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三十九話 理不尽――中編――

 

 

――――カッコン!

 


『おーこわ! これやから物に八つ当たりする奴は……』


「……」


 願わくば外に放り出して永久に水没させたかったのだが、その目論見は露と消えた。若様と親分、さらに騒動を聞きつけてきた若い衆。これらの人海戦術により僕はなすすべなく数の力に屈するしかなかった。

 若い衆は一応親分の客だと言う事で手荒なマネこそしてこなかったものの、その表情は明らかに「余計な仕事を増やすな」と言った目でこちらを睨んでき、そして事が済んだ今。きっと別室で僕の事を愚痴っている事だろう。

 一言でいうと「お客人のご乱心」と言った所か。そして騒動が済んだ後、何食わぬ顔で割って入りまたピキりたくなるような一言を加えてきたのが、この頭のハゲあがったガキ――――


「スマホくん、水ダメなの?」


『本来はな。わい言うても精密機器やさかい』


「でもアイツの精霊、水属性じゃん」


『そんな事は昔の話や。今は防水加工もばっちりやで』


 ガキは開口一番なんと言ってきたかと言うと、いつものようにダサ男だなんだと悪態を着いてくるかと思いきや、暴れる僕を見て一言。「こんな風にはなりたくないな」とのたまいやがった。

 その際浮かび上がった僕を見下し、呆れ混じりにため息をつくあの表情。拳に闘気を溜め、残像が無数に浮かび上がるほどのラッシュを仕掛けたくなった。

 しかしそれをすれば最後、今度こそ僕はヤの人本来のタブー、”身内に手を出す”に触れてしまいあわやオトシマエの刑に処されるのだ。

 はらわたが飛び出そうなくらいムカついたが、そこは全力で堪えた。バスの中で吐しゃ物をガマンするように、学校で”大きな方”をしないよう下校時間まで耐えるように……


「結構デリケートなんだなー」


『はーあ、こんな事なら若はんの所行きたかったわ』


『近頃の子は物を大事にせんでなぁ……』


(こいつ……)


 そしてスマホが、さっきの仕返しと言わんばかりにあれやこれやとイヤミを飛ばしてくる。関西弁から発せられるチクチクとしたイヤミはまたも胃腸が飛び出そうになるが、やはりそこはギュっと堪えるしかない。

 僕がガマンする事によって、スマホのイヤミが段々収まってきた。それに反比例するように、僕以外の三人がスマホに向けて興味をしんしんと抱いているのが手に取るようにわかる。

 言っても現代における最新機器。ガラケー普及ちょい前レベルの文明なら、スマホはなんでもできる夢の機械と言った所だろう。


「おっ、”すめほ”くん。これは……」


『”スマホ”や。親分はん』


 三人はスマホの技術力の高さにひとしきり感心した後、何故か画面を裏返しスマホの”背面”をマジマジと見つめている。

 そんな所見たって何もない。適当にメーカーロゴか型番が小さく載っているだけ……なのは、本来の方のスマホ。三人の関心はアプリよりもむしろこっちに興味が沸いたようだ。

 忘れていた。いや、思い出した。なんでこいつがこんな悠長に、生き物のようにしゃべるようになった事を――――


「魔法陣……ですねぃ」


『なんかあそこ見られてるようでめっちゃ恥ずかしいわ』


「ああ、なーるほど。スマホくんが喋るのはこいつのせいなわけね」


 さすが六門剣に選ばれし若様。この中で魔法に関する事はぶっちぎりに精通しているのか、スマホの特製を一発で見破った。

 そう、スマホが意思を持つようになったのは、全てその”魔法陣”を植え付けられたせいなのだ。



(はい、あーん。たんとおたべ)


(ま、魔法陣間違えた……)



