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四十三話 豆

 

「おそらく俺の説が正しければ……いや、絶対合ってる!」


『……何ですのん』


「ちょっと水玉くん、来てくれ!」


「コポ?」


 そう言って若様は意気揚々に水玉を呼び出す。水玉の使い方がわかったと豪語していたが、一体何がわかったのだろう。

 洗濯、飲料水、その他もろもろ生活必需品として以外の使い道……とくれば、体を清潔にできる風呂的な役割か? 

夏ならそれもいいだろう。しかし冬が来れば、水風呂なんて冷たくてまともに入れたもんじゃないのだが。

 

「ほぼ間違いねえ……このやり方なら、俺も水玉くんを触れる!」


「ああ、触りたかったの」


『で、どうやりますのん』


「へへ、よーく見てろよてめえら……水玉くん、俺の手のひらにゆっくり降りて来てくれ!」


「コポォ……?」


 出された指示の通り、水玉は若様の掌にゆっくりと近づいていく。僕もスマホも水玉も「なんのこっちゃ」な疑問がぬぐえない。

 しかし解説するより論より証拠。一人で盛り上がり出した若様が「たらららららー」口ずさみながら自信満々に水玉を手元に寄せ始める。


「そう……ゆっくり……ゆっくりでいいからな……」


「コポ……」


「……」


 フヨフヨと漂い少しずつ降りていく水玉を、黙って見守る事数十秒。水玉が若様の手に触れるか触れないかの所まで降りてきた。

 通常なら後コンマ数ミリでも”触れ”れば、たちまちパァーンと水飛沫をまき散らす事になるのだが、はてさて、どうなる事やら――――


「もうちょい……もうちょい……もうちょっと……」


「コポ……」


「――――ここだ!」


「ゴポッ!?」


 そして若様は急激に掌を閉じた。急な事でびっくりしたのだろう、水玉がゴポゴポと気泡をあげて驚いている。

 若様の手はしっかりと力強く握られている。ギュっと閉じられた手。その中に確かに――――水玉はいた。


「ゴボボボボボボ――――!」


「おっしゃあ! やっぱりな……思った通りだ!」


「え、なんで!?」


『こいつ以外触られんはずやのに!』


「こういう事だよ――――見て見な!」


 若様は水玉を握った手とは別の、もう片方の手を円盤の上に置いた。見ろと言われたその手は、何の変哲もないただの掌だ。

 その何の変哲もない掌が種明かしの正体だと言うのだから、否が応にも気になると言う物。掌にバリアでも張ったのか? いや違うな。バリアの存在はスマホが否定している。

 段々と気になってきた。是が非でもそのタネを明かしたくなった。その肌色の掌に一体何があると言うのか、気になりがてら少し顔を近づけてみる……


「ん……あっ」


「気づいたか? 水玉くんを触れた理由ワケ


「なんかこの掌……涼しい」


『涼しい? 掌が? なんで――――ハッ!』


『――――”風”か!』


「せーかい!」


 水玉の方をよく見てみると、触れられている表面から微かに小刻みな波紋が揺れているのが見える。そして若様がパっと手を離すと波紋は瞬く間に消えて行き、ついでに水玉本体が僕の所へ逃げてきた。

