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四十四話 完成

 

「お客様申し訳ありません! この度はお客様に多大なご迷惑を――――」


「いや、イイってイイって」


 ここのスタッフらしき奴が、僕らに向けて執拗な謝罪をしている。その謝罪っぷりは相当な物で、さっき呼び声を掛けてきた係員はもちろんの事。風体から明らかに責任者クラスの中年まで出てきた挙句、両名揃って深々と頭を下げている。

 何故彼らがこんな事をしているのかと言うと、先ほどの”水玉事故”、これをデパート側の重大な不備と捉えている為だ。


『ほんま……死ぬか思ったわ!』


「……」


「申し訳ありません! 本当に申し訳ありませ――――」


「ナハハ、ほんとイイって。こうしてみんな無事だったんだからよ」


 目を覚ました若様及びスマホに尋ねると、案の定さっきのは”僕自身”が起こした事だったようだ。

 僕が目を瞑り強く回転をイメージしている頃、コーヒーカップは瞬く間に回り出し。三周。四周とゆうに超え、本来のコーヒーカップよろしくはしゃいだカップルの用に高速で回り出したらしい。

 この時点で試験は合格。スマホは驚き若様は自身の仮説が証明できたと大喜びだった……が、それも束の間。何回呼んでも僕が一向に目を覚まさず、それに反比例して回転がグングンと早まっていく。

 いつしか遊具の範疇をゆうに超え、拷問に等しき超回転に達した頃。いつの間にか二人は、意識を失っていた――――


「こちらお詫びと言ってはなんですが――――この度は本当に申し訳ありませんでした!」


「なーんか……わりぃな、ここまでしてもらっちゃって」


『あれをよぅ見てみぃ。社会人になったら、例え自分に非が無くてもああしてお客様に深々と頭を下げなアカンねんど』


「まじか……」


「本当に……申し訳ありませんでしたァ!」


 余談だがどうやって無事降りれたかと言うと、すざましい回転を見せる水玉がその身に起こる”渦”を自身でも止める事が出来ずに、また渦を起こした張本人である僕も水玉の暴走を止められずにいた。

 そこで勇気ある屋上遊園地スタッフ一同達が、お客様の”大”ピンチと言う事でスタッフ総出で僕らの救出作戦に乗り出したのだ。

 まずロープのような物を地上から投げカップの取っ手部分にひっかけた後、僕らを地上へ降ろすべく「オーエス、オーエス」とスタッフ一丸となり綱引きよろしく僕らのカップを力いっぱい引っ張った。

 引っ張られるロープに連動して次第にカップがずり落ちていく。このまま落ちれば衝撃で僕らも危ないので、彼らはカップの落下を見越してちゃんと”クッション”を敷いてくれていた。

 そうして無事なんとか地上への帰還を達成し、全てが終わった後。ようやっとあの若様の目が覚めたと言う訳だ。


「やりぃ~、何かもらっちった」


「なんでお前が謝罪受けてんだよ」


「え? いや、さぁ……常連だから?」


「つかとっとと目覚ませよ……」


「ナハハ、わりぃわりぃ。まさかあそこまでやるとは思わなかったからよォ」



――――ゴボボボ……



『あっ』


 そうこうしているうちにもう一人、今回の事故の被害者兼加害者様が優雅にご帰還なさった。僕らを上空へと底上げした張本人、水玉である。

 水玉よ、誰がここまでやれと言った。回すのはカップだけでイイと言っただろう……と、帰還早々お説教をかましてやりたがったのだが、帰ってきた水玉を見て怒りは瞬時に収まった。

 何故なら帰ってきた水玉は、それはそれはもうなんとも言えない感じで、フラフラと痛々しいくらいに弱っていたから――――


「ゴボボボボボ……」


『今まで以上に泡立ってるな……』


「水玉くん御苦労さん、大変だったろ」


「ゴボボボ……」


「もう呼ばねーから、メイスの中でゆっくり……ん?」


「……ありゃ、マジか」


「まだ……”回って”ら」


 水玉の様子は明らかに変調を来たしている。僕らが地上へと戻ってきた事で回転の発生源である僕が失われ、その後は徐々に元の球体へ戻って行った……はずなのだが、いつもの丸っこい球体から未だ残る微弱な回転のせいで、形が崩れ変な凸凹が出来ている。