『――――てな事がありまして』


「あ、ほんとだこれ。よく見ると送伝用のだ」


「ほぉほぉなるほど、てぇ事は伝達情報を全てこの”すめほ”にトレースしちまったわけですかい」


 若様はともかく、この親分が魔法陣の話題に付いていけているのが結構意外だ。魔法とヤクザ。どう考えても水と油のような関係だと思うのだが。

 まぁそこはこの世界の側の住人と言う事なのだろう。どこへ言っても何をやっても、出てくる言葉は「魔」「魔」「魔」ついでにもう一つ「魔」

 酸素を吸って二酸化炭素を吐くように、飯を食ったら出したくなるように、この世界に置いては大小の差はあれど「魔法」と言う物が遺伝子レベルで刻まれているのだろう。


「中に二人、人が描かれてるな……じゃあこのでけえのの?」


『そう。まだ見ぬわいのおとうちゃんですわ』


「ではこの小さぇのは?」


『それはこのアホ』


 スマホは言う。生き別れた父親を唯一目撃したのが僕だけであると言う事を。言葉の前に「ムカつく事に」と着いたのがやや癪に障ったが、まぁそのくらいはいいだろう。

 父親の方もまさか知らぬ間に自分に子供が出来ていたとは知る由もないだろう。しかもそれが、自分に深手を与えた”ボン”の元に預けられているとは。

 思い起こせば共通点はあるかもしれない。このいつまでもネチネチ文句を垂れてくるしつこさ。このしつこさは、あの男の尋常じゃない”執念”の賜物なの……かもしれない。



(だから……よぉ……ボン……おめえには……最後まで付き合って……もら……)



「あいつ、一体なんだったのかな……」


「”すめほ”のおとっつあんかい?」


「”スマホ”です。いえ、確かに僕はそいつを見ましたけど」


「ホントいきなりだったんです。いきなりやってきていきなり暴れ出して。で、仕方がなく……」


「倒したのか! そりゃすげーな」


『なんか自分が負けた気がして屈辱やわ』


「……」


 倒した……と言ってもいいのだろうか。確かに撃退には成功したが、あの場面。オーマがいなければ僕は確実にやられていた。

 なんとか渡り合えたのも、あの事故で空いた大穴に加え大勢の人達の手助けがあったからで、僕一人ではとてもじゃないが勝てなかった。

 僕は戦士じゃない。故にわからない。あの、命の危険さえあったダメージの中で、それでもなぉ尽きない不屈の闘志とやらが……


「わりと辛勝だったっぽいな」


「やるねぃ精霊使い。”おとこ”だぜおめぇ」


「はぁ……」


「おっしゃ気に入った! おめぇさんの男気に免じて――――」


「この俺が自ら、おめぇさんに”命名”してやろうじゃねえの!」


「……はい!?」


 親分は満面の笑みでこう言う。「この俺自ら名前を付けてやる」と。いやいや、意味がわからん。名前ならもうあるし、そもそも何がどうなってそうなったのかまるで見当がつかない。

 そんなこちらの気持ちとは裏腹に、親分はすこぶる乗り気だ。若い衆を呼び紙と墨、そしてやや太めの筆を持ってこさせ、裾をまくり意気揚々と仕度を始めている。

 そして場は再び、ドタドタと騒がしくなり始めた。親分の嬉々とした感情を表すように――――


「おーよかったじゃんお前、親分が”命名の儀”やるなんてよっぽど気にいられねえとできねえぜ?」


「いやいやいや! え!? どゆこと!?」


「なんでこんなダサ男に……」


「ガッハッハ、男気溢れる精霊使いにゃそれ相応の名前をつけてやらんとなぁ!」


 周りの反応から察するに、それは実に光栄な事のようだ。貧民区の長に気に入られ、かつその男気を認められた者のみが授かる事のできる”命名の儀”

 これを受けた者は親分から同等の立場として接する事が許され、貧民区に置いてもビデオ屋の会員証の用に立場が保てると言う物だ。

 これはどこかで見たことがある。深夜やっていたVシネマでの一コマ。オールバックに派手なスーツを来た男が白髪交じりの着物を来た組長から、禊としてお酒を一杯一気飲みするシーン――――


さかずきみたいなもんか……?)