 相当びっくりしたのだろう、水玉はまだゴボゴボと泡を立てている。そんな水玉を差し置いて僕は再び若様の掌に注目していた。

 水玉に触れられたワケ……なるほど、そう言う事か。若様は掌に”渦”を作っていたんだ。液体を鷲掴みにできる程、小さくも力強く回転する――――”風の渦”を。


「これならその辺のジュースでも握り潰す事ができるぜ。何なら実践しようか?」


「いや……それはいい。ジュースが勿体ないから」


『なるほどなぁ……その手があったかぁ』


「へへ~ん」


 そしてこのドヤ顔である。確かに思いもよらなかった方法で若様は見事、水玉を手中に治めることに成功したわけだが……このドヤァ満載の表情がその功績を台無しにしている。

 しかしおかげで気づく事ができた。若様に”触れる事ができた”と言う事は当然”斬れる”事もできると言う事であり、同時に”刺さる”事も可能になったわけだ。

 使い物にならなかったただの水の型枠が、ここへ来て一気に。立派な”武器”へと変貌していったわけだ。


「おかしいと思ったんだよな。お前が大男を撃退したって話で、ちと引っかかる事があったんだわ」


「何が」


「水玉くんの水はどこまでがセーフなのか……さ」


「……」


「”触れば割れる”じゃ、人間を水に閉じ込めるなんてできねえだろ? にもかかわらずお前はそれをやってのけた」


「今までは剣にしようが矢にしようが、何かに当たった瞬間割れてたのに、なんでその大男の時だけ? なのかってな」


「でも例の大男に使った時だけは、それまでとは違う一つの”作用”があった。それが――――」


「渦……」


 この時脳裏に浮かんだのは、あの男との戦いで僕がやった事だ。地竜をも投げ飛ばすパワーを持ったあの男にどうにかして一撃を加えられないかと、命の危険を感じてとっさに出た閃き。

 僕はそれを【水牛】と名付けた。あの男のパワーでも覆せない程の水の大質量を作り出し、それを高速でぶつけられるよう推進力として”渦”を作った事を。

 あれは突進してくるバッファローのイメージだったんだ。でかい巨体を猛スピードで突進させる。その突進力を生み出すには、どうしてもジャイロのような”回転”の力が必要だったから……


『”水圧”……って事ですな』


「そうだアルエ。お前に足らなかったのは水における”圧力”の力だ」


「貧民区で家の壁をぶち破った事を思い出してみろ。あん時お前はガキンチョを捕まえようとして――――」


(突進、したな)


「水分にはな、微弱ながら圧力が存在するんだよ」


「内部分子と表面分子が引き合うエネルギー……これによって水に泡ができるわけ」


「水玉くんが丸い形状をしているのは、この分子間エネルギーが作用しているためだ。形状を自在に操れるのも、このエネルギーを操っているからだろうな」


『”表面張力”や。名前くらい聞いたことあるやろ』


「……」


「割れてもすぐ元通りになるのは、魔力の”核”が体を構成しているからだ」


「”核”が大気中の水分を集め、それによって分子間エネルギーが発生し丸い泡の形に――――」


「……」


 エネルギーがどうとか分子がどうこうとか、まるで理科の授業だな。意気揚々に熱弁している所悪いのだが、何を言っているのか半分以上理解できなかったよ。

 が、要点だけはなんとなく掴めた。要は水玉の本当の使い方はその”エネルギー”とやらを操る事であり、エネルギーが圧力となって水玉の”真の力”が発揮できると言う訳か。

 実際水玉に触れる事が出来た若様が言うのだから、きっとそれは正しいのだろう。じゃあ逆に聞きたいのだが、そんな圧力やらエネルギーやらを手間暇かけて作らなくても、シラフで触れてる僕は一体なんなのだと言う事だ。


「それは知らねえ」


「ってオイ」


「まーそこは……気に入られたって事なんじゃねーの?」


「コポッ!」


「お、おう……」


「ま、よーするにだな。使役者のお前がやるべき事は、水玉くんの”圧力を操る”事だってーワケだ」


「はぁ……」


 水玉の正しい使用法がそんな小難しい事だったとは……道理で、今まで上手く扱えなかったわけだ。水の表面張力とか言われてもそんなもん、とっさに浮かぶはずないだろ。

 その辺の水たまりを見て「これは分子間のエネルギーが作用してうんたらかんたらこうなっているのです」とか、思うか? 思わないだろう。

 水たまりは水たまり。踏んだら靴下が濡れるかもしれないからまぁ気を付けよう。程度のもんだ。


『一応、その辺は理科で出たはずやねんけどな……』


「聞いてねーんだよそんなもん」


「まぁ小難しい事は考えなくていいさ。精霊……いや、魔法を使う上での基礎中の基礎ってな」


「”イメージ”する事なんだよ。絶対こうなるんだ。なるはずだ。なって当たり前だ!……ってな」


「イメージ……すか」


『でもこいつの頭じゃそんなイメージできまへんで? 水圧カッターの仕組みもよくわかってへんのに』


「細かい事はいいんだよ! 知識はいらねえ。いるのは”想像”力だ」


『そんなもんなんか……』


「そんなもんだ!」


 さっきまでのやる気のなさがウソのように、若様はキラリの輝く爽やかな笑顔をお見せになった。これはこれで別の意味でイラつくのだが、「理屈はいらねえ想像だ!」の一言には少し勇気づけられた。

 その爆発する芸術家っぽい名言に免じて大人しく言う事を聞いてやろう。で、何だ? 結局僕は何をすればいいんだ?