 不規則な丸の中にさらに小さな丸。これではまるでカマキリの卵のようだ。


『おーい、大丈夫かぁ~』


「ゴボ……」


「水玉くんごめんなぁ。変な実験に付き合わさせちゃって」


「……ゴボッ!」


「お前、もしかして酔った?」


「――――ゴボボボボボ!」


「うわっ!」


 水玉はその身に宿す水を、突然ゴボっと盛大に吐き出した。水玉の体に未だ残る遠心力のせいで、その身に纏う水が漏れ出たのだろうか。

 漏れ出た水が夕日に照らされ薄い黄金色に見える。その黄金色がシュワシュワと浮かび上がる気泡と混じり、パっと見でビールの用に見えなくもない。

 吐き出した黄金色の泡立つ液体。そしてこのフラつきっぷり。間違いない。やはりこいつは酔っている。


『酔いの種類が違うけどな……』


「水玉くんお家に戻ってじっとしてなって。ほら、アルエ」


「はいよ……」


 ガチャコンとスヴァルナ・メイスをスライドさせ、水玉ハウスの入口を開く。そして入口へ向けてフラフラしながら戻ってくる水玉の姿は完全に飲みすぎたサラリーマンだ。

 千鳥足ならぬ千鳥玉。背中でも擦ってやろうと思ったが、背中がどこかわからないのでやっぱりやめておいた。

――――とまぁこんな感じで、回転の力を用い無事パワーアップを果たした水玉ではあったものの、三歩進んで二歩下がるとはまさにこの事。

 一時のパワーと引き換えに、もしかしたらむしろ弱体化させてしまった……のかもしれない。


「ちゃんと元に戻るんだろーな……」


「俺は知らねーよ。水玉くんの飼い主はお前だろ」


『ベロッベロやったからな……あれは確実に二日酔いコースや』


「なんかあったらどーすんだよ……」


 水玉が一時的に行動不能になってしまった今、小さな不安がこみ上げる。僕がまたスリにでもあったらどうやって追いかければいいんだ、と。

 自慢じゃないがシラフの僕はかなり遅いぞ? スピードだけではない。俊敏性とは無縁のどんな縛りプレイヤーでもサジを投げたくなる。それほどの超低スペックなのだが、その辺ちゃんとわかっているのか?


「んな事よりよ」


(んな事って)


「さっき責任者っぽい奴に、これ貰ったの。折角だから乗ってこうぜ」


『なんこれ』


「観覧車のチケット」


 観覧車……遊園地における定番中の定番。どこの遊園地でも必ずある遊具の長的なアレポジションのアレだ。

 確かに、さっきからデーンと佇んでいるなと思っていた。この屋上遊園地に置いてもやはりそれはあり、長だけあって他の遊具とは違う、特別な扱いを受けている。

 メリーゴーランドやさっきのカップはワンコイン制。小銭を一枚入れれば小さな番号札が発券され、後は順番がくるまで並べばいいだけ。

 他の遊具も大体そんな感じなのだが、観覧車のみしっかりした”受付”が備え付けられ、そこで窓口から直々にチケットを買わないと乗る権利が与えられないと言う、明らかに一つだけ別格の扱いなのだ。


「なんで野郎二人で観覧車なんぞに……」


「いーじゃん折角貰ったんだしさぁ~! 乗ろうぜアルエ!」


「……」


『ええやんけ。タダより安いもんはないで。どうせ観光するつもりやってんから乗っとけ』


「はやく行くぞ! 順番取られちまう」


 そうして若様はこちらの同意を得る事もなく、観覧車へ向けて駆け出して行った。我先に乗らんとする若様の顔はまさに遊園地を満喫する子供そのものだ。

 こいつの事が段々とわかってきた。所持限界を考えない無差別ショッピングを堪能し、思い付きの理論でそして思い切り事故る。かと思えばそんな事はもう忘れ今は観覧車で頭がいっぱいのご様子だ。

 簡単に言うとこいつは”後先考えない”性格なのだ。全ての行動は思い付きと気まぐれに由来する。

 この幼児性はやはり甘やかされて育ったからなのか。ボンボンめ……なんでもかんでも自分の思い通りになると思うなよ?