「で、おめえさんの”真名”は!?」


「え!? それ言っちゃっていいんすか!?」


「親分、さすがに”真名”はちょっと……」


「おっと失礼。うちの連中は皆”真名”から名づけるもんだからよ!」


「……」


 つまり本名から仇名をつけるような物か。儀式だ禊だと言っているが、要は中学生レベルの呼び名付だ。

 そしてこのヤクザ連中は、事もあろうに全員が互いの”真名”を知っているらしい。さっきからせわしなく走り回ってる若い衆も、このガキも、そして親分本人も――――

 ここへ来たときに口をすっぱくしてついでにたんこぶを作らされてまで言われた事。真名を知られる事はこの世界における最大の”タブー”。

 それを他者に簡単に教えるとは、社会の道筋から外れた独自の文化体型。さしずめ”アウトロー”と言った所か。


「それ、大丈夫なんすか?」


「べらんめぇ。うちにそんな、真名を悪用しようとする不届き物がいるもんか」


「俺らぁみんなで一つ。こんな稼業やってるからこそ互いを信じ合わなきゃいけない。強い絆で結ばれた家族」


「所謂”運命共同体”って奴よ」


「はぁ……」


 ついに出た。べらんめぇ。まさかその言葉を生で聞ける日がやってこようとは。

 要は何が言いたいかと言うと、法や社会に守られない日陰者の存在だからこそ、頼れるのは自分達の組織のみ。

 なればこそ、強い絆を作る為に互いの真名を教えあい信じ合う。と言うのがこのヤの世界の習わしらしい。

 ちょっと、うらやましかった。名を教えるのはこっちの世界では当たり前の事で、しかし今の僕がその当たり前の事をすれば、たちまち首が太陽まで吹っ飛んでしまう立場にいるから……


「ん~、真名が言えねえってなったらどうしたもんかねぃ……」


「真名を言うのが、ある種信頼の証なんだな」


「……ああ、そゆことね」


「ん、どしたの?」


 絆、家族、信じ合う心。信頼の証――――こう言うと聞こえはいいが、僕だけはその真意を見抜いていた。

 真名を知られるのはこの世界における最大のタブー。真名を知られると言う事は生涯奴隷として扱われるのが確定する事であり、真名はそれほどの絶大なパワーがある。

 だが、それはあくまで”個人”間での話。こういうアウトロー人種の”組織”に置いてはちと事情が異なる。

 この場合は全員が”互い”の真名を知ると言うのがミソだ。真名を教え合う行為のもう一つの意味、それは忠誠と――――裏切り物への”報復”だ。

 

「でしょ、親分さん」


「ほう……中々鋭い眼光を持った精霊使い様で」


(あんたの目つきの方が鋭かったよ)


「お前すげぇな!」


 やはり正解か。お褒めの言葉を預かり光栄……と言いたい所だが、その実心中は微妙な気持ちだ。そもそも僕は、その手の信頼だとか絆だとか言うクッサイ話が大嫌いだ。

 僕の知る限りにおいて、絆の一文字は吹けば飛ぶほどか細いものであり、それを言葉や涙でキレイに見える用装飾しているにすぎない。

 ラインの返信がちょっと遅れただけで文句を言われ、誘いを断ればノリが悪い。興味のない話についていけねば変人扱い。変わった趣味を持っていればヤバイ奴等々。

 そして行きつく先が、ハブ――――やれやれ、大層な絆で。あれもダメだこれもダメだ、守るべき事が多すぎて校則よりも息が詰まる。

 どこへ行くにも何をするにも仲間仲間仲間と、まるで母親がいないと何もできない子供の用に感じられてならない。

 僕はそんなのイヤだ。ああいう風にだけはなりたくはない。そんな屈折した思いが生んだ、悲しい能力なのだ――――


『能力って言うほど大したもんちゃうけどな』


「なんでよ。すげえ観察眼じゃんよ」


『ちゃうちゃう。こいつひねくれてるからまず疑う事から入るねん』


『今回はそれがたまたまいい具合に当たっただけ』


「うるせえな……かの名探偵も言ってたろ。全てに疑問を持てってさ」


『確かに探偵に向いてるかもな。盗撮常習犯やし』


「それはもういいだろって!」


「運も実力の内って言います……是非、あやかりたいもんですねぃ」


(う、うれしくない……)


 あやかった所で祟られそうなネガティブな思考をまるで高尚な物のように親分は言う。あやかるの勝手だが、クレームは付けないでくれよ? 返品付加ノークレームノーリターン。その規約を守れるのなら、いくらでもあやかるがいい。

 そして僕の命名の儀は着々と進んで行く。本来は真名からもじった名前を付けるのがいつもの流れだそうだが、そうは問屋が卸さない。

 お前らヤクザの奴隷なんかになってたまるか。真名は絶対に教えないからな? 名前を付けたいなら自分で考えろ――――


「この精霊使い、そっちではなんと呼ばれてたんで?」


『ん~。ラッコとか、ウラコウとか、そんなん』


「言うなよ!」


 そして問屋を通さず人の名前を闇ルートで売りさばくのが、このスマホ。お前は今どれだけ危険な事をしているのかわかっているのか。

 バレるだろーが! 真名が! ラッコはともかくウラコウは、思いっきり本名をもじったものなのはお前も知ってるだろ!


