四十二話 試用
――――キャッキャ――――ワイワイ――――
「えーっと、次は……」
『あれやろうや。何とか形成の法』
日もすっかり暮れ始め、綺麗なオレンジの夕陽が差し込始めた。その光をダイレクトに受けるこの場所は、デパートの最上階からさらに上の場所。つまり屋上だ。
屋上が解放されているのはここも一種のフロアになっているからであり、屋外にも関わらず人ごみは多い。
人ごみと言ってもここにいるのは主に”子供”だ。周りを見渡すと他にも何かをねだっている子、帰りたくないとダダをこねている子、ソフトクリームっぽい物をペロペロと舐めている子。キャッキャと言いながら走り回る子。そして途中で転んだらしく、ギャーギャーと泣きわめいている子……至る所が子供だらけだ。
子供だらけなのは理由がある。それは単純明快。ここは子供が興味を引く場所だからだ。
動物の形をした乗り物、大きな滑り台。くるくる回る巨大コーヒーカップ。それと同類の回転式馬型椅子……速い話がつまりここは、”屋上遊園地”なのだ。
『まだあったんやな、屋上遊園地』
「デパートの上に遊園地……」
『お前は知らんやろけど、昔はこんなん仰さんあってんで。家族連れはほぼ確実に最後ここに寄ったもんや』
「ふ~ん……」
『古き良き時代の光景や……』
「ていうか、お前僕よか年下だよな?」
製造年月が僕の生年月日を上回るはずのスマホが何故昭和の光景を懐かしんでいるのかはさておき、子供がたくさんいると言う事はちょっと気を付けなければいけない。
子供は大体がアホだからな。そこのギャーピーやかましい子供みたいに、自分から突っ込んできたくせにこっちが加害者の用に泣きわめいてくる物なのだ。
「うーん、どの形にしようかな……」
『ベタに”剣”でいいんちゃう?』
そんな子供達が大勢いる屋上遊園地で何をやっているのかと言うと、先ほど貰ったこの僕専用装備。【スヴァルナ・メイス】のお試し使用中なのだ。
水玉を中に入れガチャコンとスライドさせれば、中からキレイな精霊石が出てくる。わざわざオーダーメイドで作って頂いた身として、それが一体どんな効果をもたらすかと言うのをキチンと知っておく必要があるのだ。
「水玉いくぞ……せーのっ!」
――――ブシュゥゥゥゥ……
『おおおお~~~~ッ! キレーな剣や……』
「具合はいい感じか?」
「コポッ!」
水玉の元気のよい返事からして特に問題はなさそうだ。杖の部分が柄となり、ハの字に開いた先端が鍔のようにも見える。
そこから噴水のように飛び出る水の刃先はまさに僕専用の剣。名付けるなら命名”スヴァルナ・ソード”と言った所か。
『かっこええなぁ……』
「カッコイイんだけどな。問題は……」
元々が水である為、やろうと思えばなんにでもなれるのが水玉の特技だ。それは何も剣だけではない。槍、鞭、棒、何なら銃にだって。形ある物なら”何にでも”なれる。
問題は武器になった所で”実用性”はあるのか。と言う話なのだが……
「お、いいねぇ水の剣ってか!」
『あ、若はん』
「試し切りでもしてみるか? へへーん。この六門剣でお相手してやるよ!」
――――ザワザワ――――なにあれ~?――――キャッキャ――――ママ~、なんか始まるよ~?
