



――――ァァァァァ………………



『あーあ……』


「もしかして、言ったらダメな感じだった?」


「ダメな感じだったていうかもうあの人の存在事態がダメ」


「ナハハ、なんかわりぃ事したなぁ」


「っと、そんな事より腹減っちまったよ。アルエ、宮廷調理師んとこ行ってなんかつまみ食いしようぜ」


 自分の返事に他人の運命がかかっているとも知らず、”そんな事より”と食欲を優先する若様は、やはりどこかが抜けている人だと思った。

 しかし二人がまさか知り合いだったとはな……今思えばどことなく似ている所あったかもしれない。二人をしてこの世界の上級魔導士は、膨大な魔力を持つ代償としてどこかが欠けてしまうのだろうか。そんな気がしてならない。

 そして当たり前のように王宮に立ち入ろうとする若様に、もう一度だけ同じ事を言った。「お前は自分の家に帰れ」と。

 その返答を僕に伝えるべく、振り返った若様は門を背にこう発言した――――


「だからさ」


「……うん」



「――――ここ、俺んち」



「 ウ ソ ォ ッ ! ? 」



                            つづく


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