――――とか言いつつ、奴の思い通りに観覧車へ向かう僕であった。



――――



……



――――ゴウン――――ゴウン――――



「もうすっかり夕方だなー」


「ああ。お前が無駄足踏ませまくってくれたおかげでな」


「いいじゃんかよ~楽しかったろ?」


「おかげ様でハラハラドキドキだったよ」


 そう、本当にこいつと過ごした数時間はハラハラドキドキの連続だった。アトラクションとしては良質だったと言えなくもない。おかげでどんな絶叫マシンよりも密度の濃い”スリル”を味わう事ができたからな。

 だが悪いが僕はスリルが快楽になるタイプの人間ではない。お前の存在は本当に”恐怖”でしかなかったよ。このバカボンが。

 

「アルエってさ、何か……うがった見方をする奴だよな」


「ナチュラルにその名を呼ぶのをやめろ」


「それだよそれ。その……なんつーか……今まで会った事無い人種って言うかさ」


「それは褒めてるのかけなしているのか……」


『両方の意味とも取れるな』


 観覧車に乗って気持ちが落ち着いたのか、若様は何やらしんみりムードだ。きっとこれがカップルならここからいいムードになるタイミングなのだろうが、本当に残念な事にここにいるのは野郎二人。

 ついでに電子機器が一つとグロッキー状態の液体が一匹。ムードに酔いしれる事などできるはずもなく、こちとらさっさと帰りたいと言う気持ちでいっぱいだ。


「何を言い出すんだお前は……」


『ただ卑屈なだけやのに』


「でもそれって大事な事だと思うぜぇ。見えない物が見える奴ってーの?」


「そういう他人とは違うオーラがあるって言うか……だから、水玉くんも気に入ったんじゃねーのかなぁ」


「はぁ……」


 まぁ、この一連の発言を吟味した結果、ギリギリ褒めていると取ってやってもイイ。自分でも、自覚はしているのだ。

 基本的に僕は周りの空気と言う物自体が嫌いだ。流行っていると言われただけでそれが嫌いになり、みんながやってる事は絶対にやりたくなくなる。学校行事で「クラスのみんなで協力し合って~」なんて事を言われた日には発狂して窓をぶち破りたくなるくらいだ。

 こんな僕を僕の世界では”自己中心的”と呼ばれる。言葉の意味は完全に”悪”のそれであり、大人からすれば矯正すべき性質。クラスの連中にしたら排除すべき異端児。

 そんな僕のこの性格を若様は”大事な事”と言ってくれた。ムカつく事だらけの若様ではあるが、その言葉は今までの不祥事をチャラにしてやってもイイ。そう思えるくらい、少しだけ……嬉しかった。


「……実はよ、この観覧車のチケットは俺が買ったんだ」


「……はぁ?」


「ここの店員にお詫びでもろたんちゃうますのん」


「ナハハ、それは違うんだ。貰ったのは……こっち」


「ナニコレ……」


 何を言い出すのかと思えば、実は観覧車のチケットは自腹で買った物で、貰った物は別にあると言うのだ。

 じゃあそれは一体なんなのか。若様が差しのべた屋上遊園地スタッフの誠心誠意込めたお詫びの品。その正体は……なんだこれ?