いつの間にか子供達が揃って僕らを注視している。それはこの水の剣に惹かれたからだろう。
確かに、使用者の僕からしても透き通ったブルーの刃先はとてもキレイだ。なんなら観賞用として部屋に飾っておきたい。そんなくらいに。
透き通った水に負けず劣らず、子供達も透き通った目をキラキラさせながらこちらを見ている。子供達の邪魔にならぬよう隅に移動したのが、逆に何らかの催し物と勘違いされてしまったようだ。
『ヒーローショーみたいやな』
「ナハハ、さあ~来るのだ勇者アルエよ~」
「なーに成りきってるんだか……」
無意味に謎のセリフで囃し立てる若様のせいで、子供たちはこぞって大盛り上がりだ。今僕は、完全に正義の勇者にされている。
やれ「行け」だの「悪の剣士をやっつけろ」だの、初対面の分際で僕に好き放題要求してくる。だが何故だろう、悪い気はしない。
それは彼らに取って今僕は勇者であり、その目が向ける感情は、僕が普段向けられる事のない”期待”と言う二文字だったから――――
――――がんばれ~~~~!
「う、なんかすんごいプレッシャー」
『めっちゃ盛り上がってんな~』
「こないのならば~こちらからゆくぞ~」
「はいはい……じゃあ軽く振るんで受けて下さいね」
「かかってこい~!」
「……そら!」
そしてこの水の剣を、若様の頭上へ向けて大きく振り下ろした。若様もそこはちゃんと気遣って、当てやすいよう堂々と頭を向けてくれている。
無論お試しなので力は込めていないし、本当に斬れてしまわないようその辺は水玉にちゃんと伝えてある。ないとは思うが、万が一この剣が通用してしまい、若様が左右対称の珍妙な生き物になられてはこちらが困るのだ。
そんな思いとは裏腹に子供達はそれはそれは大きな歓声を上げてくれている。この一撃で悪の剣士が真っ二つにされると、本当にそう信じているのだ。
「――――お?」
「――――ん?」
そして子供たちの強い思いは、文字通り水泡と化すことになる――――
――――パァン!
「……」
以下にスヴァルナ・メイスと言えど、この水玉の持つ特性の改善まではできなかったようだ……
振り下ろした剣の刃先が若様の頭上に当たるや否や、またも水玉は大きくパァン! と割れそこら一体に水の飛沫をまき散らした。
お試しの結果、結論を言うと”強化”はちゃんとなされていた。
飛び散る飛沫が的である若様。を、さらに飛び越え僕の方にまで。さらには当事者二人だけには飽き足らず、その周りにいた子供達の方まで……
――――うぁぁぁん!――――濡れたぁ~~!――――びちゃびちゃだ~~!――――ママ~~~~!
「……」
『な~んも……変わってへ~ん……』
「いや……ちゃんと変化はあるよ」
『何がですの』
「どうやら”割れ方”がパワーアップしたみてえだ」
『意味ないやんそれ……』
水玉は静かに小さく「コポォ」とうねり声を上げた。それは自身のせいで周りの人々に多大な迷惑をかけた事を悔いる声だろう。
若様の言う通り、水玉はちゃんとパワーアップしていた。精霊石が精霊の力を限界まで引き出す。その説明の通りに、水玉の”触れれば割れる”の特性が限界まで引き出されたようだ。
今までは精々近くにいる数人をびっくりさせる程度の物だったのが、集まった子供達全員を”涙で濡らす”と言う劇的なパワーアップを遂げてくれた。
おまけに静寂を切り裂く雄叫びも着けて。水玉よ、隠れてないで出てこい。そして見ろ。デカい口を波打たせてワンワン泣き腫らす子供達の姿を――――
「やべえ~」
『つーかお前さぁ! こっちにまで水撒くなや!』
「僕じゃないって……」
『あーもうわい水かけたらアカンねんど……後でちゃんと吹けよ!?』
「わ、わかったよ……」
「と、とりあえずよ。なんかイヤな予感がするから逃げようぜ?」
――――なんで水浸しなの!?――――一体何が――――ちょっと係員、一体どうなってんの!
『子供の保護者か……』
「あ、あそこ! 空いてるアレに逃げ込むぞ!」
――――うぁぁぁぁぁん!――――ちょっと君! どうなっているのかね!――――そう申されましても――――ギャピィィィィィ!
