四十一話 杖
――――ワイワイ――――ガヤガヤ――――
「もういいから……」
『なんぼほど寄り道するねん』
今いるこの場所は、各階に広いフロアが点在する大きな建物。パッと見て軽く10階はありそうな大きな箱の、一階、二階と順番に登って辿り着いた場所だ。
この階も例に漏れず無駄にだだっ広く、屋内にも関わらず何故か植物が群生している。植物と言っても大きい物で僕の身長の半分程度しかなく、どちらかと言うとインテリア意味合いが強いと思われる。
が、それにしても多い。まるで道路に沿うガードレールのように、道筋を形成しちょっとした植物園のようになっている。こんな所で草など生やして一体何の意味があるのかと思ったら、よく見ればただの作り物だった。うん、やはりただのインテリアだ。
さらにこの広がる空間には、どこから集まって来たのやら所狭しと人々が密集している。寄り添うカップル。子連れの夫婦。若者の集団。一人でうろつくおっさん等々……
ちなみにここが何階なのかは忘れた。4階辺りから数えてない。
「もぅ……どこいったのあのボンボン」
『動くなよ。絶対迷子になるから』
これほど大きい建物だと上へ登る作業が小さな登山になってしまう。しかしそこはご安心、そこはさすが首都帝都。人々が無駄な息切れをしないよう、ちゃんと自動で上へと登る床。すなわち”エスカレーター”が完備されているのだ。
エスカレーターと言っても、ここのエスカレーターはこっちの物とは勝手が違う。虹のようにキレイな光の道が斜め上に傾き、スペースを取らぬようちゃんと螺旋の形を取った上で、キラキラと輝きながら人々を天へと連れて行くのだ。
光り輝く虹の螺旋。ここの連中にとっちゃただのエスカレーターだろうが、見てるこっちからするとこれもまた一つのインテリアのように見える。
『キレーやな。折角やから写メっとくか?』
「もうお前適当に撮っといて……僕、ここで寝るから」
『何ぼほど疲れとんねん。ていうか、公共の場で寝んなや』
「だって……」
そんな足腰の弱いご老人も安心して起こしできる施設にも関わらず、今の僕は完走直後のマラソンランナー並のバテ方をしている。こんな目に合っているのはあの”若様”のせいだ。
事の発端は貧民区を出た後の話だ。用事がすんで今度こそサヨウナラと思いきや、あの若様が「緊張させて悪かったな。お詫びに帝都の案内してやるよ」と申し訳なさそうに言ってくるのだ。
実際ひどい目にあったし、ちょうどこの不始末に対する侘びはない物かと若干イラついていた所だ。なのでその提案は願ったり叶ったり。まさか、向こうから申し出てくれるとは。
さすが、民を思いやる心を持った若様だ。こちらの不満をちゃんと見透かしている。
『役人や思って安心したのが仇になったな』
「これだからボンボンは……」
元々山賊を迎えに行ったら空き時間を観光で潰すつもりだったのだ。この街の顔役直々に「案内」と言われれば、頼もしいガイドがついたようで期待が沸くと言う物。
ガイドの案内の元連れ出された場所は、帝都の皆さんが買い物を楽しむ【商業区】だ。その名の通り主に商業に特化した地区で、そこには商店街のような通りが幾重にも張り巡らされていた。
商業区の内部もさらに細かく分類されているらしく、遊戯施設やショーウィンドウの並ぶ銀座っぽい場所。三ツ星シェフのレストランに隠れ家的名店のある市場系地域。コアな物が並ぶアキバ的電気街。大人の遊び場歓楽街、金持ち御用達の高級品ゾーン等々……
ファッション、ホビー、フード。ありとあらゆる”商品”で溢れ返っている、まさに観光にピッタリの地区なのだ……が。
『まさか一日で全部回ろうとするとはな……』
「観光客死んじまうわ」
この観光案内は僕に対する侘び代わり……のはずなのに。事もあろうにあの若様は、僕をそっちのけで”自分”が楽しみだした。
子供の用にショーウインドウに張り付いてはキラキラと目を輝かせ、直後店に猛ダッシュで突入したと思いきや、あれもこれもそれもと目に映る物を片っ端から”お買い上げ”なさるのだ。
山積みになった品々を「わりいんだけど」と断った上で僕に押し付け、自分は身軽な体でまた店に入る。
僕が荷の量に四苦八苦しながら後を追うと、やっと追いついたと思いきやもうショッピングはすでに終わっており、またも荷が山積みに積み上げられるハメに。
それをもう何十回は繰り返しただろう。もはや回数すらも覚えていない。天高く積まれた品にもやは若様の姿を捕える事はできず、そのせいで若様も、ガイドの癖に気づかなかったのだ。
所持限界を超えた案内人の”顔色”に――――
(おまたせ~。へへ、まーたいっぱい買っちまっ……ってうぉい!?)