「バネ……?」


「なんかのゲームの景品なんだって」


「景品? このバネか? 工業用のコイルかなんかだろこれ」


「そんなもん景品にするわけねーじゃん……これ知らね? 階段とかそんな段差に置いて遊ぶおもちゃなんだけどさ」


『あ……それって、もしかして”スリンキー”?』


「せーかい! さすが、スマホ君は博識だな!」


 これはどうやらスリンキーと呼ばれるおもちゃらしい。何重もの螺旋になった金属線がバネのような伸縮性を見せ、ニョインニョインと気持ちの悪い動きをしている。

 よくわかっていない僕の為に若様が実践してくれた。本来は階段に置く物らしいが、代わりに両の手を使い、掌の上にスリンキーを置きそして代わる代わる交互に上下させる。

 するとスリンキーはバネの作用でなんとも言えない独特の動きをし始めた。ウネウネと芋虫のような動きを見せるこのバネは、なんとも趣味の悪いシロモノだ。

 こんな物をおもちゃとして売り出せば、子供の教育によくなさそうな感じがするのだが。


「よっほっはっ」


「なんだよこれ……」


『お前はゲームばっかしてるからわからんやろけどな。昔の子供はこういうので遊んどってんぞ』


「だからなんでお前がそれを知ってるんだよ」


「ままま、そう言うなって。これはこれで結構おもしろいぞ」


 そう言って若様はスリンキーを僕に渡してきた。実際に手に取るとニョインニョインと動くバネに感触が加わり、やはり気持ちが悪い。

 昔の子供が遊んだおもちゃ……だそうだが、これは一体何をどうするおもちゃなのだろう。この伸縮性はヨーヨーの用に使えなくもないが、まぁ、だからなんだと言う話だ。


「何? これもプレゼント?」


「いや、単にいらねえだけ」


「んなもん寄こすな!」


『まぁええやんけ。もろとけや』


「タダより安いもんはないから?」


『せーかい!』


 スマホにいつの間にか若様の口癖が移っていた。そんな「せーかい!」と言いきられても、これを貰って僕は一体どうすればいいのか。

 ポケットに入れるには少々デカいし、スマホのストラップにするには長すぎる。腕に付けてブレスレットのようにできなくもないが、この独特の感触が肌に不快感を与えるのでやはりいらん。

 これは本当におもちゃ以外の用途はなさそうだ……観覧車の窓から投げ捨ててやろうとも思ったが、くれた本人の目の前でそれをやるのはさすがに忍びないのでそこはやめておく。こいつと別れてから、どこか人目の付かない所に捨てておくかな。


「……あっ」


「どうした?」


「このスリンキーとか言うバネさ……メイスの直径とピッタリだ」


「ほら見て。すっぽり入った」


「お、おう……」


『だからなんやねん』


「いやだから、こうすれば飾りっけのないメイスがちょっとおしゃれになるかなーって」


『車のサスみたいになっとるやんけ』


 スリンキーとメイスの直径が一致する事を発見した僕は即座に装着を試みた。そして見事ジャストサイズで収まったスリンキーは、螺旋を描く形状と相まってメイスを渦状のオシャレなデザインにしてくれる。

 うむ、これで大分レアアイテムっぽくなった。こういう奇抜なデザインは大体が良質な物と相場が決まっているのだ。


『それバネやで? ウネウネなって邪魔やろ』


「スライドしにくくならね?」


「確かに……ちょっと揺すっただけでバインバイン擦れるわ」


『中におる水玉からクレームくるで。ワサワサとうるさいって』


「せめて固定できればな…………ハッ!」


「良い事思いついた――――!」


「よく閃く奴だな……」


 閃き。まさに脳裏に走った一瞬の雷光であった。この僕と若様双方に「いらん」と言わしめるこのスリンキーとか言うバネのおもちゃ。

 メイスをデコるのに使えなくもないが、それをすると折角の変形機構が阻害されてしまう――――

 これは、僕でなければきっと持て余していた事だろう。無意味な閃きを無意味な場所で発言できる僕だからこそできる。これまた無意味な解決策……


「おー、似合う似合う」


『何しとんねんボケゴラッ! 降ろせ! 降ろさんかい!』


「なんでよ。良いじゃん別にさぁ」


『アホかぁ! ここは水玉の家や! わいのじゃない!』


『わいの家はズボンのポッケと決まっとるんや~!』


「じゃあ引っ越しと言う形で」


「メイスにスマホくんを……”括りつけた”のね」


「せーかい!」


 僕がやったのはこうだ。まずこのスリンキーというおもちゃをメイスと同サイズにグニーっと伸ばし、棒の部分に通す。直径がほぼ同じなのでちょうど良いサイズで収まり、これはこれで中々悪くない見た目になる。