「一番手っ取り速いのはやっぱ”回転”だな」


「回転……」


「一度やってんだろ? 例の大男と戦った時みたいに、強く”回転”をイメージするんだ」


「ほれ、これ使え」


「……」


 そこで出てきたのがこのスヴァルナ・メイス。またの名を水玉ハウスとも言う。

 精霊石の力が水玉の能力を限界まで引き出す為、僕が強く願えば願うほどその思いに作用して自由自在に操れるのだと、若様は言う。

 それはもちろん、さっきからベラベラ熱弁している”回転”の力でさえも含まれている。


「ちょうどいいや。今座ってるこのコーヒーカップ。これをお前の”イメージ”だけで回してみな」


「そこまでできりゃあ十分及第点だ。俺が新生・精霊使いアルエの姿、見届けてやるよ」


『もはや師匠やなぁ』


「回す……」


 メイスの中に水玉を入れ、精霊石が円盤に当たるよう逆さに持った。後は僕が強くイメージするだけ。イメージすればするほど、水玉を経てこのコーヒーカップがグルグルと回り出すという訳だ。

 若様はそんな僕を微笑ましい顔で見つめ、反対にスマホは不安そうな目で見ている。これはよくわからんが新生アルエ誕生の試験らしい。

 この試練を持って、合格の暁には僕は晴れて【精霊使いアルエ】となるの……か?


「イメージ……」


「コポ……」


 与えられた試練は「水の力でコーヒーカップを回せ」その難易度は知らないが、まぁ三周程回してやれば合格の判子が貰えるだろう。

 メイスを逆さに持ち、目を閉じる。イメージするのはあの男との戦闘の記憶。

 その時使った”回転”の力――――



(…………)



――――シュン……シュン……



「お?」


『動いた……ほんまに動いとる!』



「……」



 意識が闇に染まっていく。眼前に広がる黒にうっすらと流れる景色が回っている。

 回る景色は徐々に明るく浮かび上がっていく。これは僕だけにしか見えない、僕の脳裏にだけ存在する内面世界とも言うべき記憶の空間――――


(イメージ……)



(――――おめえの術と俺の力、どっちが上か、今! この場で! 決めようじゃねえか!)




 【水蛇】【水蜘蛛】【水牛】 閃き 戦闘 発想 思い付き 高速 動く 逃げる 水 中 溺れかける 



(~~~ガボボッ!)



 男 粘る 我慢比べ 正念場



(ま、まじで……くる……し……)



 悶絶 呼吸 止まる 意識 遠のく 渦 牢獄 誤算 気力



(努……力……?)




 耐え る ただひ たす  ら  耐   える




(江浦くん、がんばれー!)



(……)



 そ れ   は 

   

   芽衣  子 が与 え  てく れ た

    

        初  め   ての 経   験 




(芽衣子……)




 みんな 英騎に 故郷を 




――――”滅ぼされた”




(……英騎!)




「――――ハッ!」



 その時、とっさに目が見開いた。瞼の中で想像の中の芽衣子が英騎とダブり、そして直。血に塗れ赤く染まっていく姿が見えたんだ。

 結構長い間目を瞑っていたと思うのだが、にしては前後の記憶が足りない。どうやら僕は、大分集中していたようだ。いや……もしかして、寝てた?


「う……」


 そして目が開いたと言う事は、折角の集中力もプツリと途切れてしまったと言う事でもある。


「……」


『……』


 若様とスマホが無言でこちらを見つめてくる。その表情はまるで抜け殻のように、見ているのに見ていない。まるでマネキンのように凍てついた、意識の抜けた人形……そんな奇妙な視線を繰り出す表情だ。

 そんな人形状態の二人の間に見えるのは、コーヒーカップの縁。キチンと回っていればこの縁の外側がグルグルと動いているはずだ。

 これが回れば試験は合格……なのに、カップは”一切の動きを見せていない”

……残念だ。どうやら、試験は不合格らしい。


(――――様――――すかー!)


「ん?」


 その時、どこかから小さい掠れた声が聞こえた。小さくて聞き取りづらいがとりあえずこちらに向けて何かを言っているのはわかる。

 あ、そうか。もう終了の時間か。きっと係員が降りて下さいと言っているんだ。


「  」


『  』


 もう降りなきゃ……なのに、二人は座ったまままだ茫然としている。なんだお前ら。退屈すぎてお前らも眠ってしまったのか?