(おごぉ……)
(わ~ちょっと! おい大丈夫か!? オイ! しっかりしろ!)
――――
「引っ越し屋のバイトかよ……」
『明日お前、多分筋肉痛で動かれへんで』
「ボンボンめ、無駄遣いばかりしやがって」
『あんな即決でポンポン買う奴、マイケルジャクソンのドキュメンタリーで見て以来や』
「なんでお前がそれを知ってるんだよ」
そして荷物番がダメになると知るや否や、御自慢の”魔導話”のボタンをピポパと押す。すると、しばらくして上空からでかい”魔導車”がやってきた。
空からやってきた魔導車の運転手は、車を降りるとあっという間に荷を車内に積み込み、そしてまた上空へと去って行った。
その際ニコやかに「毎度どうも」と言っていた事から、あれは宅配業者の類だと言う事がわかる。じゃあ最初からあいつらに預けておけと言うのだ。ボンボンが。
そうして手が開いた途端、懲りずにまたショッピングへと勤しむべく向かったのが、今いるこの場所。
なんでも若様曰く、ここは帝都ができた当初からある由緒正しい商業施設らしく、最初はまだ一軒家程度の小さな雑貨屋だったが時が経つとともに帝都商業区を代表する大型ショッピングモールへと変貌していったとの事。
備考として何度か倒産の危機やその他もろもろのピンチがあった話もしていたが、ほとんど覚えていない。と言うか、ここの歴史なぞどうでもイイ。速い話がここは――――
「デパートね」
『三越的な所かな』
「じゃねーの……知らねーけど」
「つかアイツどこ行ったんだよ。もうやだぞ、荷物持ちは」
『何か知らんけどえらい推しとったな、ここを』
「ったく……なんでアイツの保護者にならなイカンのか」
無論荷物番を解放された瞬間、あのクソガイドに怒涛のクレームを入れてやった。テレビならピー音が入るであろう罵りの言葉の数々を、人目も気にせず大声で捲し立ててやった。
若様はスマンスマンと言いつつ、さらに上乗せるように強い口調で”懇願”してきた。「最後に寄りたい所があるからどーしても」と。
キレられている最中にも関わらずまだワガママを言うこいつにさらにピキりが倍増になったわけだが、その怒りに負けず劣らずの懇願っぷりだったので、仕方がなしに渋々了承した次第だ。
きっと親分宅での出来事で学習したのだろう。異界における誠意の体制。僕の十八番”土下座”のポーズを、あの人目の付くド真ん前で――――
「自分の必殺技を自分で食らったみたいな感覚だよ」
『土下座最強伝説……』
「ラーニングされたわ」
『そろそろ第二形態も作らんとな』
とまぁ、こんな具合にこうしてスマホ相手にダラダラとしゃべりながら、その辺にあった椅子に座り若様を待っている現状だ。
若様と別行動を取っているのは、疲れた体を癒す為ともう一つ。「もう付き合いきれない」と言う態度を全面に押し出す為である。
本当にここで”最後”だぞ? と言う事だ。この次にまだ寄りたい所が~等と言い出せば、今度こそ僕は本当に帰る。しかも何も言わず、断りもなく。置手紙すら置かずアイツをほったらかしにして。
「着信拒否の準備しとこ……」
『まぁ、その時が来れば言え。ワンタッチでやったるわ』
「恩に着る」
『んな事よりもよ、お前どうすんねん……”アレ”』
「”アレ”……なぁ。ほんと”アレ”だけは……」
『ほぼ確実に広めよるで、あのボンボン』
「いやまぁ、わかるけど……”アレ”があった方がいいのは、理解できるけども」
「う~ん、でも”アレ”だけはなぁ……一応帰ってきたら釘刺しとくか……」
『世界が変わればセンスも変わるってなもんか』
その時、フロア全体にアナウンスが流れた。”ピンポンパンポーン”とお約束の音が響き渡り、その後アナウンスのお姉さんのキレイな声が場内に響き渡る。