「ラッコ? なんでラッコなの?」


『ラッコみたいにボケーっとしてるかららしいっすわ』


「ナハハ、おもしれーなそれ!」


「あー……なんかわかるかも」


(こいつら……)


 人の名前の由来をほじくり回される事ほど不快な物は無い。確かに普段ボーっとしているのは否定しない。基本的にやる気がないからな。

 だが断っておく。”ラッコ”の呼び名は誰かがふと言い出しそして瞬時に飽きられた、一発屋芸人ならぬ一発屋ネームであり、今現在において僕をその名で呼ぶのはセンスと熱意があさっての方向を向いているあのバカ教師だけだ。


「それって水属性だけに?」


『結果論やけど、まぁピッタリやったんちゃう』


「ねーよ。親分さん、お願いだからラッコはやめて下さいね」


「……」


(無視かよ)


 親分は意識を集中しているのだろう。目を瞑り腕を組み、あぐらをかいて今必死に考えている所だ。よく見ると口元はわずかながらに動いており、ブツブツと「ラッコ……ウラコウ……ぬぬぬ……」と呟いている。

 どうやら、ラッコの名はこっちでも採用される事はなさそうだ。ダブルネーミングを避けられそうでそれは幸いなのだが、この親分。なんとなく”○○丸”とか”○○衛門”とかそんな感じを名付けてきそうだ。

 この年代のオッサンはそういうやや時代劇っぽい名前をカッコイイと感じる世代だったと思う。もしそうなるとそれはそれでキツイ。ここは親分のセンスに掛かっているのだが。


『画数占いでもやりまっか? わい姓名判断アプリ持ってるけど』


「ぬう……精霊……水……ラッコ……」


(早くしてくれないかな)


「ウラ……コウ……ラッコ……」



「………………」



――――その時、親分の脳裏に電流が走った。



「 こ れ だ ! 」




――――



……



「お待ちどーさん。もう帰っていいってよ」


「はぁ……」


 屋敷を出て、貧民区の汚い街並みを見つめる事数十分。僕の解放からやや遅れて若様が戻ってきた。

 若様は若様で親分と込み入る話があったのだろう。元々彼らは顔見知り同士、若様はちょいと顔を見せに来た感覚だったのだろう。しかし外で待っている僕に気を使い早々に切り上げてくれたようだ。

 「別にわざわざ外で待たなくても、中でゆっくりと待てばいいじゃないか」と、ガキが言っていた。だがそれは僕にとってあまりにも酷な話であった。

 あの張りつめた緊張としらけるようなゆるい空気が、なんというかもう、たまらなかったのだ。


「にしても……すげー名前付けられたな」


「……なんとも言えません」


「まぁ、気にすんなよ。友情の証だと思えばいいさ」


(ヤクザとかよ……)