「 逃 げ ろ ! 」
――――
……
「ハァ……ハァ……」
「撒いたか……」
屋上遊園地と言う独自の地形が僕らに味方をした。遊園地としては狭い屋上という限られた空間に様々な遊具が密集したこの場所は、僕らが身を隠すにはうってつけだった。
某戦争ゲームでも、遊園地ステージと言う物は遮蔽物に恵まれたやりやすいステージなのだ。例え敵に追われても、遮蔽物を利用しとっさに隠れる事ができる。
そんなゲームで得た無駄知識を、まさかこの異界で発揮するとは思わなかったが……
「あぶねーあぶねー……」
『で、お前ら今どこおんねん。わいの目線からは見えへんわ』
「ああ、すまんすまん。今置くわ」
「ほい」
今は円形の椅子に若様と向かい合って座っている。二人の間には丸いテーブルがあり、そこにスマホをポンと乗せる。
スマホは辺りを見渡すや否や、今自分が置かれている状況が理解できたようだ。今僕らが座っている椅子と同じ物が数多く”回っている”。それが周りだけではなく、僕らの方も回っていると言う事も。
昭和の遊園地を懐かしむくらいなら当然こちらも知っているだろう――――このくるくる回る”コーヒーカップ”に。
『こ、コーヒーカップ……』
「空いてるのをたまたま見つけてな。そこに急遽飛び乗ったわけ」
『ああ、そう……』
「でもたまには乗ってみるもんだよな? いやはや童心に帰るね」
『あんたは童心現状維持って感じやけど』
まぁそう言うな。コーヒーカップくらい誰しも一度は乗った事があるさ。真ん中の円盤をぐるぐる回して限界まで回転させたあげく、ゲロ吐くくらい気持ち悪くなった経験は一人や二人だけじゃないだろう。
もちろん今更そんな事をするほど僕ら二人は子供じゃない。あくまでここは緊急避難先。動くカフェテラスとでも思えば、ここはそんなに不自由はないのだ。
「にしても……こればっかりはなぁ」
「何? コーヒーカップが気に食わねえの?」
「ちげーよ。水玉くんの事だよ」
「コポ?」
若様は言う。いくら強化しようがどれだけ装備を整えようが、触れて割れては「意味がない」と。
確かにその指摘はごもっともだ。剣になろうが矢になろうが、結局の所露と化すのはこいつの方なのだから。
その問題はあなたに言われるまでもなくこちらでも把握しているのだよ。ここへ来るまでの道中ずっと一緒にいたのは一体誰だと思っている。
そしてその時その問題に直面したその場面、僕ら大魔女一行が導きだした答えはこうだ――――一行の”雑用係”が相応しいと。
「精霊を……雑用に……それ、勿体なさすぎるって!」
「なんでよ。洗濯とか飲み水とか、結構便利だったぞ」
「んな生活水によ……」
「そんな事言われたって、勝手についてきたのこいつの方だし」
「コポッ!」
無断で同行した割には我らの役に立ってくれるこいつの返事はどこか勇ましさすら感じた。勿体ないだの精霊なのにだの言われても知らんもんは知らん。
適材適所ってあるだろ? 速い話が、こいつに武器は向いていない。ただのそれだけの話なのだ。
「お前さ、なんか大男倒したとか言ってたじゃん」
「ああ」
『わいのダディやな』
「そんなんで……どうやって倒したの?」
「え? え~っと、あの時は確か……」
(なんでもいい! 投げろ投げろ!)
(全部”放り込め”ーーーーッ!)