アナウンスの第一声は「お客様に申し上げます」この時はてっきり小さなお友達が迷子になり、お母さんに向けて迷子センターに来るように言う物かと思っていた。
デパートのアナウンスと言えば主に三パターンに分けられる。大抵迷子報告が一般的だが、他にも駐車場関係の連絡がある。それも違うとなれば、他には――――
『お客様にお呼び出し申し上げます――――』
『――――”アルエ”様――――精霊魔導士”アルエ”様――――』
『お連れの方がお呼びです。至急七階フロア、アルカロイド魔道具店へとお越しくださいませ――――』
『……早速かい』
「……」
『行けや……”魔導士アルエ”』
「……ハァ」
――――
……
――――ドドドドドド……
「お、きたきた。お~い、アル……」
行けや。と言われたので行っただけ。至急向かえと言われたので急いだ。言われた事を言われた通りにやりました。
ただそれだけですが、何か?
「エ!?」
――――キラン
(【水蛇】ィ!)
急いでたので勢い余ってしまう事も全然ありえますよね。だって、急かしたのはそっちでしょ――――文句を言われたら、こう言い返すつもりだった。
「 シ ョ ラ ァ ッ! 」
「アルエどうしへぶらァーーーーッ!」
「キャーーーーッ! ちょ、おおおお客様!?」
「こんのボケがぁッ! また土下座させられたいかッ!? ええッ!?」
「お、おお……顔に直撃った……」
水蛇の推進力を利用したドロップキックの炸裂にさすがの若様もたじたじ。ついでに横にいる店員もたじたじだ。
店内にデーンと倒れ込む若様を侮蔑と怒りの目線で見下し、妄想で顔にツバを吐きかけてやった。若様は赤くなった頬に手を当てアタアタ言っているが、そんな事はどうだっていい。
このアホボンだけは本当……何が”精霊魔導士アルエ”だ。言ったそばから広めてるんじゃないぞ。
「あたた……もう、なんだよ急に……」
「なんでその名で呼ぶんだよ! 早速広めてんじゃねえよ!」
「なんでだよ……せっかく”親分が付けてくれた”名前なのに」
「 ダ セ エ か ら だ よ ! 」
あの時親分が命名した僕の名前――――それは【アルエ】と言う名であった。
何故アルエなのかと言うと、僕の現実世界でのあだ名はウラコウとラッコの二パターンがあるわけだが、この両方には共通して”ラ”が入っている。
”ラ”はローマ字に直すと”RA”となり、それをそのまま読むと”アールエー”となる。親分が閃いたのはまさにその部分だったのだ。
捕捉としてスマホ曰く、英語圏では”r”の発音は巻き舌の関係でほぼ発音されず、アールと言うより”ウァールゥ”と言った潰れた発音になる。この”ウァールゥ”の発音が”ウラコウ”とやや似ており、それが拍車をかけ親分の脳内により【アルエ】と言う名が浮かぶ形になったのだろうとスマホは言う。
じゃあなんで”コ”は無いんだよと言う話なのだが、それも理由は実に単純。”コ”はローマ字で”KO”となり、KOはイコールノックアウト。つまり”負け”というあまりよろしくない意味合いだから……だそうだ。
「ダセエ? どこが? かっこいいじゃん【アルエ】」
「やめろっつーの!」
この名づけには諸説ある。さっき言った「リスニング説」を取るのがスマホ。さすが情報機器だけあって外国語に強い。
しかし若様の唱える説はちと違う。若様の方の説も大まかには同じなのだが、若様曰く僕の精霊が”水属性”だからだろうとの事。
水の精霊とスマホを常に持っている僕から、石で貝を割るラッコを連想し、そしてその頭文字の”RA”を取った。と言う説だ。
異界の剣士兼役人ならではの発想。さしずめこれは「魔法属性説」と言った所か
こちらもまた信ぴょう性を持たせるべく、根拠となる理論を唱えてきた。それは「自分と親分は長い付き合いだから、趣味趣向は”大体”わかる」という物であった。
「く、下らねえ……!」