 全く、しょうのない奴だな。ほら起きろ。速く起きないと耳元で水玉を破裂させるぞ。



(お――――様――――だ――――丈――――すかー!)



「はいはい今行きますよ」



(お客――――様ー! 大――――丈夫で――――すかー!)



(……なんか様子が変だな)



(お客様――――!)



「 大 丈 夫 で す か ― ― ― ― ッ ! 」



「 い い ッ ! ? 」



 係員のしつこい呼びかけに業を煮やし、自分だけさっさと降りようと思った。こいつらは起きないし係員はうるさいし……だから、縁に手をかけそのままバッ! と乗り越えようと思ったんだ。

 だがカップの縁に手を置いた時点で、強制的に思い止まる事になる。両手を縁を置き身を乗り出す。するとそこには、”降りるべき地面がなかった”のだ。



――――ヒュゥゥゥゥゥゥ……



「あ、あれぇ……?」


「おおお、お客様ぁー! ご無事ですかー!」


 やや強めの風が髪の合間を縫って行く。そして夕日の赤い光が、直に僕の顔の照らし出している。おかげでチカチカと目が痛くなる眩しさを感じる。

 さらに係員の呼びかけは、大声にも関わらず掠れたように小さく聞き取りにくい。それは今、係員が”豆粒大”の大きさしかないからだ。

 他にも無数の豆粒がこちらに向けてウゾウゾと集まってきているのが見える。野次馬が集まってきているようだ。

……まるで巨人になった気分だ。イメージしすぎて急激な肉体変化が起こったのだろか。確かに成長期真っただ中ではあるが、にしても成長しすぎだ。牛乳を何杯飲めばここまでデカくなれるのか。

 突然の不可解な現象に困惑ぜざるを得ない。降りようにも降りられず、お供の連中は眠ったように気絶している。

 これから救助隊でも来るのだろうか。とりあえず助けが来るまで待つしかなさそうだ。今の僕にできるのは、どうしてこんな事になったのかを知る事だけ――――


「お……お!?」



――――ゴボボボボボボ!



「こいつは……やべえ……」


 下を覗く目線をさらに下へと下げた。落ちてしまわぬ用体を縁にひっかけ、カップの底辺りが見えるように。

 当たり前だが、僕が巨人になったわけではなかった。僕が巨人になったならこのコーヒーカップが本当の意味でカップになってしまう。

 全ての原因はこいつだ。ズゴゴゴゴと濁音だらけの音を立て、ときおりゴボッ! と溢れような音が出る。海面に発生した竜巻のようなこいつ。

 この釣り糸にひっかかった巨大ウナギのような姿のこいつは、さっきまで一緒にカップに乗っていた”アイツ”だ。

 そう、つまり巨人なったのは――――水玉だった。


「……水玉さんどうしてそんなに大きくなっちゃったの」


「――――ゴボッ!」


 濁音混じりで渋い声になった水玉が「お前がやったんだろ」とツッコミを入れてきた。僕のいるカップは今、この巨大水玉の”先端”にいる。

 人間が豆粒に見えるほどのこの”高度”。解除しようとそのままふっと消してしまえば、垂直落下で大けが必須の目に合うのは簡単に想像できる。


「……」


――――ゴボボボボボボ……


 もう、どうでもよくなった。あまりの展開に頭が付いて行かない。さっきまで強く”回転”をイメージをしていたせいか、頭がこんがらがってぐるぐるする。やはり、助けを待つしかなさそうだ。

 デパート側が救助を呼ぶか、若様が目覚めるのが先か……そんな事を考えているとふと一つ疑惑が沸いて出た。

 この場合合否の判定はどうなるのだろう。試験内容は「コーヒーカップを回す事」しかし回したのは試験管の目でしたと言うオチだ。

 円盤所かカップを突き抜け、何故か天高くに押し上げる水玉の所業に、果たしてこのまま精霊使いを名乗ってもよいのだろうか……と自問自答した。

 わざわざ杖まで貰って申し訳ないのだが、どう考えてもこれは、完全に”扱いきれてない”から――――


「誰が……コーヒーカップをフリーフォールにしろつったよ……」


「ゴボ! ゴボゴボ、ゴボボボッ!」


「えっ何? 理由があんの?」


「ゴボボ!」


「言い訳かよ。まぁいい。言えよ」


「何々? 遊園地と言えば……?」



――――



……



「観覧車じゃねーよ!」



                            つづく



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