 が、同時にバネの伸縮性が邪魔をしてスライド機構がやや鈍くなると言う欠点も生む。

 そこで僕は、このバネの先端部分。螺旋の一番”先頭”に当たる部分を、スマホのストラップ用の”穴”に、お裁縫の要領で通したのだ。

 こうする事でバネとバネの間ににスマホがひっかかり、あの煩わしいニョインニョインとした感覚が晴れて消滅するとなるわけだ。

 

『うう……十字架の刑に課せられてもうたぁ』


「お前手足ねーだろ」


 バネの全長は下から計って大体リングのちょい上。二股の分かれ目付近まで伸びている。このままだとバネがグイングイン動いて煩わしいので、そこでスマホを”重し”代わりとして使ったのだ。

 これにより伸縮性はピタっと固定され、伸びきったバネの隙間がスライドを邪魔する事もなくなった。

 後は適当にスマホがプラプラとしないよう、どこかで適当に補強としてセロテープでも張って置けば……はいできあがり。

 オリジナルカスタムメイス。スヴァルナ・メイス(改)の完成である。


『こんなむき出しにさせやがって……画面割れても知らんからな』


「そん時は買い換えるし」


『おのれ! わいとの思い出の日々を忘れたか!?』


「喧嘩すんなって……ところでよアルエ。それでいくなら――――」


「ほうほうなるほど――――じゃあもうちょい……上かな……?」


『もういっそ殺せ……』


 ここでアドバイザーも加わりさらにカスタムは進んで行く。完成したばかりでもうアップデートの準備が始まるのだから幸先がいい。

 若様の助言はスマホの位置についてだ。重し代わりになるならどこでもよかったのだが、若様曰くスマホの背面は魔法陣が描かれているので、水玉と同じくなるべく”精霊石に接触”させた方がよいとの事だ。

 当のスマホ本人は「張り付けみたいでいやだ」と喚いているのだが、スマホの権利は全て契約人名義にある。

 故に貴様に訴える権利はない。持ち主がこうと言ったらこう。お前には選ぶ権利など、ありはしないのだ。


「えと……この辺かな?」


「オーケーオーケー。これでスライドさせたら、精霊石が魔法陣にうまく触れるはずさ」


「ふむふむ……」


「スマホくん、なんか黙っちまったな」


「”黙らせた”の。マナーモードにしてな」


「そんな事もできるのかぁ」


「こっちではスマホは基本バイブにしとくのがマナーなの。むやみやたらと着信音出したら怒られるんだぜ」


「へぇー」


 スマホが何やら画面をチカチカさせて何かを訴えているが、そこは見えないフリでスルーしておいた。マナーモードを解けばまたボケカスアホンダラと文句を言われるのだろうが、今度は言い訳もバッチリ。

 「すまん、工作の時間だったんだ」これできっと、スマホも納得してくれるだろう。

 スマホはマナーモード中。水玉はおうちでスリープ中。何はともあれ静かな観覧車の中で静かに完成した。スヴァルナ・メイス(ver.2)である


「こんな変身グッズがあった気がする」


「変身? 何に?」


「このちょうどスマホがぶら下がってる部分にカードを通して……って、んな事はどうでもいいんだよ!」


「なんだよ急に……」


「なんの為に観覧車に乗せたんだよ。わざわざ自腹切ってまでよ」


「ああ、それね」


 そう言うと若様は一息ついた後、遠い目をしながら景色を眺め始めた。何をごゆるりとしてるんだよ。質問に答えろよ。

――――ハッ! まさかこいつ、実は”そっちの気”のある奴でここへ呼んだのも二人っきりで邪魔が入らない密室に誘い込みたかったとか、もしかしてもしかするとそう言う感じの――――


「別に、高い所ならどこでもよかったんだけどな」


(どこでも……イイ……?)