「なーんでそんな嫌がるのかわかんねぇけどなぁ……な? 店員さん」
「ええ……素敵な名ですわ」
『いやあんた店員がダサイとか言いませんって』
「リスニング説」と「魔法属性説」。どちらもそれなりの理論がありそれなりの説得力もあるが、親分とお別れした今。その真意を聞く事は叶わない。
ただ一つ言える事は、この中二まっただ中にいる僕の中二センスをフル動員し、カッコイイネーミングリストを脳内にずらっと並べ一つずつ確認していった結果導きだされたその答え。
「……やっぱねえよ!」
「じゃあ親分所もっかいいくか? 気に入らないんで変えて下さいってよ」
「……それもねえよ!」
そう、問題はこのお気に召さない名を強制的にありがたく頂戴せねばならないと言う事だ。これが道端の占い師なら猛烈に抗議している所だが、相手は小指を常時装備しているヤの親分。
しかもあの時はちょっとだけ舐めた口を効いた直後だ。あれ以上逆らっては僕の小指が親分のアクセサリになってしまう。
『ヤーさんじゃなけりゃあなぁ……』
この理不尽な命名はいつぞや流行った六星占術の大先生のようだ。オーラや流れがとなんやかんやと理屈を付けて命名した名が、悪ふざけも大概のネーミングだったあの人。
名付けられた方は立場上逆らう事も出来ず、そのままその名で生きていくハメになった所までは覚えている。
あの改名させられたタレントが今どうなったかは……僕も知らない。
「それによ、もう”刻印”しちまったよ」
「は?」
「魔導士アルエ様……こちらでございます」
「……なんこれ」
店員が、何やら高級そうな箱に入った物を持ってきた。高級そうな箱の内側はこれまた高級そうな布でくるまれており、それを白い手袋の付いた手でハラリと捲る。
まるで宝石でも扱うかのような丁寧さだ。一体何を持ってきたのか……と思いきや、中に入っていたのはやや短めの【杖】であった。
「ふふーん。いいだろ。俺からの”プレゼント”」
「プレゼント……?」
「我がアルカロイド魔道具店が総力を挙げて作成致しました、魔導士様専用の【スヴァルナ・メイス】でございます」
「スヴァルナ……メイス……?」
箱の中の【スヴァルナ・メイス】と呼ばれるこの杖。これはこの店がオーダーメイドで作り上げた、世界でたった一つだけの僕”専用”装備。
この若様がこっそり店に依頼して、僕に隠れて今の今までせっせと作っていたわけだ。
やれやれ、とんだサプライズだな……最後の一か所を妙にしつこくせがんでくると思ったら、こんなドッキリ企画を用意していたとはな。
杖を目の前にしてしばらく眺めていると、若様が僕を見ながらニヤニヤと笑みを浮かべているのが見えた。そしてニヤついた表情のまま、僕に向けてほんの少しアゴをクイと動かす。
「取ってみろ」と言う事だろう。好意に甘えて、僕専用の杖をゆっくりとしかし確実に、感触を確かめるように、慎重にこの手で掴む――――
「あ……すげ」
「どうだ? 自分専用装備の感想は」
「かる……持てる! これなら僕でも持てる!」
スヴァルナ・メイスはそう長い杖じゃない。全長は精々三、四十センチと言った所か。
そのおかげかは知らないが、軽い。かなり軽い。僕程度の非力な筋力でも片手で易々と持つ事が可能で、なんならブンブンと振り回しても何も問題はないだろう。
そして振り回す事を見越していたのか、掌に感じるブニブニとした感触は取っ手の部分がラバー素材のような物でできている為だ。このブニブニが手の圧力に馴染んで至極持ちやすい。これなら振り回してもすっぽ抜けることはなさそうだ。
形状は杖だけあって棒のように細長く、しかし先端にはくの字に角ばった物が左右対称に二つ備わっている。このシルエットは全体で見るとなんとなくマジックハンドに見えなくもない。
実際に手に取りマジマジと眺め、マジックハンド風シルエットがちょっとダサイかもと思い始めた、その時だった。