 あの親分が全うな生き方をしている善良な人間ならウェルカムと言ってあげたいのだが、やはりそこはヤクザとカタギとの厚い壁が立ち塞がる。

 ヤンキー連中にとっては”ヤクザと知り合い”と言うのはステータスなのかもしれない。だが僕は違う。

 年相応にワルに憧れる程バカじゃない。それが自慢になる事とは思わない。差別をするつもりはないが、そっちの道につま先一つでも触れれば最後。

 裏社会が築いたマルボウネットワークにより僕の名が瞬時に拡散され、あれよあれよとそっちの道に引きずり込まれるであろう事を僕は知っている。

 僕は組織の為に命を張る根性も、カタギから金をしぼりとる頭も、暴力を生業にできる程腕っぷしも強くない。

 僕の命は僕だけの為にある。断じて他人の為の物ではないのだ。


「別にそこまで思いつめんでも……ただ親分がお前を気に入ったってだけだって」


「連れ回されて飲み屋で俺の酒が飲めねーのか! とか言って無理矢理一気とかさせられるんでしょ? 絶対やだわ」


「だーからねえってーの」


 親分と知り合いの若様がそう言うのだからそれはきっと本当なのだろうが、どうにも自分の中に沸いたイメージがぬぐえない。

 というか、それ以前に僕はこいつの事も大して信用していない。助けてもらった恩は感じてる。頼りになるとも思っている。しかし信用するに足る程ではない。

 薄情かもしれないが、僕にとっては若様も所詮その程度。昨日今日あっただけの人物にそこまで信頼を寄せろと言う方が無理な話なのだ。


「お前あれだな。いろいろ考えすぎな所あるな」


「なにが」


「別にそんな思いつめんでも、もっとこう。あかるーい気持ち持とうぜ?」


『若はんそれは無理。こいつの卑屈さは生まれ持っての性やから』


 きっとこのセリフはいつもの悪態なのだろうが、さすが所有物と言った所か。あえて否定はしなかった。何故ならこいつの悪態は妙に確信を着いているからだ。

 これも僕の事をなんでも知っているからこそ言える事なのだろう。僕の名前から生年月日、家族構成、交友関係、はたまた恋愛遍歴から性癖まで……

 スマホが意思を持つと言う異界ならではの珍事に、このまま機器に全てを依存してしまってもいいのかと言う現代社会への疑問点が浮かび上がってくる。

 スマホ依存が問題になっている昨今。ここは一つ初心に帰って、スマホに縛られた人間生活を一旦リセットすべきなのではないのか、と。


「ほら、またなんかごちゃごちゃ考えてる」


「今現代社会を憂いてたよ」


『インテリっぽい事言うな。社会のテストズタボロの癖に』


「……」


 思うだけなら自由だろ。色々考えてて何が悪いんだ。こんなのはまだまだ序の口。僕が本気を出せばこんなもんじゃないぞ。

 僕が本腰入れて考え出したら、ついさっき言われた事を瞬時に忘れる事が出来るほどだ。まぁ、だからラッコとか言われるのだが。

 そうそう、現代社会と言えばスマホの他にも問題になっている事があるな。それはずばり”格差社会”。資本主義における貧富の差が格差を生み、裕福と貧困の差が極端になっているのも問題になっている。

 情報源はすべてニュースかネット記事なのでそれ以上の事はわからないのだが、この”貧民区”と呼ばれる街並みを見て、ふと思い出したのだ。


「ここってさ……貧乏人が無許可で勝手に作った地区なんだよね」


「ん? そうだよ」


「問題にならないのそれ?」


「問題はもちろんあるよ。さっきのガキみたいな手癖の悪いのがちょいちょい現れたりするし」


「他にも異臭騒ぎとか騒音苦情とか、後はまぁ喧嘩とか違法物品の密売とか。そんなのがしょっちゅう」


『あかんやん。行政は何やってますのん』


「まぁあまりにひどいのはとっつかまえて牢屋にぶちこんだりするけどな」


「いやそもそも、無許可で勝手に住み着いて問題起こすってんならさ」


「強制退去させればいいじゃん。無許可なんだし」


「ん……なんつか、そう言う事じゃねっつんだよな~……」


 そう言う若様はいつものお気楽な口調のままポリポリと頭を掻き、しかし表情だけはどこか真剣な顔つきになった気がした。

 よくよく考えればこの若様もいわば行政側の人間。ポジション的には貧民区を否定する立場のはずだ。しかしこいつはお役人と言うより、どちらかと言えば遊び人と言った方が近い。

 明らかに私服臭い格好で街中をふらふらとうろついては、気まぐれで見ず知らずの奴にメシを奢る。

 腰には何故か宝剣と呼ばれる剣が三本もぶら下がっており、しまいにはヤクザの親分と顔見知りと来た。

 若様と呼ばれるからにはどこかの有力者のボンボンなのだろう。その自由気ままさはやはり遊び人。よく言って冒険野郎と言う表現がしっくりくる。


「……この貧民区がなんでできたのか、お前知ってる?」


「え、だから貧民が勝手に住み着いたんでしょ?」


「ん……まぁ確かにそれもある。ずっとプーやってた怠け者とか、潰れた会社の元社長とかな」


 なんだこいつ。急に神妙な面持ちになりやがって。貧乏人でも生きているんだから追い出すのはカワイソウとかそう言う思考の持ち主か?

 確かにカワイソウなのは同意する。しかしそれは、キチンと許可を経て全うに暮らしている人達の生活を阻害してまで守らないといけない事か?

 それはもはやカワイソウでは済まないレベルだ。実際に犯罪が多々発生している以上、その論理は通用しないぞ? それでもお役人の息子か。


「やるべき事やらんでどーすんのっての」


『まさか国が裏社会と癒着してるわけやおまへんやろな』


「……やるべき事、ね。ハハ。確かに、帝国はやるべき事をやってないな」


「国が国である、いっちばん大事な事を守れてねえ」


『なんか重い話題になりそう』


「あーあーそこの人。勝手にブルーになるのはやめて下さいね」


『で、貧民区ができた理由って何?』


「とりあえず答えだけ教えて。気になるから」




「――――”英騎”だよ」




(え……)





                            つづく


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