「えっと……こう、そこには大穴が空いててさ」
「何とかかんとかそこに突き落として、そこにこいつの水をドバーって突っ込んで」
「んでこう、泳いで逃げられない様に、洗濯機の要領でぐるんぐるん回してさ」
「そこにその辺に落ちてた剣とか矢とか、周りにいた人らに放り込んでもらったの」
「渦を起こしてその回転で武器の雨を降らせた……って事か?」
「そんな感じ」
「え、ええ~……」
若様は不満そうにカップの縁に背をドサっともたれかかり、力のない目つきでじっと水玉を見つめだした。その不満さを全面に押し出した態度は、どうやら思っていた光景とは違う事が原因らしい。
どうせこいつの事だから、水のエネルギー弾を「波ァ!」とド派手に放つ姿でも想像していたのだろう。
やれと言われればできなくもないが、やった所で結果は一緒。さっきみたいにまたパーンと割れてそれで終了だ。
まぁ、そうふてるなよ。現実なんてこんなもんだ。こっちだって無我夢中だったんだ。どんな派手技を考えていたのか知らないが、現実何て所詮、地味なもんなのだ。
「必殺技が……洗濯機……」
「一応素早く動く技も思いついたけど」
『ガキンチョ追いかけ回した時のアレですわ』
「あんなもん……高速移動魔法なんて……今ドキ誰でも……」
「も~ふてるなようぜえなぁ~」
『所詮こいつや言う事っすわ』
グチグチとめんどくさくなる若様に若干のウザさを覚えた頃、近くで「キャー!」と言う悲鳴が聞こえてきた。悲鳴に驚き思わず振り返ると、そこには若い男女が二人。僕らと同じくコーヒーカップに乗っていた。
仲睦まじそうなカップルの乗るコーヒーカップはえらい高速で回っており、その速度にビビった女が「止めて! 止めて!」とキャーキャー喚いているだけであった。
高速で回っているのは男の方がふざけてグルグルと回しているから……とまぁ、なんて事はない。どこにでもある所謂”青春の1ページ”って奴だ。
「けっ、爆発しろ!」
『妬むな妬むな』
「あー……良いよな一般人は楽しそうで……」
「こっちからすればアンタも十分楽しそうなんだよ」
『若はんさっきまでショッピング満喫してましたやん』
「……」
グチグチと面臭くなった若様の視線が今度はカップルに向く。彼らを見て「楽しそう」「仲良さそう」と言ったごく一般的な感想をひとしきり述べた後、その感想がだんだんと”下”の方に向いてきたので軽く注意しておいた。
彼らがこの後どこに行って何をするのかのかなんて、アンタにはどうでもイイ話だろ。お前こそ、さっさと役場に帰れ。そして仕事をしろ。そして、定時になるまで存分に判子でも押してるがいい。
「俺、内勤じゃねーし……」
「知らねーんだよそんな事」
『そんなに楽しそうならアンタも回しなはれや』
「加減はしろよ? 酔いたくないからな」
「はいはい……」
明らかにやる気のない返事で円盤に手をかける若様を見て、軽くイラっと来た。これ以上余計な事を言うとまたテキトーな返事でイラつかされそうなので、こいつの機嫌が直るまで黙って置く事にした。
さっさと回せよと内心思っていると、肝心の若様が……何故か円盤を手に取ったまま、ピタリと止まり動かなくなってしまった。
「……か……と……だ……」
「……何してんの?」
『なんか、ブツブツ言ってはるねんけど』
「そうか、そう言う事か……だから……」
「……あ?」
円盤と顔面を水平にしたまま、ブツブツと小言を発する若様の姿は最高に気持ちが悪い。ウザくなったと思いきやふてながらムカつく態度を出してきて、さらに今度は不気味な感じまで出してくるとは。
ホントお前は何変化なのだ。もしかして情緒不安定な感じの人なのか……もう、わかったから好きなだけそうしててくれ。別にコーヒーカップが回ろう回るまいが僕にはどうでもイイ話だ。
ここの係員が終了の合図を出すまで、好きなだけ――――
――――バン!
「おわっ!?」
「――――これだよこれ! こういう事だったんだ!」
「な、何だよ急に!?」
「わかったんだよ! ついに!」
『びっくりしたぁ……何をですのん?』
「――――水玉くんの使い方だよ!」
「えっ!?」
つづく