あの男がこちらの心を見透かすように、またも僕の中二心をくすぐる一言を発してきた――――
「ふふん、それだけで終わると思うなよ?」
「えっまだなんかあんの?」
「その先端のちょっと下のよ……銀色のリングになってる部分あるだろ?」
「うん」
「そこをこう……捩じりながら、下にスライドさせてみ」
「……こう?」
若様の言われた通り、まずはリング時計周りに回してみた。カチッという音と共に何やら内部に遊びができたのがわかる。
伸縮式なのだろうか? しかし伸びるならともかく下にスライドさせれば、ただでさえ短いこの杖がさらに短くなってしまうのだが……
ともかく言われた通りにしよう。よくわからんが、自分専用とあらばその機能は早い段階で把握しておきたい。そう思いリングを下にスライドさせてみる。
「……お?」
カシュッと言う音を立て、リングが下へと下がっていく。スライドとくの字の先端は連動しており、下に下げると同時にこの二つの先端が逆ハの字に開く。
そしてスヴァルナ・メイスはその全貌を露わにする。てっきり短くなるのかと思えば、違った。この機構はこの杖の”真の姿”を出す変形機構だったのだ。
「おおおお~~~~ッ!」
逆ハの字になった先端から、今度は先端が丸い棒が飛び出てきた。杖の直径にすっぽり収まるこの内部機構は、リングのスライドと同時に中身が出てくる方式のようだ。
今度の方の棒は、何やら妙に金属チックな質感がする。僕の姿が反射されるほど磨き上げられた表面のその先には、透き通る程クリアな色合いの”宝石”が付いていた。
「これな、”精霊石”っつーんだよ」
「精霊石?」
「そう、精霊が集う場所にな。ごく稀に物体に精霊の残り香が染みついて宝玉化することがあるんだよ」
「これを”精霊媒介”っつーんだけど……一口に媒介と言ってもレアな物から石コロと変わらねー物まで色々あってな」
「で、それをどうやって見分けるかって話しなんだが……それが宝玉の色」
若様はわかりやすく解説を加えてくれる。この水玉の素と出会った場所のように、精霊は不定期に集まってある種のスポットを形成する時がある。その時近くに会った物に精霊の魔力が染みつき、このようなキレイな色の宝玉と化すようだ。
見分け方はズバリ”透明度”。染みついた魔力が多ければ多いほど石は透明度を増していき、煌びやかなクリアカラーの宝玉と化して行くのだ。
「じゃ、これめっちゃレアな石なんじゃ!?」
「へへ、この魔道具店はそう言うの仕入れるのがめっちゃうまくてな」
「だから、ここを選んだんだ。ここは俺の御用達さ」
「毎度ごひいきにありがとうございます」
「おお……おお……」
そして若様の自慢げな解説はさらに続く。じゃあなんでわざわざそんな貴重な品をこの杖に仕込んでいるのかと言うと、これは一言で言うと水玉の”強化”に繋がるのだ。
元々精霊の魔力が染みついた石。しかも色合いからしてかなり純度が高い。これに水玉を触れさす事で相当な同期率を発現し、結果精霊の持つ素質を限界まで引き出す事が可能になると言う訳だ。
そういう意味でもこれはある意味僕専用。そりゃそうだ、これはさっきこの若様も、あのオーマですら言っていた事だ。
精霊を使役できる奴なんて数えるほどしかいない……と。
「この裏に蓋があるだろ? ここ開けたら空洞になってんの」
「ここですか! フンッ!」
「ここ、水玉くんのおうち。普段はここに入れとくと水玉くんも無駄な水分が飛ばなくて済むし、お前もわざわざ召喚する手間が省けるってーわけ」
「――――水玉ァ! 出てこい!」
「コポォ!」
水玉は空気の読める子なので、普段は霧状に拡散して僕の邪魔にならない様にまさにそのまま空気に徹してくれている。
久々に姿を現した水玉を即座に鷲掴みにし、この空洞へと無理矢理押し込む形でグイグイと力を込める。