「まぁちょうどいい具合に観覧車があったからな」


「最後に……どうしても見せたいもんがあってよぉ」


「……」


 気づけば、メイスを手に取りカチンコチンに身構えていた。いつ襲ってきてもいいように、その”見せたい物”とやらを見せようとしている隙をついて、フルスイングのカウンターを決めてやろうと。

 若様はそんな僕の緊張感を丸で意に介さず、人差し指を一本軽く立てた。そしてその指を、僕の方へと向ける。


(や、やっぱりくるか――――!?)


「……後ろ。お前の後ろの窓見てみ」


「へ?」


「でけえ山みてえな宮殿があるだろ? あれが王宮。周りの建物もやたら高いから、中枢区はすぐわかるわな」


「あ、ああ……」


「で、今度は俺の後ろの窓。中枢区のちょうど反対方向」


「あっちはさっき行った開発区。ここからじゃよく見えねえけど、そのさらに向こうが貧民区だ」


「はぁ……」


 なんだいきなり説明し始めやがって。今更になってガイドの使命を思い出したか。だったら雰囲気が出る用「右手をごらんください~」とかそんな感じの口調で言えよ。

 まぁなんで今更帝都の解説を始めているのか謎だが、とりあえずホの字が付く人種じゃなかったのを確認したのでとりあえずは一安心だ。

 僕側の窓は中央方面。対して若様側は表層方面。若様は指を、今度は僕から見て右手の方向へと指した。

 見ろと言う事だろう……指に釣られて視線を右に向ける。あっちは……そう言えば、あの方角はまだ行ってない区だっけ。


「っと……そろそろだな」


「なにが」


「へへ、その方角、よーく見ときな」


「すんげーもんが見えるからよぉ」


「はぁ……?」


 よくわからんがこの帝都観光のラストを飾るにふさわしいグランドフィナーレイベントがこれから起こるらしい。

 よく見とけと言われたので言われるがままにその方角を注視する。

 あそこは……何区だろう。まだ行ってないのでわからないが、とりあえず目を引くのは、この高所からでもハッキリわかる、大穴が空いたようなだだっ広い”ドーム”だ。


「ドーム……」


「お! きたきた! アルエ見ろ! 始まるぞ!」


「……お?」


 そのやたらと広く場所を取るドームの、どでかく目立つ天井に何やら黒い線が走った。夕日の逆光が黒を映えさせるのだ。

 黒い線は徐々にハッキリ太くなって行き、その幅は時間を追う毎にドンドン”開いて”いく。

 開閉式のドーム……野球でもやっているのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 やがてドームの天井が黒で染まり上がった頃。その内部から、野球場の代わりに僕に見せたかった”それ”が姿を現した。



――――ゴゴ



「……ん?」



――――ゴゴゴ



「……んん!?」



――――ゴゴゴゴゴゴ



「んんんんんっ!?」


 

――――観覧車の周りが、急激に黒くなっていく。それはドームから出てきた”巨大物質”が日光を遮る為である。夕日と重なった巨大物質は小さな日食のように、丸い太陽にハッキリとシルエットを浮かべる。

 形は横に伸びた半円。下部は丸く歪曲し、丈夫はスパっと切ったような直線に、生えるような縦に伸びる棒が幾重にも刺さっている。

 この形はまるで、海賊物の映画で出てきたような――――大海原を駆け巡る、水面の住処――――



――――ゴウン……ゴウン……



――――キュラキュラキュラ……



「ふ、船……!」


「どーだ見たかアルエ! アレだよアレ! アレはな、帝国が国総出で作り上げた今までにない最新鋭の先端技術!」


「完成したのはつい最近なんだ! 船をベースに様々な浮遊装置を取り付けたんだ。画期的かつまったく新しい形の工業製品!」


「心躍るだろ!? わくわくすんだろ!? アレだけは絶対に、見て欲しかったんだ!」


「……」


 それは、僕もよく知っていた。若様が横で興奮気味に話しているが、残念ながらその声は僕の耳に届かない。

 こいつの興奮に同調して、不覚にも完全に心奪われてしまったんだ。あんなもの、絶対に実物は拝めないと思っていた。

 所詮創作物。フィクションの中の乗り物。それが今、何の因果か……

 僕の目の前を優雅に”飛んで”いるのだから――――



「その名もォ――――……!」




(――――飛空艇!)




                            つづく



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