状況を理解していないのか水玉はまたゴポゴポと泡を立て慌てふためいている様子だが、そんな事は関係がない。
何を嫌がる事があるのか。むしろ喜べ。お前にもついにマイホームが出来たんだぞ。
「ゴボボボボボボ――――!」
『サイダーみたいになっとるぞ』
「オラ! 入れ水玉!」
――――キュポン
「ハァ……ハァ……しゃあ! 入った!」
『マイホームの居心地はどうや?』
(――――コポォ)
杖に耳を近づければ微かに水玉の返事が聞こえる。精霊石とやらがあるからかどうやら中は快適な空間のようだ。
妙に軽いのはこの水玉用スイートルームの空洞のせいか。徹底した軽量化に少年心をくすぐる変形機構。好奇心をそそる裏設定もバッチリだ。
興奮冷めやらぬ中リングを無駄にガシュガシュとスライドさせて喜びを表す。そして決めポーズと共にひとしきり振り回した後、今一度冷静になり今度は微動だにせずただ杖を眺める。
”専用”と言う響きが実に心地いい。こんなイイ物を貰っては是非とも大事に扱わざるを得ない。精霊石に映った僕の顔が今、感無量の表情をしているのが自分でもわかる。
『ええな、ええな、めっちゃ羨ましいわ』
「うーん、でも、名前が気に入らねっつうんならなぁ」
「名前……」
「店員さん、どこに刻印したの?」
「お手元の変形用リングでございます」
「 お お っ ! 」
ガシュガシュと動かしていたせいで気づかなかった。店員に促されその刻印とやらを確認する。
この変形の要のシルバーリング。その全周には小さな筆記体でこう刻まれていた。
【Spirit Wizard arue】
「……」
『一応言っとくけど、精霊魔導士アルエって意味やからな』
「……」
「今更変えられねえし……どうすっかな」
「……」
『もうええやんけ。折角ここまでやってくれてんから』
「……」
『……おい、聞いてんのか?』
『あっ』
――――ツゥー……
『こいつ……泣いてる!』
何故だろう、目から汗が止まらない。だってそうだろ? 未だかつて、こんなによくされた事があっただろうか。
芽衣子を追ってわけのわからない異界に連れてこられ、着いたら着いたで苦難の連続。魔物に襲われるわ鎖を打ちこまれるわ、山の頂上で死にかけた事もあったっけ。
今までの苦労が走馬灯のように頭を駆け巡る。掘り起こされる記憶の中。その中で一回たりとも、こんな経験はした事がないのだ。
「うぐ……こ、こんなに嬉しい事はない……」
『お、おお……お前をそこまで言わせるか、これ』
「ナッハッハ、泣くほど嬉しいか! そりゃこっちもプレゼントしがいがあるってもんよ!」
【アルエ】をださいと言ったのは訂正しよう。もうアルエでいいよ、アルエで。認める。アイアムアルエだ。
どっちにしろ真名が言えない以上、仮の名がないと色々不便なんだ。というよりもう名前とかどうでもイイ。
今はただ、この沸き起こる感情を静かに噛みしめたい……
『はえー、ほんまよかったなぁお前』
「これで今日から正式に【アルエ】だな!」
筒の中で微かにゴポゴポと鳴っている。水玉もお祝いしてくれているのだろうか。彼らはこの涙の意味を喜びの涙と思っているようだ。温かい祝福の顔がそう言っているのがわかる。
滴り落ちた涙が一滴、杖にポタっと落ちる。その水分を吸った水玉は、僕の内情に”気が付いた”のか空気を読んで大人しくなった。
そうだ水玉。正解だ。願わくば”永遠に”ここにいたい。叶わぬ夢と知りながら今はただ、頬を涙で濡らすだけ。
彼らの祝福の笑顔が、僕の内面を”カモフラージュ”してくれる――――
「どうしよう……涙が止まんないよ……」
『ふけや。みっともない』
「だって……だって……」
「オーマは絶対、こんな事してくれないだろうから……」
『――――そっち!?』
つづく